第114話
いい日旅立ち~桜とテロリスト~
不思議なもので、携帯でかけておいたアラームの、1時間前に 僕はパッチリと目が覚めた。
少し心配していたのだが、全く問題なく、僕の心は昨日のままで、エネルギーに満ち溢れている。
そして、旅立ちの朝は不思議だ。
何故かスッキリとした気分で、早起きが出来る。
まとめた荷物を背負い、フロントへと向かう。
相変わらず朝から全開の 二階の民家のドアの前を通り過ぎ、日の差し込まない暗黒路地から出て、通りをいつものように左折した。
ホテルに入り、先にフロントでチェックアウトをし、宿のモーニングを食べる。
うむ。。 良いパンだ。
蟻さんもいないし。うまうま。
そのまま、コーヒーを飲みながら、ゆったりとタクシーを待つ。
時間の少し前にフロントに行って、タクシーのことを聞くと、電話をかけ、タクシーを呼び始めた。
どうやら、昨日予約していたのに、まだ呼んでくれていなかったようだ。。
だが、タクシーはすぐに宿に来てくれたので、問題はなく、メータータクシーである事を確認して乗り込み、僕は空港へと向かった。
最初混んでいた道は、市街地を抜けると全くスムーズに走りだし、予想より遥かに早く ノイバイ国際空港へと着いた。
今日は 国際線の為、早く着くに越したことはない。時間も有るので、空港内を少し散歩する事にした。
建て替えたのか、どうなのかは知らないが、この空港はかなり綺麗で新しい。
気持ちよく散歩ができる。
二階のフロアに、不思議なことに桜があった。
まさかハノイで桜が観れるとは思っていなかった。造花のようだが、何かホッとする。
桜は世界的にも人気なのか、ベトナムの親子も嬉しそうに記念撮影をしている。
また、子供達も大はしゃぎだ!
それを見ていると、とてもほっこりする。
その後、機械でチェックインしてみると、僕の席は、三列シートの通路側であった。
本当は窓側が良かったのだが、
(まぁ、真ん中じゃないから良いや。
それに、トイレにも行き放題だからね!)
と前向きに考えた僕は、そのまま飛行機へと乗り込んだ。
びっくりしたのは、通路を挟んだ、僕の左前の席には背もたれが無く、完全に壊れていて、
「壊れています」という様な、張り紙一枚で 解決されていた事だ。
壊れたものを直さないのは、もう、東南アジアシステムなのかも知れなかった。。
飛行機の席に着くと、40代位の、姉さん女房風の ご夫婦がお隣だった。
黄色人種に近い白さの肌で、中東の方かな? という感じである。
奥さんが何か、ちょっと若い頃の
「天空の城ラピュタ」のドーラを彷彿とさせる。ドーラさんの若い頃はこんな感じ? という雰囲気で、お化粧が特にドーラさんで、何か占い師のような雰囲気だ。
旦那さんは、スポーツ刈りで、ポロシャツジーパンで、健康的な男性だ。
お隣さんなので「宜しくね」という感じで会釈をすると、笑顔で会釈を返してくれて、僕たちは和やかに、テイクオフの時を迎えようとしていた。
だが、奥さんを挟んで窓側にいたスポーツマン風の男性は、飛行機が 滑走路にむけて動き出すと、目を瞑り、聖書を右手に持ち、左手は奥さんの手をしっかりと握り、神に祈り始めた。。
どうやら、飛行機が怖いようだ。
気持ちはわかる。
実は僕も飛行機はあまり得意ではない。
アメリカ同時多発テロ事件の映画の吹き替えや、
飛行機の墜落事故の再現ドラマに出た事のある僕は、飛行機が落ちたら ほぼ100で死ぬ事を知っているので、特に 飛行機が離着陸する時は、あまりいい気はしない。
だから、
(まぁ、落ちたら死ぬわな。。)
と、一応 覚悟を決めて乗る。
表向きは平静を装っている僕とは違い、彼は正直に神に祈り 妻に頼っている。
何か微笑ましい光景である。
やがて飛行機は、無事に飛び立ち、しばらくして、シートベルトを外していいよ。とランプが点灯した。
窓側の彼は、聖書を片手に、さらに神に祈り始めたが、急に止まった。。そして、祈りをやめた。
周りを見渡した彼は、急に具合が悪くなったのか、
「うっ、う、うーん。。」
と唸り始めた。そして、
「おえっ、うおぇ! うおおおええ!!」
と えずき始めた。
(おいおい… 怖がりすぎだろ。
ついに、体調悪くなっちゃったかぁ。)
と少し笑っちゃいながら、心配していると、彼は僕の方を見て奥さんに小声で話し始めた。
彼「……な気がするんだ」
奥さん「ノー! ヒー イズクリーン。
勘違いよ。。ねえ、大丈夫よ。」
彼女は逆に、大きなリアクションと声で話すので、よく聞き取れた。
特に「ヒー イズ クリーン!」がである。
僕はドキッとしていた。
(あれ? これ 原因は俺だな。。間違いなく)
実は僕は、彼女が言うような クリーンな人間などではないのだ。
何故ならば、小綺麗な見た目にみえるのだが、
実は、昨日 着ていたTシャツを、未だに着ているのだ。。
お恥ずかしい話だが、着替えがなくて仕方がなくこのTシャツを着ていたのだ。
つまり。。彼の体調急変の原因である匂いの素…
異臭騒ぎのテロリストは僕であったのだ。
言い訳をさせて欲しい。。
一昨日まで、旅の洗礼を受けていた僕は、旅では一番億劫なシャワールームでの洗濯を、ほとんどせずに過ごしていた。
昨日、屋上温泉を出て新しいシャツを着ようしたところで、はたと気づいた。
(この最後のTシャツを着てしまったら、
明日の夜、着替えが無くなるな。。)
宿に帰って洗濯するのも 嫌だったし、まず 乾かないだろう、何より、今日中に荷物はまとめておきたかった。
僕は(うーん。。いけるだろ??)
と、一回汗をかき乾いていたTシャツを嗅いでみる。
うん。。まだ、大丈夫。
全然臭わない。
僕はTシャツに 再び袖を通した。
そしてそのままそのまま眠り、朝また嗅いでみたが、大丈夫そうであった。
この行動をさせた一つの理由には、マレーシアで会った従姉妹の姉さんとの会話に一因がある。
旅を始めたばかりの、マレーシア2日目に、東南アジアが、こんなに暑いとは予想していなかった僕は、軽装で従姉妹のホテルへと、2時間程かけて到着した。
着いたはいいが、汗だくのダクダクであった。
まさか、こんなにビショビショになるほど 汗をかくと思ってなかった僕は、うっかり着替えを持ってきていなかった。
従姉妹に「新しいTシャツ買いたい」と言うと、
「気にしない、気にしない!
みんな汗だくやし、みんな汗臭いよ。
あっついアジアやし。みんなよう臭うで。
まーくん、全然 気にせんとき〜。」
と言われた僕は、そのまま 真に受けてしまい、
今日の朝、自分のTシャツを 嗅ぎ。
(ちょっとやばいかな?
いや、案外臭わへん。
俺より、みんな臭うやろ?
大丈夫やんなぁ〜)
と無理矢理自分を納得させて 現在に至っていたのだ。。とはいえ、普段は必ず着替えるのだが、今日に限り 着替えがもうない僕には
気にせんとき〜 きにせんとき〜 キニセントキ〜
という 従姉妹の言葉が、都合よく頭の中でリフレインされていた。
そして、少しでも汗をかかないようにと!
クーラーの中にしかいないように、いないようにと、涙ぐましい努力を朝から続けていて、ここまで汗は、殆どかいていなかった。
だが… どうやら、大丈夫では無いようだ。。
僕は反省した。臭いのは臭いよね。。と。
"いける ! " と思ったが、自分の匂いは 本人には、よく分からないのだと。
離陸の終わっている飛行機は、もう移動ができる。
僕は(寒かったら上に羽織ろう)と思っていた、"なけなし" の長袖シャツを羽織り、そのままトイレに向かった。
僕はトイレで Tシャツを脱ぎ、隠し持ってきていたビニール袋に入れ、長袖シャツを直接 肌に着て、何食わぬ顔で席に戻った。
ちょっとしたマジックである。
すると彼は、やはり僕に注目していたが、匂いの元であるTシャツを着替えたことにより、
「イエス、アイム クリーン」のはずの、匂わない僕を見て、
(うーん。。やはり勘違いだったのかな?)
とキョトンとしていた。
やがて彼は、奥さんと楽しそうに話を始めた。
彼より近い、僕のすぐ隣にいる奥さんは、何も気にしていなかった所を見ると
「彼は匂いに特に敏感な人」なのだろうと、勝手に自己弁護する。
彼には本当に悪いことをしたと思うが、僕のTシャツの匂いの一件のせいで、彼は飛行機への恐怖は、ほとんど忘れてしまったようだ。
不幸中の幸いである。。?
(まぁ、今後は 特に気を付けよう (^_^;))
と心に刻み、僕は飲み物を出すついでに、異臭騒ぎの元であるTシャツを、バッグの奥深くに封印した。
やがて飛行機は、何事もなかったかのように、ベトナムの空を飛び、やがてタイへと降りていった。
ほんとに気をつけよう。。
続く
久しぶりの桜に癒された。。
↑ 直すより、乗らなければいい。。
安定の東南アジアシステム。
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