第169話
ゾウの悲哀と不思議な草
ドライバー兼ガイドの、シアンと共に僕らは沢沿いを山道を下って行く。
もう山道というより、ゆるやかな川沿いの小道である。
途中で小さな小屋の売店があった。一段上がった所に作られており、おばさん店主が、薄手の絨毯の上に座っている。
手作りのアクセサリー等の、お土産のようなものも売っていた。しかし、僕が魅力を感じるものは何も無かった。
それよりも、手に乗りそうなくらいの小さな猿を飼っていて、その小猿が、おばさん店主の周りを動き回っていた。その小さな可愛らしさに皆盛り上がる。
ベンが触ろうとするが「キッ!」と威嚇をしながら柱を登り逃げてしまう。
苦笑いをするベンに、相棒のチャーリーが爆笑している。
そりゃ、こんな大きな男に手を出されたら、小さな猿は怖くてしょうがないだろう。対比すると、ベンの体の体積は、小猿のざっと50匹分はあるだろうからだ 笑
きっと、突然怪獣が来て、にゅっと手を出し捕まえにきたと思ったはずである。
売店でアクセサリーを物色する女性陣を尻目に、僕は何も買わずに店を後にした。
道は沢沿いに続く細い道で、20分ほど歩くと、県道らしき道路に出た。
ここからどこに行くのかはわからない。
道のすぐ横には結構な幅の川があり、川に沿って県道らしきアスファルトの道が続いている。
しばらく歩くと、木の建物が見えてきた。
広場が駐車場になっており、一部がレストランで、結構広く家も大きい。そして家を過ぎると、そこにはなんと、意外なことに、ゾウさんがいた。
(え? こんなところにゾウさんが…?)
僕たちがびっくりしていると、シアンが
「次は、エレファントライドだ」
と言い出した。
そこで僕達は初めて、今日は象に乗るのだと知った。
いい加減な僕と違い、英語が母国語のアメリカ人のベンや、チャーリーも驚いていた。
1日彼らと一緒にいてわかった事だが、彼らもツアー内容をあまり把握していないようだった。
僕と同じくらいの内容把握である。
いつもの事で、このツアーでも、受付で僕がわからない英単語を、適当に聞き流していたからだと思い込んでいた。
だがツアー内容自体を、ツアーの受付の人がキチンと説明していないのだということに、薄っすら気づき始めた。
他のメンバーも、どこに連れて行かれるのか、何をするのかを、あまり把握していないのは、きっとそういうことなのだろう。
確かによく考えてみると
「長ズボンのほうが良い」だの、
「懐中電灯がいる」などと言う難しいやり取りはキチンと把握していることを考えてみると、
「エレファントライド」は流石に記憶に残っていなければおかしい。
きっとツアー会社も目玉の
「少数民族に会える!」
と言う事以外はあまり説明してくれていなかったのだと、今更気付いた。
何はともあれ、またゾウに乗れる事になった。
そして他のメンバーは、ゾウライドは初めてらしく結構喜んでいた。
前のように、象に乗るための小屋の階段を登る。だがそこで、僕はとても悲しいものを見た。
ゾウの目が、完全に死んでいたのだ。。
いや、そう見えた。
以前、カンチャナブリーツアーで乗ったゾウさんは、目に優しさと、可愛らしさが同居していた。だが、ここの象さんは、
目が吊り上がっている。
ガイドのシアンが、笹のような草を指差し、餌をあげるのは一回500円で出来ると説明してくれたが、そんな事など、すでにどうでも良くなっていた。
これ、油断すると殺されるかもな…
アフリカのサバンナに住む、凶暴なゾウのイメージが頭を駆け巡る。
ゾウは疲れているのか、象使いの言う事を聞こうとしない。鳴き声を上げて、抗議の声をあげているように見えた。
象使いたちは、前の家族経営のノホホンとしたゾウ園の雰囲気とは違い、殺伐とした雰囲気だ。
以前の、可愛らしい子供の象使いさんとは違い、乗り手はかなり人相が悪いおっさん達である。
おじさんたちは、抗議の声を上げる象に、草刈り鎌のような鉤爪を鞭の代わりに振い、象たちに無理やりいう事を聞かせているように見えた。
後ろにいた、アレクとマルティーナを見ると、顔を合わせて眉をひそめている。彼らの戸惑いはよく分かる。
怖いが、とにかく乗ってしまうに限る。乗り場にいると、鼻で攻撃されそうだな。と身の危険を感じた。
というか、一回乗った事がある僕は、むしろ断りたかった。
僕がゾウさんに乗ると、彼は当然動かない。
ゾウは抗議の声を上げている。。
おっさんが鎌を振るう。
ゾウはようやく動き出す。
のそのそと歩き、道に出た。
ここは公道をゾウライドのコースにしているらしい。。そしてゾウがまた止まる。
おじさんが鎌をふるい、足で行け行けと指示をする。
ゾウが抗議の声を上げる。
おじさんが…
ゾウがのそのそと…
を数回繰り返して、ようやく川の前に着いた。
結構な川幅で、水深は浅そうだ。
川の前でも前述の、ゾウさんとおっさんの攻防が続く。
僕はいい加減ウンザリしていた。
そして、ゾウが可哀想でならなかった。
いったいこのゾウ園は何をやっているのだろう?
俺はここまでして、ゾウに嫌な思いまでさせてまで、ゾウライドなどしたくはないのだ。
そんな事を考えていた僕の思考は、次の瞬間一気に遮られた。
なんとゾウが川の中に入って行ったのだ!!
川の中を進むゾウライド。まるで、タイのビッグサンダーマウンテンである。
流石にこれには僕も一瞬興奮したが、道路に戻る頃には、再びやりきれない気持ちに戻っていた。
ゾウさんが頑張ってくれたお陰で、すごい体験をさせて貰ったが、やはり道に戻ると、再び押し問答が始まったからだ。
後ろを見ると、アレク達も苦笑いをしていた。
そうして、ゾウは乗り場の小屋に戻り、僕はさっさとその小屋を降りた。
後ろで「餌はやらないのか?」と言ってるのであろう、おっさんのタイ語が聞こえたが、とにかくさっさとこの危険な場所から逃げたかった。
ゾウから降りた直後、ちらりと見たゾウさんの目に、僕は軽い殺意を感じていたのだ。
そして、こう思ってもいた。
(餌くらい、観光客に買わせずに、
自分らでちゃんとやりなさい!)
と。
いづれにしても
(なんだが、可哀想な事をしたなぁ。。)
とは思うが、これも僕が乗らなければ、おっさん達にお金は入らず、しいては、資金難になれば、ゾウ達がより可哀想な目に遭うのだろうと考えた。
そう無理矢理、やり切れなさを解消する為、自分にそう言い聞かせた。
やがてアレク達も降りて、待っていたシアンと合流する。
「餌は良いのかい?」聞くシアンに、僕とアレク達は苦笑いをし、顔を合わせてお互いに肩をすくめるジェスチャーをした。
まったくやれやれである。
シアンは不思議な顔をしたあと、こちらに来いと僕らを呼んだ。
彼は草の前にしゃがむと「面白いよ」と言いながら草を触った。
すると不思議な事に、イヤイヤをする様に、草が縮んだのだ。
アレクもマルティーナさんも、びっくりしている。僕も試しに触ってみると
「いやん、触らないで…」とばかりに縮んでしまう。
(なんで可愛らしい草なのだ!)
僕たちは夢中になって草を触っていた。
ゾウライドで傷ついた僕たちの心は、この不思議な草にすっかり癒されていた。
なるほど、。
タイはリカバリーも凄いのだね。。
わたしはタイの奥深さを改めて感じたのだった。
続く
おばさんのお店と子猿さん。
↑ 元気一杯の子猿さん。
https://youtube.com/shorts/zaZcu7SY1Ho?si=yf4G2vdB6h52SWkh
↑ 川に入るゾウさん。
すごい体験だった。
https://youtube.com/shorts/oXd2ON9AcQg?si=OuGdW0EJJV-JBZob
↑ しおしおする葉っぱさん。
次話