猫好き俳優 東正実の またたび☆

俳優 東正実の東南アジア旅

満天の星とむら護る犬たち

 

第166話

満天の星とむら護る犬たち

 

夕陽と時間を共有したイッヌさん。それとなく仲良くなった彼に、途中まで先導してもらい、僕は宿へと帰ってきていた。

 

「途中まで」と言うのは、実は彼が何かを追いかけて、道中いなくなったからなのだ。

先を歩いていた彼は、あるポイントでぴたりと止まると、急に生い茂る草むらに対して唸り出した。その後しばらく吠えた後、近くからやって来た別の犬と合流すると、激しく吠えながら奥に消えていった。

草むらの藪の向こう側からは、別の甲高い犬の鳴き声が聞こえ、その声を追うように、村の二匹の犬の吠え声は共に、だんだん遠くなっていった。

さっきまで気の良かった彼の豹変ぶりに、僕はしばらく呆然としていたが、宿に戻る途中、この村でされている「犬の放し飼い」の理由と意味に、ようやく気がついていた。

どうやらこの村の犬達は、村を野犬などから守ってくれているようだ。昔、群れた野犬はとても危険で、人間も襲うと聞いた事がある。

猫と違い、野良犬を見つけるとすぐに日本の保健所は、施設に連れていく。それを子供心にも不思議に思い、僕は近所のおじいさんに聞いたことがあった。教えてくれた理由は、猫と違い野犬が群れると危険な為に、早めに捕まえるという事であった。

調べてみると「狂犬病への対策の為」もあるという事だった。それは「狂犬病予防法」という法律がある事も、大いに関係しているらしいが実際、群れた野犬はとにかく恐ろしいらしいのだ。

そしてこの村の周りには、野犬以外にも、山には猪やら、何やら危険な動物がいるのだろう。村の畑や、食料を荒らす動物もいるはずだ。

それらをここでは、放し飼いの犬達によって、この村の治安を守って貰っているのだ。代わりに犬達は人間に餌を貰い、可愛がって貰える。

犬の先祖の狼達を飼い慣らし、徐々に人間に慣らしていった人類。そんな太古の人間界に当たり前にあった犬との関係がここにはあった。

そんな事に気付いて僕は、何か感動してしまっていた。村に来た時にジロリと僕らを値踏みしていた彼らはきっと、僕らがこの村にとって安全か危険かを判断していたのだ。

何と健気で素晴らしい生き物との関係性であろうか。

犬が、人類のパートナーであるという考えに、実地で実感を持って僕は深く納得していた。

ここで僕は、これまでの自分の 犬生観 ともいうべきものが、大きく変わったきがした。

 ああ、何て健気な生き物なのだろう。。

僕は犬への子供の頃からの恐怖感が、浄化されて行くのを感じていた。それくらい衝撃を受けた経験だった。

少数民族の生活を感じて、ガツンと頭を叩かれるような経験を「人間から」少しでも得れたら良いなぁ。と思っていた僕は、この村のイッヌにこそ、ガツンとやられたのである。

これはこの村に来て、いやこの旅に出て、不思議と感覚が変わった瞬間のひとつであった。

 

そんな思考を反芻しながら、薄暗がりの中やがて無事に宿に着いた。かなり暗くなってきていたので迷いそうで不安だったが、うまく辿り着けたようだ。

階段を上がると、皆広いバルコニーに出て来ており、焚き火を囲んでいた。

日本の囲炉裏のように、70cm四方程の枠の中に砂を敷き、下が燃えない作りになっている。正方形の広いバルコニーでは、皆が円になって火を囲んでいる。誰かが音楽もかけており、ちょっとしたキャンプファイヤーである。

早速僕はその輪に加わる事にした。火の番はベンが買って出てくれているらしく、ビール片手に木をくべていた。

 

僕はすぐに、チャンビアーの瓶を例のクーラーボックスから取り出して、プイさんにアピールする。

プイさんはすぐにグラスを持ってきてくれた。

何故かプイさんの前にもグラスがあった 笑

 

皆と乾杯をして、火を囲んで色々な話をする。

昼とは違い、火を囲みながら話すと不思議な安心感と、連帯感がある。

くだらない話や、自分のことなどプライベートな事も話していた。とてもゆったりとした時間を皆と過ごす。

そしてここは周りに電灯がないので、夜には

満天の星達が見える というのもこのツアーの売りだった。だが空を見上げると、先ほどからだいぶ曇っており、残念ながら、今日は星を見るのは難しそうだ。。楽しみにしていたのだが、自然の機嫌次第なのでしょうがないと諦めた。

 何事も気にしたら負け。損などしていない。

そう自分に言い聞かせる。

それが僕の  My マイペンライ である。

 

話が楽しくて、僕はどんどんビールを飲んでいた。プイさんが

「ビール飲みたいけどお金がな〜い!」

というので、僕は自分のビールを、どんどん彼女のグラスに投資した。

俳優としてのサガなのか「金の無い若手俳優の分は、先輩が出してあげる」という風土に育ってきた、まだ昔気質の気風を残した俳優の僕は「お嬢さん、どんどん飲ってくんなっ!」と江戸っ子の様な気っ風の良さで、次々と瓶を開けていた。

ご機嫌になりすぎて、かなり飲んでいた僕だったが、ふと冷静になり、クーラーボックスの上の飲み物の料金表を、懐中電灯で照らし改めて確認してみた。山の値段なので、ビールは地上の倍以上のタイバーツ表記である。酔った頭で大体の計算してみると、ビール代がすでに、ツアーの代金を超えていた。

(え。。 おれ、アホちゃう…?)

僕は一瞬ポカンとしたが、ビールを取り出し終わった後には、すでに気を取り直していた。

(今日は楽しいから、マイマイペンライ!)

自分にそう言い聞かせ、お金の事を忘れる事にした。貧乏旅行者の僕だが、ここぞという時にはお金はパッと使うと決めていたからだ。

 お金はしょせん手段でしか無いのさ。

 対価で満足出来れば、使う時に使う。

 お金って本来、そういうもんだろ?

そう心で呟き、ふふふと笑い、今日は肚を決めてトコトン飲む事にした。

(カッコよく言っているが、要は酔って

 気が大きくなっていただけである。。

 翌日の自己嫌悪がヤバかった 😅)

 

そんな僕達はどんどん話をする。

一番驚いたのが、ドイツ人女性のリオがまだ19歳という事だった。しっかりとして見える彼女がまさかそんなに若かったとは!驚きであった。まだ学生さんだという。道中、あまり自分から喋らなかったので、

(ちょっとシャイなのかな?)

と思っていたが、そりゃいい歳の大人達に囲まれていたら気後れするはずある。納得した。

改めて話すと、芯の強い、可愛らしい娘さんであった。もっと早く話しかければ良かった。

しかし、この若さでの海外一人旅で、ツアーにも参加とはすごい行動力である。しっかりして見えるはずである。

 

やがて夜は更けていき、アスリートのアレク達を筆頭に、一人、二人と寝床へと戻っていった。そして最後には僕とプイさんの二人きりになった。この陽気なタイ人は、よほどビールが好きなのか、僕とずっと飲んでいた。

同い年で、同じ飲んべぇというのもあってか、恐ろしいほどウマがあった。ずっと飲みながら笑っていた。一回イタズラを兼ねて

「たまには一本、プイさんもビール買ってよ」

と言うと、胡散臭い悲しい顔の演技をして

「お金な〜い。」と言ってくる。

それを見たぼくも「嘘つけ〜!」と爆笑し、彼女も大爆笑するという。ほぼ末期の、何が面白いのかわからなくなるくらい酔っぱらっていた。やがて僕もプイさんも、大の字になり笑っていた。

するとそこで奇跡が起きた。そのまま空を見ていると、スーッと雲が晴れていったのだ。

やがて姿を現した空の黒いキャンバスには、満天の星達が輝いていた。

僕はしばらく絶句していた。それ程の満天の星だった。

(あれ? 夢を見ているのだろうか?)

酔っ払った頭でそんな事を考えながら僕は、この村からの最高のギフトに出会えた事にほとんど回らない頭で感謝していた。

(ビールは高くついたが、プイさんと

 この時間まで飲み続けて良かったな。。)

このツアー客の中で、唯一この星空を見れた僕だったが、実は酔いが回って、星空も一緒にぐるぐる回り始めていた。

 

ずいぶんもったいないことをしたものである。

 

つずく。

 

 

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↑ 火を囲む僕たち

 

↓ 楽しく焚き火の動画

https://m.youtube.com/shorts/_WAbEs0IZv8

 

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