猫好き俳優 東正実の またたび☆

俳優 東正実の東南アジア旅

タイの「わが町」

 

第164話

タイの「わが町」

 

村の中を進んでいた僕らは、かなり大きなバンガロー風の、高層高床式とでも言うべき一軒家に辿り着いていた。

 

一度、細い土の道を下り家の真下に着く。見上げると、普通の二階建てより高い位置に家があった。

1.5階建て程の階段を登ると、そこが家の玄関である。かなり広い作りで、まず土台のスペースがあり、その上に家を建てているので、建物の他のバルコニースペースもかなり広い。崖の下の脇に建てられているので、雨風にも強そうだ。

家は、木とほぼ竹やツルなどで作られている。その割にはかなりしっかりした作りである。そして涼しそうでもある。家の中も広く、みんなが寝る場所も広々としており、玄関のすぐ横にはキッチンもある。

地面よりかなり高く作られたこの家は、虫や鼠などにも悩まされずにすみそうだ。家の中の床には薄手のカーペットも敷かれており、足元も歩きやすい。

(かなり立派だし、良くできてるなぁ〜)

というのが僕の正直な感想である。

失礼だが、あばら家のようなところを勝手に想像していたので、これはかなり嬉しい事だった。

 

犬の多い村だが、実は途中から一匹の赤毛の中型犬がずっと付いてきていた。全く吠える気配は無いのだが、なんとなく不気味であった。

僕らが部屋にいる間も、玄関で寝そべって待っている。きちんと外で待ち、さすがに家の中には入ってこない。躾はちゃんとされているようだ。

僕らは荷物を置き、すぐに自由時間になった。

皆、全員が寝る寝室で、寝る場所をなんとなく決め、そこで荷物を解いたり、軽く横になったりしている。

真ん中を廊下にして、その左右に、それぞれ布団一つ分ずつくらいの、ゆったりとしたスペースがあり、かなりゆったりできる。

仕切りのカーテンなどないが、ほとんど気にならない。

そんな中、プイさんが早速 夕飯の支度を始めるらしい。彼女が言うには、この村には電灯が無いので、明るいうちに調理して、夕飯を済ませておかないと、灯りが無いので大変なことになるらしい。。

僕はひと休みした後、プイさんの夕飯の準備が気になり、キッチンに顔を出した。

単純に少数民族の食事の調理に興味があったのと、僕は当時、ちょっとした和食の店の厨房でバイトしていたので、大変そうだったら手伝おうと思っていたのだ。

キッチンではプイさんが炭に火を起こして、早速調理を始めていた。よく考えたら、電気どころかガスさえも来ていないのが当たり前である。しかし、予想していなかった僕は少し驚いていた。

プイさんは、慣れた手つきで炭火の火を操り、鉄鍋でタイのキュウリを炒めている。付け合わせで食べる事が多いこのキュウリは、なるほどズッキーニ的な使い方でもいけそうだ。

「プイさん、何か手伝おうか?」

と声を掛けると、彼女は笑いながら

「大丈夫、大丈夫。慣れてるから。」

と手際よく夕飯の準備を進めていく。

隣の炭では、どうやら米を炊いているようだ。

それを見ながら、その昔の文明のない時代にタイムスリップしたような気分になった。

(昔は皆こうやっていて、ご飯を作るだけでも

 大仕事だったんだよなぁ。。)

と勝手に感慨に耽りながら、僕はふと、ある戯曲を思い出していた。

それは劇作家「ソーントン・ワイルダー」の代表作の「わが町」という戯曲である。劇団の研究所時代に出会ったこの戯曲は、大道具を廃して、全てがパントマイムで演じられる。

この戯曲は、大道具や舞台美術全盛の、当時の演劇へのアンチテーゼでもある。

その中で演じられるのは、ガスも電気もない、一昔前のアメリカの片田舎での  人々の営み だ。

人々は太陽と共に起き、ある少年は新聞配達を。ある農夫は商品の牛の乳を、ベシィというロバの相棒の背に乗せて、各家庭に届けに行く。

医者は昨夜から夜なべで出産に立ち会い、母親たちは火を起こすところから1日の家事を始める。

昔はガスコンロも、洗濯機も無い。

女性たちは、子育てと家事をやるだけで一日が過ぎていく。不便といえば不便に見える。

しかし、その生活をしている人達からすると、それが当たり前であり、逆に皆、生き生きと今を生きている。そして、その生活の中で死を迎える。

物語は、主人公が死んだ後の世界も少し描かれている。そこには先に亡くなった人たちもいる。そして何より、生きていた時の

「なんでもない日常」こそが幸せである事に気付かされる。生きている時には、あまりに早く過ぎ去る日々に流され、こんなに切実にその事に気付く事は出来なかったのだ。

そこに人間としての根源の営みと幸せがある。

そういう大事な事を、考えさせてくれる作品である。

今だに、色々な所で演じられているこの戯曲には、人間の根源的な疑問である、

「幸せとは? 生きるとは何か?」

と言う事ををふと考えさせてくれる力がある。

だから名作として、今も色褪せずに演劇界で息づいているのだろうと思う。

勿論まだ二十代の俳優の卵だった僕も、心を震わせた作品であった。そして、年をとり、色々な経験をした今、この戯曲がより心に響くようになっていた。

タイの電気もガスも来ていない村で、そこでの日常の家事を見て僕は、不思議と哲学者のように、色々な事を考えさせられていた。

そんな事をわざわざ思い出して考えるのは、ツアーメンバーの中でも、きっと僕ぐらいだろう。。

そんな自分にちょっと笑ってしまうが、それは昔からであるし、そんな自分が嫌いではない。

ホーチミンでもジョンといて感じた

「今を生きる僕たちにとって、

 生きるとは、幸せとは何なのだろうか?」

という事を、切実に改めて考えさせられる。

 

そして、俳優とは感性の仕事でもあると僕は思っている。自分の中に潜ったり、色々な事を想起し、感じる事は、本当に大事な勉強である。その角度が人とは違うことも個性としては大事な事だ。その意味でもこの旅は僕にとって、すでに大きな財産になっているはずだった。

そしてその事は、僕を前に進ませる原動力にもなっていた。

そんな事を改めて感じさせてくれる、この不便であるが、普遍な事を考えさせてくれるこの村は、直ぐに僕にとって大事な場所になっていた。

(やはり彼らに会いに来てよかった!)

僕はそう思い、プイさんの起こした火をただ見つめていた。

 

 ほんとうのさいわい とは一体なんだろう。

 

この旅で僕は、いつもそんな事を考えてしまう。

 

続く

 

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↑ 美しい村の風景


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↑ 三ツ星シェフ プイさん♪

 

次話

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