第168話
獣道に潜むモノ
ツアー2日目は、なぜか最初に、村の小学校を紹介してくれた。可愛い村の子供達が5、6人、体育座りをして迎えてくれる。
この山奥の小さな村に、小学校がある事に少し驚いた。
だが考えてみると、確かに小学生の子ども達に、毎日山を登り下りをさせて、町の学校に通わせていたら大変だし、何より危ない。
小学校までなら一人の先生がいれば、充分学校として成り立つ。少人数だし、村で教えた方が効率がいいと言うのは、考えてみれば良くわかる事だった。
こじんまりとした、ちょっとした平建ての一軒家が学校であるという。風通しもよく、いい空間だ。
逆に日本の鉄筋の学校より
ある意味贅沢なのではないか?
そんな事を考える。
子供達は突然来た外国人達に少し戸惑っていた。みんな素朴な田舎の子という感じで可愛らしい。僕は教職免許も持っているので
(授業に参加させて貰えたら嬉しいな)
と思っていたのだが、挨拶をし、しばらくししたら終わりで、僕らはすぐに出てしまった。これには子供達もキョトンとしたままだった。
せっかく機会なのに、来ただけで、何も出来ずに残念だった。海外のツアーの内容には、不思議な「やっつけ感」のある残念なイベントが一つか二つある。
地元の人の演奏もそうであった…)
とにかく、盛りだくさんで、もてなそうという気持ちの表れなのだと自分を納得させた。
学校見学の後、宿に戻り荷物をまとめた僕たちはついに村を降りる事になった。
この不思議な犬の村ともついにお別れだ。
正味、丸一日もいなかったのに、名残惜しい気持ちになるから不思議なものだ。
ルートは、昨日とは山を反対側へと降り、裏の滝に出るという。
整備されている尾根の登山道から、急に右に曲がり、草むらの中へと歩き出す。先頭のプイさんはその先の全く道などない方向へと歩き出した。
草は膝上くらいまであり、足元が見えないので慎重にゆるい坂を降り歩く。
(ええ〜? 今こそ 長ズボンがいるじゃん…)
と思ったが、ハーフパンツの僕には後の祭りであった。
草をかき分けながら、ゆるい丘をどんどん降っていく。
途中から木々の間に入り、今度は獣道の様な山道を降っていく。
普段から利用しているのか、細く狭い、草のない地面があるので、そこを皆んなで降っていく。
結構急である。ボクはアメリカ人のチャーリーに習って、よさそうなしっかりとした木を見つけて、杖にして降って行った。
ここで驚いたのが、獣道の隣の坂を、草をかき分けながら「ガサガサ!」とすごい勢いで並走する動物が現れたのだ。
「まさか、猪でもいるのか?!」
とボクはびっくりして身構えた。
ここは外国の山奥である、何が出てきてもおかしくは無い。気配の大きさからすると、熊では無さそうなのが唯一救いだ。
中学校で剣道をやり、殺陣もやる俳優の僕は、杖を木剣に見立て上段に身構えた。
するとその動物は止まり、ヒョイと顔を出した。
それをみて僕はびっくりした。
なんと昨日から一緒にいる、赤毛の中型犬だったからだ。彼は僕に挨拶?をするとまた、獣道の隣をガサガサと降り出した。結構凄いスピードである。
僕はホッとすると同時に、最後までお見送りに来てくれる彼が、本当にプイさんの相棒なのだなぁ。。と感心していた。
(同時にかなり怖い思いをしたが…)
そしてこれは、放し飼いで飼われている犬にしか見られない現象であろう。リードで繋がれている日本ではまず見かけない、貴重な映像だ。
「流れ星銀河」と言う熊犬の漫画があるが、漁師とともに山道を駆け下りる彼らと、赤毛の彼が何となく重なって見えた。
途中降り出した雨の中、僕はリュックから日本の、コンビニで買っておいた簡易のビニールのレインコートを取り出して、着ながら降りる。
みんなはビショビショになっている。
大男のベンが僕をみて
「正実だけずるいぞー」と笑っていた。
「ならベン、このレインコート貸そうか?」
と返すと、ベンは
「そのサイズの貸してもらっても
ビリビリ破けて終わるだけだよ」
と笑っていた。
そんな彼はいつの間にか、自撮りのGoProを片手に、撮影しながら降りていた。
なんだかんだで雨も楽しみながら僕らは、ワイワイやりながら細い山道を降って行った。
(途中ベンが派手に後ろにすっ転んで、
その本人も、僕らも爆笑していた。)
やがて雨も止み、結構急な山道を1時間程で一気に降ると、水音が聞こえてきた。そこに向かってさらに降りて行く。そして山道を降りきった先が急に開けた。
そして目の前には、いきなり大きな滝が出現した。高さ15メートルくらいで結構高いが、横幅の広い滝で、広範囲に緩やかに水が落ちているのでそこまでの圧迫感は無い。
滝の下では、先に来たであろう観光客達が水遊びをしている。
ふと気配を感じて後ろを見ると、例の赤毛のワンさんが「ヘッヘッヘっ」と息を整えている。
隣で腰に手を当てて、これまた息を整え、汗を拭うプイさんに、
「ここまでついて来てくれるなんて
彼もいいガイドなんだね」
と言うと、プイさんはまるで自分のことを褒められたように喜び、誇らしげに
「イエス!ヒー イズ マイ バディ!」
と、彼が最高の相棒である事を教えてくれた。
その時、彼と目があった僕は、ふと頭を撫でてみたくなった。僕は本当に久しぶりに犬に触りたくなったのだ。
不思議と恐怖感はなく、自然と彼の頭を撫でていた。
彼は大人しく撫でられている。体も撫でてみる。彼は大人しく撫でられている。
僕は本当に子供ぶりに
(…噛まれるのでは無いか?)
と言う恐怖をどこにも感じず、犬を撫でた。
僕は嬉しくなり、どんどん撫でた。長年の呪縛から解き放たれた僕は、さらにしばらく、しつこいくらいにワンさんを撫でていた。
しばらく大人しく撫でさせてくれていた彼だったが、流石に「いい加減にしろよ」と思ったのか、急に向こうへ行ってしまった。
それを見ていたプイさんは笑っていた。
僕も(撫ですぎたな。。)と、反省ついでに笑っていた。
滝に目をやると、皆がいつのまにか水着に着替え、滝の下で遊んでいた。
他のツアーに参加しているであろう観光客も数人いる。そこに僕も着替えて参戦する事にする。
水の流れは、結構高いところから流れてきている。水量もあるので勢いも結構あるが、冷たくて気持ちがいい。
ベンは例の如く豪快に笑い、みんなもまるで海の波の様に、流れ落ちてくる水に挑んでは、弾かれて大笑いしている。
その時、ふと見た19歳のリオに僕は心を奪われてしまった。黒のビキニを真っ白な綺麗な肌にまとった彼女は、水圧に水着を持ってかれそうになりながら、はしゃいでいた。その姿は清らかで美しく、なんというか、お淑やかであった。
その姿を見て、僕は彼女に神々しいほどの若さと、美しさを感じてしまっていた。
(女性って、本当に美しいな。。)
僕は改めてこの神秘ともいうべき、男の性の私が絶対に辿り着けないであろう美しさに、舌を巻いていた。
女性の持つ、神秘的な美しさは不思議だ。
僕は、ただただ見とれてしまっていた。
ジェンダーの理解が進み、色々とセンシティブなこの時代であるから、怒られるかもしれないが、僕がこの旅でいつも感じていたのは、
「男性と女性はやはり違う生き物だなぁ。」
という感覚である。
やがて皆水遊びに飽きてきて着替え始めた。
昨日の滝と同じパターンである。
そして、昨日と同じくここでガイドが交代になる。昨日のドライバーのシアンが迎えに来てくれており、ここでプイさんともお別れだ。
皆と握手をして別れる。
僕は 「また飲もうね」 と呑兵衛特有の別れの挨拶をし、固い握手をした。
隣の赤毛さんにも、しゃがんで撫でてお礼を言った。
赤毛さんと並んで手を振りながら、明るい笑顔のガイドのプイさんは、僕らが見えなくなるまで見送ってくれていた。
陽気なガイドと別れた僕らは、さらなるツアーに向けてまたぞろぞろと歩き出した。
つづく。
↑ 村の小学校の先生と子供たち
↑ 2日目の大自然コースへ
↑ 獣道へと
↑ 滝で遊ぶ みなみな
↑ 見送りしてくれた 赤毛さん
↑ いい滝・夢気分!