猫好き俳優 東正実の またたび☆

俳優 東正実の東南アジア旅

僕は 自転車を装備し「ワットプノン」へ

 

パブストリートのトンレサップ川側に、プロレスラーの様な体躯の店主のいる 貸し自転車屋さんがあった。

 

実は前に マラッカで自転車を借りようとした時に、パスポートを預けなければならず、

(自転車借りるだけの為に、命の次に

 大事なパスポートを預けられるか!!)

と、僕は憤慨し 借りるのをやめた事がある。

「パスポートを預かります。」と言われて 僕は

例の如く「パスポートのコピーじゃ駄目?」

とパスポートのカラーコピーを出すと

" 信じられない!" と言う顔をされて、

まだ15、6歳くらいの若者の店主に

「おとといきやがれ!」的な事を言われた。

今考えると、確かに飯の種である自転車を、保証もなく貸すのはリスクが高いのだろう。

きっと、バックパッカーの中には、返しにこない輩も多いのであろう。

その為、旅人にとって、1番大事なパスポートを人質にとるのだ。

アジアでは高価であるはずの、自転車が帰ってこない。。そうなると、損害は計り知れないのかも知れない。そう考えると、彼が言っていたことも理解が出来る。

そのお陰で僕は、マラッカの「野良犬ストリート」を、命懸けで徒歩移動するハメになったのだが。。

 

ここプノンペンの貸自転車屋さんは、そこはドライで、最初からお客を信用していないシステムだった。

貸し自転車代自体は、2、3$くらいで安いのだが、補償金として、デポジットで40ドルほど最初から上乗せされる。

無事返してくれたら、40ドルを返すし、返さなければ、このお金で新しい自転車を買いますのでね。 うへへ🤤

という、わかりやすすぎるシステムだった 笑

この方が分かりやすいし、パスポートを預けるくらいなら、40ドルを預けた方が安心である。だがそうは言っても40$は僕にとって大金だ。僕は明日旅立つ為、店の閉店時間をしつこいくらい確認した。

僕は ここでママチャリを借りたが、実物を見てびっくりした。ブレーキは甘いは、ナットは緩んでるわで、危険極まりない。走っている間に壊れたら 大怪我をする。

僕は日本では、小学生の頃から 自転車は自分で直している。

その方が、実費だけなので、修理費用が1/3に抑えられ 安く済むからだ。

店主に交渉して 工具を借りて、自分で調整をする。

最初「何が不満なんだ??」と 言っていた店主も、手際よく自転車を調整する僕を見て、びっくりし、最終的には感心していた。

「日本人は本当に手先が器用なんだな 笑」

と言い、冗談で「うちで働かないか?」とも言っていた。。

 

さて、安全な自転車に生まれ変わったそれに乗り、僕は お寺に向かって走り出した。そこは有名なお寺らしい。昨日 宿のマスターからも聞いていた。

「ワットプノン」へ僕はママチャリで爆走し始めた。

あまり、観光という周り方をしない僕だが、今回 珍しく2泊三日でのプノンペンだった。

今までは必ず、一つの街に4泊五日はしていた僕なのだが。。

それには理由があった。越南(ベトナム)の ハノイで合流する予定だった 俳優の「来越の日程」がいよいよ決まり、カンボジアにいられる時間が限られていた為、次の予定地である、遺跡のあるシェムリアップにいる時間を多くとる為に、仕方なく この日程にしていたからだ。

マレーシアで出会ったアランが

「都会のKLは 二日で充分!」と言っていたのも思い出し、プノンペンという大都会での日程を削っていた。

しかし、プノンペンは 結構刺激的な街である。

本当は もっとこの街を堪能したかったが、飛行機のチケットを取ってしまっていたので、旅に出てから初めて 速足での街巡りとなっていた。明日には 飛行機に乗らなければならない…。

速足で回るにも、あまり足が速くない僕は、自転車でこの街を少しでも掴まえようとしていた。

自転車で走っていると、風が気持ちいい。ベトナムと違い、交通量は普通で、皆あまりスピードを出さないので、意外と安全である。

だが、やはり暑い。。

(あ〜、熱々~、風も暑い気がしてきた…。

 ふぅう。。あっちいなぁ。。)

とすぐに汗だくである。もうTシャツは絞れるくらいになっていた。

ワットプノンに着くころには、僕はカッサカサになっていた。

自転車を降りると、何やらパラソルがあり、その下にクーラーボックスで飲み物を売る出店があった。Tシャツにハーフパンツの若者が売っている。

ボックスの中を覗くと、そこには、氷水で キンキンに冷やされた飲み物がいっぱいだ。

アクエリアス」が目に入る、今日は外に出てから 水しか飲んでいない。

熱中症対策の為にも、今 出て行ったミネラルや 塩分を補充しようと思った僕は、日本で親しんだ アクエリアスのペットボトルを手に取り、パラソルの下の 若い店員からそれを買った。

 

皆さん想像してみてください。

カラカラになった喉と体に、キンキンに冷えた「アクエリアス」を流し込むと言う行為を。

きっと、最高に気持ちいいはずだ!!

それを想像しただけで 喉が鳴る。

僕は「キンキンに冷えてやがるよー!!」と言う準備をしながら、

アクエリアスを一気に喉に流し込んだ!!

 

その瞬間である!!

  ングっ!?  ぐはぁっっ!!!

と僕はアクエリアスを 盛大に空に噴き上げていた。

 

な、なんと!!

アクエリアス炭酸入りだったのだ!?

(え、え?!  なに? う、嘘だろ?!) 

と僕が、噴き出したアクエリアスで ベトベトになって、むせていると、

売ってくれた店員が 爆笑している。

僕はしばらくむせていたが、すぐに一緒になって笑い出していた。

「だって、炭酸なんだもんっ!そら吹くわっ 笑」

と、笑いながらジェスチャーで説明すると、店員はツボに入ったのか、うずくまって動かなくなった。

彼の肩が激しく揺れている。僕も余計に笑いが止まらなくなる。

ひとしきり笑った僕らは、なぜか仲良くなった 笑

 

水分補給のつもりが、笑いを取った挙句、大笑いした僕は、余計に汗をかいてしまった…。

「謎の炭酸アクエリアスだけでは 足りなくなった僕が「水も売ってくれ」と言うと、

彼は笑いながら「これも吹くのかい? 笑」とジェスチャーで言ってきた。

僕が「ああ、もちろん」と言って大真面目にうなずくと、彼は大喜びしてハイタッチしてきた。

まったく、アクエリアスでこんなに盛り上がる日が来るとは、日本にいた時には全く予想していなかった。。

後でマスターに聞いた所、カンボジアでは、

アクエリアスに炭酸が入っているのは ”常識” だという。逆にポカリスエットには、炭酸は入っていないそうだ。 知らんわそんな事!

こんな儀式を終えた僕は、ワットプノンへと向かう。ワットプノンは、結構階段を上がった上にある。見上げていると、横を「セグウェイ」に乗った若者が 涼しげに通り過ぎた。。

 せ? せぐぅぇい?? セグ?

と、?マークが頭を支配したが、落ち着いて周りを見て見ると、立派な綺麗な一軒家が多いエリアだと気づいた。

僕が泊まっている宿の周りの、コンクリの2、3階建ての、雑然とした 古い建物エリアとはまるっきり違う。 新築の綺麗なオシャレな家が多い。

 

ここは日本で言うとお成城や、白金のような場所なのかも知れない。。

だとしたら、成城でベンツばかりが走っているように、ここも、セグウェイくらいは走っているだろう。

そう 妙に納得した僕は、ワットプノンへと、階段を登り始めた。

 あ、暑い。。あっちぃ。。

今日は、暑いしか言っていない気がする 笑

階段を登りきると、素敵なお寺さんがある。

僕は中に入る。靴が散乱しているのを見て、土足厳禁だとわかったので素足で伺う。

中は綺麗な作りで、仏像があり、皆信心深い方達が、お詣りをしている。

中は扇風機がまわっており、少し暗くて涼しい。

前の方がお参りを終わったところで、小額のリエルを入れ、正座し、お参りをする。

地元の方や、お坊さんに「こうしてね。」と言われた事をちゃんと守っていれば、日本のお参りの作法でも、敬意を持っていれば問題はない。そんなに大きな違いはないからだ。

その土地の神様へ、ご挨拶をする。

頭がスッキリする。やはり 心が洗われる。

 

外に出ると、早速ご利益?があった。

散乱する靴たちの中から、自分のサンダルを探していた所、日本人から話しかけられたのだ。

「日本の方ですか?」と。

プノンペンには ほとんど日本人は

 いないのでは無かったのかしら? 笑)

と思いながら、僕はその素朴な感じの日本の若者と話を始めていた。

 

続く

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↑ ワットプノンと 結構ある階段

     汗だくな僕。。

 

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↑ ワットプノンとその内部

     こじんまりとしていて静謐な空間

     地元の方の 信仰の場でもある

 

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↑ ワットプノンの周りの高級住宅街

     そしてセグウェイ

 

 

 

 

 

 

 

猫好き俳優のぶらり街歩き

 

今日は北へと足を運んでみようと決めていた僕は、宿を出ると、目の前の道を 左に折れて歩き出した。

 

目の前の国立博物館の壁沿いに北上していく。

昨日 Googleマップ先生を見たところ、

「セントラルマーケット」と言うバザールがあるのを知ったからだ。

地図を頼りに北上する。

 

明るい内に街を歩くと、町の印象は一変していた。

人と車とバイクが走り、東南アジアのパワーを感じる。だが、ホーチミン程の渋滞はしていない。

セントラルマーケットに着くと すごい人だ。

人 人 人である。セントラルマーケットは、真ん中に十字の建物があり、その周りの敷地に、日除けのパラソルや 天幕を張ったエリアが広がり、様々な小さなショップがある、建物の周りに後から作っているので、もちろん下は アスファルトである。

真ん中のしっかりした建物エリアは、綺麗なモールになっていて、貴金属等も売っているが、周りの天幕エリアでは、生活用品や、衣類、食料なども扱っているし、なんと!一部のエリアでは ”床屋” が何軒もあった。

床屋のエリアだけ、コンクリートで多少段差が作って有り、床屋は一段低くなっており、排水が出来るようになっていた。そのためシャンプーも可能だ。

バザール内に床屋があるのを 初めて見た。このエリアは女性ばかりで あまりジロジロ見てはいけない雰囲気で、男子禁制のような印象を待った。床屋の印象だが、美容室とでも言った方がいいのかもしれない。

驚いたのは、原チャリが 人の間を縫って走っていたことだ。天幕エリアは 元々下は道路?の為だろうか? さすが 原付免許が要らないカンボジアである。

よくよく考えてみたら「免許が要らない」と言う事は、道路交通法や、交通ルールをまったく学んでいない人が、感覚でバイクを運転するということである。つまり、カンボジアの人からすると原動付きバイクは、自転車の運転と変わらない感覚なのだろう。

一番びっくりしたのは、7歳くらいの少年が、後ろに4歳くらいの弟を乗せて、二人乗りでバザール内を走っていたことだ!

少年だけあって 攻めの運転で、結構なスピードで、人の合間を縫っていく。。

 おいおい嘘だろ?! マジですか?! 笑

と僕は最初呆然とし、すぐに吹き出して、その人生初の光景を眺めていたが。

(確かに、免許が要らないんだったら、

 子供が乗ってもいいのだもんね。。)

と、すぐ後には 感心していた。まさに目から鱗だ。

 

バザールを 充分冷やかした僕は、川に出ようと東へ歩き出した。

それにしてもカンボジアも暑い。。途中で小さなショップに寄り水を買う。

5ドル札を出してお釣りを貰う。

お釣りは、4ドルと、1300リエルだった。どうやら細かいお釣りは、米セントではなく、カンボジアリエルでくれるらしい。 面白いシステムだ!

「良貨は悪貨を駆逐する」とは聞くが、それにしても、どれだけ自国の通貨が弱いのだろうか… と言うより米ドルが強すぎるのか?

 

水を飲みながら川に向かう。額から大量の汗が流れ落ちる。。

(あ、暑い。。死にそうな暑さだ。。)

カンカン照りで、本当に凄い日差しだ。

川に出ると、不思議な横長のテントが並んでいた。白い 長々とした、かなり横長のタープテントだった。

(一体 何のテントなのだろうか?!) と、

中を見て見ると、白い布で スペースが区切られていた。

テントの中には、日本の小学校でも使われているのと同じ、"懐かしい机と椅子" があったが、かなり古くてボロボロだ。

一瞬 日本からおさがりで来たのではないか? と思いながら覗き込むと、空間を区切る 白い布に貼ってあるプリントが目に入った。

僕はそれを見てやっとこのテントの謎が解けた。

なんと それは!昨日の暴走族とも関係があった!

何故ならこのテントは、選挙の為に建てられたものだったのだ!!十数部屋に分かれた このテントスペースは、全て投票所だった。

(うーむ。。すごい簡易な投票所である。。

 だが、すぐ撤去できるという点からすると、

 実用性という意味では、良いのかもしれない)

 そう思いながら、テントの先頭に歩いていくと、外国のメディアが取材に来ていた。

アメリカか、ヨーロッパ系の白人さんが、アナウンサー1人、スタッフ2人で撮影をしていた。

スタッフは、1人がカメラマンで、1人がアナウンサーの顔を照らすためか、太陽光を反射する レフ板を持っている?!

僕は思った。

 おいおい十分明るいぞ。。大丈夫だろ?

 黒澤明監督の「羅生門」撮影時代の、

 感度の低いカメラじゃないんだから。。

 ”このクソ暑くて、白のコンクリートの 照り返しが眩しすぎるカンボジアで、なぜレフ板がいるのだ?!” と。

僕には、スタッフが マイクを持ったアナウンサーを ”焼き殺そうとしている” としか見えなかった。。

よく見ると、アナウンサーの着ているシャツは、汗で すでにビショビショだ。

(実は シャツを乾かそうとしているのかな?)

と笑うしか無かった。3人共、真剣そのものなので しばらく眺めていた。

リハーサルだったのか、カメラ位置が決まると、三人とも日陰に避難し始めた。

アナウンサーだけでなく、皆汗だくで「はぁはぁ…」言っている。

(皆さま、ご苦労様です。)

”真夏の屋外ロケ” の過酷さを知っている僕は、そう心の中で労ってから トンレサップ川に向かった。

太陽の下で見るこの川は 大きく美しい。

地元の漁師さんの木の小舟がゆっくり進んでいく。。

ゆったり下流へと流れ行く水の流れが、悠久の時を思わせ、実にゆったりとした気分にさせてくれる。

僕はこの場所が、すぐに大好きになった。

僕はしばらくこの場所を堪能した後、

(また夕方に来よう!)と決めて博物館へ歩き出した。

川の少し下流に歩き、右折し、少し歩くとすぐに博物館の入り口に着いた。

入り口から中に入ると、すぐ右側にテントのような作りの、しっかりとした作りの小さな劇場があった。準備をしている 若い女性スタッフと目が合うと、寄ってきてチラシをくれた。

どうやら、カンボジアの民族舞踊の公演をしているらしい。

開演時間を聞くと、19時だという。ついでにちょっと中を覗かせてもらう。

白い布で、外と仕切られている作りだが、今は布は開いている、劇場内を見ると、客席は満席でも60人も入らなそうな、こじんまりとした作りで、どの席からも、ステージが良く見える素晴らしい作りだ!

僕はがぜん興味が湧き、ここでのショウを見ることにした。

スタッフさんに値段を聞くと、チケットは 3種類程あって、ステージに近い程高いらしい。一番安いチケットで15ドルだという。

(少し高いなぁ…ハズレだったらどうしよう。)

と多少迷ったが、カンボジアのエンターテイメントに触れる貴重な機会である。

客席を見た僕には、仮に一番後ろの席でも十分楽しめることが分かっていたので、一番安い15ドルのチケットを買うことにした。

スタッフさんに「チケットを買いたい」というと、博物館の入り口にある、チケットオフィスに案内してくれた。

窓口の人のよさそうなおばさんに話しかけると、10ドルだと言われた。

 …え?! 安くない? 

 15ドルではないのですか?

と聞くと、おばさんは

ミュージアムじゃないの?」と聞いてきた。

僕は笑いながら、劇場を指さし

「あれ、あれ!」と言って「舞踊のチケット」が買いたい旨を伝えると、

「ちょっと待ってね」と言ってから、しばらく待たされる。

何かごそごそしてから、やっとチケットを売ってくれた。

どうやら舞踊のチケットを売る準備をしてなかったようだ。

ちょっと不思議に思ったが、考えてみると、カンボジアでは、こういうところに来る人はツアーで来るか、きっと開演の直前にチケットを買うのだろう。

僕のように予定をわざわざ組んで、先にチケットを買うような人は、カンボジアには、めったにいないのだと思う。

(確かに予定が変わることもあるし、

 直前にチケット買えばいいんだよなぁ…

 売り切れてたら、また来ればいいのだから)

公演の前に、事前にチケットを買って準備した僕は

 色々旅してても、

 やはり自分は まだまだ日本人だなぁ。。

と改めて感じてしまい、急に可笑しくなってしまった。

僕は思わず「うふふふ…。」と不気味に笑っていた。

周りの人から見たら、きっと 暑さでおかしくなった人に見えた事だろう。

そんな事を考えながら、僕は自転車を借りる為に、パブストリートの近くにある 貸自転車屋さんに歩き出していた。

 

続く

 

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↑ セントラルマーケットとバザール

 

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↑ 貰ったチラシ 面白そうだ!


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↑ 悠久の時を刻むトンレサップ川


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↑ トンレサップ川沿いに建てられた "選挙会場" 


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↑ アナウンサーを焼き殺そうとするスタッフ 笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プノンペンの朝

 

朝起きると、やはり昨日飲みすぎたのか、少し頭が痛い。。

コーヒーでも飲んでシャキッとしようと、ベッドのカーテンを開けた。

 

昨夜は遅めに寝た僕だが、意外と早く起きてしまったようだ。

時間を見ると、まだ8時過ぎだ。

 

ベッドから出ると、同部屋の住人達がいた。

カンボジアで初めての 同部屋の旅人である。

顔を合わせたので、いつも通り 名前を聞く。

ドレッドヘアーを、編み込みのオールバックにしている 20代中盤の男性は、

自分を「I'm Rio」と自己紹介してくれた。

名前が "リオ" で、ドレッドヘアのオールバックなので、

(ブラジルの方だろうな。。) と思いながら、

「ウェアー ユー カム フロム?」

と聞くと なんと、"ロシア人"  だと言われた。。

 ええっ? おいおい!!詐欺みたいな名前だな?!

と思っていると、Rioは、自分で名乗っているニックネームだと言う。

 なかなか難しいな。。この人。

と思ったが、さわやかな顔をした青年なので、全て受け入れる事にして、自分の自己紹介も兼ねて 挨拶をする。

もう一人は ”アレックス” というオランダ人で、こっちは納得がいった 笑

どうやらこの部屋には、僕ら3人以外は泊まっていないようだ。

挨拶が終わると、何かよそよそしいと言うか、あまり明るさを感じない。

 

プノンペンのパックパッカー達は、今まで行った国の旅人とは何かが違う。。なにか、雰囲気が違う。

どう違うのかと言われると、難しいが、なにか…。退廃的な人が多い気がするのだ。。

パブストリートで見かけた外国人は皆、旅をする明るさとは無縁の、人生の終着駅に来たような…「旅の途中」では無く「旅の終わり」を予感させる  "沈没者" であるように見えた。

旅を人生に例えるなら、旅の終わりであり、人生の終わりであるかのような。。

 

さすがに、この宿には そんな人はいなかったが、安さだけが売りの宿に行けば、そんな人たちはごろごろいるのだろう。

 

僕は挨拶もそこそこに 一階の、フロント兼レストランカフェに降りた。

店では、カンボジア人の店員さんが、カウンターの向こうで、ゆったりと準備をしていた。

昨日も見かけた彼は、まだ16歳くらいだろうが ”絶世の美少年 だった。

身長は160㎝無いくらいだが、スレンダーな モデルさんのようなスタイルで、本当に美しい横顔、浅黒い綺麗な肌、髪質は天然パーマが "チリリ" とかかっていて、その髪が店のおしゃれな ベレー帽風の帽子から覗くのも、良く似合っている。

まるで「樹なつみ」の少女漫画に出てきそうな美少年だ。

 本当に綺麗な顔だなぁ。。

 ”美少年” とはこういう人の事を言うんだなぁ…

と感心してしまう。

骨太な昭和顔の僕とは 明らかに何かが違う。。

 

(一応役者だけあって僕も 石原裕次郎世代の

 お婆さま達からは「あら、いい男ねぇ。」

 くらいは言われるのですが 笑)

 

そんな事を思いながら、マスターに挨拶をしてカウンターに座り、酔い覚ましに コーヒーを頼む。

 

綺麗な男性。。 と言えば、僕は日本で 苦い経験があった。

数年前に、オーディションに行った時の事だ。

とあるCMの「父親役」と言う事で、時間通りに控室に入ると、いつもと 何か様子が違っていた。

L字型の 壁際に並べられいる椅子に座っているのは、皆 細いイケメンばかりである。

僕は(おやっ?)と思う。

僕らは皆、事務所と名前、 スリーサイズ、過去の仕事を記入する オーディションシートというのを書くので、それを横目で見てみると、両隣りの男性は モデルさんだった。ウエストサイズも見たことのない数字だった… 笑

奥の会場からは「主にモデルの仕事が多いです!」と聞こえる。。

 おや? もしかして彼らとは 違う役なのかな??

と思ったが、奥から聞こえるモデルさんのセリフは、僕が覚えてきた役の台詞だ。

僕は理解した。。

(うちの事務所…。やっちまったな!)と。

もはやオーディションを 受ける意味すら無い事が、僕には経験上分かった。。

それにしても、

 なぜ 書類審査に通ったのだろう…?

僕は不思議な苦笑いを浮かべ、壁際のイケメン達を眺めていたが。。しまいには 可笑しくなって 笑ってしまっていた。

だって、椅子には 右から数えて、

モデル、モデル、超絶イケメン俳優、モデル、骨太俳優の僕、モデルだった。。

さすがに戦いようがない。

落語の会ならば、よくあるつかみの

「別嬪さん、別嬪さん、一つ飛ばして、別嬪さん」状態である。

 

いざ僕の番になると、審査員たちの目の色が変わった! 勿論いろんな意味でだ。

お互いに 不幸な出会いである事が共有される。

彼らも思っただろう。

(おい! 書類審査した奴は誰だ?!)と

オーディションあるあるで、自己紹介の後に、大体のオーディションは、身体を見たいのか、カメラの前で一回りする。

カメラを、回しているアシスタントから、

「ではゆっくり回って下さい。」と言われ

ゆっくりと、正面のカメラに向かって、体ごと 「右向け右」をしていく、右側、後ろ姿、左向き、最後にまた正面に戻るという 一周を、大体どこのオーディションでもやるのだ。

そして、僕がいざ右を向いた瞬間! 審査員がどよめいた。

「おおっ!ぶっとっ!!」と、思わず声を漏らす失礼な輩もいた。

それはそうだ。彼らは今まで、本当に内臓が入っているのかと 疑いたくなるほど程、細いボディばかり見てきたのだから。

「あづまさぁーん!凄い身体ですね!

 何かスポーツやってたんですか?!」

と、これまでのオーディションで、疲れてダレてきていた彼らは、急に違う方向でやる気を出して来た。

「いやー、若い頃 引っ越しのバイトしてました!」

と、こちらも もう笑いながらウケ狙いで言う。

「そ、それ!スポーツじゃないよねっ!? 笑」

と 全員が大喜びで、大爆笑だった。

もちろん落ちた!オチがついて落ちた。

この話も、オーディションもである!

 

話はそれたが…

そんな事を漠然と思い出しながら、店のカウンターで僕は、ぼーっと コーヒーを啜っていた。

 

そんな僕は今朝、昨日 マスターが「当店一押しです!」と言っていた

 ”グリーンカレー” を食することにしていた。

せっかくのアジアである、朝カレーが ” グリーン” であるのも 乙なものだ。

例の美店員さんに、貼ってあるメニューを指差して、グリーンカレーを頼んだ。

その時である。。 んん?? 僕は違和感を感じた。

声が随分と可愛らしかったからだ。

 美少年は、声も可愛いのかな??

とアホな事を考えながら、その動きを見ていると、物腰も柔らかい。

マスターと話しているのを見ていると、とても可愛らしい。。

 

そこで僕はようやく自分の勘違いに気付いた。。どうやら絶世の美少年ではなく

 ”美少女”  だったようだ。。

僕は驚愕していた。そういえば、昨日は少し見かけただけで、すぐに彼女が帰ってしまったのと、クールな外見の印象から、勝手に男性だと思い込んでいたらしい。

僕は勝手に美少年だと決めつけ、自分のトラウマを思い出していた事に、何故か "申し訳なさ" を覚えていた。。

彼女からしたら何の事か解らないだろうが 笑

 

女性だと知ってから見ると 急に気恥ずかしくなってきた。女性だとしたら、ちょっと彼女は美しすぎる。。

性別の認識が変わっただけで、自分がこんなにも動揺することが、驚きで 何か笑えた。

そんな葛藤を 短時間でしているとはつゆ知らず、美少女店員さんが、グリーンカレーを持って来てくれた。「サンキュー」と言うと、ニコッとしてくれる。。 か…可憐だ。。

 もうカレーなんざ、どんな味でもいいさ!

と現金な僕は カレーを食べ始めた。

一口食べて フリーズする。。

 う、うまい。。

 こ…こんな美味いカレーは 初めて食べた。。

僕はあまりの美味しさに、上を向いてしばらく目を瞑っていた。

「こ、これ、旨すぎじゃないですか??」

と言うとマスターは

 あ、やっぱり!みんな美味しいって

 言ってくれるんですよ!!

と言って喜んでくれた。

その後、一気にカレーを食べてしまった僕は、しばらく呆けていた。

 うまぁ〜ぁ、馬ウマ、旨かったぁ。。

と、馬になりながら、ベッドから出て 数十分の間に、色々な思考と 出来事に出会った僕は、コーヒーのお代わりをしてから、プノンペンの街へと飛び出していった。

 さぁ、今日のプノンペンは、

 僕に何を見せてくれるのかな?

とワクワクしながら。。

 

続く

 

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グリーンカレーが美味すぎる宿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2軒目はイタリアン

 

パブストリートの、さっき通らなかった区画の道に入り、少し川沿いに戻ると…

こじんまりとした "イタリアン" の店があった。

 

「街のイタリアン」といった外観で、縦長の店内で、プノンペンでは 見かけたことの無いタイプのオシャレなお店だった。

メニューを見てみると、意外なことに 結構安い。

日本だと、ご夫婦でやってそうな、家庭的なイタリアンという感じだ。

 

「ここは良さそうだ!」 と中に入ってみると、店内は空いていて、他にお客は1人しかいなかった。

元気な小柄な30代中盤の女性が 席へ案内してくれる。高校生くらいの 娘さんらしき女性も働いている。

僕は席に座り、美味しそうなピザとビールを注文した。

注文を終えて、ふっともう1人のお客さんを見ると 目が合った。

(あれ? 日本の方っぽい…?)

と思っていると、向こうから挨拶して来た。

 

スキンヘッドのような頭の、眼鏡をかけた 少し太っている がっちりとした方だった。身長は 170センチより、やや下で、年齢は50歳くらいの元気な男性だ。

 

 日本の方ですか?

 プノンペンには いつ来たんですか?

 

 ええ、日本人です。今日来ました。

 

 そうですか!プノンペンじゃ、

 日本の方にはあまり会えないんですよ!

 良かったら一緒に呑みませんか?

 

 ええ。でしたら是非!

 

という事で、一緒に飲む事になった方は、プノンペンに住んでいる日本人で「田中さん」といった。なんでも、工場の機械の設計をやっていて、一人でその会社をやっているとの事だった。

色々話を聞くと かなりのツワモノである。

数年前までは、アフリカに 10年以上住んでいて、そこでも 今の仕事をやっていたそうだ。

プノンペンの事情にも詳しく、マスターに聞いた事は 大体あっていて、夜はとにかく気をつけた方が良いと言われた。

実は田中さんは、ひったくりも合わせて、カンボジアで すでに5回ほど強盗被害に遭っているとか。。

十数年いたアフリカより数が多いらしい。

すぐそこの道を行ったところに家があるが、家に入る直前でひったくりにあった事もあるという。

最後にバイクの引ったくりに遭った時に、持っていたカバンを引っ張られ、こちらも踏ん張って、グイっと 引っ張り返した際に 右足を着き、その時 ふくらはぎが筋断裂を起こしたとの事。。

「足をついた時にね、ブチブチブチってね!

 ガハハハハハハ!!」

と豪快に笑う なかなかの豪傑だ。

実は合気道をやっていて、段持ちらしいが、

怪我をした事を師匠に報告した所

「修行が足らん! って、怒られちゃったよ!

 ガハハハハハハ!!」

と、これまた豪快である。

僕は明るい元気な田中さんと、意気投合して、結構遅くまで話し込んでいた。

田中さんもお酒が好きで、二人で楽しいお酒になった。

その中で 出た話だが、

あまり詳しい事情は話せないが、アメリカが関わる とある捜査で、その事件には直接関わってはいないのだが、実は プノンペンに住む日本人経営者は 全員、CIA から事情聴取を受けたという。。田中さんも、会社の代表なので 事情聴取されたらしい。

なかなか人生で アメリカ中央情報局” から事情聴取されることも無いだろう。

さすがカンボジアである、スケールが違う。

もう一つ気になるのは "米ドル" という通貨だけではなく、アメリカが深く入り込んでいる事だ。なかなか 他の国に、自分の国の捜査で捜査官を送り込み 捜査をするという事は、国際法上あり得ないのでは無いか? とも思う。

僕の知る限りでは 映画「カリオストロの城」で、銭形警部が "埼玉県警" を引き連れ、外国に捜査に来た事くらいだろう 笑

 

また、田中さんも経営者であり カンボジアの商売についても詳しかった。

いま、百万程あれば、カンボジアでは 商売で勝負できるとの事。

先ほど聞いた通り、カンボジアは産業も弱く、アイデアとガッツさえあれば、もともと教育水準の高い "日本人" であれば、成功するのは難しくないと言っていた。

田中さんは僕を気に入ってくれたらしく、酔った勢いで

「商売するなら、東さんなら成功しますよ。

 その際は、いくらでも手を貸しますから!」

リップサービスしてくれたが、やはり基礎教育を受けているというのは、相当なアドバンテージなのだと、教育の大切さを 改めて感じた。

 

また、話の中で田中さんに

「なぜこのお店にしたの?」と聞かれ、

「当たりの予感がしたので。」と答えると

「それは凄い!」と喜んでいた。

田中さんがいうには、このお店は プノンペンでも 穴場のお店で、安いし、かなり美味しいお店だと教えてくれた。確かに料理は全部美味しかった!  田中さんは、もう数年通っている常連だという。

パブストリートの すぐ横にあることもあってか、閉店時間はかなり遅いようだ。

僕らが遅くまでいても、店主の女性はニコニコしている。それかお客さんに合わせて閉めるのだろうか? 僕らがいる間に もう一組お客さんも入っていた。

僕らはかなり遅くまで飲み、店を出る時 時計を見ると、もう深夜0時だった。。

 

あれほど、”気をつけろ” と言われていたのに、街に少し慣れると、いきなり深夜まで酔っぱらう僕も 大概な呑兵衛である 笑

 

宿に帰ると、マスターが店の片づけをしていて、その事を話すと 笑っていた。

僕が

「たまたまお会いした 日本の方と飲んでましたよー。」

と言うと

「おお!それは凄いですね!持ってますね!!」

とさらに笑っていた。

優しいマスターは「ビールまだ出せますよ」と、瓶ビールを売ってくれたので、マスターと少し話す。

話をすると、やはりCIAの話は本当で、マスターも宿の経営者なので CIAから事情聴取を受けたらしい。。初日から色々凄い話を聞かされ過ぎて、お腹いっぱいになってしまった僕は、ビールを飲み終えると

「ありがとうございました、おやすみなさい。」と言って、2階のドミトリーへと階段を上がっていった。

一日の間に、あまりに色々な事があった僕は、ベッドに入ると すぐに意識を刈り取られた。

 ふむ。。良いベッドだ。。

と思ったのが、カンボジア初日の、僕の最後の記憶となった。。

 

続く

 

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↑ 田中さんと僕。はいチーズ!の代わりに

 「修行の足りない顔でお願いします 笑」

 と言ったら「ガハハハハハハ!!」

 と笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プノンペンという街

 

フロントに降りて、オーナーに色々話を聞く。

日本人から得られる情報は貴重である。

日本語で相談できる人がいるのは 本当に心強い。

 

結構物騒な話をしてもらった。

カンボジアでは、強盗に遭っても決して逆らわない方がいいという事である。何故なら、拳銃が出てくる事が多いからだという。

今までの国とは違い、ついに銃が出てくる可能性がある国に来た。

 

日本では 警察官の下げている拳銃以外で、本物の銃を見る事はほとんど無い。

僕は ペナン島のモールの前の、平家のガラス張りの銀行の前で、警備員なのだろうが、肩から弾を巻きつけて、目を血走らせ、ライフルを持った男性が少しうろつきながら立っている所に遭遇した事があるが、、ちょっと怖すぎてそこのATMを利用できなかった。。

 

ペナンの宿で一緒だった「I'm アラウンド」と言って、世界一周している途中の インドネシアの若者は、南米で ショットガンを突きつけられて 強盗されたと言って、笑っていたが。

僕は、一切笑えなかった。。

 

それくらい本物の銃のもつ迫力はおかしい。。

 

ここカンボジアは、ほぼ産業もなく、国を支えるべき、教育者や、有識者、思想家は全て、あの残虐な殺戮者の「ポル・ポト」に、全員が皆殺しにされているので、自国での立て直しが難しいらしい。

 

海外に亡命や、逃げ延びていた知識人達も、

「国を立て直すのに、力を貸してほしい。

 私は間違っていた。」と嘘をつかれて騙され 

「愛する国の為に」と、帰国した所を拘束され、そのまま空港内で 処刑されたらしい。。

なので、国に戻って 立て直しを出来る人材まで いないというのだ。

 

信じられない事だが、こんな事が実際に起こっていた国がカンボジアなのだ。

 

国民の大多数が殺されたので、カンボジアの全国民の平均年齢は、23歳くらいだという。。

あまりに若すぎる。

どうりで、まだ老人を1人も見かけないわけだ。

国民の平均年齢が、あまりに低い事実に、僕は大きな衝撃を受けた…。

 

その為、今、国を支えるべき年齢の世代は、一切教育を受けられなかった為、余計に国が傾いているという。

そのせいか、買収は日常茶飯事だし、ほとんどの事は 地元の有力者と知り合いになるか、お金で解決できるらしい。

 

なので 拳銃も、お金を出せばいくらでも手に入るという。

また、原チャリに乗るのに 免許はいらず、誰でも乗れるらしい。

 

カンボジアのメインの産業は、シェムリアップにある、アンコールワット遺跡群の観光業で、まさに祖先からの贈り物だ。

あれがなければ、カンボジアは、もっと貧しく、本当に 大変な事になっているという事だった。

きっと簡単に取れすぎるビザも、ビザ代が 国家の資金として 大きな収入になる為、わざわざ ビザ無しでは入国出来なくしているのだと思う。

それにしても、実際にカンボジアに来て、その国の話を聞くと、刺激がつよすぎる。。

 

僕は マスターのアドバイスもあり、パスポートは 宿の鉄のロッカーに入れておいた方が 安全だと判断し、貴重品財布もそこに入れて、必要以上のお金を持ち歩かない事にした。

 

ここの宿は、一月に1人か、2人しか日本人は泊まりに来ないらしく、案外 プノンペンに来る日本人は少ないらしい。

皆、アンコールワットのあるシェムリアップに行くからだ。

「だから、日本の方が来ると

 つい いっぱい喋っちゃうんだよー 笑」

とマスターは笑顔で言っていた。

だが、貴重な話を聞けて、本当に助かったし、勉強になった。

 

やはり、日本の方の経営する宿を選んで、本当に良かった。

僕は、いつも恵まれている自分の

「出会いの運」に感謝した。

 

気を付けなければいけないが、そうは言っても、動かなければ 実際の所は何もわからない。

僕は、宿から出て、早速街を歩く事にした。

 

宿を出ると、だいぶ日が暮れ始めていた。

まずは、無目的に歩く。とにかく初めて来た街は、本能に任せて「こっちに行ってみよう!」と思った方に行く方がいい。

なぜ、そっちなのか?と聞かれてもわからないが、いつも見知らぬ街を旅をしているうちに、何か嗅覚のようなものが磨かれて、出会いや何かが起こる方向に、なんとなく自分を導いていくようになる。

その方向に、なんとなく何かを感じるのだ。

 

日が落ちかけて、薄暗くなった広めの路地を歩いていると、野良犬が道の左右にいるので慎重に歩く。涼しくなって活動的だ…

人はまばらだが、さっきあんな話を聞いたばかりなので、どの人を見ても強盗に見える。。

最大限注意しながら、物凄いドキドキしながら歩いていく。

一つ救いなのは、僕が大柄な男性であるという事だ。やはり、ひったくりなどは 卑劣なので、弱い女性などを狙うらしく、180センチの骨太な僕は、カンボジアの男性からみたら、進撃の巨人のはずだ。

わざわざ ごつい男は狙わないだろうし、僕は元々 外人さんくらい顔が濃いところに、バッチリ日焼けをしていて、小綺麗な格好もしていない。

すでに日本人には、見えなくなっていたハズだ 笑

 

少し歩くと慣れてきた。

治安がどうこういうが、どこに行っても基本は皆98%は 良い人だ。

"  残りの2%に気をつければ良い! "

そう腹を括った。

歩いていると、大きな川に出た。

 

かなり大きな川だ!!

 

川のほとりには、出店も出ている。

Googleマップ先生を開くと「トンレサップ川」となっていて、ほんの数百メートル下流で、なんと!メコン川に合流している!!

  (おお! そうかっ!!

 僕はメコン川の上流に来ているんだ!

 この川はベトナムに繋がっているんだなぁ…)

と島国の僕には なにか感慨深いものがあった。

そばに王宮もあったが、中には入れなかった。

僕は 屋台で売っている缶ビールを買い、ビール片手に川沿いを歩き始めた。

川沿いはキチンと整備されていて、散歩をすると、涼しくて気持ちがいい。

王宮と、川の間のこの道は、大きな歩道に 恋人達や、家族連れも憩っており、のんびりとしている。

王宮の前の広場も人が沢山いる。

しばらくここを満喫した 缶ビール片手の僕は 北上し、宿のオーナーさんからも教えてもらっていた、パブストリートに行く事にした。

バーが多く、ちらほらと他のお店がある。

 

僕はいつものように、すぐに店は決めずに、この界隈を、メニューをみながら色々回る。

ビールは、ベトナムと一緒で、どこもだいたい 50セントである。

観光客は、ヨーロッパ系か、アメリカ人かの白人の方ばかりだ。

 

僕はストリートの奥に少しに入った、角にあるパブに入った。

テラス席に陣取り、いつも頼むフレンチフライ(フライドポテトである)と、ビールを頼む。

フレンチフライは、どの国もハズレがないからだ。

次に、メニューをみて決めていた、ステーキを頼んだ。少し値は張るが、人生初の陸路での 国境越えのお祝いである。

プノンペンパブストリートは、少し客層が悪い。。というか、だいぶ スレている感じの観光客が多い。

ホーチミンの明るい感じのパブストリートとは違い、何か陰鬱な印象を受けた。

 

僕が、テラス席でステーキをぱくついてると、ふと、向かいの ビリヤード台を置いてあるバーにいる、大柄な白人女性が目に入った。

多分北欧系だろう。フラフラしながら、それでもビリヤードをやっている…というか、やろうと頑張っている。それも、1人でだ。。

 

尻餅をつく、それでもビリヤード台にキューを構えようとする。

後ろにひっくり返る、それでもビリヤードをやろうとする。

ビリヤード台に捕まり、、這い上がり、ビリヤードをやる。。いや、やろうとする。

とりあえず椅子に座る。

キューは持ちっぱなしである。

酔っ払いではない。確実にヤバいお薬か、葉っぱで、酩酊されているようだ。目が飛んでる。

こんな分かりやすくラリっているバックパッカーを 初めて見た。。

カンボジアは、色々緩い国なのだと改めて実感する。

僕は関わりたくないので、最後の2切れをかっこんで、ビールで流し込み、店を出た。

 

せっかくのお祝いを 邪魔された僕は、もう一軒探そうと、プノンペンの夜の街を 再び歩き出した。

 

カンボジアは、やはり侮れない。。

 

続く

 


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↑ 王宮前の広場と歩道で 憩う人々

 

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↑ 缶ビール片手に散歩する僕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕掛けてくるカンボジア

 

中国の銀行に、手数料で "一日分の宿代" を取られた僕は、静かに怒りをたたえながら、飲み物を買う為にコンビニに向かっていた。。

 

コンビニに入ると やはり涼しい!!

やはりカンボジアも くそ暑い。。実は バスから降りた瞬間から、汗が吹き出していた。

水を手に取り レジで会計の際に、100$札を出した所、なんと!?

「オオゥっ?! ミリオンダラー!!」

と 店員にズッコケリアクションを取られた。

 

その男性店員に、

「お釣りがないので、細かいのはないか?」

と聞かれた。

しょうがないので、国境で変えておいたリエルで払う。。

 

どうやら 100ドル札は、

現地では 引くぐらいの高額紙幣らしい。。

僕は 100$札を、とりあえず貴重品財布の方にしまい。

パスポートの中の、25$を普段使いの 小財布に入れ直した。

 

それにしても「ミリオンダラー!!」である。

僕は「Million Dollar」と言うと

"100万ドル" と思ってしまうが、カンボジアでは、

100$を「ミリオンダラー」と呼ぶらしい。 不思議だ。。

「Million Dollar Baby 」(百万ドルのベイビー)

と言う アカデミー賞 受賞の映画があったが、

「100ドルのベイビー」だと格好がつかないだろう。。

また、「百ドルの夜景」に彼女を連れて行っても、ちょっと怒られそうだ 笑

そんなことを考えていたら、自然と 先程から抱えていた怒りは、どこかへ消えて無くなってしまっていた。

さすが東南アジアだ 笑

 

そういえば ベトナムでも、

"ひったくり" のことを

「アリババ」と呼んでいた。。

 「アリババ、気を付けて

  後ろから来るバイクは アリババが多い」

と言われた。

だが、僕の知識では 原作は、

「アリババと40人の盗賊」であったハズで、

主人公の ”アリババ” 自身は 盗賊ではないはずだ。そして最後は、盗賊たちを 退治する側だったはずだ。

だが、彼らからすると、

"盗っ人" =「アリババ」 らしい

まぁ。こんな事があるのが、東南アジアの面白い所である 笑

 

そんなことを考えながら、水を片手に汗だくで、、宿へと歩いていると 向こうから、、

 

信じられない数の、白いバイク集団がやってきた!!

 

ブオォン!!ブゥぉオン!! パパァー!!

と音を鳴らし、向こうからやってきた。

皆、白いシャツと白いキャップをかぶり、青い旗をはためかせている!!

よく見ると、車まで混じっている

その "白の集団" を見て僕は

 

 ぼっ、暴走族だ!

 かっ、、カンボジアの暴走族だ!!!

 カンボジアに来て…

 いきなり"暴走族" に遭遇した!?

 

と驚愕した!!

だが、、落ち着きを取り戻し よく見てみると…

 

 んん…?? みんな笑顔だ。

 ニコニコしている…?!

 それに…おじさん おばさんばかりで

 若者はあまりいない。。

 

そう思って見ていると、何人かは笑顔で 僕に手を振ってくる。

一応 手を振り返すが、謎のままである。

どうやら、何かのパレードの様だ。

かなり長いパレードで、 ”白い中年達” は2分程途切れず、そのまま結構なスピードで 通り過ぎていく。。

彼らが走り去った後の道路は、何事もなかったように、さっきまでの道路に戻った。

車やバイクもまばらだ。

 

僕はしばらく呆けていた。。

 何だったんだろう?今のは?!

 あまりの暑さに僕は、

 まぼろしでも 見たのだろうか??

 と疑うくらいの暑さと、現実感の無さだった。

もし、熱中症の幻覚だとしたら相当やばい。。

 

とにかく僕は 水をガブガブ飲み、日陰を選んで宿へ急ぐことにした。

 

途中で日本語表記のホテルを見つけ、涼むついでに話を聞こうと 中に入ってみると、ホテルの内装も日本風だ。

フロントには、なんと!

日本語が話せるスタッフさんがいた。

カンボジアの方だと思うが、まだ30手前の丁寧に話してくれる男性で、日本語で話せるので助かる。

宿は決めていたが、一応一部屋の値段と、部屋の写真を見せて貰う。値段はそこまで高くない。

聞くところによると、このホテルは、東南アジア各国に 何件かチェーン店があり、和食が食べれたり、日本のテレビも見れるらしいが、最大の売りは 屋上にある露店風呂だった!

まさか カンボジアに露天風呂があると思わず、僕は驚き 喜んだ。

いままで周った国の中でも 初めての設備だ。

そしてなんと!! 宿泊客でなくとも、お風呂だけ入れるプランもあるらしい!

僕は「時間が出来たら是非伺います!」と言いながら

(そういえば!さっきの。。)

と ふと思い出し、例の ”白い中年達” について聞いてみた。

彼が言うには、近く選挙がある為、支持政党の応援の為にパレードをしているとか。

どうやらこの国では 選挙はお祭りのようなものらしい。

 

僕は、あの 白の集団が 幻では無かったことに安心し、お礼を言い ホテルのカードを貰ってその宿を出た。

 

道をさらに歩く。。

大通りではなく一本入った道なので、車はあまり来ず、人もあまり歩いていない。

野良犬がちらほらいるが、暑さのためか、あまり活動的ではない。。助かる。

 

今回の僕の宿は、プノンペンで日本人の方が経営する、ドミトリー宿だった。

日本人のレビューも評判が良く、booking .comでも、9点以上の宿だ。

Googleマップを頼りに、宿の通りまで来ると、右側には鉄柵付きの塀があり、その奥には赤茶色の屋根の建物が、縦長に続く。それは国立の博物館らしい。かなり広い敷地であった。

 

やがて宿に着く。

外観は3階建てで、一階は、こうゆう宿では、ありがちなのだが、縦長のカフェになっていた。そのカフェは、綺麗でおしゃれだった。

日本人のマスターがいて、その男性が 宿のオーナーさんだった。

40歳中盤の、落ち着いた雰囲気ではあるが、柔らかい印象の 明るい方だった。

部屋へと案内しながら、色々と宿のシステムを教えてくれた。

部屋は照明がやけに暗かったが、たぶん 部屋で騒がれないように、という工夫だと思う。

寝ることがメインになりそうだ。

だが、奥の窓のカーテンを開けると明るいし、小さなバルコニーもある。

バルコニーからは、目の前の博物館と、道を行く人々や、そこを走る「トゥクトゥク」が見える。

ベッドは二段ベッドが3つあり6人部屋だ。

その割には部屋は広く、贅沢な作りのドミトリーだった。

ベッドは布できちんと仕切られており、プライバシーは確保できる。

しっかりした作りのベッドなので、軋みの音に悩まされる事も無さそうだ。

 

何より、床もベッドも清潔なのが素晴らしい。

さらに、鉄製の大きなロッカーがあり、りっぱな錠前のカギもついており、それを1人につき一つ貸してもらえるので安心だ。

日本人ならではの、お客さんの事を考えて作られた宿である。

 また当たりの宿を引いた!!

僕はカンボジアに到着早々、幸先の良さを感じていた。

 

荷物を整理し、下段のベッドから這い出た僕は、誰も部屋には居ないので カーテンを開け、窓際に置いてある椅子に座り、窓から道を眺めていた。

トゥクトゥク」が多い、タイで多く走っている というイメージだったが、カンボジアも多いみたいだ。

 

僕は、話には聞いていたトゥクトゥクを、ここ三ヵ国目のカンボジアで 初めて見た。

トゥクトゥクとは、オート三輪のタクシーと、オートバイに 客席の荷台を引かせる種類のものがある。ここカンボジアは、後者が主流のようだ。

ようは、馬の代わりに、オートバイで引く馬車である。

 

そんな風景を見ながら僕は、

 国が変わると、わかりやすく

 乗り物自体が変わるのだなぁ。。

と、3カ国目ならではの感想を抱きながら、詳しい話を聞きに、フロントのある一階のカフェへと降りて行った。

 

続く

 

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↑ 暴走族?!

 ではなく、支持政党応援パレード。

 

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プノンペンでは珍しい

 一体型トゥクトゥク

 ほとんどは、バイク引き式である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一路?プノンペンへ。

 

ついに国境を越え、カンボジアに入った。

カンボジアの道をバスはひたすら走る。

 

道の横には建物や民家はあるが、空き地も多く、建物の奥にも空き地や畑が多い。田舎道だ 。

アスファルトなのは、僕たちが走っている国道だけで、一本横や 交差点で脇に入った道は、ほとんどが乾いた赤土の道路である。

 

しばらく行くと、平屋の大きな建物が奥にあり、その前の 乾いた土の駐車場にバスは止まった。他にもバスが止まっている。

建物は食堂になっていて、どうやらここで食事休憩を取るようだ。

 

バスを降りるが、何時に戻ってこいとは言われない。。

皆、最初は戸惑っていたが、食堂に入る者、隣の小さなストアで買い物をし バスの座席に戻る者と別れた。

僕がとりあえずトイレに行って戻ってくると、さっき降りるのを見た、僕のバスの運転手が、席で昼食を食べ始めていた。

彼が出ない限り、物理的にバスは動かないはずだ。僕は 近くの席で、彼を見張りながら 食事を取る事にした。このバス会社の調子だと、油断していると うっかり置いていかれても 不思議では無い。。自分の身は自分で守らなければならない。(一体どんなバスツアーだ 笑)

 

先払いのシステムで、スープ付きのチャーハンのようなものを頼んだ。

国境付近の為か、何故かベトナムドンが使えたので、余っていたベトナムドンを使う事にした。

食事はベトナムより少し安かったが、味はあんまりだった。

 

ひとつ驚いたことがある、カンボジアに来たのだと 実感させられた事だ。

それは、食事を終えて、まだ運転手が席にいることを確認しながら、缶コーヒーでも買おうと

隣のストアに行った時、

干してあるのか、売っているのかわからないが、店先に、直径1メートルほどの皿の上に、昆虫が山盛りで置いてあったことだ。

多分油で揚げたであろうそれは3種類あり、コオロギらしきものと、黒い黄金虫と、僕にはどう見ても、ゴキブリにしか見えないものが、山盛りで置いてある。。

 これ。。?本当に食べるの??

と僕は少し気持ち悪くなったが、日本でもイナゴを食べるのだから、不思議は無い と思い直した。

だが。。一種類は確実にゴキブリにしか見えない。。何度見ても、見れば見るほど「G」である。

僕も 他の観光客と同じく写真を撮ったが、少し考えて、、やはり気持ち悪いので、珍しく写真をすぐに削除した。

 

バスの運転手は、まだゆったりと席にいる。

ここは、子犬や、猫がおり、鶏まで走り回っている。

静かで、何か平和だ。。

大きな建物は周りになく、空が向こうによく見える。

 

僕は再び運転手の近くに座り、道の向かいに見えるカンボジアの大地と、空を見ながら、缶コーヒーをのんでいた。

 

ここでふっと気づいたのだが、、

パスポートを返して貰っていない。。

 

僕は、あれ??っと思った。

スタッフ忘れているんじゃ無い??と。

 

普通、国境を越えたら、すぐ返してくれるのが当たり前では無いか?

 

また不安になった僕は、席に戻ったら 隣の白人さんに相談してみようと思い。

運転手が、戻ったタイミングで、そそくさとバスに戻った。

 

バスに戻ると、皆不安なのか、すでに全員が席に戻っていた。

 

僕が席に着くと、添乗員が 数を数えるでもなく、目視で後部座席までざっと見て、運転手と話し、バスは再び走り出した。

隣の白人さんに、

「パスポートは、返してもらった?」

と聞くと

「いや、まだだ。。けど、大丈夫だろ?

 気にしない 気にしない。」

と力強く励ましてくれた。

 

そのとおりで、しばらく走ると添乗員が、パスポートを乗客に返し始めた。

僕もそうだが、外国人の顔は、区別がつきにくい。。だが、スタッフは、ひょいひょいとパスポートを返していく。

(凄いなぁ、さすが慣れているなぁ。)

と思っていたが、何のことはない、自分にわかるようにパスポートを列の順番で重ねておき、その順番通りに返しているだけのようだ。

その為、たまに隣の人と間違えて渡すが、

本人達が気づいて「これあなたのじゃない?」

と渡したり、勝手に交換するので、問題は無いようだ 笑

僕は唯一の日本人のためか、間違えずちゃんと本人に渡してくれた。

 

もう一つ気付いたのだが、一人乗客が増えていた。

立派なアゴ髭とはやした、中東によくいそうな男性だった。

添乗員の横に座り、親しげに話をしている。

 

どうやら、客ではなく 添乗員の友達のようだ。このバスに ついでに乗せてあげているのだ。

 

このシステムは不思議なもので、彼が1時間後に降りて行った後、しばらくして、また1人乗り込んできた。

そして彼らは降りたい所で降りていく。

 

やがてバスはプノンペン市内に入った。

さすがに首都プノンペンである。

街並みが一変し、建物だらけになる。そして道は、アスファルトの舗装された道路だけになる。

間違いなくここは大都会だ。

 

このバスには観光客だけではなく、ホーチミンからカンボジアに帰る人もいて、何人かは、信号待ちの間に、途中でバスを降りて行った。

 

Googleマップを見ると、僕の宿の近くに近づいていたので降りたかったが、バスの下に荷物を預けていたので、到着まで座っていることにした。

それから数分後に バスは無事、プノンペンのバス停に到着した。

 

Googleマップを見ると、宿からは2キロほど離れていたが、歩けない距離ではない。

隣の白人さんに、軽く挨拶をして別れた。

もちろん「Good Luck ! 」である。

 

まずは お金を下ろそうと、道を挟んだ目の前の中国語の銀行に向かう。

 

やはりカンボジアもバイクだらけだ。。

カンボジアも右車線である、左を見て、右を見て渡る。 もう右車線には慣れ切っていた。

だが、細心の注意を払って渡る。

国が違えば、運転も違う。

慣れるまでは、特に注意が必要だ。

完全に安全な歩道でなければ、携帯を見るのも控えることにする。

 

初めて、中国系の銀行のATMを利用してみる。

立派な銀行の中に入り、ATMでいつも通り英語で何となく進み

「WITH DRAWAL」を押し、何ドル下ろすか?という画面に

100と打ち込み、100$分のカンボジア通貨を下ろす。

すると国境で両替した、カンボジアリアルではなく。

「100ドル札」が1枚 ピン札で出て来た。

 

 やはりな。。そいうことか。

 

と僕はべつに カンボジアリエルが出て来ない事に驚きはしなかった。

 

クレジットカードでお金を下ろすというのは、要はクレジットカードのお金で、その国の通貨を、その時のレートに近く ”買う ”ということである。

お金が出てくるので、下ろしているように感じるが、実はクレジットカードの枠で、

通貨を買っているのだ。

なので、その国の通貨が出て来ないといけない。

つまり、ドルが出て来たと言う事は、

この国の"通貨"は 米ドルと言う事なのだ。

 

実は 国境を越えてすぐの食堂も、隣のストアも、米ドルでの表示があり、ドルで支払いが出来たのだ。

その時に、

(米ドルが そのまま使えるのではないか?)

と思っていたし、カンボジアのバス会社であろう、ツアーバスのビザ取得代が、米ドルありきだったこともヒントになっていた。

 

だが、明細を見て、僕は止まった。。

 

なんと!手数料が6ドルも取られていたのだ。。普通、1ドルとか、2ドルで、下ろせたのだが、ここに来て650円ほど取られた。。

一晩の宿代と同じである!!

(今回予約したドミトリー宿は

 一晩の値段が、6ドルであった!)

 

「たっか!!ナニコレ??」

と僕は この銀行が大嫌いになった。。

 

「中国系の銀行! 二度と使わない!!」

僕はこの旅で、久しぶりに腹が立っていた!

 

ぷりぷりしながら僕は、飲み物を買うついでに、ピン札の100$札を崩そうと、コンビニに向かっていた。

 

続く

 

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カンボジアでの初めての食事


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↑ そこらを歩き回る鶏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国境を越えた日

 

アーバスは順調にベトナムの道を進んでいく。。

ホーチミンという大都会を出たせいか、渋滞とは無縁になっていた。

 

車内の一本目の映画の終盤で、添乗員がパスポートと、ビザ申請代の徴収を始めた。

 

ビザに貼るであろう、証明写真も一緒にだ。

僕はビザ申請等に、証明写真が必要になる事があると、日本で調べていたので、自分の証明写真は 3枚程パスポートに忍ばせていた。

 

そして、いざという時の為に、これまたパスポートに入れていた 米ドルの100$を全て取り出し、パスポートと共に、35$を渡した。

 

僕は日本で、UFJ銀行のエクスチェンジで、米ドルを買っていた。

50$札と20$札、10$札二枚、そして5ドル札二枚で、計 100$というセットがあったので、それを買ってパスポートに忍ばせていた。

何かあった時の為に、米ドルを持っていた方がいいと聞いていたからだ。

それが、こんな所で 役に立った。

 

スタッフは、35$と証明写真をパスポートに挟んで、次の乗客のところに行く。

彼の手には、35ドルを挟んだパスポートが、折り重なっていく。。

 

例の、ギュウギュウなミニバンで一緒だった、30前後の白人男性二人は、通路を挟んで隣の席だったが、一人が「2ドル足りない」とスタッフにいうと、

スタッフに「ドンは無いのか?」聞かれ、足りない分はベトナムドンで払っていた。

 

(なぜドルありきで話すのだろう?)

 

と僕はここでも不思議に思っていたが、後にこの謎は解けることになる。

 

やがてバスは国境に着いた。

 

バスが建物に横付けすると、添乗員のスタッフが大きな声で、バスから全員降りるように指示してきた。

荷物をどうするのか?と見ていると、皆、バスに持ち込んだ手荷物だけを持って降りていく。

そして添乗員に付いて、国境の正面に向かう。

 

 生まれて初めて見る国境である!!

 

これが国と国を隔てる境界線であり、ここを越えると、そこはまだ見ぬ国、カンボジアなのだ!!

 

本当は、写真を撮るのは禁止のはずだが、、

どうしても記念に撮りたかったので、国境の写メを撮った。

だが、別段誰にも咎められなかった。

ベトナム側の国境は 平和なのか、特に兵士なども立っていない。

 

国境の事務所に入ると、添乗員に

「ここで待ってろ」と言われ、なんとなく国境の窓口に並ぶが、どうやら並ばずに待っていれば良いと気づき、トイレに行く事にした。

皆、思い思いに休憩している。

 

何も聞かされていないし、どうしろとも言われない。。ただ待つ。

 

建物内部は思ったより暗い。

そのせいか、少しネガティブな想像が浮かんでくる。

事実、ミニバンで一緒だったもう一組の、中華系の若い3人組(少し太っちょの男性1人、女性2人)は、とりあえず列に並んで

「本当にここに並んでいて あっているの?」

と心配そうに話をしている。

 

僕はここまで来ると

「なるようになるさ」と開き直っていた。

バンでも一緒だった、白人男性と目が合うと、やれやれ という感じで僕にジェスチャーしてきた。

 

僕も、やれやれ感をお返しし ニヤッと笑い合って、黙って待つ。

 

15分ほど待っただろうか。。

 

添乗員が戻ってきた。

「バスに戻れ」と促される。

 

皆が座席に戻ると、バスは出発した。

 

 どうやら無事通過できるようだ。

 

と ホッとしたのも束の間、またバスが止まり

「皆降りろ!」と大きな声で言われる。

 

 ??!!

 一体どうしたのだろうか??

 何かあったのだろうか??

 

と心配になったが、皆 黙って、また手荷物を持ち降りていく。

 

再び建物に入り、「ここで待て!」と言われる。

 

 本当に、どうしたのだろうか?!

 

と心配だったが、スタッフの動きを見ていて、僕は理解した。

 

 あぁ、そうかぁ。。

 さっき行ったのは 出国手続きで

 これからは入国手続きをするんだ。

 

飛行機でしか 国を越えた事の無い僕は、

一度に出入国をするのは初めてだったので、

さっきのが 入国手続きだと、勘違いしていたのだ。

 

ベトナム側と、カンボジア側で、それぞれ手続きをする。よく考えれば当たり前の事である。

 

 やれやれ。。

 今日は やけに取り越し苦労が多いな。。笑

 

と苦笑いをする。

それだけ 初めての国境越えに 入れ込んでいるのだろう。

ここでも、添乗員が全てをやってくれるらしく、皆 建物の周りをうろついたり、トイレに行っている。

ここで、驚いたのは、"闇の両替商" がいた事である。

おばさんの集団で、数人がすごい勢いで話しかけてくる!!

カンボジア通貨のリエルに両替しとかないと

 ここから先はカンボジアだよ!!??」

とすごい勢いでまくし立ててくる。

 

バンで一緒だった中華系の三人組は、旅慣れていないのか、言われるままに 両替していたが、

こういうところは レートが悪いに決まっている

 

だが僕も初めてのカンボジアだ。損しても、両替しておく事にした。

予定では、これからカンボジアで食事休憩もとるはずだし。

実は、ベトナムドンはだいぶ使い切っていたが、まだ800円分程余っていた。

その内の400円分のベトナムドンだけ、カンボジアリエルに変えた。

 

「本当にこれだけでいいの?!

 ねえ!いいの!いいの?!大丈夫?!」

とまくし立てられたが、そこは冷静に

「大丈夫! See you Again!!」

と振り切った。

隣の席の白人男性二人が、完全に相手にしていないのを、後から見て、

(失敗したのかな?)と思ったが、、それも見越しての400円なので、何かあったら勉強代としては安いし、何よりカンボジアのお金を 多少持っていたほうがいいに決まっている。

 

なんだかんだ、、突然のおばさんの闇両替集団に、ドキドキして平常心ではなかった僕は、そうやって自分を納得させ、自分自身を落ち着かせていた。。のだが、、

バスが出発すると「いよいよカンボジアだ!」と思い。そう考えると そんな些細な事は吹っ飛んでしまった。

 

それにしても 不思議なのは、国境での出国審査も入国審査も、ほぼ待っているだけで出入国の審査官に 一度も対面せずに、すんなりバスに戻れたことだ。

 

この国境は よっぽど往来が多く、それで審査がザルなのだろうか?

それとも…と僕は思い。

(多分、時間短縮の為に、袖の下を

 審査官に渡しているのではないだろうか?)

と 勝手に邪推していた。

きっと ビザ取得代の手数料5ドルには、それも含まれているのだろうと。。

 

そして僕は無事に、、

そして遂に 陸路で国境を越えたのである!!

 

ベトナムと 正直あまり変わり映えはしない景色を見ながら僕は

 確かにここはカンボジアなのだ!!

という感慨にふけっていた。

 

車窓を流れゆく景色を見ながら

日本から遠く離れて、いよいよ3カ国目で旅を続ける自分に

(僕は いつまで旅を続けるのだろう?

 この旅には 終わりは来るのだろうか…。)

と そっと問いかけたが、もちろん答えなど出るはずなどなく。。

 

僕はただ、

  この旅は 自分が納得した時に終わるのだろう

と 漠然と思いながら、、

まだ見ぬ旅の終わりを、車窓から後ろに流れていく まだ知らぬカンボジアと その景色に重ねていた。。

 

続く

 

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ベトナム側の国境事務所

 

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ホーチミンプノンペン

 モクバイの国境を越える。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グッモーニング & グッバイ ベトナム

 

ついに出発の朝が来た。

最後なので、宿のモーニングを頂く。

 

今日はフォーにした。

とても美味しかった。

(早くフォーを食べれば良かった。。)

と、思いながら、フロントに戻り、チェックアウトした。

 

ジョンには会えなかったが、フロントのジョンのお姉さんに、彼に宜しく伝えてくださいと伝言を頼む。

最初は怖く見えたこの方も、長くいる内に、笑顔で挨拶をしてくれるようになっていた。

人は、やはり 一つ屋根の下?に長くいると仲良くなるのだ 笑

 

アットホームなこの宿は、素晴らしく。

もっと安く泊まれる宿は色々あったが、

結局他の宿に移る事は無かった。

それくらいお気に入りの宿だった。

 

よく晴れた気持ちのいい朝の道を

「真・シンツーリスト」へ向かう。

 

 これでベトナムでの僕の旅は一旦終わる。

次に来るのは、役者仲間と合流するという、最後の、楽しみなイベントの為に戻ってくる時である。

 

真・シンツーリストの待合で待つ。

だが、出発までまだ時間があるので、隣のコンビニで牛乳と水、軽食を買うことにした。

 

戻ると 待合は、人が増えていた。

たぶん同じバスでカンボジアに行く人達だろう。

牛乳を飲みながら待っていると、やがてスタッフが、声をかけてくる。

プノンペンシェムリアップ行きの方は、

 こちらに来てください。」

言われるままに並び、チケットを 念の為スタッフに見せると、「OK」と言われ、

店の前に止まっている ミニバンに、7人いたツアー客はギュウギュウに押し込まれた。。

向かい合ったシートの真ん中で、僕は大柄な白人男性に挟まれ。肩と肩が触れている状態だ。

向かいには膝が触れる狭さで中華系の旅行者がこれまた狭そうに座っている。

正面にいるので、何回か目が合う。。

 

(ま、まさか?

 このギュウギュウのまま カンボジア

 長時間のバス旅に行くのだろうか?)

 

確かに 1200円で安いな と思っていたが、ツアーの説明の時のバスの写真は "観光バス" だったハズだ。

(まさか、そういう詐欺じゃないよね?(-_-;))

と疑心暗鬼に陥りながら、、

 

 僕が行ったのは、「真・シンツーリスト」

 ではなかったのだろうか…? じゃあ?

 何ツーリストに行ったのだろうか??

 

などと、色々な考えが 頭の中をぐるぐる周る。。

とてもじゃないが、この密着状態で6時間は耐えられそうにない。。

僕は、もうしばらくこのままだったら、途中で車を降りる覚悟をしていた。

 

10分程 嫌な汗をかきながら乗っていると、やがてミニバンは広場で止まった。

その広場には、、観光バスが止まっていた!

 

(か、観光バスだ。。

 僕はまだ観光バスに乗ることが出来るんだ…

 こんなに嬉しいことはない。。)

 

僕は生まれて初めて、観光バスが救世主に見えた。

 

ギュウギュウ詰めのミニバンから解放され、僕らは観光バスに乗り込んだ。

ミニバンの他の同乗者も、ほっとしていた。

バスには 他のツアー会社からも客が集まって来ていて、満席になった。

 

どうやら、一つのツアー会社でバスを一台手配するのではなく、観光バスありきで、色々なツアー会社が席を売って、一台のバスの席を埋めるシステムらしい。

 

なんにせよ、助かった。

 

僕は1200円のチケットをドブに捨てずに済んでホッとしていた。

 

やがてバスは出発したが、Wi-Fi付きだという話だったが、何もアクション無しで 淡々とバスは走って行く。

運転手とスタッフが1人づつの体制である為、席にいる人相の悪い添乗員に、Wi-Fiを使いたい旨を伝えると、

「ちょっと、待ってろ」

と横柄に言われた。

 

シンツーリストのスタッフとは 雲泥の差の対応だった。。まるで接客を放棄している。

 

だが、スタッフに 国境での入国手続きをしてもらわなければならない僕は

(怒らせてはまずいな)と、全然強く出れずに

「わかりました。。」と大人しく席に戻った。

 

席で10分待っても、20分待っても、スタッフは無反応だ。。信号機で止まった時に、再びスタッフに声をかけると、面倒くさそうに

「携帯を渡しな?」と言い、

渡した携帯にWi-Fiのパスワードを入力してくれた。

 

しかし、マレーシアならわかるが、、

この スタッフの人相と対応の悪さはなんだろう。。

 

僕はよく考えてみたところ、

たぶんもう、カンボジアに関わっているのだと気付いた。

たぶん、このスタッフは カンボジアのバス会社の人間で、ベトナムカンボジアを往復しているのだろうと。

 うーん。。カンボジアって

 治安悪そう。怖そう。。

 

と僕は、そのスタッフを見て、少しビビってしまった。

 

その後あまりWi-Fiの調子が良くないので、携帯の作業を諦めた僕は、車内で延々と流れている、映画を観ることにした。

 

アクション映画をやっている。

たぶん、多国籍な人が乗っているバスの為、

「アクション映画」なら、言葉がわからなくても楽しめるだろうという 配慮だと思う。

 

内容は、アメリカから家族連れで 休暇でカンボジアに来た男性が、何故かカンボジアのテロリストに、家族ごと執拗に追われて、殺されそうになる。

という内容だった。なぜ、家族が追われているのかは分からないが、とにかく追う側が激しい。

交渉など一切せずに、とにかくこのアメリカ人を殺そうとするので、もはや目的は分からない。。

 

仲間を引き連れ、家族に発砲する。。

巻き添えで一般市民が次々と死んでいく。。

 

ホテルでは、、ドアマンが、フロントが、掃除のおばさんが。。

 

レストランでは、給仕が、コックが、料理長が。。

 

スーパーでは、レジのおばさんが、店長が、お客様が。。

 

道では、車が、建物が、木が。。ロケットランチャーで炎上する。。

 

それらを全て掻い潜り、男は、娘2人と、奥さんを守りながら、逃げ延びて行く。。

凄い男である。自分1人ならともかく、家族を守りながら逃げ延びる。

家族も危機一髪 逃げるのがうまい。

 

不謹慎だが、途中から、、この人達が逃げなければ、もう巻き添いで 人は亡くならないのではないか。。と思ってしまうくらい。

とにかく "巻き添えで " 人が死ぬ映画で、

最後は川向こうからベトナム軍が 戦車まで引き連れて助けに来て、テロリストは、一網打尽というストーリーだ。 

 

とにかく人が死んだ。。

50人以上だろうか?

 

次に すぐまた始まったアクションは、ダークヒーロー的な話で、ある日 主人公のギャングが、敵対組織のギャングに、仲間と家族を皆殺しにされる。。

怒りに震える主人公は、相手のギャングのアジトに乗り込み 相手ギャングを皆殺しにする。

 

そして警察に捕まり、収監された刑務所には、敵対していたギャングのボスがいる。

刑務所内で再び殺し合いが始まり、何人も死ぬ。。そして、最後は暴動が起き、刑務官や、警備員も ほぼ巻き込まれ死。さらに服役囚同士の殺し合いは続き、刑務所の中は阿鼻叫喚の殺し合いである。

恐ろしいことに、最終的に 100人以上が死んだ。。

 

こんなに人が死ぬ映画を、初めて見た。それも二本続けてである。

三本目は 一体どうなるのかと思っていると、始まった映画は、レベルが違った。

なんとそれは「韓国軍の戦争映画」だった。

ついに戦争が始まった。。

そんなバカな?! と僕はひっくり返った。

 

戦場である。先程とは、比べ物にならないくらい人(兵士)が死んでいく。。

もはや桁が違う、数百人が亡くなった。

 

僕はもはや、ただ「アクション映画」を見せられているのではない気がしていた。

 

これは、カンボジアの元独裁者の ”ポル・ポト” に対する ”オマージュ” なのではないかと?

暗に、カンボジアに向かう観光客たちに向けた

 カンボジアは、そんな甘い所ではない。

 浮かれて観光だけをする所ではない。。

というメッセージではないか?? と思ってしまった。

 

こんなことを考えているのは、車内で僕だけだろうが…

 

プノンペンに着くまでに僕は、カンボジアに対する気持ちをすっかり改めていた。。

 

続く

 

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↑ そんな中、ベトナムカンボジア

     の国境を越える。。

 

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ホーチミンプノンペンのバスチケット

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の見たベトナム ホーチミン

 

ホーチミンベトナム最大!

大都会である!!!!!

 

日本企業の進出もあり「高島屋」があったのは、横浜出身の僕からしたら、より親しみを感じた。

渋滞解消の為、日本と共同で

ベトナム初の「地下鉄工事」をしていたのも印象的で、日本はどこの国にでも顔を出して、

力を貸しているという事を改めて感じた。

日本にいるとあまり感じないが、

日本の "国力" というのは凄まじいのだ。

 

旅をしていて、日本人だとわかるとアジアの人は皆 良くしてくれる。

先人の日本人達の貢献のお陰だと、改めて感謝し、彼らの高めてくれた「日本人」の評価を 落とす訳にはいかないと、襟を正す事が何回かあった。やはり、日本は 日本人は凄いんだなぁ。

と改めて感じる事が多い。

 

そして、生まれて初めの右車線。。

日本だと道路を横切る時に、

「右を見て 左を見て 渡る」

 

だが、その癖で最初に右を見ると、車はまず左から来ているので、非常に危険だ。先に左を見ないと うっかり轢かれる。。

 

マレーシアと違うのは、止まれる速度で 車もバイクも走っている事だ。

マレーシアも 実は日本も、車優先で、凄いスピードで走っている。

ベトナムでは、事故は多いだろうが、死人はあまり多く無いと思う、怪我ですみそうな印象だ

 

社会主義国家に 初めて来たのだが、不思議なお店が多い「商売っ気」がまるで無いのだ。

 

たぶん、共産国家なので、一律に国からお金が配給されているのだろう。

なにか、働いたら負け??というようなやる気の無いお店は、ダウンタウンというか、少し治安の悪そうな地域に多かった。

治安の悪さと商売っ気は 比例している気がした。

 

とにかく街を歩いていた僕は、いつのまにか、人の生活圏まで入り込んでしまっていた。

みな、石の冷たい床にじかに寝て昼寝している事が多い。玄関には扉がない家が多いので、下町の路地を歩いていると、いきなり玄関口の床で寝ている人と目があったりする。

こんなところを散歩している僕が、生活圏に入り込んでいるので、逆に迷惑だったろうと思う。

バザールでも、皆昼寝している。

バザールは、個人経営であろう、小さなお店が、集まっており、衣料品店が多く、大体女性が店番をしている。二畳ほどのお店が集まっており、皆お客の来ない合間で昼寝している。

その、無防備な寝顔を見ていると、この国のおおらかさというものを感じる。

化粧っ気が無い女性が、無防備に売り物の服を枕にして、昼寝をしているのを目撃するのは、およそ日本では見れない貴重な経験だが、なんだかその飾らなさ、おおらかさが、僕は好きだった。

 

ベトナムも熱帯地域なので、暑さのピークの昼に昼寝をするのは、昔からの生活の知恵なのだろう。日本から来た僕から見ても、合理的で、別に違和感は感じなかった。

 

日本もどんどん夏は暑くなっている。。

日本人も夏は、暑さのピークに昼寝をしたほうが、仕事の効率が上がるのでは無いか? と 僕はそれを見て思っていた。

 

国の政策なのか、車椅子の方用の仕事があり、大体宝くじを売っている。

手で漕ぐ自転車とでもいうべき車椅子も多かった。

およそ観光客など1人もいない下町を歩いている時に、車椅子を直す自転車屋さんに遭遇したが、車椅子のタイヤのパンクを、車椅子の人と話しながら、ここまで直せばいい?とか、こっちもなおしとくか?とか、料金を含めて、楽しそうに話して、直しているのが印象的だった。

ホーチミンは、ベトナムの最大の大都市であるにも関わらず、人と人が触れ合って、まるで、大きな家族のように繋がってみな生きている。

もちろん、富裕層と、貧困層で別れているのだろうが、どちらのコミニュティも、人と人が繋がって、ご近所付き合い、友人家族を大事にして生きている。

 

巨大な、巨大な下町。

ベトナムで 一番でかい下町!!

それが、ホーチミンだと 僕は感じた。

 

これは、色々な人と出会い、本当に、観光客が行かないようなところまで 隅々まで歩いた、僕の実感である。

 

僕はホーチミンには、1週間程しかいなかったが、この街も 人も大好きになっていた。

それほど魅力的な都市である。

 

やはり、ベトナムに行きたい!!という僕の直感は間違っていなかった。

 

ひとつだけ驚いた事がある。

ベトナムでは、犬食どころか、猫まで食べるという。。

 

知り合った女の子から、たまたま聞いたのだが、猫を食べたことがあるという。

「猫おいしいよ。」と言われた僕は、正直引いた。生まれて初めて 猫を食べた人を見た。

そのうえ彼女は、猫を飼っていると言う。。

 

「そ、それは…、ペットとして飼ってるの?

 そ、それとも…、ひっ、非常食として?」

 

と聞くと、可愛い笑顔で、

「もうぅ。いじわるな質問だなぁ。

 もちろん ペットとして?だよ 笑」

と、お茶を濁された。。どっちなのかは未だに解らない…

 

僕の父も、戦中の生まれなので、「狸鍋」は食べたことがあるらしく。

僕が子供の時飼っていた、太って ほっぺの膨れたキジトラのオスのミミが 狸に見えるらしく、ミミが悪さをしたときによく

「こらあ。狸汁にしちまうぞ!」

と言っていたが、さすがに冗談に過ぎなかった。

 

野良猫も 野良犬も ”大都会だから” 少なめだと感じていたが…

「ま、まさか…ね?」と思ってしまった。

↑ 察してください。。

 

理解はできないが、かといって、他国の食文化を否定する気は僕にはない。

それはその国の歴史であり、文化だからだ。

日本も、捕鯨を痛烈に批判されているし、日本人にもあまり知られていなかったが、和歌山で昔からイルカを食べることが、外国のドキュメンタリーにより、世界中に批判された。

今では信じられないことだが、日本でも昔は犬を食べていたらしい…

 

大事なことは、その国の文化を尊重することである。自分や 自分の国の物差しでその国の文化を否定することは危険だと思う。

 

だが、最近ベトナムでも、犬や猫を食べる事をやめようという動きもあるらしい。

自国の文化は、自国でおおいに議論すればいい。他国の旅人が勝手に断ずる事ではないからだ。

 

何はともあれ、インターネットゲームも流行っており、それ専用のゲームカフェがあったり、普通のカフェも多い。当時ベトナムでは、カフェブームが起きていると聞いていた。

 

マレーシアもベトナムも 水道水は煮沸しなければ飲めない。お腹を壊す。

マレーシアでは、飲食店では飲み物は、店で買うか 自分の持っている飲み物を持ち込む。日本のように お冷は出てこない。

 

だが、ベトナムでは お茶を出してくれる。お店では、冷たいお茶が食事についてくることが多い。 ”水 ”では無く、お茶などの 色のついた飲み物 である事が ”一度 煮沸した飲み物” である証明らしい。

 

 

旅立つ前にお世話になったユンさんにメールをし、お礼と、皆に宜しくお伝えくださいと送信したところ、すぐに返信が来た。

劇団の主宰の女性が 来週帰国した後、皆でフィンランドに旅公演に行くと言っていた。

インプロフェスなのか何かは分からないが、とにかくワールドワイドに活躍するユンさん達に改めて敬意を持った。

 

茶目っ気たっぷりのユンさんらしい、メールの最後に添付されていた写真が

(うーん。。ユンさんって…

  誰かに似ているんだよなぁ。。)

という 僕の疑問を解消してくれた 笑

 

 

ホーチミンには、いつかまた行ってみたいし。

ユンさんやティン君ともまた稽古したい。

そして何より、完成しているであろう地下鉄にも 是非乗ってみたい。

 

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↑ 人民委員会庁舎前

 

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メコン川


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↑ 近くで飼われている挟まり犬

 いつ見ても挟まっている


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↑ ユンさんから送られて来た写メ 笑

     本当にお茶目で素敵な方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日、旅立つ私

 

昨日のユンさん達とも稽古が終った翌日、僕は前に進もうと思い立ち、ツーリスト会社に向かっていた。

 

「ドント シンク。ノットストップ!!

 進め進め!アドバンス!アドバンス!!」

と稽古で連呼していたせいか、自分が 次の国へ進む気になってしまっていた。

 

ついに僕は、ベトナムを出る事にしたのだ。

当時ベトナムは ビザ無しでは、2週間ほどしか滞在できず、しかも一回出国すると、ビザなしでは、一ヶ月程再入国が出来なかった。

 

その為僕は、ベトナムを 旅の起点にする為に、ベトナムのビザだけは 日本のベトナム大使館で取得していた。

2回入国できるマルチビザだった。

結構高かったが、何かあった時はベトナムに、1ヶ月ずついれるので、このビザがあると安心だった。

 

次に僕は、カンボジアに行くつもりだったが、カンボジアは ビザ無しでは入国出来ない。

ビザは、空港や 国境で取れると聞いていたので、僕は国境で、"アライバルビザ " なるものを取得するつもりだった。

 

 

そう! 僕はついに 夢の一つである

陸路での国境越えに挑む事にしたのである。

 

日本にいる時に 最初に立てた計画では、本当は マレーシアから、マレー鉄道で タイ王国に入ろうと思っていたが、当時タイで起こったテロの影響で、タイとマレーシアの国境付近は、外務省から レベル3 渡航中止勧告が出ていた。

外国初心者の僕は、それに素直に従い、マレーシアの後はベトナムに行く事に変更していた。

 

ベトナムには「シンツーリスト」という有名なツアー会社がある。

これは気をつけないといけないのが、勝手に ”シンツーリスト” を名乗っている偽の会社がいっぱいある事だ。

僕はネットで、本物の「シンツーリスト」の場所を特定していたので、そこに向かった。

 

ちゃんとしたガラスの自動ドアのあるオフィスで、窓口も5つほどある、ちょっとした郵便局のようなところだった。

 

僕はここを勝手に

「真・シンツーリスト」と名付けていた。

 

入ると盛況で、カウンターの向かいの待合の 2列づつあるベンチは、店の奥まで ほぼ埋まっていた。

 

(これはかなり待つなぁ。。)

と思っていると、ツアーコンダクターが大きな声で皆に話しかけると、皆、一斉にその人に付いて行き、急に人がいなくなった。。

 

どうやら、ツアーまでの待合客が多かったようだ。。受付をすまし、順番を待つ。

 

何やらカウンターでは、少し揉めている。

大柄な白人の男性が、若い店員さんにカウンター越しに詰め寄っている。

どうやら、何か 変更を申し出ているみたいだ。彼は、カウンターの先にいる 小柄なベトナム人男性に、カウンターを叩きながら 身振り手振りで 何かを訴えている。

しかし、この頭の良さそうな 小柄な若いベトナム人男性は、一歩も引かず

「だめです。出来ません。」

の一点張り。しまいにはかなり強めに、

「出来ません!はい!もうお帰りください!

 出口はあっちです!!」

と言って、その大きな白人さんに迫力勝ちしてしまった。

これは大変なツワモノだと思って見ていると、そのスタッフさんに「こちらにどうぞ」

と言われた。。僕の番らしい。。

 

(うーん。怖いなぁ…怒られたらどうしよう)

 

と思っていたが、打って変わって にこやかに接客してくれた。

どうやら、さっきは お客さんが無理を言っていたらしい。

 

ほっとしながら、ホーチミンから カンボジアプノンペンまでのバスのツアーを聞いてみると、バス代は結構安かった。

 

また、国境でのカンボジアのアライバルビザ取得の手続きは、添乗員がやってくれ、その手数料も含めて、

ビザ取得代は全部で35ドルだという。

ベトナムドンでも払えます。」

と言われたが、まず ”ドル” での料金説明だったのが不思議だった。

プラス 1200円程のバス料金で、陸路での国境越えが出来る。

 

ツアーのスタッフへの手数料は500円程取られるが、これを惜しんで 国境で自分でビザを取得すると、結構大変で時間がかかる為、バスの同乗者を待たせる事があると聞いていたので、手数料を払い、国境での手続きは 添乗員にお願いする事にした。

手間を考えると 500円は安いし、初めての 陸路国境越えの僕には、500円で安心が買えるなら 安い買い物だ。

 

集合時間は朝8時位で少し早いが、明るい内にカンボジアの首都である、プノンペンに着ける。

 

カンボジア。。一体どんな国なのだろうか??

 

シェムリアップの 遺跡群に行く事は決めていたが、各駅停車では無いが、途中のプノンペンにも立ち寄り、カンボジアをゆっくり感じながら周る事にしていた。

 

何より バスに長時間乗りたくなかったのだ。

プノンペンまでは、6時間ほどで着くらしい。

しかし、シェムリアップまでだと 12時間もかかる。

僕は、日本の 乗り心地の良いバスでも、6時間以上はバスに乗りたく無い人間なので、

(ひょっとしたら、僕は

 アジアの旅に向いてないのでは無いか?)

と思う事がある 笑

深夜特急に憧れて来たのは良いが、沢木さんのように、長時間のバスでは 移動できない男なのである。

 

僕は、高くても千円か二千円位なら、断然飛行機に乗る男になっていた。

飛行機は、国内移動なら、抜群に安いからだ。

3000円程あれば移動ができる。

 

明日、乗るバスを決めて帰ったので、宿に明日のチェックアウトの旨を伝えなくてはならない。

 

いつもの公園をふと歩いていると、本当に小さな、5人入れば満席 というコーヒー屋さんに、

ジョンがいた。

声をかけると嬉しそうに「こっちこっち!」

と招き入れてくれて、僕を座らせると

「コーヒーでいい?」と聞いてきて、

一杯ご馳走してくれた。

僕は素直にお礼を言い、ご馳走になる事にした。プライベートのジョンに会うのは、これが初めてかもしれない。

改めてジョンを見ると、やっぱり岡崎慎司さんにそっくりだ 笑

 

このカフェは、店主が一人でやっていて、まだ15、6歳の若い店主で、Tシャツと、ハーフパンツから覗く腕と足にはびっしり刺青が入れてあった。

ジョンは彼と友達で、休みの日はいつもここでコーヒーを飲むと教えてくれた。

 

ベトナムあるあるだが、ベトナムでは、手足に刺青を入れている人が多い。

日本の感覚でいると ギョッとする事が多々あるが、ベトナムの感覚だと、普通のファッションであるようだ。

逆にマレーシアでは、バックパッカー以外はほとんど刺青は見かけなかった。

 

ジョンは店の前に止めてある、白いカッコいいスクーターを指差して「僕のスクーターだ」と、教えてくれた。

白に赤が少し入ったカウル付きのバイクで、お気に入りの様子だった。

話をしていると、彼はお酒を飲まないので、基本ここでコーヒーを飲んで、行き交う人々を眺めながら、店主と話をするのが楽しみらしい。

 

2人でゆったり話していると、いきなり事件が起こった。

目の前で、ジョンの隣に バイクを止めていた おっさんが自分のバイクを出そうとして

「おっと。。」と言って、ジョンのバイクにぶつかり、ジョンの自慢のバイクが転倒したのである。

持ち主の目の前で、その人のバイクをゆったりと倒す。。というのは、およそ日本でもなかなか見ない光景である。

 ジョンはバイクに駆け寄り、傷を確認している。

その横でおじさんは頭を掻きながら

「うー、ごめんね。。うーん、大丈夫かな?うんうん」 

と言いながら自分のカブのエンジンをかけ、ブァアーー。と走り去ってしまった。

 

ジョンは悲しそうに、少し出来た傷を確認している。

日本だったら、結構 保険だなんだとか、倒しただろ?と落とし所を見つけるところだが、ベトナムには、ベトナムのやり方があるのだろうと思って、僕は わざとやりとりに参加しなかった。

やがて戻ってきたジョンに

「大丈夫?」と声をかけると、

「たいした事ない。大丈夫。」

ともう切り替えていた。

バイク社会のベトナムでは よくある事なのだろう。

 

明日宿を出る旨を伝えると、少し寂しそうにしてくれていたが

「僕から宿に伝えておくから、そのまま

 明日チェックアウトして大丈夫だよ。」

と言ってくれた。

 

非番なのに、そう言ってくれる彼に、

これまでのことも含めて、何か恩返しがしたくなった。

どうしようかと考えていると、同じ通りに、前に行った「マッサージの店」があるのを思い出した。

 

「ジョンはマッサージは好き?」と聞くと

「好きだけど、給料が少ないから行けない」

と言われたので、今までのお礼を込めて、マッサージをプレゼントする事にした。

 

僕も明日は旅立つ身だ。体の疲れを少しでも取っておくに越したことはない。

 

一緒にマッサージに行かないか?

と言うと「嬉しいな」と乗ってきた。

 

2人で、前に行った日本人にも人気のマッサージ屋に行く。

同じ通りなのですぐ着いた。

夕方なので、この間の女性とは違う受付の女性がいる。

 

受付をし、ジョンと2階に上がる。

カーテンで仕切られていて、相変わらずお香の匂いが立ち込めている。

 

今回は、女性の施術だった。

力が強い男性とは違い、逆に強さが丁度いい。

 

気持ち良すぎて僕は途中で寝てしまった。。

 

肩を叩かれ起きると、ニコニコした女性に、

「お時間です」と言われた。

 

起き上がると身体が 信じられないくらい軽くなっていた。

下の階に行くと、ジョンがお茶を飲みながら、待ってくれていた。

 

「ごめんね、結構待った?」と聞くと、

「全然気にしないで」と笑っていた。

 

ゆったりとした空間で、しばし話をする。

 

 ジョンは、よく言っていた。給料が安いと。

 だが家族経営で、それでもしょうがない。

 仕事があるだけ、恵まれていると。

 ホーチミンベトナムで1番いい街だと。

 

いつも思っていた事がある。

 

彼は今、24歳である。

僕は同い年の時に何をしていただろう?

 

一浪した大学を出て、一度文学座に落ちて、1年間 居酒屋のアルバイト店長をやりながら、フリーターとしてふらついた後、最後だと思って もう一度文学座を受けた。

幸いに受かって、毎日アルバイトと稽古しかしない生活に明け暮れていた。

 

まだ何者でもなく、何物かになろうと 必死にもがいていた。

もがくだけの余裕があった。若かった。

 絶対に、有名になってやる!

 いや、俺がなれないはずがない!!

と言う根拠不明の自信と強すぎる自我を持て余していた。

 

 日本には

  なりたいものを目指せる 自由がある。

 

大学を出て、そこで教職免許まで取ったのに、役者の学校に入り直してわざわざ役者を目指す。

 

この国ではきっと

「大学出てまで何やってるんだろう?

 この人はお金持ちの道楽者なんだろうなぁ」

と思われるに違いない。

 

ジョンを見ていると不思議だ。

彼は決して、この生活や仕事が本当に満足と言うわけではないだろうが、十分だと言う。

 

自分には、ここに生まれて、この生活で このまま歳を取り、結婚や子育てを経験して、そしてそのまま生活していく。

と言うような、覚悟というか、達観を感じる。

 

 ぼくはここでこの生活で充分だ。

 これ以上は別に望まない。

 

という風に、自分の人生を受け入れている。

24歳の若さで。

 

何か、逆に 彼の方が幸せなのではないか?

 

とぼくは感じていた。

 

人は制約の中で生きる。

制約の中での自由もあり "受け入れる" ことさえ出来れば、その中で生きる事の方が幸せなのかも知れない。

 

 "みんな!夢を持とう!"

と日本ではよく言うが

僕はみんなが全員 夢を見ていたら、この日本は滅びるだろうと思っていた。

この国を支えているのは、地に足をつけて、暮らしている人達だ。

生活の中にこそ幸せがあり、普通に生活する事が1番素晴らしい事だと僕は思っていた。

(そして僕には 多分それは出来ない…)

 

その 受け入れる という事を、この若さで、息をするように自然に ジョンはやっている。

 

" 幸せとは、生きるとは何か"  という一端を、

ジョンに少し教えて貰った気がした。

 

宿までバイクで送ってくれているジョンとの、下らないやりとりが、いつもより楽しく、心に沁みた。

明日旅立つと言うのに僕は、バイクの後ろで 

ジョンの事を 何故か弟のように思っていた。

 

続く

 

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↑ いつもの公園

 

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↑ 当時マレーシアとタイの国境付近は、

 レベル3の渡航中止勧告の地域だった。


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ホーチミン~プノンペン~シェムリアップ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方が落としたのは "綺麗なジャイアン"

 

なんだかんだで、あっという間に2時間半が過ぎ、遅れてきたユンさんと一緒に稽古場へ向かった。

 

稽古場は、カフェから10分ほどの所にあり、2階が稽古場で、一階には大家さんが住んでいると事だった。

一緒に大家のお婆さんに挨拶をして、2階の稽古場に向かう。

大家さんは人の良さそうな笑顔の柔らかい方だった。

 

2階に上がると、若い俳優さんが数人いた。

女性が一人に、男性が3人だ。

ユンさんがいうには、今日は主宰の女性は、丁度アメリカにインプロを勉強しに行っているとの事だった。

 

彼らと英語で挨拶をする。

皆カタコトであるが、通じる。

 

柔軟体操などのアップを一緒にやり。

とりあえず稽古を見させてもらう、面白い。

そういえば、外国の方の稽古場にいるのは、初めての経験だった。

 

ユンさんに、ベトナム演劇の問題点だと話していた 腹筋と発声の基礎的な訓練を教えてほしいと言われた。

僕は、尊敬する文学座の女優さんで、朗読も教えて頂いた方がいるのだが、

その女優さんは とにかく声が通る。その女優さんの発声訓練法を僕も良くやるので、それを教えた。

僕の号令で皆仰向けに寝る。

そこから両足の踵を十センチだけ上げて、声を出し、発声練習をする。

僕は慣れているので、普通にやっていたが、皆踵をあげてはすぐ「んっ、無理!」とか、「んん。。どぅハっ!!」と足を下げてしまう。

そして皆に「出来ない」と言われた。

 うーむ、基本的な身体訓練といゆうか…

 筋肉が無いようだ。。

僕は、これを 少しづつでもやれるようになれば、

「声を大きく出したり、

 呼吸をコントロール出来る」と、

踵をあげた腹筋の姿勢のまま、皆に伝えた。

すると どうやらこの一件で僕は

「すごいちゃんとした俳優だ!」と思われたのか、皆の態度が変わった 笑

 

続いてインプロ(即興劇)の基礎稽古を一つ教えてほしいと言われ、

”スピット・ファイヤー” という基本の訓練を教えた。

これは、二人一組になり、

片方が お題から(例えば ”入学式”)

 

 昨日、大学の入学式だったんですが…

 

などと ストーリー を自分の体験として語り始め、

程よい所で相手が何か「言葉 」を投げ入れる。(例えば ”ハンバーガー”)

 

 急にハンバーガが食べたくなって、

 校庭から駅にUターンして。。

 さらに食べたくなって、走りだしたんです…

 

とその言葉をちゃんとストーリーに使ったところで、

また次の言葉を投げ入れる

(ストーリーとあまり関係ない言葉が良い

 例えば ”ウルトラマン”)

 

 そこにウルトラマンが空から降りてきて、

 何を言うかと思ったら、

 「ジュワッ! そんなに急いでいるなら

  私の背中に乗りなさい」

 と言い出して…

 

などと続けていき、二分計っておいて

「ラスト~!」の掛け声で最後の言葉(ワード)を貰い、

語り手側は、そのストーリーを その言葉も使い、まとめて一つのストーリーにする。

 

という、物凄く頭の瞬発力を使う訓練である。

考える前に、とにかく言われた言葉(ワード)を使って どんどんストーリーを展開させなくては訓練にならない。

失敗を恐れずにドンドン進む訓練である。

 

やはり、初めて行うベトナムの俳優たちは 安全に ゆっくり考えて、言葉を投げ入れられても、じっくり考えてから話し出したり、中には止まってしまう者もいる。

僕は英語で

 モア クイックリー!! クイック クイック!

 アドバンス  アドバンス!!

と檄を飛ばして 夢中で指導している内につい…

 

 ドント シンク!!ノット ストップ。

 Don`t think! ヘイ!ドントシンク!!

 

 Don`t think !! フィール!

 Don`t think! フィール!!   Feel! 

 

 あれ?!?!

 

となんと、 一生口にすることは事は無いであろう思っていた「燃えよドラゴン」の

ブルース・リー” のセリフを真顔で連呼していた。。

 

そのことに気付いた僕は、少し笑ってしまっていたが、皆には 何故、この日本の俳優が笑っているかは分からなかったようだ 笑

 

稽古は和やかに 笑いも交えて進み、二時間ほどで終了した。

皆、基礎稽古が新鮮だったようで

「是非来週の稽古にも来てくれ」と言われたが、来週にはベトナムにはいない事を伝え

「きっとまたベトナムに戻ってくるので」

と話して、皆と握手をして別れた。

 

さて、帰りであるが男性俳優のティン君が バイクで宿まで送ってくれることになった。

ユンさんにお礼を言い、ティン君のバイクに乗り、夜のバイクの海へと走り出した。バイクで信号で止まるたびに、片言英語同士で話をする。

日本では 何年役者をやっているのかとか、次はどこの国に行くのかなど。

彼はメンバーの中でも芝居心があり、普通に「いい役者さんだなぁ」と思っていたので興味があり、話は尽きなかった。

 

しばらく走ると、やがてティン君が不思議な事を訊ねてきた。

 マサミ 「ドラえもん」を知っているか?と…

もちろん僕は イエス!と答えた。すると今度は

 じゃあ「ジャイアン」を知っているか? と

もちろん僕は イエス! と答える。

 

(彼は一体何を聞きたいのだろうか。。

 日本人で「ジャイアン」を知らなかったら、

 もう日本人のモグリである。。

 それとも僕が日本人だと

 伝わっていなかったのだろうか…

 そういえばこないだ

 インドネシア人に間違えられた。。)

 

などと 頭の中で色々考えていると、彼が衝撃の事実を教えてくれた

 

 実はぼくはベトナム版の

 ジャイアンの声優なんだ。

 

  !?!?!?!

 

僕は思考が停止した。

 えええ!?何言ってんのこの人? と。

 

よく聞くと もう二年程ジャイアンに 声を当てているという。

 えええ?! マジで?!

 俺よりちゃんと食えてる俳優さんじゃん?!

と知り、偉そうにブルース・リーになっていた

稽古場の自分が 恥ずかしくなった 笑

 

彼は、その後「お腹がすかない?」と聞いてくれ、自分の行きつけの美味しい屋台のお店に連れて行ってくれ、食事をご馳走してくれた。

そこで、

 自分の家には結構外国や

 国内の友人が遊びに来るので、

 次にベトナムに来たときは、

 何日でも 好きなだけ

 僕の家に無料で泊まって良いよ。

と嬉しい申し出をしてくれ、Gmailを交換した。

次にまた道中に「のどが乾かないか?」

とサトウキビのジュース屋さんに連れて行ってくれ、サトウキビジュースを飲ませてくれた。

このサトウキビ屋さんといううのは、サトウキビを 電動式の丸い2つの鉄のローラーの間に、何度も なんども 挟んでくぐらせて 絞って出したジュースを売っている。

そのサトウキビ絞り機は

キン肉マン」の悪魔超人

ザ・サンシャイン” の 地獄のローラー を彷彿とさせる。

 

しかしティン君は、本当に 友人としてもてなしてくれる、優しい いい男である。

ジャイアンの優しさだけを抽出したような。。

それとも僕は旅の途中なので「大長編ドラえもん」のさ中なので、いいジャイアンなのか? 笑

 

こんなことを思われているとも知らずに 彼はニコニコしている。

 

極めつけは、どこかに電話をかけ しばらく話していたのだが…

「この電話に出て欲しい」と言われ 電話を替わったところ

電話からは 若い可愛らしい 女性の日本語が聞こえてきた。

 

 あ、マサミさんデスか?

 ワタシはティン君のトモダチです。

 ティン君が先ほど お伝えシた。

 ティン君の家に

「イツデモ泊まりにキテいい」という件が、

 チャンと伝わっているか、

 心配してイて、ソレを私に

 "日本語デ確認して欲シイ" という事デシタ。

 マサミさんが分かっていてくれて良かっタ。

 

と、カタコト同士だったので心配になり、わざわざ日本語が喋れる友人に頼んで、その事を改めて伝えてくれた彼に感動してしまった。

もうここまで来ると、間違いなく彼は 

  綺麗なジャイアン

僕はもう彼の大ファンになっていた。

 

やがて宿まで送り届けてくれた彼に、僕は彼の親切にとても感動した事を伝え、お礼を言って、ギュッとハグをした後、記念撮影をして別れた。

 

去り際に何回か手を振って バイクで遠ざかっていく彼を

僕も手を振り、見えなくなるまで見送っていた。

 

 凄い濃い稽古だった。。

 

続く

 

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↑ カフェの近くで見た仔犬さん。


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↑ ティン君と宿の前で(撮影者 ジョン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベトナムで「路地部」という名の部活動

 

僕は日本で仲の良い役者と

「路地部」と言う地味な部活動をしている。

ようは暇な時に、俳優仲間や 1人で、初めて通る 細い路地裏を歩く事を楽しむ部活動である。

 

路地には猫さんもいる。なので猫好きには大切な活動でもあるのだ。

 

僕は待ち合わせ場所のカフェから離れて、ぶらぶらと歩き始めた。

大通りから離れると、やはり色々発見もあるし楽しい。

 

しばらく歩くと、驚愕の光景が向こうからやってきた。

バイクの後ろに、綿なのか何なのか、とても軽いのだろうが、70センチ四方の、薄手の紙段ボールの箱状のものを

横に3箱✖️縦に4箱✖️高さ4箱という。。

とんでもない高さで積み上げたおじさんを見た。

つまり横 2.1m✖️奥行き 2.8m✖️高さ 3.5m

(うち0.7mはバイクの高さ)のデカさだ。

もう見た目は、3メートル以上の箱付きトラックにしか見えない

それを "スーパーカブ" で慎重に運転していた。

凄いバランスで積んであるし、凄いバランス感覚である。。

ここまでくると、危ない  とかを通り越した、

「ここまでは積んで大丈夫」という、きっと何回か失敗をして会得したであろう "神業" である

およそ日本では見る事はできない。

   " 物凄いものを見た。。"

と感心しながら、歩いていると 左手に

笑顔の素敵な 30代前半の女性がやっている、お洒落な「バインミー屋さん」があった。

バインミーとは、小さめのフランスパンで作るサンドイッチである。

中に、香草や野菜、ツナ、お肉なども挟む 中々ボリュームのありそうなもので、ここは数種類から選べる様だ。

イートインも中にある。

「どうぞ〜」と笑顔で言われたら、入らざるを得ない。。

僕はバインミーは「なんか堅そうだな?」と思い。さらには屋台がほとんどなので、暑い中 常温で置いてある具材が少し怖くて、何となく避けていた。つまり、食べたことが無かったのである。

ここはクーラーがよく効いている店内なので具材も痛まないだろうと思い、この機会に 食べてみる事にした。

また、ここに決めた理由は、屋台では無いので、珍しくビールも置いてあったからである。

お店に入り、女性にお店のおすすめを聞き、素直にそれを注文した。

 " 初心者は 経験者に聞け!"  である。

「それから、ビールも!」と頼むと

「はーい!」と元気よく返事をしてくれた。

たまにはカールスバーグを飲む事にした。

稽古があるが、まだまだ後だ。

日本では稽古前には絶対飲まないが、ここはアジアだ。普段やらない事をやるのも また旅の醍醐味である。

そう言い訳をしながら、ビールを飲んだ。

 …う、うまい!!

暑い中 暫く歩いて飲むビールは格別だ。

酔わないように、チェイサーの冷たいお茶も こまめに飲む。

やがてすぐバインミーがきた。

鶏肉のバラしたものや、味付けした人参と 大根?の千切りや、野菜などでボリューム満点だ。オレンジ色のソースがかかり、食欲をそそる。。しかも130円と、安い。

僕は早速かぶりついた。

 う、うまーい、う ウマぁ、うま馬うま〜い。

と僕は 今度は馬になった。

ビールを飲むと、バッチリあう!!

「僕は こんな美味しいものを

 今まで 食べていなかったのか??」

とここまでの自分が間抜けに思え、自分自身から卒業したくなった。。

 

とにかくもの凄い相性だ。

近いものといえば、新幹線で、カツサンドをツマミにビールを呑んでいる感覚に近い!!

 

しかもここは涼しい。。天国だ。。

「路地部」でなければ見つけられないであろうお店を見つけ、大満足だった。

もう十分散歩した僕は、少し早めに待ち合わせ場所のカフェに戻った。

ここは、縦に狭い小さめの木造のカフェで、若者が多い、少しマニアックなカフェだった。何か文学的な雰囲気がある。

 

僕はこの、縦長のオープンなカフェでユンさんを待っていた。

ふと、店員さんをみると、、あれ?

 …宮崎あおいさんがいる??

僕は 宮崎あおいさんの大ファンである。

見れば見るほどよく似ている。。

 

べ、ベトナム宮崎あおいさんだ!!

 

と僕は彼女から、目が離せなくなっていた。

 

読んでくださる方の中には、前々から僕に対して、女性のがどうの、天使だ、人魚だ、宮崎あおいさんだ。と大騒ぎばかりしているな…?

 女性ばかりみているな?

と思う方もいると思います。

 

それは何故か?!

お答えしましょう!!

 

ずばり ” 暇 ” だからです!! 笑

 

というのは半分冗談で、半分本当です。

日本にいると、感じてるようで感じてない。

受け取っているようで受け取っていない。

日々忙しさと情報に流されて、ちゃんと目の前の事に反応していないのです。

 

日本では、忙しいのもあるし、何かフィルターがかかっていて、綺麗な人を見ても、

「あ、綺麗な人だなぁ。。」とか

「可愛い人だなぁ。。」とかで終わるというか、そこまで心が動かない。

本能が弱っているのか、そんな時間はないのか、、それとも次々と押し寄せる情報に押し流されるのか。。

特に重要な事ではなかった。

 

しかし、時間があり、人と触れ合いながら旅をしていると、やはり、人をよく見るし、人をより感じるものです。

そうすると、やはり 女性は美しいなぁ とか、

可愛らしいなぁ と改めて深く感じる。

 

自分の感覚に素直に反応している内に、

日本人の僕にも、なんといゆうか、ジローラモさんほどの達人ではないにしろ、イタリア人的な感覚が、旅をしている内に段々分かってきたんです。

彼らが、女性にいちいち反応するのも、人生を楽しんでいるからだし、生きる上で余裕があるからなんだと。

なので僕も、日本にいる時より はるかに、心が動くのです。

 

この事を実感として手に入れただけでも、僕は、俳優としても 男としても少し成長している気がしていた。

 

本能が呼び覚まされる旅をしながら、この東南アジアの男女を見ていても、何か世界の真理のような物を肌で感じる。

 

これは僕が、旅の間に勝手に感じている事なので、ただただ僕の実感でしかないのだが…

 

僕は「シェイクスピア戯曲」は、全作品を 一応読んでいるし、岸田國士さんの、男女の機微を描いた 日本的なお芝居も好きだ。

日本にいるときには戯曲もそうだし、

世の中には、なんでこんなに、少女漫画も、少年誌のラブコメも、月9も 映画も、舞台も、小説も、

男と女が、くっついただ、離れただ。

恋だ、愛だ、不倫だ、近松が心中だ!!

と、大騒ぎしているのか?

未熟な僕には、そこまでよく解らなかった。。

 

しかし、一人でアジアを回っているうちに、少しだけ "物語" の真理に近づけた気がする。

この世の「ストーリー(物語)」はほぼ全てが男と女で描かれている理由に、妙に納得出来たからだ。

 

とにかく、アジアにいると、感じとる力がアップして、極彩色に世界が見える。

 

それは、例えていうなら、二、三年使ったスマホの画面の、保護フィルターを剥がした時に感じる、元の画面の美しさ 綺麗さに似ている。

 

 それほど世界が違って見える。

 

この旅の中で僕は

この  ”物語(ストーリー)” という 俳優にとっての命とでも言うべきものの根幹に、少しだけ近付いている気がしていた。

 

そんな事を感じながら僕は、コーヒー片手に、

楽しそうに他の店員さんと話す宮崎さんを、

「美しいなぁ。。」と、心から素直に眺めていたのだった。

 

続く。

 

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↑ 散歩で見つけた謎の建造物。

 たぶん、貯水タンクだと思う。。

 

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↑ 日本にいる時から信じている

     熱中症対策には、牛乳!!(ベトナム版)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メールが来た。稽古だ。

 

水上人形劇の後、珍しく部屋飲みをしていた。

ホテルでゆっくり333(バーバーバー)ビアを飲んでいると、Gmailが来た。

 

ユンさんからだ!

「明日、稽古に来ませんかー?

 会わせたい方も明日会わせたいです!」

とのありがたい申し出だ。

 

帰る日も、明日 何するかも決まっていない僕に、またしても知り合った方が、お誘いしてくれる。

一つ返事で「参ります」と答える。

どうせ明日も 朝起きて

「さぁ。。今日は何をしようかな?」

と1日が始まるだけであるからだ。

 

この間、宿まで送って貰っていたので、

「ホテルまで迎えにいくわよー!」

と、ありがたい申し出を受け、昼前にユンさんが迎えに来てくれる事となった。

しかし "芝居がしたいな" と思った途端に、稽古の連絡をくれるとは、さすがユンさんだ 笑

 

僕はセブンイレブンで買った、東南アジアでしか見ない、塩味のポテトチップスを食べながら、明日が楽しみだなぁ。。

とテレビを見ていた。

外国で見るテレビは 結構面白い。

 

つい先日は、アニメの「スラムダンク」をやっていた。

ベトナムでは、日本の漫画は大人気のようで、コンビニには、名探偵コナンや、ドラえもんベトナム語訳された単行本が売っている。

(因みに僕は コナンには一回だけ

  チョイ役で出演したことがある)

 

スラムダンク」は、ベトナムの声優達が芝居をしている。ベトナム語はさっぱりわからないが、何度も単行本を読み直している僕には、画面から 何故か日本の声が聞こえ、内容がわかる。

丁度神回の

安西先生!!バスケがしたいです!!」

の回だった。。

「み、三井。。!!」と僕は酔いも手伝って、ベトナム語の三井のセリフで号泣していた 笑

僕は三井の大ファンだ。

 

話を今日に戻すと、

今日は「ジャッキー・チェン」のアクション映画をやっていた。

僕はそれを見ながら驚愕していた。。

一応、日本でそこそこ声優業もやっている僕だ。日本では 間違いなくありえない放送を見たのである。。

それは!!ひとりのアナウンサー風の声優が、活弁士宜しく、一人で、今 生放送で当てているのか? という感じで、中国語に遅れながら、全部の俳優に時間差で声を当てていたのだ。

「そんなバカな!!??」と僕はびっくりした。

イメージとしては、BSで良くやっている、外国のニュースに、生で通訳の方が 後から日本語を当てているあれだ!!

 

役で声色を使いわける訳でもなく、淡々と中国語に遅れて、ナレーションの様にベトナム語を当てていく。。もう奇跡である。

 

声の字幕? とでも言った方が分かりやすいかもしれない。

 

ジャッキー映画を "吹き替え" で育った僕ですら、ジャッキー感ゼロの吹き替えを初めて見たのであった。

 

ともあれ、ベトナムのお芝居事情に、テレビでもこうやって触れることができる。

しかも僕は ベトナム演劇のど真ん中に知り合いが出来、稽古まで参加できる。

 本当に運がいいなぁ。

と自分の 人と出会う運に改めて感謝した。

今回、ドミトリーに泊まっているわけでもない僕は、人と出逢わなければ、そこらを歩いて 飲んで それで1日が終わるはずだからである。

それはそれで楽しいが、断然人と触れ合う方が面白い。

その後、僕は「333」で 宅飲みしながら、知らない内に眠りに落ちていた。。

 

 

…頭の上で携帯のアラームが鳴り響く。。

イベントのある日は必ず鳴り響く音楽である。

 

ベトナムに来てから、アラームをかける事が多くなった気がする。

そしてこの天井にも慣れたのか

「ここはどこだろう??」とも思わなくなっていた。

 

部屋の机を見ると、333の缶が4、5本並んでいる。。 結構飲んだなぁ。。

だが、頭はスッキリしている。

飲みやすくて残らない!

嗚呼!! ベトナムビアの素晴らしき哉 である

 

とりあえずいつものように洗顔しながら、鏡前で顔色を見る。。健康そのものだ。

なにか、アジアに来てから 痩せたのもあるが、どんどん若返っている気がする。

こないだ20代に間違われたのも 満更ではないな?と思いながら、鏡にポーズを決めてみる。

 うん! 悪くない!! 

今日は久しぶりに俳優として動くので、

変なテンションになっていた。

どこでも、初めての稽古場に行く時は、いつも多少の緊張感とワクワク感が交差する。

役者の醍醐味である。

 

宿のモーニングに間に合うが、気合を入れたい僕は、 "山羊さん"  になるべく

隣の「挟み鳥 焼き屋さん」に向かった。

今日はこの間より、さらに鳥が1.5倍乗っているスタミナワンプレートにする。

今日はお婆さんが、じぃーっと、眉一つ動かさずに焼いている。

注文からすぐスペシャルが来る。

 

いいだろう。。 僕は山羊になった。

ぅうめぇぇぇえええ メ"ぇぇえええええ"エ"

と しかも長めに。

 

お婆さんが焼いた鳥は、おばさんが焼いた鳥より、美味しい気がした。

達人が焼くと、より上手いのだろう。

ありがとう!挟み焼き屋さん!!お婆さん!

 

僕は宿のカフェ兼レストランで、まだモーニンの時間なので、無料でコーヒーだけを飲み、ゆったりユンさんを待つ事にした。

 

日本で インプロの稽古中に気づいた事を、皆で共有していたホワイトボードの写メを読み返しながら、気持ちを整える。

モーニング時間が終了したが 2杯目のコーヒーからは、長く泊まっているせいか

「別に ただで飲んでいいよ?」とおじさんが言ってくれたので、ゆっくり飲みながら、色々インターネットで調べたり、日本の漫画アプリを見ながら待つ。

 

やがて「ホテルに着きましたー」というユンさんのGmailで、僕は0階から、階段を降り、ユンさんの待つ原チャリへと向かった。

 

ユンさんは、ヘルメットを渡してくれ、僕はまた、ホーチミンのバイクの海へと漕ぎ出した。

 

相変わらずのクラクションであるが、慣れると「どけどけーー!!」という意味ではなく、

「危ないですよー!ここにいますよー!!

 気をつけて下さい!ここにいますからね!」

という、相手を思いやる音に聴こえてくるから不思議だ。。ベトナムを捉えつつあるのだろうか?

ユンさんは前に見学させてくれた、

「お金持ち演劇専門学校」を少し過ぎたところの路上で、"マスク" というか、"お面 " を売っている様に見える、男性のところで止まった。

自転車に大きい板を付けて、そこに仮面がズラリと並んでいる。まるで縁日のお面屋さんだ。

 

ユンさんが紹介してくれる。

「この方は日本の俳優さんですー!

 まさみさん、この方は、

 ここにある仮面でお芝居もしていて、

 いろんなキャラクターを

 仮面で演じ分ける演者でもあるんです!」

との事!!

インプロ(即興演劇)には「マスク」と言う演目と、稽古法がある。

これは、ちゃんとした資格を持っていないと、演者が危ないので、僕も数回かしか経験していないのだが、僕は大好きなインプロである。

 

キャラクターのマスクを被り、何回か手鏡を見ながら、その「マスク」から、インスピレーションを得る と言うより、、心から湧き上がる呻き声や、感情を、素直に受け止めて、そのまま表現する。そこからキャラクターが生まれる。

精神疾患があると、危険なので、その事は演者に確認して、安全を確保をしてからじゃ無いと出来ない、、プロフェッショナルなインプロの稽古であり出し物だ。

 

ユンさんが通訳で 色々質問させてくれて、気になる事を聞いてみると、

意識的に演じ分けるのではなく、憑依型で演じるらしく、やはり インプロの「マスク」に近いなと感じた。

 

それを、およそ インプロとかけ離れて見える このおじさんが、インプロの創始者の、キース・ジョンストンを 飛び越えて、、一人でやっている事に感銘を覚えた。

しかも仮面は全て自作なのだという。

 

「この方は、この間も、公演をしていて。

 前にも取材させて貰った人です。

 本当に、公演もとても素晴らしいです。

 いつかあなたにも見て欲しいです!!」

とユンさんは教えてくれた。

その後 さらに質問させてくれた。気になる事を聞いてみると、やはり「マスク」で演じる所の感覚が似ていて、とても興味深い体験だった。

日本の「能」にも共通点があるはずだと思う。

「いつか、公演を見せてください!!」

と握手をし、記念撮影をさせて貰った。

何故、路上でマスクを並べているかは 少し謎だったが、、余計に興味深い。

 

彼と別れ、ユンさんと路地を入ったところの、小さな地元のカフェに着いた。

ここでいきなりの発言があった。

「実は急な取材が入ってしまったので、

 稽古の時間には迎えにくるので

 ここで待っていてくれませんか?

 ええと、2時間くらいです。」

僕は少しびっくりしたが、まぁ、お仕事ならしょうがない。。何しろこっちは仕事などしていない、時間だけはある旅人だ。

 良いですよ。

 たぶん、二時間は、ここにはいないので、

 散歩とかして時間潰してます。

 2時間後に、必ずここに居ますね。」

と約束をして、ユンさんを見送った。

カフェのWi-Fiで現在地に、Googleマップの保存の⭐️マークをつけて

先に散歩をする事にした。

実は最近気づいたのだが、Wi-Fiの無い、インターネットが接続していない状態でGoogleマップに「行きたい場所」の緑の旗マークや、

場所の保存の⭐️を付けると、その場ではマーキング出来るのだが、、次にWi-Fi接続した時に、全て更新されて消えてしまうのだ。

 

なので、気に入ったお店や、戻ってきたい場所がある場合は、Wi-Fi接続してからで無いと、意味はなく、後で消えてしまう。。

そうなったら、ここへ帰ってくる自信はない。

 

僕はカフェの男性店員さんに、

「散歩の後で必ず利用するから」

と言ってWi-Fiを繋がさせて貰おうとしたが、

「別にそんなこと気にせず 使って良いですよ」

と優しくWi-Fiパスワードを教えてくれた。

こう言うところも、アジアの おおらかさだなぁ。。

と思いながらお礼を言い。

その後、僕は見知らぬ路地を歩き出した。

 

続く

 

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↑ 仮面の演者であり、売っている?の男性。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水上人形劇場へ 急げ!!

 

キャラメルに 銀歯を軽く持って行かれた僕は 

もうお土産のキャラメルを買う気は 100% 無くなっていた 笑

 

ココナッツキャラメル自体は 美味しかった。

キャラメルは全然悪くないのだが、、

味どころでは無くなり、キャラメルにも申し訳ない事になった。

 

キャラメル工場見学が終わり、どこかに行っていたニャンさんも合流し 次の場所へ。

皆、手漕ぎ舟に戻り、さらに川の支流を進む。

 

着いた先で、降りると民家に出た。

「ここでお茶をシマス。住民の方が

 カンゲイの宴を開いてくれマス

 民謡や、ガッキで演奏してクレマス」

と笑顔で言って、ニャンさんは、また猫みたいに消えた。

「凄いガイドさんだ 笑」

と岡林さんと僕は もう爆笑していた。

ツアー会社前で「ガンバリマス」と言っていた彼はどこに行ったのだろう?

 

お茶を頂きながら、住民の方の歌が始まる。

5人程いる親戚であろうおじさん達は ベトナムの楽器とギター等で演奏してくれる。。が。

 

明らかに「普通の親戚の集まり」というレベルの演奏と歌声だった。。

僕と岡林さんは、申し訳ないが。。

「ちょ、ちょっとこれは。。笑」

と笑いを堪えるのに必死だった。

演奏のおじさんの内、2人くらいは

 何でこんな事をやらされてるんだ?

という感じで明らかにやる気がない。

 

それを見て、僕はニャンさんの事もあり

ランカウイのペンギンに続いて また

「やる気のないシリーズ」が始まったと話し、

岡林さんと笑ってしまった。

 

最後にチップを要求されたが

すでにツアーとしてお金を払っているはずなので、「ごめんなさい🙏」とお断りした。

 

他の観光客も苦笑いをしていた。。

が、誰も怒る人はいない…和やかなツアーだ

 

(最後にこれとは…凄いツアーだなぁ。。)

 

と僕は逆に満足していた。

 

トイレに行くと、Wi-Fiのアンテナがたったので

トイレのある建物の横を見ると、ニャン氏が、今度はハンモックで完全に熟睡していた。

 

もう、何か、お腹がいっぱいになった僕は

 

「あの猫(ニャン)さん

 ついに昼寝してますよ?」

 

と岡林さんに報告すると、岡林さんも、

「も、もう…や、やめて。。」

と、泣くほど笑っていた。

 

意外な事で 意外と楽しめた僕らは、なんだかさらに仲良くなり、帰りのバスに乗り込んだ。

 

色々気になる事はあったが、日本語ツアーのいい所は、少し割高でも、こう言う日本の方との交流が持てるところだ。

出会いは色々あっても、孤独な一人旅である。

数週間に一度くらい、やっぱり日本の方と日本語で話すと、安心すると言うか、デトックスになる。

 

バスは道を走り出した。

最初は順調だったが、徐々に混み始め。。

ついに、ベトナム特有の渋滞に巻き込まれた。

 

いくら「最強」である観光バスといえども、流石に渋滞ではどうしようも無い。 僕は、

(やばいなぁ。。水上人形劇間に合うかなぁ)

と気が気じゃなかった。

 

バスはだいぶ遅れて、18:00にツアー会社の前に着いた。

岡林さんとゆっくり話したかったが、LINEを交換して、すぐさまチケットを貰い

「水上人形劇場」へ出発した。

(何故、この後の時間の

  公演にしなかったんだ!)

と、渋滞の可能性を考えなかった迂闊な自分を呪いながら。

とりあえずまだ間に合うはずだと、僕は早足で歩き始めた。

昼間に移動すると、暑過ぎて、途中で涼みながら歩かないといけないので 時間がかかるが、夕方以降は 涼しいので直行できる。

劇場は、ホーチミンさんのいる人民広場のすぐ近くにある。

ここで僕は すぐ横を通り過ぎるタクシーを見て、タクシーに乗る事にした。

道は空いていたし、空港からのタクシーが宿にしっかり届けてくれたので、その方が良いと判断したのだ。

 

タクシーを止めて、乗り込む。

劇場の地図とチケットを見せると

「OK」と言ってタクシーは走り出した。

幸い いつも通りここいらの道は混んではいるが、大渋滞と言う程ではない。

 

タクシーは、、止まり、進み、止まり進む。

そして、何故か何も無いところで停車した。

 

「どうしたんだ?劇場はどこです?」

と聞くと、

 この通りのどこかだ。歩けばすぐだ。

と言われた。

「いやいや、ちゃんと送ってくれよ」

と言うと、

 すぐ近くなはずだが

 正確な場所はわからない

 確かここを向こうに行ったところに

 あるはずなんだが。。

僕はGoogleマップ先生を、開いた。

するとだいぶ行き過ぎている。

 

「通り過ぎているから、Uターンして戻ってくれ!」

 

 悪いがそれは出来ない。

 ここはUターン禁止の一方通行だ。

 

たしかに一方通行だ。。

 

大回りしていて、また渋滞にでも引っ掛かったら、より遅くなる。

 

時間はあと7分程だ。

 

「もういい。。歩くから」

 

と料金を払い車を降りた。

 

タクシーを信用して、Googleマップを開いておかなかった事を悔やんだが、後の祭りだ。

 

僕は道を、マップの南側の水上人形劇場に向けて歩き出した。

降ろされたところは、ホーチミンさんのいる人民総合庁舎の裏のところで、次の交差点まで結構歩く。

交差点に着くと、このブロックに劇場があるはずだが、広大な鉄柵で仕切られた公園のようになっているので、入口を間違えると、間に合わなさそうだ。

僕は左手に曲がって入口を探すか、このまま真っ直ぐ行って入り口を探すか迷った末に、人に聞く事にした。

歩いている男性を呼び止め、チケットを見せて、入り口がどこか聞いてみた。

彼は「うーん」と見ていてくれたが、

こっちを見ていた、バイクタクシーの怪しいおっさんが、タバコを吸いながら

「そのチケット貸してみな」と僕のチケットを彼から奪い取り。「ハーン!」と言ってから、

「ここは遠いな!よし、

 バイクの後ろに乗りな!!」

とバイクの後ろを指さした。

 

僕は (アホか?!すぐそこやんけ!?)と思い

「なめんな!おっさん! ノーサンキュー!!」

と言ってチケットを奪い返した。

 

実は、ホーチミン市の、怪しいおじさんのバイタクは評判が悪い。怪しいお店へ案内して、マージンをもらったり、ぼったくりだったりと、ロクな話を聞かない。

乗るなら、断然 grabのアプリで呼んだ方が良いと聞いていたが「その通りだ」と確信した。

 

僕は、タクシーから、いや…今日はニャンさんから始まって、奥歯外れるわ、色々と一気に攻めてきたので、もはや笑っていた。

笑いながら、交差点から直進した。

 

(もう、逆に 辿り着かない方が面白い!!)

 

幸い交差点から、4分程で、劇場に着いた。

 べつに、後日また見にきても良いや。

と思っていたが、スタッフさんにチケットを見せると、上手いこと勝手口のような所から、前の方のいい席に案内してくれた。

 

人形劇は、もう始まっていたが色々な話をオムニバスでやるようで、全く問題無かった。

 

人形劇は、茶色い水の中から人形が出てきたり、人形が水の上で所狭しと、まるで生きているかのように動き回る。

舞台の両サイドで、楽器と唄の生演奏で、物語は進んでいく。

「神話」や「民話」を元にしているようで、内容は、わかりやすいので、歌の歌詞が分からなくても、よく理解できる。

 

 素晴らしかった!!!!

 

写真は撮っても良いと事だったので、動画と写真を撮らせて貰った。

 

最後に人形達を操作していた方達が、水の舞台の前に出てきて、挨拶してくれる。

僕は スタンディングオベーションをしていた。

それほど感動したのだ。

 

今日は色々あったが、本当にいい終わりになった!と 僕は感動の余韻に浸りながら、宿まで歩く事にした。

 

久しぶりに 芝居をしたい 欲求を感じた。

いい作品を見るといつも湧き上がる感情だ。

 

夜空を見上げて、ベトナムの涼しい風に吹かれ 僕は頭の中の思考を楽しむ様に、ゆったり宿へと歩いていた。

 

続く

 


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↑ 「住民が歓迎の演奏!」

 というツアーの一環だが

 見る方もやる方も、ちょっと。。

 

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↑ 素晴らしい水上人形劇

     感動のせいか、ワタクシ顔が変…。