猫好き俳優 東正実の またたび☆

俳優 東正実の東南アジア旅

天空の城ラピュタへ

 

遺跡の旅は続く…。

そしてついに僕は 「ラピュタ」へと向かっている。 龍の巣に気をつけなければ!! 

 

相変わらず素晴らしく気持ちのいい景色を見ながら、トゥクトゥクは、赤茶けた大地と道を走っていく。

僕は空の向こうに見える入道雲を「龍の巣」と勝手に決めつけた。

 

途中に小学校があり、制服を着た可愛らしい子供達が遊んでいた。僕に気付いた子供達は手を振ってくれる。昼休みなのだろうか?

 

なぜだか、カンボジアの子供達は、とても生き生きとしていて、見ているだけで嬉しくなる。

 

僕は カンボジアがどんどん好きになっていた。

 

そして、いよいよトゥクトゥクは ベンメリアの駐車場に到着した。

トゥクトゥクを降りると、珍しくジェイクが付いて来た。

途中、橋のような、石の建築物を指差して

「この長いのは、蛇の神様なんだよ。

 ほら、ずーっといくと、蛇の顔だろ」

と教えてくれる。確か「ナーガ神」と言っていた。

遺跡の入り口には結構あるらしい。

(珍しくガイドしてくれてるな。。)

と思いながら、入り口から ベンメリア遺跡の外壁に着くと、そこはもう素晴らしい…!

外壁にも、瓦礫のように崩れて積み上がった石達にも、綺麗なエメラルドの苔が生え、本当に美しかった。

「あ、ラピュタだ。ここ、絶対ラピュタ

 ラピュタラピュタ。 はい。決まり!!」

と 僕はもう、ここを「天空の城 ラピュタ」だと確信した。

それくらいラピュタだったのだ!! 笑

好きすぎて、作品を何回も見過ぎているせいで、頭の中には勝手に

「ウルとは王!

 君はラピュタの正統な後継者なのだよ!!」

と言うムスカの声が響く。。

 もはや病気だ!! 笑

そんな様子のおかしい僕にジェイクが話しかけてくる。

「よし!!遺跡をバックに、

 写真を撮ってあげるよ!」

と。

 (???…今日はジェイクはどうしたんだろ?

  いつもならこんなサービスは無いのに…)

と不思議に思いながら、苔に覆われた、巨大な豆腐のような四角い石の瓦礫の間から生える、信じられないほどの巨大な木と一緒に写真を撮ってもらった。

日本でもみた事がない巨木だった。。

まだ遺跡の外なのに 恐るべき神秘性である。

そして、写真を何枚か撮ってくれたジェイクが

「さぁ、行こうか?」

と言ってきた。

 んん?? どこへ??

と聞くと、なんと!ここはジェイクも中に一緒に入れると言う。

初めて一緒に周ってくれると言うのだ。

 これはかなり嬉しい!!

遺跡では、見ず知らず同士で「フォトプリーズ」と声をかけて写真を撮り合うか、自撮りするしかない。

周りに人がいないと、写真を撮ってもらえない為、自撮りばかりになる。

そうすると、カメラロールが自撮り写真ばかりになり、後で眺めると 自分がとんでもないナルシストに思えてくるのだ! 笑

なので連れがいると、本当にありがたいのである。

(現在は 遺跡パスが無いと入れないらしいが

 2017年当時、入場料は一律5$だったので

 ジェイクも自腹で一緒に来てくれたようだ。

 何より ジェイク自身が一緒に楽しんでいた 笑)

そして、外壁から遺跡の内部入ると

さらにとてつもなくラピュタだ!!

またしても 脳内に

 

ラピュタは本当にあったんだ!!

 父さんは嘘つきなんかじゃ無かった!!」

 

と言うパズーの声が響いた。。

(うんうん。。あったよ。。

 良かったね。パズー。。)

と僕は勝手に涙ぐんでいた。

はたから見たらヤバいやつだが、ジェイクは何も頓着せずに自撮り棒を装備し、写真を撮ろうと言ってくる。

ラピュタ ラピュタと 少し煩いと思われるだろうが、仕方がない。もう… 語彙が無くなるくらい ラピュタだったのだ。

木の根と 蔓と、美しい苔で覆われた遺跡。

崩れた四角い石の瓦礫たち。。それらは美しい緑で統一され、何よりここは他の遺跡と違い、静かだ。。

周りには観光客は1人もおらず、ジェイクと僕だけなので、ゆったりそれらを堪能できる。

静寂の中に、鳥の声がし、本当に現実とは思えない遺跡だ。

そこをゆったりと歩いて周る、どこを見ても素晴らしい景観だ。

 

この 案外広い遺跡は、他の遺跡と違い、廃墟感が凄く 直に地上は歩けない。

木で組まれた手すり付きの通路で、遺跡の上を周るのだ。そんな所も ”天空” である。

木の廊下の下は石の瓦礫の山ばかりなので、もし、地上を無理やり歩くとなると、海にあるテトラポットを飛び移るような 危険な移動方法になってしまうだろう。まぁ、地上は立ち入り禁止なので、そんな事は出来ないのだが。。

 

壁沿いに続く木の廊下を行くと、角のところに、いかにも上に登って行けそうな木が、壁に張り付いている。

僕はジェイクにiPhoneを渡して「撮ってくれ」とお願いする。

 

そう!  僕はここを上り、シータを助けに行くことにしたのだ!!

 「シータぁぁあ!!」

と叫びながら僕は この遺跡の壁を、木にしがみつき、凄い勢いで登っていく!!

蔓も掴み、ぐんぐん登っていく!!!

 

 

 

 

 

…フリをした。

 本当に登ったら、迷惑だし、

 遺跡も痛むし、怒られちゃうからね。 と。

僕は パズーごっこに大満足し、ジェイクに携帯を返して貰った。

ジェイクは「何やってんの?」と笑っていた。

からしたら、ただ木を登るフリをする 変わった日本人にしか見えなかっただろう。

 

そんなこんなで、僕はこの遺跡を大いに楽しんでいた。

 

少し開けたところで、蔓が木から垂れ下がっている所にベンチがあったので、はしゃぎ過ぎた僕は休憩がてら、少し座って休みながら 壁面をボォーッと眺めていた。

 

すると 遺跡の壁の向こうから、四角い窓のような所を潜り、急に子供が現れた!

本当にびっくりした! 立ち入り禁止区域のさらに先の、絶対に人が出て来ないような所から、子供がヒョイと出て来たからだ。

しかも5人が 続々とだ。

子供たちは猿のようにすいすいと、壁から木をつたい、木の廊下に乗り移り、ベンチまで来た。

 ぱ、パズーだ…、パズーがいっぱい出てきた!

と、僕は頭が少し混乱していた。

ラピュタ遺跡と、そこをひょいひょいとアニメのような軽業で移動してくる少年を見て、僕は本当にそう思っていた。

そしてそんな彼らは、僕を見ている。

よくよく見ると、なかなかやんちゃそうな子達だ。

 パズーというより…

 未来少年のコナンに近いのかな?

と思いながら、彼らのボスらしい子に

「写真を撮らせてもらって良いか?」

ジェスチャーで聞くと 頷いてくれた。

撮った後で手を出されて「お金ちょうだい」と言われたので、彼らはやはり コナンの方だった 笑

僕はそれを 例の如くやんわり断った。

声のトーンから、とりあえず観光客にダメ元でねだってみてるだけだと判ったからだ。

なので、これは挨拶みたいなものだ。

断っても、まったく向こうも気にしない。

5人とも僕に興味を持ち、話しかけてくる。 

 

 どこからきたの?

 

 日本、わかる? ジャパン?

 

 ふぅん、そうなんだぁ。

 

 いつも遺跡にいるの?

 

 いつもここで遊んでるよー。

 

 家は近いの?

 

 うん。みんな近いよー。

 

と、ほとんどジェスチャーで会話する。

 

しばらくすると彼らは僕に飽きたのか、また遺跡の壁の奥へ消えていった。

 

僕はしばらくその壁を ボォーッと眺めていた。

ちょっと今の出来事が現実にあった事なのか、あまりに不思議な事だったので、少し浮き足立っていた。

 夢でも見たのだろうか…? と。

しかし、写真を見ると明らかに元気な男の子達が映っていたので、紛れもない現実だ。

少し考えてみた。

きっと彼らにとっては、この遺跡は秘密基地のような、格好の遊び場なのだろう。

確かに 子供時代に、近所にこんな所があったら、僕も忍び込んで遊んでいるに違いない 笑

きっと、彼らしか知らない、秘密の抜け道があるのだろうし、ここは珍しく中に、警備員は一人もいないし、たぶん彼らに見つかっても、地元の少年なので「コイツら、しょうがないなぁ」位で済んでしまうのだろう。

僕は、少しだけ、シェムリアップという遺跡の街を捉えた気がした。

戻ってきたジェイクと写真を撮り合い。

僕らは壁の外に出た。

壁の外にも色々瓦礫や、石の祭壇があって飽きない。

ここで、僕はジェイクに聞きたい事があったので聞いてみた。

「遺跡をちょっと外れて、あまり人が立ち入らなさそうな所は、まだ地雷があったりするの?」と。

するとジェイクは

 観光客の、君の行くようなところには

 地雷はもう無いよ。

 よっぽどの田舎の奥に入らなければ大丈夫だ。

 マサミは心配しすぎ。

と 笑いながら教えてくれた。

 

その後、ひと通り回った僕らは、遺跡の入り口に戻ってきた。

二人ともゆったりとした気持ちで話していると、野良牛が歩いてきた。

するとジェイクは、落ちていた蔓を拾い、足元をパシパシと叩き、牛を誘導し始めた。本当に慣れた手つきだった。

 うちは、実家が牛飼いなんだ。

とジェイクは教えてくれた。

子供の頃から牛の世話をしていたが、兄が先にトゥクトゥクのドライバーになって、

しばらく稼いだのち、フリースクール(ここでは無料の学校)で英語を学んでいた弟のジェイクも誘ってくれたので、彼はトゥクトゥクドライバーになれたのだと言う。

 僕は牛飼いが嫌で 英語を勉強したんだ。

と、少し遠い目をしながら話すジェイクからは、この発展途上の国で、自分の力で成り上がろうとする意志と野心を感じた。

外国の若者と親しくなり、話を聞くと、本当に色々考えさせられるし、感じることが多い。

僕は、彼とこういう話ができる機会があって、本当に嬉しかった。

彼とはどんどん仲が良くなっている。

彼も僕が気に入ってくれているようで

 お客と一緒にベンメリア周るのは

 滅多にしないんだ。

とも言ってくれていた。

僕は、俳優のくせで

 今日、終わったら飲みに行こうか?

 近くの地元パブストリート辺りに。

と誘うと、ジェイクは嬉しそうに、

 OK 行こう!

 仕事が終わったらすぐ連絡するよ!

 俺のオススメのお店に行こう!

と言い、僕の

 高いお店はやだよ?

と言う心配を

 大丈夫、安くて良い店だから!

と笑いとばしていた。

 

そして僕らは再びトゥクトゥクに戻り、昼食へと向かった。

 

続く

 

ラピュタ 動画

https://m.youtube.com/watch?v=gt9-Hx9SznI

 

 

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↑ 「龍の巣」である

 

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ラピュタへの入り口付近

 

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↑ 静謐な空間の ラピュタ内部

 

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↑ シータを助けに!!


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↑ 壁から現れた パズーたち

 

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↑ ジェイクと僕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンボジアの大地と地雷

 

今日はついに ベンメリアに行く。

朝が早いので 仕方無く宿のモーニングを食べていた。

 

 普通だなぁ。。うん。普通だ。 

 

と思いながら、山盛りのフルーツを隣で 嬉しそうに頬張っている宿泊者を見ながら、フルーツがあまり得意ではない僕は、すでに2杯目のコーヒーを飲んでいた。

(やはり、ここのモーニングは

  今日で最後にしよう。。)

と僕は密かに決意していた。

 

約束の時間にフロントに降りていくと、ジェイクが椅子に座って待っていてくれた。

 

今日は、いよいよベンメリアへ行く。

間違いなく今日は、ここシェムリアップでのハイライトになるはずである。

気合を入れ、マレーシアで買った、折りたためるトラベルバッグを背負い、僕はトゥクトゥクに乗り込んだ。

昨日の取り決めで、三日間の行程のドライバーは、すべてジェイクにして貰っていた。

彼とはなんとなく馬が合ったし、空港に迎えに来てくれた縁もある。

 

今日は郊外まで行くので、結構トゥクトゥクに乗っている時間が長い。

昨日気付いた事は、やはり席が吹き抜けているので、正面から直接風が当たり 結構疲れるという事だ。

そこで今日僕は 一計を案じていた。

それは、”マスクをしてみる” と言う事である。

これは、眼鏡をしているので目は疲れないのだが、顔に当たる風は いかんともしがたい。それをマスクで解消してみようと 考えついたのである。

僕が偶然、使い捨てタイプのマスクを持っていたのには理由がある。

 

それは、出発の直前、羽田空港内にある小さな薬局で見かけた、中華系の航空会社のCAさん2人が「せっかく日本に来たんだから!」と、可愛くはしゃぎながら、日本製品の化粧品や マスクを嬉しそうに買っているのを見て

 あっ、マスクもいるかも?!

とふと思って買っておいたのだ。

そして そのマスクは日の目を見ずに、この1ヶ月間 バックパックの底で眠っていた…

だが、トゥクトゥクの風を何とかしたいと考えた僕は、今朝 荷造りをしている時に、急に閃いたのだ。

 そうだ。。マスクをしてみよう!! と。

そんな僕は、ジェイクが玄関に横付けしてくれているトゥクトゥクに乗り込み、いざ出発となった。

大通りに出たところで、マスクをしてみる。

 ん? んんん??  ぜ、、全然ちがう!!

風が顔に直接当たらなくなり、物凄い楽だ!!

 

読者の皆さんも、シェムリアップにお越しの際や、トゥクトゥクにお乗りの際には、是非! 試していただきたい!

メガネでない方は、サングラスや伊達メガネも併用がオススメです!!

 

マスクを装備し守備力が格段に上がった僕は、やっとこさこの乗り物の良さを味わえる余裕が出来た。

 

道は郊外に出ると、案外ちゃんとした、片側1車線の赤茶けたアスファルトの道路が続く。

道の左右は、野原である。

赤土の上に、草が生い茂る。

高い建物も山もなく、天は低く 左右に雲と青空が広がる。

車とも滅多にすれ違わない。

 

民家はまばらで、しばらく走ると民家、その後また 野原が続き、しばらく走るとまた民家、という具合だ。

 

面白かったのは、あまりの暑さに、犬が死体のように完全に横になり

「もう…どうにでもして。。」

と言わんばかりに横たわっていた事だ。

最初は (死んでいるのか?!)

と ギョッとしたが、民家を通るたびに、そこの飼い犬らしき犬達が 横たわっているので、彼らが

" ただ寝ているだけ"  という事がわかった。

ゾンビのように横たわっているそれを見て、何故か僕は、ゲームの「バイオハザード」を思い出していた。刺激を与えると動き出すところも、ゾンビそのものである。。

僕はこのカンボジア犬の寝方を 勝手に

「くたばり寝」 と名付けることにした。

そんな犬達を見ながら走っていると、スクーターで隣を、子供を自分の前に乗せたお父さんが 併走し、通り過ぎていく。子供は安心し切った顔で乗っている。2人乗りに慣れ切っているのは、きっと 赤ん坊の頃から乗っているからではないだろうか? 笑

お父さんはニコッとしてくれるし、子供は本当に屈託のない笑顔で手を振ってくれる。

僕も笑顔で手を振りかえす。

そんなやり取りが僕は大好きになった。

 

やがてトゥクトゥクは、遺跡に到着した。

 

が、明らかに写真で見ていた「ベンメリア」ではない。。

 ここ…。  ベンメリア?

と間の抜けた顔で聞くと、ジェイクが説明してくれた。

「ここは、ツアーの最初に回る遺跡だ。

 ベンメリアは、次に行くから大丈夫。

 時間はたっぷりあるから、じゃ、

 1時間後にここで落ち合おう。」

と。。

 

てっきり「ベンメリア遺跡」に一番最初に着くと勘違いしていた僕は、いきなり出鼻を挫かれた。

昨日あんなに店主と打ち合わせをしたのに、、

"英語力の欠如 " のせいで、色々勘違いして、自分の良いように解釈して聞いていたようだ 笑

 

とにかく、折角なのでこの遺跡を楽しむ事にした。

ここは、お土産屋さんが "夏の湘南の海の家" のように平家でいっぱいあり、お土産を見るのも楽しい。

商売熱心な人が多く、笑顔で声をかけてくれる。

前にいた国が、共産国家の為か、どこかやる気がなく、商売してもしなくてもゆったり生活できるベトナムだった為か、逆にここで 商売人の魂のようなものを感じ、僕も熱くなる。

やはり「売りたい売りたい」と来られると、こちらもファイトが湧いてくる 笑

途中 用を足したくなり、トイレに入るととんでもないものを見つけた。

結構綺麗なトイレだったが、手を洗う段で

石鹸のポンプがあり、そこには日本語のカタカナで、

  " リンス " 

と書かれてあった。。

 ここで頭洗うんかい?!

とツッコミそうになったが、冷静に考えると、きっと日本から来た、お古のプラスティックのポンプであろう。。

日本の銭湯で、リンスが入っていたであろうそれは、ここ、カンボジアシェムリアップでは、石鹸液が入れられ、トイレの洗面に置いてある。。感慨深い光景だった。

僕は笑いながら、とりあえず写メを撮る。

そんなこんなで、遺跡に入るのがだいぶ遅れたが、とりあえず遺跡に突入する。

例の如く、一切笑いの通じない係員に、パスにパチンとまた、1日分の穴を空けてもらう。

 

この遺跡は昨日と違い、平地の遺跡で周りやすかった。ツラツラと周る。

僕は俳優なので人間観察も趣味である。いや、人間が好きだから俳優をやっていると言った方が良いか。遺跡の警備員も気になってしまう。

遺跡の警備係員の人達も人間模様が様々である。今日は、娘さんを同伴して、出勤しているのか、お昼も近いこともあり、遺跡の段差に腰掛け、子供とお弁当を使っている女性係員を見かけた。

この国の労働の法律やら、休憩時間がどうなっているのかは解らないが、腰掛け、職場に連れて来た娘さんとお弁当を食べている係員を見ると、何故か  "ほっこりする"  

 (あぁ、、なんか、良いなぁ。。)

と思ってしまうのである。

 

遺跡自体にはすぐに飽きてしまった僕は、遺跡の周りの森に近い、庭のようなところを散歩していた。

 ひょっとしたら地雷が、

 まだあるんじゃ無いだろうか?

と正規の場所から離れると、少し不安になる。

だが、そこからは、芝生と林が見えて、遺跡も外から眺めると また味わいがある。

 

ここには、遺跡の壁の外側に、楽団がいた。

よくみると、地雷の被害者の楽団だった。

 

足がなかったり、盲目だったり、片腕がない人たちが座って、楽器を演奏している。。

僕は人生で初めて地雷の被害者の方を 実際に見た。

そして改めて、地雷という非人道的な兵器を考えついた人間に吐き気を覚えた。

読者の方の中には 知っている方も、知らない方もいると思うが、僕は昔、地雷って一体なんなんだろう? と、気になって調べた事がある。それによると もともと地雷とは

人を殺傷する目的で仕掛けられた爆弾ではないというのだ。

殺傷能力をわざと抑え、足や 身体を不自由にする事で生かしておいて、障害者になった人達を増やして、その国に その人達の面倒を見させて、その国の 国力や経済を衰退させよう! という

およそ悪魔が考えついたような 吐き気のする目的で作られた爆弾なのである。

(この事を本で知った中学生の僕は、

 戦争というものの、

 気狂いじみた真実に戦慄した。。)

 

そんな被害者の方達を、僕は今までのカンボジアでは見なかったが、ここが観光地である為か

、皆集まって、演奏する事でお金を稼いでいる。

僕は初めて実際に地雷の被害を受けた方達を見て、少し胸が苦しくなった。。

だが、目を逸らさずに、彼らを見据える。

彼らも、今できる事でお金を稼いでいるのだ。

生きてこそである。

僕は色眼鏡ではなく、単純に演奏を聴くことにした。

だが、この楽団は凄かった!!

なんと「ソリスト」というか、メインの楽器が「草笛」だったからだ!!

そこらで拾ったであろう草で、きっと幼少期に会得したであろう技術で 草笛を演奏する男性に合わせて、皆演奏をする。。

草笛の音量は、他の楽器に負けていない。

もちろん演奏自体は、そんなにレベルの高いものでは無い。。 が、しかし…

僕はあまりの事に、暫く動けなくなっていた。

その演奏は、僕の心に響いた。

この演奏に 心の動いた僕は、黙ってチップを入れる箱にお金を入れた。

この演奏に出逢えただけで、この遺跡に来て良かったと思い、僕は遺跡の入り口に戻っていった。

 

駐車場で、ハンモックをトゥクトゥクの客席に張って、呑気に寝ているジェイクに話しかけ、僕は次の遺跡に向かってくれと、彼に伝えた。

 

続く

 

動画 ジェイクとカンボジアの大地を疾走

https://m.youtube.com/watch?v=UvUtpo9ZxsI

動画 草笛の楽団

https://m.youtube.com/watch?v=Z92v2a0axPc

 

 

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↑ 赤土の道。。空と雲。


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↑ トイレにあるリンス。。

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↑ 一休みする係員と、娘さん。
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↑バンテアイ・スレイという遺跡だったらしい



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↑ 草笛と演奏する楽団

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

究極の生ビール

 

宿に無事帰り、お腹もすいていた僕が

「近くに良い店は無いか?」と店主に聞くと

観光客向けの有名な "パブストリート" があると教えてくれた。

 

Googleマップで調べたところ、宿からは 徒歩で12、3分くらいだ。

僕が「歩いていく」と言うと

「道も暗くて危ないので、乗っていきなさい」と、宿の自転車を無料で貸してくれた。

Googleマップ先生によれば、パブストリートまでは、大体一本道で行けそうだ。

自転車はだいぶガタが来ていてボロかったが、鍵だけが、最新式の頑丈な チェーン式のものだった。

自転車より、鍵の方が立派なところを見ると、やはり 自転車はすぐに盗まれるようだ。。

 

夜道を自転車で走る。

案外街灯もあり、そんなに危険な感じはしない。

パブストリートには 7分程ですぐに着いた。

 

盗まれないように、周りで一番頑丈そうな標識を探し、そこに 自転車を鍵で括り付ける。

パブストリートは

ゲートに「PUB STREET 」と電飾で書かれており、わかりやすかった。

結構多かったのは、建物の二階が、テラス席ありのパブになっており、生演奏と生歌のライブをしている店だ。その為、至る所から音楽が聴こえる。日本で言うと、ビアガーデンに近い。

一本向こうの通りや、脇道にも小さなパブがぎっしりだ。ここのパブストリートは、だいぶ規模が大きい。

更に一本道違う通りを歩いてみると、バザールもあり、寄ってみると衣料品から、靴、装飾品まで色々置いてある。

お店の人との会話も楽しい。

色々とバーやパブも覗いてみたが、僕は一階にあるこじんまりとしたお店に入った。

メニューを見て、ハンバーガーとポテトのセットが美味しそうだったからだ。

生ビールは50セントで相変わらず安い。

 

例の如く、狭いが 路上のテラス席で通りを眺めながらゆったり過ごす。

しかし、凄い賑わいと喧騒である。

カンボジアのエネルギーを感じる。

 

ハンバーガーは 竹クシを、バラけないようにさしてあるお洒落なやつがきた。

お腹が空いていた僕は、ハンバーガーに早速かぶりつく。しっかりとした肉を感じる。

なかなか美味しい。食べ終わり ひと心地ついた僕は、また周りを見渡す。

一人で呑んでいるのは僕くらいで、皆仲間と飲んでいる。そういえば、随分と一人で飲み行くのにも慣れたものだ。

日本では 1人ではあまり居酒屋やバーには行かない僕だったが、今は一人で店で飲む時間が 楽しくなっている。 困ったものだ 笑

食事が終わった僕は 他も回ってみようと、忙しい中、明るく立ち回っている女性ウェイターに会計をお願いし、店を出た。

通りを歩いていると、前歯の欠けた汚いオッサンが話しかけてくる。トゥクトゥクのドライバーのようだが、明らかに風俗の客引きのようで、どこで覚えたのか カタコトの日本語で

「オンナノコ!オンナノコ!スキ!!」

「ハーイ!アナタ!オンナノコト イロイロ!!」

としつこく話しかけてくる。

無視していると、ついには女性器の名前を連呼し始めた。

 コイツ。。頭がおかしいのか?!

僕はものすごい嫌悪感をその男から感じ、睨みつけた。酔いは一気に覚めた。

それを見たそいつは、舌打ちをひとつすると、客引き仲間の所に戻り、下卑た顔で笑い合っている。

よく見ると、そんな奴らがそこいらにいて、しつこく観光客に絡んでいる。

 最悪だな。。ここは。

なかなか 今の日本ではまずお目にかかれないタイプの、人間のいやらしさを持つ男である。

僕の人生の中でも数人しか見たことが無いような輩がゴロゴロいる。。

もし、ドラマで、彼の役を演じろと言われても、中々あそこまでのものを出すのは難しいだろう。それくらいの "卑しさ" を感じた。

僕は気分が悪いのと、もう十分だと感じたのも相まって、一旦 宿に戻ることにした。

帰り道は、一本道だったのも相まって、地図も開かずにすんなり宿に戻れた。

宿に自転車を返し、僕は初日に見つけていた、宿の近くの大通りを渡ったところにある、パブストリートに行くことにした。

何故、ここにまず行かなかったのかというと、道を入ってすぐの所に野良犬が結構おり、さらに暗がりに立っている男達も何か怖く。。

危険を感じて通らなかったのだが、行ってみることにする。何事も開拓者魂が大事である。

野良犬達をを刺激しないように、そろそろと歩きやり過ごす。

道の向こうに店の電飾は見えるが、そこまでは結構な暗い道だ。

暗がりに立っている、何をしているのか分からない男達も、かなり怖い。。

少し進むと、一本道の両側に店がズラーっと並んでいる所に出た。

かなりの規模のパブ通りだ。

建物があるというよりは、壁のない屋根がしっかりしている吹き抜けのスペースもある店が多いが、しっかりした建物の店もある。一軒、一軒が庭も広くて、結構大箱だ。

中を覗くと、どうやらキャバクラのような、ホステスさんが付いてくる店が多い。普通のバーはチラホラしかない。

僕は、普通のバーに行きたかったのと、生ビールが飲みたかったので、ホステスさんのいない、ライブをやっているバーに顔を出して

「ドラフトビアー?」と聴いて周った。

3軒とも「瓶ビールしかない」と言われ

「生ビールが飲みたいなら、向かいならやってるぞ」と妖しいピンクの電飾のお姉さんの店を教えてくれるが、あいにく僕はそんな気分ではない。

丁度、ストリートの真ん中を過ぎたあたりの右手に、これまた生演奏をやっている店があった。中を覗くと、カウンターが大きく、テーブル席もあるバーだった。

「ドラフトビアー?」と聞くと「イエス」と言う。

「ハウマッチ?」と聞くと「ヒィフティセント」と答えてくれる。(完璧だ!)

僕はここに入り、珍しくカウンターで飲むことにした。

そして、ここは大当たりだった。

 

周りを見渡すと、地元の人しかいないようで、観光客は1人も見当たらない。

通りを歩いている時からそうだったところを見ると、どうやら、この通り自体が、地元の人向けのパブストリートのようだ。

僕以外に観光客が1人もいないバーで 僕は、何故かカンボジアのバーのテレビに映る "竹中直人" さんを見ながら

(ジャッキー作品に竹中さん出てたんだ。。)

と呟きながら、ビールの泡に口をつけた。

一口飲むと、キンキンのキンに冷えていた。

何故なら、ここは、底に少し水を張ったジョッキをそのまま凍らせた。

氷のようなジョッキで、生ビールを出してくれるので、キンキンキンで飲める。

日が落ちて涼しくなったとはいえ、まだまだ暑いカンボジアだ。

最高に喉が気持ちいい!!

 

「凄い キンキンに。。

 菅井キンキンに冷えてやがるよぉぉお!!」

 

どうせ日本語は分からない人たちの中で、僕は思わずそんなくだらないことを言いながら、一緒に頼んだポテトフライをぱくついていた。。

 

ここのビールとポテト、そして値段は最高だった。

4、5杯飲んで、美味しかったので、ポテトをお代わりしたのに、会計は500円に満たなかった。

そして、これに気を良くした僕は この日以降、夜は必ずこの店に毎日来ることになる。

 

ついに3カ国目で僕は、

究極の生ビールを見つけたのであった!!

 

続く

 

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↑ 観光客向けのパブストリートと

    BARのハンバーガ

 

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カンボジアの地元のバーのテレビの中の

 竹中さん。 何か安心する。

 

 

遺跡の人々

 

名も知らぬ遺跡へのアプローチは続く。

だが、すぐに 次の遺跡に着く。

さすが ”スモールツアー” だ。

 

(ギュッと近場で周るんだなぁ。)

と思いながら、座っていると、トゥクトゥクはこじんまりとした遺跡の前で止まった。

ジェイクに説明され、遺跡へと促される。

だが 門をくぐろうとすると、相変わらず 厳しいチェックがある。

係員が厳しい顔つきで、顔写真までじっくり見て、通してくれる。

ひょいと 通ろうとした観光客が、厳しく呼び止められる。

(ここは本当に。。

 あのユルいカンボジアなのだろうか?)

と改めて感じる。

遺跡でのパスチェックでは、一切笑いが通用しないようだ。

 

ここでは、アンコール・トムの南門を小さくしたような、バイヨン寺院にある様な 人の顔がついた門があり、バイヨンに行けなかった僕は、テンションが上がった。

どこの遺跡も、入り口の 駐車場の一部のスペースでは、観光客向けなのか、パラソルの下で 服やお土産、飲み物を売る人たちがいる。

もう一つ驚いたのは、遺跡の中の ちょっと開けたところにも、服などをハンガーラックに掛けた、簡易の出店があった事だ。

その横では、少女たちが遊んでいる。

遺跡の少女たちは、僕ら観光客を見つけると 声をかけてくる。

首から下げた箱の中から、ポストカードを取り出して、

「ワン、トゥ、スリー フォー、

 ファイブ シックス、セブン エイト

 ナイン、テン。 ワンダラー!」

と、10枚で一組のポストカードを、わざわざ一枚ずつ数えて見せ、

最後に ”これで1ドルだよ!”  と言ってくる。

僕は、ポストカードはマレーシアで買ったものが まだ数枚あったので、

「ノー サンキュー」と首を振ると、気にした様子もなく、遊びに戻っていく。昼に降った雨でできた水溜まりで色々遊んでいるようだ。

どうやら、服を売っている出店の女性たちが、少女達の母親のようだ。

少女たちにとっては、遺跡が遊び場であり、公園であり、仕事場のようだ。

彼女たちは、来る観光客に、

必ず一回、この 「ワンダラー」 の呪文を唱え、その後はすぐに遊びに戻っていく。そんな彼女たちが遺跡と不思議に調和し、

初めて来た 縁もゆかりもない遺跡に、何か親しみを感じさせてくれるから不思議だ。

そして、遺跡の中にも、警備員風の係の人はいる。

その中の1人のおじさんは中々面白かった。

写真のスポットを教えてくれているつもりなのか、僕を見るなり いきなり手招きをし、

「ついて来い!!よし!ここを撮れ!

 次はここだ!!こっちだ!こっちへ来い!

 そうだ、とりまくれ!!そこだ!!

 今度はこっちだ!走れ!!

 ここだ!!ここを撮れ!撮るんだ!!」

と言って、遺跡素人の僕をアテンドしてくれて、よくわからない写真ポイント をいっぱい教えてくれた。そして最後に満を辞して!

「よし!!チップをくれ!!!」

と凄いテンポのコンボで言ってきた 笑

僕もそのテンポに併せて神速の切り返しで

「なんでだよ !?

   どうも ありがとうございました!!」

と断った。  もはや "遺跡漫才" である。

本当に遺跡には 色々な人がいるものだ。

そしてその人たちとのやりとりはとても楽しい。

彼らのおかげで、数百年前の王朝の遺物に、現代も 血が通っている気がした。

遺跡には猫も住んでいる。子猫が「あそんで~」と話しかけてくる。

首にかけているタオルを外して ジャラシて遊んでやる。猫はここカンボジアでも可愛い。

僕にとっての遺跡周りは、人や、動物との触れ合いでもあるようだ。

僕は僕なりの遺跡の周り方を堪能し、次の遺跡へジェイクにアテンドしてもらう。

つぎは赤茶色の平場の遺跡であまり面白くはなかったが、一通り周った。

その次は、階段が本当に急な、ある程度筋力とバランス感覚がないと上がれない程、急な階段を上らないといけない遺跡。

中国系の 少し年配の女性観光客の一人は、途中で上がれなくなり、周りの人達に引き上げて貰っていた。 降りる時も大変だろう。。

しかし、僕にとっても こんな急な階段は 人生初だった。遺跡保存の為か 手すりすらない。

子供の頃よく落ちる夢を見た。そんな夢の中でしか昇ったことの無いような 落下の恐怖を感じる階段である。

本当に急な所は 階段に手を着きながら四つん這いになって登る。

僕のイメージでは、遺跡はすべて

平地で見るものという感じがあったが、この高台に上り、イメージは一変した。

シェムリアップの観光は若い内に行った方がいい」と言われる理由が 何となく解った。

炎天下の下、ひたすら自分の足腰で遺跡を周り、そして中には日本では経験したことも無いような 急な階段や段差を 昇り、下る。

登山にも似ているかもしれない… とにかく体力勝負になるからだ。

だが、頑張って登った遺跡の高台から眺める景色は、また素晴らしい。

アンコールワット」も

森の中の ”木々に埋もれていた” と聴いたことがあるが、ここの遺跡の向こうも、森になっている。森の中に遺跡があるのだ。

後で調べるとここは、夕陽スポットでもあったようだ。

 

午後から周るという強硬スケジュールの割には、結構遺跡も周れ、充分楽しめた。

暗くなり、僕は 大満足で宿へと帰った。

遺跡はライトアップなどされていないので、陽のあるうちに周らなければいけない という初歩的な事も、この初日に学んだ。

宿に帰ると、さっそく店主と打ち合わせをする。

日程を決め、どこに行くかを話し合った。

僕の遺跡パスはあと二日分しかないので、しっかりと話し合う。

僕は明日 明後日で周って、最悪まだ行きたいところがあったら、一日だけパスを買い足す事を考えていたが、彼の組んでくれたスケジュールで、行きたいところは ほぼ周れそうだった。

…少し強行軍ではあるが。

 

明日は「ベンメリア」に行くことに決まった。

この遺跡は、僕に「深夜特急」を勧め、アジアへの旅まで勧めてくれた、旅好きの 俳優であり友人が、出発直前に相談すると、

これまた「絶対に行った方がいい」と勧めてくれていた場所だ。

僕は宮崎駿さんの作品で一番好きなのは

「天空の城 ラピュタ」である。

年中さんの時に 幼稚園で見たこの冒険活劇は、僕の役者人生にも少なからず影響している。

この「ベンメリア」遺跡は、

 ラピュタの舞台なのでは。。?

まことしやかに言われている遺跡なのだ。

ぼくはここでパズーごっこをすると決めていた。なので、二日目に回ることにしたのだ。

店主が言うには、この遺跡は郊外のかなり離れたところにあるらしい、ほぼ一日潰れるし 割高との事だったが、僕は迷いなくこのツアーを組んだ。

三日目はアンコールワットや、バイヨンを周る

「ビッグツアー」 なるものに行くことにする。

 良し! これで安心だ!!

と僕は例のごとく、くたびれた身体と、乾いた喉を潤す為に、夜遊びに出かけることにした。

 

続く

 

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↑ 遺跡の仔猫さん 人懐っこい☺️


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↑ 遺跡にいる ワンダラー な、元気一杯の子供たち


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↑ あとから調べたところこの3つ目の遺跡は

 「タ•ソム」と言う遺跡のようだった。


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↑ おそらく「東メボン」遺跡かと 笑


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↑ 凄い角度の遺跡である
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↑ たぶん 「プレループ寺院」だと思う。。

 本当にどこを周っているのかが

 判らなかった 笑



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天地のキャンバス

 

名も知らぬ遺跡の、門や壁のレリーフを見て周り、真ん中にあった祭壇に、祈りを捧げた。

 

初めての遺跡を一通り回った僕は正直

 うーん。。こんな感じなんだなぁ。

と特に感動はしていなかった。

理由は、まったく知らない遺跡だった事と、壁に張り付いた大木以外は、あまり面白くなかったからである。

遺跡の壁には、クメール王朝時代のものなのか、ほぼ全ての壁は レリーフが彫られており、それを楽しんだりするのが、遺跡の作法なのだろうが、どうもピンと来ない。。

 僕は遺跡の観光に

 向いていないのでは無いだろうか?

と悲しい疑問が頭をもたげる。。

それを押し殺して、次の場所に行くために 出口から出る。

出口ではジェイクがゆったりとトゥクトゥクの客席の方に座って、携帯をいじっている。

声を掛けると「もう良いの?」と聞いてくる。そういえば…と思い 時間を見ると、まだ30分ほどしか経っていなかった。

僕は「もう大丈夫」と言って頷いた。

トゥクトゥクに乗り込みしばらく走ると、ジェイクはバイクを止めた。

周りを見渡すと、遺跡ではなくて、湿原のような湖がすぐ横にあり、それを見渡せる広めのデッキがすぐ先にあった。

ジェイクはバイクを降りて、後ろの客席に来て話しかけてきた。

「マサミ、お腹は空いていないかい?

 これからランチタイムだよ」と。

腕時計を見ると、確かに昼をだいぶ過ぎていたが、まだ遺跡をひとつしか回っていない。。

あとはオフィスに行っただけである 笑

 

どうしようかと思って、ふと右手の湖を見ると、空の一部だけ雨が降っているのが見えた

(ん? なんだあれ?? ) と思い

 ちょっ、ちょっと湖を見ても良い?

と聞くと、ジェイクはうなずき、ここで待っているからと、ジェスチャーをした。

先ほど見つけたデッキにのぼる。

そこから見た景色は、世にも不思議な光景であった。

 

湖の上には雲がかかり  ざぁぁあ。。と雨が降っている。しかし、その向こうの空は晴れ渡っている。

 

正面は 雨の向こうに 青空。晴れ間と雨雲が同居する、不思議な空が向こうに見える。

また、右手の空は晴れ、左手の空は雨雲だ。

  それはとても不思議な光景であった…

僕は暫く惚けていたが「そうだ!」と思い、iPhoneの動画を回した。

やがて雨が僕のところにまで降り注いできた。

ジェイクが呼びにくる!

「もう少しだけ良いか?!?」と大声で聞くと、待ってくれた。

マレーシアで買ったトラベルバッグから、折り畳み傘を取り出し 差すが、スコールと言って良いほど、雨が激しくなり、再び「戻れ」と催促される。

僕は今度は、ジェイクに言われるままに 客席に戻って 飛び乗る。ジェイクは雨の中、トゥクトゥクを走らせ、100メートルくらい先の、小さなローカルレストランの軒先に、トゥクトゥクを止めてくれた。

お陰で 僕はほとんど濡れなかったが、ジェイクはびしょ濡れである。

(本当に申し訳ない事をした。。)

と、景色を見る為に粘ったせいで、彼をびしょ濡れにしてしまった事を後悔した。

ジェイクに謝ると、笑って「気にするな」と手を振っている。僕が席に着くと、

彼はシャツを脱いで、軒先で絞り始めた。

不思議なもので、空は既に晴れている。

僕は席に着き、まず、お詫びに彼に、温かいコーヒーを注文した。ジェイクのトゥクトゥクを指差し

「これを彼に届けてくれる?」と聞くと、英語が通じたので、頷いてくれた。

ほっとしながら、自分の昼ごはんを頼む。

観光客向けの店なので、写真入りのメニューが置いてある。

僕は、鳥肉入りの野菜炒めらしき物とライスのセットを頼み、先ほど見れた素晴らしい景色に乾杯する事にした。ビール頼む。

しばらく待つと、ビールが僕に、コーヒーがジェイクに運ばれていった。

アンコールの缶ビールを飲んでいると、僕の前にも食事が届く。

結構美味しそうだ。

たが、食べ始めると…(うん。。?うまい?)という味だった。。

まぁこんな物だろうと、ビール片手に食べ切る。

会計を済ませ、トゥクトゥクに戻ると、ジェイクはシャツを着替えた様で、ニコニコしながら、コーヒーのお礼を言ってくれた。

「では次に行くから」とジェイクは、トゥクトゥクを走らせる。

気合を入れて「OK!」と返事をし、出発したはいいが、次の遺跡はすぐそこだった 笑

遺跡は、先程の湿原の様な 湖の中にある様だ。

例の如く 周る時間を言われ、僕は遺跡へと向かう。

ここでも奇跡が起こった。

湖の真ん中に遺跡はあるようで、そこまで、真ん中を一本道の 小道で向かうらしい。

小道の左右には、湿原の湖が広がる。

雨が降って、すぐに晴れたせいか、空気中の不純物が無くなり、水面が鏡の様になり、美しい青空と雲を反射して「逆さ富士」の様に、美しい 晴れ渡った景色が、水面から線対象のパノラマとなる。

 奇跡だ。。なんて美しい景色なんだろう…

僕は感動してしばらくそこから動けなかった。

この景色を見れただけで、シェムリアップに来た甲斐があった。。 と強く思った。

僕はしばらくこの小道に佇み、景色を堪能していた。そして、十分景色を見て満足した僕は遺跡に進んだ。

 

遺跡はこじんまりとした遺跡だったが、美しかった。

先程感じた(遺跡巡りに向いていないのでは?)などという考えは、すっかり頭から消し飛んでいた。

 

いきなり素晴らしい景色を見れた事で、僕はこの遺跡の街に、温かく迎え入れて貰った様な気がしていたのだ。

そのせいか、遺跡を周る気持ちもだいぶ変わっていた。

「見よう」と思うのではなく "ただ感じよう" と思い直したのかもしれない。

きっと自分にとって 合わない遺跡もあるはずだ。そうしたら、さっと周って帰れば良いし、逆に感じるものがあれば、じっくり周れば良いのだと。

肩の力が抜けたぼくが遺跡から出ようと、湿原の中の土の小道に戻ると、またビックリした。そこにはさっきまで無かった、小さな出店が出現しいていた。4、5軒が魔法の様に、急に現れていた。

(きっと雨が止むまで

 どこかに避難していたのだろう。。)

服や涼しげな女性用のカンボジアズボンや、Tシャツなどを売っている。それらはハンガーラック掛けられ、他にも箱の中にも色々ある様だ。

僕はせっかくなので少し覗いてみる事にした。お洒落な半袖シャツを発見した。

水色のアンコールワットのプリントがされた、ちょっと綺麗なシャツだった。

おばさんが、当ててみろと言うので、自分に当ててみる。ご丁寧な事に、姿見の鏡まである 笑

 あれ?!これ似合うんじゃない?!

と思った僕は、彼女に「これ似合うかな?」聞いてみると、彼女は笑顔で大きく頷いてくれた。

その人の良さそうな笑顔と、シャツが気に入った僕は、このシャツを買う事にした。

雨が上がり、蒸し暑くなった事で、僕はまた大汗をかいていたので、このシャツを買い、着替える事にした。値引き交渉をしてみると

「良く似合うからいいよ」と少し安くしてくれた。200円くらいでシャツは買えた。

その後僕はトゥクトゥクに戻り、出発前にそのシャツに着替えた。

ジェイクも

「良く似合うね。カンボジア人だ 笑」

と冗談を言ってくれたが、景色に祝福されて、さらにカンボジアのシャツに包まれ、僕は この遺跡巡礼が「ようやくしっくり来始めてきたな」と感じていた。

 次の遺跡はどんなだろう?  楽しみだ!!

ジェイクのトゥクトゥクは、土埃を上げながら、颯爽と次の遺跡へと走り始めた。

 

続く

 

雨の向こうの青空 動画

https://m.youtube.com/watch?v=gB2WAv4cqiE&feature=share

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↑ ローカルレストランでの昼食

 

 

天地のキャンバス(ニャック•ポアンの小道)動画

https://m.youtube.com/watch?v=r1-6-DknmIc&feature=share



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↑ ニャック•ポアン

 

 

 

究極のガソリンスタンド

 

早速ジェイクに乗せてもらって、遺跡に向かう。「スモール ツアー」とやらに出発である!

 

市街を抜けると、ジェイクのトゥクトゥクは、またしても一本道をひた走る。

 

いきなり遺跡には行かない。その理由は、ある場所に着いて ジェイクに説明されて分かった。

最初に着いたのは郊外にある、オフィスだった。実はカンボジアの遺跡は、遊園地の様に

入場券がないと入れない」というのだ!!

びっくりしたのだが、まず、管理オフィスに行き、一日パスか、3日間パスか、7日間パスかを選び 買う。

パスがあれば、その一日は、だいたいどこの遺跡へも入れるらしい。

日本も、奈良や京都の有名なお寺などは、入場料を取るので、似た様なものだろうと思うが…しかし「1日パスポート」とは、なかなか ワクワクさせてくれる 笑

 

受付の若い女性に聞いてみた。

「大体みんな 何日のパスを買うのか?」と

すると「3日間パス」が一番売れているらしい。

僕はシェムリアップにいるのは5泊6日の予定だ。迷わず「3日間パス」を買う事にした。

値段は、三日間で ”62$” とかなり高い。。しかし、この街に来て遺跡を周らなければ、シェムリアップに来た意味自体が無くなる 笑

(きっとこのお金もビザと一緒で、

 この国の大事な収入源なのだろうな)

と思いながら お金を払うと、受付の窓口の 横に置いてあるカメラで、パス用の顔写真を撮ってくれる。

顔写真を撮って、パスポート並みの本人確認をする所を見ると、どうやら遺跡を周る パスの管理は、かなり厳重なようだ。

パスを見ると、有効期限は10日間で、その期間内で 任意の3日を周れるらしい。

僕は出来上がるまで 暫く横にずれて待ち、やがて出来上がった、僕の顔写真入りの紙のパスを、パスポートのコピーを入れていた、パスポートケースに入れた。

ジェイクと共に、再びトゥクトゥクに乗り込み走り出す。

 ついに僕は いま遺跡に向かっているのだ!

とテンションが上がる!

ところが、そんな僕に水を差すように、ジェイクが「ガソリンを入れたい」と言ってきた。

こちらは「OK」と言うしかない…が、前のドライバーさんもそうだが

 ”仕事の前にガソリンをちゃんと入れておく”

という日本では当たり前のことはしないらしい。カンボジアらしいといえばそれまでだが 笑

 

そしていざ "ガソリンスタンド" に着いて、僕は…目が点になった。。

それは道端にあった。

道のすぐ横に、鉄の陳列棚があり、そこには薄茶色に煤けた ペットボトルや瓶が並べられ、中身は何かの透明な液体が入っている。。?!

そうなのだ!!

ここは 個人経営の、ペットボトルや瓶の中のガソリンを給油する 小さなガソリンスタンドなのだ!!

「ガソリンは気化しやすいので、密閉性の高い、専用の容器で保管してください!」

と ガソリン不足の東日本大震災の時に、さんざんテレビで注意喚起されていたことを思い出しながら。。

 マジか。。ヤバすぎでしょうこの保管方法。。

と衝撃を受ける。

しかもここは40℃越えのカンボジアである。さすがに パラソルで直射日光は当たらないようにしているが、、気休めにしか感じない。。

しかも売っているのは若い母親だ。

そう、母親だと分かったのだ…。理由はお分かりだと思うが、ガソリンのすぐ側には、小学校の低学年であろう可愛らしい娘さんも居たからである!!

 あっぶなくない??!! えええ??!!

 えーと。。 これは現実なの??

と僕は固まっていた。

そんな僕をしり目に、ジェイクは にこやかに談笑しながら給油を頼んでいる。

ペットボトルから バイクの給油口に

ドッポ トッポポ  とガソリンが注がれていく。。

 

そして、なんとすぐ向かいを、咥え煙草のおっさんのスクーターが走っていく!?

 あ、危なすぎるだろう!! あ、あっぶねぇ!

ガソリンは揮発性が高いので

「結構離れていて密閉されてなければ引火する」とテレビで言っていたのを思い出す…。

日本の消防局員や、児童相談所の人が見かけたら卒倒しそうな光景である。

この出来事は、僕にとっては この旅に出てからの中でも、一番の衝撃だった。

給油が終わり、トゥクトゥクは再び走り出した。

しばらく走っている間に、僕はさっきの出来事から受けた衝撃を 頭の中で整理していた。

 一体なぜあのような「G.S.」

 誕生したのだろうか…? うーむ。。

確かにプノンペンで見た、

「ちゃんとしたガソリンスタンド」を作ろうとすると、相当なお金がかかるし、実際は数軒あるのだろうが、ここシェムリアップでは そこまで行くのに相当距離があるのだと思う。

なので、このような ”ガソリン売店” が出来るのも生活の知恵なのだろう。

きっと、営業するうちに受け継がれてきた、実体験や経験で

「ここまではやっても引火しないみたいだよ?」

という実地の営業で、ガソリンを管理をしているのだろう。

 

何にせよ、僕はアンコールワットに行く前に、人生が変わるような衝撃を体験してしまった。。

 さすが神秘の街 シェムリアップである 笑

トゥクトゥクはそのまま順調に走り、元来た道を戻って行く。

やがて、石で出来た 遺跡の門の前についた。門には人(仏様?)の顔が付いている。

ジェイクに、「アンコール・トムの南門だ」

と説明されて、携帯で記念撮影をしてもらう。

何枚か撮ってもらい、そしてトゥクトゥクに乗り込む。

そのまま中の「バイヨン寺院」に行くのかと思いきや、トゥクトゥクは、Uターンして走り出した。

一応バイヨンは知っていて、楽しみにしていたのだが…

「今日はここには行かない」とジェイクに言われる。

残念だが、今日の「スモールツアー」には、バイヨンは含まれていないらしい。

だが、全て 朝寝坊な自分が悪いので、また明日以降に来ることに決めた。

 

恥ずかしい話だが

今日どこに行くのかもわからないツアー」に、僕もよく申し込んだものである。

最初はこじんまりとした寺院というか 廃墟?に着く。

「一時間後に待ち合わせなので好きに周ってきて」

とジェイクに言われる。

 ええと、一緒に行ってガイドしてくれないの?

と聞くと「僕は パスが無いから 中に入れない」と肩をすくめて言われる。

どうやら、日本人の添乗員のいるような、

 「ちゃんとしたツアー」 以外は、

基本、遺跡に送り届けて貰い、指定された時間内で、自分自身で  勝手に中を周る。 というのがスタンダードな現地のやり方らしい。

少し不安だったが、まぁしょうがない。。 僕は名前も知らぬ廃墟へと歩き出した。

後で自分で気付くのだが、「廃墟=遺跡」なのだから、廃墟なのは当たり前なのだが、

日本の文化財の寺院と違い、あまりに ”廃墟感” が丸出しだったので、僕は その時そう感じていた。「廃墟じゃん??」と 笑

正に、遺跡素人感 丸出しである。

遺跡に入る前に、しっかりとパスを確認される。3つある○の中の一つに 穴をパチンと開けられる。一日分のパスの利用が始まったのだ。

チェックをする係の人は、ホーチミンで見た、「警備員の制服」に良く似た格好で、黒のパンツに、水色の長そでのYシャツを着ている。

きっと国が雇った方達なのだろう。

かなりチェックは厳しい。。  本当に、

「あの ぬるぬるいカンボジアなのだろうか?」

と改めて感じざるを得ない程の、厳しいチェックだった。

カンボジア王国の本気を…

「観光業で なんとか!!

 国の収入を確保するぞ!!」

という、恐ろしい程の意気込みを感じた。

カンボジアに来て、初めて感じるガチの空気である。。

 

選挙の時のアルコール禁止の法律など、屁の様なもので、

 観光客からきっちり国の財政を確保するぞ!!

というカンボジアの本気を感じながら。

僕は人生初のカンボジアの遺跡に足を踏み入れていた。

 

続く

 


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↑ 衝撃のガソリンスタンド。。


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↑ 近くの池


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↑ アンコールトム 南門


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↑ 遺跡内で「ここに座りな」と、中にいる

     警備員に言われて写真を撮ってもらう

     そのあとチップを要求されるが断った…


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↑ 廃墟感抜群の木の浸食

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↑ 後で調べた所この最初の遺跡は

「プリアカン」という遺跡だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴムゴムのトウモコロシ。

 

パブの2階に上がり、外がよく見える席に座っていいかを聞き、そのスタッフに、いつものようにすぐにビールを頼んだ。

 

彼はすぐに、よく冷えた瓶ビールを持ってきてくれた。メニューを見ると、とうもろこしの揚げ物があるらしく、美味しそうだと思い、それを頼んだ。

こういうところのミュージシャンは、どれくらいお金が貰えるのか、どうなのか分からないが、とにかく上手だ。プロだなぁと思うレベルの人たちが多い。耳が洗われる。

2階は 結構混んでいたが、家族連れなどで、あまり、音楽は聴いていない。

僕は曲の終わりのたびに拍手していた。

やがてコーンの揚げ物が来た。

コーンまるごとではなく、缶詰のつぶつぶコーンを そのまま上げた感じで、意外だった。

山盛りのそれをスプーンですくい、口に放り込むと、結構硬い。。というか、歯応え??

ギュムギュムとゴムのような強さがあり、なかなか飲み込めない。。

ぼくはその後、3口ほど頑張ったが、食べるのを諦めた。

顎が疲れ切ってしまったからだ。

僕は顎の力を鍛える為に、わざわざこの店に来たわけでは無い 笑

他のメニューを頼む気が失せた僕は、曲を聴きながら、テラス席から見える大通りを眺めながら、もう少し雰囲気を楽しんだら、向いにあるこじんまりとしたお店に行こうと決めた。

ひょっとしたら、山盛りコーンの「下の方はイケるのでは?」と

最後にもう一度だけ、下の方をすくって頬張ってみたが、コーンは変わらず、僕の顎を鍛え続けただけだった。。

 

(店の雰囲気も、歌もいいし、

 ビールは美味いんだけどね〜。)

なんか…、もったいないなぁ。。

と思いながら、会計を頼んで店を出た。

 

咬合力(噛む力)が格段にアップした僕は、通りの向かいの店に、その成果を見せに行こうと大通りを渡った。

夜になってはいるが、結構車は走っている。

こじんまりとした、扉もない店に顔を出すと、16歳くらいの少年が、カタコトの英語で話しかけてきてくれた。

他のお客さんの食べている炒め物も、美味しそうだ。

僕はここで夕飯を食べる事にして、席に着いた。

まずはやはりビールだ。

ここは、カンボジアのビールの「アンコール」だけではなく、瓶のタイガービアーも置いていた。マレーシアぶりのタイガービアである。

懐かしくてそれを頼んだ。

瓶ビールは、触るとぬるかったが、その後すぐに、氷を入れたジョッキを置いてくれた。

どうやら、冷蔵庫で冷やさず、氷でカチワリにして、冷やして飲むらしい 笑

このシステムは初めてだった。

しかもカンボジアの氷だ。。

 ええと… 大丈夫かしら??

とは思ったが、氷は 昔の飲食店や昔のマックで使っていた様な、小さな 四角いダイスの様な氷ではなく、結構ちゃんとした筒形で、中に空洞が空いている、円柱のしっかりとした氷である。

周りの人も普通に その氷で呑んでいる。

僕は、大丈夫だろうと 郷に入り従う事にした。

旅の最初の "食べてはいけない5箇条" は、旅の間に だいぶ様変わりしていた。

ホーチミンで、猫を美味しいと言っていた友人の女性に、僕は 他にも聞いていた事があった。

ベトナムの人はお腹を壊さないの?

 お腹が強いの?」と質問をして

「ちゃんとお腹を壊します。

 よく壊します。 同じ人間ですから。

 貴方がお腹壊すものは 私達も壊します。」

と丁寧に怒られていた。

 

そんな僕は、現地の人が大丈夫なら、大概のものは大丈夫だと、ついに腹を括っていたのだ。

だって 同じ人間だもの。

 

僕は氷にビールを注ぎ、飲む事にした。

凄く泡立つ 常温ビールを慎重に入れ

飲んでみると、スッキリして美味い!!

 やるな!! カンボジア!!

と僕はそのまま、回鍋肉風の豚肉の野菜炒めを頼み、チャーハンも頼んだ。

2杯目のカチワリビールを頼んだあたりで、料理が来た。

ゴムゴムも、ワシワシもしていない、美味しい野菜炒めだった。

僕は断然、ビールが進み、大量に摂取していく。どうやらお腹の具合は大丈夫そうだ。

瓶ビールを4本飲んで、僕はその日は大満足して宿に帰った。

宿の玄関扉を開け、さらに宿の扉を開ける。

フロントの店主の奥さんが、挨拶してくれる。

 

僕は「グッドナイト!!」と言ってから、2階に上がり、そのままベッドに倒れ込んで寝てしまった。 シェムリアップも最高である!

 

…翌日、僕は10時半過ぎに起きた。

やはり移動日の翌日は、早起きが出来ない。。

ベットで少し ぼぉ〜っとしてから、シャワーを浴びた後、昨日頼んでおいたモーニングを食べに向かう。

どうやら幸いな事に、お腹も無事なようだ。

部屋を出てすぐ右手のテラスに向かう。

僕の他には、男性が1人モーニングを食べていた。「ぐっどもーにんぐ」と挨拶をし、隣のテーブルの席座った。

若い宿の女性スタッフに挨拶をすると、しばらくすると、モーニングを持ってきてくれた。

内容は、一般的なスクランブルエッグとパン、スープとサラダ、置いてる皿から取るフルーツ付きのモーニングだった。

フルーツは何種類かあり 食べ放題で、パンはお代わりして良いとの事であった。

味は。。かなり普通だった。

フルーツ好きなら最高のモーニングだと思うのだが、残念ながら僕はあまりフルーツが好きではないのだ 笑

 これだとちょっと割高だなぁ。。

と感じた僕は、次の日から、モーニングは頼まない事にした。

 

その後、フロントに降りて、ツアーの相談をする。

昨日説明して貰っていたのだが、この宿の良いところは、宿がツアーを主催している事である。移動手段がトゥクトゥクのこの街では、遺跡を周るには、トゥクトゥクを貸し切って周るのが一番効率的で、一番経済的だ。

僕もここに来るまでは、遺跡が、ギュッと固まっている街だと 勝手に思っていたが、Googleマップで場所を見てみると、アンコールワットですら、宿から歩いて行ける距離にないし、遺跡群は、各地に点在している為、かなり移動しなければならない。

もちろん、アンコールワットやアンコール・トムのバイヨンの様に、隣り合って遺跡が固まっている所もあるが、それでも、徒歩移動だけだと無理だろう。

 

この宿には3人のお抱えのトゥクトゥクドライバーがおり、1人は英語と少しの日本語、もう2人は英語が喋れる。彼らは宿の送迎だけでなく、ガイドも兼ねているのだ。

そして、最初に宿で 値段を確認し、交渉できる事が大きい。トラブルがあっても、宿にクレームを入れたり、責任を問える。

 

実は、シェムリアップトゥクトゥクは、個人で頼もうとすると、かなりの交渉力を要するらしいと聞いていた。

ぼったくりも普通にあるし、英語が怪しい人も多く、最初に値段を取り決めるのも一苦労だ。とり決めたはずの値段も後から

「そんな事は言ってない!」と、ひっくり返され、吹っかけられる事も多いと。

トラブルにあっても、相手が流しのトゥクトゥクだと、泣き寝入りするしかない。

それを分かっている悪質ドライバーが 結構いるらしい。勿論、逆に優良なドライバーさんもいるに違いないが、それを自分で判断し、交渉し、コミニュケーションを取り、自分で行きたい所を決め、そこに行ってもらえる様に話し合う。。

こういう事が好きな旅人もいるだろうが、初海外の僕にはハードルが高すぎる。

僕は、多少値段が高くても、こういうストレスや、手間は回避する事に決めていた。

僕の「安全をお金で買う」という考えは、予防注射を打ちまくっていた、新横浜から変わっていない。

そんな僕が、フロントにいた宿の主人に、ツアーに行きたい旨を話すと「えっ?」という顔をされ、彼は時計を見て、考え始めた。

どうやら、昼から行けるツアーは限られているらしい。

 もう少し早く起きるべきだった。。

とちょっと焦っていると、メニューを見せてくれ「small tour」というものを勧めてくれた。

僕は、何日かに分けて遺跡を巡るつもりだったので、初日は彼に言われるままに、そのツアーに決めた。値段も安かったし、実は正直、どこに行ったら良いのかも分からなかったからだ 笑

 

彼は、すぐに表に出て、トゥクトゥクドライバーを呼んでくれた。

黒いキャップの若い男性。

それは、昨日迎えにきてくれたジェイクだった。

僕の遺跡周りは、彼と共に始まる事となった。

 

続く

 

https://youtu.be/hN3cHUFFcoU

シェムリアップの最初の夜 パブにて

 

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↑ パブの2階のテラス席と

    そこから見える大通り

 

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↑ モーニングのテラス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遂に遺跡の街 シェムリアップに到着

 

飛行機は順調に飛び、まだ明るい内に、シェムリアップの上空に達していた。

 

飛行機の中で、通路側の席から地上が見れないか?と思って試行錯誤してみたが、無理だった 笑

もう、睨めっこで笑ってしまった時点で、隣の彼女を許してしまっていた僕は、あんまりやると、彼女に 嫌味になるので、流石にそれは良くないと思い、ある程度で諦めた。

やがて飛行機は、無事 空港に着陸した。

プロペラ機だったが、思ったより揺れもせず 快適だった。

 

空港に着き、皆で降りていく。

ふと 隣の彼女を見ると

「本格的な登山にいくのか?」と言うほど、大きなザックを普通に背負って、飛行機を降りて行った。

ちゃんとした国の飛行機なら、きっと機内持ち込みは止められる大きさだと思うが、ここでも流石のカンボジアらしさだ。 素敵だ 笑

空港の小さなロビーに出て、我慢していたトイレに行って戻って来ると

彼女は携帯を片手に、大きな荷物を背負ったままで、まだ空港ロビーに立っていた。

それをみた僕は、、理由は分からないが、

女性一人で、過酷な旅を黙々と続けているであろう彼女の、厳しさというか、寂しさのようなものを勝手に感じてしまった。

もし機内で 感情に任せて、「ガーッと」彼女に何かを言っていたら、この光景を見て、きっと僕は後悔していだろうと思い、踏みとどまって良かったと改めて思った。

やはり、敵意や、悪意は自分に返ってくるものだと深く感じた。 いい勉強だ。

 

その後僕は、空港に着いた旨を、宿にメールで知らせる。

実は 今回取った宿は、安い割には、迎えのトゥクトゥクが無料サービスで付いていた。

(逆に 空港へ送りは有料だった)

僕はビールを飲みに行く前に、遅れる旨を宿とメールでやりとりし、飛行機が飛ぶ直前に、大体着く時間をメールしておいた。

早速メールが返って来る。

「Jake」と言う若者がすでに待機しているので、駐車場に出て欲しい とメールが返って来た。

空港の建物から外に出てみると、すぐに駐車場になっている、見回してみると、トゥクトゥクのそばに立っていた若い男性が寄って来た。

「hello. Mr.Masami Azuma?」

と聞かれる。

どうやら、彼が宿からの使者のようだ。彼は英語が話せると、宿からのメールで知っていた。

挨拶を済ませ

 よく、すぐに僕が 宿泊者だと分りましたね?

と聞くと彼は、

「君が日本人だからすぐに分かったよ。

 ここから出て来た日本人は君だけだ」

と笑いながら答えてくれた。

彼こと「ジェイク」は、チノパン、半袖のポロシャツに、黒のキャップを被る、オシャレな感じのイケメン青年だった。

早速トゥクトゥクに乗り込み、そしてトゥクトゥクは走り出す。

彼は日本語の企業名「COSMIC コスミック」

と書かれたヘルメットを被っている。

聞いてみると「日本製だよ」と自慢してくれた。どうやらここでも安定の

「メイド・イン・ジャパン」らしい。

走り出すと、正面にはフロントガラスも何もなく、吹き抜けているので、風が直接顔に当たる。。結構風で疲れる。

僕はずっとハタハタ はためいていた。。

プノンペンで 空港に行くために乗った、おじさんのトゥクトゥクは、渋滞でスピードをあまり出さなかったので気付かなかったが、スピードを出したトゥクトゥクの風はかなりきつい。。

僕は今日、人生で初めてトゥクトゥクに乗った事に 今更気付いていた。

バタバタしていて、プノンペンでは気にしていなかったが、今日は 人生初のトゥクトゥクに、1日に2回も乗っているのだった。

トゥクトゥクは、夕暮れになろうとしている道をひたすら走る。

道は、一本道の田舎道だ。アスファルトの道だが、この一本の横はすぐ家か、土の小道か、木や池、林となっている。

道の左右にちらほら家が立っている程度で、他には 行けども何もない。

空が低く、空の果てまでよく見える。

ベトナム国境から プノンペンまでの田舎道など、まだ都会の道だったのだと気付いた。

そしてこの景色は、今までの国で、もちろん日本でも見た事のない景色だった。

そして日は暮れていく。。

 

市街に入ると、結構お店も多く 栄えており、大通りは、左右にもあり、アスファルトの道も多い。だが、土の道も脇道にはまだある。

やはり、プノンペンは大都会で、シェムリアップは有名とはいえ、遺跡が見つかるまでは、ただの田舎町だったのだろうと思う。

だが、観光地や都市ばかりを移動してきた僕には新鮮で、すぐにここが好きになった。

やがて、大通りから右折し、一本脇道に入って少し行った、角にある宿に 僕は到着した。

宿は綺麗な三階建てのゲストハウスで、大きな一軒家といったような作りだった。

一階の受付に行くと、50代の白人男性が 英語で対応してくれた。

彼は宿のオーナーで、イギリス人だという。カンボジア人の奥さんとこの宿を経営しているのだそうだ。

英語が喋れるスタッフさんがいるのは、非常にありがたい。

彼に色々説明してもらい、二階のシングルルームに案内してもらう。

二階に上がると右手に屋根付きのテラスがあり、ここは、モーニングなども食べれるし、カフェスペースとしても使ってください とのことで、2人掛けテーブルが 8つくらいある、気持ちのいいスペースだった。昼にはレストランとしても営業しているようだ。

モーニングは前日に予約制で、別料金だったが、テラスが気に入った僕は、さっそく 明日の朝食を予約した。

また、案内された部屋は かなり広く、非常に清潔の上 ベッドもダブルサイズで、シャワーとトイレ付きだ。椅子と机、テレビまである。テレビは懐かしいブラウン管テレビだ。

これでシングル 一泊 1,000円弱とは、間違いなく破格だ!

 またしても当たりの宿を探し当てたぞ!!

と僕は興奮していた。

 

ところがである。。

荷物を整理し、少し部屋で休んでいると、隣から 物凄い下手なカラオケが聞こえてきた。

中国語らしいが、それでも下手だとわかる。

 ボォおあぁー♪ ぼボヘェエーぇえ! ♪♫

と、本当にそう聞こえる。

どうやら隣の住人がカラオケを始めたようだ。しかも酔っているようだ。

中国語による

 ぼぉおへぇーみぁあーん♫

なラプソディは終わることなく20分以上続いた。。

移動で疲れていた僕は、流石に我慢ができなくなり、下に苦情を言いに降りて行った。

フロントにいた店主は 僕に笑いかけてきたが、僕の表情を見て、笑うのを止めた。

 あのカラオケはどうなってるんですか?

 あんなのがあるとは聞いてないですよ!

 もし、あれがずっと続くようなら、

 宿を変えるから、そのつもりでいて下さい!

と強めに言うと、少し困った顔をしていたが、

「あれは、長くは続かない。

 滅多に無いことだから安心して欲しい」

と言われた。 僕が、

  ホントの本当にほんとうですね?

と念を押すと

 「本当のホントにほんとうだ。」

と真顔で言ってくれた。

 

僕は彼を信じる事にし、部屋に戻った。

 

すると 不思議な事に、謎のカラオケは綺麗さっぱりおさまっていた。

 

カラオケにしては随分短い。。

オーナーが何か言ってくれたのだろうか?

だが、お隣さんは、たぶん 普通に住んでいる人だろうから、隣の宿から「静かにしてくれ!」と言うのは、流石に難しいというのは、僕でも解るが。。

謎は深まるが、とにかく もう二度とこのような事態にならない事を祈るばかりだ。

 

静かになった部屋で 一休みした僕は、夕飯と散歩を兼ねて、街に出る事にした。

すっかり暗くなった道を、土地勘が無いので とにかく明るい方へと向かう。明るい大通りなら、安全なはずだからだ。

大通りに出て、左に曲がり 少し行くと、オシャレそうな二階建てのパブがあった。

入り口を入ると、清潔感のある ちゃんとした黒の制服とサロンをした 上品そうなおじさんが挨拶をしてくれる。

メニューを見ると、普通の値段である。

2階は屋根付きのテラス席になっており、生演奏もやっている。

歌手が歌う曲はよくわからないが、とても上手だ。先程の「ぼへぇーぁあんな ラブそでぃ♪」とはえらい違いである。

2階の席でもいい? と聞くと「もちろん!」と 彼は気持ちよく答えてくれた。

僕は耳を浄化する為にも、ここの涼しげなテラス席で、大通りを眺めながら 一杯やる事にした。

 

続く

 

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↑ ついにシェムリアップ国際空港到着

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↑ 道を走るジェイクとはためく僕

 

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↑ 広くて綺麗な部屋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窓とTシャツと私

 

アンコールワットに行くと人生観が変わるよ。

なんでって?  ふふふ 行ってみればわかるよ?

 

と、旅行好きの大学生に 言われた訳ではないが、僕はワクワクしていた。

 

そんな僕が、搭乗手続きをしに行くと

なんと! 飛行機が遅れていた。

カンボジア・アンコール航空のスタッフに聞くと、あと2時間以上は遅れるらしい。。

これまでの旅が 今まで順調過ぎたのか、初めて僕は 飛行機の遅れに遭遇した。

 おじさんに あんなに急いで貰ったのに…。

とは思ったが。

 

(いや、早めに着く事に越したことはない)

と僕はすぐに前向きな気持ちに切り替えた。

" 確実に2時間は遅れるんですね?" と、念を押してスタッフに確かめた僕は、散歩がてら、いったん空港から出て時間を潰す事にした。

 

空港の周りには何も無いのかと思いきや、道を渡ると中華レストランがあった。そこに入る。

もう、急いでもしょうがないので、ビールでも飲んで、ゆったり待とうと思ったのである。

空港からお店を探して少し歩いただけで、すごい日差しに照らされて、汗だくになっていた僕は、クーラーのよく効いた涼しい店内で、ゆったりと時間を過ごす事にした。

 

ここは、シーフードも売りらしくて、店内にお洒落な生け簀がいくつも有り、その水槽に、大量のエビやら、他にもお魚が泳いでいる。

シーフードはやはり、ここカンボジアでも高い。

僕は興味がないので、まぁまぁ安い値段の 野菜炒めと、ビールを頼む事にした。

さすがにお腹は空いていないからだ 笑

 

ビールを頼む際に、一瞬、選挙の為の禁酒が 頭をよぎったが

(まぁ、カンボジアだし大丈夫だろう。)

とぼくはもう普通に頼んでいた。

その通りで、オーダーは普通に通って行った 笑

 

ここは水槽も大きくて、泳ぐエビや魚を眺めながら、ビールを飲める。

涼しげな、アクアリウムレストランに来たような感覚を味わえた。

ビールを飲みながら、それらを眺めていると、僕の他に1組だけ居た母子の、3歳くらいの男の子が、車のおもちゃを見せに来てくれる。

 すごいね、かっこいいね。

と少し酔った僕は彼と交流する。

その後、男の子は、僕の横の水槽に興味津々だが、背が足りないので、頑張って見ようとしていた。

僕は、彼を後ろからそっと抱え上げてやり、よく見えるようにしてあげた。

男の子は、少しだけ驚き、そのまま気にせずに、水槽を眺めている。

彼の目の前を、何匹もの魚が泳いでいく。

向こうで母親もニコニコしている。

しばらくそうしていたが、腕が痺れて来たので、彼に「もういいかなぁ?」と聞くと、素直に頷いてくれた。

そのまま彼は、僕のテーブルの向かいの椅子に座った。その奥にいるお母さんが、笑顔で会釈してくれる。

せっかくなので、僕は彼と時間を過ごすにした。彼は喋らないし、喋っても言葉は通じない。

だが、心の中で会話をする。

彼が聞いてくる。

 

 それ、おいしいの?

 

 うん、美味しいよ。

 

 ぼくも欲しいな。

 

 これは君は飲めないんだよ。

 

 どうして??

 

 大人にならないとダメなんだ。

 

 どうしてなの?

 

 そういうものなんだ。

 

 のみたいボクも

 

 お母さんにもダメって言われるから、

 だめだよー。

 

 えー、つまんないの〜。

 

飛行機が、遅れてくれたおかげで思わぬ交流が生まれた。

僕はその後、野菜炒めを食べながら、ゆったり2本目の瓶ビールを飲んでいた。

その間も彼と 表情と身振りで会話していたが、彼は暫くしてボクに飽きたのか、自分のテーブルに、帰って行った。

母子は、それから暫くしてお店から出て行った。帰り際には 挨拶をしてくれた。

男の子は手を振ってバイバイしてくれる。

その後僕は、チェイサーのお茶を飲みながら、心地よい酔いに任せて、背もたれにゆったりもたれかかって、エビたちを眺めていた。

 

 あぁ。。なんというか、

 ゆったりとしていい時間だなぁ。

 

カンボジアに来て、凝縮された時を過ごして来たボクは、ここに来て、かなり気持ちが緩やかになった。

飛行機が遅れるのもたまには良いものだ。

僕は、1時間半程 ここで時間を潰していたが、早めに空港に戻る事にした。

外に出るとまた、すごい日差しだ。。

大きな国道を越えて、空港入り口まで50メートルも歩かないのに、すぐにまた汗だくだ。

 

(空港に着いたら、Tシャツを

 また変えなければならないなぁ。)

と、また洗濯物が増える事に 少し憂鬱になる。が、さすがに自分でもこのままなのは 気持ちが悪い。

 

飛行機は 予定通り?きっかり2時間遅れで出発した。

空港の建物から、直接 飛行機まで歩いて行き、そのまま乗るスタイルだ。

驚いたのは、飛行機にプロペラが付いていた事だ。ちょっと人生初のプロペラ機である。。

 カンボジア航空だし、ちょっと怖いなぁ…

    大丈夫…? だよね?

と思うが今更引き返す事は出来ない。

タラップを上り、中に入る。

僕は窓側の席だ。

ひょっとしたら、空から遺跡が見れるかも?

とちょっとワクワクしていたのだ。

 

僕が席を見つけると。。そこには、30歳位の白人女性が座っていた。窓側の席に。

僕はチケットの座席を確かめて、声をかけた。

 エクスキューズミー そこは私の席ですが。

すると彼女は

 私も同じよ。こちらに座ってね。

と、通路側の席を手で差した。

一瞬(この人は何を言ってるんだろう?)

と思ったが、気を取り直して、

 そこは、私の席なんです。

 代わってください。

と丁寧に言うと、一度こっちを見る。

そしてすぐ窓を見る。

動かない。。

 まじかコイツ。。

かなりカチンと来ていたが、同時に 何故か少し面白くなって来た僕は、もう一度、言ってみる事にした。

 窓際のチケットはこれですよー。

 聞いてますかー? 見てくださーい。

 窓際は僕の席ですよー。

すると、今度は完全に無視している。

「私は窓の外の景色に集中してます」という体だ。

 す、凄いやつに出会ってしまった。。

 

昔から思っているのだが、大体窓側に勝手に座る輩は、景色を見るのは最初だけで、

「ほら見ろ!!必要なかっただろ?!」と言いたくなるくらい、すぐに景色を見なくなる。

ひどいやつになると、窓を閉める。

 

それなのに 窓際の席を強奪しておいて

「席ならここにもあるわよ?」

と平然と言ってくるコイツは何者なのだ??

 

まぁ、東南アジアでは、バスも電車も、座席などあってないような事がよくあり「勝手に空いてる所に座る」という事が良くあるのは承知していたが、まさか、飛行機でもこうなるとは思わなかった。

小さい事を言っているのはわかっているが、僕はどうしても納得ができなかった。

 

この席は、チケットを申し込む時に、窓際の席か、通路側かは指定できず、チケットが取れた後に、窓側の席だと分かったので、僕はヤッタァ!と正直楽しみにしていたのだ。。

…しかも無視されている。ガン無視である。

流石に僕は ハラワタが煮えくりかえり

「窓の外に何があるんや?! ああ"?!

 そないに、何見とんのや?!姉ちゃん?!」

と よっぽど関西弁で怒鳴ってやろうかと思ったが、これから2時間、隣り合わせな事を考えると、それは得策ではない事は、ほろ酔いの僕でも分かる。

とりあえず僕は、通路側に座った。

気が収まらない僕は、窓の外を見続ける彼女の、横顔を 恨めしそうに 暫く凝視していた。

彼女の心の声が聞こえてくる

(こいつ…しつこいな。。はやく前向きなさいよ)と。

そう口には出さないが、じっと窓を見続け無視を決め込んでいる。

こうなったら我慢比べだ!!

と僕は彼女越しに窓を見続けた。

ジィーッと、二人とも 一方通行の睨めっこだ。。

 

…が、しばらくすると僕は

「俺は、なんでこんな事を

 一生懸命にしてるんだろう?」

と思い、急に可笑しくなってきてしまった。

そしてその内、僕は笑い出してしまった。

静かに笑っていると、流石に無視していた彼女も僕に顔を向けた。

僕は笑いながら、窓を手で差し「どうぞどうぞ」ジェスチャーする。

彼女は少し怖くなったらしい。。

少し引き攣った笑顔で、会釈してきた。

僕も満面の笑顔で会釈し返す。

 

やがて飛行機は、そんな僕らを乗せて、遺跡の街へと出発した。

 

(イエエェーイ!!

 レッツゴー!しぇむりあああっプう!!)

 

…僕は少し酔っていたのかもしれない。

 

 

続く

 

 

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↑ 人生初のプロペラ機で

     いざアンコールワットへ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらば首都! こんにちは吉野家。

 

昨日は、結局結構遅くまで呑んでしまった。。

が、朝は8時頃、スッキリと起きれた。

 

旅立ちの朝は不思議だ。

どんなに夜更かしをしていても、スッと目が覚める。早速ベッドのカーテンを開け、昨日出来なかった荷造りを始める。

 

ドミトリーのデメリットは、遅い時間に、ガサガサ出来ない事だ。皆が寝静まった後には、泥棒のようにひっそりと動くのがエチケットだ。

その代わり、朝は その日に旅立つ人も多いので、早朝の5時や、6時に準備をしてても、誰も文句は言わない。

ガサガサという音を、夢見心地に聴きながら、

「ああ… 今日 誰かが旅立つのだなぁ。。」

と目を閉じながら うつらうつら としているうちに、やがて音がしなくなる。

そして、その静寂が、同部屋にいた 旅人の一人が、旅立っていったのだと 知らせてくれる。

そして、また少しだけ眠り、次に起きた時に カーテンを開け、ベッドから這い出す。

すると、昨日、人がいたはずのベッドが

 "もぬけの殻になっている "

何度経験しても、不思議な光景である。

この広大な地球の、膨大な人間たちの中で、たまたまその国に、たまたま同じ時期に来て、たまたま同じ部屋に泊まり、そしてすれ違うように 旅立って行く。

残された自分は、何か取り残されてしまったような寂しさを感じる事がある。。

 

だが逆に、自分が旅立つ時は、とにかく前向きなエネルギーで溢れている。

 

そんな、今日は "旅立つ側" の僕は、手早く荷物をまとめ、要らないものは、ゴミ箱に突っ込んで、下のフロント兼レストランに降りていった。

先に精算と、鍵を返し、少し散歩をしてくる旨を伝え、フロントに大きい方の荷物を預けた。

軽く宿の周りを散歩し、満足した僕は、最後にどうしてもしたい事があった。

それはあのうまいグリーンカレーをもう一度食す事だった。

マスターにグリーンカレーを頼む。

例の美少女店員さんが、持ってきてくれる。

 あぁ。。この美しい人と会えるのも

 今日が最後だと思うと悲しくなる。。

と思いながらカレーをパクつく。

 

 うまぁーい、うま馬、馬まいうー。

 

と馬になる。

ヒヒーンと、幸せなひと時だ。

もう思い残す事は何も無い。

 

僕は空港に行くために

「タクシーを呼んでもらえないか?」

と聞くと、トゥクトゥクを呼ぶが、タチの悪いのもいるから気を付けないといけないので、交渉してくれるという。

僕のフライト時間を伝えると、急に皆がバタバタしだした。。

僕は国内線なので、空港には、最悪30分前に着けば良いだろうと油断していたのだが、マスターが言うには、空港までは渋滞するらしい。。2時間見ていたのだが、甘かった。。

そして、うっかり忘れていたが、今日は選挙当日だった!!何が起きるかわからない!

「いつもより渋滞するかも!」とのことで、例の美少女店員さんが、表に飛び出していってくれ、トゥクトゥクを探し、交渉してくれた。

うーん。。なんていい娘なんだろう。。

そして、僕はゆっくりする暇もなく、バタバタとカレーの会計を済ませ、交渉してくれたトゥクトゥクに乗ることになったのである。

もう少し 余韻のある別れを予定していたのだが、しょうがない。

僕は何か、こういう変に呑気な所があって、ギリギリになる事が良くある。

周りのおかげや、最悪、信じられないスピードで走って、いつもなんとか間に合ってしまうので、なかなか治らない癖なのだが…。

僕は 基本はマイペースなのだ。

だが、東南アジアで暮らしている、もっと呑気な人達を焦らせるのだから、だいぶ悪い癖である 笑

トゥクトゥクの運転手さんは、気の良さそうなおじさんで、早速出発してくれる。

空港に行く道は、国道のようで、整備されたアスファルトだ。

みんなに言われて、、自分が悪いのだが、僕もいまさら 気が気じゃ無くなって来ていた…

そんな中、「ガソリンスタンドに寄りたい」とおじさんが言い出した。

 えーと。。そんな事してて間に合うの??

と僕はドキドキしていたが、ガソリンが無いのでは仕方がない。

もう、間に合わなかったら

「新しいチケット取れば良いや!」と僕は腹を決めた。

僕も、飲み物とお菓子を買いに、ガソリンスタンドのコンビニに寄る事にした。

運転手さんも、暑そうなので、彼に渡すお水も買う。

ちょっと心配だったが、時間がないので、コンビニに行くのに、トゥクトゥクの客席に、僕は大きい荷物を預けっぱなしにしていた。

コンビニで買い物をしながら、気にして見ていたら、ガソリンを入れ終わったトゥクトゥクが!

 

ギューン!! と出発した!!

 

 うわぁーー!! や!やられたーー!!

 

僕はレジで固まってしまった。。

 

トゥクトゥクはそのまま、道路に出た。

 

 お…終わった。。

 

と 僕は呆然としていた。

 

 

…だが、ここで奇跡が起こった!!

ここは角にあるガソリンスタンドである。トゥクトゥクは 一旦道路には出たが、角を右折し、再びスタンド内に入ってきて、なんと!コンビニの前までつけてくれた!

どうやら、時間がないのを彼も気にしてくれていて、わざわざ道から回り、コンビニ前まで トゥクトゥクを着けてくれたらしい。。

 

 びっ、びっくりしたぁ〜。。 汗

 

と僕は再び、おじさんのトゥクトゥクに乗り込んだ。水を渡すと、思った以上に喜んでくれる。そして トゥクトゥクは再び走り出す。

(この経験から僕はその後、どんな時も

 荷物を手元から離すことは無くなった。)

 

道は空港に近づけば近づくほど混んでいた。。

 

水をあげた事も功を奏したのか、おじさんは少しでも早く着くように、本意気で 急いでくれる。

車と車の少しの隙間に、トゥクトゥクをねじ込んで進んでくれる。

だが、それでも渋滞で思うように進まない。

そこでおじさんは本気の本気を出してくれた。

 

なんと、歩道をうまく利用しながら進み始めたのだ。

歩道には、なぜか石やコンクリートの塊が多いのだが、それを乗り越え、時には、道路脇に建つ 家の玄関の段差もガダガタと、乗り越えていく!

トゥクトゥクが壊れるのでは?)

と心配するほど、時に跳ねたり、片輪走行をしながら、ガタンガタンと進んでいく。

もはや、、刑事に「あの車を追ってくれ!」と言われて燃えているタクシー運転手のようだ。

 

お陰で後ろの席の僕も 大変な事になっている。荷物を抑え、トゥクトゥクにしがみ付いていないと振り落とされる。。

 

だが、こういう親切な、”神業” を持つ人に良く当たる僕は、彼のお陰で、予定より 信じられないくらい早く空港に着けた。

お礼を言い、宿の可愛い店員さんがしっかり交渉してくれていたおかげで、トラブルもなく 交渉通りの値段を支払う。さらにお礼を兼ねて、僕は1ドル札を渡した。

おじさんは凄い喜んでくれたが、こちらも本当に助かったので、お互いウィンウィンである。

 

逆に早く着いた僕は、先に食事を取ることにした。

グリーンカレーを食べたばかりの僕だが、どうしても食べたいものが売っていたからだ!

 

なんと! この旅に出て初めて吉野家を発見したのだ!!

例の、オレンジ色の暖かい日本文字である。

 よしのやぁー!!味のよしのやぁ〜!!

と僕は、お腹は減っていなかったが、どうしても、日本を出て一ヶ月ぶりに、牛丼を食べたかった。

レジのあるカウンターに並び、注文をするシステムだ。何かスタイリッシュだ。マクドナルドのシステムに近い。

久しぶりに、お味噌汁も飲みたい僕は、牛丼のセットを、頼むことにした。

だが、ここで驚いたのは、セットの飲み物を 何にするか聞かれた事だ。

結構皆 コーラを、頼んでいる。。

牛丼に、コーラ。。食い合わせでは無いのだろうか…?

日本の吉野家では、選べるのは、卵が 半熟か 生卵か?くらいのはずだが、さすが外国の吉野家である。マクドナルドのセットのノリだ。

「ご一緒にミソスープ(ポテト)も如何ですか?」という感じだろう。

とりあえず緑茶を頼む。日本だったらあがりは無料であるが、仕方がない。

 

ここは、卵は日本のように、サルモネラ菌対策をされてないはずなのもあり、生卵はなく、半熟卵しかない。まぁ、あっても怖くて頼まないが。。

 

ここは吉野家だが、牛丼がすぐに出て来ない。

番号札を貰い、敷地内のテラス席に座り、じっと待つ。やがてトレーに乗った牛丼のセットを店員が持って来てくれた。

 おお!!日本と一緒だ!!牛丼だ!

と、僕は感動した僕は、

最後の予防注射を打つ為に、出発の前日に行った 新横浜で食べた以来の牛丼に、むしゃぶりつこうとした。

が、その時、、どこからか、動物の鳴き声が聞こえ始めた。 (んん??)っと、

声がする テーブルの下を覗くと、痩せ細った子猫が、ナー! なぁあっ と必死に話しかけて来ていた。

僕は、とある伯爵のように、牛丼をポロポロこぼしながら食べる事にした。

お行儀は悪いが、せっかくの食事に 急に連れ合いが出来たからだ。

ゥナゥナ と食べる子猫とともに 牛丼を食べ終わった僕は、神業おじさんのお陰で、それでもまだ、一時間ほど余裕があるフライトの、搭乗手続きをする為に、空港内へと入って行った。

 

続く

 

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プノンペンの空港にある

     猫も大好き 吉野家


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吉野家の緑茶セット。

     紅生姜もあり。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕が見たプノンペン

 

言わずと知れたカンボジアの首都。

それがプノンペンである。

 

ここは、カンボジアが誇る大都会だ。

川沿いは綺麗にプロムナードに整備されているし、川沿いの道路も広くて綺麗で気持ちいい。

 

大きなカジノ、AEON、セントラルマーケットや、大きなパブストリート街。

ちらっとしか見れなかったが、鉄道も通り、電車も通っている。

路地に入っても、ちゃんとアスファルトの道路になっている。

 

マレーシアも、ベトナムも、基本はちゃんと道路が整備されているが、カンボジアプノンペンに着くまで、まだまだ、一つ入ると土の道路である。

また、田舎道は、建物がまばらで、地平線が見えそうな場所もある。

そんな道を通ってくると、カンボジアが、まだまだベトナムや、マレーシアには程遠い途上国なのがよく分かる。

だからこそ、プノンペンだけは、他の国に遜色の無い都会で、街が完全に整備されているのに驚く。

暮らしている人々は素朴だ。顔も明るい。

あの悲惨なクメールルージュがあったとは思えないくらい人々が生き生きとしている。

 

前にも話したが、国民の平均年齢が低く、やはり、ほとんど老人を見かけなかった。

大変な時期を乗り越えてきた国なのだ。

 

カンボジアの人たちは、日本人だと分かると、よくしてくれる方が多かった。

驚いたのは、カンボジア紙幣の500リエル札には「日本の国旗」が描かれていた事だ。

カンボジアの紙幣には、日本国旗が、日本が架けた橋の絵と共に、カンボジア国旗の左隣に描かれている。

これはその昔、日本が協力して初めてメコン川に架かった橋に「日本橋」という橋があるのだが、ポル・ポトに破壊されてそのままになっていた、それを国王の要請もあり、ODAで日本が直し、さらに他にも「ツバサ橋」「キズナ橋」と無償で架け、それからも継続的に無償でインフラの援助し続けた、そんな日本に感謝し、お礼の気持ちで 日本国旗が描かれていると言う事だった。

中々 他国の紙幣に、他の国の国旗が描かれているという事は、世界的に見ても例が無いのではないかと思う。僕はそれを見た時に本当に驚いた。

お札には、日本の国旗とカンボジア国旗が描かれ、その紙幣の真ん中には「キズナ橋」が

両国の懸け橋のように描かれている。

 

長い内戦で荒廃した土地を整備して、道路を通し、インフラを整備したのは、日本が初めて自衛隊を海外に派遣した、PKOの時の自衛隊も一役買っている。

当時、日本でも大議論になっていた、初めての自衛隊の海外派遣である。これは、国連平和維持活動で派遣されたのだが、日本は昔から、ひとつOKとなると、なし崩し的にじゃあ、次は、兵士として戦闘地帯に後方支援。じゃあ、次は兵士として、戦闘に。。

などと、なし崩しになる恐れがあると思っていたので、当時、子供心に僕は反対だった。

(今、本当に少しずつそうなろうとしているが…)

だが、自衛隊の方達がやってくれた事は、カンボジアの人々の中に生きている。

自衛隊は、内戦で落ちていた橋をかけ、壊れた道を整備して道路を通した。

 

よく紙幣については

PKOの時の自衛隊に感謝して、国旗が描かれている」と、政治家が ”美談” として政治利用するが、間違いなく感謝の一役は買っているだろうが、

本当のところは、歴史的にカンボジアに資金やインフラ整備の手助けを無償でしてきた、ODA等の援助に対する感謝の方が大きいようだ。

(なぜなら、描かれているキズナ橋も、他の大きな橋もODA等で架けられているからで、自衛隊が架けたわけではないからだ。)

酷暑の中、実際に作業された自衛隊員の方の事を想像すると、本当に頭が下がるが、、

それを政治的思惑で ”美談として” 我が事のように語る事は、自衛隊の方にも逆に失礼だと、現地で500リエルに 実際に出会った僕は思う。

これも、その土地に実際に行ってみたからこそ、自分なりの実感を持って語れることだ。

そういう意味でも、現地に行き、自分の肌で感じると言う事の大切さを改めて感じた。

 

PKOでは、自衛隊の方達だけではなく、他の国も 同じようにも多くの援助をしていたし。多くのボランティアも、地雷を命がけで撤去していたはずだ。

だからこそ、何かカンボジアの人たちは

あのとんでもない破壊の後に、自分たちの為に、

世界中の人達が、助けに来てくれたことを決して忘れていないと  僕は感じた。

 そういう感謝を忘れていないと。

世界中の人が助けに来てくれて、ある人は道を通し、ある人は橋を架け、ある人は学校を立て、ある人は病院を作る。そしてある人は命がけで地雷を撤去し、そこに人が住み、農業が再開をしていく。。

それを思う時 僕は、なぜか少し涙してしまう。。

結局、人を助けられるのは、現地に足を運び、地道に活動をしてくれる 人でしかないのだ。

もちろん資金も大事だが、結局最後は人なのだ。

地雷の事など、もう何も心配いらないプノンペンを見て、僕は そんなことを思っていた。

そして、また、そういう先人達のおかげで、自分が良くしてもらえる事に、改めて先人たちに感謝する。

助け合う事、助ける事が最強の外交であり、後に長く続く財産なのだと、ここでも改めて強く思った。

 

また、カンボジアの人々は、家族を、特に子供達を非常に大事にしていると感じた。

そして、それに答えて 子供たちも、すくすくと本当に まっすぐ無邪気に育っていて、見た事もないくらい綺麗な目をしている。

親御さんと一緒にスクーターに乗る子供たちは、並走していると 屈託のない笑顔で、手を振ってくる。

僕は、この国に来て、なんて子供達が可愛らしくて、美しいんだろう。。と人生で初めて強く思った。

日本にいる時も、子供を可愛いと思う事はあるし、僕は子供が好きな方だが、、まるで別の感覚だった。

 

実際に、御家族を殺された方も多くいらっしゃるので、平和になった今、皆 本当に家族を大事にしているのだろうと、深く感じる。

大変な時期を 皆 乗り越え、平和と家族を大事にする国。 それが今のカンボジアだ。

だからこそ、より魅力的な国に僕の目には映った。

プノンペンは、今まで回った二つの国とまるで違う顔を僕に見せてくれた。

僕はこの国に来て

「やはりカンボジアに来てよかった。

 いや、来るべくしてきたのだな。。」

というような、運命めいたものを感じて始めていた。

 

そして旅は続く。

 

 

 

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↑ トンレサップ川にて

 

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↑ 500リエル札の裏の右下にある

     日本とカンボジアの国旗

 

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カンボジア紙幣

 (100リエル札の人物は 僕の大好きな

      古今亭 志ん朝さんに見える 笑)

 

 

 

プノンペンのギフト

 

AEONの入り口から見るスコールは、さらに激しくなり、数メール先も見えなくなってきていた。。

 

どこからともなく、雨に強い、一体型のオート三輪トゥクトゥクがやってきて、客待ちを始めた。必要な時にさっと出てきて、商機を逃さないのも、東南アジアならでは逞しさである。

他のお客も 僕らも皆、ぼぉーっと、雨に煙る駐車場を見ながらジィーッと待っている。

東南アジアの人は急がない。雨が降ったら ひたすら止むまで待つ。

そういうところが 僕は大好きだった。

僕らも 向こうに雲間が見えていることもあり

「止むまで 中で 何かして時間を潰そうか?」

などとは言わず、皆と一緒に ジィーッと待つ。

逆に贅沢な時間である。雨の匂いが心地いい。

 

やがて見えていた雲間の方向から、青空がやってくる。。20分ほどで雨は止み、皆思い思いに帰っていく。

意外な事に、カンボジアなのに、AEONの駐車場は有料だった。駐輪場の精算方法がよくわからなかったので、テン君に付いて行き、一緒にやってもらう。短時間の駐車だったので、無料で出れた。

そして再び「漢のサンドイッチ」と僕の自転車は、雨上がりのプノンペンの道を 気持ち良く走り出した。昼下がりのプノンペンだ。

雨が降ったお陰で 涼しくなり、過ごしやすい。

日本語オールスターズは、これから高田さんをいったん宿に送り、休んでから、後で合流して夕飯を食べに行くとの事だった。

誘われたが、僕は 自転車を返さなければならず、民族舞踊のショウの予約もしてしまっていたので、連絡先を交換して別れた。

「後で合流出来たら しましょう」と。

王宮の広場の前で 二手に分かれた僕は、いったん宿に帰り、交換した連絡先にメールを送る。

次に僕は、とった飛行機のチケットを印刷したかった。マスターに聞いてみると、街の印刷屋が同じ通りにあるらしい。

僕は日本では、自宅にプリンターが無く、セブンイレブンの印刷アプリで、コンビニまで行って、コピー機で印刷していた。

だが、外国には、セブンイレブンはあれど、コピー機などいうものは置いていない。。

僕が通りを歩いてくと、右手にいかにも、おじさんが1人でやってますという小さな印刷屋さんがあった。。(大丈夫かしら?)と思ったが、聞いてみる。

iPhoneのPDF画面を見せると「オーケー」と言って、Wi-Fiで送れるプリンターと繋いでくれ、あっさりと印刷してくれた。

日本のセブンイレブンで色々やるより早かった。さすが街の印刷屋さんである。

僕は「本当に助かりました」と言ってリエルで支払いを済ませた。

まさか印刷出来ると思わなかったので、ほっとした。まだ、飛行機移動に完全に慣れていない僕は、やはり、紙を持っていないと不安だったのだ。

何故なら、万が一、プノンペンの空港に公共Wi-Fiがなかった場合、チケット予約画面を開くのに、Wi-Fiを探しに行かなければならない。一応、リーディングリストにチケット画面を入れてあるが、データ通信ができない状況で開くと、見た後に消えてしまう。。

Wi-Fiのみに頼る 旅の不便さである。

その後、念のため、先に自転車を返しに行くことにした。貸し自転車屋から博物館へは、歩いて十分もかからないからだ。

さっき来た道を、スイーっと戻っていく。

貸し自転車屋には、すぐに着いた。

自転車を返すと、無事に40ドルが還ってきた。元は自分のお金だが、何か得したような気分になる 笑

急にお金持ちになり、気が大きくなった僕は川へ向かった。夕日に照らされるトンレサップ川を見たかったのだ。そして、川の土手に出ると奇跡が起こった!!

 

薄い夕焼けに染まろうとしている川の向こうに、見たこともない程 "大きな虹" がかかっていたのだ。

こんな、はっきりとした大きな虹は、人生で初めて見た…。

うっすらと 夕陽に染められた川の向こうにかかる虹を見た僕は、プノンペンの最後の夕方に、この街に大きなギフトを貰った気がした。

それを見た僕は、この街をようやく離れる決心がついた。実は、もう二日ほど予定を伸ばそうかな?と迷っていたからだ。

気儘な 一人旅だ。国内移動の飛行機のチケット代は安い。最悪それを捨てて、また取り直せばいい。

だが、この風景を見て僕は、ようやく旅立つ決意が固まった。心から思ったのだ、

 もう充分だ。色々経験させて貰ったな。 と。

ちゃんと、その国や、土地に敬意を持って行動していると、こう言う思わぬギフトを貰えることがある。僕はしばらく、夕日と川の向こうに架かる虹を眺めていた。

次第に夕陽が全てを染めて行き、虹はゆっくりと消えていく。。そして、やがて夕闇となる。

その美しい景色に感謝しながら、僕は博物館へと向かった。

ゆっくりと、先程の景色を噛み締めながら歩いていくと、すぐに国立博物館についた。

入り口では、ショウを見に来たであろう、お客さんがちらほら来ていた。

入り口のスタッフにチケットを見せると、通してくれる。一番安いチケットなので、前から7列目くらいの後ろの席だったが、前の席とも段差がしっかりあり、見やすい!

真ん中の席で見る。周りは人がいないのでゆったりだ。

皆、値段の高い 前の席を買っているようだ 笑

カンボジアの民族舞踊なのだろうが、初めて見る。前に見たことがある、タイ舞踊に似ている。衣装も音楽もアジア的で非常に良い。

神話から題材をとったであろう神と神の戦いを描いた、男性二人の軽業の殺陣のような舞踏も見ごたえがあったし、昆虫の着ぐるみで皆が踊るコミカルな出し物も、大いに楽しめた。

しかし最大の見どころは、主役の女性が真ん中で、舞踏の民族衣装を着て踊るスタンダードなプログラムだった。女性らしい柔らかな美しさが指先まで 表現されていて、その踊り子さんに、何か ”神秘的なもの” が宿っていて素晴らしかった。

僕は大満足して、大きな拍手を送っていた。

 やはり見に来て良かった!素晴らしかった!!

僕は大満足し、劇場から出た。いったん宿に帰り、高田さんのメールを確認したが、皆もう食事は済ませたとの事だった。これから皆で、露天風呂に入るという。

僕は食事をとりたかったので それは断り、少し北上し パブストリートまで行くことにした。

 " 呑んべぇの勘が働いていたからだ "

プノンペンを2日周って 思った事は、とにかく 色々と緩い という事である。

たぶん、外国人向けのパブストリートなら、お酒を出している店もあるだろうと思ったのである。

パブストリートに着くと、案の定、すでに先人たちがビールを片手に盛り上がっている。

 やはりな!!さすがカンボジアだ!

と思いながらも少し笑ってしまう。

 

僕はこの前と違う角のパブに入り、テラス席でゆっくりビールを飲むことにした。

ツマミは、少し値は張るが、4ドルのハンバーガーセットにする。うまそうなチーズバーガーをメニューで見つけたからだ。

なにせ、40ドルを持つ僕は今 金持ちだ 笑

キンキンに冷えたドラフトビールを飲みながら

(きっと今、家で呑んじゃってるんだろうなぁ

 カンボジアの人達。。)

と思いながら、禁酒の日にお酒を飲める幸せに 浸りながら、僕は 今日の出来事を思い出し、

明日旅立つ プノンペンの最後の夜を満喫していた。

 

続く


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プノンペン最後の日

     この土地からの贈り物。

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↑ 素晴らしいカンボジアのショウ!

 

 

 

 

 

 

漢のサンドイッチ!!

 

プノンペンに、あまりいないはずの日本人に 何故かよく出会う僕は、声をかけてくれた気の良さそうな日本の方と話をした。

 

彼は、カンボジアに数年住んでいて、日本語学校の先生をやっているという。

名前は「藤原さん」と言って、今日は連れが2人いるという。話していると本当に気の良い青年で、まだ25歳だという。

語学大学を出て、すぐにカンボジアに就職したのだという。この時代に、中々意思の強い青年である。

後からお寺から出てきた 連れの2人は、

1人は42歳で、「高田さん」といって、前の仕事を辞めて上海でNGOを立ち上げるのだが、それが始まるまでの合間に、アジアを回っているという。

もう1人は、藤原さんの カンボジア日本語学校の同僚で、「テン君」と言って、カンボジアの方で、まだ23才であった。

全員が日本語で会話できるという!

プノンペン日本語オールスターズである!!

こんな贅沢な出会いがあるだろうか??

話してみると、皆 良い方達である。

 

「これからどうするのか?」と聞くと

実はこのプノンペンにも"AEON" があるらしく、「市場調査 笑」という名目で、「AEON」に行くという。

「一緒に行きませんか?」と言われて、

「是非是非!!」と言って階段を降りると、スクーターが 一台だけ止まっていた。

「4人乗りできるかな…?

 行けなくは無いよな…??」

と呟いている藤原さんに聞いてみた。

「えーと。。自転車は置いて行くとして。。

 スクーターは、2つじゃなくて1つなの?」

と聞くと、「そうだ」という。

「どやってきたの??」と聞くと、3人乗りで来たという。

男3人で、スクーターに サンドイッチというのもあまり嬉しいものでは無いが、そこに骨太俳優の僕が "新たな具材" として挟まると、そのサンドイッチは、大変なことになる気がする。。

僕は40$を、人質に取られている自転車を、ここに 置いて行くのも心配だった。

 さて。。どうしようか…??

と思ってしばらく考え、僕は一つ思いついて提案してみた。

カンボジアって、あんまり

 スピード出さないよね?

 3人乗りだとゆっくりだと思うから

 自転車で付いて行きます」

すると、3人は「それがいい!」と言って、3人でスクーターにぎゅうぎゅうに乗り込んだ。

その ”サンドイッチ” を見た僕は、心から…

 "具材に参加しなくてよかった" と思った。

 

カンボジアの大通りを、3人乗りのスクーターと、その後ろを 僕の自転車が付いて行く。

スクーターは、テン君のものらしく、彼が運転している。

大通りは広くて 空いているので、ゆっくり走っていても 安心である。

川沿いの道を南下していく。信号で止まるたび話し、また 空いているところでは話しながら 走る。途中で、本気を出し、ママチャリでバイクを追い越したりもする。

みんなで、日本語で話しながらで楽しい!

 

僕は日本でよくサイクリングしているので、体力的にも 全く問題なく付いていけた。

途中で、川沿いの左手に 大きな建物があった。

(んん? あれは なんだろう?)と思っていると、

「あれはカジノですよ。」と、藤原君が教えてくれた。

人生で初めてみるカジノであったが、どうやら 僕の日程では、ここに寄っている時間はなさそうだ。。少し残念である。

やがて出発から10数分走った時、向こうに巨大な「AEON」の建物が見えてきた。

いつも思うことだが、日本から遠く離れた土地で、日本のデパートを見ると安心する。中にも、気軽に入っていける。

それにしても東南アジアにおける「AEON」の勢いは凄いものがある。

日本でも有名な百貨店(伊勢丹等)は、その国の 一番の繁華街に行けば、あったりするのだが、これほど、

色々な場所に、数多くあるのは ”イオン” だけである。

マレーシアを新型列車で 北上している時にも 大きな街に 一つずつあった。

海外に出ると、実際に勢いのある会社が良く分かる。

 

ここのイオンは駐輪場もしっかりとあり、駐車場も近代的な造りだ。

ここはイオンモールであり、かなり巨大だった。地元の人が多く、お客で賑わっている。

カンボジアでもAEONは大人気のようだ!

入り口を入ると、すぐ右手に パン屋があるが、よく見ると、パンからパンへ、ハエが自由に行き交っている。。そこはやはり、イオンとはいえカンボジアである。

そして そのすぐ横には、国境越えバスの 休憩の時にも見た、三種類の昆虫の揚げ物が、やはり大きな円形の皿の上に 山積みされている。

相変わらず「G」にしか見えないやつもいる。。

「イオンだねー!」と高田さんが 当たり前の感想をつぶやくが、僕も同感である 笑

(確かにイオンだ 。アジアのイオンの中に入るのは僕も初めてである)

左手に行くと、すぐ試食コーナーがあった。

若い女性店員に「どうぞ!」と言われ、商品を見ると

それはプリングルスだった…。白いトレイの上に、プリングルスが、一枚づつ並べられている。

 うーむ。。

 ポテトチップスの試食を初めて見た。

「どうぞー」と白いトレイを差し出してくれるが、味は知っているので、苦笑いしながらお断りした。

中は4、5階建ての綺麗な巨大モールである。

天井は吹き抜けており、エスカレーターで上へあがる。

本当に綺麗なモールである。僕はエスカレーターで、疑問に思っていた事を、気の良いテン君に聞いてみる事にした。

「前にも見たんだけど、、

 あの入り口の横にあった昆虫なんだけど。

 あれってゴキブリですよね。。?

 あれ、本当にたべるの??」

と。

するとさっきまで笑顔だったテン君は、急に顔色が変わり

「あれはゴキブリじゃ無いです!!

 ゴキブリなんて、食べません!!」

と、かなり怒られた。。

どうやらカンボジア人の逆鱗に触れたらしい。。

久しぶりに年下にガチで怒られた…。

 

どうやら僕が「G」だと思っていた昆虫は、G似の何か違うものらしい。。

すぐに謝ると、気の良いテン君は、許してくれたが…、「G」で無いとすると、あれは一体何なのだろう??

謎は深まったが、これ以上テン君に色々聞くと、また怒られそうなので 我慢する。

(この歳になると、中々人から怒られることもないから、良い経験だね!?)

と僕はポジティブシンキングをしていた。

 

4階に上がると、そこはフードコートになっていて、せっかくなので、皆でここで食事を取る事にした。

綺麗なお店がいっぱいある。和•洋•中の全ての店がある。

僕は久しぶりの中華を食べる事にした。

ついでにビールを頼むと、若い女性店員さんに「お酒は出せないんです。。」と申し訳なさそうに謝られた。

みるとお酒に「✖️」マークが付いている。。

 なんでお酒が禁止なの?

とテン君に聞くと、

 明日が選挙なので、カンボジアでは、

 選挙前日と、選挙当日は法律で、

 お酒を売っちゃいけないんです。

 お酒を飲んじゃうと、カンボジア人は、

 選挙に行かなくなるので。。

というなんとも呑気な理由を聞いた。

後でスーパーのエリアに行っても、お酒のスペースは、冷蔵の棚が ビニールのカーテンで覆われて、禁酒マークのポスターが張り付けてあった。。

酒好きの僕は

(なんて時期に来てしまったんだ!?)

と後悔すらしてしまっていた。

食事をしながら色々話をする。

高田さんも昨日来たらしい。藤原君とは、昨日初めて会ったらしく、高田さんが最近訪れていた、東南アジアのNGOの繋がりで

プノンペンに行くなら こういう若者がいる」と紹介して貰ったらしい。

どうやらアジアのNGOは日本人の繋がりが深いらしい。

高田さんは、僕が昨日見つけた、露天風呂付きの 例の日本風ホテルに泊まっていると言う。露天には昨日入ったらしい。羨ましい…。

 

テン君は、僕らが日本語で盛り上がると、さすがに早口なので 聞き取りが難しいのと、日本人同士の共通理解の話が 理解しずらいので、少し困っていた。

僕がゆっくりと「こういうことだよ」と通訳をすると、笑顔で興味深そうに、喜んでくれていた。(通訳と言っても日本語でだが 笑)

僕はランカウイ島で、例の ドイツ人のビフの、「流暢な英語」が聞き取れず 困った経験があったので、こういう気遣いが出来た。

その時に、気の優しいアレックスや、例の可愛らしい娘さんが、簡単な英語でゆっくり話してくれて、理解できないことは教えてくれたので、会話に参加出来て 助かったことがあるので、自然とこういう事が出来るようになっていた。

それは、旅で出会った 気遣いのできる優しい人たちに教えて貰い、成長させて貰ったことである。

 

楽しい食事会が終わり、その後さらに色々周り、もういいかな?と皆でイオンモールを出ようと出口まで行くと、突然の豪雨である。

東南アジア特有のスコールが降り出していた。

 

空の向こうに見える雲間を見ながら、雨に煙るAEONで、僕たちは スコールに打たれる駐車場を眺めていた。。

 

 

続く

 

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プノンペン日本語オールスターズ

     による「サンドイッチ」皆楽しそう。


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↑ 選挙の為お酒は禁止との事😢

 

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プリングルスの試食 笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は 自転車を装備し「ワットプノン」へ

 

パブストリートのトンレサップ川側に、プロレスラーの様な体躯の店主のいる 貸し自転車屋さんがあった。

 

実は前に マラッカで自転車を借りようとした時に、パスポートを預けなければならず、

(自転車借りるだけの為に、命の次に

 大事なパスポートを預けられるか!!)

と、僕は憤慨し 借りるのをやめた事がある。

「パスポートを預かります。」と言われて 僕は

例の如く「パスポートのコピーじゃ駄目?」

とパスポートのカラーコピーを出すと

" 信じられない!" と言う顔をされて、

まだ15、6歳くらいの若者の店主に

「おとといきやがれ!」的な事を言われた。

今考えると、確かに飯の種である自転車を、保証もなく貸すのはリスクが高いのだろう。

きっと、バックパッカーの中には、返しにこない輩も多いのであろう。

その為、旅人にとって、1番大事なパスポートを人質にとるのだ。

アジアでは高価であるはずの、自転車が帰ってこない。。そうなると、損害は計り知れないのかも知れない。そう考えると、彼が言っていたことも理解が出来る。

そのお陰で僕は、マラッカの「野良犬ストリート」を、命懸けで徒歩移動するハメになったのだが。。

 

ここプノンペンの貸自転車屋さんは、そこはドライで、最初からお客を信用していないシステムだった。

貸し自転車代自体は、2、3$くらいで安いのだが、補償金として、デポジットで40ドルほど最初から上乗せされる。

無事返してくれたら、40ドルを返すし、返さなければ、このお金で新しい自転車を買いますのでね。 うへへ🤤

という、わかりやすすぎるシステムだった 笑

この方が分かりやすいし、パスポートを預けるくらいなら、40ドルを預けた方が安心である。だがそうは言っても40$は僕にとって大金だ。僕は明日旅立つ為、店の閉店時間をしつこいくらい確認した。

僕は ここでママチャリを借りたが、実物を見てびっくりした。ブレーキは甘いは、ナットは緩んでるわで、危険極まりない。走っている間に壊れたら 大怪我をする。

僕は日本では、小学生の頃から 自転車は自分で直している。

その方が、実費だけなので、修理費用が1/3に抑えられ 安く済むからだ。

店主に交渉して 工具を借りて、自分で調整をする。

最初「何が不満なんだ??」と 言っていた店主も、手際よく自転車を調整する僕を見て、びっくりし、最終的には感心していた。

「日本人は本当に手先が器用なんだな 笑」

と言い、冗談で「うちで働かないか?」とも言っていた。。

 

さて、安全な自転車に生まれ変わったそれに乗り、僕は お寺に向かって走り出した。そこは有名なお寺らしい。昨日 宿のマスターからも聞いていた。

「ワットプノン」へ僕はママチャリで爆走し始めた。

あまり、観光という周り方をしない僕だが、今回 珍しく2泊三日でのプノンペンだった。

今までは必ず、一つの街に4泊五日はしていた僕なのだが。。

それには理由があった。越南(ベトナム)の ハノイで合流する予定だった 俳優の「来越の日程」がいよいよ決まり、カンボジアにいられる時間が限られていた為、次の予定地である、遺跡のあるシェムリアップにいる時間を多くとる為に、仕方なく この日程にしていたからだ。

マレーシアで出会ったアランが

「都会のKLは 二日で充分!」と言っていたのも思い出し、プノンペンという大都会での日程を削っていた。

しかし、プノンペンは 結構刺激的な街である。

本当は もっとこの街を堪能したかったが、飛行機のチケットを取ってしまっていたので、旅に出てから初めて 速足での街巡りとなっていた。明日には 飛行機に乗らなければならない…。

速足で回るにも、あまり足が速くない僕は、自転車でこの街を少しでも掴まえようとしていた。

自転車で走っていると、風が気持ちいい。ベトナムと違い、交通量は普通で、皆あまりスピードを出さないので、意外と安全である。

だが、やはり暑い。。

(あ〜、熱々~、風も暑い気がしてきた…。

 ふぅう。。あっちいなぁ。。)

とすぐに汗だくである。もうTシャツは絞れるくらいになっていた。

ワットプノンに着くころには、僕はカッサカサになっていた。

自転車を降りると、何やらパラソルがあり、その下にクーラーボックスで飲み物を売る出店があった。Tシャツにハーフパンツの若者が売っている。

ボックスの中を覗くと、そこには、氷水で キンキンに冷やされた飲み物がいっぱいだ。

アクエリアス」が目に入る、今日は外に出てから 水しか飲んでいない。

熱中症対策の為にも、今 出て行ったミネラルや 塩分を補充しようと思った僕は、日本で親しんだ アクエリアスのペットボトルを手に取り、パラソルの下の 若い店員からそれを買った。

 

皆さん想像してみてください。

カラカラになった喉と体に、キンキンに冷えた「アクエリアス」を流し込むと言う行為を。

きっと、最高に気持ちいいはずだ!!

それを想像しただけで 喉が鳴る。

僕は「キンキンに冷えてやがるよー!!」と言う準備をしながら、

アクエリアスを一気に喉に流し込んだ!!

 

その瞬間である!!

  ングっ!?  ぐはぁっっ!!!

と僕はアクエリアスを 盛大に空に噴き上げていた。

 

な、なんと!!

アクエリアス炭酸入りだったのだ!?

(え、え?!  なに? う、嘘だろ?!) 

と僕が、噴き出したアクエリアスで ベトベトになって、むせていると、

売ってくれた店員が 爆笑している。

僕はしばらくむせていたが、すぐに一緒になって笑い出していた。

「だって、炭酸なんだもんっ!そら吹くわっ 笑」

と、笑いながらジェスチャーで説明すると、店員はツボに入ったのか、うずくまって動かなくなった。

彼の肩が激しく揺れている。僕も余計に笑いが止まらなくなる。

ひとしきり笑った僕らは、なぜか仲良くなった 笑

 

水分補給のつもりが、笑いを取った挙句、大笑いした僕は、余計に汗をかいてしまった…。

「謎の炭酸アクエリアスだけでは 足りなくなった僕が「水も売ってくれ」と言うと、

彼は笑いながら「これも吹くのかい? 笑」とジェスチャーで言ってきた。

僕が「ああ、もちろん」と言って大真面目にうなずくと、彼は大喜びしてハイタッチしてきた。

まったく、アクエリアスでこんなに盛り上がる日が来るとは、日本にいた時には全く予想していなかった。。

後でマスターに聞いた所、カンボジアでは、

アクエリアスに炭酸が入っているのは ”常識” だという。逆にポカリスエットには、炭酸は入っていないそうだ。 知らんわそんな事!

こんな儀式を終えた僕は、ワットプノンへと向かう。ワットプノンは、結構階段を上がった上にある。見上げていると、横を「セグウェイ」に乗った若者が 涼しげに通り過ぎた。。

 せ? せぐぅぇい?? セグ?

と、?マークが頭を支配したが、落ち着いて周りを見て見ると、立派な綺麗な一軒家が多いエリアだと気づいた。

僕が泊まっている宿の周りの、コンクリの2、3階建ての、雑然とした 古い建物エリアとはまるっきり違う。 新築の綺麗なオシャレな家が多い。

 

ここは日本で言うとお成城や、白金のような場所なのかも知れない。。

だとしたら、成城でベンツばかりが走っているように、ここも、セグウェイくらいは走っているだろう。

そう 妙に納得した僕は、ワットプノンへと、階段を登り始めた。

 あ、暑い。。あっちぃ。。

今日は、暑いしか言っていない気がする 笑

階段を登りきると、素敵なお寺さんがある。

僕は中に入る。靴が散乱しているのを見て、土足厳禁だとわかったので素足で伺う。

中は綺麗な作りで、仏像があり、皆信心深い方達が、お詣りをしている。

中は扇風機がまわっており、少し暗くて涼しい。

前の方がお参りを終わったところで、小額のリエルを入れ、正座し、お参りをする。

地元の方や、お坊さんに「こうしてね。」と言われた事をちゃんと守っていれば、日本のお参りの作法でも、敬意を持っていれば問題はない。そんなに大きな違いはないからだ。

その土地の神様へ、ご挨拶をする。

頭がスッキリする。やはり 心が洗われる。

 

外に出ると、早速ご利益?があった。

散乱する靴たちの中から、自分のサンダルを探していた所、日本人から話しかけられたのだ。

「日本の方ですか?」と。

プノンペンには ほとんど日本人は

 いないのでは無かったのかしら? 笑)

と思いながら、僕はその素朴な感じの日本の若者と話を始めていた。

 

続く

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↑ ワットプノンと 結構ある階段

     汗だくな僕。。

 

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↑ ワットプノンとその内部

     こじんまりとしていて静謐な空間

     地元の方の 信仰の場でもある

 

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↑ ワットプノンの周りの高級住宅街

     そしてセグウェイ

 

 

 

 

 

 

 

猫好き俳優のぶらり街歩き

 

今日は北へと足を運んでみようと決めていた僕は、宿を出ると、目の前の道を 左に折れて歩き出した。

 

目の前の国立博物館の壁沿いに北上していく。

昨日 Googleマップ先生を見たところ、

「セントラルマーケット」と言うバザールがあるのを知ったからだ。

地図を頼りに北上する。

 

明るい内に街を歩くと、町の印象は一変していた。

人と車とバイクが走り、東南アジアのパワーを感じる。だが、ホーチミン程の渋滞はしていない。

セントラルマーケットに着くと すごい人だ。

人 人 人である。セントラルマーケットは、真ん中に十字の建物があり、その周りの敷地に、日除けのパラソルや 天幕を張ったエリアが広がり、様々な小さなショップがある、建物の周りに後から作っているので、もちろん下は アスファルトである。

真ん中のしっかりした建物エリアは、綺麗なモールになっていて、貴金属等も売っているが、周りの天幕エリアでは、生活用品や、衣類、食料なども扱っているし、なんと!一部のエリアでは ”床屋” が何軒もあった。

床屋のエリアだけ、コンクリートで多少段差が作って有り、床屋は一段低くなっており、排水が出来るようになっていた。そのためシャンプーも可能だ。

バザール内に床屋があるのを 初めて見た。このエリアは女性ばかりで あまりジロジロ見てはいけない雰囲気で、男子禁制のような印象を待った。床屋の印象だが、美容室とでも言った方がいいのかもしれない。

驚いたのは、原チャリが 人の間を縫って走っていたことだ。天幕エリアは 元々下は道路?の為だろうか? さすが 原付免許が要らないカンボジアである。

よくよく考えてみたら「免許が要らない」と言う事は、道路交通法や、交通ルールをまったく学んでいない人が、感覚でバイクを運転するということである。つまり、カンボジアの人からすると原動付きバイクは、自転車の運転と変わらない感覚なのだろう。

一番びっくりしたのは、7歳くらいの少年が、後ろに4歳くらいの弟を乗せて、二人乗りでバザール内を走っていたことだ!

少年だけあって 攻めの運転で、結構なスピードで、人の合間を縫っていく。。

 おいおい嘘だろ?! マジですか?! 笑

と僕は最初呆然とし、すぐに吹き出して、その人生初の光景を眺めていたが。

(確かに、免許が要らないんだったら、

 子供が乗ってもいいのだもんね。。)

と、すぐ後には 感心していた。まさに目から鱗だ。

 

バザールを 充分冷やかした僕は、川に出ようと東へ歩き出した。

それにしてもカンボジアも暑い。。途中で小さなショップに寄り水を買う。

5ドル札を出してお釣りを貰う。

お釣りは、4ドルと、1300リエルだった。どうやら細かいお釣りは、米セントではなく、カンボジアリエルでくれるらしい。 面白いシステムだ!

「良貨は悪貨を駆逐する」とは聞くが、それにしても、どれだけ自国の通貨が弱いのだろうか… と言うより米ドルが強すぎるのか?

 

水を飲みながら川に向かう。額から大量の汗が流れ落ちる。。

(あ、暑い。。死にそうな暑さだ。。)

カンカン照りで、本当に凄い日差しだ。

川に出ると、不思議な横長のテントが並んでいた。白い 長々とした、かなり横長のタープテントだった。

(一体 何のテントなのだろうか?!) と、

中を見て見ると、白い布で スペースが区切られていた。

テントの中には、日本の小学校でも使われているのと同じ、"懐かしい机と椅子" があったが、かなり古くてボロボロだ。

一瞬 日本からおさがりで来たのではないか? と思いながら覗き込むと、空間を区切る 白い布に貼ってあるプリントが目に入った。

僕はそれを見てやっとこのテントの謎が解けた。

なんと それは!昨日の暴走族とも関係があった!

何故ならこのテントは、選挙の為に建てられたものだったのだ!!十数部屋に分かれた このテントスペースは、全て投票所だった。

(うーむ。。すごい簡易な投票所である。。

 だが、すぐ撤去できるという点からすると、

 実用性という意味では、良いのかもしれない)

 そう思いながら、テントの先頭に歩いていくと、外国のメディアが取材に来ていた。

アメリカか、ヨーロッパ系の白人さんが、アナウンサー1人、スタッフ2人で撮影をしていた。

スタッフは、1人がカメラマンで、1人がアナウンサーの顔を照らすためか、太陽光を反射する レフ板を持っている?!

僕は思った。

 おいおい十分明るいぞ。。大丈夫だろ?

 黒澤明監督の「羅生門」撮影時代の、

 感度の低いカメラじゃないんだから。。

 ”このクソ暑くて、白のコンクリートの 照り返しが眩しすぎるカンボジアで、なぜレフ板がいるのだ?!” と。

僕には、スタッフが マイクを持ったアナウンサーを ”焼き殺そうとしている” としか見えなかった。。

よく見ると、アナウンサーの着ているシャツは、汗で すでにビショビショだ。

(実は シャツを乾かそうとしているのかな?)

と笑うしか無かった。3人共、真剣そのものなので しばらく眺めていた。

リハーサルだったのか、カメラ位置が決まると、三人とも日陰に避難し始めた。

アナウンサーだけでなく、皆汗だくで「はぁはぁ…」言っている。

(皆さま、ご苦労様です。)

”真夏の屋外ロケ” の過酷さを知っている僕は、そう心の中で労ってから トンレサップ川に向かった。

太陽の下で見るこの川は 大きく美しい。

地元の漁師さんの木の小舟がゆっくり進んでいく。。

ゆったり下流へと流れ行く水の流れが、悠久の時を思わせ、実にゆったりとした気分にさせてくれる。

僕はこの場所が、すぐに大好きになった。

僕はしばらくこの場所を堪能した後、

(また夕方に来よう!)と決めて博物館へ歩き出した。

川の少し下流に歩き、右折し、少し歩くとすぐに博物館の入り口に着いた。

入り口から中に入ると、すぐ右側にテントのような作りの、しっかりとした作りの小さな劇場があった。準備をしている 若い女性スタッフと目が合うと、寄ってきてチラシをくれた。

どうやら、カンボジアの民族舞踊の公演をしているらしい。

開演時間を聞くと、19時だという。ついでにちょっと中を覗かせてもらう。

白い布で、外と仕切られている作りだが、今は布は開いている、劇場内を見ると、客席は満席でも60人も入らなそうな、こじんまりとした作りで、どの席からも、ステージが良く見える素晴らしい作りだ!

僕はがぜん興味が湧き、ここでのショウを見ることにした。

スタッフさんに値段を聞くと、チケットは 3種類程あって、ステージに近い程高いらしい。一番安いチケットで15ドルだという。

(少し高いなぁ…ハズレだったらどうしよう。)

と多少迷ったが、カンボジアのエンターテイメントに触れる貴重な機会である。

客席を見た僕には、仮に一番後ろの席でも十分楽しめることが分かっていたので、一番安い15ドルのチケットを買うことにした。

スタッフさんに「チケットを買いたい」というと、博物館の入り口にある、チケットオフィスに案内してくれた。

窓口の人のよさそうなおばさんに話しかけると、10ドルだと言われた。

 …え?! 安くない? 

 15ドルではないのですか?

と聞くと、おばさんは

ミュージアムじゃないの?」と聞いてきた。

僕は笑いながら、劇場を指さし

「あれ、あれ!」と言って「舞踊のチケット」が買いたい旨を伝えると、

「ちょっと待ってね」と言ってから、しばらく待たされる。

何かごそごそしてから、やっとチケットを売ってくれた。

どうやら舞踊のチケットを売る準備をしてなかったようだ。

ちょっと不思議に思ったが、考えてみると、カンボジアでは、こういうところに来る人はツアーで来るか、きっと開演の直前にチケットを買うのだろう。

僕のように予定をわざわざ組んで、先にチケットを買うような人は、カンボジアには、めったにいないのだと思う。

(確かに予定が変わることもあるし、

 直前にチケット買えばいいんだよなぁ…

 売り切れてたら、また来ればいいのだから)

公演の前に、事前にチケットを買って準備した僕は

 色々旅してても、

 やはり自分は まだまだ日本人だなぁ。。

と改めて感じてしまい、急に可笑しくなってしまった。

僕は思わず「うふふふ…。」と不気味に笑っていた。

周りの人から見たら、きっと 暑さでおかしくなった人に見えた事だろう。

そんな事を考えながら、僕は自転車を借りる為に、パブストリートの近くにある 貸自転車屋さんに歩き出していた。

 

続く

 

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↑ セントラルマーケットとバザール

 

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国立博物館

 

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↑ 貰ったチラシ 面白そうだ!


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↑ 悠久の時を刻むトンレサップ川


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↑ トンレサップ川沿いに建てられた "選挙会場" 


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↑ アナウンサーを焼き殺そうとするスタッフ 笑