猫好き俳優 東正実の またたび☆

俳優 東正実の東南アジア旅

泊まる場所が無いので、少数民族に泊めてもらう。

 

第160話

泊まる場所が無いので、少数民族に泊めてもらう。

 

僕はまとめて宿を予約しない。

こまめに延長するのだ。

そして、そんな僕を脅かす事件がついに起きた。

 

僕は新しい街に到着した初日だけ、街を知るために宿を吟味しとりあえず、2,3泊は予約をする。

そして、その街を気に入り、その宿が良ければ

「明日もここに泊まろう」と思って、その日の朝に、予約サイトや、宿の主人に言って、今泊まっている宿の予約をこまめに延長する。

次の日だけか、最大でも二泊まとめてである。

それでも今までの宿は気を使って、宿の主人が

「今日も泊まるのか?」聞いてくれたり、まず部屋が空いていて、予約出来ないことが無かった。なので僕はそういうスタイルで、旅を一ヶ月半以上続けていた。

そして、そんな宿泊スタイルを確立し、すっかり油断していた僕についに悲劇が起きたのだ。

 

ある日、明日も今のマイクの宿に泊まろうと、予約サイトを開いたところ、満床で予約が取れなかったのだ。

(あ、あれ??  泊まれるベッドが無いぞ。。

 え?  明日ここから追い出されるの?)

と呑気な僕はビックリしていた。

幸い今日は、昨日延長したのでここに泊まれるが、明日は泊まれない。。のかな?

 

 " 何かの見間違いでは無いか? "

そう考えた僕は、他の予約サイトで確認してみた。だが… やはり満床であった。

部屋から下に降りてみると、たまたまロビーに顔を出していた宿の主人のマイクがいた。彼に本当に満床なのか聞いてみた。

すると彼は例の不思議な笑顔で

「空きはないみたいだね。」

とニコニコと答えてくれた。

宿にほとんど来ない主人のマイクは、わざわざ連泊している客に「明日も泊まるのかい?」などと確かめる事などしてくれない。

ベッドさえ埋まれば良いという考えなのか。。?

「明日チェックアウトするから

 あなたは予約をしてないんでしょ? 」

とばかりに、宿泊客本人にはあまり興味が無いらしい。

何かとても哀しい気持ちになったが。。まぁ、普通はそんなものなのだろう。と諦めた。

確かにそんな期待は無い物ねだりだ。

今までの宿の主人たちが優しすぎたのだろう…

 

僕は、明日は違う宿を探さなければならない現実に、朝から直面してしまった。

僕はこれを機に、宿替えではなく、小旅行で「一泊2日」の泊まりのツアーに行く事にした。

そして、明後日にはまた宿に戻ってくるのだ。

幸いな事に、予約サイトによると明後日はまたベットが空くからだ。僕は千円程度のこの宿を

「東南アジア史上 最高の宿!」と勝手に認定し、本当に心から気に入っていた。なので、

「この宿を引き払う時は

 チェンマイを出る時だ!」

とまで決心していたのだ。

なので明日は、噂には聞いていた少数民族の村に行くツアーに参加し、明後日にはこの宿に戻って来る事にしたのだ。

お気に入りの宿を追い出される事に、意外と心にダメージを負っていた僕はきっと、

(ツアーに行くから、一旦宿を出るだけだ!)

と自分自身に言い訳をしたかったのかも知れない。

 

聞いた話によるとここチェンマイには、アカ族や、カレン族などの山に住んでいる山岳小数民族が複数いて、有名なところでは、昔よくテレビでやっていた、

「首長(くびなが)族」の集落もここチェンマイの山岳地帯にあるらしいのだ。

そして、どうやらそこにお邪魔できる宿泊プランがあるとの事だった。

 

噂で聞いただけだが、少数民族の中には、ミャンマー内戦の時に、山越えで国境を越え、タイの山岳地帯へと逃げ込んだミャンマーの部族が、そのまま住みつき、生きる為に、急に観光ビジネスで山岳少数民族を名乗り、商売でやっている人達もいるという。。本当だろうか?

 「ビジネス少数民族

…何かあまり笑えない。

 

まぁ、とにかくそういったツアーで観光客を受け入れる事で、少数山岳民族たちは潤っているという話である。

だが、逆に言えばそのお陰で僕たち観光客も、貴重な体験をさせて貰えるのだ。

僕はそこに行くツアーに申し込む事にした。

気の良さそうな30代の女性がやっている、小さなツアー会社の窓口を見つけて色々と聞いてみた。

そこで、首長族のツアーに興味津々だった僕は打ちのめされた。なんと首長族のビジネスライクっぷりが凄まじかったのだ。

まず、村に入るだけでお金がかかるというのだ。入るだけで入場料を取られる村。。ぇ?

もうそこは、ビジネス少数民族を通り越して、

アミューズメント少数民族 と言わねばなるまい。

僕はそれを聞き、急に興が覚めてしまった。

あのテレビで何度も見た憧れの首長族。

「首が長いほど美人とされるのよ☺️」

と誇らしげに語り、首に少しずつ輪っかを増やしていき、どんどん美人(首なが)になっていく女性たち。。

そんな神秘の人達に会えると喜んでいた僕の心は完全に冷めてしまった。

 

 おいおい、俺 騙されてたよ。子供心に。。

意外と傷ついていた僕は、もう一番安い民族ツアーに行く事にした。

(もう、少数民族に逢えれば、

 何族でもいいや。。)

失礼だが、そんな気分になっていた。

 

とりあえず一泊の山岳民族ツアーに申し込んだ。確か「アカ族」という部族だった気がする。どんな部族なのだろう。。?

世界には色々な部族がいて、中には「首狩り族」と言う怖い部族もいるらしいと言う事は、子供の頃本で読んだ。

タイだから少数民族の方も気のいい方が多いとは思うが、何せ油断はできない。

だが僕はとにかく、彼らの村に飛び込んでみる事にしたのだ。

 

横浜の少し治安の悪い地域の中学校出身の僕は、中学生当時、まだ現役の暴走族が地元にいた時代であった。

(全く関わった事は無いが…)

 

また、大学の演劇部の一番仲の良かった気のいい先輩は、何故か町田の元族の総長だったし。

某有名な運輸会社でバイトしている時に可愛がってくれた社員さんも、何故かバブIIに乗っていた元族の総長で、社内でのあだ名もバブだった。。

某有名居酒屋チェーン店で店長代理をしていた時も、可愛がってくれたのは元族の総長のブロック長であった。

僕は暴走族とは全く関わりがないのに、不思議と周りには元族の方が多かったのである。

(たまに調子に乗って、僕が口を滑らせると、

 もう落ち着いていて優しくなっているハズの

 元総長達の目つきは急に恐ろしい目に変わり

 本気で謝る事もたまにあったが、

 何かあった時は必ず助けてくれる

 本当に心強い、優しい人達であった。)

 

つまり僕は「族」と呼ばれる人達には慣れっこなはずなのである! 

今更何族が来ても、別に動じるわけなど無いはずだ。 " 仲良くなれるさ" と自分に言い聞かせた。

一番安いツアーは、明日の7時に集合という事だった。

僕はすぐに宿に戻り、明日のツアー用に軽めのリュックサックに、必要最低限の物を入れ、まだ宿にいた店主のマイクに、大荷物を明後日まで預かって貰えるように交渉した。

マイクは快諾してくれ、意外な事に荷物を鍵付きのクローゼットに入れて預かってくれるという。

(思ったよりちゃんとしてくれている…)

これで安心してツアーに行って戻って来れる。

 

ツアーのしおりを貰っていたので、よく読んでみると、宿泊先は、電気もガスも来ていない辺境らしいので、懐中電灯が必要で、虫除け草除けの為に長ズボンで来て欲しいと書いてあった。どうやらかなりの僻地に登るらしい。電気などは通っていないので、夜トイレに行く時などに、懐中電灯必須らしい。

(携帯のライトで十分ちゃうの??)

とは思ったが、そこはリスク回避に命をかけている初海外の僕である。しっかりと用意をする事にした。

 

前に、少し仲良くなった親父さんのいる文房具店で、懐中電灯があるか聞いてみる事にした。

すると小さなしっかりとした懐中電灯が売っていた。コンパクトなLEDライトで、僕の求めているサイズだった。

値段を聞くと、だいぶ前から置いてあるので、400円でいいと言う。

少し高く感じたが、きっと日本のハンズで買ったら、数千円はするだろう。

おじさんは、気のいい人で、サービスで別売りの電池を入れてくれ、それ込みで400円で売ってくれた。

そんな心遣いが嬉しく、本当にいい買い物をしたと思った。

準備ができた僕は早く寝ようと、今日は夕方早くからグランマのお店に吸い込まれていた。

 

いつものポークステーキとチャンビアーをやりながら僕は、まだ見ぬ山岳民族に思いを馳せていた。。

 

つづく。

 


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チェンマイの山岳地帯

 

 

 

 

 

 

 

 

グランマのお店のポテンシャル

 

第159話

グランマのお店のポテンシャル

 

コーヒーを飲み終えると、ベンも「仮眠する」と二階へと上がっていった。どうやらここ数日の夜遊びが祟って、彼らは相当な寝不足のようだった。

 

しかし、寝る前にカフェイン摂取とは、全くよく分からない行動である。

普通は目覚ましに飲むものであるが、ベンほどの大男だと、余程の量を摂取しなければ、コーヒーは眠気覚ましにすらならないのかもしれない。

 

やがて珍しく店主のマイクが宿にやって来た。

そして僕を見つけると、何やらビニール袋を持って近づいて来た。

「あなたのだよ」と渡されたそれを確認すると、僕の服だった。

今朝、隣のランドリー屋に預けた洗濯物を、女性店主が、僕の宿にわざわざ届けてくれた様なのだ。早く出来上がったので、気を遣ってくれたらしい。

僕は意外な心遣いと、予想外に早く洗濯物が返ってきたことに喜んでいた。

実は今日、(夕方には出来上がるだろう)と、いつものノリで、昼ごろに洗濯物を預けたのだが、

「出来上がりは明日になります。」

とびっくりする事を言われたのである。

理由を聞くと、それも驚きで

「今日は一日曇りだから、

 夕方迄に洗濯物が乾かない…」

という理由だった。それを聞いて僕は、改めて自分の浅はかさに気付かされた。

「ランドリー屋」と言えば、洗濯機と乾燥機があるのが当たり前だと勝手に思っていたのだ。

だがそれは " 日本人的な感覚 " なのだ。

客商売でやっているとは言え、洗濯機で洗った後は、普通に干して自然乾燥なのが、タイでは一般的な個人経営の「ランドリー屋」なのだろうと、僕は悟ったのだ。

確かに昼頃洗濯したものが、曇り空では完全に乾くはずはない。当たり前の事である。

勝手に全てが機械化されていると、当たり前に思い込んでいるのは、効率や機械化が当たり前の日本的感覚なのである。

チェンマイに来て、一番自分の目から鱗が落ちたのは、意外にこの「ランドリー屋」の一件であった。

そして今日は、晴れ間の時間帯もあったので洗濯物は上手いこと乾き、それを明日取りに来るはずの僕に気を使って、わざわざ届けてくれたのである。

本当にありがたいし、嬉しい心遣いである。

僕は部屋に戻りそれをベッドに放り込み、また一階へ降りてきた。

 

ゆっくりと外を見ていると、やがて日本人らしい男性がやってきた。ガラス越しに見えるその男は間違いなく平松くんであった。

玄関の施錠を開けて、中に招き入れる。

服を着替えて来たのか、特に濡れていないがなぜか汗だくであった。

「いやあ、バイク返してきて、雨止んだんで、

 走ってきましたよー 笑」

とさわやかな顔で彼は笑っていた。

どうやら僕と遊びに行くのをよほど楽しみにしてくれていたみたいだ。

 

店は僕に任せるとのことだったので、グランマのお店に連れて行く事にした。

いつものママは奥にいて、今日は息子さんが迎えてくれた。僕の顔を見ると笑顔で挨拶してくれ、わざわざグランマが奥から出て来て声をかけてくれた。

キッチンからわざわざ出てきて僕に挨拶してくれるのが嬉しい。相変わらずの、気っ風のいい笑顔で迎えてくれたグランマは、

「今日は友達連れかい?  珍しいね。」

と不思議そうな顔をしている。

バンコクの宿で一緒だだったんだ。

 せっかくだからチェンマイで、

 一番美味しいお店に連れてきたよ。」

と僕がいうと、グランマは胸をそびやかして

「そうかい! そりゃ良かった!」と笑っていた。

日本人のようにすぐに謙遜しないところが素敵だ。それにここの美味しい料理に誇りを持っているのがよくわかった。

 

席について早速チャンビアーの大瓶を頼む。

間違いのないツマミ、ポークステーキも2人前頼む。2人前でも280円である。

早速チャンビアーで改めて再会に乾杯をする。

平松くんの宿は15分程離れている所にあるらしい。

また雨が降る前に「今だ!」と走って来てくれたので、汗だくだったらしい。

一緒に飲むのを相当楽しみにしてくれていたらしい。ありがたいことである。

 

彼はすでに50カ国以上行った事のある猛者であるらしい。50カ国も旅しただけあって、独特の人懐っこさと柔らかさを持っている不思議な若者であった。

こういう若者の例に漏れず、旅の資金が尽きそうになると、青年海外協力隊で働いていたらしい。 例のオーストラリアの農園でお金を稼いで、貯まったお金で、また旅を続けるのだ。

今、日本には2年半程帰っていないらしい。

(オーストラリアでは物価が高いのと、

 寮付き食事付きの仕事の為、

 二ヶ月で70万以上貯まるらしい。)

 

そんな彼には意外な弱点があった。それは、

「お店選びが下手だ」という事だった。

やって来たポークステーキを食べた彼は、

「えええ?  美味っ!! えええ??

 140円? 安っ!!! 美味ぁあああ!」

と驚愕していた。そして、

「こんな良い店どうやって見つけるんですか?」と聞いてきた。

50カ国以上旅している猛者の平松くんだが、なんでも彼は「レストラン選びを外す」という、特殊能力の持ち主だというのだ 笑

僕は食べ物屋をほとんど外さないという特殊な能力がある。そんな真逆の能力者の二人が、ここチェンマイでついに相まみまえたのである。

平松くんは、僕がほとんどお店を外さないということを知り、僕に畏敬の念を持ったようだった。

 

彼はバンコクで知り合った宿から、僕に何かを感じていたのか、是非話したかったという事である。

聞き上手の彼に、僕の旅の話をすると、本当に興味深そうに聞いてくれる。 さらに感心してくれるので、うっかり僕の方が旅の先輩のような気がしてくるから不思議だ 笑

 

そんな勘違いも相まってか、宿の話になった。

「あそこ良い宿でしたね!」と言われた僕は、得意げになって、

「まぁね! あれで千円ちょっとだから、

 掘り出し宿だね。 安いのよ〜!」

といった後、彼にも宿の値段を聞いた所。

「まぁ、僕はあんまりな宿ですが安いです。

 ドミトリーだけど、僕だけなんで、

 貸し切り状態なんで居心地いいですよ。

 100バーツです。」

そうサラリと言われて、僕は止まった。

 

(ひゃ、100バーツ? …330円じゃん!)

なんという事であろうか、偉そうに1000円の宿を自慢げに話していた事が非常に恥ずかしい。。

やはり50カ国の旅の達人に、調子に乗って色々と話すものでは無い。。と僕は反省していた。

というか恥ずかしくて顔が赤くなっていた。

すぐ調子に乗る僕の悪い癖である。

初めての海外で色々経験したとはいえ、駆け出しの旅行俳優である。。本当に気をつけねば なるまい。。😅

 

なかなかチェンマイとはいえ300円の宿に嬉々として泊まる事など、まだまだ僕には出来ない事である。

その一事で、改めてこの青年を僕は尊敬してしまっていた。

(ひ、平松。。やっぱりすごい猛者だ。)

ジャパンアクターにすぎない僕は、役者でも無いのに、平然とハリウッド感を出してくるミスター平松に、既に脱帽していたのだ。

 

ここからは平松くんの話を中心に聞く事にした。彼の旅の話はとにかく面白い!!

色々と興味深く聞いた話の一つで、一番面白かったのは、中東に住んでいた時のラマダン」の経験記だった。

中東のイスラム教国家の、ある国で、英語が堪能の平松くんは、臨時でちょっとした日本語教師をしていたらしい。

ラマダンと言えば、断食。。というイメージしかない僕らだが、これはイスラムの厳格な時期だ。

朝から夜まで、決められた時間になるまで水さえ取れないという、昔の日本の野球部すら凌駕するストイックさである。

だが、決められた時間さえ過ぎれば、飲み食いしていいらしいのだ。

当時学校の先生をしていた平松くんは、18時の食事の解禁が始まると、借りていた家に帰るまで、途中の全ての家に歓待された。

「先生!センセイ!うちで食べていってくれよ!」

(それを断るのは失礼に当たるらしい。)

それにより、家に帰るまで、道中全ての家で、たらふく食わされた平松くん。

そのせいで、ラマダンの時期は、人生のMAXで太ってしまったらしい 笑

断食の時期に一番太る事がある。。

 

全く! 知識でしかラマダンを知らない我々からすると、信じられない爆笑コントであるが、実際現地で経験した人から受ける印象は全く違う! 面白い。

僕はますます彼が好きになり、宴はひたすら続いた。僕らが飲むチャンビアーを、グランマの息子のウエイターさんが、何度コンビニに買い出しに行った事だろう。。? 笑

 

やがて12時近くに閉店になった店で僕らは、お互い固い握手をして、

「また逢おう!!」とハグまでしていた。

 

グランマの息子さんが、

「閉店だから送っていくよ。ブラザー!」

と僕たちを友達認定してくれており、平松くんは、息子さんにスクーターに2人乗りで送ってもらう事になった。

 

全てが優しく最高の夜であった。

まさかの送迎サービス付きの、グランマのレストランであった。

僕は最高の気分で宿へと歩いてかえったのであった。

 

出会いに乾杯!!

再会するだけあって、やはり縁があるひとがいるのだな!と思い知った夜である。。

 

つづく


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↑ 個人情報保護の為、サングラスに加工された平松くん😌

 

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↑ 相変わらずのポークステーキ

 

 

次話

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雨と珍客と 情緒のないアメリカ人

 

第158話

雨と珍客と 情緒のないアメリカ人

 

視界さえ危ういスコールの中、ソンテオは慎重に運転をしてくれていた。

 

そんな中、荷台の客席で彼女と改めて話をする。

シャイに見える彼女は、少しは僕に気を許してくれたのか、初めて名前を教えてくれた。

彼女の名前はルトナさんと言うらしい。

「良い名前ですね。」と僕が言うと、彼女は少し照れて笑った。

そして、やがて市街に入ろうと信号待ちをしている時、いきなり人が乗ってきた。

カーキ色のフード付きのジャンパーを着ていて、フードは被りっぱなしだ。

(おお!お客さんが本当に乗り合いで乗ってきた)

と僕もビックリしていると、彼は勝手に椅子に座って寛ぎ出した。

顔を覗いてみると中華系の観光客らしい、30歳位の坊ちゃん刈りの、丸メガネの小太りの男性だった。

 

僕は乗り合いタクシーの交渉を見るのは初めてである。ワクワクしながらルトナさんの交渉を見ていた。

彼女は柔らかく英語で「どちらまでですか?」と聞き始めた。

すると男は頷くと、そのまま座っている。また彼女が同じ事を聞いても、彼は手を広げて(わからない)というジェスチャアをした。

ルトナさんは困った顔をしている。

それはそうだろう。行き先のわからない客を乗せても値段交渉も何も出来ないからだ。

 

さらに粘り強く話しかけると、分からないというジェチャーの後、少し怒りながら、

「話しかけないで!」とばかりに手を振って、彼女との会話を終わらせようとしていた。

勝手に人様の車に乗り込んで来たくせに、随分と横柄な厚かましい男である。

それに、相手が押しの弱そうな女性スタッフなので、舐めてかかっているのだろうか?

 

雨の中、後ろから駆け込んできた為この男は、運転席に「最強の男」が乗っているなどとは思ってもいないのだろう。

そのうち男は、彼女の言葉を完全に無視して、平然と席に居座り、我が物顔で携帯をいじり始めた。

僕はそれを見てさすがに呆れていた。

「なんだコイツは?」と。

しかし、商売と関係ない僕である。

余計な事をすると失礼になるかもしれない。

僕より遥かに、こんな変な客にも慣れているはずの彼女に任せていれば良いと思い、黙って見ていた。

ルトナさんはなんとか笑顔を浮かべ、必死に話しかけるが、今まで対応した事のない観光客の様で、戸惑っているのが見ていてよくわかる。

そしてついに男は、完全に無視を決め込んでいる。

 

一体この男は、雨を避けるために乗り込んで来ただけなのか…?

それとも無料バスか何かと勘違いしているのだろうか?

 

ルトナさんはついに話しかけるのを諦め、困った少し悲しそうな顔で僕を見た。

それを見た僕はついに動くことにした。

目の前で女性が困っているというのに、力を貸さないなどと言う事は「男が廃る」と言うものである。

それにドン・フライ氏は運転中の為、可憐な彼女を守れるのは僕しかいない。

僕は軽く手をあげて彼女に「任せて」と合図を送り、男の真向かいに座り、話しかけた。

「ハイ! へーい、ハロー!

 マイネーム イズ マサミアヅマ

 ワッチュア ネーム?

 ウェアーユー ゴーイン??

 ユー スピーク? んん?

 ユーゴー、ホテル? ステイション?

 ディスカー イズ タクシー。OK?

 テイクざカー ニード マニー。

 ノットフリー。  あんだスタン?

 ユーゴー ホテル?

 ユー ハブ アドレス?

 ウェアー?  ユー ホープペイ

 ハウマッチ? バーツ?」

僕がそう捲し立てると、彼は初めて顔を上げた。

そして丸メガネの彼は僕の勢いに驚いたのか、ポカンとしていた。

 

(英語が通じないのかしら…)

そう思った僕は今度は日本語で、同じ事をジェスチャア付きで、畳みかける様に丁寧に捲し立てた。

これまでの経験から、恐らく通じない英語より、同じく通じない日本語の方がまだ伝わるはずだと確信していた。

すると効果はてきめんで、彼は「降ります…」というジェスチャアをしてきた。

僕は彼女に

「降りると言ってくれてるけど、

 降りてもらった方がいいかな?」

と確認すると、彼女はホッとした顔で、大きく頷いた。

 

とはいえ、少し弱まったとはいえまだ雨は強い。流石にすぐ降りさせるとびしょ濡れになってしまうだろう。

常識のない厚かましい男ではあるが、それはいくらなんでも可哀想だ。

そう思っていると、丁度信号待ちでソンテオが止まった。すぐ後ろに見えた建物の真横に、軒先のあるカフェのようなお店があった。

僕は彼に「あそこで雨宿りして!」とこれまた日本語で強く伝えると、彼は大きく頷き荷台の後ろから降りていった。

そして軒先で雨宿りする彼を残して、ソンテオは再び走り出した。

 

それにしても、どっと疲れた。。

男が一言も発さないのも不気味であった。

目を見てしっかりと話すと伝わっていた様だが、それでもジェスチャーだけで返事をする変な男だった。

別に喋れない様子ではなかったのが、不思議な男である。雨がつれてきた珍客とでも言うべきだろう。

 

ともあれ、ルトナさんを助けられたので、この疲れもまた良い疲れである。

「助かりました。マサミさん、ありがとう!」と言ってくれた彼女に、

「あんなお客さんは多いの?」と聞くと、

「あんな変な方は初めてです。。」

と教えてくれた。流石にあのレベルの変人は稀らしい。

 

矢面に立って交渉した僕に心を許してくれたのか、彼女は隣に座ってくれ、2人で宿まで色々と話をした。

彼女は小さい時に母を亡くし、それから父娘2人で生きてきたという。

父は彼女をとても大事に育ててくれて、とても優しいのだそうだ。

「頼り甲斐のある、強そうなお父さんで良いね」

と僕がそう言うと、彼女は本当に嬉しそうに

「父は本当に優しくて頼りになります!」

と答えてくれた。その綺麗な笑顔を見た僕も、自然と笑顔になる。

こちらまで嬉しくなる様な仲の良い父娘であった。

雨のせいか、不思議なゆったりとした時間を彼女と過ごせた僕は、とても柔らかい気持ちになっていた。

やがて車は宿のすぐ隣の通りに着いた。

宿まで送ると言われたが、すぐそこだからと僕は断った。幸いに雨もほぼ止んでいたからだ。

 

精算をして彼らにお礼を言い、そこで別れた。

本当に暖かい気持ちで僕はソンテオを降りた。

助手席でルトナさんは最後まで手を振ってくれた。僕も車が見えなくなるまで見送る。

最初一度断ったソンテオのチャーターだが、再び声をかけて貰った。 その時に

(きっと縁があるのだろう)と腹を決めて乗って正解だった。

(うーん。。センサーが研ぎ澄まされている)

ここチェンマイに来てから、より旅が上手く回っている気がする。初日に挨拶した仏様も含めて、改めてこの土地に感謝しなければならないだろう。

ここはバンコクほど刺激はないが、とても落ち着く。日本人の僕から見ると、タイの人は皆ゆったりとしている様に見えるが、同じタイ人でも、やはり大都会バンコクチェンマイでは、チェンマイの方がよりゆったりとしているのだろう。

まぁ、よく考えれば当たり前のことかもしれない 笑

 

心地の良い小雨の中、宿までゆったりと歩いた。僕の心はタイに来てから一番、優しく柔らかくなっている気がした。

宿の玄関をカードキーで開け、中に入ると大男のベンが、珍しく一人でいた。共有スペースの机でコーヒーを飲んでいる。

彼は僕を見つけると早速話しかけて来た。

聞くと、相方のアランはどうやら上で仮眠中らしい。

 

彼は僕の表情を見て、ニヤリと笑ってこう言った。

「ヘイ、マサミ! どうしたんだい? 

 なんだかニヤニヤしているけど…あ!

 可愛い女の子のいるお店でも見つけたのか?

 どこだい?!  一緒に行こうぜ!」

いきなり無粋なことを言われ、僕はせっかくの気分を台無しにされた。。

「お前には情緒というものがないのか?!」

と怒鳴ってやりたかったが、相手はアメリカ人である。そんなものを期待してはいけないと思い直した。

それに僕がニコニコしている理由が、素敵な女性のお陰と言うのは、あながち間違いでは無い。

 

この熊のような大男は、ヒゲモジャで無類の女性好きの様だが、なんだか笑顔が可愛くて憎めない。

愛嬌の塊の様なクマさんなのである 笑

僕はそんなベンを見ていて、先程の嫌な気持ちもすっかり無くなり、笑ってしまっていた。

 

僕も無料のコーヒーをいれ、ベンの向かいに座って話して時間を潰すことにする。

ここで平松くんを待つ事にしたのだ。

先程確認したところによると、あのハリウッドスターは、どうやら無事に宿に着いた様だった。

 

ベンのお代わりのコーヒーも持って席に戻り

「俺がニヤついている理由を教えようか?」

と声をひそめて言うと、ベンは身を乗り出して、興味深そうに大きく頷いた。

「…これからデートだからさ。」

そういうとベンは目をまん丸にして僕を見た。

すかさず僕が「男性とだけどね。」といたずらっぽく言うと、ベンは、

「なんだよそれ! ツマンネェ!」

と言った後、大笑いしていた。

その顔はまさに、森のクマさんそのものであった。

 

やれやれ、今日はやけに癒される日である。

 

つづく

 


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↑ 豪雨を連れてきた雨雲

 

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↑ 各宿や色々なところに各々の地図がある

     チェンマイ

 

 

次話

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夜景からの大脱出

 

第157話

夜景からの大脱出

 

ドイステープの展望台はとても気持ちが良く、まったく飽きがこない。

 

缶コーヒー片手に街並みを見ていると、時間の無い僕の為に、チェンマイが気を遣ってくれているのか? と思うほど、日はどんどん落ちていってくれた。

その合間に観光客から写真を何枚か頼まれたので、全て応じて彼らと笑顔で別れる。

観光地でのこういう交流もまた良い時間である。

 

そんな中どんどん日は暮れていく、街にはタイにしてはせっかちなのか、まだ日のあるうちから電気がついている建物も多い。

そして、ついに待ち合わせの時間を過ぎてしまった。だが肚を据えている僕には、時間はもう関係ない。

 

だが、ここで「時間」以外の問題が起きた。

街の反対側に、信じられないくらいの大きな黒い雲があり、それがゆっくりと近付いて来たのだ。

東南アジアに一ヶ月半いる経験から僕には、あの暗雲が土砂降りの豪雨を運んで来ている事がすぐに分かった。

しかもしばらく降り続きそうな雲の大きさである。

(やばいなぁ。 雨雲と落日の競争だな… )

そう思っていると、平松くんが戻ってきた。

「ヤバいすね! 東さん

 あの雲はやばいですね。」

曇りの為、もうちょっとで暗闇になりそうな街並みを見ながら、

「もう少し粘ろう!」と僕が言うと、彼も

「気合いっすね!」と同意してくれた。

時間が少しあるので、連絡先を交換する。

Wi-Fiが飛んでいないので、その場でのLINE交換が出来ず、念の為僕のGmailを教えて、宿に着いたらそれを見る事にする。

ついでに僕の宿の名前を教えて、後で検索して来てもらう事になった。

後で街で合流して飲みにいく事にしたのだ。

 

どんどん迫ってくる黒い雲… そして落ちていく日。

そして、ついに夜景になった!(と感じた 笑)

「今だ!」とばかりに僕たちは、夜景をバックに手早く写真を撮り合う。

そして平松くんと「よし!」とばかりにアイコンタクトをした。

そう! まだ雨は降っていない。

 

その後僕たちは寺に走って戻り、入り口へと向かい、そこから下へと向かう階段を、急いでかけ降りていく。

上空では、ゴロゴロと雷まで聞こえてきていた。

しかし、さすが300段以上の階段である。。駆け降りるのも結構キツかったが、そんな事を言ってる場合では無い。

息切れをしながら、やがて入り口まで降りると、平松くんは坂の上の方へ走り出した。

 

実は彼は、レンタルの原動付きバイクで来ていると言っていた。。大丈夫だろうか?(^_^;)

一応、上で心配して聞いていたが、

「雨雲から逃げながら走るんで、大丈夫です!」

とハリウッド映画さながらの事を言っていた。

 

残された僕は入り口から坂の下のソンテオを探す事にする。

すでに時間は15分程オーバーしていた。

入り口から降りると、なんと! 例の彼女が入り口のすぐ下で待っていてくれた。

一瞬怒られるかな?と思ったが、彼女は笑顔で僕を迎えてくれた。

「ごめんなさい。遅れました。」

と僕が謝ると、

「いえ。 どうです 楽しめましたか? 

 時間通りですから、大丈夫ですよ。」

と気を遣って、逆に優しい笑顔で迎えてくれた。

しかもソンテオは坂の下の方に止まっている。

彼女は雨の事を心配して、入り口まで来て待ってくれていたのだ。

僕は感動してしまい、、

(うーむ、やはり天使だ。。いや… 天女様だ!)

その柔らかい笑顔に、天空から少しだけ降りて来た僕には、彼女が本当に天女に見えていた。

雨が降る前にと、僕が車に戻ろうと坂を急いで下ろうとすると、彼女が着いてこない事に気がついた。

不思議に思って振り返ると、何故か彼女は辛そうに跋扈を引いていた。

 

(???  ええ?! 怪我したのかな?)

僕は心配になり、彼女の元に駆け寄った。

 

「だ、大丈夫?? ゆっくりで良いよ。

 どうしたの? 足を怪我したの?!」

僕が心の底から心配してそう言うと 彼女は、

「実は、交通事故に遭いました。。」

とだけ言った。

 

(そんなバカな!? 僕を待っている間に…?

 あぁ! 僕が遅れた所為ではないだろうか…)

 

僕が申し訳なさそうにしていると彼女は

「実は、数年前に交通事故にあって

 それ以来足が悪いんです。。」

と改めて教えてくれた。

 

僕には全て合点がいった。 そうだったのだ!

それで彼女は、父の隣で仕事を手伝っているのだろう。

 

最初は平地だったのと、行きは登り坂だった。

だから上手に歩けていた彼女に、何も思っていなかったのだが…

やはり下り坂だと、うまく歩けないらしい。

 

「大丈夫です!」と言い張る彼女に僕は手を貸して、ゆっくりとソンテオまで一緒に降りて来た。

助手席まで送ると、彼女はお礼を言い、運転席の父ドン・フライ氏も心なしか優しい目で僕を見ている気がした。

彼女が乗るや否や、ドンフライ氏は元の厳しい顔に戻り、立てた親指で鋭く荷台の方を指差した。

僕も頷き、走って荷台に飛び乗った。

帰りもあの究極のクネクネ坂である。しかも下りはさらにスピードが出るに違いない。

雨などが降ったら、スリップの危険が大幅に増すに違いない事は、ドイステープに初めて来た僕でも容易に想像ができた。

 

下りは、最初は例の両側の林を抜ける直線の緩い坂だ。そこをソンテオは颯爽と降っていく… 周りには車も何もいない。

 

そしてここで凄いドラマが起きた。

遥か後方から、初めは豆粒のようだった原チャリが、ドンドン近付いて追いついて来たのである。

まるでハリウッドのヒーローが追って来たかのように!

 

バイクに跨るヒーローの正体は、もちろん平松くんだった。

「雨雲から逃げながら走りますよ!」

とハリウッド俳優顔負けのアクションを公言していた彼が、まさかさらに後ろからソンテオに追いついてくるというアクションを追加して、

「追いハリウッド」とばかりにアメリカを足してくるとは思わなかったので、僕は思わず笑ってしまっていた。

(平松くん。。君はトム・クルーズかよ? 笑)

僕は心の中でそうツッこんでいた。

 

そこでまた奇跡が起こる。

僕に挨拶する為に真後ろに着けている原チャリを見て(ふむ… 煽って来てる?)と思ったらしいドン・フライ氏は「舐めるなよ!!」とばかりにアクセルを踏み、ものすごいスピードで引き剥がしにかかったのだ。

 

本気を出したドン・フライ氏に及ばず、今度はドンドン、ドンフライ号から原チャリが引き離されていった。

(いや、フライさん。。彼は仲間です。)

と伝えたかったが、運転席と繋がっていないので、それを伝える事など出来ない。

やがてバイクは視界から消えた。。

 

そして、またカーブ祭りである。

(またあの地獄が始まる。。)

と構えていたが、下りはエンジンブレーキと、ブレーキワークだけで降りる為か、登りほど揺れずに、気持ちも悪くならなかった。

単に僕が慣れただけかもしれないが…

そんなソンテオがこの伝説の坂を降りきり、例の坂の入り口の動物園前に来たあたりで、ついに雨が降り始めた。

僕たちは奇跡的に、坂が終わるまで雨に捕まらなかったのだ。

 

雨の中、助手席の彼女が再び荷台に乗ってきた時だった。雨は激しさを増し、ものすごい豪雨になった。その雨のカーテンで、後ろの景色さえ見えなくなる。

正に間一髪であった。

(平松・トム・クルーズは大丈夫だろうか?)

と一瞬思ったが、僕には確かめる術はない。

(まぁ、大丈夫だろう。気にしたら負けだ。)

彼から教わったマイペンライ精神で僕は心配するのをやめた。

 

「ベリィ レイニィ…(凄い雨だね…)」

当たり前の事を僕は彼女に呟いた。

ドイステープ祭りの最後の

「豪雨のアトラクション」の中、その雨の音と匂いを感じながら、僕と彼女はしばらくそれを黙って見つめていた。

 

 

つづく。

 

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↑ ライトアップされ始めた仏像


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↑ 夜を待つ僕 ドンドン雲行きは怪しくなる…


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↑ 百万バーツの夜景である。

 

次話

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天空で逢いましょう

 

第156話

天空で逢いましょう

 

 もう… だめかもしれない。。

 あ、吐きそう。。 ビニール袋あったっけ??

 

グロッキーになっている僕を乗せたソンテオは順調に坂を登り、最後の方にやっと直線が多くなった。そのおかげで僕は、少し落ち着きを取り戻していた。

 

一息ついた僕を、ソンテオは直線ながらに、両側が林の間の坂をまだまだ登っている。

(一体 どんだけ登ったら気がすむんだろう…?)

僕はもう、この長すぎる坂に感心していた。

 人生で一番、坂を上がった気がする…

 富士山の頂上にでも向かっているのだろうか?

そんな僕を乗せてソンテオは、坂を登り続けた。

 

この坂の長さを感じながら僕は、カンボジアシェムリアップでの、トゥクトゥクから見た、あのチリチリ赤毛の白人男性を思い出していた。

あの炎天下の中、遺跡を回る為にひたすら自転車を漕いでいた彼。。

その後、たまたま遺跡の頂上で再会した時、赤鬼のように真っ赤な顔で、しばらく会話すら出来なかったソバカスに丸メガネの彼。。

 

 嗚呼… 僕はまた過ちを回避したのだ。。

 

僕は心から安堵していた。

この旅に出てから常に発動している、自分の研ぎ澄まされた危機回避能力に感謝すらしていた。。

(本当に。。ホントに、自転車にしなくて…

 車にして良かった… 生きてて良かった!)

口を半開きにしてよだれを垂らしながら、僕は自分の判断を褒めていた。

 

海外ではたまにだが、一瞬の判断ミスが命取りになる事がある。

僕の危険センサーによる回避方法は、対人では、突然知り合ったり話しかけられた人に、

 ここまでは付いて行く。

 そして、ここからは走って逃げる!

と最初に線引きしてから人に付いていったり、話を聞いたりする。

それは対人用だが、こと移動手段や宿に関しても、(ここまでだな…)と、勇気ある撤退、宿替えをさっとする事が自分の身を守る事になるのだ。

意外とこの線引きは難しいはずで、僕の場合、役者やら、居酒屋の店長やら、日本でのこれまでの人生経験で培われている事が多い。

(勿論、旅の間に培われる能力もあるが…)

ようは危機回避能力すらも、人間力なのである。

 

偉そうに書いてしまったが、意外と日本でどれだけ経験値があるかが、海外では改めて問われるのである。 と僕は思っているのです。

 

そんな人生哲学を、改めてしている僕を乗せて、ドンフライ氏のソンテオは、やがて緩やかな坂にある、急に観光地感丸出しの場所に着き、停車した。

(あ、ココ、観光地だなぁ…)

だ思うのは、急に色々な車やソンテオが停車しており、今までひとつも見なかったレストランや、お土産屋らしき店が坂の上の方に見えたからである。

(ここでもまだ坂なのが 凄いぞ!

 ドイステープ!  坂すぎるぞ!!)

と思いながらトラックの荷台の後ろから、僕はヒラリと飛び降りた。

もちろん彼女が「着きました。」と呼びにきてくれたので、少し格好付けたのである。

 

彼女に入り口を教えてもらい、

「Uターンしてあそこで待ってます。」

と車との待ち合わせ場所を教えてもらい、僕は早速ドイステープの入り口へと向かった。

 

入り口はこの坂道の右側にあり、見上げてみると、結構な階段があるようだ。

(ええと… まだ登るんだ。。)

と思いながら右を見ると、チケットオフィスらしき窓口がある。どうやらこの寺は有料のようだ。

下調べをあまりしない、今回のチェンマイ旅である。料金が高くない事を祈りながら窓口の看板に近付いた。

恐る恐るチケット代を見てみる。

大人1人30バーツ(100円)とかなり安い。

そして、何故かもう一つチケット代があり、そちらは50バーツ(165円)であった。

 

不思議に思ってよく見てみると、どうやらこちらはケーブルカーの料金付きのチケットらしい。

(という事は… ケーブルカーがあるのか?)

と周りを見回してみると、窓口の右手には確かに、「ケーブルカー」という表示があった。

 

とりあえず、窓口の女性スタッフに聞いてみる。

「階段だと結構登りますか?」と尋ねると

「300段以上あります。

 ケーブルカーがオススメです。」

と教えてくれた。

今日は昨日のリベンジで「楽に寺まで行く」という目的がある。それを果たす為、僕は20バーツ(65円)足して、ケーブルカーに乗る事にした。

それに階段を避けて「小銭で楽して機械で登る」というシステムは、江ノ島エスカー」を彷彿とさせ、僕をワクワクさせた。

エスカーとは… ?   江ノ島にある

 ただの有料のエスカレーターである。

 江ノ島だとこれで神社や頂上に

 300円程でスムーズに行ける 笑)

 

小学校低学年の時、江ノ島への遠足でクラスの皆と乗る事になった、謎の乗り物エスカー。

「おい、みんなヤベェぞ!!

 今日、エスカーってのに乗るんだってさ!」

「マジで?!  なにそのカッコいい乗り物!」

「ヤベェ強そう!! ドラクエ4の

 最終ボスみてぇな名前じゃん!?」

と大盛り上がりしていた僕たち。

だが江ノ島で、いざ目の前に現れたのは、なんの事はない、ただのエスカレーターだった…

そんな強烈なオチを僕は未だに覚えている。

そんな僕は是非ともケーブルカーに乗ってみたかった。

 

料金を支払い、右手へ進み、タイのエスカーこと、ドイステープ専用ケーブルカーの乗り場に着いた。

もうケーブルカーは停車しており、そこに乗り込む。

形は巨大なただのエレベーターだった。。

斜めに移動する大きめのエレベーター。

江ノ島にあったら、きっと「エレベー」と名付けられたに違いない 笑

そんな事を思いながら僕は思わず吹き出していたが、周りの人は僕がなぜ吹いているかはわからない。

同乗した、派手なメイクの強そうなレディボーイの方にジロリと睨まれ、僕は真顔に戻って前を見ていた。

 

やがて5分程でエレベーは、頂上についた。

途中、エレベーの周りの景色は全てコンクリートであり、何の景観も見れなかった。。さすがエレベーターだ 笑

 

頂上に着くと、そこは煌びやかな建物がそこかしこに建っている。

タイによくある金色の仏塔もあり、隣の建物とのコントラストが素晴らしい。

 

色々な仏様をお参りして、一通り回ったかな?という所で、展望台らしき所に着いた。

ここからはチェンマイの街が一望できた。

少し暗くなりかかっている街は、それでも十分見応えがあった。

近くにアジア人男性がいたので、写真を撮ってくれるように頼むと、逆に日本語で話しかけられた。

「あれ? アヅマさん! 東さんですよね?

 ええ? 覚えてません?? 平松です。

 バンコクの日本人宿で一緒だった。」

言われて僕は思い出した。

 

二つ目の日本人宿で、例の「リリーさん」の話で盛り上がっていた時に、事の経緯を僕に説明してくれた若者である。

まさかこんな天空で再会するとは思わず、ちゃんと顔を見ていなかったようだ。

それに… あの宿には日本人が多すぎて、逆に一人一人、名前も顔も覚えられていなかった 笑

つまり、彼が僕を覚えてくれていたおかげで、僕たちは再会出来たわけだ。

 

お洒落な黒縁メガネに、キャップを後ろに被った平松くんと僕は、まさかの再会を喜んだ。

情報通の彼に教えて貰った所によると、ここは実は夜景が一番の売りだという事だった。

「暗くなるまで居なかったら、

 わざわざ来た意味無いですよ?(^_^;)」

とまで言われた。

先程から急に曇り始めた空のせいもあるのか、日は急に落ち始めていた。

 

「後15分程で、車に戻る約束なんだよね(^_^;)」

と言うと、彼から諭された。

「いや、ここはタイですよ?

 10分20分遅れても大丈夫ですって 笑」

「いや、、でも…」と口籠る僕に

「絶対夜景見た方が良いですって!」

と強く勧めてくれた。

(そうか、確かにここはタイなのだ…

 まだまだ俺は真面目すぎるんだな 笑)

と思い直した僕は、最悪 追加料金払えば大丈夫だろう。と思い直し、ここで夜景まで粘る事にした。

平松くんはまだ展望台にしか来てないらしく、

「暗くなる前に、お寺廻ってきます!」

と広場の方へと戻って行った。

 

彼を見送った僕は、ひとつため息をつき、カバンから缶コーヒーを取り出した。

(昨日の教訓から僕は、水分を大事に

 水1リットル、缶コーヒー1つを

 しっかりとカバンに入れて来ていた)

そして手すりにもたれて、肘をつきながら、缶コーヒー片手に景色を眺める。

 なかなか良い時間である。

「後で合流する」と約束した平松くんを待ちながら、僕は時間から解放されていた。

 

僕はゆったりとした気持ちで、雲間に沈みゆく太陽と、眼下に広がるチェンマイの美しい街並みを眺めていた。

 

続く

 

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↑ まだ明るい展望台と街並み


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↑ 美しいドイステープ寺院

  ( 思ったより広い)

 

 

次話

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天空の寺へと

 

第155話

天空の寺へと

 

今日は僕が勝手に「天空の寺」と名付けた、ドイステープ寺院にリベンジすることに決めていた。

 

だがまさか、あれ程登るとは思わなかった。。

途中までしか登れなかったが、

日光のいろは坂」×6 くらいの長さの体感であった。

しかもあれから、まだ残りが1/3以上あるとは信じられなかった。

 

昨日の、酒が少し残った状態とは違い、今日は万全の体調ではあった。

だが、僕の心はすでに決まっていた。

 

そう。僕は自転車などではなく、車で行こうと思っていたのだ。さすがにあんなしんどい思いは、二度としたくなかった。

それも、動物園のある坂の下までは平地なので自転車で行き、そこから先の坂からはタクシーか、もしあればバスに乗ろうと考えていた。

とにかく安く行ければ良し、というプランだ。

 

とりあえずレンタル自転車屋に向かっていると、チェンマイ名物の乗り合いタクシーである「ソンテオ」が止まっていた。

(ソンテオとは、トラックの荷台の、

 向かい合った椅子に客が乗り、

 途中で乗り降りしていく、

 乗り合いタクシーである。

 イメージとして近いのは

 軍隊の歩兵を運ぶトラックである。

 そして荷台の天井が低い車のデザインは、

 なんだか霊柩車に見えてしまう (^^;) )

 

(ここからなら、大体いくらくらいで、

 ドイステープに行けるんだろう?)

と目安を知りたかった僕は、ソンテオのドライバーに話しかけようと、近寄った。

すると、助手席からちょうど女性が下りてきた。

18、9歳あたりの、色白の女性だった。運転手とにこやかに話しながら降りて来た所を見ると、どうやら彼女も、このソンテオの関係者だろう。

 

清潔感のある白の半袖シャツが印象的な娘さんで、僕と目が合うと、綺麗な英語で話しかけてきてくれた。

「こんにちは。 どちらへ行かれますか?」

その可愛らしい笑顔に引き込まれるように僕は答えた。

「ドイステープに行こうと思うんですが。。」

「あら、それならこちらのソンテオでどうですか?

 知らないかもしれませんが、とても遠いですよ」

と丁寧に教えてくれた。

その綺麗な笑顔に僕は不思議と引き込まれてしまっていた。

 

「ええ、知ってます。昨日自転車で行って、

 途中まで行って、諦めたので 笑」

と笑って言うと、

「えええ?!  自転車は大変ですよ 笑」

と彼女もびっくりして笑っていた。

 

「はい、実感しました。だから今日は、

 直前まで自転車で行って、

 そこでタクシー拾おうかと…」

 

そう言うと彼女は、

「お寺を周っている間も待っているので、

 貸し切りで、この車で行きませんか?」

と提案してくれた。

 

とりあえず値段だけ聞きたかった僕は、素直に料金を聞いた。

「おいくらになりますか?」と聞くと、

「ちょっと待ってくださいね」

と言って、彼女は運転席に相談しに行った。

 

僕もなんとなしに、運転席にいるドライバーを遠目に覗き込んだ。

50歳くらいの、強そうな男性ドライバーが前を向いていた。

どうやらこのソンテオは、男女二人でやってるようだ。

 

そして、彼女に話しかけられて、こちらを向いたドライバーさんの顔を見た時、

僕に電流が走った!!

 

なんとそこにいた男性ドライバーが、

ドン・フライにそっくりだったからだ!

その昔、新日本プロレスで猪木の引退試合の相手役を務め、PRIDEでは、高山善廣と真っ向から殴り合いを演じた男前。

あの、元 アメリカの消防士の格闘家

ドン・フライである!!

 

短髪パーマのような髪型、意志の強そうな目、男らしさの象徴のような立派な口髭。

僕は彼に見とれていた。。

 

(ドッ、どん!  ドン・フライだ!!)と。

 

 

 ……です。……ですよ。。 

   …大丈夫ですか??

 

ふと我に返ると、彼女が一生懸命僕に話しかけてくれていた。

どうやら僕は、だいぶ深いところまで自分の世界に入り込んでいたらしい(^^;)

「あ… ごめんなさい。 なんでしたっけ…?」

「ですので、ドイステープに行って、

 一時間半、好きに回って頂いて、

 それから宿までお客様を送って、

 全部込みで500バーツです」

笑顔でそう説明してくれたが、僕は考え込んでいた。

(うーん。。相場がわからん。。

 ボッタクリな感じはしないが、

 1650円は高い気がする。。)

僕は結構高い気がしたので、値切ってみて、様子を見る事にした。

「うーん。 ちょっと高いなぁ。

 400バーツにはならないよね?」

彼女は振り返り、運転席のドン氏に相談した。

するとそのことを聞いたドン氏は、男らしい渋い顔で、ゆっくりと首を横に振った。

彼女は申し訳なさそうに、

「ごめんなさい。

 500バーツでも安いので、

 これ以上値引きはできません。。」

と教えてくれた。

 

どうやら彼女はドン・フライ氏の娘さんで、英語が喋れない父に代わって、観光客と交渉する役目のようだ。

仲が良さそうな、父娘に見えた。

 

僕は、相場がなんとなくわかった事に満足したのと、他にも安く行く方法が必ずあるはずなので、

「そうですか、ありがとう。

 他を探してみるね。」

と笑顔でお礼を言って歩き出した。

 

(もう少し安かったら、お願いするのになぁ…)

と、彼女の可愛らしい笑顔を見てしまった僕は、残念な気持ちになっていたが、

よく考えたら、父親同伴である彼女だ。

下手に下心を出しそうものなら、強そうな父のドン・フライさんから、どんな攻撃を喰らうか分かったものではない 笑

 

実は僕は、400バーツでも本当は高く感じてたので、

(なんだかんだで、まぁ、良かったな。)

と思いながら、ゆっくりと通りを南下し始めた。

 

しばらく周りの景色を楽しみながら歩道を歩いていると、右側に、なにやらゆっくりと影が近づいてきた。

違和感を感じて車道を見ると、先程のソンテオだった。

僕の歩調に合わせたそれは、ゆっくり並走しながら、助手席の彼女が声をかけてきた。

「父が、今日だけサービスで、

 400バーツで良いといってます。」

隣のドン・フライ氏を見ると「大損だがね。」と言わんばかりの渋い顔で、前を見ていた。

 

本当はもう少し値切りたかったが、どうやら彼らの言っている事は本当の様だった。

それに、ここから値切る勇気は僕にはなかった。

彼女に嫌な顔をされて嫌われたくなかったし、大好きな格闘家、ドン・フライ氏にも失礼な事はできない気がしたのだ。

 

(まぁ、これもご縁だな。。)

と一つ息を吐いてから、覚悟を決め、

「わかりました。ありがとう。

 400バーツでお願いします。」

と助手席の彼女にお願いした。

 

荷台に案内され、彼女も一緒に乗り込んでくれると勝手に思っていたが、僕一人であった。。

何と! 彼女は助手席に戻ってしまったのだ。

 

僕は早速、詐欺にあった様に感じていた。

(あーあ、 だっさ。結局騙されてやんの!)

と自分自身にも憤っていた。

 

全くお門違いの感情だが、綺麗な女性から誘われて「行きます!」と言った男は大概、その女性が近くにいないと「騙された!」と思うという。

男性特有のアホすぎる あるあるに囚われていた。

僕は車外の、後ろに流れていくチェンマイの景色さえもモノクロに感じていた。。

 

しかしである!

少し道を走った先の交差点で、彼女が助手席から、何故か後ろの客席に乗ってきてくれた。

 

そして彼女が僕に話してきた内容は、お願いだった。100バーツ値引きした分、

「ドイステープへ登る坂の直前までは、

 道中が一緒のお客さんがいれば、

 途中でお客さんを拾わせて貰えませんか?」

との事だった。勿論僕には全く異論はない。

何故なら、そのおかげで彼女と向かい合って、ソンテオに乗っていられるからである。

僕は、彼女と向かい合った席で顔を見合わせて、車に揺られる事となった!

 

もし、最初の値段の500バーツで乗っていたら、完全チャーターなので、ひたすら一人で客席にいるハメになる所だった。

(ナイスだ! マサミ! 良くやった!

 ナイス100バーツ値切り交渉!!)

久しぶりに出てきた頭の中の、リトルマサミが僕を激賞する 笑

 

改めて見ると、本当に優しい柔らかい顔をした綺麗な女性である。

僕は人相で人を見るので、女性をただ美人だとか、綺麗だのと見ないのだが、この娘さんからは、内面からくる美しさを感じる。そんな素敵な女性であった。

 

まぁ、色々と御託を並べているが、ようはただタイプだっただけなのかもしれないが…。

だが、笑顔の彼女と顔を見合わせているだけで、幸せな気分になるから不思議だ。

 

僕はニコニコして、彼女と少しお話をした。

 

そして、結局お客は乗って来ず、彼女と色々とお話ができた。やはりドライバーのドン・フライ氏は、彼女のお父さんで、あんまり接客に向いてない父に代わって、英語も喋れる彼女が交渉係をやっているそうだ。

(ソンテオは皆、乗る場所も降りる場所も、

 お客に合わせてバラバラなので、

 最初に、お客と値段を交渉するので、

 結構交渉力のいる仕事でもあるのだ。)

 

やがて例のいろは坂を超えた、僕が勝手に

タイの「いろはにほへとちりぬるを坂」と名付けた坂の手前まで来た。

あまりに「いろは坂」より長いので、仮名を足して、勝手にその長さを表現する。

そこで残念なことに彼女は降りてしまった。

「私は酔いやすいので、助手席に戻ります」

と一礼してから、戻って行った。

(うーむ、礼儀正しい。お淑やかだ。。)

とまた彼女を、心の中でベタ褒めする。

 

だがここからが凄かった!!

確かに酔う。。

 

グァアーン!  と車は登り、

 

ギョーン! とまがり、

 

また、

 

グァアァーン!  と登り、

 

ギャーーン!  と曲がる。

 

まるでドン・フライの、左右の連続フックパンチである。

とにかくこの繰り返しだ。

ドン・フライ氏の攻撃力をまざまざと見せつけられた思いである。。

客席の後ろの鉄の棒に、両手を広げて捕まりながら、揺られ続ける。物凄いアトラクションだ。

車は20分以上登りっぱなしである。

 

僕は、マレーシアのペナンからランカウイ島へ行く時に乗った、胃液を戻しまくった高速フェリーの事を思い出していた。

あの時も妖精の様な女性に、夢うつつになり、その後激しく気持ち悪くなった。

(美しい女性に会った後に、

 乗り物酔いするのが僕の旅の

 デフォルトなのかしら?)

 

と思いながら、僕の頭は右へ左へ揺れ動く。

 

(昨日、熱中症で気絶しそうになったから

 車で安全に行こうと思ったハズだが…)

 

と思いながら、僕は昨日と同じくらい気持ち悪くなっていた。気絶寸前の僕は、激しく頭を左右に振られながら、

 

(何でもいいから早よ着いてや…。)

 

と気を失わない様に、必死に現世と鉄棒に掴まっていた。。

 

 

つづ…

 

 

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↑  色々なソンテオ達

    (後ろがドアも無く開いていて

       そこから荷台に乗り込む)

 

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↑  ドイステープ

 (果たして辿り着けるのか…)

 

 

次話

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坂を降る時

 

第154話

坂を降る時

 

永遠に続くかと思われた奈落の様な下り坂も、ようやく終わりのようだった。。

 

行きに見たサファリパークのような動物園の入り口が見えてきたからだ。

ここをもう少し降れば、そこは街である。

 

そこから50メートル程緩い坂を降ると、左手にカフェらしきお店があった。

個人経営なのか、かなり古いコンクリートで、看板だけ新しい。

とりあえず僕は水分を求めてそこに滑り込んだ。

 

中は意外とオシャレで、スムージーなども置いてあるカフェで、女性客が多い。

店員さんも若い女性だった。

とにかく水分の欲しい僕は、フルーツジュースを頼んだ。併せてミルクも頼む。

これは僕の、牛乳好きの人生経験から来ていて、実感として

 熱中症予防には牛乳!

という僕なりの牛乳信仰から来ているのだ!

 

まるで、砂漠のオアシスを見つけた旅人のやうに、僕はガブガブとその場でシェイクしてくれるフルーツジュースを飲み、続けて牛乳を一気飲みした。

「ふぅうう。。あぁ、。生き返る。。

 あ、ミルクお代わりお願いします」

なんと! 僕の身体はまだまだ牛乳を欲していたのだ!!

 

店員さんはあまりの僕の勢いと、牛乳をお代わりする客は見たことがないのか?

「あー、えっ?  またミルク?

 ホントに… アイスミルクで良いのよね?」

と怪訝そうに注文を取ってくれた。

 

おかわりの牛乳をチビチビと飲みながら、僕はようやく回り始めた頭で考えた。

(しかし… とんでもない長さの坂だった。。

 もし、次に行くならロードバイクだな。)

だがよく考えたら、ロードバイク型自転車は、クロスバイクよりレンタル料が結構高かった。

それに僕は、日本でもロードバイクにはほとんど乗った事が無い。

それで外国の道路を走る事はちょっと怖かった。

 

 一体、どうしたもんだろう??

 

そんなことを考えながら僕はボーッと店内から外を眺めていた。

身体が落ち着くまで、なんだかんだで30分以上、クーラーで涼んでから僕はお店を出た。

 

再び自転車に乗ると、身体はかなり疲れていたが、平地のためスイスイ進む。

「あぁー♪ 平地♪  ヘイチィー♪ しあわせ〜♪」

と僕は即興の歌を、鼻歌まじりに歌っていた。

はたから見ると、かなりやばい奴だが、まぁ、熱中症で死ななかったので良しとしよう 笑

 

少し走ると、左手に大きな屋台村というか、食のバザールとでもいうべき巨大なフードパークのようなものが出現した。

僕は吸い込まれるように、この素敵なお祭りのような場所へ入っていた。

(ふむふむ。。次は食事で塩分を摂取ナリ。)

そう思った僕は、自転車を例の如く、頑丈そうな道路標識に、グルグル巻きにワイヤーキーでくくりつけ会場へと入る。

 

入り口付近には、しっかりとした作りのお店が数件あり、広い客席も大賑わいだ。

正面の店は一番大きく、バーベキュー屋のようである。

右手にはこれまた大きな、個人経営のハンバーガー屋で、お酒も楽しめる大店である。

 

お店横の通路の両脇にも、小さなお店がいっぱいあり、お土産屋などの露店もあった。

さらに通路を抜けると、また広い空間に出て、正面にはぎっしりと、フードコートのように、美味しそうなお店が並んでいる。

 

僕はそれらのお店を一通り周って見たが、観光客向けの価格設定でもあるのか、意外と安くは無かった。

その大通りにもなっている客席エリアを抜けていくと、その先に、駐車場があり、そこには地元の屋台らしき店がいっぱい出ていた。

 

大きな鉄鍋に油を入れ、揚げ物を出している店や、ガパオライスや、カオマンガイのお店もある。

そして値段を見てみると、地元価格である!

 

自分へのご褒美に、ここでゆったりとビールで、ご飯を食べたかったが、酒に酔って自転車で、夜の大通りを行くのはかなり怖かった。

やはり夜は、圧倒的に自転車だと危険だと思っていた。

日本ほど街灯は無いし、何より歩道も凸凹している所が多いので、もし暗がりで気付かずにそれらに乗り上げたら大怪我に繋がるだろう。

とにかく僕は、まだ夕方の明るいうちに自転車を返したかった。

 

少し寂しい気持ちで、お店を回っていると、ふと日本語のノボリを見つけた。

そこには「たこ焼き」と書いてあった。

お店を見ると陽気なタイのおばさまが、元気にたこ焼きを焼いていた。

ひょいと覗いてみると、おばさんが挨拶してくれた。

試しに日本語で話しかけてみると、片言だが、日本語が通じた。

嬉しくなって話していると彼女も楽しそうだ。

 

聞くと日本にしばらく居たことがあるそうで、少し日本語が喋れるらしい。

たこ焼きを焼いているので、大阪なのかと思ったが、なぜか名古屋にいたらしい…

だが、名古屋でたこ焼きに出会い

「これだ!!」と思い、チェンマイに戻った後、屋台を始めたそうだ。

そんな不思議なたこ焼き屋さんだが、見た目は美味しそうである。

 

実は僕は、たこ焼きにはけっこううるさい。

何故なら子供の頃から、夏休みにいつも行く、タコ焼きの本場大阪で、おやつ代わりにたこ焼きを食べていたからだ。

 

 よし、試しに買って見よう!

 

僕はそう思い、陽気なおばさんに日本語で

「ヒトツ クダサイナ!」と、何故か僕もカタコトでお願いし、とりあえず、一舟買って見ることにした。

美味しそうなたこ焼きを見て涎が出てきたからだ。

慣れたピック捌きでおばさまは、すぐにたこ焼きを一舟用意してくれた。

値段も200円しない。

マヨネーズや、青のりをかけて、綺麗に盛り付けてくれたたこ焼きを、僕はベンチで早速頂く事にした。

(そういえば日本食を食べるのも久しぶりだ)

そんな事に気づきながら僕はさっそくそれにパクついた!

 

 う、う、ウマァ。。 の前に

 あふあふ、、アッつぅううう!! 

 

ハフハフと僕は、口の中のたこ焼きを、冷やしながら味わった。

 美味い! マジでうまい!!

さすがにタイ人の作るたこ焼きであるので、本場の大阪とまではいかないが。。

(というか、名古屋発のたこ焼きだが… 笑)

大満足出来る美味しさである!!

 

タイでこんなレベルのたこ焼きを食べれた事に、僕は大喜びして、

「おばさん美味しいです! コップンカップ!」

と感想を伝えると、おばさんは大喜びしてくれた。

 

そして、せっかく出会ったたこ焼きを、まだまだ食べたくなった僕は、持ち帰りでもう一舟頼み、おばさんと握手をして、この巨大フードテーマパークを後にした。

 

自転車に戻ると、周りはすっかり夕暮れになっていた。ちょっと焦って自転車を漕いでいくと、暗くなる前になんとか旧市街へと戻って来れた。

 

自転車を返してから、コンビニに寄りビールを買い、宿に帰る。

帰り道、行きつけのグランマの店の前を通ったが、声をかけられない様に身を縮めて通る。

僕は温かいうちに、たこ焼きをビールで呑りたかったのだ。

 

宿に戻り、いつものように一杯やっていると、同部屋のベンと、アランがやってきた。

彼らは僕のたこ焼きを見ると、興味津々だった。

「一つ食べる?」と聞くと彼らは喜び、

食べた彼らは「オーマイガー!」と大喜びして、売ってる場所を聞いてきた。

Googleマップで場所を教えてやると彼らは、

「絶対明日行く!!」と親指を立ててきた。

 

そして、彼らは僕を誘ってきた。

「ヘイ マサミ、一緒に新市街の、

 女性のお店にいかないか?」

元気いっぱいの彼らに、今日すでに、一度死にかけた僕はそんな元気はなく、、

「アイム ベリベリータイヤード。

 たこ焼きを食べたらすぐ寝ます。。」

と断ると、彼らは肩をすくめ、

「オーマイガ  グッナイ マサミ。」

と肩をすくめて、僕を残し宿を出て行った。

「全くアメリカ人っで奴は元気だぜ…?」

と呟き僕はビールも程々に、シャワーを浴びた後、死んだようにベッドで眠ってしまった。

 

その日僕が見た夢は、永遠に大穴を落ち続ける地獄「奈落地獄」の夢だった事をここに記しておく。

 

つづく。


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↑ 気合充分の僕

 

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↑ テイクアウトしたタコ焼き。

     ビールにぴったり!

 

 

次話

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いろはにほへとちりぬるを坂

 

第153話

いろはにほへとちりぬるを坂

 

タイ在住の日本人と別れた後、僕は仮眠をしに宿に戻ってきた。

 

自転車を盗まれない様に、玄関近くの、頑丈な柱に括り付け、シャワーを浴びてから、自分のベッドに潜り込んだ。

そして、3時間ほど寝て起きた僕は、だいぶスッキリしていた。

少しだけお酒は残っている気はするが、坂に着く前の平地を走っている間にでも、汗と共に完全に抜けるだろう。

 

そう思った僕は早速、宿から北西方面に自転車を漕ぎ出した。

大通りまで北へと10分程に走り、お堀を越え、さらに北西へと15分程へと走ると、ドイステープ寺院へと続く坂の、入り口らしきところに着いた。

ここにはなぜかサファリパークを彷彿とさせる動物園があり、入り口からは観光客を乗せた大型バスが入って行った。

(結構面白そうだが、今日は寺だな)

と思いながら、坂を登り始めた。

 

えっちらおっちらと、急になったり緩やかになったりする上り坂を、登り始めた。

ここは、クネリクネリと曲がりながらの、

日光の「いろは坂」を巨大にした感じの坂だった。

自転車をママチャリではなく、クロスバイクにしておいて正解であった。

とてもじゃ無いが、車体の重い、変速の付いていないママチャリではすぐにダウンするだろう。

太陽の照りつける中、ひたすら登る。

日陰などはなく、灼熱のアスファルトの上をひたすらに漕いでいく。。

10分登る。。20分登る。。

 30分登る。。さらに登り続ける。。

 

 ぜぇぜえ。。はあっ! はぁ。。はあっ!!

 ハァハァ。。ング。、ハァ〜、はぁ。

 

とんでもない長さの坂である。

漕げども漕げども永遠に坂である。

途中たまにくる車が、すごいスピードで後ろから僕を追い抜かして行く。

 

僕の他にも自転車で坂に挑戦している猛者たちもいたが、皆、競技用のロードバイクであった。

僕の様に、クロスバイク(ちょっと良い自転車)で登ってくる馬鹿者は一人も見当たらなかった。

 

僕は大量の汗が出て、脱水寸前になっていた。

実はドリンクホルダーに入れておいた、500mlのペットボトルの水はすでに飲み切ってしまっていた。

途中にお店くらいあるだろうと思っていたが甘かった。。民家すらない。自販機もどこにも見当たらない。

 

途中で景色を見るためなのか、木のベンチが置いてあり、休憩できる一角があったので、そこに逃げ込んだ。有難いことに屋根があり、日陰がある。

汗だくのTシャツを脱いで絞ると、桜木花道がシュート練習してたのか? と言う程の汗がドボドボと滴り落ちて、水溜りが出来た。。

 

これだけ汗をかいても、まだまだ汗が吹き上がってくる。とてもじゃ無いが、水分補給が出来なければ、熱中症になって倒れること必至である。事実、僕の喉はカラカラだし、体は熱を持って全く落ち着かない。

 

(うーん。。このままいくと死ぬな。

 俺の人生の体感的に。。うへへへ。。)

 

僕の頭は熱中症寸前で、ぼぉ〜っとし、

ありし日の、20代で初体験した熱中症体験の日へと、タイムスリップしていた。。

まだ大学生で、とりあえずお金を稼ごうと派遣のバイトをしていた時の、死にかけた経験を思い出していた。

 

20代前半の僕は、安く人をこき使う

「やばい!」と言われていた派遣会社

(名前は出せないが…)

アルバイト達から「バッドウィル👎」という通称で呼ばれていた、当時CMもしていた、有名な派遣会社に登録した。

 

ここは、激アツの会社で、まず金髪で、ぼろぼろのデニムのハーフパンツを履いた、両耳ピアスの、眉の薄すぎるお兄ちゃんが、面接をしてくれた。

この支店の、営業所の所長だという。

 

彼は一方的に話を聞き、

「アッヅマーさんは、あれっすね?

 パワー系っすね? いかちーすね。

 わぁ〜かりました〜。」

とパソコンに色々と打ち込み、

「あ、これ、着ないと働けないんで、

 どれか必ず買ってくださいね〜」

と社名の入った、信じられないくらいダサいトレーナーか、Tシャツを買う様に勧めてくれた。

(すぐお金が欲しいから派遣登録したのに、

 早速何かを買わされて出費させられるとは…)

と当時ウブな僕は、

(社会とはこう言うものなんだろう…)

と一番安い500円のTシャツを買った。

(トレーナーは700円だった)

「あ〜、ありがとうございます!

 これでアッヅマーさん、

 明日から仲間っすね!!

 あ、うち身だしなみうるさいんで、

 Gパンは禁止なんで、現場行くとき〜

 チノとかでお願いしますね、これマジっす」

と、上記の金髪ピアス、ハーフGパンの、

ツッコミどころ満載の若いニイチャンに言われた僕は、すでに嫌な予感がしていた。。

 

翌日、僕は気がつくと、大黒埠頭に送られていた。。

「6時半、〜駅集合なんでぇ!ヤバいすよ!

 普通の現場だと現地集合が8時なんすけど

 アッヅマーさんには早く行って貰うんで、

 早朝手当つけちゃいますんで!500円も!

 今日はマジ稼いじゃってくださいね。」

と言われて、駅に集合すると、西成のあいりん地区の、日雇い労務者を乗せにきた様なおっちゃん達がいて、

欲しい人数をワゴン車に乗せて、出発していくシステムだった。

 

早朝手当? がついているとはいえ、昼飯代も出ないし、〜駅までは自腹で行くという甘酸っさだった。

朝 6:30集合で、現地で8〜17時まで働いて、早朝手当込みで、新人は日当8500円!

謎の保険料200円が引かれ、昼飯を食って、飲み物を買って、自腹で交通費を出すと、手元には6800円くらいしか残らないと言う。

マルクスが怒り出しそうな「搾取されっ子」っぷりである。

 

それでも仕事はしなければならない。

何もしなければ、何も入ってこないのだ。

幸い、僕の乗っているワゴンに同乗しているおっちゃん達は、良い人そうだったが。。

このワゴンには3人のおっちゃんがいるが、あいにく派遣は僕だけだった。完全にアウェイだ。

着いた先は、おっちゃん達の会社らしく、真面目に派遣会社で買ったTシャツを着ようとした僕に、何故か関西弁のおっちゃんが、

「いやいや、そんなん着んといてや。

 派遣ってバレるやん?」

と僕をたしなめ、変な匂いのする会社のツナギを渡してくれ、ヘルメットを渡してくれた。

「兄ちゃん、それ、鉄板入っとる?」

と僕のスニーカーを指差して聞いてきた。

「いや、入ってないです。。」

「そうかぁ。。派遣会社に言われてへんかぁ…

 まぁ、ホンマは安全靴なんやけど。

 ま、今日はアレやし大丈夫やろ。

 にいちゃん知らん人の靴履くの嫌やろ?

 水虫 感染るかもしれんし。」

と言われた僕は、激しく頷いていた。

 

何が何だかわからないが、とりあえずこのおっちゃんは味方の様なので、とりあえず言うことは全て聞くことにした。

 

やがて連れて行かれた場所は、日本で最大手の1つの、運送会社の小さめの倉庫だった。

おっちゃんは会社から持ってきた麦茶入りの大きなサーバーの様な樽を倉庫の端に置き、仕事の説明をしてくれた。

 

今日は目の前にある大きなコンテナの中から、ひたすら車のタイヤを、大手の運送会社の社員さんが操る、フォークリフトのパレットに積んでいくと言う作業らしい。

真夏の為、コンテナ内は軽く40度越えするらしく、一番キツい奥の作業は自分らがするので、少しでも風のくる、出口付近を担当して欲しいとの事。

熱中症で危ないので、少しでもヤバいと感じたら、すぐに言って休んで欲しい。

麦茶は気にせず、いくらでも飲んでいいから。

と言う事だった。

 

ふと見ると、この倉庫には張り紙があり、

「気をつけて!!熱中症!!」と書かれた下には、

昨年の熱中症死亡者数が、時間帯別に張り出してあり、14時が一番多く、その時間に十数人の方が、去年亡くなっているとの怖い情報が書いてあった。。

 

最後におっちゃんが小声でしてくれた注意がこれまた怖かった。

「あのパレット持ってくる〇〇運輸の

 あのおっさんいるやろ? あいつや。

 あいつ、人がおるのに関係なしにフォーク

 突っ込ませてくるから、気いつけてな。

 油断しとると、ホンマにコロサレルで…

 みんな、アイツ頭おかしいゆうとんのや。」

 

一体僕は、これからどんなところで働くのだろう??

まだ大学生の僕には「社会」はまだ早すぎたのではないだろうか??

 

そんな事を考えながら、僕は必死に働いた。

おっちゃんはとても良い人たちで、こまめに休憩を取ってくれ、その度に麦茶を、樽に一つしかないプラスチックのコップで勧めてくれ、僕が熱中症にならならない様に、何杯でも冷たい麦茶を飲ませてくれた。

今日あったばかりのおっちゃん達と、一つの同じコップで「間接キス」だったが、もう命より大事なものが無い僕には、何も気にならなかった 笑

 

昼食は、唯一ある食堂に連れて行ってくれた。

休憩中に仲良くなった、唯一の外国人のパクさんが、隣から、僕のハンバーグ定食(意外と高くて680円^^;)のライスにいきなり、テーブルの食塩を振りかけてきた。

「な、なにするの? パクさん!」

とびっくりした僕が責めると、彼は冷静に

「アノネ。。 アヅマサン、アツいから

 塩舐めナイト、死ぬヨォー!」

と満面の優しい笑顔で言ってくれた。。

 

そんなこんなで、この珍バイトもやがて16:30を迎えていた。

おっちゃんに言われた通りの、大手社員の殺人フォークリフトを躱しながらタイヤを積み続けていた僕だったが、パレットにひと山タイヤを積み上げ終わった時、急に視界が狭くなった。

 

(あ、あれ?? ナンカキモチワルイ…)

 

僕にはハッキリと解った。

このまま無理をすると倒れるか、下手すると死ぬ事が。。

頭の中に、倉庫の張り紙が浮かんできた。。

(あれ? 16時は去年

 何人死んだんだっけ…)

そう思いながら、気力を振り絞り、奥のおっちゃんに「ヤバいかもしれないっす。。」と伝えた。

おっちゃんは、僕の顔を見るなり、休ませてくれ、

「もう終わりやから、もうええよ。

 今日は本当によう頑張ってくれたし、

 帰ってくれてええから、大丈夫やで。」

と僕を帰してくれた。

 

あの時、あの優しいおっちゃんが、サっと僕を休ませてくれ、帰してくれたから、僕は今ここに生きているのだ。。

 

その後、すぐやめたやばい派遣会社よりも、あのおっちゃんの優しさが記憶に一番残っているバイト体験であった。

僕は少しずつ現代に戻ってきていた。

(今、無理してこのまま登って、

 万が一があったら、あの時のおっちゃんにも

 申し訳がない… 撤退も視野に入れるべきだ)

そう思った僕は、Googleマップで、現在位置と寺までの残りの距離を調べてみることにした。

 

ダウンロードしておいたマップで、驚愕の事実が判明した。

僕はまだ2/3程しか登っていなかったのだ。

まだたっぷり1/3以上ある。。僕は心が折れた。

(もう無理だ。

 ここで勇気ある撤退をしなかったら、

 降りる事すら難しくなる。。)

僕は、ありし日のおっちゃんに勇気を貰い、本当に勇気ある撤退をする事に決めた。

 

そして、いざ坂を降り始めるとこれまた長い。。

(本当にこんな距離を登って来たのか??)

と思う程永遠に降る。

風が涼しいので、最高に気持ちいいが、僕は永遠に降っていく様な。。奈落地獄の様な恐怖を感じながら、この恐ろしく長い坂を降っていた。

 

いろは坂」を遥かに超えたスケールのこの坂。「いろは坂」の数倍の距離も鑑みて僕は、勝手に仮名を足して、この坂を

 

「いろはにほへとちりぬるを坂」

 

と名付けることにした。

 

 

つづく。

 

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↑ 宿からドイステープまでの道のり

 (分かりにくいがかなり遠い。。)


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↑ 自転車を装備した

     カンボジアウォーターマン

 

 

次話

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タイに住む日本人

 

第152話

タイに住む日本人

 

相変わらずの、高額なデポジット料金は人質に取られるが、自転車自体は一日借りても、ここチェンマイは大した値段ではなかった。

 

ママチャリよりかなり良い、クロスバイクを借りる事にした。

自転車を装備した僕は、街を散策していた。

新市街のほうまで行ってみようと、軽快に漕ぎ出した。

やはりいい自転車は、全然推進力と楽さが違う。

僕は鼻歌交じりでそんなに混んでいない道を気持ちよく走っていた。

 

新市街に着くと、鎌倉の小町通りの様に、左右に小さな商店が並んでいる通りがあった。

自転車から降りて、徒歩で回ってみる。

お土産の衣料品店や、パワーストーンのお店などがひしめき合っている。

 

衣料品店では、雑多に色々と服とサンダルを売っていた。

パワーストーン屋さんでは、色々と話が聞けた。バンコクで出会った、宝石商のインド人が暗躍している様に、ここタイは、宝石や、パワーストーンなどの、天然石の名産地らしいのだ。

この店で扱っているものも、店主自身がタイ各地で集めてきたものだと、占い師の様な雰囲気の、ふくよかな40代の女性店主が、丁寧に説明してくれた。

彼女に僕の腕の守り石を見せると、

「この石には力があるから、

 旅の間、大事にしなさい。」

とアドバイスをしてくれた。

 

そして、この健全な通りに似つかわしく無いお店もある。

ここチェンマイにも、怪しいお店はちゃんとあるらしい。

お店の外のベンチで5人ほどがセクシーな格好をして、目が合うと可愛らしく手を振ってくる。。楽しそうだが、ちと怖い 笑

僕は手をふり返して、笑顔でスルーした。

すると彼女らは、

「アイツ手を振ったのにスルーしたわ!

 日本人(皆スケベ)に見えるのに!」

といわんばかりに爆笑していた。

 

チェンマイは色々とのんびりしていて楽しそうである。さらに歩くと、市場の様な、屋根付きの吹き抜けの大きな一角にでた。

 

覗いてみると、どうやらここは平屋建ての中に、色々な「夜のお店」が密集している場所の様だ。

まだ戦闘態勢に入っていない、化粧をしていないレディーボーイの方々が、開店準備をしている。

チェンマイクオリティなのか… かなり強そうな。。何というか、あまりバンコクでは見なかった迫力のある方達が多かった。

きっとどの国でも、大都会に行くと、皆洗練されていくのだろう。

 

通りにある、こじんりとしたお洒落な服屋に入ると、色々なTシャツを売っていた。

そして、僕はなんと!

「セイムセイムTシャツ」を見つけてしまった。

胸の真ん中に燦然と「SAME SAME」とかいてある。

僕の持っている「カンボジア ウォーター」Tシャツに匹敵するダサさだ!!

バンコクで中条に教えてもらっていた、

マイペンライ」に匹敵する。

いい加減なタイ英語

「セイムセイム」である!!

 

僕が感動してしばらくそのTシャツたちを眺めていると、小さなレジに座っていた若いヒップホップ系の格好をした、タイ人店主が話しかけてきた。

「どうですか?これ? 人気なんですよ」

にこやかに聞いてくる彼に僕は、心が沸き立つのを感じた。

 

そして(今しかない!!)と思い、満を辞して彼に聞いてみた。

「こ、このTシャツですけど…

 これ、Mサイズですか? 

 あ、あっちは Lですか?」

 

「セイムセイム!(おなじ 同じ!)」

 

と言ってもらえるはずだった。。

 

 

だが返ってきたのは、

「ああ、あちらがLLで、こっちはMっすね。」

と言う、全く期待外れな答えだった。

 

 ………話が違うぞ、中条。。

 

僕は急にしゅんとなって、そのTシャツをながめて、

「あぁ、、そうなんですかぁ。。」

と頷いていた。そのあまりの落ち込み様に、彼は気にして、「え… どうしました…?」と聞いてきた。

「あ、いや… せ、セイムセイムって、、

 言わないんですね。。」

と言うと、「ああ!」と言ってから彼は笑いながら説明してくれた。

 

彼に話を聞くと、市場とか、個人経営でTシャツを雑多に平積みしてる様な店舗では、そう言うことも多々あるらしいが、きちんとしたお店では、流石に「セイムセイム」は言わないらしい。

「いや、一応ちゃんとサイズを

 お客様に伝えないと…」

と言われて、当たり前のことを言っているのは彼の方だと深く納得した。

 

そして、せっかくこのTシャツ売るんだったら、このTシャツの事を聞かれた時だけ、

「セイムセイム」を発動したらどうか?

と提案した所、彼は爆笑し「たしかに!」と頷いてくれた。

その後打ち解けた僕らは、少し世間話をした。

 

そして別れ際に、最後に僕が、

「このTシャツ、僕が着るなら

 赤が似合う? それともグレー?」

聞くと彼がすかさず、

「セイムセイム!」

言ってくれたとか、言わなかったとか。

 

そんな僕はさらに新市街を進んでいく。

平家の、色々なお店の入っているマーケットなども冷やかし、色々回る。

バンコクほど賑わってはいないが、チェンマイらしさと言うか、何か味わいがある所ばかりだ。

 

さらにそこを抜けてしばらく何も考えずに走っていくと、小道に出て、そこに日本語のお店を見つけた。

よく見ると小さなオフィスで、日本語でツアーを組んでくれるツアー会社だった。

表には椅子と丸テーブルが置いてあり、日本人らしきおじさん二人がお茶をしていた。

自転車を止めてお店に近付くと、おじさん達が話しかけてきてくれた。

 

一人は、どこかの小さな会社の係長といった感じの気の良さそうな白髪のおじさんで、もう一人は、ちょいワル親父という感じのファッションで、長渕剛さんを好きそうな感じのおっちゃんだった。

話を聞くと、係長ぽい方がこのツアー会社の社長さんで、ヤンチャそうなおっちゃんは近くに住んでいて、よくお茶しに来てる。と言う事だった。

ヤンチャのおっちゃんは、大阪の人で、やっさんといい、関西弁に親近感を感じる僕と、自然と仲良くなった。

彼にご飯を食べに行こうと誘われた。

安くていいお店があるらしい。

 

そこはツアー会社から、三軒となりの地元の安食堂で、やっさんは常連らしく、店主と挨拶していた。メニューはお任せすると言うと、僕の分も注文してくれた。

「骨つきの焼き鳥と、ライスのセットが

 安くて美味しんですわ!

 きっと東さん、びっくりしはりますよ!」

と相変わらずの関西弁であるが、期待大である。大阪人の食に対する感覚の鋭さは、僕も子供の頃からよく知っている 笑

 

運ばれて来た鳥は炭で焼かれた照り焼き風なチキンで、細身だが三本きた。

ライスは餅米で、これまた鳥との相性抜群だ!

 

そしてその前に、僕らはビールで乾杯していた。僕が酒飲みだと言うと、やっさんは大喜びで、

「ほな飲みましょか!」

昼からビールとなった。

お互いのグラスに、瓶ビールでお酌をしながらの日本スタイルだ 笑

 

やっさんは、若く見えるが68歳だと言う。

60で仕事を退職し、今は年金暮らしだという。

そして、ルームシェアをしているらしい。

ここチェンマイは、一軒家でも、1ヶ月の家賃は4万位だが、友達の年上の日本人と一緒に住んでいるので、家賃は折半していて、二万円だそうだ。

年金暮らしになる少し前に、タイに移り住んで、もう7年になると言う。

一緒に住んでいる年上の友人は、一昨年脳梗塞になり、死にかけたが、一命をとりとめたらしい。。だが、それ以来関係がうまくいかなくなり、喧嘩がふえ、最近は口を聞かないらしい。

 

そんな不思議な関係を、彼は包み隠さず色々と話してくれた。

きっと、同居人と話さなくなり、あまり人と話す機会がない様だ。

まるで熱に浮かされた様に彼は、関西弁で色んなことを矢継ぎ早に話してくれた。

ベトナムハノイで、上田に「聞き上手認定」されていた僕もまた、彼の話を、うんうんと聞いていた。

 

僕は、そんな、色々な事情を陽気に話してくれる彼から、何か一種の寂しさを感じていた。。

「物価の低い外国で 悠々自適の 楽しい生活」

そんな夢の様な謳い文句のすぐ側にある、何か深い悲しみというか、淋しさを何となく感じていたのだ。

 

彼と一通り飲んで会計となったが、彼はキッチリと会計を分けて、ビールも本数で値段を割っていた。

僕は別に人それぞれなので、普段会計の際にどういった形になろうと、相手に合わせるだけなのだが…  

昨日の金井さんの粋な計らいもあったせいだろうか…?

 

僕は彼の行動を少し、意地汚く感じてしまっていた。 そして… そんな自分も嫌だった。

それは別に、彼の行動そのものというよりは、会計の際に急に、別人の様にトーンダウンし、キッチリと1バーツ単位で自分の分を計算して、

「悪いんやけど、

 キッチリ割って会計なんやけど…」

何か悪い事をしている様に、彼が急に歯切れ悪く言って来た事が、大いに関係していた。

 

別に僕は最初から払うつもりだったし、いい店に連れて来てくれた彼に、なんなら多めに払ったって構わないのだが。。

彼の生活の慎ましさというか、働かずに余生をタイで生活することの、大変さというものを、身に沁みて、彼から感じさせられてしまった事による、一種の淋しさだったのかもしれない。。

さっきまでのやっさんとは別人の様な彼をみて、少し悲しくなったのかもしれない。。

 

やがてツアー会社に自転車を取りに行った僕に彼は、

「ええと… もう帰ってまうんか?

 なぁ、もう少しお話せぇへん??

 あ、コーヒー飲もか??

 コーヒーなら一杯おごったるで。」

と、きっと彼に出来る精一杯の親切をしてくれると言ってくれたが、彼にコーヒーを奢らせるのも、既に悪いな。。と思っていたし。

それに僕は、先程の一件で気持ちが落ちていた。

 

そして、今日の元々の予定であった、

「ドイステープ寺院」へ向かう事に決めていた。

自転車は元々そのために借りたのだ。

結構長い坂の上にあるという、チェンマイで一番有名な寺院ということしか知らなかったが、

僕はそこに行く事にした。

 

意図せず酒が入ったので僕は、宿で仮眠し、アルコールを抜いた後、寺に向かう事に決めた。

 

やっさんにお礼を言い、淋しそうな彼をツアー会社に残して僕は、あえて、一度も後ろを振り返らずに走り去った。

 

彼の姿に僕は、この先もずっと旅を続けた先にある…

自分自身の行き着く先を、見てしまった様な気がしていたのだ。。

 

 

つづく

 



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↑ ツアー会社から頂いたツアー内容

 

 

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チェンマイでもムエタイは人気らしい。。

 


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↑ セイムセイムTシャツ

 

 

次話

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グランマのお店

 

第151話

グランマのお店

 

お腹の治療薬を手に入れた僕は早速、食堂を探していた。

「薬は食後に飲め」という事だったので、まずは食事である。

 

安くてうまそうな地元の安食堂が理想だ。

そして何より、ビールも安いに越したことはない 笑

 

宿の近くのこじんまりとした、縦長のレストランが連なる建物群をのぞいてみると、地元のタイ人で混みあっている一つが気になった。メニューを見ようとお店の前に立つと、ちょうど中から白のエプロンを付け、これまた白い帽子を被った、料理人ぽい、50歳くらいの元気な、小さなおばさんが出てきた。

彼女は僕を見るなり

「お兄さん、よっていきなよ。 おいしいよ!」

と最高の笑顔で言ってくれた。

 

メニューを見たところ、確かに安いし、お店の感じも僕好みだ。

少し考えた後、僕はおばさんに、

「ちょっと回ってみて、また来るね。」

といって笑顔でお礼を言ってお店を離れたが、

「はいよ、まってるよ!」と自信満々な笑顔で、奥に戻っていったおばさんの姿がやけに頭に残った。

 

その後やはり、色々とお店を見て廻った僕だが、最初に声をかけてくれた、元気なおばさんの食堂に戻ることにしていた。

実は最初に声をかけてもらったときに

(他も見て、良い店が見つからなかったら、

 あの店に戻って食べよう。キープ キープ。)

少し失礼だが、そんな事を思っていた。

が、まるでそんな事など考え無かったかの様な体で、僕は厚かましくこの店に戻ってきていた。

 

何事も無かったかの様に、元気におばさんに

「戻ってきたよー 笑」と声をかけた。

「ほらね、だから言ったじゃない!」とばかりにおばさんは笑顔で席に案内してくれた。

 

店内は少し薄暗いが、東南アジアにありがちな縦長であり、日陰の為、外より遥かに涼しい。

僕はチェンマイ到着へのお祝いを兼ねて、ビールも飲む事にした(祝いは昨日もしたはずだが 笑)

 

 明るいうちからお酒を飲むのに、

 わざわざ理由をつけないと飲めないのは

 本当に駄目な、吞んべぇあるあるである。

 

僕は150円と安い、ポークステーキなるものと、90円ほどのツマミを1品頼んだ。

 

先に、奥のキッチンの入り口付近にあった透明な、小さなクーラーボックスから、大瓶のチャンビールとグラスがやってきた。よく冷えている。

「ヨシヨシ、当たりですよ〜!」

と冷たいビールとグラスに、勝手にまた先進国認定をした僕は、早速注いで喉を潤した。

 

 うんまぁあ〜〜〜!!

 キンキンに冷えてやがりやがるヨォおお!!

 あ、悪魔的すぎルゥぅう!!!

 

ビールを一気に飲んだ僕は、全然似ていない藤原竜也になりきって、そう唸っていた。

 

やがて、ポークステーキが来た。

それは150円とは思えないほど立派で、三角形の美味しそうなガーリックパンも2つも付いてきた。

豪華なブランチなりそうだとばかりに僕はそれらにかぶりついた。

 

 ポークステーキは柔らかく美味い!

 付け合わせのソースも、抜群だ!!

 

合間に頂くガーリックパンも、ソースと相性抜群で、美味すぎて僕は、心の中で海原雄山の様に、山岡士郎を怒鳴りつけていた。

「士郎ぉお!! お前のタイに対する考えなど

 赤子の戯れ言ぉぉおお!! 片腹痛いわ!!」

「コラー!! やぁまぁおかぁあ!!」

富井ブチョーも大騒ぎだ!!

とにかく、この一皿から、タイ版の美味しんぼが始まってもおかしくないクオリティであった!!

 

僕はそれらをチャンビアーと共に胃に流し込む。。最高のひとときである。

きっと抗生物質は、思った以上に効くに違いない。

 

お腹の完治を予感しながら僕は、このお店の天才料理人のママを、勝手に「グランマ」と名付けていた。

お孫さんがいるかどうかなど知らないが、僕は彼女に尊敬の念を込めて、「クッキングパパ」にも対抗し、勝手にそう呼ぶ事にしていた。

渾名をつけるのが実は昔から得意な僕は、彼女を勝手に「クック グランマ」と認定していた。

失礼かもしれないので、本人に言う事は一生無いだろうが  笑

 

とにかくこのお店は大当たりである。

グランマの人柄がそのまま出た様なイイお店、美味しさである。

僕は腰を落ち着ける事にし、2杯目のチャンビアーを、ウェイターの29歳くらいの筋肉質な男性に頼む事にした。

 

すると、ウェイターをやっていたグランマの息子らしいその男性が、何やらキッチンのグランマと話している。戻ってきた彼に、

「ちょっと待ってもらえますか?

 今買ってきますので待てますか?」

と言われた。。意外な申し出に、

(ええ?どこに、。)と思ったが、

「あ、は、はい。待てます」

と言うと彼は、バーツ札を握り締めて店の外へ飛び出して行った。 その時である…

 

「彼は近くのコンビニに、

 ビールを買いに行ったんだよ。」

 

いきなり後ろから日本語が聞こえてきて、僕はびっくりした。

振り返ると、後ろの席に60歳くらいの日本人男性がいた。

「に、日本の方ですか?」と聞くと

「はい、そうですよ。」とにこやかに答えてくれた。

よく見てみると、僕より先にお店にいた人で、彼もビールを飲んでいた。

 

彼は、金井さんという男性で、会社を定年退職した後、ゴルフ三昧で暮らしているという。

ゴルフ焼けで、松崎しげるさんくらい黒かったので、全く日本人に見えなかったので、自然と地元の人だと思い込み、僕はスルーしていたらしい。。

 

金井さんに聞く所によると、ここチェンマイは意外と沢山のゴルフ場があるのだと言う。良いコースも多いので、ゴルフをやりにタイに年に数回来ているらしい。

チェンマイに、海外にも人気のゴルフ場があると聞いて、僕は目から鱗だった。

 

ゆったりと話す人で、彼もビールを呑んでいる。彼が教えてくれた所によると、この店はそんなにお酒を飲む人は来ないらしい。

なので、ビールのストックは数本しか無く、売り切れると今の様に息子が一走り、コンビニでビールを仕入れ?に行くらしい。

 

「今日は僕も二本飲んでるし、

 まぁ、こうなるよね 笑」

と笑いながら、教えてくれた。

 

この店は安くて美味しい、素晴らしいお店で、彼はチェンマイに来ると、必ずここに寄るらしいが、この店で日本人を見たのは僕が初めてらしい。

「この店は当たりですよ。

 貴方はイイ嗅覚を持ってますね。」

と、一度店から離れて戻ってきた僕の一部始終を見ていた彼は、僕の食に対する、犬並みの嗅覚を褒めてくれた。

 

金井さんに、今一人旅をして近くのドミトリーに泊まっていると話すと、やはり年配の方にはドミトリーはキツいらしい。

「一回僕も、ドミトリーに挑戦してみたけど、

 やっぱりこの歳だと居場所がなくてね 笑」

とそれ以来、シングルルームの宿にしか泊まっていないと言う。

 

まぁ、お金に余裕があるのであれば、年齢的にも、ホテルはゆったりとした良い宿に泊まった方が良いとは、僕でも思う。

だが60歳を過ぎて、一度はドミトリーに挑戦するという金井さんの開拓精神に、僕は非常に好感が持てた。

 

しばらくお話をしてから、金井さんは友人に会う約束があると言って、食堂を出て行った。

僕もその後少ししてから食堂を出た。

 

会計を頼むと、びっくりする事が起きていた。

「もう貰っている」とウェイターの息子さんに言われたのだ。

金井さんが、貧乏旅行者の僕の分まで、いつの間にか払っていてくれていたのだ。

僕は、たまたま会った日本人の久しぶりの優しさに触れ、心と身体が暖かなるのを感じた。。

 

きっと抗生物質は、より効いてくれるに違いない。

 

僕はそう思い、温かい気持ちでコンビニに、薬を飲む為の水を買いに歩き出していた。

 

つづく。

 

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↑ 地元のチェンマイっ子で賑わうグランマの店

     そして、美味すぎるポークステーキ!

 

 

次話

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チェンマイでの生活が始まる。

 

第150話

チェンマイでの生活が始まる。

 

クーラーの効いている宿はやはり快適だ。

その事は寝台車でも感じていた。

 

バンコクでクーラーの無い部屋にいた僕は、夜は涼しく寝れる様になっていたとはいえ、日中に部屋でのんびりしたくても、暑くていられないという少し悲しい事実に直面していた。

 

ここはドミトリーとは言え、休憩で宿に帰ってきても、涼しい部屋で仮眠もできるし、ゴロゴロも出来る。

そういう意味では、クーラーは大切である。

僕は二度と、エアーコンディション無しの宿に泊まるのをやめようと決心した。

 

昨日は、なんだかんだで寝台列車の疲れからか、僕は早めに寝てしまっていた。

その為、早く起きたので、早速街を散策することにした。

 

ベッドから這い出た僕が、一階へと降りていくと、何人かがモーニング用に用意された、パンやらカップラーメンをコーヒー片手に食べていた。

950円で軽食の朝食付きとは、本当にかなりお得な宿である!

 

ドミトリーのあるホステル宿には、こういった軽食サービスをやっている宿は実は結構ある。

長期旅行のバックパッカーには、一食浮くことが非常に重要なことなので、宿を選ぶ時の決め手の一つになるからだ。

 

だが僕は、旅とは「食事」でもあると思っているので、なるべくそういったモーニングは食べない様にしていた。

節約旅だが、せっかく色々な食を現地で楽しめるのに、日本でも食べられる様なパンで、朝からお腹を満たすのは、何か勿体ないと思っていた。

なのでこの旅の間は、普段から近くの安い食堂を探して、そこで朝食や、ブランチを食べる事にしていた。

地元の人しかいない様な安食堂を見つければ、百円程度で食べれる事も多いからである。

 

朝食は散歩の途中に取ることにして、宿の路地から通りへと、歩き出そうとした。

すると昨日から気になっていた、宿の隣のランドリー屋さんが目についた。丁度表に、30歳位の気の良さそうなタイ人女性が出てきた。

何気なく値段を聞いてみると、ここはこじんまりとしたお店ならではで、40バーツ(130円位)と格安だった!

今まで自分で、シャワールームで洗濯をしていた僕だが、この宿には物干場が無かったので、皆、自分のベッドに洗濯物を吊るしていた。

 

だが、洗濯物を吊るしたベッドで寝るのはあんまり気持ちの良いものではない。。

(130円なら全然アリだな。)

僕は昨日までに溜まっていた洗濯物を、お願いしてみることにした。

 

宿に戻り、せっかくなのでシャワーを浴び、今履いていたパンツやらTシャツ、今日まで使おうと決めていたタオルなども、ビニール袋に入れて、まとめてお願いした。

「何時ごろできますか?」と聞くと、笑顔で

「夕方には出来てます。」と言ってくれた。

何時までに取りにくればいいのかを聞くと、夜7時頃には店を閉めるので、それまでには取りに来て欲しい。との事だった。

 

僕は洗濯物をお願いし、そのまま散歩に出た。

郵便局の目の前の個人経営の文房具屋に入る。

日本から持ってきていた三色ボールペンの黒色が切れていて、替え芯がないか聞いてみようと思ったからだ。

丸眼鏡をかけた、細身の60歳くらいの短髪の店主は、観光客はあまり来ないのか、ジロリと僕に視線を送る。

子供の頃、家の近くにあった、地元の怖い文房具屋の店主を、ふと思い出した。

「サワディーカァップ」とタイ語で挨拶をすると、急にニコニコして、挨拶を返してくれた。

 

やはり、その国の挨拶は、その国の言語で、笑顔でするに限る。そうすると結構心を開いてくれる人が多いからである。

僕は早速日本のパイロットのボールペンを見せて、替え芯がないか聞いてみた。

彼はメガネに手を当てて、じっとみた後、ゆっくりと首を振った。

どうやら替え芯はない様だ。

しょうがないので僕は、気に入ったボールペンを一つ手に取り、それを買うことにした。

店主に渡すとニコニコして、紙に包んでくれた。

彼は多少英語が話せ、どこからきたのかを聞いてくれた。日本からだと言うと、喜んでいた。

ここチェンマイには、日本人は結構多いとも教えてくれた。

少し世間話をして、タイ語でお礼を言って、僕はお店を後にした。

地元の人と話して仲良くなると、一つ知っている人や店が増え、その街はひとつ自分の街になる。昨日まで全く縁のなかったチェンマイが、こうやって少しずつ、知っている自分の街になっていくのが、僕にはたまらなく楽しかった。

 

ただボールペンを買うだけの行為が、また一つ、旅の楽しさを教えてくれるから不思議だ。

 

さてと。。である。

今日僕は、角にある薬局に行く事にしていた。

ハノイでゆるりとやられていた腸の治療に行く事にしていたのである。

 

調子が悪ければ、本当は病院に行けばいいのだが。。

実は、高いお金を払って日本で契約した、旅行保険の指定の病院に行けば、無料で治療が受けられる。

どうせ時間は無限にあり「今日は病院に行く日」と決めて行動すればいいだけなのに、僕は何故か病院を避けていた。。

なにか病院に行くときは、ニッチモサッチモ行かなくなった時の最終手段の様に感じていたのだ。

 

今考えると、一体何のために高い保険に入ったのか? という話だし、別にこまめに病院に行ったって、先払いの保険から全て賄えるのにである。

今考えても、本当に不思議であるが、僕には、病院に行くという選択肢はなかった。

 

お腹の状態と「海外 腹痛」で色々調べた結果によると、どうやら僕の腹痛は、細菌性のものらしかった。

たぶんハノイで、腹痛が始まる前日の、ちょっと大丈夫かな? という衛生状態の怪しい安食堂で感染したのだと思う。

治療法は、放っておいても治らず、抗生物質を呑めば、数日で簡単に治ると書いてあった。

 

タイは売薬で病気を治す人が多いと書いてあったので、薬剤師のレベルも高いだろうと推理し、昨日見かけた薬局に行く事にした。

その薬局は、Googleマップ先生で、口コミの星を見ても、中々の評判の良さだった。

 

薬局には白衣を着た、色黒の男性と、色白の若い女性がいた。

僕は自分の「腹いたの症状が細菌性である」という英語の翻訳画面と

抗生物質」という英語を見せた。

苦笑いする彼らに、一応どんな症状だと聞かれ、彼らに自分の腹痛の説明をした。

 

ジェスチャーとテキトーな英語で、伝わると信じて話す。

少し込み入ったやりとりにはなるが、会話は気合である。

「ノーマルタイム アイム オーケー

 アイム ファイン ノットトラブル。

 バット、アイ イート フーズ

 リトル アフタータイム ノットグッド

 アイ ニード トイレット。

 ディス ペイン スターティッド、

 ビフォアー テンデイズ。」

と知ってる英単語を並べ、ジェスチャーで一生懸命説明すると、僕のテキトーな英語に若い女性は笑い出し、30歳位の男性薬剤師は苦笑いをしていた。

特に「下痢」の説明の時に、単語がわからず、あってるのかどうかわからないが、

「マイ シット イズ ウォーター。

 ライク ア ニアーウォーター」

などと言った時には、自分で言っていて

(テキトー過ぎるだろ? 俺の英語…)

と自分でも笑ってしまった。

 

彼は一つだけ

「ユー フィーヴァー??」

と熱があるかだけ聞いてきた。

「ノット ヒィーバー。ペイン オンリィ 。

 アフター イートタイム オンリィ。」

そう答えると、しばらく待つ様に言ってくれ、奥から「抗生物質」らしい薬を持ってきてくれた。

抗生物質」と言う英語だけは発音できる様に、ちゃんと調べていたので、聞いてみると、

「そうだ」と教えてくれた。

 

一日に飲む回数と、時間を教えてくれ

「食後に飲んでください」と会計をしてくれた。

薬代は、そんなに高くなかった。助かる。

 

僕は手を合わせ、例の如くタイ語でお礼を言うと、このふざけた患者が余程面白かったのか?

2人とも満面の笑顔で笑いながら、手を合わせてお礼を返してくれ、女の子は最後は笑顔で手を振ってくれた。

 

さてである。

早速この薬を飲むために、朝食を取る事にした。

 

 " 早く飲めば、それだけ早く治るはずだ ! "

 

単純な僕はそう考え、近くの安そうな食堂を物色し始めた。

 

 

つづく

 

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↑ 清潔なベッド下は鍵付きのロッカー

 

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↑ モーニング用食材達

  (実際はいつ食べても良い)

    カップラーメンが美味しい。

 

 

次話

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ついに宿のスタッフになる。

 

第149話

ついに宿のスタッフになる。

 

この宿は大当たりである。

 

宿の主人マイクにはあまりやる気を感じないが、モーニングの時間でなくても、常備されてるパンや、お菓子、カップラーメン等の食べ物を食べようが、気にしないし、融通が効く。

ベッドもしっかりしていて、まったく軋まない。そしてカーテンでしっかりプライベートは守れる。

何より清潔であった。トイレも、シャワーも綺麗で気持ちが良かった。

 

宿の主人のマイクは、基本宿にはいないが、昼前に来る、気の良い掃除のおばさん達が宿を綺麗に保ってくれる。

そして何度も言うが、モーニング用の食糧も、夜に酒のつまみに食べて大丈夫だ 笑

僕のお気に入りは、昔の「ケンちゃんラーメン」の様な、タイ版の優しい味の、小さめのカップラーメンだった。

 

これで、タイの今までの宿と比べても最安値の、950円である!!

まさにこの宿は、アルカディア(理想郷)言って良かった。

 

ただ一つの難点は、やる気のないマイクは、ほかの商売もしているらしく(やる気が本当はあるのか?)、昼以外ほとんど宿にいないことである。

ならばほかのスタッフを雇えばいいのだが、誰も宿には常駐していない。。

とりわけ、一番旅人が来る時間帯の夕方以降にも、彼は平然と宿にいないのだ。

今までの宿ではありえなかったことである。

 

これは隣の宿も同じだが、隣はさらにそれが顕著である。

なんと玄関には、英語の張り紙で、

「宿に泊まりにきた 〜様へ」

という様な、不思議な手書きの張り紙があるだけである。

 

僕は役者特有の好奇心から、

(なんだろ? この宿のシステム…??)

と興味を持ち、理解するまでじっと見ていたので、いつの間にかこの隣の宿のシステムを理解していた。

 

宿の外玄関に4個ある、Box型のポストのダイヤル開錠ナンバーが、予約した人へメールで送られており、(右に7、左に6、右に8など)それ通りにダイヤルを回し、ポストを開ける。

するとその中には、玄関開錠用のキーカードと、自分が泊まれる部屋番号と、ベッド番号が手書きで書かれたメモが出てくるらしいのだが、、

初めて来ると、なんの事かわからないのだろう。(当たり前だ。。)

皆、玄関を見つめてフリーズしていた。

 

というか、こんなシステムは、2ヶ月旅をしている僕すら見たことが無い。

 とにかく宿にたどり着けば、

 フロントに人がおり、何とでもなる。 

というのが、旅人の常識であり、

こんな無人くんシステム」が珍し過ぎるのである。

なので、旅人たちはいつも混乱して、隣の僕が泊まっている宿のベルを必死に鳴らす。

 

隣のヘンテコな宿は、一階に共有スペースがない為、本当に人気が無く無人の為、自然と頼る場所は、隣の人のいる僕の宿となる。

(まったく信じられない事だし、僕は宿泊中、

 隣の宿のスタッフを一人も見たことが無い 笑)

 

共有スペースで、夜はいつもビール片手に寛いでいる僕は、隣の宿泊難民の彼らが来る度に、僕の宿の玄関の鍵を開け、話を聞き、システムをキチンと把握している宿泊者ではない僕が、システムを説明してあげて、隣の宿の玄関から彼らが入れる様に、旅人達を手伝ってあげていた。

 

だがそれは、隣だけに留まらない。

僕の宿にも夕方前からスタッフがいない。

ほんのたまに、マイクの嫁さん?という女性スタッフが困った顔で、たまに1時間ほどいるだけで、ほぼセルフ宿である。

他の宿泊者も一階にはいるが、ドアを開けてあげるだけで、色々と世話を焼いているのは、日本人の僕だけだった。

 

これは僕の性格もあるのだろうが、困っている人を放っておけない、日本人特有の性質の様な気もしていた。

海外で色々な国の人のスタンスを見ていると、

(自分が日本人だからなのかなぁ。。)

と改めて「日本人 東正実」を意識する事が多い。

 

ある日の夜、でっかい熊の様な大男と、イタリアサッカー界の至宝、デルピエロによく似た綺麗な顔の白人男性二人組が宿のベルを鳴らした。

僕はいつものように、ほろ酔いで玄関のドアを開け、彼らと話をする。

 

どうやら彼らは、僕の宿に泊まるドミトリー仲間のようだった。

20代後半であろう彼らを、フロントに案内して宿のWIFIのパスワードも教える。

彼らも、僕と同じでシム契約などせず、無料のWIFIで旅をする、旅行者だったからだ。

 

彼らはWIFIを繋ぎ、フロントにある、マイクの連絡先のメモにLINE電話をしたが、繋がらないらしい。二人は顔を見合わせ困っていた。

僕は、いいかげんなマイクに代わって仕事をすることにした。

 

この宿は、男性専用ドミトリーは、2階に一部屋しかない。

女性専用ドミトリーは3階で、シングルルームは4階だ。

つまり彼らは僕の部屋の、空いているベットのどこかに泊まるはずだ。

 

ふざけた経営者のマイクに、義憤すら感じていた僕は、彼らを部屋まで勝手に案内することにした。携帯の予約の画面をちゃんと確認した後、彼らに「付いてこい」と言って、階段へと歩き出した。

その際にヒゲモジャの、熊の様なアメリカ人のベンに、

「君はこの宿のスッタフなの?」と聞かれたが、僕は

「俺はただの宿泊者だ。

 ただ、君たちが困っているから。」

と伝えると。

「オー、、サンキュー」と言っていた。

 

「2階が男性ドミトリーだから、二人とも、

 とりあえず荷物を預けちゃいなよ。」

と僕は二段ベットに案内した。

 

部屋に入り、空いてるベッドを教えてあげると、友達であろう二人は、同じベッドの上下に陣取った。

「サンキュー。ワッチュアネーム?」

「マサミ。 アイム ジャパニーズ。

 ハヴァ リラックスタイム」

と会話を交わして、僕は一階へと戻って行った。

 

一階で、残っていたビールを腹に片付けていると、先程の2人が軽装で部屋から降りてきた。

 

やがて宿の正スッタフのマイクが、どこからかフロントに来て、彼らの手続きと支払いを終わらせた。

僕が中二階の共有スペースから降りていくと、彼ら2人はマイクにしきりと、

「彼が色々としてくれたんだ。」

と伝えていた。

 

僕も流石に酷いと思っていたので、

「ヘイ、マイク!

 君がいないから彼らは困っていたよ。

 しょうがないから、俺が彼らを

 部屋まで案内したけど、流石に酷くないか?」

と少しきつめに問い詰めたところ、彼は例の不思議な笑みを浮かべ、事もあろうに、

「サンキュー、マサミ。

 ユーアー グッドスタッフ。」

と嬉しそうに、僕にそう言い放った。

 

それを聞いて僕は、呆れるのを通り越して笑ってしまった。

(こいつ。。マジでスゲェーな。)

と逆に感心してしまったのである。

 

自分がいなければ、宿にいる誰かが世話をするだろう。。と何か究極に人を信じている様に感じたのだ。

 

「結局呼び出されたら行くので、

 それまでは誰かがなんとかするだろう。」

そんな覚悟と信頼が、宿泊客と、宿の経営哲学として彼には確立している気がしたのだ。

僕は彼の不思議な笑みの謎が解けた様な気がしていた。

 

(そんな馬鹿な経営方法があるんだなぁ。。)

僕はこの旅に出てから、一番感心していたかもしれない。

 

そんな僕に、お腹が空いていたベンと美男子のアメリカ人達は、

「近くに開いてるレストランは無いか?」

と聞いてきた。もう宿の主人をすっ飛ばして聞いてきた。

 

時間は11時を過ぎていたので、おすすめの店は閉まっている。僕はまだやっているが、美味しいかはわからない、宿のすぐ近くのレストランへと彼らを連れて行った。

 

デルピエロ似の美男子の彼の名前は、アランというらしい。

ヒゲモジャ大男のベンと、身長は僕より低い、170センチ位の美男子アランの凸凹コンビだった。

 

彼らを連れて行ったレストランは、深夜までやっている以外は、あまり印象のない店だったが、メニューは見たことがあり、そんなに高くはない。

ドミトリーに泊まる同じ貧乏旅行者であろう彼らに気を遣って、最悪不味くても安い店を紹介していた。

 

「一緒に入ろう」と誘われたので、暇な僕は頷いた。

席に着くと、「ビールは呑むのかい?」と聞いてきたアランに僕は「もちろん!」と答え、瓶ビールを頼み、3人で乾杯をした。

意外と食事も美味しくて、僕は夕飯は済ましていたので、軽いツマミだけシェアして、ビールを飲んでいた。

ベンは明るく豪快な男で、楽しそうにガハハハと笑っているし、アランもベンほど豪快でないが、楽しそうに笑う。一緒にいて楽しいし、居心地の良い2人であった。いいコンビである。

 

会計の時に、ベンが伝票を持っていき払いを済ませてしまった。

「僕も払うよ」と言うと(とんでもない!)と言わんばかりに彼は首を振った。

「マサミ、これは当たり前のことだから。

 君には本当に親切にしてもらったからね。」

そうアランが真っ直ぐ目を見て、僕にそう言ってくれた。

 

どうやら最初から、お礼も兼ねて食事に誘ってくれていたらしい。

 

全く本当に気持ちのいい連中である。

僕は心から嬉しかった。

そして僕の宿の同部屋には、2人の友人が出来た様である。

 

グッドスタッフになって良かった 笑

 

つづく。

 

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↑ いつも寛いでいた中二階

 

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↑ レオビアーで乾杯。

     天ぷらの様なものも美味しかった。

 

 

次話

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なにか落ち着く 古都チェンマイ。

 

第148話

なにか落ち着く 古都チェンマイ

 

汗だくになりながら、途中、タクシーに乗らなかった事を何度も後悔しながらも、街並みを眺めながら僕は、チェンマイを歩いていた。

 

かなり歩く事になったが、初めての街は歩いていると楽しくはある。

25分程歩いて、やっとこさお堀で囲まれた、旧市街への入り口の門まで着いた。

 

お堀だけでなく、城壁と言ったほうがいい壁があり、この城壁の門から中に入れる造りであった。きっと江戸城下のように、城下町を守る為にお堀と城壁で中を守っていたのだろう。

 

きっとここにはその昔王朝があり、その昔城下町だったのだと思う。

まるで、江戸城下を囲んでいたお堀の中の町だ。

 

江戸城や、江戸のつくりに関しては、実はかなり僕は詳しい。

何故なら「江戸がどうやってできたか?」という事を書いている、門井慶喜氏の名著

「家康江戸を建てる」をAmazonオーディブルで、僕が、10時間の朗読をしているからだ。

これは、作品・僕のナレーションともに、かなり評判がいいらしい。

 

無駄に宣伝をしてしまったが…  江戸城といい、アンコールワットといい、ここ旧市街といい、皆、敵に攻められ無いように、お堀を掘るというのは、世界共通のようだ。

 

ただ、ここにきて終わりではない。

ここの城下町はなかり広い。。宿まではまだまだ歩かねばならない。

途中でふと気になったお寺さんがあったので僕は、日陰での休憩と、この城下町へのご挨拶も兼ねて、中に入っていった。

黄金の仏像さんの前には綺麗な絨毯が引かれ、なんとそこには可愛らしい猫さんがお昼寝をしていた。

ここは風も通って日陰で涼しい。さすが猫さんは、いい場所を知っているものだ。

バッグを下ろし、キジトラさんに挨拶する。

「ちょっとお詣りさせてもらえる?」と話しかけると、頭のいい彼は、ちょっとズレてくれ、「ドウゾ ドウゾ」とばかりに、正面の場所を開けてくれた。

どうやら彼は住職でもあるようだ 笑

 

お礼を言って、彼の隣に正座する。

気を落ち着かせて、目を瞑ると微かな風を感じる。

隣の猫さんと同じ風を感じながら、ゆったりとした気持ちになっていく。

汗が緩やかに頬を流れ、身体も落ち着いてくる。

「ふぅ。。 スゥうう…  ふうぅぅ。」

と呼吸も落ち着いてくると、寺の周りの虫の音も染み渡ってくる。意識は広がり、ここの建物の天井や壁の大きさも感じる。

僕は静かに目を開けて、仏像のお顔を見る。

柔らかなお顔をしている。

 

僕はゆっくり二礼してから、目を瞑り、日本式であるがご挨拶と、旅の助けをお願いして、最後に一礼して、顔を上げた。

 

心が落ち着き、ここまでの道中に溜まった澱のようなものも、何か取れたような気がする。

右にいるキジトラさんと目を合わすと、

「よいぞ、よいぞ。」とばかりに優しく瞬きをしてくれた。

僕は彼にも手を合わせて「コップンカァップ」とお礼を言って、撫でさせてもらった。

さらに気が優しく、落ち着いて行く。

 

(このお寺に呼んで頂いたなぁ。。

 うーん。。 ありがたい。)

信心深い僕は、早速チェンマイに迎え入れてもらった気がして、深く感謝していた。

 

お寺を出てスッキリした顔の僕は、宿へ向けて再び歩き出した。

旧市街というので、古い建物ばかりだと思っていたが、そうではなく綺麗な建物も多い。

普通に、今市街である 笑

 

だが、あまり高い建物は見かけないので、田舎の風情があり、何か落ち着く。

僕はこの街を、早速大好きになっていた。

 

旧市街には、お寺さんが結構ある。

そして、綺麗で高級そうなタイマッサージ屋さんが多い。何気なく値段を見てみると、900バーツ(3000円)以上するお店もザラだ。。僕のような貧乏旅行者にはまったく縁のないお店である。

コンビニがあったので、涼むついでに寄ってみた。

商品を見ていると、毒々しい、ピンク色の怪しい液体が入った、香水のスプレーのような、小さな透明な容器に入ったものを見つけた。

そして、僕はこの怪しい液体をすぐに購入した。

(ああ、やっと見つけた。

 これかぁ。。最強のアレは。)

 

 

実はこれは、タイの達人である中条から聞いていた、蚊除けスプレーなのだ。

 

旅立ちの前に友人から貰い、日本から持ってきた「まったく人体に無害だが蚊に効く!」という

「蚊除けヨモギスプレー」は、日本では抜群に効くのだが、やはり東南アジアのモスキート達には効果が弱かった。

やはり、日本よりエネルギッシュな東南アジア、それは蚊の生命力にも現れているのだろう。

 

中条は夏になると常に、タイの

「ピンク色の蚊除けスプレー」最強説 を唱えており、僕は話半分に

(ホントかいな?)と聞いていたが、自分がこの土地に来てみると、日本の蚊除けスプレーでは対抗できない事実により、ついに彼女の言い分に白旗をあげたのだ。

 

早速、シュッシュとして、身体に塗ってみるとかなりヒリヒリする。メンソールという感じなどではない。かっと熱くなるようなヒリヒリ感である。

(これは確かに最強に違いない。。)

僕はこのヒリヒリ感で、深く納得できた。

 

さらに歩くと、縦長のレストランが並んでいる通りや、珍しく文房具店もあり、小さなツアー会社もチラホラある。

 

そして目印の郵便局を見つけた。

この裏に僕の宿があるはずである。

 

裏手に回ると、路地にランドリー屋さんがあり、その隣に2件宿が並んでいる。

色々と覗いてみると、どうやら僕の宿は手前の宿の様だ。

ガラス越しにみる内部は、広い共有スペースもあり、とても綺麗で、とても950円の宿とは思えない。

カウンターには誰もいない。

チャイムを鳴らすと、階段から中華系の少し太った20代後半の、大きなメガネをかけた、オタク風のTシャツ短パンの男性が降りてきた。

鍵を中から開けてくれ、僕は宿に入った。

サイトで見た通りの綺麗なロビーは、とてもいい印象である。

寝起きの様な寝癖がついた彼は、ニコニコしながら宿の説明をしてくれた。

 

一階には、カウンターのフロントがあり、天井が高い。フロントのすぐ奥には、椅子と机の共有スペースで、さらに中2階にロフトがあり、ここは寝っ転がったり出来る共有スペースになっている。

なかなか贅沢な作りである。

 

部屋のカードキーを貰い、案内された寝室は、しっかりとした木の2段ベッドで、それが四つあり、8人用のドミトリーであった。

ここも清潔で、下の段が空いていたので、そこが今日の僕のベットとなった。

しっかりとした、木の作りのベッドは安心感が違う。

シャワーや、トイレの説明を受けて、僕は自由の身になった。

 

よく考えたら、2時チェックインのはずだが、まだ午前中なのに、まったく気にせずに部屋に入れてくれた宿の主人マイクにとても好感が持てた。

彼はとにかくおおらかというかというか、のんびりとしている。常に不思議な笑みを浮かべている。細かいことは気にしないタイプに見えた。

 

彼の不思議な存在感も含めて、この宿は居心地が良さそうだ。

とにかく僕は荷を解いてから、まだまだ明るいチェンマイの街へと歩き出した。

 

なんとなくこの街に来てから僕は、初めて来た気がしていなかった。訪れた事などないはずのこの地は、何か母の実家の田舎の居心地の良さを感じさせる。

別に田んぼや、畦道があるわけでも無いのだが、とにかくそう感じるから不思議だ。

夏休みの一ヶ月をいつも過ごしていた、大阪の泉佐野の田舎を再び訪れた様な。。

 

僕の心は、不思議と小学生の時の自分へとタイムスリップしていた。。

 

続く

 


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チェンマイのお寺にいらっしゃる

     徳のあるキジトラ住職様。ナーム。

 

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↑ 友人からもらった沖縄産さぁ。

 最強のヨモギスプレ〜「サラバ〜ス」

 

次話

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チェンマイの朝

 

第147話

チェンマイの朝

 

色々とあったが、無事ベッドで就寝出来た僕は、ホッとして眠りについていた。

 

車掌さんが言った通り、午後8時を過ぎるとポロシャツの制服を着た、ベッドメイキングスタッフがやってきた。

 

車両後部から入ってきた彼は早速、一番後ろのボックス席の前に立ち、作業を開始した。椅子の足元をいじったかと思うと、その椅子を「カキキキキ」と音を立てて滑らせた。

椅子を倒すのではなく、斜めに滑らせたのである。

そして背もたれをバタンと完全に後ろに倒しながら、お尻を置いていた部分は前にスライドする。

そうする事で、さっきまで足を置いていたスペースが埋まる。

同じことを向かいの椅子にもすると、摩訶不思議、そこにはフラットなベッドが出来上がっていた。

 

そして一番驚いたのが、ボックス席の上部の壁が、カパリと開いたことだ。

実は窓の上の壁には、何やら丸みを帯びたでっぱりがあり

(なんだろう? 

 ずいぶん不思議なつくりだな。。)

と思っていた部分だ。

 

飛行機の荷物入れの様になっているその部分は、横幅も広く、開けると横開きのカプセルになっていた。その中には白いシーツやベッドマットが入っていた。

どうやらこのスペースが、2段ベッドの2段目であり、ベットメイキング用の寝具もここに収納されているらしい。

 

彼はそこからベッドマットを取り出し、さっきまで椅子であったが、今は簡易ベッドになっている所へと敷いた。

そして手際良くシーツを張り、枕を置き、布団を置いた。

あとは上のカプセルベッドをキチンとメイキングして、見事に2段ベッドを完成させてしまった。

 

車両の後ろから、一つづつ、この作業をしてまわってくれるらしく。

彼は今度は向かいの席を、同じくベッドメイキングし始めた。

やがて僕の場所まで来た彼は、僕のベッドも作ってくれた。

正に、タイ国鉄版の「トランスフォーマー」である。

 

カーテンまでつけてくれたお陰で、プライバシーまで守れる。

お礼を言って、早速中に入ってみると、ベッドは意外と広い。

一人用の椅子の割には幅が広かったので、ずらしてベッドとなった今、横幅も結構あるのでありがたい。

 

カーテン越しに車内を覗いてみると、すべての座席がベッドとなり、カーテンで仕切られたこの車両は間違いなく寝台車となっていた。

先程までの風景とは全く違う車両を見て、僕は思わずため息をついていた。

(すごすぎるトランスフォームだ。。)と。

照明さえも落とされた車室は、まさに寝るための車両である。(本当に助かる 笑)

そして、僕は窓から暗闇を見ている間に、いつの間にか寝てしまっていた。

 

盗まれない様に、バックパックをベッド内に置いていたので、流石に狭くなり、寝返りはうてなかった。。

そのせいで、途中で何度か目を覚ましたが、その度にバッグをずらして無理矢理寝返りを打ち、僕は翌朝、意外とスッキリと起きれていた。

 

窓のカーテンから漏れる、タイの朝日で目覚めた僕は、伸びを一つし、バッグの無事を確かめた。

そこから缶コーヒーを出して、それを飲みながら、窓から見えるタイの田園風景を眺めていた。

そう、一夜にしてあの大都会バンコクから、列車は田舎に移動していたのだ。

 

車内が騒がしいので、カーテンの隙間から廊下を覗くと、皆カーテンを開けて活動的になっている。

早朝だというのに、車内はかなりざわざわしている。

ベットから廊下に腰掛けて、寛いでいる人もいれば、僕の様に個室のままゆったりする人もいる。車内は活気に満ちていた。

 

朝食を食べている人も多い。僕も何か食べようと思い、昨日買っておいたサンドイッチを取り出して頬張った。

缶コーヒーと、サンドイッチ片手に見る田園風景は、最高のモーニングタイムだ。

本当にゆったりとした朝食を取れた。

昨日、頑張ってコンビニに行っておいて良かった。

車窓を見ていると、バンコクでの色々な事が思い出される。

内容が濃過ぎて、1ヶ月程いる様な気になっていたが、よく考えたら、タイに来てまだ一週間程しかたっていなかった。

そして、これから行くまだ見ぬチェンマイ

一体どんな場所なのだろう??

情報と言えば、店長さんから聞いたチェンマイのイメージだけだ。「行けばわかるさ」と、僕は全くチェンマイについて調べていない。

結構、ワクワクと少しのドキドキが止まらない。今、遠足に行く前日の小学生の様な高揚感が、僕の体を支配している。

この歳では、なかなか味わえない感覚である。

 

そして列車はそんな僕を乗せて順調に走り、ほぼ定刻の8時半過ぎに、終点のチェンマイ駅に到着した。

 

駅のホームに電車が止まると僕は

「よし!  行こう!!」とわざわざ声を出し、バックパックを肩に背負い、気合充分で列車から降りた。

ホームに降りてみると、この列車には、タイの方とバックパッカーが半々くらいいた。

大きな駅は、何本もホームがあり、僕は人の流れについて、改札を目指した。

 

やがて駅から無事に出た僕は、駅舎を振り返って見た。なにか味わいのある、貫禄を感じさせる立派な駅舎だった。

 

バックパッカー達は、チェンマイに来慣れているのか、迷いなく駅から離れて行く。。

見たことのない、霊柩車?の様な形の車に乗って去って行く旅人もいれば、歩いて離れる人も何組かいた。

彼らが歩いて行くところを見ると、どうやら徒歩でも安宿のある街まで行ける様だ。

僕は「登山に行くのかな?」という程の大きなリュックを背負った白人のカップルに、バレない様について行く事にした。

 

ある程度距離をとり、怪しまれない様について行く。

もはや尾行であるが、土地勘のない僕はとりあえずこうするしか方法がない。

何しろ今回は、行き当たりばったりで、珍しく宿さえとっていない。

きっとタイの風に吹かれている間に、僕の父方に流れるらしい沖縄の血が騒ぎ出し「マイペンライ」ならぬ「なんくるないさぁ〜」が発動していたのだろう。

 

ところがである。。

ここで予想外のことが起きた。

 僕の尾行に感付いたのか?

 それともお腹が空いたのか?

彼らは通りにあるカフェに入ってしまった。

 

…僕を一瞥もしなかったところを見ると、どうやら朝食をとりに入っただけの様だった。

店内の彼らは笑顔で店員に挨拶をしている。

どうやら、常連なのか、知り合いの様だ。

 

さすがにこの店の中まで尾行を続けたら、ちょっと異常者だな。。という不思議な気持ちになり、僕はこの大通りをまっすぐ行けば、何かがあるさ! とばかりに歩き出した。

 

しかし、しばらく歩いた後、僕は暑さに負けたのと、気になる素敵なカフェを見つけてしまい、モーニングついでにカフェに入ってしまった。

空色の外観で、爽やかな水色と白の綺麗な外観である。

Wi-Fiがないと何も出来ない情報弱者の僕は、モーニングとアイスコーヒーを頼み、早速Wi-Fiを接続させて貰った。

(ワンプレートの色々乗った美味しそうな一皿と

アイスコーヒーのセットで350円程だった)

 

ここの女性主人は、30歳くらいの親切な人で、色々と話をしてくれた。

宿を探さなきゃいけないと言うと、

「自分の知り合いのとても良いホテルがあるわ」

と紹介してくれた。確かに綺麗な、良さそうなホテルだったが、値段が2000円以上したので、

「もう少し自分で探してみます。」と断った。

さてである。宿探しサイトでいつものように探してみると、綺麗な良さそうな宿が見つかった。セルフでパンなどを朝食に食べて良く、ドミトリーだが、ベッドも木製のしっかりしたカーテン付きだ。

何より950円と言う値段が魅力的だった。

 

僕はさらにしばらくチェンマイのことを調べ、女性店主にお礼を言ってから、カフェを出た。

見つけた宿は、地図ではお堀のような囲いの中にある。さっき調べたところによると「旧市街」と呼ばれる場所らしい。

Googleマップ先生によると、歩くと40分程かかるらしい。

 

カフェの店長さんに

「結構歩くから、タクシーに乗った方がいい」

と言われたが、初めてのチェンマイである。

街並みを眺めながら歩きたかった僕は、ゆったりと進む事にした。

 

僕はリュックを、きちんと背負い直し、まだ見ぬチェンマイの街へと歩き出した。

 

続く

 

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↑ 風情のあるチェンマイ

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↑ ホームで気合を入れる僕


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寝台列車のトイレ。

    穴は大地に繋がっている。

 そう。。全てはそのまま大地に還るのだ。

 

 

次話

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僕が見た タイ バンコク

 

 

第146話

僕が見た タイ バンコク

 

2017年に訪れた、初めてのタイ バンコクは優しく刺激的な町だった。

 

仏教国のタイは、バンコクという大都会でも皆穏やかで、柔らかさを保って生きているように感じた。

バンコクは都会なので、もっと殺伐としているのかと思っていたが、そうではなかった。

テロの影響で、高架鉄道の各駅に警察官が立っているモノモノしさはあったが、そんな事はすぐに忘れてしまうくらい、人々は柔らかくエネルギッシュだ。

 

タイの人は、大きな声で怒鳴ったりとか、人前で怒って恥をかかせるという様な事は禁忌であるらしい。

交通事故を起こしてもニコニコしている人が多いという、本当かどうかわからない話も聞いた。

 

そして仏教が下地にある国民性は心地が良い。

その為、来世を信じている方が多くいると聞いた。

今世で施したり損をしても人を助けることで、徳を積んでおくと、来世でいい事がある。

そういう考え方をしている人が多い。

と、そんな話を聞いたことがあるが、確かにそういう事を信じられるような、人々の気の良さである。

 

街で買い物をしても、最後に手を合わせてくれ

「コップンカー(ありがとう)」と笑顔で言われると、とても暖かい気持ちになる。

正にタイの魅力の一つであり、日本人も手を合わせて「ありがとう」って言えば、少しは殺伐としたものが和らぐのに… とも思ってしまう 笑

実際日本に戻った僕は、しばらく手を合わせてお礼を言ってしまう事があった (^^;)

 

物価は、今までの三か国が安すぎたため、結構高く感じた。タイに来てから加速度的にお金が無くなり始めた事は、気のせいではないはずだ。。

(たぶんガブ飲みしているビールが原因なのだが…)

 

だが、日本に比べれば生活費はかなり安い。

ビールは、発泡酒くらいの値段で缶ビールのロング缶が180円程、ドミトリーは1500円くらい。一食も安食堂に行かなければ、300円~500円程かかる。

日本の物価の 3/4 くらいのイメージだ。

昔はもっと物価が安く、ここ十年で物価はかなり上がったと聞いた。

 

今まで、ドミトリーが600円だの、シングルルームでも1000円〜1500円、50セントで生ビールが飲める国にいたので、割高に感じるが、居心地はこれまでの国の中で一番だった。

その為、そこまで高い!とは感じないから不思議である。

 

とにかく、バンコクが暮らしやすいと感じる具体的な理由は、

鉄道網がしっかりしていて、移動に困らない。

カオサンに行けばツアー会社がツアーをすぐ組んでくれる。

ご飯の選択肢が多く(和、洋、中あり)美味しい。(特にタイ屋台のメシが安くて美味しい。)

マッサージが安くて上手いので、気軽に毎日行けるので、身体が楽なまま歩き回れる。

大きなモール型スーパーがあるので、なんでも揃う。

などなどである。

そしてなによりも「微笑みの国」と言われるだけあって、皆ニコニコしていて、ゆったりしているので、余計なストレスが殆どない。

そしてとても大事なことだが「治安」がこれまでの国で、一番良い事だ。

(女性も夜中に普通に出歩いている)

とにかく海外初心者向けの国であることは、間違い無いだろう。

 

そんなタイでは本当に色々な人に出会った。思い切って、この旅で初めて日本人宿に泊まったのも一因だが、バックパッカーの街、カオサンロードの近くでいた事も、その事に拍車をかけたのだと思う。

そして人々と距離が近いのに合わせてか、とにかく野良犬や、特に放し飼いの犬が多い。 そこらへんの店先や路地が犬だらけである。

前の3カ国と比べると、明らかに犬が近くにいる。

前の国々では、明らかに野良犬が多く、こちらから近付かなければ、どうにか犬たちを、やり過ごせたのだが、ここバンコクでは犬がそこいらに不意打ちでいるので、特に路地では気をつけないと、彼らに狂犬病を打ち込まれる可能性が高い。

なかなかスリリングな場所でもある。

 

意外だったのは、タイといえば「トゥクトゥク」と思っていたのだが、走っているのはほとんどタクシーであった事だ。

トゥクトゥクの走る、風情のある風景を想像していた僕には、少し残念な光景だった。だが実際はスコールもあるので、クーラーも効いているタクシーの方が快適だ。

それによく考えると、トゥクトゥクにはカンボジアでさんざん乗れていた。

 

トゥクトゥクは今は、日本で言うと観光用の人力車的な立ち位置のように見えた。

また、あまり良い噂は聞かなかった。

一部のドライバーは副業で、客引きも兼ねているらしい。油断すると、べトナムのおっさんのバイクタクシーばりに、ボッタクられたり、怪しいお店に連れていかれるらしい。

(実際に夜のカオサンロードでは、

 何人ものトゥクトゥクドライバーに

 「そういうお店に行かないか?」

 と声をかけられた。)

 

そして、バックパッカーの聖地であるカオサンロードは、とにかく時間帯によって全く見せる顔が違う。

 

朝はシャッターがしまった閑静な通り。

昼は、屋台のお土産屋や、屋台飯屋、マッサージ屋など、穏やかだ。

この時間帯で驚いたのは、旅費を稼ぐ為か、自作のアクセサリーを道端に並べて売っている、ヒッピー風のバックパッカーカップルがいた事だ。

 

夕方から混み始め、路上も少しずつ賑やかになってくる。皆バーや、クラブに入って飲み出す。

そして、とにかく夜中が本番で、通りの左右にあるクラブやバーから、道に飛び出したタトゥーだらけのおっきい白人さんや、お酒じゃない何かを摂取したであろう… ハイテンションの人達が通りに溢れ、ワールドカップが始まったかの様な大騒ぎが始まる。

人々でギュウギュウな通りで、瓶ビール片手に皆が大騒ぎしているこの通りは、流石にタイ初心者の僕には怖かった。。

いや、初心者じゃなくても怖いはずだ。

 

なので深夜に飲む時は、一本外れた通りで、屋台のバーで静かに飲んでいた。

(ここはツマミは、タイ家庭料理だが、

 ちょっとしたカクテルも出している 笑)

 

そして、タイに全く知識のない僕は、最後の方に気付いたのだが、不思議な事にコンビニでお酒の買えない時間帯があった。

理由を聞いてびっくりしたのだが、実は前年に、タイ国民全てが敬愛する国王である、

プミポン国王が亡くなった為、国民は喪に服していたのだ。。

その為、お酒を買える時間が決まっているとの事だった。

 

モニュメントのある通りの高校に、黒と白のリボンが外壁の上に張られていたのに違和感を覚えていた僕だが、実は今タイは国王の死を悼み、ここ数十年で、一番国民が悲しんでいる時期であったのだ。

 

タイバーツに描かれているプミポン国王は、何か、ただの旅人の僕にも親近感が生まれる。

それは、国王の肖像画などが普通に売られている事や、支払いのたびに目にする、この人相の良い人物が、いかに国民に愛されていたかを実感させられるからである。

 

外国でこんな感覚になるのは初めてであった。

僕もタイにいる間に、自然とこの国王の事を好きになり、敬愛してしまっていたから不思議なものである。

それほどタイは、一旅人をそういう感覚にさせる程、激動の東南アジア時代を生き抜いた国王への、愛情が凄いのだろう。。

 

 

そんなこんなで、とにかくバンコクは、ゆったりと沈没して良し、色々とアクティブに歩き回って良しの、何でもある、遊園地の様な、色々な楽しみ方が出来る夢の国である。

 

アジア国のディズニーランド とでも言っても過言では無い都市なのである。

 

旅人が癒しを求めてタイに帰ってくるというのは、たぶん本当だろう。。

それほどタイは、旅人に優しいのだ。

 

皆様がもし、初めて海外旅行を考えているのなら、難易度の高すぎるインドより、確実にタイがおすすめと言い切れる僕であった。

 

旅は続く。

 


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↑ タイは皆を笑顔にする 笑

 


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↑ 王宮前と僕



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↑ 目印になるモニュメント



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↑ 不思議な光が射すカオサンロード

 こんな光景に出逢えるのも 外国ならではである

 

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↑ 国民に愛された プミポン国王

     僕もなぜかいまだに敬愛している。

 

 

次話

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