猫好き俳優 東正実の またたび☆

俳優 東正実の東南アジア旅

雨と珍客と 情緒のないアメリカ人

 

第158話

雨と珍客と 情緒のないアメリカ人

 

視界さえ危ういスコールの中、ソンテオは慎重に運転をしてくれていた。

 

そんな中、荷台の客席で彼女と改めて話をする。

シャイに見える彼女は、少しは僕に気を許してくれたのか、初めて名前を教えてくれた。

彼女の名前はルトナさんと言うらしい。

「良い名前ですね。」と僕が言うと、彼女は少し照れて笑った。

そして、やがて市街に入ろうと信号待ちをしている時、いきなり人が乗ってきた。

カーキ色のフード付きのジャンパーを着ていて、フードは被りっぱなしだ。

(おお!お客さんが本当に乗り合いで乗ってきた)

と僕もビックリしていると、彼は勝手に椅子に座って寛ぎ出した。

顔を覗いてみると中華系の観光客らしい、30歳位の坊ちゃん刈りの、丸メガネの小太りの男性だった。

 

僕は乗り合いタクシーの交渉を見るのは初めてである。ワクワクしながらルトナさんの交渉を見ていた。

彼女は柔らかく英語で「どちらまでですか?」と聞き始めた。

すると男は頷くと、そのまま座っている。また彼女が同じ事を聞いても、彼は手を広げて(わからない)というジェスチャアをした。

ルトナさんは困った顔をしている。

それはそうだろう。行き先のわからない客を乗せても値段交渉も何も出来ないからだ。

 

さらに粘り強く話しかけると、分からないというジェチャーの後、少し怒りながら、

「話しかけないで!」とばかりに手を振って、彼女との会話を終わらせようとしていた。

勝手に人様の車に乗り込んで来たくせに、随分と横柄な厚かましい男である。

それに、相手が押しの弱そうな女性スタッフなので、舐めてかかっているのだろうか?

 

雨の中、後ろから駆け込んできた為この男は、運転席に「最強の男」が乗っているなどとは思ってもいないのだろう。

そのうち男は、彼女の言葉を完全に無視して、平然と席に居座り、我が物顔で携帯をいじり始めた。

僕はそれを見てさすがに呆れていた。

「なんだコイツは?」と。

しかし、商売と関係ない僕である。

余計な事をすると失礼になるかもしれない。

僕より遥かに、こんな変な客にも慣れているはずの彼女に任せていれば良いと思い、黙って見ていた。

ルトナさんはなんとか笑顔を浮かべ、必死に話しかけるが、今まで対応した事のない観光客の様で、戸惑っているのが見ていてよくわかる。

そしてついに男は、完全に無視を決め込んでいる。

 

一体この男は、雨を避けるために乗り込んで来ただけなのか…?

それとも無料バスか何かと勘違いしているのだろうか?

 

ルトナさんはついに話しかけるのを諦め、困った少し悲しそうな顔で僕を見た。

それを見た僕はついに動くことにした。

目の前で女性が困っているというのに、力を貸さないなどと言う事は「男が廃る」と言うものである。

それにドン・フライ氏は運転中の為、可憐な彼女を守れるのは僕しかいない。

僕は軽く手をあげて彼女に「任せて」と合図を送り、男の真向かいに座り、話しかけた。

「ハイ! へーい、ハロー!

 マイネーム イズ マサミアヅマ

 ワッチュア ネーム?

 ウェアーユー ゴーイン??

 ユー スピーク? んん?

 ユーゴー、ホテル? ステイション?

 ディスカー イズ タクシー。OK?

 テイクざカー ニード マニー。

 ノットフリー。  あんだスタン?

 ユーゴー ホテル?

 ユー ハブ アドレス?

 ウェアー?  ユー ホープペイ

 ハウマッチ? バーツ?」

僕がそう捲し立てると、彼は初めて顔を上げた。

そして丸メガネの彼は僕の勢いに驚いたのか、ポカンとしていた。

 

(英語が通じないのかしら…)

そう思った僕は今度は日本語で、同じ事をジェスチャア付きで、畳みかける様に丁寧に捲し立てた。

これまでの経験から、恐らく通じない英語より、同じく通じない日本語の方がまだ伝わるはずだと確信していた。

すると効果はてきめんで、彼は「降ります…」というジェスチャアをしてきた。

僕は彼女に

「降りると言ってくれてるけど、

 降りてもらった方がいいかな?」

と確認すると、彼女はホッとした顔で、大きく頷いた。

 

とはいえ、少し弱まったとはいえまだ雨は強い。流石にすぐ降りさせるとびしょ濡れになってしまうだろう。

常識のない厚かましい男ではあるが、それはいくらなんでも可哀想だ。

そう思っていると、丁度信号待ちでソンテオが止まった。すぐ後ろに見えた建物の真横に、軒先のあるカフェのようなお店があった。

僕は彼に「あそこで雨宿りして!」とこれまた日本語で強く伝えると、彼は大きく頷き荷台の後ろから降りていった。

そして軒先で雨宿りする彼を残して、ソンテオは再び走り出した。

 

それにしても、どっと疲れた。。

男が一言も発さないのも不気味であった。

目を見てしっかりと話すと伝わっていた様だが、それでもジェスチャーだけで返事をする変な男だった。

別に喋れない様子ではなかったのが、不思議な男である。雨がつれてきた珍客とでも言うべきだろう。

 

ともあれ、ルトナさんを助けられたので、この疲れもまた良い疲れである。

「助かりました。マサミさん、ありがとう!」と言ってくれた彼女に、

「あんなお客さんは多いの?」と聞くと、

「あんな変な方は初めてです。。」

と教えてくれた。流石にあのレベルの変人は稀らしい。

 

矢面に立って交渉した僕に心を許してくれたのか、彼女は隣に座ってくれ、2人で宿まで色々と話をした。

彼女は小さい時に母を亡くし、それから父娘2人で生きてきたという。

父は彼女をとても大事に育ててくれて、とても優しいのだそうだ。

「頼り甲斐のある、強そうなお父さんで良いね」

と僕がそう言うと、彼女は本当に嬉しそうに

「父は本当に優しくて頼りになります!」

と答えてくれた。その綺麗な笑顔を見た僕も、自然と笑顔になる。

こちらまで嬉しくなる様な仲の良い父娘であった。

雨のせいか、不思議なゆったりとした時間を彼女と過ごせた僕は、とても柔らかい気持ちになっていた。

やがて車は宿のすぐ隣の通りに着いた。

宿まで送ると言われたが、すぐそこだからと僕は断った。幸いに雨もほぼ止んでいたからだ。

 

精算をして彼らにお礼を言い、そこで別れた。

本当に暖かい気持ちで僕はソンテオを降りた。

助手席でルトナさんは最後まで手を振ってくれた。僕も車が見えなくなるまで見送る。

最初一度断ったソンテオのチャーターだが、再び声をかけて貰った。 その時に

(きっと縁があるのだろう)と腹を決めて乗って正解だった。

(うーん。。センサーが研ぎ澄まされている)

ここチェンマイに来てから、より旅が上手く回っている気がする。初日に挨拶した仏様も含めて、改めてこの土地に感謝しなければならないだろう。

ここはバンコクほど刺激はないが、とても落ち着く。日本人の僕から見ると、タイの人は皆ゆったりとしている様に見えるが、同じタイ人でも、やはり大都会バンコクチェンマイでは、チェンマイの方がよりゆったりとしているのだろう。

まぁ、よく考えれば当たり前のことかもしれない 笑

 

心地の良い小雨の中、宿までゆったりと歩いた。僕の心はタイに来てから一番、優しく柔らかくなっている気がした。

宿の玄関をカードキーで開け、中に入ると大男のベンが、珍しく一人でいた。共有スペースの机でコーヒーを飲んでいる。

彼は僕を見つけると早速話しかけて来た。

聞くと、相方のアランはどうやら上で仮眠中らしい。

 

彼は僕の表情を見て、ニヤリと笑ってこう言った。

「ヘイ、マサミ! どうしたんだい? 

 なんだかニヤニヤしているけど…あ!

 可愛い女の子のいるお店でも見つけたのか?

 どこだい?!  一緒に行こうぜ!」

いきなり無粋なことを言われ、僕はせっかくの気分を台無しにされた。。

「お前には情緒というものがないのか?!」

と怒鳴ってやりたかったが、相手はアメリカ人である。そんなものを期待してはいけないと思い直した。

それに僕がニコニコしている理由が、素敵な女性のお陰と言うのは、あながち間違いでは無い。

 

この熊のような大男は、ヒゲモジャで無類の女性好きの様だが、なんだか笑顔が可愛くて憎めない。

愛嬌の塊の様なクマさんなのである 笑

僕はそんなベンを見ていて、先程の嫌な気持ちもすっかり無くなり、笑ってしまっていた。

 

僕も無料のコーヒーをいれ、ベンの向かいに座って話して時間を潰すことにする。

ここで平松くんを待つ事にしたのだ。

先程確認したところによると、あのハリウッドスターは、どうやら無事に宿に着いた様だった。

 

ベンのお代わりのコーヒーも持って席に戻り

「俺がニヤついている理由を教えようか?」

と声をひそめて言うと、ベンは身を乗り出して、興味深そうに大きく頷いた。

「…これからデートだからさ。」

そういうとベンは目をまん丸にして僕を見た。

すかさず僕が「男性とだけどね。」といたずらっぽく言うと、ベンは、

「なんだよそれ! ツマンネェ!」

と言った後、大笑いしていた。

その顔はまさに、森のクマさんそのものであった。

 

やれやれ、今日はやけに癒される日である。

 

つづく

 


f:id:matatabihaiyuu:20230109014849j:image
↑ 豪雨を連れてきた雨雲

 

f:id:matatabihaiyuu:20230109003500j:image

↑ 各宿や色々なところに各々の地図がある

     チェンマイ

 

 

次話

azumamasami.hatenablog.com