猫好き俳優 東正実の またたび☆

俳優 東正実の東南アジア旅

夜景からの大脱出

 

第157話

夜景からの大脱出

 

ドイステープの展望台はとても気持ちが良く、まったく飽きがこない。

 

缶コーヒー片手に街並みを見ていると、時間の無い僕の為に、チェンマイが気を遣ってくれているのか? と思うほど、日はどんどん落ちていってくれた。

その合間に観光客から写真を何枚か頼まれたので、全て応じて彼らと笑顔で別れる。

観光地でのこういう交流もまた良い時間である。

 

そんな中どんどん日は暮れていく、街にはタイにしてはせっかちなのか、まだ日のあるうちから電気がついている建物も多い。

そして、ついに待ち合わせの時間を過ぎてしまった。だが肚を据えている僕には、時間はもう関係ない。

 

だが、ここで「時間」以外の問題が起きた。

街の反対側に、信じられないくらいの大きな黒い雲があり、それがゆっくりと近付いて来たのだ。

東南アジアに一ヶ月半いる経験から僕には、あの暗雲が土砂降りの豪雨を運んで来ている事がすぐに分かった。

しかもしばらく降り続きそうな雲の大きさである。

(やばいなぁ。 雨雲と落日の競争だな… )

そう思っていると、平松くんが戻ってきた。

「ヤバいすね! 東さん

 あの雲はやばいですね。」

曇りの為、もうちょっとで暗闇になりそうな街並みを見ながら、

「もう少し粘ろう!」と僕が言うと、彼も

「気合いっすね!」と同意してくれた。

時間が少しあるので、連絡先を交換する。

Wi-Fiが飛んでいないので、その場でのLINE交換が出来ず、念の為僕のGmailを教えて、宿に着いたらそれを見る事にする。

ついでに僕の宿の名前を教えて、後で検索して来てもらう事になった。

後で街で合流して飲みにいく事にしたのだ。

 

どんどん迫ってくる黒い雲… そして落ちていく日。

そして、ついに夜景になった!(と感じた 笑)

「今だ!」とばかりに僕たちは、夜景をバックに手早く写真を撮り合う。

そして平松くんと「よし!」とばかりにアイコンタクトをした。

そう! まだ雨は降っていない。

 

その後僕たちは寺に走って戻り、出入り口へと向かい、そこから下へと向かう階段を、急いでかけ降りていく。

上空では、ゴロゴロと雷まで聞こえてきていた。

しかし、さすが300段以上の階段である。。駆け降りるのも結構キツかったが、そんな事を言ってる場合では無い。

息切れをしながら、やがて入り口まで降りると、平松くんは坂の上の方へ走り出した。

 

実は彼は、レンタルの原動付きバイクで来ていると言っていた。。大丈夫だろうか?(^_^;)

一応、上で心配して聞いていたが、

「雨雲から逃げながら走るんで、大丈夫です!」

とハリウッド映画さながらの事を言っていた。

 

残された僕は入り口から坂の下のソンテオを探す事にする。

すでに時間は15分程オーバーしていた。

入り口から降りると、なんと! 例の彼女が入り口のすぐ下で待っていてくれた。

一瞬怒られるかな?と思ったが、彼女は笑顔で僕を迎えてくれた。

「ごめんなさい。遅れました。」

と僕が謝ると、

「いえ。 どうです 楽しめましたか? 

 時間通りですから、大丈夫ですよ。」

と気を遣って、逆に優しい笑顔で迎えてくれた。

しかもソンテオは坂の下の方に止まっている。

彼女は雨の事を心配して、入り口まで来て待ってくれていたのだ。

僕は感動してしまい、、

(うーむ、やはり天使だ。。いや… 天女様だ!)

その柔らかい笑顔に、天空から少しだけ降りて来た僕には、彼女が本当に天女に見えていた。

雨が降る前にと、僕が車に戻ろうと坂を急いで下ろうとすると、彼女が着いてこない事に気がついた。

不思議に思って振り返ると、何故か彼女は辛そうに跋扈を引いていた。

 

(???  ええ?! 怪我したのかな?)

僕は心配になり、彼女の元に駆け寄った。

 

「だ、大丈夫?? ゆっくりで良いよ。

 どうしたの? 足を怪我したの?!」

僕が心の底から心配してそう言うと 彼女は、

「実は、交通事故に遭いました。。」

とだけ言った。

 

(そんなバカな!? 僕を待っている間に…?

 あぁ! 僕が遅れた所為ではないだろうか…)

 

僕が申し訳なさそうにしていると彼女は

「実は、数年前に交通事故にあって

 それ以来足が悪いんです。。」

と改めて教えてくれた。

 

僕には全て合点がいった。 そうだったのだ!

それで彼女は、父の隣で仕事を手伝っているのだろう。

 

最初は平地だったのと、行きは登り坂だった。

だから上手に歩けていた彼女に、何も思っていなかったのだが…

やはり下り坂だと、うまく歩けないらしい。

 

「大丈夫です!」と言い張る彼女に僕は手を貸して、ゆっくりとソンテオまで一緒に降りて来た。

助手席まで送ると、彼女はお礼を言い、運転席の父ドン・フライ氏も心なしか優しい目で僕を見ている気がした。

彼女が乗るや否や、ドンフライ氏は元の厳しい顔に戻り、立てた親指で鋭く荷台の方を指差した。

僕も頷き、走って荷台に飛び乗った。

帰りもあの究極のクネクネ坂である。しかも下りはさらにスピードが出るに違いない。

雨などが降ったら、スリップの危険が大幅に増すに違いない事は、ドイステープに初めて来た僕でも容易に想像ができた。

 

下りは、最初は例の両側の林を抜ける直線の緩い坂だ。そこをソンテオは颯爽と降っていく… 周りには車も何もいない。

 

そしてここで凄いドラマが起きた。

遥か後方から、初めは豆粒のようだった原チャリが、ドンドン近付いて追いついて来たのである。

まるでハリウッドのヒーローが追って来たかのように!

 

バイクに跨るヒーローの正体は、もちろん平松くんだった。

「雨雲から逃げながら走りますよ!」

とハリウッド俳優顔負けのアクションを公言していた彼が、まさかさらに後ろからソンテオに追いついてくるというアクションを追加して、

「追いハリウッド」とばかりにアメリカを足してくるとは思わなかったので、僕は思わず笑ってしまっていた。

(平松くん。。君はトム・クルーズかよ? 笑)

僕は心の中でそうツッこんでいた。

 

そこでまた奇跡が起こる。

僕に挨拶する為に真後ろに着けている原チャリを見て(ふむ… 煽って来てる?)と思ったらしいドン・フライ氏は「舐めるなよ!!」とばかりにアクセルを踏み、ものすごいスピードで引き剥がしにかかったのだ。

 

本気を出したドン・フライ氏に及ばず、今度はドンドン、ドンフライ号から原チャリが引き離されていった。

(いや、フライさん。。彼は仲間です。)

と伝えたかったが、運転席と繋がっていないので、それを伝える事など出来ない。

やがてバイクは視界から消えた。。

 

そして、またカーブ祭りである。

(またあの地獄が始まる。。)

と構えていたが、下りはエンジンブレーキと、ブレーキワークだけで降りる為か、登りほど揺れずに、気持ちも悪くならなかった。

単に僕が慣れただけかもしれないが…

そんなソンテオがこの伝説の坂を降りきり、例の坂の入り口の動物園前に来たあたりで、ついに雨が降り始めた。

僕たちは奇跡的に、坂が終わるまで雨に捕まらなかったのだ。

 

雨の中、助手席の彼女が再び荷台に乗ってきた時だった。雨は激しさを増し、ものすごい豪雨になった。その雨のカーテンで、後ろの景色さえ見えなくなる。

正に間一髪であった。

(平松・トム・クルーズは大丈夫だろうか?)

と一瞬思ったが、僕には確かめる術はない。

(まぁ、大丈夫だろう。気にしたら負けだ。)

彼から教わったマイペンライ精神で僕は心配するのをやめた。

 

「ベリィ レイニィ…(凄い雨だね…)」

当たり前の事を僕は彼女に呟いた。

ドイステープ祭りの最後の

「豪雨のアトラクション」の中、その雨の音と匂いを感じながら、僕と彼女はしばらくそれを黙って見つめていた。

 

 

つづく。

 

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↑ ライトアップされ始めた仏像


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↑ 夜を待つ僕 ドンドン雲行きは怪しくなる…


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↑ 百万バーツの夜景である。

 

次話

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