第155話
天空の寺へと
今日は僕が勝手に「天空の寺」と名付けた、ドイステープ寺院にリベンジすることに決めていた。
だがまさか、あれ程登るとは思わなかった。。
途中までしか登れなかったが、
日光の「いろは坂」×6 くらいの長さの体感であった。
しかもあれから、まだ残りが1/3以上あるとは信じられなかった。
昨日の、酒が少し残った状態とは違い、今日は万全の体調ではあった。
だが、僕の心はすでに決まっていた。
そう。僕は自転車などではなく、車で行こうと思っていたのだ。さすがにあんなしんどい思いは、二度としたくなかった。
それも、動物園のある坂の下までは平地なので自転車で行き、そこから先の坂からはタクシーか、もしあればバスに乗ろうと考えていた。
とにかく安く行ければ良し、というプランだ。
とりあえずレンタル自転車屋に向かっていると、チェンマイ名物の乗り合いタクシーである「ソンテオ」が止まっていた。
(ソンテオとは、トラックの荷台の、
向かい合った椅子に客が乗り、
途中で乗り降りしていく、
乗り合いタクシーである。
イメージとして近いのは
軍隊の歩兵を運ぶトラックである。
そして荷台の天井が低い車のデザインは、
なんだか霊柩車に見えてしまう (^^;) )
(ここからなら、大体いくらくらいで、
ドイステープに行けるんだろう?)
と目安を知りたかった僕は、ソンテオのドライバーに話しかけようと、近寄った。
すると、助手席からちょうど女性が下りてきた。
18、9歳あたりの、色白の女性だった。運転手とにこやかに話しながら降りて来た所を見ると、どうやら彼女も、このソンテオの関係者だろう。
清潔感のある白の半袖シャツが印象的な娘さんで、僕と目が合うと、綺麗な英語で話しかけてきてくれた。
「こんにちは。 どちらへ行かれますか?」
その可愛らしい笑顔に引き込まれるように僕は答えた。
「ドイステープに行こうと思うんですが。。」
「あら、それならこちらのソンテオでどうですか?
知らないかもしれませんが、とても遠いですよ」
と丁寧に教えてくれた。
その綺麗な笑顔に僕は不思議と引き込まれてしまっていた。
「ええ、知ってます。昨日自転車で行って、
途中まで行って、諦めたので 笑」
と笑って言うと、
「えええ?! 自転車は大変ですよ 笑」
と彼女もびっくりして笑っていた。
「はい、実感しました。だから今日は、
直前まで自転車で行って、
そこでタクシー拾おうかと…」
そう言うと彼女は、
「お寺を周っている間も待っているので、
貸し切りで、この車で行きませんか?」
と提案してくれた。
とりあえず値段だけ聞きたかった僕は、素直に料金を聞いた。
「おいくらになりますか?」と聞くと、
「ちょっと待ってくださいね」
と言って、彼女は運転席に相談しに行った。
僕もなんとなしに、運転席にいるドライバーを遠目に覗き込んだ。
50歳くらいの、強そうな男性ドライバーが前を向いていた。
どうやらこのソンテオは、男女二人でやってるようだ。
そして、彼女に話しかけられて、こちらを向いたドライバーさんの顔を見た時、
僕に電流が走った!!
なんとそこにいた男性ドライバーが、
「ドン・フライ」にそっくりだったからだ!
その昔、新日本プロレスで猪木の引退試合の相手役を務め、PRIDEでは、高山善廣と真っ向から殴り合いを演じた男前。
あの、元 アメリカの消防士の格闘家
「ドン・フライ」である!!
短髪パーマのような髪型、意志の強そうな目、男らしさの象徴のような立派な口髭。
僕は彼に見とれていた。。
(ドッ、どん! ドン・フライだ!!)と。
……です。……ですよ。。
…大丈夫ですか??
ふと我に返ると、彼女が一生懸命僕に話しかけてくれていた。
どうやら僕は、だいぶ深いところまで自分の世界に入り込んでいたらしい(^^;)
「あ… ごめんなさい。 なんでしたっけ…?」
「ですので、ドイステープに行って、
一時間半、好きに回って頂いて、
それから宿までお客様を送って、
全部込みで500バーツです」
笑顔でそう説明してくれたが、僕は考え込んでいた。
(うーん。。相場がわからん。。
ボッタクリな感じはしないが、
1650円は高い気がする。。)
僕は結構高い気がしたので、値切ってみて、様子を見る事にした。
「うーん。 ちょっと高いなぁ。
400バーツにはならないよね?」
彼女は振り返り、運転席のドン氏に相談した。
するとそのことを聞いたドン氏は、男らしい渋い顔で、ゆっくりと首を横に振った。
彼女は申し訳なさそうに、
「ごめんなさい。
500バーツでも安いので、
これ以上値引きはできません。。」
と教えてくれた。
どうやら彼女はドン・フライ氏の娘さんで、英語が喋れない父に代わって、観光客と交渉する役目のようだ。
仲が良さそうな、父娘に見えた。
僕は、相場がなんとなくわかった事に満足したのと、他にも安く行く方法が必ずあるはずなので、
「そうですか、ありがとう。
他を探してみるね。」
と笑顔でお礼を言って歩き出した。
(もう少し安かったら、お願いするのになぁ…)
と、彼女の可愛らしい笑顔を見てしまった僕は、残念な気持ちになっていたが、
よく考えたら、父親同伴である彼女だ。
下手に下心を出しそうものなら、強そうな父のドン・フライさんから、どんな攻撃を喰らうか分かったものではない 笑
実は僕は、400バーツでも本当は高く感じてたので、
(なんだかんだで、まぁ、良かったな。)
と思いながら、ゆっくりと通りを南下し始めた。
しばらく周りの景色を楽しみながら歩道を歩いていると、右側に、なにやらゆっくりと影が近づいてきた。
違和感を感じて車道を見ると、先程のソンテオだった。
僕の歩調に合わせたそれは、ゆっくり並走しながら、助手席の彼女が声をかけてきた。
「父が、今日だけサービスで、
400バーツで良いといってます。」
隣のドン・フライ氏を見ると「大損だがね。」と言わんばかりの渋い顔で、前を見ていた。
本当はもう少し値切りたかったが、どうやら彼らの言っている事は本当の様だった。
それに、ここから値切る勇気は僕にはなかった。
彼女に嫌な顔をされて嫌われたくなかったし、大好きな格闘家、ドン・フライ氏にも失礼な事はできない気がしたのだ。
(まぁ、これもご縁だな。。)
と一つ息を吐いてから、覚悟を決め、
「わかりました。ありがとう。
400バーツでお願いします。」
と助手席の彼女にお願いした。
荷台に案内され、彼女も一緒に乗り込んでくれると勝手に思っていたが、僕一人であった。。
何と! 彼女は助手席に戻ってしまったのだ。
僕は早速、詐欺にあった様に感じていた。
(あーあ、 だっさ。結局騙されてやんの!)
と自分自身にも憤っていた。
全くお門違いの感情だが、綺麗な女性から誘われて「行きます!」と言った男は大概、その女性が近くにいないと「騙された!」と思うという。
男性特有のアホすぎる あるあるに囚われていた。
僕は車外の、後ろに流れていくチェンマイの景色さえもモノクロに感じていた。。
しかしである!
少し道を走った先の交差点で、彼女が助手席から、何故か後ろの客席に乗ってきてくれた。
そして彼女が僕に話してきた内容は、お願いだった。100バーツ値引きした分、
「ドイステープへ登る坂の直前までは、
道中が一緒のお客さんがいれば、
途中でお客さんを拾わせて貰えませんか?」
との事だった。勿論僕には全く異論はない。
何故なら、そのおかげで彼女と向かい合って、ソンテオに乗っていられるからである。
僕は、彼女と向かい合った席で顔を見合わせて、車に揺られる事となった!
もし、最初の値段の500バーツで乗っていたら、完全チャーターなので、ひたすら一人で客席にいるハメになる所だった。
(ナイスだ! マサミ! 良くやった!
ナイス100バーツ値切り交渉!!)
久しぶりに出てきた頭の中の、リトルマサミが僕を激賞する 笑
改めて見ると、本当に優しい柔らかい顔をした綺麗な女性である。
僕は人相で人を見るので、女性をただ美人だとか、綺麗だのと見ないのだが、この娘さんからは、内面からくる美しさを感じる。そんな素敵な女性であった。
まぁ、色々と御託を並べているが、ようはただタイプだっただけなのかもしれないが…。
だが、笑顔の彼女と顔を見合わせているだけで、幸せな気分になるから不思議だ。
僕はニコニコして、彼女と少しお話をした。
そして、結局お客は乗って来ず、彼女と色々とお話ができた。やはりドライバーのドン・フライ氏は、彼女のお父さんで、あんまり接客に向いてない父に代わって、英語も喋れる彼女が交渉係をやっているそうだ。
(ソンテオは皆、乗る場所も降りる場所も、
お客に合わせてバラバラなので、
最初に、お客と値段を交渉するので、
結構交渉力のいる仕事でもあるのだ。)
やがて例のいろは坂を超えた、僕が勝手に
タイの「いろはにほへとちりぬるを坂」と名付けた坂の手前まで来た。
あまりに「いろは坂」より長いので、仮名を足して、勝手にその長さを表現する。
そこで残念なことに彼女は降りてしまった。
「私は酔いやすいので、助手席に戻ります」
と一礼してから、戻って行った。
(うーむ、礼儀正しい。お淑やかだ。。)
とまた彼女を、心の中でベタ褒めする。
だがここからが凄かった!!
確かに酔う。。
グァアーン! と車は登り、
ギョーン! とまがり、
また、
グァアァーン! と登り、
ギャーーン! と曲がる。
まるでドン・フライの、左右の連続フックパンチである。
とにかくこの繰り返しだ。
ドン・フライ氏の攻撃力をまざまざと見せつけられた思いである。。
客席の後ろの鉄の棒に、両手を広げて捕まりながら、揺られ続ける。物凄いアトラクションだ。
車は20分以上登りっぱなしである。
僕は、マレーシアのペナンからランカウイ島へ行く時に乗った、胃液を戻しまくった高速フェリーの事を思い出していた。
あの時も妖精の様な女性に、夢うつつになり、その後激しく気持ち悪くなった。
(美しい女性に会った後に、
乗り物酔いするのが僕の旅の
デフォルトなのかしら?)
と思いながら、僕の頭は右へ左へ揺れ動く。
(昨日、熱中症で気絶しそうになったから
車で安全に行こうと思ったハズだが…)
と思いながら、僕は昨日と同じくらい気持ち悪くなっていた。気絶寸前の僕は、激しく頭を左右に振られながら、
(何でもいいから早よ着いてや…。)
と気を失わない様に、必死に現世と鉄棒に掴まっていた。。
つづ…
↑ 色々なソンテオ達
(後ろがドアも無く開いていて
そこから荷台に乗り込む)
↑ ドイステープ
(果たして辿り着けるのか…)
次話