第162話
ぼくの夏休みは飛び込みありで大変タイ編!
飛込みの場所から真下を覗き込むと、結構な高さである。さすがに恐怖心が頭をもたげてきた。。
崖の横側の登りやすい岩場から、草や木を掴みながら登った僕たちは、崖の途中の少し開けている天然の飛込み台に辿り着いていた。
地元の少年達が、笑顔で迎えてくれた。何度も飛び込んでいる彼らの髪は濡れて、陽にキラキラと輝いている。
下で水着に手早く着替えていた僕とアレクは、その後ここへと登ってきていた。
下に残ったマルティーナさんが「頑張って!」と声をかけてくる。アレクと目を合わせると、彼は肩をすくめて微妙な表情をした。
少年たちが僕らを見ている。まだ覚悟の決まっていない僕は少年に、「お先にどうぞ」とジェスチャアしたが、彼は「待つから大丈夫だよ」とばかりに、悪戯っぽい笑顔で首を少し傾けた。
再びアレクと顔を合わせると、彼はやはり苦笑いをしている。そんな僕らを見かねた一人の少年が、
「見てて。 こうやるんだよ!」という仕草をしたかと思うと、何の躊躇も無くパッと真下に飛び込んだ。
どっパーン! と派手な音がして、水飛沫が上がる。。その飛沫と水音が、ここがかなりの高さである事を改めて教えてくれた。
やがて水から顔を出した彼は、泳ぎながらこっちを向き「さぁ、早くおいでよ。」と笑顔で手招きしてくれた。
(さぁ。 いよいよ行くしかなくなったぞ…)
と覚悟を決めようとしている所に、アレクが声をかけてきた。
「やっぱり俺はやめておくよ。残念だけどね…」
そういうと、彼はもと来た岩場からするすると降りていってしまった。
少年たちは、彼を勇気のない男と思ったのか、肩をすくめたり、ため息をついている。
しかし、僕にはアレクが降りた理由が分かっていた。車の中で話していた彼は、セリエBのプロサッカー選手である。このバカンスが終わったら、イタリアに帰ってすぐに、シーズン直前のかなりハードなトレーニングに入るのだと言っていた。そんな大事な時期にプロである彼は、万が一でも怪我など出来ないのだろう。
しかしそんな事情を知らない少年たちは、
「まったく、観光客は怖がりが多いね?」
と言わんばかりでニヤついている。
いよいよ観光客として、アレクの名誉の為にも僕は飛ぶ覚悟を決めた。ここで僕まで逃げたら、さすがに皆興醒めだろう。役者として、エンターテイメントの端くれにいる者としての矜持が僕にはあった。
だが子供の時と違って、身体が大きくなっている180センチの僕である。かなりの衝撃が予想される。 上手く足から落ちれれば良いが…
僕は覚悟を決め、余裕を見せようとして、周りの少年たちに両手を広げて挨拶をした。そして…
(南無三!)と心の中で呟いた僕は真下に飛んでいた。
ザバん!! という音とともに、足裏に衝撃が走る! はずだった。
が、そこまでの強い衝撃は無かった。どうやら上手く足から垂直に飛び込めたようだ。
さて… ここからである。
今更なのだが、実は僕はあまり泳ぎが得意ではない。幼少期に子供用の飛び込みプールで、飛び込んだ後、プールサイドまで辿り着かず、溺れた経験もある僕は、ここからが必死である。
手足を必死に動かして、足のつくところまで泳いだ。。というかもがいた。
案外「もがき泳ぎ」でも、何とかなるのだ。
その昔、僕はもがきながら何とか、プールを25メートル泳いだ事がある。その時は、息継ぎがあまりできなかったので、プールから上がった後、ほぼチアノーゼ状態だったが 笑
大事なのは、技術では無く気合いである(たぶん。。)
そんな僕は何とか足のつくところまで泳ぎつく。すると上で少年たちが、拍手をしてくれたし、アレクもマルティーナさんも、大喜びであった。
僕は溺れずにすみ、ホッとながらも、面目を保てた事に喜びを感じていた。
川から上がって、しばらく岩の上で休む。そしてその後、また次々と飛び込む少年たちに、在りし日の少年だった自分を重ねながら、彼らを眺めていた。
かつての自分もそうだったが、
(子供ってのは、本当に飛び込みが好きだな…)
と少し笑ってしまう。子供の時、本当にヤンチャでバカな僕は、市民プールにも飛び込んで、監視員のお兄さんにこっぴどく叱られた事がある。そんな事をふと思い出していた。
(最近の日本の子供達は、
もうこんな遊びしないだろうなぁ…)
そう思いながら、タイの逞しい生命力に溢れた子供達を見ながら、つい頬が緩む。
実に子供らしいなぁ。と思う。
その後、飛び込みにも、「もがき泳ぎ」にも自信を持った僕は、崖からさらに3回飛び込んだ。
恐怖に慣れた僕は、そのうち一回は、前周りで一回転しながら飛び込んだ。少年たちも大喜びだった。
飛び込み仲間になると、不思議なもので、お互いに連帯感が生まれる。互いに恐怖を乗り越えた戦友になるからだろうか?
僕は彼らとハイタッチしながら、歳の離れた親友になっていた。
なんだかんだで4回も飛び込んだ僕は、下の陽に温まった岩の上で、体が乾くまで太陽に当たる事にした。日差しは強く、水分はすぐに蒸発する筈だ。
そして上半身が乾いたところで、僕は水着から服に着替えた。アレク達も、足まで入って川遊びを楽しんでいる。やはり自然で遊ぶというのは、いくつになっても、本当に楽しいのだろう。二人とも子供のような顔ではしゃいでいる。僕はそれをニコニコしながら眺めていた。
少年達は相変わらず飛び込みまくっている。
(実にいい休日だ。。)
僕はふとそんな事を思っていた。
(…休日。そうなのだ… 日本を出てから
僕は実に長い休日を過ごしている。。)
大人になってから初めて、本当に自由な夏休みを過ごしている事に僕は、改めて感謝していた。素晴らしい時間を過ごしている事に、本当に温かい気持ちで感謝していた。
「今ある出来事に、素直に感謝する事。」
日本にいると、いつもつい忘れてしまう、この素晴らしい感覚に、自然に、当たり前の様にふわりと着地できるこの旅に、僕は奇妙な安らぎを感じていた。
やがてドライバーのシアンが寄ってきて、もういいんだったら行こうと言ってきた。アレク達も頷いた。
僕はまだ崖の上にいる少年たちに大きく手を振って挨拶をした。少年たちも笑顔で手を振り返してくれた。タイ語で何か言ってくれたが、言葉が分からなかった。きっと、
「また一緒に遊ぼうね。」とでも言ってくれたのだろう。
ツアーでは、ここでは滝で遊ぶだけで終わりらしい。どうやら山には午後から登るらしい。僕たちは、先程のバンガロー風のレストランに戻ってきた。
「ここでランチタイムだ。」
シアンにそう言われて、店の外の木のテラス席に案内された。手作り感のある、木の大きなテーブル席で、椅子は切り株である。
そして隣の席には見慣れない団体がいた。
白人男性が2人と、白人女性、そしてタイ人らしい女性の計4名だった。
シアンの説明によると、彼らがこれから合流する、昨日からのツアー組だそうだ。
皆、明るく挨拶をしてくれた。良い人そうな彼らに安心した僕は、アレク達と席につき、早速ランチを楽しむ事にした。
つづく。
↑ 昨日から参加のツアー仲間
↑ 午後から大自然へと向かう。
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