第161話
チェンマイの市場と植物園
朝7時、昨日手続きしたツアー会社から時間通りに来たツアーバスに、僕は無事に乗れていた。
黒いバンにはカップルが一組乗っており、運転手はタイの若者で、陽気な男だった。
20代であろうカップルに挨拶をすると、挨拶を返してくれ、聞くと彼らはイタリアからの旅行者だという事だ。
2人共、イメージ通りのイタリア人でという感じで、スタイルが良く美男美女であった。
特に男性は、服の上からでもわかるくらいの筋肉マンであった。何かスポーツでもやっているのか?と思うほど、いい身体をしていた。
どうやら今日から参加するのは、僕ら3人だけのようだ。
実はこのツアー、本当は二泊3日なのである。
だが不思議な事に、一泊2日のみで参加したい人は、2日目からの参加が出来るようになっているだ。なので僕らは、昨日からのツアー参加者に今日これから合流するはずであった。
そんな僕らを乗せたバンは、30分ほど走り、やがて市場に着いた。
結構大きな地元の人用の市場である。
どうやら前日組と合流する前に、ツアーとして、2、3箇所周る場所があるらしい。
「この市場を自由に回ってきて下さい」運転手の若者に言われる。市場に着いた時、運転手の若者が英語で色々と説明してくれた。
どうやら彼は、ガイドも兼ねているらしく、彼の自己紹介によると名前は「シアン」と言うらしい。
市場では、別に今更買いたいものなど無いのだが、、とりあえず集合時間まで、好きに回る事にする。
ここは大きな平屋の市場で、所狭しと色々な生活用品を売っている。地元の人の日用品や、特に食料が多く置いてある。その為、結構キツめの匂いもする。
ここは、バンコクで訪れていた市場より大きくて雑多なイメージだった。
細い露天の路地を抜けていると、店のおばさんに話しかけられる。食材の試食をさせてくれると言う。店頭に並べてある皿の一つから、謎の黒い食材?を爪楊枝で刺して渡そうとしてくれた。 …だが、おばさんの勧めてくれる黒い物体の正体が全く分からない。流石に怖くなり、なんとか丁寧にお断りした。
冷たい缶コーヒーを雑貨店で買って、飲みながらさらにプラプラ回っていると、同乗者のカップルに再会した。僕が、
「何か面白い物、ありました?」と聞くと、
「あまり無いね 笑」と二人とも苦笑いしていた。
ここは30分程回るらしいのだが、特に買いたいものもない僕は、実は10分程で飽きてしまっていた。
彼らにトイレの場所を聞かれたので、先ほど見つけていたトイレに案内してあげ、またふらりと市場を回っている間にいつの間にか集合時間になった。
ツアーバスに戻り、次の場所へと向かう。
そして次に着いたのは、何故か植物園であった。 道中、
(やけに坂を上るなぁ。。
このまま山岳民族の村まで行くのかしら?)
と呑気に思っていたが、全くの見当違いであったらしい。
「トレッキング」と書いてあったツアーなので、よく考えたら車で行くはずは無かったのだ。
僕は植物園に行くのは、子供の頃以来だった。
前回登場した、エスカーで登った江ノ島にも確か植物園があった筈だが、その記憶はまったく無い。
大阪の「花の万博」に行った時に、巨大な食虫植物を見た記憶があるくらいだ。
つまり、お分かりだろうが、僕は植物にはあまり興味が無いのだ。。そんな僕は
(一体いつ少数民族に会えるのかしら…?)
と思いながらも、まずは植物を見る事にした。
実は食わず嫌いで、久方ぶりに植物園に入ってみたら、案外面白いかも知れない。
「よし! 楽しんで回るぞ!」
と何事にも前向きな僕はそう意気込んで、植物達が待ち受ける園へと入っていった。
中は植物達でいっぱいだ!(当たり前である)
上にも紐が通してあり、蔦のような植物が僕を取り囲んだ。
(ほお、ほお。。 なぁるほど!
あっ、こんな形の葉っぱ? があるのか!?
おお! こんな ショ・ク・ブ・ツっ!
日本で見た事ないぜ〜! ヒーハー!
ん? あらあら、奥には蝶々さんもいるわよ。
うふふ。お花もいっぱい。あはははは。。)
そう笑いながらも、実は僕の目は一切笑っていなかった。
いちいちはしゃいでみたが …無理だった。
やはりすぐに飽きてしまった。
自分を鼓舞し、園内を一通りは回ってみたが、興味が無いものには、どんなに頑張ってみても全く興味が湧かない。
入り口まで戻ってきた僕は、あと30分ある集合時間まで、売店でアイスを買いゆっくりとベンチで過ごす事にした。
アイスを舐めながら僕は、
(俺は少数民族に会いに来ただけなんだが…)
と、改めて悲しい気持ちになった。
ツアー会社では、英語でやりとりをしていた為、相変わらずわかりにくい英単語と内容を聞き流していたらしい。なので、これまでのツアー内容は全く意図していないものである。
(やはりちゃんと話は聞かないとダメだな…)
東南アジアに来てから、数えきれないほどしている反省を再びしながら、僕は残り少なくなったアイスを齧っていた。
しばらくすると、イタリア人カップルも帰ってきて、ベンチでくつろぎ始めた。彼らも植物達を、充分過ぎるほど愛でて来たのだろう。
改めて自己紹介を交わすと、男性は26歳でアレクサンドロ、彼女さんはマルティーナさんと言い、27歳だと言う。
話を聞いて、サッカー好きの僕はびっくりしたのだが、アレクサンドロはイタリア「セリエB」の、あるチームの正ゴールキーパーだと言うことだった。トップリーグは勿論「セリエA」であるが、世界的に、レベルの高いイタリアである。
2部リーグとはいえ、相当な腕前で無ければ、レギュラーにはなれない。
(どおりで彫刻みたいな肉体美なわけだ…)
僕は改めて感心していたし、サッカー経験者からすると、すぐに尊敬してしまった。
二人とも陽気な人だ。マルティーナさんはキチンと「マサミさん」と呼んでくれる。だが、いい加減なのか、名前を覚える気が最初から無いのか、アレク(アレサンドロ)は僕の事を
「ジャパニーズ」と呼び始めた。
別に本人に悪気はないらしいので、好きに呼ばせる事にした。僕の拙い英語での旅の話で爆笑してくれているので、彼なりに親しみを込めて言っているのだろう。別に嫌な気持ちにはならない。この旅に出てからそんな失礼な呼び方をする輩は一人も居なかったので、逆に新鮮でもあった。
やがて、そんな植物に興味の無い僕たちに気付いたのか、運転手のシアンが寄ってきた。
彼は「ここはもういいの?」と聞いてきた。
全員が大きく頷くと、彼は少し肩をすくめ
「じゃあ、もう行こうか。」と出発時間を早めてくれ、次の場所に行く事になった。
なかなか気の利く若者である。
その後、車で20分ほど走ると、山の麓に向かっているのか、明らかに風景が変わって行った。
周りは森が増えて、木ばかりである。
それからさらに走ると、やがて平屋建ての古めの木造の建物の前で止まった。こじんまりとしたバンガロー風カフェ?という感じだ。
どうやらここで小休憩のようだ。
店の店主と、ドライバーのシアンが親しそうに話をしている。
しばらく休憩した後出発となった。ここでいよいよトレッキングなのか、徒歩で森の中に入っていく。
そしてすぐ着いた先は、小さな滝だった。
少しひらけた場所があり、なんとそこの崖からは、少年たちが川に飛び込んでいる。崖の真下の川は水深が深いらしい。どうやらここは、天然の飛び込み台になっているらしい。
6メートルくらいの高さで結構高い。。
ポカンと見上げる僕らに、シアンはにこやかに振り返り、少年たちのいる崖上を指差して一言
「エンジョイ」 とだけ言った。
(え? エンジョイ…? ええ?
まさか俺らも飛び込むの?!)
僕らは顔を見合わせた。
ぱっと見、とてもエンジョイ出来る高さでは無い。。そう思ったが、地元の子供達は次々に飛び込んで遊んでいる。
うーむ。。まぁ、死にはせんだろう。
自慢じゃ無いが僕も、小学生の頃は夏休みに田舎に行くたびに、近くの山で川遊びをし、いつも決まった飛び込みポイントから、飽きもせずに夕方まで飛び込んでいたものだ。
(こんな川遊び、ほぼ30年ぶりくらいだ…)
「オッス! オラ悟空!
いっちょ飛んでみっか!!」
童心に戻った僕はそう呟いて、早速崖を登り始めた。
つづく。
↑ チェンマイの植物園である。
次話