第160話
泊まる場所が無いので、少数民族に泊めてもらう。
僕はまとめて宿を予約しない。
こまめに延長するのだ。
そして、そんな僕を脅かす事件がついに起きた。
僕は新しい街に到着した初日だけ、街を知るために宿を吟味しとりあえず、2,3泊は予約をする。
そして、その街を気に入り、その宿が良ければ
「明日もここに泊まろう」と思って、その日の朝に、予約サイトや、宿の主人に言って、今泊まっている宿の予約をこまめに延長する。
次の日だけか、最大でも二泊まとめてである。
それでも今までの宿は気を使って、宿の主人が
「今日も泊まるのか?」聞いてくれたり、まず部屋が空いていて、予約出来ないことが無かった。なので僕はそういうスタイルで、旅を一ヶ月半以上続けていた。
そして、そんな宿泊スタイルを確立し、すっかり油断していた僕についに悲劇が起きた。
ある日、明日も今のマイクの宿に泊まろうと、予約サイトを開いたところ、満床で予約が取れなかったのだ。
(あ、あれ?? 泊まれるベッドが無いぞ。。
え? 明日ここから追い出されるの?)
と呑気な僕はビックリしていた。
幸い今日は、昨日延長したのでここに泊まれるが、明日は泊まれない。。のかな?
" 何かの見間違いでは無いか? "
そう考えた僕は、他の予約サイトで確認してみた。だが… やはり満床であった。
部屋から下に降りてみると、たまたまロビーに顔を出していた宿の主人のマイクがいた。彼に本当に満床なのか聞いてみた。
すると彼は例の不思議な笑顔で
「空きはないみたいだね。」
とニコニコと答えてくれた。
宿にほとんど来ない主人のマイクは、わざわざ連泊している客に「明日も泊まるのかい?」などと確かめる事などしてくれない。
ベッドさえ埋まれば良いという考えなのか。。?
「明日チェックアウトするから
あなたは予約をしてないんでしょ? 」
とばかりに、宿泊客本人にはあまり興味が無いらしい。
何かとても哀しい気持ちになったが。。まぁ、普通はそんなものなのだろう。と諦めた。
確かにそんな期待は無い物ねだりだ。
今までの宿の主人たちが優しすぎたのだろう…
とにかく僕は、明日は違う宿を探さなければならないという現実に、朝から直面してしまったのだ。
僕は一回大きく息を吐き、とりあえずコーヒーを入れて自分を落ち着かせる事にした。
共用スペースのキッチンで、脳に糖分を補充する為にも、砂糖を多めに入れた。そして、
(なんとか宿を変えなくて良い方法が
他になにか、、何か無いだろうか…?)
とコーヒー片手に頭をフル回転させ、しばらく解決策を真剣に考えていた。
読者の皆さんは
「え? 普通に宿替えをすれば良いだけじゃ?」
と思われるかも知れないが、
実は僕は千円程度のこの宿を
「東南アジア史上 最高の宿!」と勝手に認定し、本当に心から気に入っていた。なので、
「この宿を引き払う時は、チェンマイを出る時だ!」とまで、心に決めていたのだ。
しばらく考えたのち、僕は起死回生の一手を思いついた。
僕はこれを機に、明日は宿替えではなく
「一泊2日」の " 泊まりのツアー " に行く事にしたのだ。
幸いな事に、予約サイトによると明後日からはまたベットが空いていた。つまりツアー終わりの明後日に、またこの宿に戻ってれば問題はないはずだ!!
明日を凌ぐ為に僕は、噂には聞いていた「少数民族の村に行くツアー」に参加する事に決めた。
ちょっと小旅行に行って帰ってくるだけさ。
そんな結論にたどり着いた僕は、心の底から安堵していた。
お気に入りの宿を追い出される事態に、意外と心にダメージを負っていた僕はきっと
「ツアーに行くから、一旦宿を出るだけだ。」
と自分自身に言い訳をしたかったのかも知れない。
聞いた話によると、ここチェンマイには「アカ族」や「カレン族」などの、山に住んでいる山岳小数民族が複数いて、有名なところでは、昔よくテレビでやっていた、
「首長(くびなが)族」の集落もここチェンマイの山岳地帯にあるらしいのだ。
そして、どうやらそこにお邪魔できる宿泊プランがあるとの事だった。
噂で聞いただけだが、少数民族の中には、ミャンマー内戦の時に、山越えで国境を越え、タイの山岳地帯へと逃げ込んだミャンマーの部族が、そのまま住みつき、生きる為に、急に観光ビジネスで山岳少数民族を名乗り、商売でやっている人達もいるという。。本当だろうか?
「ビジネス少数民族」
…何かあまり笑えない。
まぁ、とにかくそういったツアーで観光客を受け入れる事で、少数山岳民族たちは潤っているという話である。
だが、逆に言えばそのお陰で僕たち観光客も、貴重な体験をさせて貰えるのだ。
僕はそこに行くツアーに申し込む事にした。
気の良さそうな30代の女性がやっている、小さなツアー会社の窓口を見つけて色々と聞いてみた。
そこで、首長族のツアーに興味津々だった僕は打ちのめされた。なんと首長族のビジネスライクっぷりが凄まじかったのだ。
まず、村に入るだけでお金がかかるというのだ。入るだけで入場料を取られる村。。ぇ?
もうそこは、ビジネス少数民族を通り越して、
僕はそれを聞き、急に興が覚めてしまった。
あのテレビで何度も見た憧れの首長族。
「首が長いほど美人とされるのよ☺️」
と誇らしげに語り、首に少しずつ輪っかを増やしていき、どんどん美人(首なが)になっていく女性たち。。
そんな神秘の人達に会えると喜んでいた僕の心は完全に冷めてしまった。
おいおい、俺 騙されてたよ。子供心に。。
意外と傷ついていた僕は、もう一番安い民族ツアーに行く事にした。
(もう、少数民族に逢えれば、
何族でもいいや。。)
失礼だが、そんな気分になっていた。
とりあえず一泊の山岳民族ツアーに申し込んだ。確か「アカ族」という部族だった気がする。どんな部族なのだろう。。?
世界には色々な部族がいて、中には「首狩り族」と言う怖い部族もいるらしいと言う事は、子供の頃本で読んだ。
タイだから少数民族の方も気のいい方が多いとは思うが、何せ油断はできない。
だが僕はとにかく、彼らの村に飛び込んでみる事にしたのだ。
横浜の少し治安の悪い地域の中学校出身の僕は、中学生当時、まだ現役の暴走族が地元にいた時代であった。
(全く関わった事は無いが…)
また、大学の演劇部の一番仲の良かった気のいい先輩は、何故か町田の元族の総長だったし。
某有名な運輸会社でバイトしている時に可愛がってくれた社員さんも、何故かバブIIに乗っていた元族の総長で、社内でのあだ名もバブだった。。
某有名居酒屋チェーン店で店長代理をしていた時も、可愛がってくれたのは元族の総長のブロック長であった。
僕は暴走族とは全く関わりがないのに、不思議と周りには元族の方が多かったのである。
(たまに調子に乗って、僕が口を滑らせると、
もう落ち着いていて優しくなっているハズの
元総長達の目つきは急に恐ろしい目に変わり
本気で謝る事もたまにあったが、
何かあった時は必ず助けてくれる
本当に心強い、優しい人達であった。)
つまり僕は「族」と呼ばれる人達には慣れっこなはずなのである!
今更何族が来ても、別に動じるわけなど無いはずだ。 " 仲良くなれるさ" と自分に言い聞かせた。
一番安いツアーは、明日の7時に集合という事だった。
僕はすぐに宿に戻り、明日のツアー用に軽めのリュックサックに、必要最低限の物を入れ、まだ宿にいた店主のマイクに、大荷物を明後日まで預かって貰えるように交渉した。
マイクは快諾してくれ、意外な事に荷物を鍵付きのクローゼットに入れて預かってくれるという。
(思ったよりちゃんとしてくれている…)
これで安心してツアーに行って戻って来れる。
ツアーのしおりを貰っていたので、よく読んでみると、宿泊先は、電気もガスも来ていない辺境らしいので、懐中電灯が必要で、虫除け草除けの為に長ズボンで来て欲しいと書いてあった。どうやらかなりの僻地に登るらしい。電気などは通っていないので、夜トイレに行く時などに、懐中電灯必須らしい。
(携帯のライトで十分ちゃうの??)
とは思ったが、そこはリスク回避に命をかけている初海外の僕である。しっかりと用意をする事にした。
前に、少し仲良くなった親父さんのいる文房具店で、懐中電灯があるか聞いてみる事にした。
すると小さなしっかりとした懐中電灯が売っていた。コンパクトなLEDライトで、僕の求めているサイズだった。
値段を聞くと、だいぶ前から置いてあるので、400円でいいと言う。
少し高く感じたが、きっと日本の東急ハンズで買ったら、数千円はするだろう。
おじさんは、気のいい人で、サービスで別売りの電池を入れてくれ、それ込みで400円で売ってくれた。
そんな心遣いが嬉しく、本当にいい買い物をしたと思った。
準備ができた僕は早く寝ようと、今日は夕方早くからグランマのお店に吸い込まれていた。
いつものポークステーキとチャンビアーをやりながら僕は、まだ見ぬ山岳民族に思いを馳せていた。
つづく。
↑ チェンマイの山岳地帯
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