第112話
旅人に 澱のような雨が降る
Dear ...
突然のお手紙お許しください。
お元気にしておりますでしょうか?
今、私はハノイの安宿で雨を眺めています。
ここハノイに来てから、珍しく雨が降り、昨日から 降ったりやんだりしています。
それは まるで僕の心に降っている様で、僕は宿のベッドでダラダラと過ごし、外にもほとんど出ていません。。
何故か、あれほど熱く求めていた人との触れ合いも 億劫になり、あまり人にも会いたく無くなっています。
以前、ホーチミンで紹介されていた、ハノイのインプロ団体にも全く連絡を取っていないし、今後も連絡をする事も無さそうです。
何故なのかはわかりませんが、この外界からほとんど隔絶された部屋で僕は、寝れるだけ寝て、やがてもう寝ることが出来なくなると、外に出て、飯を食べ、酒をガブカブと飲み、気絶をするように、またベッドに寝転がります。
そして、やがて目が覚めた僕は、人目を避ける様に、深夜のハノイを 拒絶の塊の様に 身を硬くして歩くのです。
思えばこの一ヶ月、刺激と出会いをひたすらに求め「自由」というものの恐怖から、逃げ回っていたような気がします。
そう、今僕が逃げるように、そして、強ばりながら闘っているものは、正に「自由」というものなのです。
期限も、目的もない旅人に訪れる試練なのでしょうか?
朝起きて、
「今日は何をしよう?」と考えたり
1日の終わりに
「明日は何をしよう?」
と考える事に疲れてしまったのかもしれません…
思えば、37年生きてきた僕は、こんなに長く
「本当に自由である事」を経験したことがありませんでした。
俳優として、走り続けてきた僕は、本当に何もない事が耐えられない性分のせいか、そしてまた、もち前の明るさや、人懐っこさで、不思議な程の縁に恵まれ、
この1ヶ月間を、まるで ジェットコースターに乗ったように過ごしてきました。
イベントは勝手に向こうからやって来て、そして無ければ イベントを自分で用意する。。
そんな事をこの1ヶ月、ずっとやって来たような気がします。
それは僕の
旅の一日一日に
何か意味を持たせなければいけない。
という無意識の強迫観念から来ていたのかもしれません。
一度身体を壊し、部屋にずっといた事も一因でしょう。
せっかく行った 隣町のフーリーで、特に何もせずに帰って来た僕は、宿に帰った後から、急に何もかもが億劫になり、部屋に篭るようになりました。
この外界から隔絶された部屋も、原因の一因なのでしょうが、僕にはもはや、宿を変えるエネルギーさえ無くなっているのです。
よく、アジアなどの旅先の街で、旅人がその街から 動けなくなってしまう事 を
「沈没」 と言うらしいのですが、
このまま僕も沈没してしまうのではないか?
という恐怖と、
もう、どうでもいいな。。
と 同時に思う自分がいるのです。
思えば、僕の旅の憧れの一因になっていたものは、「深夜特急」を読む、数年前にもあった事に 昨日考えつきました。
それは、鴻上尚史さんの戯曲
「スナフキンの手紙」だったのです。
大学生の時に、この戯曲に不思議と魅せられた僕は、演劇部で、初めて「演出・主演」というものに挑戦しました。
この「岸田國士戯曲賞」を受賞した本では、シルクロードを、一冊の大学ノートが旅をする話が出てきます。
日本から来た旅人達が 様々な思いを書き綴った そのノートが、旅人から また旅人へと受け渡されていき、シルクロードを今も旅している。
それは いつの間にか人々に
「スナフキンの手紙」と呼ばれるようになる。
そこには、前向きな言葉もあれば、
旅人の、悲痛な叫びや、旅への疲れ、沈没してしまった、もう生きているのかもわからない旅人たちの「声」が、書き綴られ、今もその「声」と共にノートは、シルクロードを旅している。
僕は昨日、急にそのノートの事を思い出し、
その手紙の事を考えていたのです。
今、知り合いもなく、このハノイの街で ただ存在しているだけの自分の「声」を遺しておこうと、この手紙を書いています。
この手紙を誰に出すのか?
それともそれすらも億劫になり、誰にも出さずに捨ててしまうのか?
それすらもわからず この手紙を書いています。
もし、この手紙があなたの元に届いているなら、その時僕はどうしているのでしょうか。
笑い話として、
「あの時は、少しおセンチだったみたいだね」
とでも言っているのでしょうか?
それともこの手紙と共に、僕の「声」も、僕自身も アジアの中に埋もれて…
旅の海の底に沈んでしまっていて、誰にも読まれる事などなく、何も無かった事になっているのでしょうか?
本当はもう、どうでも良くなって来ているのですが、希望は捨てません。
明日、万が一 僕に気力が戻っていたなら、
すぐにでも旅立つつもりです。
そう願いながら僕は、これからまたアルコールを身体に入れ、ベッドに潜り込むはずです。
追伸
あめは…
雨だけは 不思議とやんだようです
. JUNE .2017
MASAMI AZUMA
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