猫好き俳優 東正実の またたび☆

俳優 東正実の東南アジア旅

チェンマイの朝

 

第147話

チェンマイの朝

 

色々とあったが、無事ベッドで就寝出来た僕は、ホッとして眠りについていた。

 

車掌さんが言った通り、午後8時を過ぎるとポロシャツの制服を着た、ベッドメイキングスタッフがやってきた。

 

車両後部から入ってきた彼は早速、一番後ろのボックス席の前に立ち、作業を開始した。椅子の足元をいじったかと思うと、その椅子を「カキキキキ」と音を立てて滑らせた。

椅子を倒すのではなく、斜めに滑らせたのである。

そして背もたれをバタンと完全に後ろに倒しながら、お尻を置いていた部分は前にスライドする。

そうする事で、さっきまで足を置いていたスペースが埋まる。

同じことを向かいの椅子にもすると、摩訶不思議、そこにはフラットなベッドが出来上がっていた。

 

そして一番驚いたのが、ボックス席の上部の壁が、カパリと開いたことだ。

実は窓の上の壁には、何やら丸みを帯びたでっぱりがあり

(なんだろう? 

 ずいぶん不思議なつくりだな。。)

と思っていた部分だ。

 

飛行機の荷物入れの様になっているその部分は、横幅も広く、開けると横開きのカプセルになっていた。その中には白いシーツやベッドマットが入っていた。

どうやらこのスペースが、2段ベッドの2段目であり、ベットメイキング用の寝具もここに収納されているらしい。

 

彼はそこからベッドマットを取り出し、さっきまで椅子であったが、今は簡易ベッドになっている所へと敷いた。

そして手際良くシーツを張り、枕を置き、布団を置いた。

あとは上のカプセルベッドをキチンとメイキングして、見事に2段ベッドを完成させてしまった。

 

車両の後ろから、一つづつ、この作業をしてまわってくれるらしく。

彼は今度は向かいの席を、同じくベッドメイキングし始めた。

やがて僕の場所まで来た彼は、僕のベッドも作ってくれた。

正に、タイ国鉄版の「トランスフォーマー」である。

 

カーテンまでつけてくれたお陰で、プライバシーまで守れる。

お礼を言って、早速中に入ってみると、ベッドは意外と広い。

一人用の椅子の割には幅が広かったので、ずらしてベッドとなった今、横幅も結構あるのでありがたい。

 

カーテン越しに車内を覗いてみると、すべての座席がベッドとなり、カーテンで仕切られたこの車両は間違いなく寝台車となっていた。

先程までの風景とは全く違う車両を見て、僕は思わずため息をついていた。

(すごすぎるトランスフォームだ。。)と。

照明さえも落とされた車室は、まさに寝るための車両である。(本当に助かる 笑)

そして、僕は窓から暗闇を見ている間に、いつの間にか寝てしまっていた。

 

盗まれない様に、バックパックをベッド内に置いていたので、流石に狭くなり、寝返りはうてなかった。。

そのせいで、途中で何度か目を覚ましたが、その度にバッグをずらして無理矢理寝返りを打ち、僕は翌朝、意外とスッキリと起きれていた。

 

窓のカーテンから漏れる、タイの朝日で目覚めた僕は、伸びを一つし、バッグの無事を確かめた。

そこから缶コーヒーを出して、それを飲みながら、窓から見えるタイの田園風景を眺めていた。

そう、一夜にしてあの大都会バンコクから、列車は田舎に移動していたのだ。

 

車内が騒がしいので、カーテンの隙間から廊下を覗くと、皆カーテンを開けて活動的になっている。

早朝だというのに、車内はかなりざわざわしている。

ベットから廊下に腰掛けて、寛いでいる人もいれば、僕の様に個室のままゆったりする人もいる。車内は活気に満ちていた。

 

朝食を食べている人も多い。僕も何か食べようと思い、昨日買っておいたサンドイッチを取り出して頬張った。

缶コーヒーと、サンドイッチ片手に見る田園風景は、最高のモーニングタイムだ。

本当にゆったりとした朝食を取れた。

昨日、頑張ってコンビニに行っておいて良かった。

車窓を見ていると、バンコクでの色々な事が思い出される。

内容が濃過ぎて、1ヶ月程いる様な気になっていたが、よく考えたら、タイに来てまだ一週間程しかたっていなかった。

そして、これから行くまだ見ぬチェンマイ

一体どんな場所なのだろう??

情報と言えば、店長さんから聞いたチェンマイのイメージだけだ。「行けばわかるさ」と、僕は全くチェンマイについて調べていない。

結構、ワクワクと少しのドキドキが止まらない。今、遠足に行く前日の小学生の様な高揚感が、僕の体を支配している。

この歳では、なかなか味わえない感覚である。

 

そして列車はそんな僕を乗せて順調に走り、ほぼ定刻の8時半過ぎに、終点のチェンマイ駅に到着した。

 

駅のホームに電車が止まると僕は

「よし!  行こう!!」とわざわざ声を出し、バックパックを肩に背負い、気合充分で列車から降りた。

ホームに降りてみると、この列車には、タイの方とバックパッカーが半々くらいいた。

大きな駅は、何本もホームがあり、僕は人の流れについて、改札を目指した。

 

やがて駅から無事に出た僕は、駅舎を振り返って見た。なにか味わいのある、貫禄を感じさせる立派な駅舎だった。

 

バックパッカー達は、チェンマイに来慣れているのか、迷いなく駅から離れて行く。。

見たことのない、霊柩車?の様な形の車に乗って去って行く旅人もいれば、歩いて離れる人も何組かいた。

彼らが歩いて行くところを見ると、どうやら徒歩でも安宿のある街まで行ける様だ。

僕は「登山に行くのかな?」という程の大きなリュックを背負った白人のカップルに、バレない様について行く事にした。

 

ある程度距離をとり、怪しまれない様について行く。

もはや尾行であるが、土地勘のない僕はとりあえずこうするしか方法がない。

何しろ今回は、行き当たりばったりで、珍しく宿さえとっていない。

きっとタイの風に吹かれている間に、僕の父方に流れるらしい沖縄の血が騒ぎ出し「マイペンライ」ならぬ「なんくるないさぁ〜」が発動していたのだろう。

 

ところがである。。

ここで予想外のことが起きた。

 僕の尾行に感付いたのか?

 それともお腹が空いたのか?

彼らは通りにあるカフェに入ってしまった。

 

…僕を一瞥もしなかったところを見ると、どうやら朝食をとりに入っただけの様だった。

店内の彼らは笑顔で店員に挨拶をしている。

どうやら、常連なのか、知り合いの様だ。

 

さすがにこの店の中まで尾行を続けたら、ちょっと異常者だな。。という不思議な気持ちになり、僕はこの大通りをまっすぐ行けば、何かがあるさ! とばかりに歩き出した。

 

しかし、しばらく歩いた後、僕は暑さに負けたのと、気になる素敵なカフェを見つけてしまい、モーニングついでにカフェに入ってしまった。

空色の外観で、爽やかな水色と白の綺麗な外観である。

Wi-Fiがないと何も出来ない情報弱者の僕は、モーニングとアイスコーヒーを頼み、早速Wi-Fiを接続させて貰った。

(ワンプレートの色々乗った美味しそうな一皿と

アイスコーヒーのセットで350円程だった)

 

ここの女性主人は、30歳くらいの親切な人で、色々と話をしてくれた。

宿を探さなきゃいけないと言うと、

「自分の知り合いのとても良いホテルがあるわ」

と紹介してくれた。確かに綺麗な、良さそうなホテルだったが、値段が2000円以上したので、

「もう少し自分で探してみます。」と断った。

さてである。宿探しサイトでいつものように探してみると、綺麗な良さそうな宿が見つかった。セルフでパンなどを朝食に食べて良く、ドミトリーだが、ベッドも木製のしっかりしたカーテン付きだ。

何より950円と言う値段が魅力的だった。

 

僕はさらにしばらくチェンマイのことを調べ、女性店主にお礼を言ってから、カフェを出た。

見つけた宿は、地図ではお堀のような囲いの中にある。さっき調べたところによると「旧市街」と呼ばれる場所らしい。

Googleマップ先生によると、歩くと40分程かかるらしい。

 

カフェの店長さんに

「結構歩くから、タクシーに乗った方がいい」

と言われたが、初めてのチェンマイである。

街並みを眺めながら歩きたかった僕は、ゆったりと進む事にした。

 

僕はリュックを、きちんと背負い直し、まだ見ぬチェンマイの街へと歩き出した。

 

続く

 

f:id:matatabihaiyuu:20220908132243j:image

↑ 風情のあるチェンマイ

f:id:matatabihaiyuu:20220908132254j:image

↑ ホームで気合を入れる僕


f:id:matatabihaiyuu:20220908132310j:image

寝台列車のトイレ。

    穴は大地に繋がっている。

 そう。。全てはそのまま大地に還るのだ。

 

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕が見た タイ バンコク

 

 

第146話

僕が見た タイ バンコク

 

2017年に訪れた、初めてのタイ バンコクは優しく刺激的な町だった。

 

仏教国のタイは、バンコクという大都会でも皆穏やかで、柔らかさを保って生きているように感じた。

バンコクは都会なので、もっと殺伐としているのかと思っていたが、そうではなかった。

テロの影響で、高架鉄道の各駅に警察官が立っているモノモノしさはあったが、そんな事はすぐに忘れてしまうくらい、人々は柔らかくエネルギッシュだ。

 

タイの人は、大きな声で怒鳴ったりとか、人前で怒って恥をかかせるという様な事は禁忌であるらしい。

交通事故を起こしてもニコニコしている人が多いという、本当かどうかわからない話も聞いた。

 

そして仏教が下地にある国民性は心地が良い。

その為、来世を信じている方が多くいると聞いた。

今世で施したり損をしても人を助けることで、徳を積んでおくと、来世でいい事がある。

そういう考え方をしている人が多い。

と、そんな話を聞いたことがあるが、確かにそういう事を信じられるような、人々の気の良さである。

 

街で買い物をしても、最後に手を合わせてくれ

「コップンカー(ありがとう)」と笑顔で言われると、とても暖かい気持ちになる。

正にタイの魅力の一つであり、日本人も手を合わせて「ありがとう」って言えば、少しは殺伐としたものが和らぐのに… とも思ってしまう 笑

実際日本に戻った僕は、しばらく手を合わせてお礼を言ってしまう事があった (^^;)

 

物価は、今までの三か国が安すぎたため、結構高く感じた。タイに来てから加速度的にお金が無くなり始めた事は、気のせいではないはずだ。。

(たぶんガブ飲みしているビールが原因なのだが…)

 

だが、日本に比べれば生活費はかなり安い。

ビールは、発泡酒くらいの値段で缶ビールのロング缶が180円程、ドミトリーは1500円くらい。一食も安食堂に行かなければ、300円~500円程かかる。

日本の物価の 3/4 くらいのイメージだ。

昔はもっと物価が安く、ここ十年で物価はかなり上がったと聞いた。

 

今まで、ドミトリーが600円だの、シングルルームでも1000円〜1500円、50セントで生ビールが飲める国にいたので、割高に感じるが、居心地はこれまでの国の中で一番だった。

その為、そこまで高い!とは感じないから不思議である。

 

とにかく、バンコクが暮らしやすいと感じる具体的な理由は、

鉄道網がしっかりしていて、移動に困らない。

カオサンに行けばツアー会社がツアーをすぐ組んでくれる。

ご飯の選択肢が多く(和、洋、中あり)美味しい。(特にタイ屋台のメシが安くて美味しい。)

マッサージが安くて上手いので、気軽に毎日行けるので、身体が楽なまま歩き回れる。

大きなモール型スーパーがあるので、なんでも揃う。

などなどである。

そしてなによりも「微笑みの国」と言われるだけあって、皆ニコニコしていて、ゆったりしているので、余計なストレスが殆どない。

そしてとても大事なことだが「治安」がこれまでの国で、一番良い事だ。

(女性も夜中に普通に出歩いている)

とにかく海外初心者向けの国であることは、間違い無いだろう。

 

そんなタイでは本当に色々な人に出会った。思い切って、この旅で初めて日本人宿に泊まったのも一因だが、バックパッカーの街、カオサンロードの近くでいた事も、その事に拍車をかけたのだと思う。

そして人々と距離が近いのに合わせてか、とにかく野良犬や、特に放し飼いの犬が多い。 そこらへんの店先や路地が犬だらけである。

前の3カ国と比べると、明らかに犬が近くにいる。

前の国々では、明らかに野良犬が多く、こちらから近付かなければ、どうにか犬たちを、やり過ごせたのだが、ここバンコクでは犬がそこいらに不意打ちでいるので、特に路地では気をつけないと、彼らに狂犬病を打ち込まれる可能性が高い。

なかなかスリリングな場所でもある。

 

意外だったのは、タイといえば「トゥクトゥク」と思っていたのだが、走っているのはほとんどタクシーであった事だ。

トゥクトゥクの走る、風情のある風景を想像していた僕には、少し残念な光景だった。だが実際はスコールもあるので、クーラーも効いているタクシーの方が快適だ。

それによく考えると、トゥクトゥクにはカンボジアでさんざん乗れていた。

 

トゥクトゥクは今は、日本で言うと観光用の人力車的な立ち位置のように見えた。

また、あまり良い噂は聞かなかった。

一部のドライバーは副業で、客引きも兼ねているらしい。油断すると、べトナムのおっさんのバイクタクシーばりに、ボッタクられたり、怪しいお店に連れていかれるらしい。

(実際に夜のカオサンロードでは、

 何人ものトゥクトゥクドライバーに

 「そういうお店に行かないか?」

 と声をかけられた。)

 

そして、バックパッカーの聖地であるカオサンロードは、とにかく時間帯によって全く見せる顔が違う。

 

朝はシャッターがしまった閑静な通り。

昼は、屋台のお土産屋や、屋台飯屋、マッサージ屋など、穏やかだ。

この時間帯で驚いたのは、旅費を稼ぐ為か、自作のアクセサリーを道端に並べて売っている、ヒッピー風のバックパッカーカップルがいた事だ。

 

夕方から混み始め、路上も少しずつ賑やかになってくる。皆バーや、クラブに入って飲み出す。

そして、とにかく夜中が本番で、通りの左右にあるクラブやバーから、道に飛び出したタトゥーだらけのおっきい白人さんや、お酒じゃない何かを摂取したであろう… ハイテンションの人達が通りに溢れ、ワールドカップが始まったかの様な大騒ぎが始まる。

人々でギュウギュウな通りで、瓶ビール片手に皆が大騒ぎしているこの通りは、流石にタイ初心者の僕には怖かった。。

いや、初心者じゃなくても怖いはずだ。

 

なので深夜に飲む時は、一本外れた通りで、屋台のバーで静かに飲んでいた。

(ここはツマミは、タイ家庭料理だが、

 ちょっとしたカクテルも出している 笑)

 

そして、タイに全く知識のない僕は、最後の方に気付いたのだが、不思議な事にコンビニでお酒の買えない時間帯があった。

理由を聞いてびっくりしたのだが、実は前年に、タイ国民全てが敬愛する国王である、

プミポン国王が亡くなった為、国民は喪に服していたのだ。。

その為、お酒を買える時間が決まっているとの事だった。

 

モニュメントのある通りの高校に、黒と白のリボンが外壁の上に張られていたのに違和感を覚えていた僕だが、実は今タイは国王の死を悼み、ここ数十年で、一番国民が悲しんでいる時期であったのだ。

 

タイバーツに描かれているプミポン国王は、何か、ただの旅人の僕にも親近感が生まれる。

それは、国王の肖像画などが普通に売られている事や、支払いのたびに目にする、この人相の良い人物が、いかに国民に愛されていたかを実感させられるからである。

 

外国でこんな感覚になるのは初めてであった。

僕もタイにいる間に、自然とこの国王の事を好きになり、敬愛してしまっていたから不思議なものである。

それほどタイは、一旅人をそういう感覚にさせる程、激動の東南アジア時代を生き抜いた国王への、愛情が凄いのだろう。。

 

 

そんなこんなで、とにかくバンコクは、ゆったりと沈没して良し、色々とアクティブに歩き回って良しの、何でもある、遊園地の様な、色々な楽しみ方が出来る夢の国である。

 

アジア国のディズニーランド とでも言っても過言では無い都市なのである。

 

旅人が癒しを求めてタイに帰ってくるというのは、たぶん本当だろう。。

それほどタイは、旅人に優しいのだ。

 

皆様がもし、初めて海外旅行を考えているのなら、難易度の高すぎるインドより、確実にタイがおすすめと言い切れる僕であった。

 

旅は続く。

 


f:id:matatabihaiyuu:20220902011407j:image

↑ タイは皆を笑顔にする 笑

 


f:id:matatabihaiyuu:20220902011354j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220902011411j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220902011420j:image

↑ 王宮前と僕



f:id:matatabihaiyuu:20220902011347j:image

↑ 目印になるモニュメント



f:id:matatabihaiyuu:20220902011416j:image

↑ 不思議な光が射すカオサンロード

 こんな光景に出逢えるのも 外国ならではである

 

f:id:matatabihaiyuu:20220902014000j:image

↑ 国民に愛された プミポン国王

     僕もなぜかいまだに敬愛している。

 

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世にも奇妙な寝台車

 

第145話

世にも奇妙な寝台車

 

フアランポーン駅に早めに着いた僕は、時間を潰す為に、駅近くの小さな飲み屋に入っていた。

 

チェンマイ行きの寝台列車の出発までは、あと一時間以上ある。

駅にすぐ戻れる小さなお店で、僕は寝つきを良くする為に、アルコールを体内に入れる事にしていた。

正にこれから僕は「深夜特急」に乗るわけだ。

小説の本来の意味とは違うのだが、勝手に興奮してしまい、それを鎮める意味でもビールが飲みたかった。

 

店先のテラスに陣取り、ビールを飲んでいると、隣の白人の若者3人組がやけに盛り上がっていた。座る時に「ハロー。」と挨拶しておいたのが良かったのか、

彼らは「一緒に飲まないか?」と誘ってきた。

彼らはアメリカから来た旅人で、

デイブ、ディラン、ネイトとこれまたアメリカ人だなぁという名前であった。

彼らは頼んだツマミを、僕にも分けてくれたので、僕も2品頼んで、シェアする事にした。

デイブは熊の様な大男だが、彼の目は優しい。

ディランは陽気な男で、瓶ビール片手によく笑う。

そしてキャップを被り、顎鬚を生やしたネイトはクールで無口だ。

彼らはとても仲が良く、楽しそうだ。

この3人で、しばらく旅をしているらしい。

 

そして話の流れで、

「これからどこに行くのか?」とディランに聞かれたので、

チェンマイに寝台で行く」と言うと、

なんと彼らも寝台でチェンマイに行くという。

あまりの奇遇さにデイブが喜び

「それは良いな!席を変更して、

 俺たちの近くに来なよ!」

と言ってくれたので、

(それは良いアイデアだ。)と思った。

なにせ外国での初めての寝台旅である。車内には盗人もいると聞くし、知り合いといた方が心強い。

そこで僕らは、自分たちの席を確認する為に、お互いチケットを見せ合った。

 

だがそこにあったのは、悲しい事実であった。実はチェンマイ行きの寝台列車は、一晩に3台程が出るのだ。

僕の乗る列車のかなり後の、22時発の寝台に彼らは乗ると言う。。流石に僕は、19時あたりに出る、自分の電車に乗りたかった。

話していて、やけに気のあった大男のデイブが

「列車も変えれば良いじゃないか?

 なぁマサミ、急ぐ旅でもないんだろ?」

と旅人には、真っ当な正論を言ってくれたが、彼には悪いが、やはり22時まで飲んで列車を待つのは億劫だった。なので、残念だがその申し出を断った。

 

実はバンコクからのチェンマイ行きは、寝台列車と言うよりは、

「" 寝台車付きの電車 " が、昼から走っている」

というほうが、イメージに合う。

何故なら、普通座席の2等や、3等席も一緒に連結して走っているからである。  

(これはベトナム統一鉄道も

 同じシステムである。)

 

そんな僕は発車時間のギリギリの、10分前まで粘って飲んだ。彼らがとても良い奴らで楽しかったからである。

最後に支払いをしようとしたところ、それまで無口だったネイトが口を開いた。

「マサミ、いい、ここは俺らが出すよ。

 せっかく会えたんだし、楽しかったからね」

と言ってくれたが、

「流石にそれは悪いよ、俺も楽しかったから

 割り勘にしよう。」

と断ろうとすると、今度はディランが

「いや、俺たちは同じチェンマイにいくだろ?

 またチェンマイで会うだろうから、

 その時にはマサミが出してくれたら良いさ」

と、こともなげに言ってきた。

僕は彼らの気遣いに、心の底から温かい気持ちになった。

最後に大男のデイブが

「だからマサミも一緒の電車で行くんだ〜!」

と笑いながら冗談で羽交締めにしてきた事も、最高に嬉しかった。

 

僕は笑顔でお礼を言って、もう一度彼らの顔を見た。バンコクの最後に、最高の出会いであった。そして、

(この気持ちのいいアメリカ人達の顔を

 俺は決して忘れまい!)

僕は心に焼きつけた。

 

急ぎながらも、駅には3分ほどで着く。

ギリギリな時間なのに、勝負師の僕はすぐに駅には向かわずに、コンビニに入った。

そして全速力でビールと、ツマミを買った。

走って駅にたどり着き、時計を見るとまだ5分前である。

(さすが俺! 間に合う男だね。)と先程の飲み会もあり、僕はいい気持ちなっていた。

 

出発ホームは、バンコク駅についてすぐ、前もって確かめておいたので、車両を見つけ、駅員をがいたので、僕の乗る車両を聞いてみた。

駅員さんはチケットを確認し、僕が外国人なのをみて、わざわざ席まで案内してくれた。

(やはりタイの人は優しいなぁ。。)とニコニコしていると、車内で指定された場所は、向かい合った2人掛けのボックスシートだった。。

訳がわからなかったが、彼に促されてとりあえず座ってみた。席の前に、向かい合ってもう1席ある。ボックスシートだ。

明らかにベッドではない。。

「え? えと、寝台。。寝台ってナンだっけ?

 えーと、アイ バイ ザ スリーピングシート。

 あ、あ〜、アイ ニード ベッド。オーケー?」

と焦って聞くと、彼は全く動じずに、

「ここです。間違い無いので大丈夫ですよ。

 あなたはここで眠れます。安心して。」

と笑顔で言い残し、ホームに戻って行ってしまった。

 

 ……。 え? ええ? いや、、席。。

 あ、ああれ?  ぼくのベッド… どこ?

 

「狐につままれる」とは正にこの事である。

この諺の意味を、僕は初めて身体で理解した。

そして、キョトンとして、アホの子の様に泣きそうな顔で呆けていた。

 

だが、いつまでも「つままれている」訳にはいかない。僕は意識を取り戻し、考えた。

 

つままれたと言うことは、つまんだ悪い狐がいるはずだ。だが、さすがにツアー会社の店長さんがそんな事をするはずはないし。。だとすると、単純に席を間違えて取った??

いや、、? そんな単純なミスをするだろうか?

それに彼とは、

「2段ベッドなので、ベッドは絶対に、

 下のベッドにした方がいいですよ。

 そんなに値段も違わないので。」

と言うやりとりもしてたはずだ!

まちがえるはずが無い!!

と言う事は、案内された席が間違えている??

だが、壁に書いてある席の番号は、僕のチケットの番号と一緒である。。

そして拙いとはいえ、さっきの僕の

「寝台に乗りたいんだ!」という英語は、駅員さんにとちゃんと伝わったはずだ。

 

(一体どういう手違いなのだろう??)

 

僕は周りを見回してキョロキョロしていたが、斜め後ろの若い女性は、外国人が苦手なのか、僕と目が合うと怖そうに目を逸らすので、理由を聞く事も出来そうになかった。

 

しばらくすると、車掌さんが来た。

天の助け!とばかりに今度は彼に聞いてみた。

改めて「寝台席」のチケットをもっている事を一から話した。そして、

「僕はベッドタイプだと思っていたんですが、

 このボックス席は足を伸ばして寝るタイプの、

 そういう… " 3等寝台?" なんですか。」と聞いてみた。

すると彼は笑いながら、丁寧に説明してくれた。

 そしてそれは、衝撃の事実だった!

20時を過ぎたあたりで、ベットメイキングをするので、それまではボックスシートだと言うのだ。

僕は理解が追いつかず、

「え、ええ? あの、、これがベッドになるの?

 本当に?  どう言う事? なのですか。。」

と聞くと、

「ここは寝台車で間違いなく、

 とにかくベッドで寝れるので、

 安心して待ちなさい。」

と優しく諭された。

 

僕はまだ半信半疑だったが、彼の笑顔と言葉を信じる事にし、とにかく席に座り待つ事にした。

ウキウキしていた気分は無くなり。僕は神妙に席に座って待っていた。

やがて列車は出発時刻通りに動き出し、夜のバンコクへと滑り出していった。

 

僕は自分を落ち着ける為に、とりあえずチャンビールを開け、車窓を眺めながら暗闇の中に、まだ見ぬベッドを想像していた。

 

 

つづく

 

f:id:matatabihaiyuu:20220824111714j:image

↑ 僕が乗った「深夜特急


f:id:matatabihaiyuu:20220822135812j:image

↑ 後ろの席と同じで、僕の席も

     2席のボックスシートだ😅

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

ボーイ ミーツ ガール

 

第144話

ボーイ ミーツ ガール

 

陽気なインド人による「世界運び屋育成計画」から解放された僕は、いったん宿に戻っていた。

 

意外とドキドキしていた僕は、宿に戻って一刻も早く日本人に会って安心し、あわよくば今の話を聞いてもらい、心を落ち着けたかった。

しかし皆出かけてしまったのか、クーラー付きの涼しい部屋にいるのか、共用スペースには人はいなかった。

 

僕が土足厳禁の一段上がった共用スペースの上で寛いでいると、初日のゴーゴーボーイガール(勝手に僕が名付けた)が、顔を出した。

彼女は一緒にいた二人が先に日本に帰ってしまったので、なんと無く手持ち無沙汰なようだった。

大箱の日本人宿にはありがちなのか、なんとなくマウントの取り合いがあるように思う。

明るくハキハキしている美人の彼女は、ゴーゴーボーイに来なかった、他の女子グループに馴染め無かったのか、ここ2日、一人でいることが多く、僕は少し気にかけていた。

「サワディーカァップ。お疲れ〜」

と少しおどけてタイ語で挨拶してみた。

「いや、私日本人だし。。サワディーカー!」

とノリツッコミの要領で挨拶を返してくれた彼女と話す。

 

僕は早速、先刻あった「運び屋の一件」を話してみた。すると彼女は目を輝かせて、

「ええ? いいじゃん! 凄くいい話だね!

 え? 断ったの〜? もったいなく無い?」

と、とてもウブな反応をしてきた。

 

それを見た僕は、

(この娘、何回もタイに来てるのに、

 全然擦れてないなぁ。。高校生みたい 笑)

ととても好感を持ってしまった。

 

僕は今後の彼女の為に「運び屋」になる事のリスクを、まるで海外旅行マイスターのように、一から十まで、その可能性を含めて色々と、まるで授業の様に、彼女に話した。

 

彼女は本当に感心した。という様な顔で、

「えー、そうなんだぁ。。

 あっぶなぁ。私だったら引っ掛かってるかも〜

 すぐそこの宿にいるんだよね。。

 ありがとう。気をつけるぅ。」

ととても素直である。

初日に少し話した時から思っていたのだが、彼女は「ゴーゴーボーイで、男の裸が見たい!!」と豪快なことを発案する割には、

(何か繊細なところがありそうだなぁ。)と勝手にこっちが思っていたのだが、、落ち着いて話してみた彼女は、やはり気のいい、可愛らしい普通の女の子であった。

きっと、仕事が大手でキツイので、タイに来た時くらいはハメを外したいだけなのだろう。。

 

話は盛り上がって、僕のこれまでの旅の話をすると、彼女は目を輝かせて聞いてくれた。

特にベトナムジャイアンこと、ティン君との件や、「零式 牙突」を発動した所為で、十数人のベトナム人に追いかけられたくだりは、涙を流して笑っていた。

「やばい! アヅマ君、るろうに 過ぎるわ〜!」

と大爆笑だ。

「俺の酒場刀(さかばとう)は、

 切れ味が違うからね。」

と言うと、腹を抱えて「もうやめて〜 笑」と悶絶していた。

 

そんな彼女と楽しい時間を過ごしていると、いつのまにか1時間以上たっていた。

「はぁ〜、マジで笑った〜。

 デトックスになりました〜 笑」

と言う彼女に僕も、実は、運び屋の件でドキドキしてたから、話せて気が楽になったよー。

と素直に言うと、彼女も喜んでくれていた。

 

ここで、「海外一人旅がなんで良いか?」という話を挟みたい。

心労や、心に澱が溜まると、海外に行きたくなる。それは、海外に行ってストレス解消!という事だけでは無い。

バックパッカーをしていると思うのだが、高級宿でリゾートしたり、パックツアーで安心安全。。と言うのではなく、身体一つで人にまみれて旅をしていると、自分の肩書きというか、日本にいる、仮面を被った自分から離れて、ただの、いち旅人になる。

それは、ただのひとりの日本人であったり、ただの東正実に過ぎない。

そうすると、不思議なもので、本来の生の自分になっていくのだ。

(ああ、俺ってこう言う人間だったんだなぁ。)

と、イライラや時間や仕事に追われなくなった自分が、(本来 こう感じるんだ。。)

とか、本来はこんなにのんびり待てるんだなぁ。。とか、「自分は人間が好きなのか?」と魂のレベルの感性の、自分自身を感じることができて、その原始に戻っていくのだ。

これは不思議なもので、身ひとつで旅に出た事のある人は、皆わかる事だと思う。

そうすると、自分本来の人間性と価値、そして譲れない価値観、どうでもいい許せる事というものがハッキリとする。

よく、海外旅を「自分探しの旅」と言うのは、そういう事だと思う。

 人を知り、己を知る。

それは昔から日本国内に限らず、一人旅の醍醐味なのだろう。

 

そんな僕は、海外で素直な自分になっている彼女と話していて、とても癒された。

彼女も僕と話すのが楽しかったのか、

「これからどうするの?」と聞いてくれた。

だが残念なことに、僕は今夜寝台列車で、バンコクを離れるのだ。。

なんか、田舎から夜行で、東京に出る人はこんな気持ちだったのかな?

と後ろ髪を引かれ、不思議な気持ちになった。

 

彼女はとても残念な顔をしてくれていたが、本来前向きな性格なのだろう。

「そっかぁ、気をつけてねー!!

 また遊びに行こうね!」

と明るく激励してくれ、散歩に出掛けて行った。

 

僕は昔から竹を割ったような真っ直ぐな男なので、僕の周りも、気持ちの良い男友達や、気のいい女友達ばかりなので、あまりマウントしてくるというような女性達には出会ったことが無い。

こんないい娘さんをハブっている(僕からみるとそう見えた)マウント女共が、もの凄く下らなく思えてきた。

 

悶々として、単純な僕は、

「彼女の味方でいる為に、

 チェンマイ行きを延期しようか?!」

とまで、謎の正義感を発揮していた。

 

やがて、ナンちゃんが自分の部屋から降りてきたのか、僕を見つけて話しかけてきた。

ギター片手のナンチャンは、餞別に、

「ズマさんの為に、なんでも歌いますよー。」

と相変わらず柔らかく優しい。

 

色々と考え過ぎた為か、センチメンタルな気分の僕は、ナンちゃんについ「尾崎豊」をリクエストした。

「なんでも良いっすかー?」という彼に、

「なんでも良いから尾崎を。。」

と、謎の尾崎好きの二人の会話を終えて、ナンちゃんは、弾き語りをしてくれた。

 

てっきり「15の夜」だの、「17歳の地図」を歌ってくれると思っていた僕にナンちゃんは、何故か「I LOVE YOU」を歌い出した。

 

(何故に選曲、 I  LOVE YOU?

 さっきの僕らの会話きいていたのかな?)

と不思議に思っていると、彼は本意気で歌い出す。

「あぃらぁーぶ、ゆー、いまだぁけは、、

 かなぁしいぃうたぁあ、ききぃたくないよぉ」

と目を瞑って歌い出した。

ちょっと…  尾崎なら歌は好きだが、尾崎本人は「劇団ひとり」ばりに、少し笑えるだけの余裕を持って好きな僕は、彼には悪いが笑いそうになっていた。

逆に、尾崎好きには本人が好き過ぎて「神格化」し、一切笑いが通じないファンもいる。

これは、尾崎好きの七不思議のひとつで、

「尾崎が好きか? 楽曲が好きか?」というのは、

「卵が先か、鶏が先か…」論争に似ている。。

彼の「永遠の胸」という楽曲ばりの、尾崎好きの永遠のテーマでもある。

 

2番が始まると、「アイラービュー♪」の下りからナンちゃんは何故か、僕の目をまっすぐ見ながら歌い出した。。

よく尾崎好きがカラオケで、本命女子を口説く時に、「アイラブユー」のくだりを、その娘の目を見ながら歌うとは、都市伝説的に聴いていたが、まさか自分が男性から、こんなに真っ直ぐに目を見られて歌われるとは思ってもいなかった。。

 

最初は、笑わせようとしてるのかな?と思っていた僕だが、彼は真剣に歌っている。。

え? 彼ってそっち系なの??と思ったり、

(いや、「あの子まじ可愛いっすよねー!」

 とか話してたし、女の子が好きなハズだ!)

と頭の中を、彼との思い出が走馬燈のようにグルグル回っていた。

 

その割には僕はどうかしているのか

(うーん、ナンちゃんだったら、

 まぁ、、良いかな?)

という感情もある。

 

ここタイにいると、何が正しいのかわからなくなる。

「受け入れる」という事が自然すぎる優しいタイランド。ここで過ごしていると、自然と性の垣根はなくなっていく。。

何しろ、レディーボーイ達も美しく、可愛らしいので、色々な事が曖昧になるのだ。

僕が出会った長期旅行者も、タイで最初に付き合った恋人は、レディーボーイだと言っていた。

(この娘、、タイプすぎる。。)

と、女性だと思って口説き落として、デートを重ね恋人となり、良い雰囲気になったある日、2人は自然と愛を確かめ合う事になった。

そして、いざホテルで事に及ぼうとしたところ、

ベットで彼女は、彼の顔を手で覆い隠し、

「ストップ!」

と謎のおあずけをしてきたらしい。

(え、えええ? ここまで来て。。?)

と彼が呆然としていると、彼女は申し訳なさそうに言ったらしい。

「ソゥ ソウリィ。。アイム レディボーィ。」と。

 

彼女が女性だと信じ込んでいた彼は、ビックリして一瞬たじろいだ。

だが目の前の彼は… というか、彼女は女性でもある。。

 

彼は少し間を置いてから、心のこもった最高の棒読みで、

「ノォ… ぷろぶれむ!」 と、

僕が人生で聞いた中でも、

史上最高の「ノー プロブレム」を発動したらしい。

 

彼が後に言っていて、僕が感銘を受けたのは、

「人と、人ですやん。関係ないですよ。

 相手が愛おしいかどうか。それだけです。」

という、人間愛に溢れた言葉であった。

彼は、優しい悟り切った様な顔で、遠くを見つめながら、綺麗な瞳でそう語っていた。

(その後別れてしまい、今の恋人は女性らしいが)

 

それは、妙に納得させられるエピソードであった。 だが僕は、そっちのけは全く無い。

(どう傷つけない様に断ろうか…。。?)などと思いながら、こんなに真っ直ぐに歌われて、僕は顔が真っ赤になっていた。

 

やがて歌い終わったナンちゃんは、悪戯っぽく笑いながら「心を込めて歌いましたよ。」言った後に、ニヤつきながら、ギターのチューニングを始めた。

 

(なんだよ!? ビックリしたなぁ。。

 冗談かよー! もう。。)

と思っている僕には目もくれずに、彼はギターを調整している。

 

そんな彼を見ながら、からかわれたのが分かったが、何処か一つ引っかかっていた僕は、

(本当は、どっちなんだろうか?)

という疑問が頭の片隅から消えなかった。

 

まぁ、ナンちゃんはええ男やし、まぁええか。

と、人間として大好きなナンちゃんから、人間として好きだと言われたのだ思い、僕は「うんうん。」と頷きながら、旅立つ準備を始める事にした。

 

その後、宿のスタッフとして残るナンちゃんに、少しカッコつけて、

「先程の、ゴーゴーの彼女が心配だから、

 ちょっと気にかけてやってくれないか?」

とお願いしたところ、ナンちゃんにサラッと

「いや、彼女、明日帰りますよ。」

と言われ、僕は盛大にズッコケた。

 

つづく。

 

f:id:matatabihaiyuu:20220818012431j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220818012435j:image

↑ 近所の屋台でコーヒーを買い、歩く僕。

 

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君、〇〇屋にならないか?」

 

第143話

「君、〇〇屋にならないか?」

 

夜は意外と涼しいのか。。それとも身体が慣れたのか?

昨日もクーラーなしの部屋で、僕はぐっすり眠れていた。

 

朝早く起きた僕は、シャワーを浴び、朝の散歩に出かけた。

いつもの犬の少ない通りを通っていると、インド人らしい二人が、ホステル宿の前の道にせり出したテーブル席で、通る人皆に声をかけている。

最初は女性に声を掛けていたので、

(ナンパかな?)くらいに思って、その前を通ろうとすると、僕にも声を掛けてきた。

 

にこやかな笑顔だが、何か胡散臭い雰囲気を感じる。

一瞬、無視して通り過ぎようとも思ったが、前に通り過ぎた白人女性も挨拶くらいは返していたので、さすがに無視して通り過ぎることは失礼に感じた。

 

「ヘロー。なんですか?」と聞いてみると、

「ヘイ!元気か!? 

 どこに行くんだ? ナニ人だい?」

とテンション高く聞いてきた。

(ずいぶんと、一辺に色々聞いてくるな。)と苦笑いしながら、

「日本人で、散歩してるところだ。」

と言うと、彼らはいきなり笑い始めた。

 

(うん? なんじゃこいつら??)と僕がカチンとしていると、うち一人が笑いながら

「ユー ライアー! ノー! 

 ユー アーインドネイジアン!」

といきなり失礼なことを言ってきたので、

「誰がインドネシア人なんじゃい?!

 日本人だって言ってるだろう!」

と強めに言うと、

「オー? リアリー?!」とびっくりしている。

 

話を聞いてみると、どうやら悪気はなかったらしい。 彼らは僕のことを、

”「アイム ジャパニーズ」と

 ギャグを飛ばしてきた インドネシア人  ” 

だと思ったらしい。。

 

そういえば前にも、インドネシアの人に間違えられたことがあった。そんなにインドネシア人に見えるのだろうか??

僕は自分が本当に日本人なのか、自分でも自信がなくなってきた…。

それにしても、インドネシア人に間違えられた僕よりビックリするのは止めて欲しい…  ホントに (^_^;)

 

彼らはお詫びもかねて、

「コーヒーをごちそうするから、一緒にどうだい?」

と誘ってきた。ちょっと怪しい二人組だが、まあ、こちらも暇だし、何より無料でコーヒーが飲めるのはありがたい。

彼らのテーブルに座り、コーヒーをすすりながらいろいろと話をする。

やはり彼らはインド人であり、商売でタイに来ているという。そのうち一人はシヴァという名前で、ヒンドゥー教最高神と同じ名前である。

 

彼らと意外に話は弾み、向こうは僕を相当気に入ったようで、事あるごとに爆笑している。そして、事あるごとに、こう言ってくる。

「マサミは本当に面白いな!最高だ。

 オレ達はもう友達だ!いや、親友だ!」

今あったばかりなのに、僕は勝手に親友認定されていた。

商売についてよく聞いてみると、実は宝石商をしているという。インド人にはそういう商売で各国を飛び回っている人間がいるというのは、風の噂には聞いていたが、実物を見るのは初めてだった。

その後、話はさらに盛り上がり、一緒にやろうと誘われた僕は、ロビー横のスペースでビリヤードまでした。(このゲーム代も彼らの支払いだ。)

2ゲームした後、また路上テラス席へ戻ったが、僕はのどが渇いていた。

「何か飲むか?」と聞かれたので、さすがに悪いと思い、

「ビールを飲みたいので自分で払う。」

とシヴァに伝えると、彼は笑いながら、

「なんだ、マサミ。ビールが飲みたかったのか?」

と勝手にフロントのスタッフ言って、ビールをご馳走してくれた。

 

それから僕が、横浜から来たというと、横浜にも商売相手がいると喜んでいた。

ここで彼らは急にトーンを落として、僕に

「是非、商売に参加しないか? 」と不思議な提案をしてきた。

それは、宝石を預けるので、帰国する時に一緒に持っていってくれないか?

というものだった。預かった宝石を運ぶだけで2000ドル(22万円)のギャラまでくれるという。

 

僕は、(ははあ、なるほどな…)と思っていた。

そして同時に、彼らが道行く人に、だれかれ構わず声をかけていた理由にも合点がいった。

彼らは宝石を運んでくれる人間を探していたのだ。

 

前に読んだ本に、宝石やら、楽器や、タバコさえも量が多いと、関税がかかって、結構なお金がかかると書いてあった。

それらを関税がかからない様に、又は安く済ませる為に、小分けして運びたいのだ。

その為に、帰国するついでに宝石を運んでくれる人間を探していたのだ。

それは何人いても困らないのだろう。

要は「運び屋」をしてくれる人間を探していたのだ。そして僕はまんまと引っかかった人間と言うことだ 笑

 

まぁ、今聞いた限りでは、合法な品物ではある。。が盗品かも知れないし、直前でヤバいものを運ばされないとも限らない。

色々と奢ってもらったが、そんなことは気にせず、僕はサクッと断った。

 

あまりにパシッと「やりません」と断ったので、彼らはびっくりしていた。

「ええと。。マサミ。これはいい話なんだ。

 友達だから、このいい仕事を紹介したんだよ。

 なんで断るんだい? どうして。。

 それに君には、色々ご馳走してあげたし、 

 色々と良くしてあげたじゃないか?」

そうシヴァが優しく説得してきたが、がんとして僕は断った。

 

「世の中には、うまい話などない」と言う事は、子供の頃から僕はよく理解している。

なので、意外とそういうビジネス?(詐欺?)には、疑り深く慎重である。

幼少期に、父が会社を畳み、急にフリーで山師のような商売を始めた関係で、色々と世の中の与太話を聞く機会が多かった。

たまに急に大きな事を言う父の話では、我が家はとっくに億万長者になっていなければおかしかった。 そして億万長者どころか、なぜか未だに貧乏旅行者の僕には、

 金儲けとはそんなに甘いものではない。

ということは、身に染みて、DNAレヴェルで刷り込まれている事なのであった。

 

そんな僕は、色々奢って貰った事など、まるで無かったかのように平然としている。

彼らは、こんなに奢ってやったのに、こんなに恩知らずで、後ろめたさを感じない人間に初めて会ったのだろう、、顔を見合わせてびっくりしていた。

だが彼らも商売だ…  びっくりしながらも、

「いや。。 でもさ、マサミ。

 流石に少しは考えるべきじゃないか?」

と彼らは当然、恩を着せてくる。

 

確かにちょっと悪いなと思っている僕は、それもあり、少し考えてからこう言った。

「いや、ご馳走のなったのは僕も感謝しているよ。

 でも、君たちは友人として、

 好意でご馳走してくれたんだろ?

 ずっと君たちは僕の事を、

 親友だって言ってくれてたじゃないか?!

 それとも、そんなつもりじゃ無くて、

 口だけでそう言ってたのかい?

 だったら、今までの払いは、全部払うから

 そうなら、そう言ってくれ!」

 

すると彼らは動揺し「そうじゃないよ。。」と口ごもった。

 

さらに僕は畳みかけた。

「君たちは僕を友人だと言ってくれた。。いや!

 親友だとさえ言ってくれた。俺は嬉しかった!

 おれは友情を大事にするから、友人とは

 トラブルになりたく無いから、日本でも

 友人とはビジネスをしないと決めている。

 君たちは、ビジネスパートナーじゃなくて、

 おれとは友達なんだよね?

 ねえ? どっちなんだい?!」

と捲し立てた。

 

この場から逃れる為に、適当な事を、これまた適当な英語で言っていたので、嫌な顔をされてバイバイを覚悟していたのだが、何故か僕の演説は、彼らの心を打ったらしい。

彼らはキョトンとし、再び顔を見合わせた後、お互いにうなずいたかと思うと、シヴァが真面目な顔でこう言ってきた。

「マサミ、君の言うとうりだ。その通り。

 君は友達だ。だから君の言う事を尊重したい。

 そう、俺たちはビジネスじゃなくて、

 友情で繋がっている。

 君の言ってることは正しい。

 その通りだ、許してほしい。 そうだ!

 お詫びにもう一杯ビールはどうだい?」

 

まさか百戦錬磨のインド人に、ここまで僕の口八丁が通じるとは思わず、僕は思わず動揺してしまった。そんな僕の心はつゆ知らず、彼らは真剣な顔で僕に向き合ってくれている。

なぜか僕が思ってる以上に彼らは、僕の事を気に入ってくれていたようだ。

 

それから彼らは全く、ビジネス?の話はしなくなり、また話は続く。

勿論、彼らは僕の事を諦めた分、僕と話している間もどちらかが必ず、目の前を通る人達に声を掛ける事は怠らなかったが 笑

 

シヴァは陽気で女性の話しかしない。
最近珍しいガラケーの彼は、若いタイ人らしい女性の写メを数枚見せてくれ、
「全部タイの俺の彼女だ。 俺はもてるんだよ。」 と嬉しそうだ。
たしかにこれだけ人に声をかける彼だ。陽気だし、ナンパなど朝飯前であろう。
それに宝石商だといえば、たしかにそれはモテるだろう。

 

話の流れで、僕が今日チェンマイに行くつもりだと言うと、もう一人が
「おお、そうだ。

 そろそろ移動しようと思ってたところだから、

 俺たちもマサミと一緒にチェンマイに行こうか。

 なぁ、シヴァどうだい?」
と言い出したので、丁重にお断りをした。

 

わざわざ何時の汽車に乗るのかも聞かれたので、
(マジで付いてくるつもりなんか…) とちょっと怖くなった僕は、

「うーん。。 何時だったかなぁ…?」 とすっとぼけてみせた。

 

話をしていると、陽気ないい奴らなのだが、なんせ胡散臭さがかなり匂い立つ。。

(行ったことはないが、インドってこんな感じなんだろうな…)
と、僕はまだ見ぬインドを勝手に想像しながら、お礼を言って握手をし、
「どうしても連絡先を交換したい!」

と言われ、さすがに断るのも悪いなと思い、念のため、あまり使っていない方のパソコンのメールアドレスを教え、彼らと握手をして別れた。

 

うーむ。。 朝からなかなかのインド疑似体験であった。

 


つづく

 

f:id:matatabihaiyuu:20220817003836j:image

バンコクの路地


f:id:matatabihaiyuu:20220817003840j:image

↑ ビジネスを持ちかけてくれた親友?

 いい奴だが、どこか胡散臭い。。 笑

 左は、日本産のインドネシア人。

 

 

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

入国拒否のリリーさん。

 

第142話

入国拒否のリリーさん。

 

アーバスはまだ日の残る、夕方のカオサンロードに戻ってきた。

僕らは挨拶を交わして、それぞれに散っていった。

 

僕はその足で、例の日本人ツアー会社に向かっていた。もちろん文句を言う為にだ!!

…というのは冗談で、実はこれからの予定を、車中で、景色を見ながら決めていたのだ。

 

都会のハイウェイを走りながら僕は、そろそろ田舎にいく事に決めていた。その事を相談する為に店長さんの元へと急いでいたのだ。

カオサンからしばらく歩き、今日のスタート地点であった、ツアー会社に戻って来た。

窓口には、例の日本人店長さんがいて、僕をみるなり立ち上がって、謝って来た。

 

「もっ! 申し訳ございませんっ!!」

という、高島政伸さんのドラマ「ホテル」の様な謝罪スタイルではなく、

明るく「東さん、ごめんなさいね〜🙏」

という感じで、そんなに怒っていない僕も、

「も〜、勘弁してくださいよ〜。」と半笑いだ。

タイでは、何事も深刻にならない。

これは、人間関係を上手くいかせる、そんなほんわかとした気遣いでもあるのだろう。

そんなゆるい2人が、これからについて話し合う。

 

僕は、チェンマイに行きたい旨を伝えた。

店長さんが最初に勧めてくれた、

「ザ・タイを感じたいならここです!」と言っていた、タイ 第二の都市だ。

すると、店長さんは「是非行きましょう!」と相変わらず、強く勧めてくれた。

 

彼がいうには、タイもここ数年で物価や、いろいろなものが変化して来ていて、チェンマイを感じるなら、今を逃したら、もう次に行く時には、違うものになってしまっている可能性が高いとの事。

 今が、本来のチェンマイを旅する

 ラストチャンスですよ!!

と強く言われた。

 

そんな僕は、もうこの場で、明日の寝台列車のチケットを手配してもらう事にした。

この日本人ツアー会社の便利なところは、ここでチケットを手配してもらって、支払いまで出来る事だ。

わざわざ駅まで買いに行かなくてもいいし、日本語で細かく確認も出来る。

本当に素晴らしい場所である。非常に助かる!

乗車駅は、以前「行き先が分からないバス」で偶然到着した、フアランポーン駅ことバンコク駅だ。

(出発駅が、行ったことのある場所なのは、

 旅人にとっては、非常に安心感がある。)

 

手続きをして貰いながら、色々と話をした。

彼が言うには、やはりタイに住む日本人同士は仲が良いらしい。

僕が以前泊まっていた、オンヌットの宿のオーナーさんともたまに呑む仲らしく、僕と彼との言い争いエピソードを話すと、店長さんは大笑いしていた。

「2人とも、ちょっと似てますもんね 笑」

とも言っていた。

 

何にせよ、オンヌットの宿のオーナーさんも、この店長さんも、人柄が素晴らしく、心からの柔らかい笑顔の持ち主だ。

なんだかんだいっても、異国での生活と仕事だ。色々と大変な事もあるだろうが、彼らはとても自然体で幸せそうで、少し羨ましかった。

そして、そんな彼らにつられて僕も、つい笑顔になり、幸せのお裾分けを貰っているような気がしていた。

 

色々とおしゃべりしだすととキリがないので、切り上げる事にし、僕はお礼を言って、握手をして別れた。

 

夕闇のカオサンロードを歩きながら、カオサンの喧騒も今日までか、、と名残惜しかったので色々と歩き回ってから日本人宿に戻った。

 

宿では相変わらず、共有スペースに人が集まり、わいわいやっていたり、他にもベンチでゆったり酒を飲む人など、皆思い思いにやっている。

そこで僕はまずキッチンに行き、ビールを貰い、皆が集まる所へとビール片手に参戦する。

丁度、話が盛り上がっている所で、隣にいた若者が僕に経緯を説明してくれた。

 

今、話題の中心になっている「リリーさん」という渾名のひょろっとした中年男性は、イギリスで行われる、世界最大の音楽の祭典であるという、

グラストンベリー・フェスティバル」に行くはずだったというが、空港で入国審査で引っ掛かり、そのまま入国拒否に遭い。仕方が無いので、憂さ晴らしに 急遽タイに来たという。

 

日本で、入手困難なチケットを取る為に、わざわざバイトを10人ほど雇い、チケットを取れた人には10万円ボーナス! という事までやって、やっとこさチケットが取れたらしい。

(フェス好きの人には、この音楽フェスは、

 いくらお金をかけてもいいフェスらしい。)

 

チケットには転売を禁止する為に、住所や顔写真を登録して初めてチケットが買える。

2枚取れても、使えるのは本人一枚であるが、そんな事お構いなしに、バイトさんに、必死にチケット申し込みをして貰ったらしい。

その甲斐あって、無事チケットは取れ、彼はそれが楽しみで、先月からワクワクが止まらず、夜も眠れなかったという。

 

ところがである。いざイギリスの空港に着いたところで、入国拒否されたという。

チケットの不備で会場に入れない。。と言うのはよく聞くが、そう言うレベルでは無く、まず、イギリスの国土に入れなかったのだ。

 

なぜか…? 答えは簡単だった。それは、彼が前科持ちだったからだ。

同時多発テロ以来、イギリスは入国がかなり厳しくなっているらしい。

永住権に関しても本当に厳しく、イギリスに住む僕の友人も、十数年前に、最後のチャンスでギリギリ取れたと言う。

そして今は、本当に審査が厳しく、まず永住権は取れないらしい。

 

そんなイギリスには、もう服役を終え、自由な身となっていても、前科があると入国拒否されるらしいのだ。

皆さんも気になっていると思う、彼の罪状であるが、詐欺罪との事だった。

投資詐欺で、お金を集めて結局警察沙汰になり、実刑を食らったらしい。

 

しかも資産隠しをしておいたので、服役後、ロクに賠償もせずに、その金で債権者から逃げ回って、旅をしているという、ロクでも無い人間であった。。

 

若い子らが「やばく無いっすか?」

「つーか、リリーさん、

 マジ クズじゃ無いですか?!」

と盛り上がっており、本人も苦笑いをして、ヘラヘラしている。

「マジでFacebookにとか写真あげないでね?

 ここにいるとかバレたらヤバいから。」

と本人は反省の色は全く無い。

 

僕は呆れ返り、この歯並びの悪い男を眺めていたが、別にもう服役したわけだし、今犯罪者が逃げ回っているわけでも無いので、もう関わらない事にした。 時間の無駄である。

 

それに僕も色々な人間に出会ってきた経験があるので、何が真実かなどと解らないことを知っている。

世の中には平然と嘘をつく人間もいるので、胡散臭い彼が言っている事も、

(わざわざ自分が元犯罪者だなんて言うかね?

 まぁ、話を聞くところ本当みたいだが。。)

と思いながらも、話半分に聞いていたからだ。

 

しかし、いろんな人間がいるものだ。

そして東南アジアにいる理由も、皆様々だな…

と改めて思わされた夜であった。

 

その後グループから離れた僕は、ギター片手にベンチに座っていたナンちゃんと飲みながら話し、明日チェンマイに発つ旨を伝えた。

ナンちゃんは残念がっていたが、

「ズマさん、また戻ってきて下さいね。」

と明るく言ってきた。

 

どうやらこのまま彼は、ここに長逗留するらしい。聞くところによると、台湾で知り合い、一緒に路上ライブしていた友人が、一週間後にここに来るので、それを待っているとの事だった。

 

そして、さらに面白い事を言っていた。

「実はオーナーさんに、バイトしないかって、

 誘われてんですよねー。。せっかくだから、

 スタッフの仕事を引き受けようかと思って。

 昼は暇ですしね 。」

と明るく言っていた。

 

たしかに彼の人当たりの柔らかさは、ここのスタッフにはうってつけだろう。

もう、先払いで1ヶ月分の宿代は払っているというが、それを割引して、ある程度返して貰えると言っていた。

スタッフと言っても、大した事はしないので、宿に安く泊まれる、気軽なお手伝いくらいのものなのだろう。

何にせよ、人柄が良ければ、一か月もいてくれる客というのは、スタッフ不足の宿には願ったりかなったりの人材なのだろう。

 

ギター片手のナンちゃんと、途中から合流した木下さんとで僕は、彼の伴奏で色々と歌を歌いながら、最後のバンコクの夜を心から楽しんでいた。

 

何故か僕たちは、酔いも手伝い

日本昔ばなしの「にんげんていいな」を大声で歌っていて、歌い終わった後に、大爆笑していた。

 

バンコクの最後の夜は、ナンちゃんのお陰で、最高の夜となった。

 

つづく

 


f:id:matatabihaiyuu:20220809203657j:image

↑ 酔っ払った僕と宿のシャワールーム

 


f:id:matatabihaiyuu:20220809210222j:image

↑ 近所の飼い猫 寅さん 🥰

 

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乗り乗りツアー 最後はお墓参り?

 

第141話

乗り乗りツアー 最後はお墓参り?

 

象へのライドを満喫した僕らツアーメンバーは皆、心なしか童心に戻った様な良い顔をしていた。

 

象から帰ってきた僕たちは、お互いに撮り合っていた写真を交換する事にしていた。

象に乗ってる最中に僕は、写真を撮って交換し合わないか?  と大きなジェスチャーで、その事を伝え、お互い示し合わせていたのだ。

サイヨックさんは僕と同じiPhoneなので、Air ドロップでやり取りができたが、ご夫婦の持っていた携帯は(一体どこのメーカー??)というスマートフォンだった。

ご夫婦は、どうしたらいいの?? と結構テンパっていたが、どうしても写真が欲しい様で、

「どうしたらいい? どうしたらいいの??」

と激しく動揺している。。

彼らは、LINEもGmailもやっていないとのことで、僕からは後から送る事も厳しかった。

 

ここで大活躍したのがサイヨックさんだった。

彼はご夫婦とやりとりをし、交換方法を聞き出してくれた。そして、

「大丈夫だ。 一旦私に送ってくれれば

 なんとかするから、安心しなさい。」

と2人ををなだめてくれた。

確かに象に乗っている写真は欲しいだろうが、あまりの夫婦の熱量に、僕はビックリしていた。

 

その昔の日本人観光客が、みんなNikonやら、 Canonのカメラを首からぶら下げて情熱的に写真を撮りまくっていた様に、海外の方の写真に対する情熱は、時にものすごい事がある。

そういえば、マレーシアのランカウイ島で出会ったトルコ人のブルハムも、僕との自撮り棒ツーショットを撮るのに、気に入ったものを撮る為に、一箇所で10枚ずつくらい撮っていた。。

その写真好きぶりには僕も苦笑していた。

 

写真問題が解決した僕たちは、次の場所へと向かっていた。

着いた場所は、線路沿いの小さなお店が並んでいる国道沿い通りで、広めの駐車場が道の左右にあり、観光バスも止まっていた。

そこから階段を登っていくと、黄緑色の不思議な岩場に出た。

それは巨大な岩の壁だった。そこをチョロチョロと水が流れている。

足場に気を付けて、岩場に上がってみる。

改めてみると、それは美しい自然の造形だった。

今度はお互いの携帯を渡しあい、ご夫婦と写真を取り合う。

(後から調べると、ここは

 「ノイの滝」という滝だったが、

 行ったときは、水が枯れていて、

 岩場にしか見えなかった。。)

 

どうやらここは公園になっているようで、遊歩道も整備されていた。

そこをしばらく行くと、今度は、新橋のSL広場のように、機関車がドンと置いてある。

ここでもご夫婦と写真を撮り合う。

どうやら彼女たちは、僕をマイカメラマンとして、同行させている様子だ 笑

「ここで撮って欲しい。

 ここからが良い、ここから撮ってね。」

と携帯を渡され、注文も多い。

 

だが、せっかくの旅行であるし、役に立てて、喜んでくれるなら、こちらもそれで良い。

SLの運転席にも乗れるので、僕も乗りながら写真を撮ってもらう。

 

ここでも、動かないとはいえ、又乗り物である。

さぁここで、今日の乗り物ツアーを整理してみよう。

 

原チャリ(2人乗り)→  空飛ぶワゴン

→  列車(泰緬鉄道)→  空飛ぶワゴン

→  いかだ  →  象さん →  空飛ぶワゴン

→  SL(蒸気機関車)→  空飛ぶワゴン(帰り)

という、乗り物乗り放題のツアーであった 笑

 

しかもよく考えると、戦争博物館前には ヘリとセスナまであった… 😅

ものすごい乗り物ツアーだ。。運転手が機嫌よく車をぶっ飛ばす所も含めて僕はこのツアーを

 「激しいノリのノリノリのツアー」

と名付ける事にした。

 

そんなツアーは最後の地、セメタリーに到着した。そう、現地ガイドに「最後の場所だ」と連れて行かれたのは、何故か綺麗な墓地だった。

アメリカ映画で見るような、白い十字架のお墓が、大量に、綺麗に区画分けされて並んでいる。

ツアーの最後が " まさかのお墓参り " という、このツアーに、僕はもうズッコケてしまっていた。

「墓地の中に入って、じっくり見て下さい。」

と言われるが、縁もゆかりもない人のお墓に行くのは、眠っている方々に失礼だろう。。

それに、説明によると、ここに眠る彼らが命を落とした原因は、戦争博物館で見た、僕たち日本人の上の世代がした、酷い仕打ちによってである😅

(絶対に眠っている方達に怒られる。。)

もし逆の立場なら、日本人が入ってきたなら、僕ならポルターガイストを発動し、そいつらを追い出すだろう。

 

そんな僕は「お墓はいいです。大丈夫です。」とガイドに言って、その周りを散歩する事にした。

しばらく散歩していると、急にお腹が痛くなってきた。。

早速 お怒りに触れてしまったのだろうか…?  などと考えながら、車まで頑張って戻り、ガイドに、

「トイレは無いか?」と聞くと、これまた、民家なのか、商店なのか? という、本当に小さな駄菓子屋の様なお店を、彼に示された。

そして、かなり限界が迫ってきていた僕は、そのお店に滑り込んだ。

店に入ってみると、よく日焼けした、50前後の細身のおじさんが座っていた。

「トイレを貸してくれませんか?」と言うと、彼は、ニカっと歯のない笑顔で、

「30バーツ(100円)だよ。」と言ってきた。

 えええ? 金取んの?!

と驚いたが、背に腹は変えられない。。

すでに、お腹の状態は風雲急を告げている。

 

だが、僕はここで驚異の粘りを見せた!!

缶コーヒーを手に取り、これを買うから、タダにしてよ。と交渉したのだ。

おじさんは一瞬ポカンとしていたが、意味が通じたのか「OK」と言った後、こう言った。

「なら値引きして、トイレ代は

 10バーツ(33円)でいいよ」

相変わらずニカっと、歯無しであるが愛嬌は凄い!!

(マジか?!  商売上手過ぎるだろ?!)

彼の顔も相まって、僕は笑ってしまい、思わず漏らす所だった。

 

何とかお金を払おうと焦る僕に彼は、

「とりあえずトイレに行っておいで。」と 優しく言ってくれた。

 

後払いでいいシステムに乗っかり、とりあえずトイレに向かった。

トイレはお店の外の細い路地を入った所に、竹で作ったドアがある。

渡してもらったカギで、扉の南京錠を開けて入る。そしてその先にトイレのドアがある。

まるでRPGゲームのノリだ。村人から貰ったカギで、扉を開けて進んでいく。

開けた先には、なんと!

素晴らしく汚いトイレがあった。

色々と前の利用者の思い出が存在する。。

その思い出を踏まない様に、僕は上手いこと足場を決めて、ポディショニングを決めた。

まぁ、言うまでもないが、昔の和式便所である。

 

とにかく、背に腹は変えられない。

何とか上手いこと用を足す。

ティッシュは自分で用意してはいたが、ちゃんとトイレットペーパーがあった。

さすが有料なだけの事はある!

10バーツのトイレットペーパーだと思い、盛大に使ってみた 笑

 

まぁ、何はともあれ僕は、お腹の叛乱を鎮圧し、お店に戻った。

歯のないおじさんは「間に合ったか?」と、またニコついている。

お金は取るが、後払いにしてくれたりと、とても良い人だった。

僕はお礼も兼ねて、コーヒーだけでなくお菓子も持っておじさんに会計を頼むと、

「コップンカァップ」と笑顔で会計してくれた。

 

暑いので車に戻ると、運転手だけがおり、

「もう良いのかい?」と聞いてくるので、僕は

「イエス、イナフ。(もう十分)」と言いながら、涼しい車内で、缶コーヒーとお菓子を嗜んで、みんなを待つ。

しばらく待っていると、やはり縁もゆかりもないお墓は退屈なのか、みんなすぐに戻ってきた。 そしてツアーは終了した。

ガイドを、近場の彼の家の近くに下ろして、車はまた 飛び立とうとしていた。

僕はその時、もう急ぐ必要のないドライバーに、測ったかの様に、

「プリーズ、スローリードライビング。

 メニメニィ セーフティ!!リターン!」

と言うと、他のメンバーも口々に、

「セーフティドライブ! ノット アーリー!」

「モア スローリィードライビング!!」

と同調してくれ、ドライバーも予定がある訳でもなかったのか??

帰り道は、普通に 最速100キロ以内の運転で帰ってくれた。 なんでも言ってみるものである。

この旅に出ていつも思う事は、

人生はいつも交渉であり、人と人がやり取りする以上は、落とし所なのだと言う事だ。

 

そして僕は、ようやく安心してカオサン通りに帰ってきた。

 

そんな僕が到着するやいなや、例の日本人ツアーの店長さんに 色々文句を言いに、真っ先にツアー会社に行った事は、言うまでもないだろう 笑

 

つづく。

 

f:id:matatabihaiyuu:20220805235501j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220805235320j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220805235225j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220805235236j:image

↑ ノイの滝(水枯れバージョン)


f:id:matatabihaiyuu:20220805235457j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220805235423j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220805235539j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220805235258j:image

↑ 当時走ってたであろう SL機関車

 

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

象に乗った壮年と少年

 

第140話

象に乗った壮年と少年

 

まさか象さんに乗れるなどとは思っていなかった僕は、本当にこれが現実なのか?とさえ思っていた。

 

タイにあまり詳しくない僕は、ゾウといえばインドかアフリカ、という風に、全く象に対する知識がなかった。

なので、タイで象に乗れるなどという事は、全く予想していなかった。

そもそもタイに象がいるという知識が無かった。。

そういえば読んだ事はないが「星になった少年」の舞台はタイだったっけ?…あれ??

などと、頭がフル回転しながら僕は、象へと近づいていった。

 

象使いの少年に操られ、象はゆっくりと歩いている。少年は、鐙のような鎖のついている象の首の所に跨り、お客は背中に固定された、客席の低いカゴにしっかりと掴まっている。

象使いの少年は、遠目にまだ小学生くらいに見えた。その幼さに僕は驚いていた。

 

ガイドに連れて行かれた「象乗り場」らしい二階建ての建物は、木組みの吹き抜けた簡単なものだが、ちゃんと屋根も付いている。

階段を登り、二階の踊り場から象さんに乗る様だ。

 

丁度今、象ライドから帰ってきた3組が、二階から降りてくる。

僕は早速彼らの表情に注目していた。

実は僕は「顧客満足度」を、店から出て来たお客の表情で見極めている事が多い。日本でも良く、その表情を見極めて食べ歩きをする。

ラーメン屋等でも、出て来たお客の表情から、味が何となく想像できるからだ。

 

そして、階段を降りてくる彼らは皆、満足げな表情で、キラキラと 子供に戻ったかの様な綺麗な目をしていた。それを見た僕は

(これはとてつもなく、

 良い経験になりそうだ。。

 人生観が、変わるレベルの

 体験になるかも知れない…)

と、頭の中がお花畑になる程興奮していた。

 

やがて入れ替わりに階段を登った僕らを、象の背中が待ち構えていた。

この建物は、さすが象乗り場という高さに設定されていて、丁度象の背中のかごと同じ高さになっている。

だが、ぴたりとつけられる訳ではないので、隙間に気をつけて、スタッフにエスコートされながら乗り移る。

象さんがおとなしく言うことを聞いてくれているので、不思議と恐怖感は無かった。

籠は前方が椅子になっていて、座りやすい。

 

象さん達は、とても優しい顔と眼差しをしていて おとなしい。 僕にはそれが意外だった。

以前に見た「世界の果ての通学路」という映画では、アフリカ象は凶暴で、サバンナで一番恐れられていた。

サバンナを通り 学校に通う子供達は、アフリカ象に遭遇すると、息を殺して隠れ、時に見つからない様に迂回して学校へと向かう。

その緊迫感から、いかに象が恐れられているかが伝わって来たものだ。

だが、タイにいるここの象さん達からは、そんな凶暴さは微塵も感じない。

これはやはり、タイのおおらかさが 象にも影響しているのではないだろうか?

そして、それとは逆にアフリカ象には、殺伐としているサバンナの影響が出ているのだろうか? 

そんな事を目まぐるしく考えていた。

 

そして、僕の象の運転手さんは、9歳くらいの利発そうな、可愛らしい少年で、ニコニコしているし、象さんとも とても仲が良さそうだ。

(象使いたちは、20歳くらいの若者や、

 中学生くらいの少年など 他にも数人いた。)

 

やがて象はゆったりと歩き出した。

背中に乗っているので、流石に 籠の手すりに掴まっていないと危ないが、思ったよりは揺れない。そして想像していたより、象の背中はかなり高かった。景色はよく見渡せるが、落下などしたら、大怪我をするだろう。

 

そんな中、後ろを振り返ると、例のクールだったインド人男性のサイヨックさんが、意外とはしゃいでいた。

どうやら象には、クールな人まで無邪気にさせる魔力がある様だ。

 

しばらくゆったりと、象さんは広場を大回りで散歩する。

そして、ちょっとした丘の前にきた時、少年が僕を振り返り、ニコッと笑って

「ケアフル!(気をつけてね!)」と言ったかと思うと、象に合図すると、象は急に駆け足になった。

この、パオーンとばかりに丘を駆け上がるアトラクションは、かなりの迫力で、揺れる客席で、僕は思わず笑ってしまっていた。

「おおっと!  す、すげ〜〜! お、おっ、

 おお! 何だこれ?! ウケる!! 笑」

と爆笑する。

 

丘を登りきって少し歩くと、象は立ち止まり、少年が再び振り返り、可愛らしい声で、僕に話しかけて来た。

彼はほとんど英語は話せない様で、観光客向けに覚えたであろう、単語だけで話してくれるのだが、最初は何を言ってるのか分からなかった。

だが、よく聞いてみると「フォト、フォト!」と言っている様だ。

どうやら「写真を撮らないか?」と誘っている様だ。

僕が「プリーズ」と言うと、彼はすかさず、

「200バーツ(660円)」と言ってきた。

そしてなぜか、「シー」と、口に人差し指を当てて「内緒だよ」とばかりに、ウインクをして来た。どうやら、写真撮影は、彼の小遣い稼ぎでもある様だ。

この可愛らしい象使いさんを、僕は気に入っていたので、お小遣いをあげる事に 別段嫌な気はしなかった。 だが、200は高すぎる。

僕は「エクスペンシブ(高いよ)」と言いながら首を振った。すると彼はちょっと考えて、

「100バーツ」と言ってくる。

いきなり半額になった事に、僕は笑ってしまったが、妥協せずに、さらに交渉してみる。

彼の可愛らしい顔を見ていると、思わず「OK」と言ってしまいそうになったが、さすがに写真を撮ってもらうだけで100はまだ高い。

「60バーツ(200円)」と値切ってみる。

彼はこっちから数字を言ってくるとは思わなかったのか、一瞬キョトンとしていたが、

(しょうがないなぁ)という顔をしてから、「オーケー」といいながら、手を差し出して来た。 僕は自分の携帯電話とお金を渡した。

 

よく考えたら、自分のカメラで写真を撮ってもらうだけで 60バーツは十分高いのだが、

 まぁ、ご祝儀、ご祝儀。

と僕はよく分からないお祝い金のつもりで、彼にお金を渡していた。

きっと、象さんの優しい眼差しと ゆったりとした時間が、僕の心までゆったりとさせていて、細かい事は気にならなくなっていたのだろう。

(その割にはしっかり値切っていたが…  笑)

 

彼がどうやって降りるのかを、興味深く見ていると、首にかけてある鐙(あぶみ)の鎖をたどり、スルスルと降りて行く。

すぐに気付いたのだが、運転手のいない象の背中に、僕は今一人だ。

象さんが、万が一暴走したら終わりであるが、

(まぁ、大丈夫だろう。。)と腹を括り、

彼に写真を撮って貰った。

途中で、彼の座っていた鐙のある首の部分に移動しろと言われる。

少し怖かったが、ゆっくりと移動してみると、象はおとなしくしてくれたままだ。

太腿に、象の体温を感じる。。なかなか貴重な体験である。

 

そして、彼はどんどんシャッターを押し、なんと40枚ほど撮ってくれた。

写真を撮り終わった彼が、象の背中に戻る時、どうするのかと再び見ていると、彼は象の鼻に近寄り、鼻を撫でたかと思うと、象は鼻に掴まった彼を、首まで持ち上げてやり、彼は再び運転席に戻ってきた。

その鮮やかな連携プレーに、僕は心から感心していた。

「人馬一体」と言う言葉があるが、ここではまさに「人象一体」と言った感じだった。

 

再び象は動き出し、しばらくして、元の場所に戻ってきた。

二階部分へ乗り移り、振り返って少年を見ると、ニコニコして、手を振ってくれていた。

ここは、ご家族や親戚で経営されている象園の様で、乗り降りをエスコートしてくれた父親らしきスタッフも、象使いの少年たちも、象達も、皆幸せそうだった。

 

またしても、タイの素晴らしさに触れた僕は、同じくニコニコしながら、迎えに来てくれていた車に乗り込み、再び、どこに行くのかも分からないツアーに戻って行った。

 

つづく

 

f:id:matatabihaiyuu:20220730031721j:image

↑ 象乗り場


f:id:matatabihaiyuu:20220730031434j:image

f:id:matatabihaiyuu:20220730035835j:image

https://m.youtube.com/shorts/bmT3on5IB8I

↑ 動画 象使いの少年と僕


f:id:matatabihaiyuu:20220730032150j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220730030507j:image

↑ ツアーメンバー達


f:id:matatabihaiyuu:20220730030734j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220730031249j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220730030700j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220730031809j:image

↑ おとなしい象さんと記念撮影。

 少年が上手に撮ってくれた。

f:id:matatabihaiyuu:20220730031845j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220730032017j:image

↑ 乗り場に帰還

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聴き流し者に訪れる ライドオンタイム

 

第139話

聴き流し者に訪れる ライドオンタイム

 

よくよく考えたら、僕はこのツアーの事あまり解っていなかった。

ツアーを勧めてくれた日本人店長さんの話を、僕はあまりちゃんと聞いていなかったみたいだ。。

 

最初にツアーを紹介された時、僕は舞い上がっていた。

なんと!「戦場にかける橋」の舞台に行けるツアーがある!!

子供の頃に見た映画の実際の舞台に、思いがけず、訪れる事ができるなんて!!

 

その事に僕は、海外旅行の醍醐味を感じて、舞い上がり散らかしていた様だ。。

その為、かつてのカンボジアでの遺跡のガイド、ジェイクの英語の説明を、解りにくい所は聞き飛ばしていた時のように、うっかり店長さんの日本語まで、

「右から左へ聞き流していた」 らしい。。

この旅の間に、いつの間にか身についてしまっていた、( まぁ、行けば解るさ!)という旅のスタイルが、日本語すら聴き流してしまう という悪癖になっていた様だ (^_^;)

 

その為僕は、実はこのツアーが、次に何をするのかも、さっぱり分かっていなかった 。

(一体僕は 何の為に、日本語で説明してくれる

 ツアー会社にわざわざ行ったのだろう?😅)

と 自分自身に少し呆れてしまう。

 

そんな僕は、木造の泰緬鉄道を穴が空くほど眺めた後、再び車に戻った。

次に飛んで向かったのは、小さな無人駅だった。ここで現地ガイドに待つ様に言われる。

 

(ツアー時間が押したせいで乗れないのかな?

 それとも、このツアーの内容自体が、

 元々 乗るプランじゃ無いのかな?)

と、道中ドキドキしていた僕は、心の中でバンザイをしていた。

 

(せっかくここまで来たんだし…

 う〜ん。。 列車に乗ってみたいなぁ。)

と思っていた泰緬鉄道に、どうやら実際に乗れるみたいなのだ!!

ドキドキしている僕の前に、向こうから列車がやってくる。

それは「ギギーィ!! 」と、昔の電車の様に、音を立てて、僕の目の前に止まった。

 

僕は不思議な感覚を覚えていた。

それは、子供の頃憧れていた「銀河鉄道999」に、これから乗る様な、そんな不思議な気持ちで、ワクワクが止まらなかったのだ!

僕達は車内に乗り込むと、思い思いの席に座る。車内は空いているので、選び放題だ。

 

すぐに電車は出発し、結構なスピードで、車窓から景色は後ろに流れていく。

右側の窓には、並走する道路が見え、やがて岩場だったり、崖のギリギリ、そそり立つ岩場を窓から、目の前に見る事ができる。

左側は、向こうに小さな山や谷、緑の自然が雄大に流れていく。。とにかくすごい景観だ。

「実用性」という軍事目的に特化されて作られたこの鉄道は、とにかく色々なモノを削ぎ落としている様に感じる。。

それが逆に、この鉄道の魅力となっていた。

 

20分ほど走った列車は、やがて駅に着いた。

到着の少し前にガイドが「次で降りるよ」とアナウンスしてくれていたので、列車から降りる。

驚いた事に、駅の目の前の駐車場に、僕達の乗ってきたワゴンが先回りして止まっていてくれていた。

まさにドア to ドアで僕らは、再び車で移動となった。

 

この段取りの良さは意外だった。

今日初めて僕は「タイ、やるじゃないか!」と感心していた。(だいぶ失礼な感想である 笑)

車はまたしばらく飛び、やがて川沿いの木造のレストランに着いた。どうやらここで昼食の様だ。

ここは、川を見下ろせるテラス席も多くあり、気持ちの良さそうなお店だ。

 

ライスとカレー、野菜炒め、がバットに用意してあり、好きなだけ取って食べていいとの事だった。

自分で頑張って " 当たり" の食事ばかりを引いてる僕だが、ツアーの食事は選べない。。

と言えばお分かりだろうが、あまり美味しくなかったのである 笑

 

ご夫婦(カップルではなくご夫婦だと本人たちから聞いた)とは 途中よく話したが、僕とおなじく一人で参加しているインド系の人は、クールにあまり誰とも話さない。

なんとなく気にしていたので、思い切って彼に話しかけた。席の向かいに座り、

「一緒に食べてもいいですか?」と聞くと

「どうぞ。」と無愛想に言われる。

 

(なんか、ちょっと怖いな。。この人)

僕はちょっと、余計なことをしたかなぁ。。?

と気にし始めていた。

めげずに話かけると、ポツリポツリとだが、色々答えてくれた。

クールなだけで、悪い人では無いみたいだ。

向こうの席にいる、ご夫婦は何人ですかね??とそれとなく聞いてみると、

「たぶん、中東の方の人間だろう。」

と、ご夫婦が話している言語から推理し、そう教えてくれた。

 

実は僕もご夫婦も英語が拙すぎて、コミュニケーションがいまいち取れていなかったのだ。

その為、一度「ウェア ユー カムフロム?」と聞いたのだが、

「〜~ス○~ん。、」としか聞こえず、何度聞き返しても解らなかったので、

もう僕は「おー、オーケー!」と仕方なく、さも解ったふりをしていた。

(ここでも「右から左へ」が発動していた。)

 

それから彼としばらく話すと、笑顔も見せてくれる様になり、少し仲良くなった。

僕達は「飯がまずいね。。」という意見だけは、しっかりと一致してから席を立った。

ガイドと車に戻ると、川沿いに少し飛んで、すぐに止まった。

水上のバンガローの様なところで、救命胴衣を渡された。(んん?)と思ったが、接岸しているイカダが見えるところをみると、どうやらここから川下りの様だ。

 

しかし、盛りだくさんのツアーである。

そして、いちいち驚いている僕は、本当に店長さんから何を聞いていたのだろう…? 笑

だが、逆に色々ビックリ箱の様に、新鮮に驚いて楽しめる事は「聴き流し者」の特権かも知れなかった。

 

イカダはそこそこ大きく、日除けに 藁の屋根も付いていた。ゆったりとした川の流れに任せて、イカダは下流へと進んでいく。

 

川沿いには、木造りの水上のコテージの様な家屋が多い。やがて向こうに、蔓で作った様な、簡単な作りの吊り橋が見えてきた。

やがて、その真下を通ってイカダは進んでいく。本当にジャングルの先住民が作った様な、簡易の吊り橋で、とても良い景観だった。

 

空を飛ぶほどのスピードから、このゆったりとしたイカダの川下りはまるで、160キロ越えの豪速球ストレートの後のスローカーブのようで、物凄い緩急だ。

お陰で、この世のものとは思えない程、僕はゆったり出来ていた。

静けさの中、小鳥のさえずりだけが聞こえる、本当にのどかなクルーズである。

 

ゆっくり下流へと流れていたイカダは、やがて小さな船着場に着いた。

奥には草が生い茂っているが、小さな小道がある。船着場から、ガイドに付いて上陸し、そのまま歩いていく。

そして、左右に背の高い草が生える小道を抜けると、いきなり世界が広がった。

牧場の様な広さの広場が目の前に現れ、そしてそこで見たものに、僕は声を失っていた。

 

 そこにいたのは、なんと象だった!!

 

パオーン! などとは言わず、おとなしい象達が、象使いに操られ、ゆったりと歩いていた。

ガイドは僕らの方に振り返り、

「これから象にライドします」と言った。

 

ら、ライド??  

…嘘だろ?! 信じられない…

どうやら僕は象に乗れるらしい!!

こんな事は、想ゾウもしていなかった。

そして、僕がいかに「人の話を聞いていなかったか」のエピソードも、ここに極まれりである 笑

 

そして、同時に僕は思っていた。

「このツアーは、朝のスクーターから始まり、

 ずっと何かに乗っている気がする。。

 今日だけでぼくは、一体何種類の

 乗り物に乗るんだろう…??」 

と。

 

 

つづく。

 

f:id:matatabihaiyuu:20220727195516j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220727195440j:image

↑ 駅から夢の泰麺鉄道へ!


f:id:matatabihaiyuu:20220727195445j:image

↓ 動画 泰麺鉄道

https://m.youtube.com/shorts/E9zpd4YbRRA

 

↓ 動画 泰麺鉄 2

https://m.youtube.com/watch?v=yeGYQpvTSPg

 

 

 


f:id:matatabihaiyuu:20220727195435j:image

↓ 動画 筏で長閑な川下り

https://m.youtube.com/watch?v=0KVy9-7NK0s

f:id:matatabihaiyuu:20220727200103j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220727195507j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220727195421j:image

↑ 筏での川下り。


f:id:matatabihaiyuu:20220727195449j:image

↑ 急に現れた、象の広場。

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦争の傷痕

 

第138話

戦争の傷痕

 

カンチャナブリーの有名な橋は、僕の記憶の中の映画では、爆破されていたはずだった。

だが実際には架け直したのか、立派な鉄橋が川に架かっていた。

 

現地に着くと、そこには地元のガイドが待っていた。

運転手と仲良く喋り、バトンタッチする。

なるほど。 運転手は客を連れて来るだけで、ガイドは現地に住む詳しいスタッフが引き継ぐ。

非常に合理的なツアー会社である。

 

新しい現地スタッフが、これからのスケジュールを説明してくれる。

JEATH戦争博物館、クウェー川鉄橋を自由に回ってきてくれと言われ、戦争博物館のチケットだけ渡された。

集合時間を言われて、僕らはそれぞれ好きなように散った。

 

まずは戦争博物館に行ってみる。

日本軍のやった連合国軍の捕虜への強制労働の資料、武器や、日本軍の装備、橋の建設のために実際に使った道具の展示がある。

 

ここカンチャナブリーは、当時の日本軍が、インドを攻める為に、泰緬鉄道を建設していた。

タイから ミャンマーを通り、インドまで物資を運ぶための鉄道だ。

 

しかし、と思う。 当時の日本軍はどこまで戦線を拡大させるつもりだったのだろうか?

ここ東南アジアに来てから、色々知った事であるが、マレーシアを一年ほど支配していた事も含めて、本当に驚く事が多い。

 

自分の足で訪れ、歩いてみると、日本からは、自分が思っていたよりも、はるかに遠く感じるこの東南アジア、さらにはインドを、極東の小さな島国が、どうやって支配をしようと思ったのだろうか?

 明らかに戦線を広げ過ぎでしょ。。

 …道理で戦争に負けた訳だ。

僕はそう感じていた。

無理は歪みを生み出す。それは、狂気へと人をより誘う。そんな戦争が生み出す歪みと、人間の狂気を僕は感じていた。

 

ここの戦争博物館は、色々な言語で説明が書かれている為、日本語でも書かれているものが多く、周りやすい。

 

そして、等身大の木製で作った人形たちが、強制労働の場面の再現をしている。

色々な場面、全部で30体くらいあった気がする彼らは、立体的に当時の様子を生々しく伝えてくれる。中には偉そうに、サイドカー付きバイクに跨る日本の軍人の人形もある。

 

そして、灼熱のこのタイで、裸に大きい褌のようなもの一枚で、大きな枕木を運ばされたり、ツルハシを持たされ、鉄道のレールをひかされている人たちの人形。

彼らは日本軍が捕らえた捕虜であり、連合国のアメリカ、オーストラリア、イギリス兵である。彼らは劣悪な環境で強制労働させられていた。

今日ですら、直射日光の下に 少し居ただけで、クラクラする暑さだ。この酷暑の中、重労働などしたら、僕ならすぐに倒れるだろう。。

事実、枕木一本に死者一人と言われるほど、過酷な強制労働であったらしい。

 

こうした人形の展示はけっこう生々しい、昔、新宿でロシアのシベリア抑留者の展示に行ったことがあるが、そこにも 等身大の人形で、当時の様子が再現されていた。そして、それらには、わかりやすく訴えかけてくる力がある。

特にここは、色々な国の人が来る事を考えても、文章だけよりも 写真だけよりも、より理解しやすいようにとの工夫でもあるのだろう。

 

僕は日本人が、戦時中、酷い事をしたのを否定する気はない。きっとしたのだろうと思う。

それが戦争だからだ。

日本に限らない、大なり小なり、他の国も戦時中は他国にロクでもないことをしたに決まっている。

アメリカも原爆を落としたし、ロシアも満州で日本人に本当に聞くに耐えない事をしている。

それは、戦争だからである。

はっきり言うと、僕はそういう人間の狂気を引き出す装置である、戦争が大嫌いだ。

 

とにかく、日本人として、日本人のした事、

他の国にある、日本以外の視点で見た日本軍、日本を見なければいけない。

これはある意味チャンスである。

文献では無く、身体で、感覚であの戦争を、一部でも捕らえるチャンスだ。

日本でも、広島や、沖縄等でも色々考えさせられるが、やはり僕の思考は、日本の枠を出ないはずだと思う。

 

その昔、芝居の先生が、

「新潟が舞台の芝居をやるなら、新潟へ

 長崎が舞台の芝居をやるのなら長崎へ

 お芝居の場所に、土地の空気を感じる為に、

 出来るなら、実際に 一度行ってみてから

 稽古に入りなさい。」

と仰っていて、その通りだと思った事がある。

そしてそれは、芝居に限ったことでは無いのだと、旅をしていると実感する。

 

色々と興味深く周っていたが、とある資料の前で僕は止まった。そこに書かれていた事に僕は、衝撃を受けた。正直びっくりした。

 

映画「戦場にかける橋」と「史実」は全く違った。

映画では、仕掛けた爆弾で橋が爆破されるのだが、史実では 飛行機による爆撃で破壊されたらしい。

そして資料には、その時の事が書かれていた。

橋の爆撃の日にちと 時間の情報を手に入れていた日本軍は、それを阻止する為、捕虜を橋にギュウギュウに並べ、飛んで来た爆撃機に、

「死にたく無い!!爆撃しないでくれ!!」

とアピールさせた、。と言うのだ。

パイロットも人間である。同胞ごと橋を爆破するのを躊躇するだろうと言う考えだ。

捕虜達は死にたく無いので、命懸けで飛行機に手を振る。「やめてくれ!!」と。。

 

結果、連合軍の作戦は遂行され、橋は、橋に並べられた捕虜もろとも爆撃され、100人ほどがバラバラになった。

バラバラになった捕虜達の血で、川は数日、紅い色だった。

と言う記述である。

本当だとしたら、恐ろしい戦争犯罪である。

だが、そんな話はほとんど聞いた事がない。

事実だとしたら、戦後、もっと大騒ぎになっていてもおかしくは無いのではないだろうか?

とも思ったが、事実だとしたら、本当に狂っている。。

僕はこの暑い中、背筋が寒くなったのを覚えている。

 

どちらにせよここに来て強く思った事は、

 とにかく戦争は狂っている。。 という事。

自分は、自分の国から遠く離れた、こんな恐ろしく暑い所で、重労働をしたり、重い装備を担いで進軍したり、人を殺す事は、

  絶対に! 絶対にしたくない!!

と思い、身体の芯からその事を強く実感した。

 

それはとてつもない実感だった。

本当に心から「嫌だ!」と思ったのだ。

 

その後、僕は頭を整理する為に、ベンチでしばらくぼーっとしていたが、やはり橋を見に行く事にした。

観光客でごった返すこの橋は、今はあの悲惨な戦争が無かったかのようにただ佇み、下を流れる川は、ゆったりと流れている。

「ほら、やっぱり平和が一番じゃんか…」

僕はふと、そんな事を呟いていた。

 

とりあえず、鉄橋を川の向こう側まで渡ってみる。橋を渡った奥には自然が広がっている。

全くのどかな。。「スタンド バイ ミー」のゴーディや、クリス達がひょいと出てきそうな雰囲気だ。

僕はそこから振り返り、茶色の川を見ながら、ありし日の紅くなった川を想像し、橋の上を歩く観光客を眺め、彼らを捕虜に置き換えてみた。

 

全く信じられない事だ。

もし、今爆撃があったなら、今いる彼ら、彼女らが爆撃で木っ端微塵になるなんて、誰が想像出来るだろう??

僕は一つ大きなため息をつき、集合場所へと戻っていった。

 

集合時間まで10分ほどあったが、皆 車に戻ってきていた。現地ガイドが助手席に乗っており、僕は後ろのシートに移動した。

そしてまた車は飛ぶように走る。

どういう時間調整なのかはわからないが、とにかくぶっ飛ばす。これはもう運転手の性格なのかも知れない。。 やれやれだ。

 

しばらく線路沿いの道を走っていた車は、途中で駐車場のある場所にとまり、ガイドと共に降りる。

レールは流石に鉄だが、木造りの線路が現役で使われているこの泰緬鉄道を、じっくり眺める事ができるポイントだ。

下から眺めることもできる、この木組みの鉄道が、現役で使われている事に 不思議な感じを受けた。

 

僕が初めて見る、木造りの土台の上に鉄道が走っている線路だ。

鉄道というだけあって、日本では枕木以外の、特に土台はコンクリートか、安心感のある鉄でしか見たことがない。

土台が木で出来ているこの現役の鉄道に僕は、色々な危うさを感じていた。

 

木組みの土台は、メンテナンスを定期的にキチンとしなければ、すぐに劣化して駄目になりそうに見える。

いい加減なタイ人の管理で、この鉄道は大丈夫なのだろうか??

 

そんな事を思った時、僕はここカンチャナブリーに来て、初めて笑いが込み上げてきた。

ここへ来るまでのドライバーのマイペンライな飛ばしっぷりといい、きっとセイムセイムな鉄道の管理も想像して、何故か笑えてしまう。。

 

やっぱり、タイは面白い 笑

僕は自分に、そんなタイの水があっているのでは無いか? と、うっかり感じ始めていたが、

 

それは喜んでいい事なのか、そうでは無いのか、わからないままに、ただ苦笑していた。

 

 

つづく

 

 

 

f:id:matatabihaiyuu:20220723210234j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220723210128j:image

↑ クウェー川鉄橋の向こう側  緑が続く…

 

↓ 動画 今は穏やかな クウェー川鉄橋

https://m.youtube.com/watch?v=jhImmGF63dcf:id:matatabihaiyuu:20220724153035j:image

 

↓ 動画 いまだ現役の現役泰緬鉄道

https://m.youtube.com/channel/UCnaa41CzfSrZtpiKfTxNXog/videos

 

↓ 泰緬鉄道 動画 2

https://m.youtube.com/watch?v=subKUkm8yv0

 


f:id:matatabihaiyuu:20220723210629j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220723210344j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220723210309j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220723210055j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220723210100j:image

↑ 現役の泰緬鉄道

     木造のこの上を電車が走るのだ。

 

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空飛ぶワゴン

 

第137話

空飛ぶワゴン

 

アーバスを待つ僕のアタマには、真矢みきさんの声がリフレインしていた。

 「 …あきらめないで。 」

そんな僕は、しつこく 色々なワゴン車に話しかけていた。

 

しかし、その内に僕はある事を思いついた。

単純な事だった。  それは、

 「黙って待つ」 という事である。

真矢みきさんの声に従い、頑張っていた僕だったが、一つの真実に気付いたのである。

 

(なんで 遅刻してるツアーバス

 俺が必死に探さなきゃならないんだ!?)

という事である。

 

よくよく考えたら、遅刻して慌てなきゃいけないのは向こうのツアー会社である。

必死に僕を探すのは、彼らの方の義務のはずだ。

そう、真実はいつも一つだ。

そんな事に気付いた僕は、もう他の車が来ても、ただ佇み、ボケっとすることにした。

すると先程までと景色は一変し、僕は俯瞰してツアーバスとのやりとりを観察できるようになった。

 

アーバスが来る。スタッフが降りて来て、僕と目が合う。向こうは目を逸らす。

きっとこれは 違うバスである。

冷静に考えてみると、客が日本人だという情報は、ツアー会社にも入っているハズである。

今日ここに来た日本人は、今の所 僕だけだ。

元々濃い顔の上、日焼けしているので、この間インドネシア人に間違えられたとはいえ

 流石に百戦錬磨のツアー会社の人間が、

 日本人の区別がつかないわけがない。

僕はそう結論づけていた。

 

そして、もう来ないなら宿に帰るだけである。

そう腹が据わっていた僕は逆に、

(見つけられるもんなら、

 この俺を見つけてみろ!)

と どっしりと構えていた。

 

また、観察していると、ここカオサンで拾われる客は、1人か2人である事が多い。

到着したワゴン車には、違う場所で拾って来たのであろう、数人の観光客が、すでに乗っている事がほとんどだ。

そこから推察すると、ここカオサンは、最後のツアーメンバーをピックアップする場所と考えられる。

つまりは、他の客が遅刻しているか、なんらかのトラブルで他の場所を周っているのだろう。

 

時計は既に8:35を指している。

待ち合わせ予定時間から、悠に1時間は過ぎた。

ぼくは、これでもかという程、時間通りにはいかない、東南アジアの洗礼を浴びながら、9時まで待って来なかったら帰る事に決めていた。

 

それから10分ほど待っていると、黒いミニバンタイプのワゴン車が到着した。

ドライバーが降りて来て、僕を見つけるなり、

「カンチャナブリツアーの方ですか?!」

と聞いて来た。

やはり ツアー会社のスタッフが、待ち疲れて キレ気味の、かなり目つきが悪くなっている日本人を探し当ててくれたらしい。

 

20代中盤の細身のタイ人男性である彼は、遅れた理由を謝りながら説明してくれた。

それによると、一人、どうしても待ち合わせ場所で落ち合えない客がいて、彼と合流するのに こんなに時間がかかったのだという。

そしてそのお客には結局会えず、その彼はキャンセルになったとの事だ。

 

 もう少し遅れていたら、キャンセルの客は

 もう一人増えていただろうね。。 笑

 

そう嫌味の一つでも言いたくなったが、流石にそれは我慢した。

「来てくれたから良いよ、大丈夫だ。」

僕はそう言って、そのバスに乗り込む事にした。

(内心は腑が煮えくり返っていたが、

 それは、頑張って抑えていた。

 彼が必死だったので、事情を察したのだ。)

噂に聞く、タイ人らしく

マイペンライ (気にするな)」とかわされていたら、さすがに怒鳴りつけて帰っていただろうが、意外と彼は、真摯に謝ってくれた。

 

スライドドアを開けて待っていたワゴン車を見ると、先客が3人ほど乗っている。

僕は先に乗っている彼らに「ハロー!」と挨拶をして乗り込もうとしたが、

改めて車を見ると、助手席が空いている。

「助手席に乗っても良いかな?」と聞くと、一瞬嫌な顔をされたが、

「私物を片付けるから、少し待ってくれ」

と意外とすぐにOKが出た。

僕は車は、景色も見れるし、助手席で足を伸ばしながらの方が好きなので、我儘を言わせて貰った。

まぁ、待たされた分、これくらいの我儘は許されるだろう。

 

そんな車は僕を乗せてすぐに、カンチャナブリーへと出発した。

黒いキャップを被った運転手は気のいい男で、僕に気を遣ってか、色々と話しかけて来た。

僕も もう気持ちを切り替えていたので、普通に受け答えをする。市街地をゆったりと走りながら、何となしに話していた。

とはいえ、ツアーの出発時間を1時間以上オーバーしている。その事について聞いてみると、

「ノープロブレム」を連発された。

彼が言うには、

「間に合うから、ノープロブレムだ」という事であった。

 

やがて大きな国道に出た。そして、その時に彼の言う「ノープロブレム」の本当の意味を僕は知る事となった。

空いている、3車線の国道に出た途端に、彼は人格が変わったように飛ばし始めた。

信じられないスピードで、どんどん周りの車は車窓から後ろに消えていく。。

 

スピードメーターを見ると、なんと! 130キロ越えで走っている。

高速道路に乗ったわけでもないし、タイの国道の法定速度が何キロか知らないが、明らかにスピード違反である。

というか、、法律などはどうでもよい。

(このスピード… 事故るんちゃう?😅

 というか、事故ったら確実に助からない…)

僕はタイに来て初めて戦慄した。

 

この猛スピードの中 話しかけてくる運転手にも、

「いいから、運転に集中してくれ!!」

と怒鳴りたくなった。

そう。 彼の言う「ノープロブレム」は、

「間に合うから」と言う意味では無く、

「間に合わせるから、ノープロブレム」

の意味だったのだ。。

 

僕はこの旅で初めて、死 を覚悟した。

しばらく動悸が止まらなくなったし、頭の中には

" 日本人 タイで交通事故で死亡 "  というニュースも浮かんできた。

しばらく僕は、生きた心地がしなかった。。

 

だが、不思議なもので、しばらくすると僕はこのスピードに慣れていた。

きっとこのスピードで走る事に運転手も慣れているに違いないし、

(もう、死んだらその時だ。)

と腹が据わった。

日本だと、流石に運転手に注意するが、

「 タイだからしょうがない 」 という、マイペンライな結論に、僕は至ったのである。

タイにも、スピードにも慣れる(諦める?)のだから、人間とは本当に不思議なものである。

 

40分程、ぶっ飛ばしただろうか?

空を飛ぶ様に走っていた不思議なワゴンは、急いでいるハズなのに、何故かコンビニに到着した。

「ここで5分休憩です」とドライバー。

どうやら道が空いていた為、かなり時間を稼げた様だ。

(一体どれだけ飛ばして来たんだ 😅)

そんな疑問は僕の他のツアーメンバーも感じていたらしく、心なしか皆 表情が暗い。

 

他のメンバーは、身長は僕より低く、太っているが、がっちりとしたインド系の知的な50前の男性と、どこの国の人かは掴みづらい、白人より少し浅黒い、彫りの深い20代中盤の若いカップルだった。

降りながら、挨拶をして少し話す。

やはり皆「飛ばし過ぎだろ?」と苦笑いしていた。

トイレに行き、缶コーヒーを買った僕を乗せたワゴン車は、再び空を飛び始める。

ドライバーはトイレに行きたかったらしく、戻ってからはより絶好調で話しかけてくる。

それは後ろのメンバーにもである。

後ろのメンバーも諦めたのか、普通に会話をしている。

相変わらずの猛スピードでぶっ飛ばす車は、10時過ぎに目的地に着いた。

 

途中、前を走っていたこれまた飛ばしているセダンタイプの車と、しばらく並走し、カーチェイスを始めたのには閉口したが。。

 

とにかく僕、いや、僕たちは何とか生きて、「戦場にかける橋」カンチャナブリーに辿り着いたのである。

それはまるで、映画の中で、橋爆破の為に 命懸けでここに辿り着いた、イギリス兵達のように。

 

やはりこの橋に来るのには、戦後であるはずのこの現代でも  " 命懸け" である事に変わりはない様だ。。

 

 

つづく

 

f:id:matatabihaiyuu:20220718134856j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220718134828j:image

↑ 辿り着いたカンチャナブリー

 

f:id:matatabihaiyuu:20220718162636j:image

https://m.youtube.com/watch?v=QRQkX6-ks00

動画 戦場にかける橋を通る列車


f:id:matatabihaiyuu:20220718162623j:image

↑ 丁度電車が通った。。

     何か感慨深いものがあった。

 


f:id:matatabihaiyuu:20220718134832j:image

↑ JEATH戦争博物館

     ヘリやセスナを展示してある。

 

f:id:matatabihaiyuu:20220718134801j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220718134954j:imagef:id:matatabihaiyuu:20220718134738j:image

↑ 「戦場にかける橋」に辿り着いた!

 

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦場に架ける橋への試練

 

第136話

戦場に架ける橋への試練

 

朝、スッキリと目覚めた僕は、シャワーを浴びてから、早朝の気持ちのいいバンコクを ツアー会社へと向かっていた。

 

昨日、タクシーで寝てしまった僕は、宿の近くで運転手に起こされ、無事 部屋へと辿り着いていた。

そして、暑さに慣れたのか?

クーラー無しの部屋で僕は、不思議なくらい ぐっすりと眠れていた。

朝の日差しで目覚めた僕は、スッキリとした頭で、小さなリュックに荷物を詰め、出掛けていた。

 

早朝のカオサン通りを抜けて、まずはツアー会社に向かう。

夜の喧騒とは裏腹に、シャッターの閉まった通りは、人影はほとんどなく、出ていた屋台なども姿を消している。ガランとした、ゴミだらけの通りを、真っ直ぐに抜けていく。

 

早朝に、カオサン通りに来るのは初めてであるが、ここまで夜とギャップがある事に、ある種の寂しさを感じてしまうが、この " お祭りの後" の様な寂しさが、僕は結構好きだった。

 

カオサンを抜けてしばらく歩き、やがてツアー会社前に着いた。今日はここに7時集合である。

時計を見ると、6:50である。

まっている間に、建物の間をふと見ると、可愛らしい三毛猫さんがいた。

首輪をしているのでどこかの飼い猫さんだろう。迎えの人が来るまでに、この美人さんと ひとときを過ごす事にした。

 いい猫(こ)だねぇ〜。 綺麗だねぇ〜。

 暑いよね〜、お水飲んでる??

と「岩合さんシステム」を真似した、下手くそなナンパの様なやり方で話しかけると、

「にゃー。」と返事をしてくれる。

挨拶の為に、ゆっくりと瞬きをすると、向こうも瞬きを返してくれる。

 嗚呼。。しあわせ〜。

と心から癒される。。

 

この娘さんは優しいおっとりさんで、撫で撫でさせてくれた。

時間を忘れるくらい三毛さんに夢中になっていると、ふと視線を感じた。

スクーターに跨った、40前のタイ人女性が、僕を冷ややかに見下ろしていた。

 

「ええと…何か?」と話しかけると、

「ツアーに行かれる方ですよね?

 もう行ってもいいですか?」

と言われる。

時計を見ると、もう7時を数分過ぎている。

どうやら僕は、しばらく前から彼女に観察されていたらしい。。

 

「ああ〜、可愛いねぇ〜❤️」とか、

「いい娘だねぇ。。あ"〜、ここだね〜。

 ここ気持ちいいねぇ。」とか

「美人さんだねぇ。綺麗だねぇ〜💕

 タイのオードリーさんだねぇ。」

 

と完全にメロメロに、おかしくなっていた僕の、一部始終を ずっと見られていた様だ(^_^;)

 

少し引き攣った顔の彼女に、全てを察した僕だったが、何事もなかったかの様に、強がって見せた。

「あ、はい。 大丈夫です。

 いやぁ〜!この猫さん可愛いですよねぇ〜!

 いやぁ! こんな綺麗な猫さん!

 日本でも見たことありませんよ!

 ガハハハハ! あ、えーと、お願いします。

 ぜひとも、しゅっぱつで。」

と顔を真っ赤にしながら、そう言い張る僕に彼女は、ちょっと笑い出し、

「乗って下さい。」とスクーターの後ろを指差した。その笑顔を見ると、とても良い人そうだが、、

(んん?  原チャリに、乗って下さい…

 とな?  うん。。  ええと… (^_^;)?

 スクーターに2ケツで乗っていくという。

 そんなツアーなど存在するのだろうか…?)

そう僕は 一瞬真剣に考えた。

そして、ツアー会社の店長さんの顔を思い出してみた。

そして、(そんな訳、ないハズだ!)と思い直した。

やはり、安心感のある人で、日本の人に組んでもらったツアーである。そこに対しての信頼感はやはり揺るがない。

 

ホーチミンから、カンボジアに、ツアーバスで陸路から入った経験もある僕は、その時の事を思い出して、

(彼女は ツアーバスの待ち合わせ場所まで、

 原チャリで送ってくれるだけに違いない…)

と過去の経験から、そう思い直していた。

 

何事も、一度自分でパニックになった経験が、本人を成長させ、冷静に対応させてくれる。

旅人が、経験値によってどんどんレベルアップしていく所は、ドラゴンクエストの様な RPG に似ているのかもしれない。

 

そんな僕は、自分のレベルがいくつかも分からないまま、カオサンロードに連れて行かれた。

そう。。何故か来る時にも通った カオサンロードに戻ってきたのである。

原チャリなので、2分で着いた。

僕の他にも観光客らしき旅人が、そこかしこにいる。

どうやら ここカオサンロードは、朝はツアーバスの待ち合わせ場所になっている様だ。

たしかに出店も、人もほとんどいないここは、待機するには最高の場所へと変貌していた。

カオサンロードの、もう一つの顔の様だ。

 

最初は、

(ここで待ち合わせなら、

 最初からここでええやん??)

と思ったが、結構長いカオサン通りであるし、色々なツアー会社がひっきりなしに来るので、一人で来ていたら、自分のツアーに参加するのは難易度が高そうだ。

早起きして、スタッフに連れて来て貰うのが 正解だと、途中から確信した。

「7時半に迎えが来ますので。」

というので、2人して半までじっと待つ。

目の前では、色々なワゴン車に、僕と同じ様に道端に佇んでいる観光客が、次々と乗り、出発していく。

流石に道幅的に、大型バスは入ってこれないので、僕のツアーバスも、ワゴン車である事が想像できた。

 僕も彼女もじっと待つ。

 皆を見送りながら待つ。

 少し話をしながら待つ。。

 その会話が終わり、また黙って待つ。

 

そんなことを何度も繰り返したが、待てど暮らせどバスが来ない、、周りにいた他のツアー客達も、ほぼいなくなっていた。

彼女に聞いてみても、

「待てば 来るはずだ。」の一点張りだ。

ふと時計を見ると、もう8時を過ぎている。

そして 流石に彼女も ソワソワし出した。

眠気もあり、待ち疲れてきた僕は、

(おいおい… これなら7時前に来なくても

 良かったし、もっと寝れたじゃんか。。)

と思わず心の中で毒づいた。

 やれやれ。。本当に来るのかしら?

 さすがに中止じゃないよな(~_~;)

とぶつぶつ言っている時に事件は起きた。

 

しばらくどこかに電話していた彼女が、電話が終わるなり、ツアーのペラ紙チケットを僕に渡して、

「ワタシはもう行かなければならない。

 ここで待っていれば大丈夫だから。」

と言い出したのだ。

「えええ? ちょっと待ってよ!

 さすがにそれだと無理だよ!」

と食い下がったが、彼女に、

「用事があって、どうしてもこれ以上は

 待つ事ができないの。ごめんなさい。。

 電話で聞いたから本当に大丈夫!

 絶対に迎えにきてくれるから!!」

と言って彼女は僕を残し、スクーターにまたがり、砂ぼこりをあげながら、猛スピードで走り去った。

(マジかよ?! つーか、どうすんの?)

ガランと空いている歩道に取り残された僕は、呆然とペラ紙を見つめていた。

 

それからも2台ほどワゴン車が来たり、セダンタイプのツアーバス?がやってきた。

来るたびに、僕のツアーであるかを確認する。

しかし、穴が開く程 ペラ紙を見られた後、

「違う。 ウチじゃない。」

と言われる。

そんな事を何回か繰り返した後、僕はやさぐれていた。

クアラルンプール国際空港で、マラッカ行きのバスを探していた時のトラウマが、蘇って来てさえいた僕は、

 もう… 。ツアーバスなど必死に探さずに、

 このまま宿にかえったろうかしら?!

と、そう本気でそう思い始めていた。

 

カオサンロードに来てから… というか、このタイ王国に来てから 一番心細くなっていた僕は、

(もう 全てを投げ出して宿に帰りたい。。)

という欲求と必死に戦いながら、歯を食いしばって、

「絶対に迎えに来てくれる!!」

はずのツアーバスを必死に待っていた。

 

つづく

 

f:id:matatabihaiyuu:20220712183510j:image

↑ 美人な三毛猫さん 💕

 (この時まではウキウキであった。。)

 

f:id:matatabihaiyuu:20220712183456j:image

↑ カオサンロードを彷徨う僕(イメージ)

f:id:matatabihaiyuu:20220712193524j:image

↑ 僕の目指す「戦場に架ける橋」

     出発すらできていないが…

 

 一体 どうなるんだろうか…

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はじめてのフアランポーン駅

 

第135話

はじめてのフアランポーン駅

 

アジアティークを満喫した僕は、いつの間にか水上バスの終電を逃していた。。

ぼくの腕時計は、夜の10:40を指している。

 

ここから宿へは、タクシーで帰っても1000円もあれば帰れるはずなのだが、当時の僕は、そんな事は知らないし、何より " もったいないお化け" の僕は、道路まで出て思案していた。

 

タクシーはひっきりなしに来て、カップルから、ご夫婦、友達であろう人達がどんどん乗っていく。

どうやらこの時間だと、タクシーで帰るのを見越して 皆来ているらしい。

だが、貧乏旅行者を自称している僕には、すぐにタクシーというのは、罪の意識に苛まれ、まるで踏み絵をさせられているキリシタンの様に、足を踏み出せなかった。

 

大きな道を(何かないか??)とうろついていると、バスが何台か来る事に気付いた。

乗る人などほぼ皆無か、地元のタイ人しかいないのだが、僕はそれに乗り込む事にした。

前に乗った、タイのバスは無料だったので、とりあえずGoogleマップを見ながら、宿に近づけるだけ近づいて、それからタクシーに乗ろうと思ったのである。

意地汚い 交通貧乏人、と言えばそれまでだが、行きが200円しなかったので、何とか帰りもそれに近い値段で帰れないかと工夫していたのである。

たまに思うのだが、数百円も惜しむ僕は、本当に、一昔前に アジアで一番の経済大国 と言われていた、日本の旅行者なのか??  

と自問する事がある (^_^;)

 

とりあえず、宿の方向へ向かう車線に 来たバスに乗ってみた。

前に乗ったバスと違い、綺麗なバスで、窓ガラスがあり、ちゃんとクーラーが効いている。

この国で、初めて乗る 綺麗なバスだ。

 

席に座りボーっとしていると、卒業証書を入れる筒の様なものを持った、30歳前後のかなりふくよかな、女子プロレスラーのような、強そうなタイ人女性が、筒をポンポンと左手に叩きつけながら近付いてきた。

 なんだろう??  な、なに?  誰?

と思っている僕に彼女は、英語で話しかけてきた。

「ハロー、サワディーカー。プリーズ ぺい!!」

乗った時から(少し変だな?)と思っていたのだが、この乗り心地のよいバスは、どうやら有料の様だ。。

たしかに、無料だったオンボロバスとはグレードが違う。

有料という事に、僕はあっさり納得してしまっていた。

コワモテの強そうな彼女に、値段を聞く。

すると、「どこまで行くの? アンタ?」

と逆に聞かれてしまった。

もちろん僕は、どこで降りるかなんて決めていない。。

冷や汗をかいて「あー」とか、「ウー」と言いながら、ジエスチャアーしながら 結局英語で、

「あー、、あ、アイ ドンノー…」

というのが精一杯だった。。

 

彼女はそんな僕を冷ややかに一瞥した後、

「イレンブン バーツ」と冷たく言い放った。

 イレ?…ん?  おお! そんなには高くない!

 日本円で40円くらいだ!

僕は安心してお金を払い、彼女から解放された。

そういえば、夕方乗った船の会計係も、会計用の財布代わりに、筒を持っていた。

どうやら、この卒業証書入れの様な形の筒が、バンコクでは、交通機関の会計係が皆持っている、お財布らしい。

しかし、筒だけに、思わず叩きやすいのか、

 パシッ! パシッ! と、

アメリカのMADポリスが、警棒を叩きながら近づいてくるイメージに近く、謎の迫力がある。 なので、結構 圧があって怖いのだ 😅

 

とにかく行き先のわからない僕は、GoogleマップGPSの現在地マークに集中していた。

とあるY字路を、川沿いの宿の方の西北に行って欲しいところを、バスは東北へと走り出した。

だが、、なんとか、北上はしている。

僕は我慢しながら行けるところまで行く事にしていた。

マップをよく見て見ると、この大通りの先には、大きな駅がある。

見てみると、ファランポーン駅とあり、拡大してみると、ターミナル駅らしい 終点の鉄道駅へ向かっている様だ。

 おお! とにかく大きな駅がある。

 とりあえずここまで行けば 安全だろうし、

 何とかなるに違いない!!

僕はそう思い、駅まで乗る事にした。

かなりふざけた移動方法ではあるが、約40円で、明らかに宿まで近づいた事を喜ばねばなるまい。

宿の方向の車線のバスに乗っただけなので、そんなに完璧に宿に近付ける可能性など、最初からほぼ無いからである。

 

やがて、駅舎らしい建物が見えてきたところで、僕は運転手に近付き

「ここで降ります。」と伝えた。

止まったところで僕は降りた。

 

乗客は僕の他に二人しか乗っていなかったが、全員がここで降りた。

バスは次のバス停を目指し、すぐに出発した。

そのバスを見送りながら、しばらくボケっとしていたが「これじゃいかん!」とばかりに僕は自分の頬を叩き、気合を入れて、動き始めた。

 

バスから降りた、バンコクの夜の外気は涼しく、かなり過ごしやすい。

駅の近くの歩道には、レジャーシートを広げた家族や、数人の友達の集まり、コンクリートの段差に腰掛けたカップルなど、大量の人が楽しそうに飲み物を飲みながら、やもすると食べ物を食べながら談笑している。

もう、深夜の11時を過ぎている。

だが、夜はこれからとばかりに、皆 集まって来て遊んでいるようだ。

どうやら、この灼熱の地であるタイのバンコクでは、涼しくなった夜から、皆集まって遊ぶという、夜型の生活が一般的なようだ。

夜っぴきだが、涼しくなってから遊ぶというのは、たしかに、効率的な気もする。

このクソ暑いアジアにいると、涼しくなってから行動するのが正しい事に感じるのは、この東南アジアの地にしばらくいるせいで、身体で心底理解出来ているからである。

 

歩道をまるで庭のように、人が多くいるここは、まるで日本の夜桜の花見に来ている人たちを彷彿とさせる。

僕はまた、カンボジアにいた時の、夜のプノンペンの王宮前の広場の歩道に集まっていた、カンボジアの人達を思い出していた。

 

そして、出店も少し出ていて、夜中を感じさせない活気がある。

そして、そこには温かい人の交流があり、穏やかな空気が流れていて、東南アジアの深夜だというのに、アットホームな雰囲気で、全く危険など感じ無かった。

そこは、本当に不思議な空間だった。

(実はここが「バンコク駅」だと言う事は

 しばらく後で知る事となった。)

 

僕はしばらく駅の周りの人々を眺めて歩いていたが、ハッとした。

 あ、明日ツアーで早起きだった!

カリプソショーで感動し、アジアティークを堪能して興奮していた僕は、バスでの緊張も相まって、すっかり明日のことを忘れていたのだ。

 

もう少しここを堪能したかったが、残念ながらタクシーを探す事にする。

歩道の前の大通りは、ほとんど交通量はないが、たまに通る車はほぼタクシーであった。

僕はすぐにタクシーを捕まえて、宿までのGoogleマップを見せた。

メータータクシーでは無かったが、100バーツ(330円)で行ってくれると言うので、僕はもう妥協して、そのタクシーに乗り込んだ。

 

フアランポーン駅(バンコク駅)の人や、街灯を車窓から眺めていたのだが、

宿へと向かうタクシーの中で、値段交渉が終わっている安心感と、疲れからか僕は、ついうっかり寝てしまっていた。

 

薄れゆく意識の中で、

(無事 宿に着きますように…)

と頭の片隅で考えながら。。

 

つづく

 

f:id:matatabihaiyuu:20220709002600j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220709002603j:image

↑ 夜のアジアティー

f:id:matatabihaiyuu:20220709003056j:image

↑ タクシーの車窓

 

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カリプソる日本人

 

第134話

カリプソる日本人

 

アジアティークは、かなりの人気スポットだった。とにかく人もお店も多い!

カオサンロードと全く違う賑わいではあるが、観光地としてはこちらが本道の様だ。

 

船着場横の広場を抜けると、お店が綺麗に整備され並んでいる。洋服屋さん、雑貨屋、バーやレストランなどが所狭しとある。

なんと、巨大な観覧車まである。

かなり綺麗で、日本でいうと、郊外にある土地を贅沢に使った、新しい最新のアウトレットモールのイメージだ。

僕の降りた川沿いの、ちょうど反対側である、道路側の入り口付近に劇場があるので、結構急いだ。

チケットBOXに並んで、チケットの引換券を出す。男性スタッフはそれを見て一瞬止まったが、すぐにチケットを用意してくれた。

 さてと… である。 開演までは時間はある。

チケットは 指定席だったので、僕はまず、腹ごしらえをする事にした。

実は先程、日本が誇る 三大牛丼店の一つ

すき家」を発見してしまっていたのだ!

 

そして、ここにくる途中にも、ラーメン屋や、日本料理居酒屋の様なお店も色々あった。

結構日本人向けにもお店がラインナップされている様だ。

(まぁ、メニューは見ていないが、

 たぶん、お値段はお高いだろうが…)

 

僕は、庶民の味方であろう「すき家」の扉を開けて、店内に滑り込んだ。

メニューを見て、早速牛丼を頼む。

(メニューはタイ語だけでなく

 下に日本語も書いてある!)

牛丼は、半月前にプノンペンの空港で食べた、お洒落な「吉野家」以来である。

卵を生で食べる習慣の無いアジアであろうから、相変わらずの " 半熟卵推し" であるが、僕はシンプルな牛丼と野菜不足解消の為 サラダを注文した。

すき家では普段はチーズだ、卵だとトッピング牛丼を食べてしまう僕だが、ここ東南アジアのタイでは、シンプルな牛丼の味に集中したかったのだ。

80バーツ(250円)程の牛丼と、30バーツ(100円)程のサラダはすぐに来た。

日本よりは安いが、格安でご飯を食べてきた僕には少し高く感じるから不思議なものだ。

 

まずはサラダにドレッシングをかけて頂く。

 うん。。キャベツだね。うん。。

どうやら、千切りキャベツに対する感想は、世界共通の様だ。

次に牛丼である。日本が世界に誇る牛丼。

 うーむ。。美味い! 気がする。

 とても美味い気がする!!

 すっ、すきや!! 大好きや!!

日本とほとんど変わらぬ味に恋をする。

食材も、従業員も、全てが現地調達だろうから、味の再現度に、とてつもない努力を感じる。

なぜそれが分かるかというと、

実は僕は、若い頃に居酒屋の店長を一年程した事や、調理師免許を持っているので、たまに、そんな事まで考えて味わってしまうのである。

 日本って、努力を、怠らないよね…??

謎の感想と、満足感を得た僕は、日本ではおよそ何も感じなかった「すき家」に対して最敬礼をし、いよいよすぐそばの劇場内へと入っていった。

広くて綺麗なロビーに入ると、一段上がった奥では、セレブ達がテーブルで食事をしている。

彼らはディナー付きの、高額なディナーショー組である。

カフカの赤い絨毯がひかれている、高級ホテルのラウンジの様なセレブ感のあるこの場所は、僕の様な貧乏旅行者を確実に拒絶してくる。。

 

彼らを迂回する様に、壁沿いの廊下を進んでいくと、劇場に入れた。

演劇人の僕はまず、劇場に入ると舞台の大きさや、見易さ、席の座りやすさなど、うっかりと

「自分がやるならどうだろう?」

と箱(劇場)をつい値踏みしてしまうが、ここは、どこに座っても ゆったりとして見やすいだろうと思える、 素晴らしい客席、劇場だった。

オールバックの、まるでホテルマンの様に洗練された動きをするボーイに、席まで案内してもらう。先にドリンクを聞かれ、ビールを頼む。

ワンドリンク付きのチケットである。

 

席はゆったりと座れるふかふかの席で、ゆったりとした、映画館のプレミアムシートに近く、しっかりと舞台を見渡せる。

中々、日本では目にかかれない素晴らしい作りであった。

席の前にはテーブルがあり、隣の人達とシェアして使う、ここだけ日本の立ち飲み屋システムであった 笑

そして、日本人も多いらしく、同じテーブルを使う縁で、隣の日本人団体ツアー客の方に話しかけられた。

70歳近い男性で、元気な方だった。

思えば、日本人の団体ツアー客に会うのはこの旅で初めてかも知れない。

 

地元の老人会でタイツアーを組んで貰ってきたという、ハイカラなおばぁさん、おじいさんの皆様はお元気の塊だった。

話しかけてくれた佐藤さんは、71歳で、クラフトアートなるものをやられているらしく、色々な模様をラミネートした、不思議な下敷きの様な物を僕に何点かくれ、名刺もくれた。

(彼には悪いが。、荷物になるので

 正直いらなかったが… 断れる雰囲気ではない)

だが、とても気さくないい方だった。

大手の会社で勤め上げ、今は、趣味に 旅行にと忙しい「御隠居さん」だと、自分で言って笑っていた。

 

しばらくすると、幕が上がり、レディーボーイ達のショーは幕を開けた。

開幕は、往年のハリウッドの銀幕ミュージカルを彷彿とさせる豪華なオープニングショーである。

シルクハットに、タキシードでステッキを持った男性が進行と司会という感じで、かなり豪華だ。

お洒落な海兵の様な衣装に身を包み、これまたシルクハットをかぶった、綺麗なレディーボーイ達の群舞から始まり、ショーはどんどん進んでいく。

(途中で「アジアらしいなぁ」と思ったのは、

 写真も動画も、撮影OKらしく、

 お客さんはフラッシュだけ炊かない様に、

 パシャパシャと写真を撮って良い事だった。

 僕も何枚か撮らせてもらった。)

ショーは続いていく。

レオタードの美女達が煌びやかに踊るものもあるし、個人での持ちネタコーナーもある。

ビヨンセのモノマネの人や、ラップンツェル?のモノマネ、日本の着物に身を包んだ、コメディチックな女性のダンス、司会の男性も参加する、コントの様なダンスもある。

どうやら時代に合わせてどんどん進化している様だ。

最後の方は、デモ隊を摸しプラカードを持った民衆のダンスの様なものもあり、様々なアプローチの見せ物があり、全てド派手であった。

全て口パクで、音楽や歌に合わせているが、本当に楽しめた。

場面転換を、銀色の横滑りする幕を使い、流れる様にしていく演出が素晴らしかった。

この銀幕の素晴らしいところは、一枚布ではなく、細かい紐状の布を大量に吊り下げて幕にしているので、演者が間から出てこれる所である。

そのお陰で、ショーは怒涛の勢いで、流れる様に進んでいく。凄いテンポ感である。

そして、レディーボーイ達の美しさ!

正に「ザ・ショウ」を堪能した僕は感動していた。

およそ日本では見ることの出来ない、クオリティと、規模であった。

 

感動に身を包み、劇場を出て、ロビーまでの廊下を歩いてあると、先程のショーガール達(もうガールでいいだろう)がお見送りをしてくれる。

皆さんお綺麗だが、そこは元男性なので、身長は皆高めだ。

一緒に写真も撮ってくれるが、チップがいりそうだったので、僕は握手だけして退散した。

 

先程の佐藤さんが、鼻の下を伸ばして、彼女達と写真を撮っていたのに、少し癒された。

(やっぱり男って奴は、

 いつまでも助平じゃなくちゃ!)

と僕は、71歳の佐藤さんに、意味不明の感動を覚えて、劇場を後にした。

この素晴らしいショーの余韻に浸りながら、この " タイ版のお台場 " を散歩をする事にする。

色々な雑貨屋、バー、居酒屋、レストラン、出店もある。

途中、出店の可愛らしい店員さんに呼び止められたので、お店を覗いてみると、美味しそうなクレープ屋さんだった。

せっかくなので、お話をしながらひとつ頼む。

先程の佐藤さんの影響か、僕も鼻の下を伸ばしていた。

そして、この旅に出てはじめてのクレープだ。

チョコと、生クリームのシンプルなやつを頼み、食べ歩きをしながら 周る事にする。

クリームの優しい甘さが僕を癒してくれる。

 

行きに通り過ぎていた日本居酒屋を覗いてみると、やはり値段は高めだったのでスルーする。

雑貨屋では、オリエンタルなデザインのスカーフや、シャツ、小物など 色々と、いかにもタイという綺麗なものが並んでいる。

人も多く、活気に溢れている。

そして、このアジアティークで、一番目立つ、ピカピカと白い蛍光灯付きで、明るく周る巨大観覧車に僕はびっくりしていた。

 

何故なら、観覧車のくせに とんでもないスピードで回っていたからである!!

 ぎゅーーん!! と回ったかと思うと。

スピードは緩まり、、

(止まるのかな?)と思うと、

また ぎゅーーん!! と回り出す。

(一体… お客はいつ乗るのだろうか?

 アジアだけに、飛び乗るのだろうか…??)

と本当に謎であった。

僕は、そんな大観覧車を見ながら、

 そ、そんなバカな…?? 笑

と大笑いをして、このアジアティークを後にした。

一人でもかなり楽しめる、

 アジアティーク  ザ  リバーフロント

皆様も是非、バンコクにお越しの際は、寄ってみて下さい。

 

続く。

 

f:id:matatabihaiyuu:20220703110050j:image

↑ さぁ!ショーのはじまりだ!

f:id:matatabihaiyuu:20220703110011j:image

↑ 使い勝手良すぎる銀幕


f:id:matatabihaiyuu:20220703110200j:image

↑ ラップンツェル??

サウンドオブミュージックを歌っていた)


f:id:matatabihaiyuu:20220703110213j:image

↑ デモ隊の出し物

(性差別に対する思いもあるのだと思う)


f:id:matatabihaiyuu:20220703105950j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220703105903j:image

↑ コメディタッチの和服の方(ほぼ大トリ)

 後で、ロビーの客出しでお見かけしたが、

 綺麗で可愛らしい方だった。


f:id:matatabihaiyuu:20220703105910j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220703110151j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220703110321j:image

グランド・フィナーレ!!

 素晴らしいショウだった!

f:id:matatabihaiyuu:20220703105849j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220703110126j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220703110233j:image

↑ 綺麗なお姉様に(おいで ボウヤ。)と

 誘われたが、一緒に写るとチップがいる。。

 貧乏な僕は、残念だが断った😢


f:id:matatabihaiyuu:20220703110055j:image

↑  安定のすき家^_^

 

早すぎる観覧車 動画

https://m.youtube.com/shorts/vxiitb6hnpg
f:id:matatabihaiyuu:20220703105858j:image

↑ 早すぎる観覧車

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バンコクの渡し

 

第133話

バンコクの渡し

 

カリプソショーに向かうべく僕は、夕方のバンコクを、チャオプラヤー川へと 早足で向かっていた。 そんな僕は少しイラついていた。

 

実はこの少し前に、朝会ったドイツ人のエマさんと一悶着あったのだ。

今朝、僕がカリプソショーを観に行くという話をしていたのだが、先程彼女が急に、

「一緒に観に行きたい」

とLINEをしてきたのだ。

「安いチケットを買えるなら行きたい。」

という彼女に、LINE電話して説明する。

「今日はツアー会社は閉まってるので、

 もう安く買えないよー。」

と僕が言うと

「安く買えないなら、じゃあ、良いわ。」

と言って来たので

「そこまで値段は変わらないし、

 正規の値段でも見る価値は有りますよ。」

と説得しても、ガンとして

「正規の値段? なら行かない、いいわ」

と言ってきた。僕は折衷案で、

「じゃあ、正規の値段のあなたのチケットと、

 割引の僕のチケット代を足して2で割って、

 割引きの値段は半分になるけど、

 お互い割引の値段で行こうよ。」

と提案したが、

「高い! それならいいわ。

 安くなるなら行こうと思ったけど、

 わざわざツアー会社に買いに行くのなら、

 要らないわ。大丈夫。」

と、ガンとして譲らない。。

しばらく押し問答した末に、流石の僕も、正直面倒くさくなって

(ああ、そうですか?)と思ってしまった。

「じゃあ 一人で楽しんできます。シーユー」

と僕は電話を切った。

何しろ、携帯の通信をWi-Fiに頼り切っている僕は、Wi-Fiのあるお店から離れると通話が出来ない。。お陰でかなりの足止めを食う事になった。

そして、この時僕は、正直 非常に交渉に疲れた。

別に僕は「一緒に行こうよ!」と朝 誘っていたわけでも無いので、善意で色々と提案したのだが、ことごとくハッキリと「ノー!」と言われて、改めて思ったのは、同じ日本語を喋っていても、

(やはり、相手の事を気にする日本人と違い、

 ハッキリと自分の意見を伝えてくる、

 外国の人との感覚の違いに気付かされるな…)

と言うものであった。こちらが良かれと思って提案しても、彼女からすると

「この値段でなければ、行かない。」

と言う動かない指標があり、それをちゃんと主張してくる。

わかりやすいと言えば、わかりやすいが、、

やはり、日本でのやりとりに慣れている僕は少し傷付くというか、面倒に感じてしまった。

 

こんな経験をさせてくれた彼女に今では感謝しているが、正直当時は、

(直前にいきなり連絡してきて、

 結局 行かんのかーい!?)

と かなりカチンと来ていた事は事実である 笑

僕の心は、先程雨が降ったばかりの悶々としたバンコクの曇り空と同じくモヤモヤとしていた。

 

そんな、僕の心を晴れやかに晴らしてくれたものがあった。

それが、チャオプラヤー川 であった。

この大きな川の茶色い水は、そんな僕の下らないモヤモヤなど意に介さずに、雄大に大きく早く流れていた。

 

何故僕がこの川に来たかと言うと、カリプソショーの劇場のある「アジアティーク」 と呼ばれる一角に行くには、この川を南下する、水上バスが一番便利だと聞いていたからである。

(チケットを売ってくれたツアー会社の

 オーナーさんが、行き方を紙付きで、

 丁寧にレクチャーしてくれていた。)

アジアティーク とは、色々な商業施設や、お店が集合している、日本で言うと、アウトレットモールほどの規模の商業施設で、チャオプラヤー川に面した、東京の「お台場」の様な場所なのである。

買い物してよし、デートしてよし、イベント行ってよし!!

と言う、凄い場所らしいのだ!!

 

そして川下りのイベントを楽しみながら行くのが、タクシーや 電車で行くよりも、一番安価で早いのである。

エマさんとの交渉が難航した事により、結構時間が押していた僕は、早歩きで 路地を歩いていた。Googleマップ先生でチェックしておいた船着場は、細い生活道路の先にあるらしい。。

低い建物達を通り過ぎた僕は、思わず声を漏らした。

そう!そこには、とてつもないデカさの川が流れていたのだ。波打つ川面は、雲間からの夕陽に照らされ、キラキラと光っている。

船着場であろうここは、あまり広くは無い。

そこでは、数人が船を待っていた。

 

僕は何かワクワクしてきた。

船着場の横にはお洒落なカフェがあり、皆テラス席で川を見ながらコーヒーやビールを飲んでいる。

やがて向こうから船がやってきた。

一階建ての遊覧船といった感じの船である。

小さめの屋形船とでも言った方が 分かり易いかもしれない。

それに皆と乗り込むと、合図なのか、船頭らしき男性が、指笛を吹く。

 「 ピュゥーーイ ♪♪ !!

という気持ちのいい音の後、船はチャオプラヤー川へと漕ぎ出した。

船と水面は近く、窓際の席だと、ピチャピチャと飛沫がかかる。手を伸ばせば、川の水にも触れられる。そして、なんかこの川は チャップン チャップンしている。そう思う。

 

夕闇の迫る中、夕陽に照らされたこのクルーズは最高であった。

この船は、大きく蛇行しながら川を降っていく。つまり、川の向こう岸に斜めに渡りながら、またこちら岸へと、川を斜めに横切りながら、各船着場を経由していくのだ。

まさに「バンコクの渡し」である。

乗り込んで皆、思い思いの席に座っていると、新しく乗った人間をめざとく見つける、会計専門の人が来て、その人に料金を支払う。

船内で会計する、車掌ならぬ、船掌システムだ。

 

途中 暁の寺」 とも言われる

「ワット・アルン」の目の前の船着場にも着いた。残念ながら、工事中で、覆われていて見られなかった。

夕陽に照らされた「ワット・アルン」を楽しみにしていたのだが、残念だった。

また岸を離れる時には、例の船頭の " 指笛 " が響き渡り、いっそうこの景色を際立たせていた。

 

夕闇の迫るバンコクを船は、川に揺られながら、南下していく。エンジンがかなり強いのか、川の流れに負けずにどんどん進んでいく。

途中で思った事は、水面の高さが市街地より、少し下がっているだけ。。と言う事である。

日本の多摩川のように、土手があり、水を逃がせる高さも、堤防も無いようにみえる。

ちょっと大雨が降ったら、この川をはすぐに氾濫してしまうのではないだろうか?

僕はそんな事を考えていた。

それくらいチャプチャプしている水の高さと、すぐ隣の陸地の高さが、この大都市はあまり変わらない。。そして、水のすぐ横が民家なのである。

 

カンボジアプノンペンメコン川は、かなり余裕を持った土手の、遥か下を川が流れていたし、ベトナムハノイや、ホーチミンの都市の川も、きちんと整備されていたのだが…

僕は見るからに危なかっしそうなバンコクの川と街を、勝手に心配していた。

 

そしてそんな事を考えている僕を乗せた船は、川を渡ったり、戻ったりと何駅かを経由していく。

船はあっさりと着岸する。よく考えると物凄い操船技術である。

そして、その度に人が降り、乗り、指笛が響き渡る。

今時、指笛で合図を送ると言うシステムが、本当に凄い。この仕事に着くには 指笛の技能が必須に違いない。

きっと求人票には、要 運転免許では無く、

※ 要 指笛技能  とでも書かれているのだろう 笑

 

ツアー会社から貰っていた、イラスト付き、説明付きの地図はとてもわかり易く、

「この橋を越えたら降りる駅です。」

と丁寧に説明されている。

その大きな橋の下を通り過ぎ、僕はその船着場で降りた。

ほとんどの乗客もここで一緒に降りる。

どうやら皆行く場所は同じ様だ。

 

降りた駅には、何故かそこそこ大きな涅槃している黄金の仏像があった。

ここから先は、アジアティーク行き専用の、無料の水上シャトルバスに乗り換えるらしい。

お陰で 船代はここまでしかかからないので、かなり安くアジアンティークに行ける計算になる。

そして、水上バスのハシゴである。なかなか出来る体験ではない。

先程の船より遊覧船感が強い、お洒落な船である。こちらの船でドンブラコと川を少し下ると、正式名称である

「アジアティーク ザ リバーフロント」の名に恥じぬ、船着場に着いた。

もう船がついた先からお洒落な感じのお台場である。すぐそこは広場になっていて、皆お洒落に憩っている。

思ったより上手く乗り継げた僕は、時間に多少の余裕があったが、油断は禁物である。

手元の引き換えチケットを劇場チケット売り場で引き換えるまでは油断はできない。

 

僕はゆったりする人たちを尻目に、結局小走りで移動をしなければならなくなった僕は、

カリプソショー」を上演する劇場へと、一目散に向かっていたのだった。

 

つづく。

 


f:id:matatabihaiyuu:20220624175913j:image

チャオプラヤー川の川下り 動画 

https://m.youtube.com/shorts/s0tBmEUKihc

 

チャオプラヤー川の夕陽と船頭の指笛

https://m.youtube.com/shorts/94zx-MxZDKI

 

f:id:matatabihaiyuu:20220725133807j:image

バンコクの渡し 船乗り場


f:id:matatabihaiyuu:20220624175802j:image

↑ 工事中の 暁の寺「ワット・アノン」


f:id:matatabihaiyuu:20220624175817j:image
f:id:matatabihaiyuu:20220624175656j:image

↑ 夕闇とチャオプラヤー

 

 

次話

azumamasami.hatenablog.com