第145話
世にも奇妙な寝台車
フアランポーン駅に早めに着いた僕は、時間を潰す為に、駅近くの小さな飲み屋に入っていた。
駅にすぐ戻れる小さなお店で、僕は寝つきを良くする為に、アルコールを体内に入れる事にしていた。
正にこれから僕は「深夜特急」に乗るわけだ。
小説の本来の意味とは違うのだが、勝手に興奮してしまい、それを鎮める意味でもビールが飲みたかった。
店先のテラスに陣取り、ビールを飲んでいると、隣の白人の若者3人組がやけに盛り上がっていた。座る時に「ハロー。」と挨拶しておいたのが良かったのか、
彼らは「一緒に飲まないか?」と誘ってきた。
彼らはアメリカから来た旅人で、
デイブ、ディラン、ネイトとこれまたアメリカ人だなぁという名前であった。
彼らは頼んだツマミを、僕にも分けてくれたので、僕も2品頼んで、シェアする事にした。
デイブは熊の様な大男だが、彼の目は優しい。
ディランは陽気な男で、瓶ビール片手によく笑う。
そしてキャップを被り、顎鬚を生やしたネイトはクールで無口だ。
彼らはとても仲が良く、楽しそうだ。
この3人で、しばらく旅をしているらしい。
そして話の流れで、
「これからどこに行くのか?」とディランに聞かれたので、
「チェンマイに寝台で行く」と言うと、
なんと彼らも寝台でチェンマイに行くという。
あまりの奇遇さにデイブが喜び
「それは良いな!席を変更して、
俺たちの近くに来なよ!」
と言ってくれたので、
(それは良いアイデアだ。)と思った。
なにせ外国での初めての寝台旅である。車内には盗人もいると聞くし、知り合いといた方が心強い。
そこで僕らは、自分たちの席を確認する為に、お互いチケットを見せ合った。
だがそこにあったのは、悲しい事実であった。実はチェンマイ行きの寝台列車は、一晩に3台程が出るのだ。
僕の乗る列車のかなり後の、22時発の寝台に彼らは乗ると言う。。流石に僕は、19時あたりに出る、自分の電車に乗りたかった。
話していて、やけに気のあった大男のデイブが
「列車も変えれば良いじゃないか?
なぁマサミ、急ぐ旅でもないんだろ?」
と旅人には、真っ当な正論を言ってくれたが、彼には悪いが、やはり22時まで飲んで列車を待つのは億劫だった。なので、残念だがその申し出を断った。
「" 寝台車付きの電車 " が、昼から走っている」
というほうが、イメージに合う。
何故なら、普通座席の2等や、3等席も一緒に連結して走っているからである。
(これはベトナム統一鉄道も
同じシステムである。)
そんな僕は発車時間のギリギリの、10分前まで粘って飲んだ。彼らがとても良い奴らで楽しかったからである。
最後に支払いをしようとしたところ、それまで無口だったネイトが口を開いた。
「マサミ、いい、ここは俺らが出すよ。
せっかく会えたんだし、楽しかったからね」
と言ってくれたが、
「流石にそれは悪いよ、俺も楽しかったから
割り勘にしよう。」
と断ろうとすると、今度はディランが
「いや、俺たちは同じチェンマイにいくだろ?
またチェンマイで会うだろうから、
その時にはマサミが出してくれたら良いさ」
と、こともなげに言ってきた。
僕は彼らの気遣いに、心の底から温かい気持ちになった。
最後に大男のデイブが
「だからマサミも一緒の電車で行くんだ〜!」
と笑いながら冗談で羽交締めにしてきた事も、最高に嬉しかった。
僕は笑顔でお礼を言って、もう一度彼らの顔を見た。バンコクの最後に、最高の出会いであった。そして、
(この気持ちのいいアメリカ人達の顔を
俺は決して忘れまい!)
僕は心に焼きつけた。
急ぎながらも、駅には3分ほどで着く。
ギリギリな時間なのに、勝負師の僕はすぐに駅には向かわずに、コンビニに入った。
そして全速力でビールと、ツマミを買った。
走って駅にたどり着き、時計を見るとまだ5分前である。
(さすが俺! 間に合う男だね。)と先程の飲み会もあり、僕はいい気持ちなっていた。
出発ホームは、バンコク駅についてすぐ、前もって確かめておいたので、車両を見つけ、駅員をがいたので、僕の乗る車両を聞いてみた。
駅員さんはチケットを確認し、僕が外国人なのをみて、わざわざ席まで案内してくれた。
(やはりタイの人は優しいなぁ。。)とニコニコしていると、車内で指定された場所は、向かい合った2人掛けのボックスシートだった。。
訳がわからなかったが、彼に促されてとりあえず座ってみた。席の前に、向かい合ってもう1席ある。ボックスシートだ。
明らかにベッドではない。。
「え? えと、寝台。。寝台ってナンだっけ?
えーと、アイ バイ ザ スリーピングシート。
あ、あ〜、アイ ニード ベッド。オーケー?」
と焦って聞くと、彼は全く動じずに、
「ここです。間違い無いので大丈夫ですよ。
あなたはここで眠れます。安心して。」
と笑顔で言い残し、ホームに戻って行ってしまった。
……。 え? ええ? いや、、席。。
あ、ああれ? ぼくのベッド… どこ?
「狐につままれる」とは正にこの事である。
この諺の意味を、僕は初めて身体で理解した。
そして、キョトンとして、アホの子の様に泣きそうな顔で呆けていた。
だが、いつまでも「つままれている」訳にはいかない。僕は意識を取り戻し、考えた。
つままれたと言うことは、つまんだ悪い狐がいるはずだ。だが、さすがにツアー会社の店長さんがそんな事をするはずはないし。。だとすると、単純に席を間違えて取った??
いや、、? そんな単純なミスをするだろうか?
それに彼とは、
「2段ベッドなので、ベッドは絶対に、
下のベッドにした方がいいですよ。
そんなに値段も違わないので。」
と言うやりとりもしてたはずだ!
まちがえるはずが無い!!
と言う事は、案内された席が間違えている??
だが、壁に書いてある席の番号は、僕のチケットの番号と一緒である。。
そして拙いとはいえ、さっきの僕の
「寝台に乗りたいんだ!」という英語は、駅員さんにとちゃんと伝わったはずだ。
(一体どういう手違いなのだろう??)
僕は周りを見回してキョロキョロしていたが、斜め後ろの若い女性は、外国人が苦手なのか、僕と目が合うと怖そうに目を逸らすので、理由を聞く事も出来そうになかった。
しばらくすると、車掌さんが来た。
天の助け!とばかりに今度は彼に聞いてみた。
改めて「寝台席」のチケットをもっている事を一から話した。そして、
「僕はベッドタイプだと思っていたんですが、
このボックス席は足を伸ばして寝るタイプの、
そういう… " 3等寝台?" なんですか。」と聞いてみた。
すると彼は笑いながら、丁寧に説明してくれた。
そしてそれは、衝撃の事実だった!
20時を過ぎたあたりで、ベットメイキングをするので、それまではボックスシートだと言うのだ。
僕は理解が追いつかず、
「え、ええ? あの、、これがベッドになるの?
本当に? どう言う事? なのですか。。」
と聞くと、
「ここは寝台車で間違いなく、
とにかくベッドで寝れるので、
安心して待ちなさい。」
と優しく諭された。
僕はまだ半信半疑だったが、彼の笑顔と言葉を信じる事にし、とにかく席に座り待つ事にした。
ウキウキしていた気分は無くなり。僕は神妙に席に座って待っていた。
やがて列車は出発時刻通りに動き出し、夜のバンコクへと滑り出していった。
僕は自分を落ち着ける為に、とりあえずチャンビールを開け、車窓を眺めながら暗闇の中に、まだ見ぬベッドを想像していた。
つづく
↑ 僕が乗った「深夜特急」
↑ 後ろの席と同じで、僕の席も
2席のボックスシートだ😅
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