第147話
チェンマイの朝
色々とあったが、無事ベッドで就寝出来た僕は、ホッとして眠りについていた。
車掌さんが言った通り、午後8時を過ぎるとポロシャツの制服を着た、ベッドメイキングスタッフがやってきた。
車両後部から入ってきた彼は早速、一番後ろのボックス席の前に立ち、作業を開始した。椅子の足元をいじったかと思うと、その椅子を「カキキキキ」と音を立てて滑らせた。
椅子を倒すのではなく、斜めに滑らせたのである。
そして背もたれをバタンと完全に後ろに倒しながら、お尻を置いていた部分は前にスライドする。
そうする事で、さっきまで足を置いていたスペースが埋まる。
同じことを向かいの椅子にもすると、摩訶不思議、そこにはフラットなベッドが出来上がっていた。
そして一番驚いたのが、ボックス席の上部の壁が、カパリと開いたことだ。
実は窓の上の壁には、何やら丸みを帯びたでっぱりがあり
(なんだろう?
ずいぶん不思議なつくりだな。。)
と思っていた部分だ。
飛行機の荷物入れの様になっているその部分は、横幅も広く、開けると横開きのカプセルになっていた。その中には白いシーツやベッドマットが入っていた。
どうやらこのスペースが、2段ベッドの2段目であり、ベットメイキング用の寝具もここに収納されているらしい。
彼はそこからベッドマットを取り出し、さっきまで椅子であったが、今は簡易ベッドになっている所へと敷いた。
そして手際良くシーツを張り、枕を置き、布団を置いた。
あとは上のカプセルベッドをキチンとメイキングして、見事に2段ベッドを完成させてしまった。
車両の後ろから、一つづつ、この作業をしてまわってくれるらしく。
彼は今度は向かいの席を、同じくベッドメイキングし始めた。
やがて僕の場所まで来た彼は、僕のベッドも作ってくれた。
カーテンまでつけてくれたお陰で、プライバシーまで守れる。
お礼を言って、早速中に入ってみると、ベッドは意外と広い。
一人用の椅子の割には幅が広かったので、ずらしてベッドとなった今、横幅も結構あるのでありがたい。
カーテン越しに車内を覗いてみると、すべての座席がベッドとなり、カーテンで仕切られたこの車両は間違いなく寝台車となっていた。
先程までの風景とは全く違う車両を見て、僕は思わずため息をついていた。
(すごすぎるトランスフォームだ。。)と。
照明さえも落とされた車室は、まさに寝るための車両である。(本当に助かる 笑)
そして、僕は窓から暗闇を見ている間に、いつの間にか寝てしまっていた。
盗まれない様に、バックパックをベッド内に置いていたので、流石に狭くなり、寝返りはうてなかった。。
そのせいで、途中で何度か目を覚ましたが、その度にバッグをずらして無理矢理寝返りを打ち、僕は翌朝、意外とスッキリと起きれていた。
窓のカーテンから漏れる、タイの朝日で目覚めた僕は、伸びを一つし、バッグの無事を確かめた。
そこから缶コーヒーを出して、それを飲みながら、窓から見えるタイの田園風景を眺めていた。
そう、一夜にしてあの大都会バンコクから、列車は田舎に移動していたのだ。
車内が騒がしいので、カーテンの隙間から廊下を覗くと、皆カーテンを開けて活動的になっている。
早朝だというのに、車内はかなりざわざわしている。
ベットから廊下に腰掛けて、寛いでいる人もいれば、僕の様に個室のままゆったりする人もいる。車内は活気に満ちていた。
朝食を食べている人も多い。僕も何か食べようと思い、昨日買っておいたサンドイッチを取り出して頬張った。
缶コーヒーと、サンドイッチ片手に見る田園風景は、最高のモーニングタイムだ。
本当にゆったりとした朝食を取れた。
昨日、頑張ってコンビニに行っておいて良かった。
車窓を見ていると、バンコクでの色々な事が思い出される。
内容が濃過ぎて、1ヶ月程いる様な気になっていたが、よく考えたら、タイに来てまだ一週間程しかたっていなかった。
そして、これから行くまだ見ぬチェンマイ。
一体どんな場所なのだろう??
情報と言えば、店長さんから聞いたチェンマイのイメージだけだ。「行けばわかるさ」と、僕は全くチェンマイについて調べていない。
結構、ワクワクと少しのドキドキが止まらない。今、遠足に行く前日の小学生の様な高揚感が、僕の体を支配している。
この歳では、なかなか味わえない感覚である。
そして列車はそんな僕を乗せて順調に走り、ほぼ定刻の8時半過ぎに、終点のチェンマイ駅に到着した。
駅のホームに電車が止まると僕は
「よし! 行こう!!」とわざわざ声を出し、バックパックを肩に背負い、気合充分で列車から降りた。
ホームに降りてみると、この列車には、タイの方とバックパッカーが半々くらいいた。
大きな駅は、何本もホームがあり、僕は人の流れについて、改札を目指した。
やがて駅から無事に出た僕は、駅舎を振り返って見た。なにか味わいのある、貫禄を感じさせる立派な駅舎だった。
バックパッカー達は、チェンマイに来慣れているのか、迷いなく駅から離れて行く。。
見たことのない、霊柩車?の様な形の車に乗って去って行く旅人もいれば、歩いて離れる人も何組かいた。
彼らが歩いて行くところを見ると、どうやら徒歩でも安宿のある街まで行ける様だ。
僕は「登山に行くのかな?」という程の大きなリュックを背負った白人のカップルに、バレない様について行く事にした。
ある程度距離をとり、怪しまれない様について行く。
もはや尾行であるが、土地勘のない僕はとりあえずこうするしか方法がない。
何しろ今回は、行き当たりばったりで、珍しく宿さえとっていない。
きっとタイの風に吹かれている間に、僕の父方に流れるらしい沖縄の血が騒ぎ出し「マイペンライ」ならぬ「なんくるないさぁ〜」が発動していたのだろう。
ところがである。。
ここで予想外のことが起きた。
僕の尾行に感付いたのか?
それともお腹が空いたのか?
彼らは通りにあるカフェに入ってしまった。
…僕を一瞥もしなかったところを見ると、どうやら朝食をとりに入っただけの様だった。
店内の彼らは笑顔で店員に挨拶をしている。
どうやら、常連なのか、知り合いの様だ。
さすがにこの店の中まで尾行を続けたら、ちょっと異常者だな。。という不思議な気持ちになり、僕はこの大通りをまっすぐ行けば、何かがあるさ! とばかりに歩き出した。
しかし、しばらく歩いた後、僕は暑さに負けたのと、気になる素敵なカフェを見つけてしまい、モーニングついでにカフェに入ってしまった。
空色の外観で、爽やかな水色と白の綺麗な外観である。
Wi-Fiがないと何も出来ない情報弱者の僕は、モーニングとアイスコーヒーを頼み、早速Wi-Fiを接続させて貰った。
(ワンプレートの色々乗った美味しそうな一皿と
アイスコーヒーのセットで350円程だった)
ここの女性主人は、30歳くらいの親切な人で、色々と話をしてくれた。
宿を探さなきゃいけないと言うと、
「自分の知り合いのとても良いホテルがあるわ」
と紹介してくれた。確かに綺麗な、良さそうなホテルだったが、値段が2000円以上したので、
「もう少し自分で探してみます。」と断った。
さてである。宿探しサイトでいつものように探してみると、綺麗な良さそうな宿が見つかった。セルフでパンなどを朝食に食べて良く、ドミトリーだが、ベッドも木製のしっかりしたカーテン付きだ。
何より950円と言う値段が魅力的だった。
僕はさらにしばらくチェンマイのことを調べ、女性店主にお礼を言ってから、カフェを出た。
見つけた宿は、地図ではお堀のような囲いの中にある。さっき調べたところによると「旧市街」と呼ばれる場所らしい。
Googleマップ先生によると、歩くと40分程かかるらしい。
カフェの店長さんに
「結構歩くから、タクシーに乗った方がいい」
と言われたが、初めてのチェンマイである。
街並みを眺めながら歩きたかった僕は、ゆったりと進む事にした。
僕はリュックを、きちんと背負い直し、まだ見ぬチェンマイの街へと歩き出した。
続く
↑ 風情のあるチェンマイ駅
↑ ホームで気合を入れる僕
↑ 寝台列車のトイレ。
穴は大地に繋がっている。
そう。。全てはそのまま大地に還るのだ。
次話