第152話
タイに住む日本人
相変わらずの、高額なデポジット料金は人質に取られるが、自転車自体は一日借りても、ここチェンマイは大した値段ではなかった。
ママチャリよりかなり良い、クロスバイクを借りる事にした。
自転車を装備した僕は、街を散策していた。
新市街のほうまで行ってみようと、軽快に漕ぎ出した。
やはりいい自転車は、全然推進力と楽さが違う。
僕は鼻歌交じりでそんなに混んでいない道を気持ちよく走っていた。
新市街に着くと、鎌倉の小町通りの様に、左右に小さな商店が並んでいる通りがあった。
自転車から降りて、徒歩で回ってみる。
お土産の衣料品店や、パワーストーンのお店などがひしめき合っている。
衣料品店では、雑多に色々と服とサンダルを売っていた。
パワーストーン屋さんでは、色々と話が聞けた。バンコクで出会った、宝石商のインド人が暗躍している様に、ここタイは、宝石や、パワーストーンなどの、天然石の名産地らしいのだ。
この店で扱っているものも、店主自身がタイ各地で集めてきたものだと、占い師の様な雰囲気の、ふくよかな40代の女性店主が、丁寧に説明してくれた。
彼女に僕の腕の守り石を見せると、
「この石には力があるから、
旅の間、大事にしなさい。」
とアドバイスをしてくれた。
そして、この健全な通りに似つかわしく無いお店もある。
ここチェンマイにも、怪しいお店はちゃんとあるらしい。
お店の外のベンチで5人ほどがセクシーな格好をして、目が合うと可愛らしく手を振ってくる。。楽しそうだが、ちと怖い 笑
僕は手をふり返して、笑顔でスルーした。
すると彼女らは、
「アイツ手を振ったのにスルーしたわ!
日本人(皆スケベ)に見えるのに!」
といわんばかりに爆笑していた。
チェンマイは色々とのんびりしていて楽しそうである。さらに歩くと、市場の様な、屋根付きの吹き抜けの大きな一角にでた。
覗いてみると、どうやらここは平屋建ての中に、色々な「夜のお店」が密集している場所の様だ。
まだ戦闘態勢に入っていない、化粧をしていないレディーボーイの方々が、開店準備をしている。
チェンマイクオリティなのか… かなり強そうな。。何というか、あまりバンコクでは見なかった迫力のある方達が多かった。
きっとどの国でも、大都会に行くと、皆洗練されていくのだろう。
通りにある、こじんりとしたお洒落な服屋に入ると、色々なTシャツを売っていた。
そして、僕はなんと!
「セイムセイムTシャツ」を見つけてしまった。
胸の真ん中に燦然と「SAME SAME」とかいてある。
僕の持っている「カンボジア ウォーター」Tシャツに匹敵するダサさだ!!
バンコクで中条に教えてもらっていた、
「マイペンライ」に匹敵する。
いい加減なタイ英語
「セイムセイム」である!!
僕が感動してしばらくそのTシャツたちを眺めていると、小さなレジに座っていた若いヒップホップ系の格好をした、タイ人店主が話しかけてきた。
「どうですか?これ? 人気なんですよ」
にこやかに聞いてくる彼に僕は、心が沸き立つのを感じた。
そして(今しかない!!)と思い、満を辞して彼に聞いてみた。
「こ、このTシャツですけど…
これ、Mサイズですか?
あ、あっちは Lですか?」
「セイムセイム!(おなじ 同じ!)」
と言ってもらえるはずだった。。
だが返ってきたのは、
「ああ、あちらがLLで、こっちはMっすね。」
と言う、全く期待外れな答えだった。
………話が違うぞ、中条。。
僕は急にしゅんとなって、そのTシャツをながめて、
「あぁ、、そうなんですかぁ。。」
と頷いていた。そのあまりの落ち込み様に、彼は気にして、「え… どうしました…?」と聞いてきた。
「あ、いや… せ、セイムセイムって、、
言わないんですね。。」
と言うと、「ああ!」と言ってから彼は笑いながら説明してくれた。
彼に話を聞くと、市場とか、個人経営でTシャツを雑多に平積みしてる様な店舗では、そう言うことも多々あるらしいが、きちんとしたお店では、流石に「セイムセイム」は言わないらしい。
「いや、一応ちゃんとサイズを
お客様に伝えないと…」
と言われて、当たり前のことを言っているのは彼の方だと深く納得した。
そして、せっかくこのTシャツ売るんだったら、このTシャツの事を聞かれた時だけ、
「セイムセイム」を発動したらどうか?
と提案した所、彼は爆笑し「たしかに!」と頷いてくれた。
その後打ち解けた僕らは、少し世間話をした。
そして別れ際に、最後に僕が、
「このTシャツ、僕が着るなら
赤が似合う? それともグレー?」
聞くと彼がすかさず、
「セイムセイム!」
言ってくれたとか、言わなかったとか。
そんな僕はさらに新市街を進んでいく。
平家の、色々なお店の入っているマーケットなども冷やかし、色々回る。
バンコクほど賑わってはいないが、チェンマイらしさと言うか、何か味わいがある所ばかりだ。
さらにそこを抜けてしばらく何も考えずに走っていくと、小道に出て、そこに日本語のお店を見つけた。
よく見ると小さなオフィスで、日本語でツアーを組んでくれるツアー会社だった。
表には椅子と丸テーブルが置いてあり、日本人らしきおじさん二人がお茶をしていた。
自転車を止めてお店に近付くと、おじさん達が話しかけてきてくれた。
一人は、どこかの小さな会社の係長といった感じの気の良さそうな白髪のおじさんで、もう一人は、ちょいワル親父という感じのファッションで、長渕剛さんを好きそうな感じのおっちゃんだった。
話を聞くと、係長ぽい方がこのツアー会社の社長さんで、ヤンチャそうなおっちゃんは近くに住んでいて、よくお茶しに来てる。と言う事だった。
ヤンチャのおっちゃんは、大阪の人で、やっさんといい、関西弁に親近感を感じる僕と、自然と仲良くなった。
彼にご飯を食べに行こうと誘われた。
安くていいお店があるらしい。
そこはツアー会社から、三軒となりの地元の安食堂で、やっさんは常連らしく、店主と挨拶していた。メニューはお任せすると言うと、僕の分も注文してくれた。
「骨つきの焼き鳥と、ライスのセットが
安くて美味しんですわ!
きっと東さん、びっくりしはりますよ!」
と相変わらずの関西弁であるが、期待大である。大阪人の食に対する感覚の鋭さは、僕も子供の頃からよく知っている 笑
運ばれて来た鳥は炭で焼かれた照り焼き風なチキンで、細身だが三本きた。
ライスは餅米で、これまた鳥との相性抜群だ!
そしてその前に、僕らはビールで乾杯していた。僕が酒飲みだと言うと、やっさんは大喜びで、
「ほな飲みましょか!」
昼からビールとなった。
お互いのグラスに、瓶ビールでお酌をしながらの日本スタイルだ 笑
やっさんは、若く見えるが68歳だと言う。
60で仕事を退職し、今は年金暮らしだという。
そして、ルームシェアをしているらしい。
ここチェンマイは、一軒家でも、1ヶ月の家賃は4万位だが、友達の年上の日本人と一緒に住んでいるので、家賃は折半していて、二万円だそうだ。
年金暮らしになる少し前に、タイに移り住んで、もう7年になると言う。
一緒に住んでいる年上の友人は、一昨年大病を患い、その後回復されたが、何となく、それ以来関係がうまくいかなくなり、喧嘩がふえ、最近は口を聞かないらしい。
そんな不思議な関係を、彼は包み隠さず色々と話してくれた。
きっと、同居人と話さなくなり、あまり人と話す機会がない様だ。
まるで熱に浮かされた様に彼は、関西弁で色んなことを矢継ぎ早に話してくれた。
ベトナムのハノイで、上田に「聞き上手認定」されていた僕もまた、彼の話を、うんうんと聞いていた。
僕は、そんな、色々な事情を陽気に話してくれる彼から、何か一種の寂しさを感じていた。。
「物価の低い外国で 悠々自適の 楽しい生活」
そんな夢の様な謳い文句のすぐ側にある、何か深い悲しみというか、淋しさを何となく感じていたのだ。
彼と一通り飲んで会計となったが、彼はキッチリと会計を分けて、ビールも本数で値段を割っていた。
僕は別に人それぞれなので、普段会計の際にどういった形になろうと、相手に合わせるだけなのだが…
昨日の金井さんの粋な計らいもあったせいだろうか…?
僕は彼の行動を少し、意地汚く感じてしまっていた。 そして… そんな自分も嫌だった。
それは別に、彼の行動そのものというよりは、会計の際に急に、別人の様にトーンダウンし、キッチリと1バーツ単位で自分の分を計算して、
「悪いんやけど、
キッチリ割って会計なんやけど…」
何か悪い事をしている様に、彼が急に歯切れ悪く言って来た事が、大いに関係していた。
別に僕は最初から払うつもりだったし、いい店に連れて来てくれた彼に、なんなら多めに払ったって構わないのだが。。
彼の生活の慎ましさというか、働かずに余生をタイで生活することの、大変さというものを、身に沁みて、彼から感じさせられてしまった事による、一種の淋しさだったのかもしれない。。
さっきまでのやっさんとは別人の様な彼をみて、少し悲しくなったのかもしれない。。
やがてツアー会社に自転車を取りに行った僕に彼は、
「ええと… もう帰ってまうんか?
なぁ、もう少しお話せぇへん??
あ、コーヒー飲もか??
コーヒーなら一杯おごったるで。」
と、きっと彼に出来る精一杯の親切をしてくれると言ってくれたが、彼にコーヒーを奢らせるのも、既に悪いな。。と思っていたし。
それに僕は、先程の一件で気持ちが落ちていた。
そして、今日の元々の予定であった、
「ドイステープ寺院」へ向かう事に決めていた。
自転車は元々そのために借りたのだ。
結構長い坂の上にあるという、チェンマイで一番有名な寺院ということしか知らなかったが、
僕はそこに行く事にした。
意図せず酒が入ったので僕は、宿で仮眠し、アルコールを抜いた後、寺に向かう事に決めた。
やっさんにお礼を言い、淋しそうな彼をツアー会社に残して僕は、あえて、一度も後ろを振り返らずに走り去った。
彼の姿に僕は、この先もずっと旅を続けた先にある…
自分自身の行き着く先を、見てしまった様な気がしていたのだ。。
つづく
↑ ツアー会社から頂いたツアー内容
↑ セイムセイムTシャツ
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