第151話
グランマのお店
お腹の治療薬を手に入れた僕は早速、食堂を探していた。
「薬は食後に飲め」という事だったので、まずは食事である。
安くてうまそうな地元の安食堂が理想だ。
そして何より、ビールも安いに越したことはない 笑
宿の近くのこじんまりとした、縦長のレストランが連なる建物群をのぞいてみると、地元のタイ人で混みあっている一つが気になった。メニューを見ようとお店の前に立つと、ちょうど中から白のエプロンを付け、これまた白い帽子を被った、料理人ぽい、50歳くらいの元気な、小さなおばさんが出てきた。
彼女は僕を見るなり
「お兄さん、よっていきなよ。 おいしいよ!」
と最高の笑顔で言ってくれた。
メニューを見たところ、確かに安いし、お店の感じも僕好みだ。
少し考えた後、僕はおばさんに、
「ちょっと回ってみて、また来るね。」
といって笑顔でお礼を言ってお店を離れたが、
「はいよ、まってるよ!」と自信満々な笑顔で、奥に戻っていったおばさんの姿がやけに頭に残った。
その後やはり、色々とお店を見て廻った僕だが、最初に声をかけてくれた、元気なおばさんの食堂に戻ることにしていた。
実は最初に声をかけてもらったときに
(他も見て、良い店が見つからなかったら、
あの店に戻って食べよう。キープ キープ。)
少し失礼だが、そんな事を思っていた。
が、まるでそんな事など考え無かったかの様な体で、僕は厚かましくこの店に戻ってきていた。
何事も無かったかの様に、元気におばさんに
「戻ってきたよー 笑」と声をかけた。
「ほらね、だから言ったじゃない!」とばかりにおばさんは笑顔で席に案内してくれた。
店内は少し薄暗いが、東南アジアにありがちな縦長であり、日陰の為、外より遥かに涼しい。
僕はチェンマイ到着へのお祝いを兼ねて、ビールも飲む事にした(祝いは昨日もしたはずだが 笑)
明るいうちからお酒を飲むのに、
わざわざ理由をつけないと飲めないのは
本当に駄目な、吞んべぇあるあるである。
僕は150円と安い、ポークステーキなるものと、90円ほどのツマミを1品頼んだ。
先に、奥のキッチンの入り口付近にあった透明な、小さなクーラーボックスから、大瓶のチャンビールとグラスがやってきた。よく冷えている。
「ヨシヨシ、当たりですよ〜!」
と冷たいビールとグラスに、勝手にまた先進国認定をした僕は、早速注いで喉を潤した。
うんまぁあ〜〜〜!!
キンキンに冷えてやがりやがるヨォおお!!
あ、悪魔的すぎルゥぅう!!!
ビールを一気に飲んだ僕は、全然似ていない藤原竜也になりきって、そう唸っていた。
やがて、ポークステーキが来た。
それは150円とは思えないほど立派で、三角形の美味しそうなガーリックパンも2つも付いてきた。
豪華なブランチなりそうだとばかりに僕はそれらにかぶりついた。
ポークステーキは柔らかく美味い!
付け合わせのソースも、抜群だ!!
合間に頂くガーリックパンも、ソースと相性抜群で、美味すぎて僕は、心の中で海原雄山の様に、山岡士郎を怒鳴りつけていた。
「士郎ぉお!! お前のタイに対する考えなど
赤子の戯れ言ぉぉおお!! 片腹痛いわ!!」
「コラー!! やぁまぁおかぁあ!!」
富井ブチョーも大騒ぎだ!!
とにかく、この一皿から、タイ版の美味しんぼが始まってもおかしくないクオリティであった!!
僕はそれらをチャンビアーと共に胃に流し込む。。最高のひとときである。
きっと抗生物質は、思った以上に効くに違いない。
お腹の完治を予感しながら僕は、このお店の天才料理人のママを、勝手に「グランマ」と名付けていた。
お孫さんがいるかどうかなど知らないが、僕は彼女に尊敬の念を込めて、「クッキングパパ」にも対抗し、勝手にそう呼ぶ事にしていた。
渾名をつけるのが実は昔から得意な僕は、彼女を勝手に「クック グランマ」と認定していた。
失礼かもしれないので、本人に言う事は一生無いだろうが 笑
とにかくこのお店は大当たりである。
グランマの人柄がそのまま出た様なイイお店、美味しさである。
僕は腰を落ち着ける事にし、2杯目のチャンビアーを、ウェイターの29歳くらいの筋肉質な男性に頼む事にした。
すると、ウェイターをやっていたグランマの息子らしいその男性が、何やらキッチンのグランマと話している。戻ってきた彼に、
「ちょっと待ってもらえますか?
今買ってきますので待てますか?」
と言われた。。意外な申し出に、
(ええ?どこに、。)
と思いながら、
「あ、は、はい。待てます」
と言うと彼は、バーツ札を握り締めて店の外へ飛び出して行った。 その時である…
「彼は近くのコンビニに、
ビールを買いに行ったんだよ。」
いきなり後ろから日本語が聞こえてきて、僕はびっくりした。
振り返ると、後ろの席に60歳くらいの日本人男性がいた。
「に、日本の方ですか?」と聞くと
「はい、そうですよ。」とにこやかに答えてくれた。
よく見てみると、僕より先にお店にいた人で、彼もビールを飲んでいた。
彼は、金井さんという男性で、会社を定年退職した後、ゴルフ三昧で暮らしているという。
ゴルフ焼けで、松崎しげるさんくらい黒かったので、全く日本人に見えなかったので、自然と地元の人だと思い込み、僕はスルーしていたらしい。。
金井さんに聞く所によると、ここチェンマイは意外と沢山のゴルフ場があるのだと言う。良いコースも多いので、ゴルフをやりにタイに年に数回来ているらしい。
チェンマイに、海外にも人気のゴルフ場があると聞いて、僕は目から鱗だった。
ゆったりと話す人で、彼もビールを呑んでいる。彼が教えてくれた所によると、この店はそんなにお酒を飲む人は来ないらしい。
なので、ビールのストックは数本しか無く、売り切れると今の様に息子が一走り、コンビニでビールを仕入れ?に行くらしい。
「今日は僕も二本飲んでるし、
まぁ、こうなるよね 笑」
と笑いながら、教えてくれた。
この店は安くて美味しい、素晴らしいお店で、彼はチェンマイに来ると、必ずここに寄るらしいが、この店で日本人を見たのは僕が初めてらしい。
「この店は当たりですよ。
貴方はイイ嗅覚を持ってますね。」
と、一度店から離れて戻ってきた僕の一部始終を見ていた彼は、僕の食に対する、犬並みの嗅覚を褒めてくれた。
金井さんに、今一人旅をして近くのドミトリーに泊まっていると話すと、やはり年配の方にはドミトリーはキツいらしい。
「一回僕も、ドミトリーに挑戦してみたけど、
やっぱりこの歳だと居場所がなくてね 笑」
とそれ以来、シングルルームの宿にしか泊まっていないと言う。
まぁ、お金に余裕があるのであれば、年齢的にも、ホテルはゆったりとした良い宿に泊まった方が良いとは、僕でも思う。
だが60歳を過ぎて、一度はドミトリーに挑戦するという金井さんの開拓精神に、僕は非常に好感が持てた。
しばらくお話をしてから、金井さんは友人に会う約束があると言って、食堂を出て行った。
僕もその後少ししてから食堂を出た。
会計を頼むと、びっくりする事が起きていた。
「もう貰っている」とウェイターの息子さんに言われたのだ。
金井さんが、貧乏旅行者の僕の分まで、いつの間にか払っていてくれていたのだ。
僕は、たまたま会った日本人の久しぶりの優しさに触れ、心と身体が暖かくなるのを感じた。。
きっと抗生物質は、より効いてくれるに違いない。
僕はそう思い、温かい気持ちでコンビニに、薬を飲む為の水を買いに歩き出していた。
つづく。
↑ 地元のチェンマイっ子で賑わうグランマの店
そして、美味すぎるポークステーキ!
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