第150話
チェンマイでの生活が始まる。
クーラーの効いている宿はやはり快適だ。
その事は寝台車でも感じていた。
バンコクでクーラーの無い部屋にいた僕は、夜は涼しく寝れる様になっていたとはいえ、日中に部屋でのんびりしたくても、暑くていられないという少し悲しい事実に直面していた。
ここはドミトリーとは言え、休憩で宿に帰ってきても、涼しい部屋で仮眠もできるし、ゴロゴロも出来る。
そういう意味では、クーラーは大切である。
僕は二度と、エアーコンディション無しの宿に泊まるのをやめようと決心した。
昨日は、なんだかんだで寝台列車の疲れからか、僕は早めに寝てしまっていた。
その為、早く起きたので、早速街を散策することにした。
ベッドから這い出た僕が、一階へと降りていくと、何人かがモーニング用に用意された、パンやらカップラーメンをコーヒー片手に食べていた。
950円で軽食の朝食付きとは、本当にかなりお得な宿である!
ドミトリーのあるホステル宿には、こういった軽食サービスをやっている宿は実は結構ある。
長期旅行のバックパッカーには、一食浮くことが非常に重要なことなので、宿を選ぶ時の決め手の一つになるからだ。
だが僕は、旅とは「食事」でもあると思っているので、なるべくそういったモーニングは食べない様にしていた。
節約旅だが、せっかく色々な食を現地で楽しめるのに、日本でも食べられる様なパンで、朝からお腹を満たすのは、何か勿体ないと思っていた。
なのでこの旅の間は、普段から近くの安い食堂を探して、そこで朝食や、ブランチを食べる事にしていた。
地元の人しかいない様な安食堂を見つければ、百円程度で食べれる事も多いからである。
朝食は散歩の途中に取ることにして、宿の路地から通りへと、歩き出そうとした。
すると昨日から気になっていた、宿の隣のランドリー屋さんが目についた。丁度表に、30歳位の気の良さそうなタイ人女性が出てきた。
何気なく値段を聞いてみると、ここはこじんまりとしたお店ならではで、40バーツ(130円位)と格安だった!
今まで自分で、シャワールームで洗濯をしていた僕だが、この宿には物干場が無かったので、皆、自分のベッドに洗濯物を吊るしていた。
だが、洗濯物を吊るしたベッドで寝るのはあんまり気持ちの良いものではない。。
(130円なら全然アリだな。)
僕は昨日までに溜まっていた洗濯物を、お願いしてみることにした。
宿に戻り、せっかくなのでシャワーを浴び、今履いていたパンツやらTシャツ、今日まで使おうと決めていたタオルなども、ビニール袋に入れて、まとめてお願いした。
「何時ごろできますか?」と聞くと、笑顔で
「夕方には出来てます。」と言ってくれた。
何時までに取りにくればいいのかを聞くと、夜7時頃には店を閉めるので、それまでには取りに来て欲しい。との事だった。
僕は洗濯物をお願いし、そのまま散歩に出た。
郵便局の目の前の個人経営の文房具屋に入る。
日本から持ってきていた三色ボールペンの黒色が切れていて、替え芯がないか聞いてみようと思ったからだ。
丸眼鏡をかけた、細身の60歳くらいの短髪の店主は、観光客はあまり来ないのか、ジロリと僕に視線を送る。
子供の頃、家の近くにあった、地元の怖い文房具屋の店主を、ふと思い出した。
「サワディーカァップ」とタイ語で挨拶をすると、急にニコニコして、挨拶を返してくれた。
やはり、その国の挨拶は、その国の言語で、笑顔でするに限る。そうすると結構心を開いてくれる人が多いからである。
僕は早速日本のパイロットのボールペンを見せて、替え芯がないか聞いてみた。
彼はメガネに手を当てて、じっとみた後、ゆっくりと首を振った。
どうやら替え芯はない様だ。
しょうがないので僕は、気に入ったボールペンを一つ手に取り、それを買うことにした。
店主に渡すとニコニコして、紙に包んでくれた。
彼は多少英語が話せ、どこからきたのかを聞いてくれた。日本からだと言うと、喜んでいた。
ここチェンマイには、日本人は結構多いとも教えてくれた。
少し世間話をして、タイ語でお礼を言って、僕はお店を後にした。
地元の人と話して仲良くなると、一つ知っている人や店が増え、その街はひとつ自分の街になる。昨日まで全く縁のなかったチェンマイが、こうやって少しずつ、知っている自分の街になっていくのが、僕にはたまらなく楽しかった。
ただボールペンを買うだけの行為が、また一つ、旅の楽しさを教えてくれるから不思議だ。
さてと。。である。
今日僕は、角にある薬局に行く事にしていた。
ハノイでゆるりとやられていた腸の治療に行く事にしていたのである。
調子が悪ければ、本当は病院に行けばいいのだが。。
実は、高いお金を払って日本で契約した、旅行保険の指定の病院に行けば、無料で治療が受けられる。
どうせ時間は無限にあり「今日は病院に行く日」と決めて行動すればいいだけなのに、僕は何故か病院を避けていた。。
なにか病院に行くときは、ニッチモサッチモ行かなくなった時の最終手段の様に感じていたのだ。
今考えると、一体何のために高い保険に入ったのか? という話だし、別にこまめに病院に行ったって、先払いの保険から全て賄えるのにである。
今考えても、本当に不思議であるが、僕には、病院に行くという選択肢はなかった。
お腹の状態と「海外 腹痛」で色々調べた結果によると、どうやら僕の腹痛は、細菌性のものらしかった。
たぶんハノイで、腹痛が始まる前日の、ちょっと大丈夫かな? という衛生状態の怪しい安食堂で感染したのだと思う。
治療法は、放っておいても治らず、抗生物質を呑めば、数日で簡単に治ると書いてあった。
タイは売薬で病気を治す人が多いと書いてあったので、薬剤師のレベルも高いだろうと推理し、昨日見かけた薬局に行く事にした。
その薬局は、Googleマップ先生で、口コミの星を見ても、中々の評判の良さだった。
薬局には白衣を着た、色黒の男性と、色白の若い女性がいた。
僕は自分の「腹いたの症状が細菌性である」という英語の翻訳画面と
「抗生物質」という英語を見せた。
苦笑いする彼らに、一応どんな症状だと聞かれ、彼らに自分の腹痛の説明をした。
ジェスチャーとテキトーな英語で、伝わると信じて話す。
少し込み入ったやりとりにはなるが、会話は気合である。
「ノーマルタイム アイム オーケー
アイム ファイン ノットトラブル。
バット、アイ イート フーズ
リトル アフタータイム ノットグッド
アイ ニード トイレット。
ディス ペイン スターティッド、
ビフォアー テンデイズ。」
と知ってる英単語を並べ、ジェスチャーで一生懸命説明すると、僕のテキトーな英語に若い女性は笑い出し、30歳位の男性薬剤師は苦笑いをしていた。
特に「下痢」の説明の時に、単語がわからず、あってるのかどうかわからないが、
「マイ シット イズ ウォーター。
ライク ア ニアーウォーター」
などと言った時には、自分で言っていて
(テキトー過ぎるだろ? 俺の英語…)
と自分でも笑ってしまった。
彼は一つだけ
「ユー フィーヴァー??」
と熱があるかだけ聞いてきた。
「ノット ヒィーバー。ペイン オンリィ 。
アフター イートタイム オンリィ。」
そう答えると、しばらく待つ様に言ってくれ、奥から「抗生物質」らしい薬を持ってきてくれた。
「抗生物質」と言う英語だけは発音できる様に、ちゃんと調べていたので、聞いてみると、
「そうだ」と教えてくれた。
一日に飲む回数と、時間を教えてくれ
「食後に飲んでください」と会計をしてくれた。
薬代は、そんなに高くなかった。助かる。
僕は手を合わせ、例の如くタイ語でお礼を言うと、このふざけた患者が余程面白かったのか?
2人とも満面の笑顔で笑いながら、手を合わせてお礼を返してくれ、女の子は最後は笑顔で手を振ってくれた。
さてである。
早速この薬を飲むために、朝食を取る事にした。
" 早く飲めば、それだけ早く治るはずだ ! "
単純な僕はそう考え、近くの安そうな食堂を物色し始めた。
つづく
↑ 清潔なベッド下は鍵付きのロッカー
↑ モーニング用食材達
(実際はいつ食べても良い)
カップラーメンが美味しい。
次話