第144話
ボーイ ミーツ ガール
陽気なインド人による「世界運び屋育成計画」から解放された僕は、いったん宿に戻っていた。
意外とドキドキしていた僕は、宿に戻って一刻も早く日本人に会って安心し、あわよくば今の話を聞いてもらい、心を落ち着けたかった。
しかし皆出かけてしまったのか、クーラー付きの涼しい部屋にいるのか、共用スペースには人はいなかった。
僕が土足厳禁の一段上がった共用スペースの上で寛いでいると、初日のゴーゴーボーイガール(勝手に僕が名付けた)が、顔を出した。
彼女は一緒にいた二人が先に日本に帰ってしまったので、なんと無く手持ち無沙汰なようだった。
大箱の日本人宿にはありがちなのか、なんとなくマウントの取り合いがあるように思う。
明るくハキハキしている美人の彼女は、ゴーゴーボーイに来なかった、他の女子グループに馴染め無かったのか、ここ2日、一人でいることが多く、僕は少し気にかけていた。
「サワディーカァップ。お疲れ〜」
と少しおどけてタイ語で挨拶してみた。
「いや、私日本人だし。。サワディーカー!」
とノリツッコミの要領で挨拶を返してくれた彼女と話す。
僕は早速、先刻あった「運び屋の一件」を話してみた。すると彼女は目を輝かせて、
「ええ? いいじゃん! 凄くいい話だね!
え? 断ったの〜? もったいなく無い?」
と、とてもウブな反応をしてきた。
それを見た僕は、
(この娘、何回もタイに来てるのに、
全然擦れてないなぁ。。高校生みたい 笑)
ととても好感を持ってしまった。
僕は今後の彼女の為に「運び屋」になる事のリスクを、まるで海外旅行マイスターのように、一から十まで、その可能性を含めて色々と、まるで授業の様に、彼女に話した。
彼女は本当に感心した。という様な顔で、
「えー、そうなんだぁ。。
あっぶなぁ。私だったら引っ掛かってるかも〜
すぐそこの宿にいるんだよね。。
ありがとう。気をつけるぅ。」
ととても素直である。
初日に少し話した時から思っていたのだが、彼女は「ゴーゴーボーイで、男の裸が見たい!!」と豪快なことを発案する割には、
(何か繊細なところがありそうだなぁ。)と勝手にこっちが思っていたのだが、、落ち着いて話してみた彼女は、やはり気のいい、可愛らしい普通の女の子であった。
きっと、仕事が大手でキツイので、タイに来た時くらいはハメを外したいだけなのだろう。。
話は盛り上がって、僕のこれまでの旅の話をすると、彼女は目を輝かせて聞いてくれた。
特にベトナムのジャイアンこと、ティン君との件や、「零式 牙突」を発動した所為で、十数人のベトナム人に追いかけられたくだりは、涙を流して笑っていた。
「やばい! アヅマ君、るろうに 過ぎるわ〜!」
と大爆笑だ。
「俺の酒場刀(さかばとう)は、
切れ味が違うからね。」
と言うと、腹を抱えて「もうやめて〜 笑」と悶絶していた。
そんな彼女と楽しい時間を過ごしていると、いつのまにか1時間以上たっていた。
「はぁ〜、マジで笑った〜。
デトックスになりました〜 笑」
と言う彼女に僕も、実は、運び屋の件でドキドキしてたから、話せて気が楽になったよー。
と素直に言うと、彼女も喜んでくれていた。
ここで、「海外一人旅がなんで良いか?」という話を挟みたい。
心労や、心に澱が溜まると、海外に行きたくなる。それは、海外に行ってストレス解消!という事だけでは無い。
バックパッカーをしていると思うのだが、高級宿でリゾートしたり、パックツアーで安心安全。。と言うのではなく、身体一つで人にまみれて旅をしていると、自分の肩書きというか、日本にいる、仮面を被った自分から離れて、ただの、いち旅人になる。
それは、ただのひとりの日本人であったり、ただの東正実に過ぎない。
そうすると、不思議なもので、本来の生の自分になっていくのだ。
(ああ、俺ってこう言う人間だったんだなぁ。)
と、イライラや時間や仕事に追われなくなった自分が、(本来 こう感じるんだ。。)
とか、本来はこんなにのんびり待てるんだなぁ。。とか、「自分は人間が好きなのか?」と魂のレベルの感性の、自分自身を感じることができて、その原始に戻っていくのだ。
これは不思議なもので、身ひとつで旅に出た事のある人は、皆わかる事だと思う。
そうすると、自分本来の人間性と価値、そして譲れない価値観、どうでもいい許せる事というものがハッキリとする。
よく、海外旅を「自分探しの旅」と言うのは、そういう事だと思う。
人を知り、己を知る。
それは昔から日本国内に限らず、一人旅の醍醐味なのだろう。
そんな僕は、海外で素直な自分になっている彼女と話していて、とても癒された。
彼女も僕と話すのが楽しかったのか、
「これからどうするの?」と聞いてくれた。
だが残念なことに、僕は今夜寝台列車で、バンコクを離れるのだ。。
なんか、田舎から夜行で、東京に出る人はこんな気持ちだったのかな?
と後ろ髪を引かれ、不思議な気持ちになった。
彼女はとても残念な顔をしてくれていたが、本来前向きな性格なのだろう。
「そっかぁ、気をつけてねー!!
また遊びに行こうね!」
と明るく激励してくれ、散歩に出掛けて行った。
僕は昔から竹を割ったような真っ直ぐな男なので、僕の周りも、気持ちの良い男友達や、気のいい女友達ばかりなので、あまりマウントしてくるというような女性達には出会ったことが無い。
こんないい娘さんをハブっている(僕からみるとそう見えた)マウント女共が、もの凄く下らなく思えてきた。
悶々として、単純な僕は、
「彼女の味方でいる為に、
チェンマイ行きを延期しようか?!」
とまで、謎の正義感を発揮していた。
やがて、ナンちゃんが自分の部屋から降りてきたのか、僕を見つけて話しかけてきた。
ギター片手のナンチャンは、餞別に、
「ズマさんの為に、なんでも歌いますよー。」
と相変わらず柔らかく優しい。
色々と考え過ぎた為か、センチメンタルな気分の僕は、ナンちゃんについ「尾崎豊」をリクエストした。
「なんでも良いっすかー?」という彼に、
「なんでも良いから尾崎を。。」
と、謎の尾崎好きの二人の会話を終えて、ナンちゃんは、弾き語りをしてくれた。
てっきり「15の夜」だの、「17歳の地図」を歌ってくれると思っていた僕にナンちゃんは、何故か「I LOVE YOU」を歌い出した。
(何故に選曲、 I LOVE YOU?
さっきの僕らの会話きいていたのかな?)
と不思議に思っていると、彼は本意気で歌い出す。
「あぃらぁーぶ、ゆー、いまだぁけは、、
かなぁしいぃうたぁあ、ききぃたくないよぉ」
と目を瞑って歌い出した。
ちょっと… 尾崎なら歌は好きだが、尾崎本人は「劇団ひとり」ばりに、少し笑えるだけの余裕を持って好きな僕は、彼には悪いが笑いそうになっていた。
逆に、尾崎好きには本人が好き過ぎて「神格化」し、一切笑いが通じないファンもいる。
これは、尾崎好きの七不思議のひとつで、
「尾崎が好きか? 楽曲が好きか?」というのは、
「卵が先か、鶏が先か…」論争に似ている。。
彼の「永遠の胸」という楽曲ばりの、尾崎好きの永遠のテーマでもある。
2番が始まると、「アイラービュー♪」の下りからナンちゃんは何故か、僕の目をまっすぐ見ながら歌い出した。。
よく尾崎好きがカラオケで、本命女子を口説く時に、「アイラブユー」のくだりを、その娘の目を見ながら歌うとは、都市伝説的に聴いていたが、まさか自分が男性から、こんなに真っ直ぐに目を見られて歌われるとは思ってもいなかった。。
最初は、笑わせようとしてるのかな?と思っていた僕だが、彼は真剣に歌っている。。
え? 彼ってそっち系なの??と思ったり、
(いや、「あの子まじ可愛いっすよねー!」
とか話してたし、女の子が好きなハズだ!)
と頭の中を、彼との思い出が走馬燈のようにグルグル回っていた。
その割には僕はどうかしているのか
(うーん、ナンちゃんだったら、
まぁ、、良いかな?)
という感情もある。
ここタイにいると、何が正しいのかわからなくなる。
「受け入れる」という事が自然すぎる優しいタイランド。ここで過ごしていると、自然と性の垣根はなくなっていく。。
何しろ、レディーボーイ達も美しく、可愛らしいので、色々な事が曖昧になるのだ。
僕が出会った長期旅行者も、タイで最初に付き合った恋人は、レディーボーイだと言っていた。
(この娘、、タイプすぎる。。)
と、女性だと思って口説き落として、デートを重ね恋人となり、良い雰囲気になったある日、2人は自然と愛を確かめ合う事になった。
そして、いざホテルで事に及ぼうとしたところ、
ベットで彼女は、彼の顔を手で覆い隠し、
「ストップ!」
と謎のおあずけをしてきたらしい。
(え、えええ? ここまで来て。。?)
と彼が呆然としていると、彼女は申し訳なさそうに言ったらしい。
「ソゥ ソウリィ。。アイム レディボーィ。」と。
彼女が女性だと信じ込んでいた彼は、ビックリして一瞬たじろいだ。
だが目の前の彼は… というか、彼女は女性でもある。。
彼は少し間を置いてから、心のこもった最高の棒読みで、
「ノォ… ぷろぶれむ!」 と、
僕が人生で聞いた中でも、
史上最高の「ノー プロブレム」を発動したらしい。
彼が後に言っていて、僕が感銘を受けたのは、
「人と、人ですやん。関係ないですよ。
相手が愛おしいかどうか。それだけです。」
という、人間愛に溢れた言葉であった。
彼は、優しい悟り切った様な顔で、遠くを見つめながら、綺麗な瞳でそう語っていた。
(その後別れてしまい、今の恋人は女性らしいが)
それは、妙に納得させられるエピソードであった。 だが僕は、そっちのけは全く無い。
(どう傷つけない様に断ろうか…。。?)などと思いながら、こんなに真っ直ぐに歌われて、僕は顔が真っ赤になっていた。
やがて歌い終わったナンちゃんは、悪戯っぽく笑いながら「心を込めて歌いましたよ。」言った後に、ニヤつきながら、ギターのチューニングを始めた。
(なんだよ!? ビックリしたなぁ。。
冗談かよー! もう。。)
と思っている僕には目もくれずに、彼はギターを調整している。
そんな彼を見ながら、からかわれたのが分かったが、何処か一つ引っかかっていた僕は、
(本当は、どっちなんだろうか?)
という疑問が頭の片隅から消えなかった。
まぁ、ナンちゃんはええ男やし、まぁええか。
と、人間として大好きなナンちゃんから、人間として好きだと言われたのだ思い、僕は「うんうん。」と頷きながら、旅立つ準備を始める事にした。
その後、宿のスタッフとして残るナンちゃんに、少しカッコつけて、
「先程の、ゴーゴーの彼女が心配だから、
ちょっと気にかけてやってくれないか?」
とお願いしたところ、ナンちゃんにサラッと
「いや、彼女、明日帰りますよ。」
と言われ、僕は盛大にズッコケた。
つづく。
↑ 近所の屋台でコーヒーを買い、歩く僕。
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