第142話
入国拒否のリリーさん。
ツアーバスはまだ日の残る、夕方のカオサンロードに戻ってきた。
僕らは挨拶を交わして、それぞれに散っていった。
僕はその足で、例の日本人ツアー会社に向かっていた。もちろん文句を言う為にだ!!
…というのは冗談で、実はこれからの予定を、車中で、景色を見ながら決めていたのだ。
都会のハイウェイを走りながら僕は、そろそろ田舎にいく事に決めていた。その事を相談する為に店長さんの元へと急いでいたのだ。
カオサンからしばらく歩き、今日のスタート地点であった、ツアー会社に戻って来た。
窓口には、例の日本人店長さんがいて、僕をみるなり立ち上がって、謝って来た。
「もっ! 申し訳ございませんっ!!」
という、高島政伸さんのドラマ「ホテル」の様な謝罪スタイルではなく、
明るく「東さん、ごめんなさいね〜🙏」
という感じで、そんなに怒っていない僕も、
「も〜、勘弁してくださいよ〜。」と半笑いだ。
タイでは、何事も深刻にならない。
これは、人間関係を上手くいかせる、そんなほんわかとした気遣いでもあるのだろう。
そんなゆるい2人が、これからについて話し合う。
僕は、チェンマイに行きたい旨を伝えた。
店長さんが最初に勧めてくれた、
「ザ・タイを感じたいならここです!」と言っていた、タイ 第二の都市だ。
すると、店長さんは「是非行きましょう!」と相変わらず、強く勧めてくれた。
彼がいうには、タイもここ数年で物価や、いろいろなものが変化して来ていて、チェンマイを感じるなら、今を逃したら、もう次に行く時には、違うものになってしまっている可能性が高いとの事。
今が、本来のチェンマイを旅する
ラストチャンスですよ!!
と強く言われた。
そんな僕は、もうこの場で、明日の寝台列車のチケットを手配してもらう事にした。
この日本人ツアー会社の便利なところは、ここでチケットを手配してもらって、支払いまで出来る事だ。
わざわざ駅まで買いに行かなくてもいいし、日本語で細かく確認も出来る。
本当に素晴らしい場所である。非常に助かる!
乗車駅は、以前「行き先が分からないバス」で偶然到着した、フアランポーン駅ことバンコク駅だ。
(出発駅が、行ったことのある場所なのは、
旅人にとっては、非常に安心感がある。)
手続きをして貰いながら、色々と話をした。
彼が言うには、やはりタイに住む日本人同士は仲が良いらしい。
僕が以前泊まっていた、オンヌットの宿のオーナーさんともたまに呑む仲らしく、僕と彼との言い争いエピソードを話すと、店長さんは大笑いしていた。
「2人とも、ちょっと似てますもんね 笑」
とも言っていた。
何にせよ、オンヌットの宿のオーナーさんも、この店長さんも、人柄が素晴らしく、心からの柔らかい笑顔の持ち主だ。
なんだかんだいっても、異国での生活と仕事だ。色々と大変な事もあるだろうが、彼らはとても自然体で幸せそうで、少し羨ましかった。
そして、そんな彼らにつられて僕も、つい笑顔になり、幸せのお裾分けを貰っているような気がしていた。
色々とおしゃべりしだすととキリがないので、切り上げる事にし、僕はお礼を言って、握手をして別れた。
夕闇のカオサンロードを歩きながら、カオサンの喧騒も今日までか、、と名残惜しかったので色々と歩き回ってから日本人宿に戻った。
宿では相変わらず、共有スペースに人が集まり、わいわいやっていたり、他にもベンチでゆったり酒を飲む人など、皆思い思いにやっている。
そこで僕はまずキッチンに行き、ビールを貰い、皆が集まる所へとビール片手に参戦する。
丁度、話が盛り上がっている所で、隣にいた若者が僕に経緯を説明してくれた。
今、話題の中心になっている「リリーさん」という渾名のひょろっとした中年男性は、イギリスで行われる、世界最大の音楽の祭典であるという、
「グラストンベリー・フェスティバル」に行くはずだったというが、空港で入国審査で引っ掛かり、そのまま入国拒否に遭い。仕方が無いので、憂さ晴らしに 急遽タイに来たという。
日本で、入手困難なチケットを取る為に、わざわざバイトを10人ほど雇い、チケットを取れた人には10万円ボーナス! という事までやって、やっとこさチケットが取れたらしい。
(フェス好きの人には、この音楽フェスは、
いくらお金をかけてもいいフェスらしい。)
チケットには転売を禁止する為に、住所や顔写真を登録して初めてチケットが買える。
2枚取れても、使えるのは本人一枚であるが、そんな事お構いなしに、バイトさんに、必死にチケット申し込みをして貰ったらしい。
その甲斐あって、無事チケットは取れ、彼はそれが楽しみで、先月からワクワクが止まらず、夜も眠れなかったという。
ところがである。いざイギリスの空港に着いたところで、入国拒否されたという。
チケットの不備で会場に入れない。。と言うのはよく聞くが、そう言うレベルでは無く、まず、イギリスの国土に入れなかったのだ。
なぜか…? 答えは簡単だった。それは、彼が前科持ちだったからだ。
同時多発テロ以来、イギリスは入国がかなり厳しくなっているらしい。
永住権に関しても本当に厳しく、イギリスに住む僕の友人も、十数年前に、最後のチャンスでギリギリ取れたと言う。
そして今は、本当に審査が厳しく、まず永住権は取れないらしい。
そんなイギリスには、もう服役を終え、自由な身となっていても、前科があると入国拒否されるらしいのだ。
皆さんも気になっていると思う、彼の罪状であるが、詐欺罪との事だった。
投資詐欺で、お金を集めて結局警察沙汰になり、実刑を食らったらしい。
しかも資産隠しをしておいたので、服役後、ロクに賠償もせずに、その金で債権者から逃げ回って、旅をしているという、ロクでも無い人間であった。。
若い子らが「やばく無いっすか?」
「つーか、リリーさん、
マジ クズじゃ無いですか?!」
と盛り上がっており、本人も苦笑いをして、ヘラヘラしている。
「マジでFacebookにとか写真あげないでね?
ここにいるとかバレたらヤバいから。」
と本人は反省の色は全く無い。
僕は呆れ返り、この歯並びの悪い男を眺めていたが、別にもう服役したわけだし、今犯罪者が逃げ回っているわけでも無いので、もう関わらない事にした。 時間の無駄である。
それに僕も色々な人間に出会ってきた経験があるので、何が真実かなどと解らないことを知っている。
世の中には平然と嘘をつく人間もいるので、胡散臭い彼が言っている事も、
(わざわざ自分が元犯罪者だなんて言うかね?
まぁ、話を聞くところ本当みたいだが。。)
と思いながらも、話半分に聞いていたからだ。
しかし、いろんな人間がいるものだ。
そして東南アジアにいる理由も、皆様々だな…
と改めて思わされた夜であった。
その後グループから離れた僕は、ギター片手にベンチに座っていたナンちゃんと飲みながら話し、明日チェンマイに発つ旨を伝えた。
ナンちゃんは残念がっていたが、
「ズマさん、また戻ってきて下さいね。」
と明るく言ってきた。
どうやらこのまま彼は、ここに長逗留するらしい。聞くところによると、台湾で知り合い、一緒に路上ライブしていた友人が、一週間後にここに来るので、それを待っているとの事だった。
そして、さらに面白い事を言っていた。
「実はオーナーさんに、バイトしないかって、
誘われてんですよねー。。せっかくだから、
スタッフの仕事を引き受けようかと思って。
昼は暇ですしね 。」
と明るく言っていた。
たしかに彼の人当たりの柔らかさは、ここのスタッフにはうってつけだろう。
もう、先払いで1ヶ月分の宿代は払っているというが、それを割引して、ある程度返して貰えると言っていた。
スタッフと言っても、大した事はしないので、宿に安く泊まれる、気軽なお手伝いくらいのものなのだろう。
何にせよ、人柄が良ければ、一か月もいてくれる客というのは、スタッフ不足の宿には願ったりかなったりの人材なのだろう。
ギター片手のナンちゃんと、途中から合流した木下さんとで僕は、彼の伴奏で色々と歌を歌いながら、最後のバンコクの夜を心から楽しんでいた。
何故か僕たちは、酔いも手伝い
日本昔ばなしの「にんげんていいな」を大声で歌っていて、歌い終わった後に、大爆笑していた。
バンコクの最後の夜は、ナンちゃんのお陰で、最高の夜となった。
つづく
↑ 酔っ払った僕と宿のシャワールーム
↑ 近所の飼い猫 寅さん 🥰
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