第140話
象に乗った壮年と少年
まさか象さんに乗れるなどとは思っていなかった僕は、本当にこれが現実なのか?とさえ思っていた。
タイにあまり詳しくない僕は、ゾウといえばインドかアフリカ、という風に、全く象に対する知識がなかった。
なので、タイで象に乗れるなどという事は、全く予想していなかった。
そもそもタイに象がいるという知識が無かった。。
そういえば読んだ事はないが「星になった少年」の舞台はタイだったっけ?…あれ??
などと、頭がフル回転しながら僕は、象へと近づいていった。
象使いの少年に操られ、象はゆっくりと歩いている。少年は、鐙のような鎖のついている象の首の所に跨り、お客は背中に固定された、客席の低いカゴにしっかりと掴まっている。
象使いの少年は、遠目にまだ小学生くらいに見えた。その幼さに僕は驚いていた。
ガイドに連れて行かれた「象乗り場」らしい二階建ての建物は、木組みの吹き抜けた簡単なものだが、ちゃんと屋根も付いている。
階段を登り、二階の踊り場から象さんに乗る様だ。
丁度今、象ライドから帰ってきた3組が、二階から降りてくる。
僕は早速彼らの表情に注目していた。
実は僕は「顧客満足度」を、店から出て来たお客の表情で見極めている事が多い。日本でも良く、その表情を見極めて食べ歩きをする。
ラーメン屋等でも、出て来たお客の表情から、味が何となく想像できるからだ。
そして、階段を降りてくる彼らは皆、満足げな表情で、キラキラと 子供に戻ったかの様な綺麗な目をしていた。それを見た僕は
(これはとてつもなく、
良い経験になりそうだ。。
人生観が、変わるレベルの
体験になるかも知れない…)
と、頭の中がお花畑になる程興奮していた。
やがて入れ替わりに階段を登った僕らを、象の背中が待ち構えていた。
この建物は、さすが象乗り場という高さに設定されていて、丁度象の背中のかごと同じ高さになっている。
だが、ぴたりとつけられる訳ではないので、隙間に気をつけて、スタッフにエスコートされながら乗り移る。
象さんがおとなしく言うことを聞いてくれているので、不思議と恐怖感は無かった。
籠は前方が椅子になっていて、座りやすい。
象さん達は、とても優しい顔と眼差しをしていて おとなしい。 僕にはそれが意外だった。
以前に見た「世界の果ての通学路」という映画では、アフリカ象は凶暴で、サバンナで一番恐れられていた。
サバンナを通り 学校に通う子供達は、アフリカ象に遭遇すると、息を殺して隠れ、時に見つからない様に迂回して学校へと向かう。
その緊迫感から、いかに象が恐れられているかが伝わって来たものだ。
だが、タイにいるここの象さん達からは、そんな凶暴さは微塵も感じない。
これはやはり、タイのおおらかさが 象にも影響しているのではないだろうか?
そして、それとは逆にアフリカ象には、殺伐としているサバンナの影響が出ているのだろうか?
そんな事を目まぐるしく考えていた。
そして、僕の象の運転手さんは、9歳くらいの利発そうな、可愛らしい少年で、ニコニコしているし、象さんとも とても仲が良さそうだ。
(象使いたちは、20歳くらいの若者や、
中学生くらいの少年など 他にも数人いた。)
やがて象はゆったりと歩き出した。
背中に乗っているので、流石に 籠の手すりに掴まっていないと危ないが、思ったよりは揺れない。そして想像していたより、象の背中はかなり高かった。景色はよく見渡せるが、落下などしたら、大怪我をするだろう。
そんな中、後ろを振り返ると、例のクールだったインド人男性のサイヨックさんが、意外とはしゃいでいた。
どうやら象には、クールな人まで無邪気にさせる魔力がある様だ。
しばらくゆったりと、象さんは広場を大回りで散歩する。
そして、ちょっとした丘の前にきた時、少年が僕を振り返り、ニコッと笑って
「ケアフル!(気をつけてね!)」と言ったかと思うと、象に合図すると、象は急に駆け足になった。
この、パオーンとばかりに丘を駆け上がるアトラクションは、かなりの迫力で、揺れる客席で、僕は思わず笑ってしまっていた。
「おおっと! す、すげ〜〜! お、おっ、
おお! 何だこれ?! ウケる!! 笑」
と爆笑する。
丘を登りきって少し歩くと、象は立ち止まり、少年が再び振り返り、可愛らしい声で、僕に話しかけて来た。
彼はほとんど英語は話せない様で、観光客向けに覚えたであろう、単語だけで話してくれるのだが、最初は何を言ってるのか分からなかった。
だが、よく聞いてみると「フォト、フォト!」と言っている様だ。
どうやら「写真を撮らないか?」と誘っている様だ。
僕が「プリーズ」と言うと、彼はすかさず、
「200バーツ(660円)」と言ってきた。
そしてなぜか、「シー」と、口に人差し指を当てて「内緒だよ」とばかりに、ウインクをして来た。どうやら、写真撮影は、彼の小遣い稼ぎでもある様だ。
この可愛らしい象使いさんを、僕は気に入っていたので、お小遣いをあげる事に 別段嫌な気はしなかった。 だが、200は高すぎる。
僕は「エクスペンシブ(高いよ)」と言いながら首を振った。すると彼はちょっと考えて、
「100バーツ」と言ってくる。
いきなり半額になった事に、僕は笑ってしまったが、妥協せずに、さらに交渉してみる。
彼の可愛らしい顔を見ていると、思わず「OK」と言ってしまいそうになったが、さすがに写真を撮ってもらうだけで100はまだ高い。
「60バーツ(200円)」と値切ってみる。
彼はこっちから数字を言ってくるとは思わなかったのか、一瞬キョトンとしていたが、
(しょうがないなぁ)という顔をしてから、「オーケー」といいながら、手を差し出して来た。 僕は自分の携帯電話とお金を渡した。
よく考えたら、自分のカメラで写真を撮ってもらうだけで 60バーツは十分高いのだが、
まぁ、ご祝儀、ご祝儀。
と僕はよく分からないお祝い金のつもりで、彼にお金を渡していた。
きっと、象さんの優しい眼差しと ゆったりとした時間が、僕の心までゆったりとさせていて、細かい事は気にならなくなっていたのだろう。
(その割にはしっかり値切っていたが… 笑)
彼がどうやって降りるのかを、興味深く見ていると、首にかけてある鐙(あぶみ)の鎖をたどり、スルスルと降りて行く。
すぐに気付いたのだが、運転手のいない象の背中に、僕は今一人だ。
象さんが、万が一暴走したら終わりであるが、
(まぁ、大丈夫だろう。。)と腹を括り、
彼に写真を撮って貰った。
途中で、彼の座っていた鐙のある首の部分に移動しろと言われる。
少し怖かったが、ゆっくりと移動してみると、象はおとなしくしてくれたままだ。
太腿に、象の体温を感じる。。なかなか貴重な体験である。
そして、彼はどんどんシャッターを押し、なんと40枚ほど撮ってくれた。
写真を撮り終わった彼が、象の背中に戻る時、どうするのかと再び見ていると、彼は象の鼻に近寄り、鼻を撫でたかと思うと、象は鼻に掴まった彼を、首まで持ち上げてやり、彼は再び運転席に戻ってきた。
その鮮やかな連携プレーに、僕は心から感心していた。
「人馬一体」と言う言葉があるが、ここではまさに「人象一体」と言った感じだった。
再び象は動き出し、しばらくして、元の場所に戻ってきた。
二階部分へ乗り移り、振り返って少年を見ると、ニコニコして、手を振ってくれていた。
ここは、ご家族や親戚で経営されている象園の様で、乗り降りをエスコートしてくれた父親らしきスタッフも、象使いの少年たちも、象達も、皆幸せそうだった。
またしても、タイの素晴らしさに触れた僕は、同じくニコニコしながら、迎えに来てくれていた車に乗り込み、再び、どこに行くのかも分からないツアーに戻って行った。
つづく
↑ 象乗り場
https://m.youtube.com/shorts/bmT3on5IB8I
↑ 動画 象使いの少年と僕
↑ ツアーメンバー達
↑ おとなしい象さんと記念撮影。
少年が上手に撮ってくれた。
↑ 乗り場に帰還
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