第99話
お風呂の栓で揉める… 事が人生にはあるらしい。
ハノイの街の北側をぐるっと周った僕は、大分北側まで行き、無事タクシーを捕まえて、宿に帰ってきた。
Googleマップの住所を見せると、宿にピタリとつけてくれた。
そして、お代も200円程で、バスよりは高いが、よく考えると かなり安い。
早くタクシーを使えば良かったと思うが、それはそれである。
中二階にある、少し広めのシングルルームに戻った僕は、昨夜は疲れていたので シャワーで済ましていたが、ついにお風呂に入る事にした。
「グフフ。。ゆっくりと浸かっちゃうぞ。」
と少し変態気味に喜びながら、お湯を張る。
どどどドドドドド…
どんどんお湯が溜まっていく。
「クカカカカ! ドンドン溜まっていくわい!」
とおかしなキャラになり 笑いながら、僕はシャワーで汗を落としてから、やがてお湯が溜まったバスタブに飛び込んだ。
ふうぅぅぅ。。あ"、 ああ"〜〜!
口から勝手に息が漏れ、ぼくはゆったりと足を伸ばして目を瞑った。
ふぅ〜う。今日もいきなり色々あったなぁ。
とさっきまでの出来事を思い出していた。
今朝、蟻パンを食べた事が、遠い昔のことの様に思える。。
初日から中々 色々起きたし、体感できた。
しかしながら、夕方に来る
" 日本からの友人に再会する" という、
この旅を始めた時から発生している
「一大 最終イベント」が、まだ僕を待っている。
ゆったりと浸かっていると、疲れが出たのか、案の定 寝てしまった。
10分程で、ビクッと僕は起きた。
顔に、お湯をかけて目を覚ます。
僕は大分スッキリして、お風呂から上がった。
だが、ここで問題が起こった。
またしても風呂の栓が抜けなくなったのである。
一週間ぶりにベトナムに帰ってきた僕は、
「ベトナム お風呂の栓抜けなくなる問題」
が頭からすっかり抜け落ちていた。
ここも例の「落下傘型のステンレス製の栓」で、紐などはついてなく、爪を引っ掛けて取ろうとするが、水圧で栓は取れない。。
あぁあ"〜 もぉおお!!
と、せっかくの気分は台無しになり、僕はフロントに電話をかけた。
早速、背の高い若いスタッフが来てくれた。
彼はバスタブを見て、一応手を入れて、取れないとわかると、事もなげにこんな事を言い出した。
シャワーがあるから問題ないね。
シャワーを使って下さいね。
(え…嘘でしょ? この人何言ってんの?)
僕は優しく言った。
いや…、あのね。
僕はバスタブ使いたいんですよ。
なんとかなりませんか?
今までどうやって栓抜いてたんですか?
今までバスタブ使った人はいません。
みんなシャワーだ。
シャワーを使えば良いんです。では。
そう言って帰ろうとする彼に僕は辛抱強く話しかけた。
いや、だからね、、私は、
バスタブに浸かれるからこの宿にしたんです。
栓を抜くマニュアルとかはないの?この宿?
だから何度も言っていますよね?
シャワーが使えます。何も問題はありません。
何故 私のいう事が理解してもらえないんですか?
と言う彼に努めて冷静に僕は話しかけた
いや、だからあのね。
お風呂。お風呂に浸かりたいんです。
日本人は、バスタブ大好きなんです。
だから、シャワーだけじゃダメ。
ゆー OK?
お客さん 笑 あのですね…
そんな事は、今まで誰も言ってきてないし、
みんなシャワーしか使いませんよ?
なぜバスタブなんかにこだわるんです?
かなりカチンと来ていたが頑張って話す
だ、か、ら ワタシは、バスタブが必要なんです。
バスタブがあっての この部屋の料金ですよね?
ですからバスタブは使いませんって 笑
お客さん、お聞きしますが、
逆に、何故シャワーじゃダメなんです!?
と聞いてきた彼に、温厚な僕も、
ついに堪忍袋の尾が切れた。
どぅあから!
バスタブに入りたいんだよ!俺は!!
シャワーだけだったら!!
違う宿にしてるんだよ!!
バスタブ!!バスタブが大好き!!
バスタブ愛してる!!わかる???!!!
アイ ラブ バスタブ!?
ウィー ラブ バスタブ!!
Japanese Love バスタブ!!
ユー オーケー??!!
どうでも良いから、栓抜く方法!
聞いてこいや?!
わからなかったら、桶かバケツ持ってこい!
お湯抜いてから栓抜くから!!
つーか、栓に紐くらいつけとけや?!
前の宿は抜ける様に、
ストリングス付けてたぞ!!
ああ??聞いてんのか?! おい!!
俺は アンダースタンド か聞いてんだよ!?
と、この旅で一番、僕はブチギレた。
たかが風呂でこんなにキレている自分を、
「大人気ないねぇ。。この人…」と、冷静に見ているもう一人の自分もいたが、我慢が出来なかった。
すると彼はあまりの僕の剣幕に、口をパクパクさせた後、
す、ストリングス…?
何故ストリングスがいるんですか? 泣
分かりません。。 とりあえず、
ば、バケツ持ってきます!
と半泣きで下に降りていった。
彼が出ていった後、僕は苦々しく溜息をついた。カタコトの英語同士で伝わらない事もストレスだったが、彼の怯えようを見て、
あぁあ…嫌な事しちゃったなぁ。。
と自己嫌悪も感じていたからだ。
ホーチミンで、怒りに任せた挙句、
10人以上に追いかけられて、反省していたはずなのに、全く学習していない自分がアホにしか思えない。。
この長い旅で、大分 気が長くなったつもりでいたが、まだまだ何も成長していない自分に嫌気が差したし、あんなに彼を怯えさせた事を後悔していた。
何様だよ、お前はよ…?
おい、マサミさんよ!
と、自然と自分に毒付いていた。
ふと鏡を見ると、どうやら、僕はバスタオル1枚腰に巻いただけで、あれ程怒り狂っていたらしい。。
あのさぁ。。 コントかよ…??
と笑ってしまい、そのおかげで、僕は気持ちがふっと楽になった。
(もう、風呂使えなくても良いや
ちゃんと 彼にも謝ろう。。)
僕は今怒った出来事を笑って流す事にした。
しばらくすると、スタッフの男性は、凄い真剣な顔で、バケツを持ってきてくれた。
僕は「ありがとう」と柔らかくお礼を言い、彼の目の前で、 ザバー…、ザバー。
と、風呂の湯を抜いて行き、やがて半分以上湯が無くなったところで、栓を抜いて見せた。
彼は、「オー マイガー」とびっくりしていた。
僕は、「先程は言い過ぎてごめんなさい。」
と謝るが、彼はもう、僕が恐怖の対象でしか無いらしく
「いっ、いえ、だ、大丈夫です…」
と言って逃げる様に、下に降りていった。
もう、苦笑いするしかったが、前向きな僕は、この事はもう忘れる事にした。
都合のいい旅人であるが、忘れる事もまた大事な事である。
(ちゃんと謝ったし、後悔してるから、
今 これ以上やれる事はない。)
と割り切ったのである。
実はこの日、夜中の 1時過ぎまで酔っぱらった僕が宿に帰ると、ドアが閉まっており、インターフォンを鳴らすと、フロント台の後ろに布団をひいて、隠れて寝ていた彼が、眠そうに目を擦りながら、ドアを開けてくれた。
それを見た僕は、家にも帰らずに仕事をしている彼に、さらに申し訳ない気持ちにさせられたが、それ以上に、あの日本語も 人使いもテキトーなオーナーに、少し違和感を感じながら、若いスタッフさんに より罪悪感を感じながら、ベッドで眠りについた。
いちいち勉強になるわ… 一人旅。。
と呟きながら。
凹んでいる日は、不思議と人恋しくなる事も、改めて感じた夜だった。
つづく
↑ ハノイの街並み
↑ 道路はこんな感じ 空いてる所と混んでる所がはっきりしている。
次話