第86話
遺跡周り3日目の 過酷さと楽しさ。
客席に斜め掛けしたハンモックで、呑気にイビキをかいていたジェイクをたたき起こした後、アンコールワットのすぐそばの小さな食堂で、僕はかなり早めの朝食を食べていた。
腕時計を見ると まだ6時にもなっていない。
よくよく考えたら、仕事とはいえ、ジェイクを早起きさせたのは僕である。
( 少し悪かったな…。)と思った僕は、テーブルの向かいに見える、ちょっと離れた所に止まっているトゥクトゥクを指さし、店員に
「彼にコーヒーを一杯お願いします。」
と頼んだ。
店員さんは 気を使ったのか、僕が指さしたトゥクトゥクに、何故か注文を取りに行った。
そして、少し話した後、僕のテーブルに戻って来た。
(えーっと、何してるのかしら? )
そう思う僕に、店員さんが言う
「彼は、コーヒーは受け取れないと言っている」
僕はビックリして、
(ジェイクのやつ、今さら何を 急に遠慮してるんだ?!) と思い
いいんだ。 持って行ってあげて下さい。
と言うと、店員さんが
「彼は、あなたにご馳走して貰う
謂れはないと言っている。
君のドライバーじゃ無いんじゃないか?」
と言って来た。
ぼくは (そんなハズあるかーい!)
とズッコケながらトゥクトゥク見ると、そこから出て来た彼は、ナント!?
"全然知らないおじさん" だった。トゥクトゥクの造りが、遠目には同じに見えていたようだ。
え、えーと… こ、コーヒーは無しで。。
と僕は店員に伝えた。
きっと店員さんは、僕が降りてきたトゥクトゥクが走り去ったのを ちゃんと見ていてくれたのだろう。彼は笑いながら奥に戻って行った。
どうやら、早起きしすぎた僕の脳みそは まだ寝ていたようで、ジェイクのトゥクトゥクを降りた時に そのまま見失っていたようだ。。
知らないおじさんは 笑いながら僕に手をあげてくる。
ぼくも苦笑いをしながら会釈をする。
黙って貰ってもいいのに、ちゃんと断るとは、律儀なドライバーさんである。
あまりいい評判を聞かない現地のトゥクトゥクドライバーさん達であるが、そんな事は無いのかな?と僕は思った。
それにしても、コーヒーに関わると 本当ツイていない日である 笑
僕が、早すぎる朝食を摂っていたのには理由がある。
ゆすり起こした、寝ぼけ眼のジェイクに
「これから宿に戻って、
一眠りして 9時過ぎにまた出かけるか、
それともこのまま遺跡を周るかい?」
と聞かれたので、
当初は、宿で一休みしてから行くつもりだったが、雲越しとはいえ 朝日を凝視していた事により、僕は目がすっかり冴えてしまっていた。
それにより 宿に戻るのが億劫になっていた。
このまま 今日のツアーを周ろう!
とジェイクに答えた。
「なら、先に朝食だ。」と
早朝からやっている、すぐ近くの食堂にやって来ていたのだ。
食事を終え、会計を済ませた僕が、店の垣根の外を見てみると、その死角にジェイクのトゥクトゥクは止まっていた。客席に寄りかかり ジェイクは携帯をいじっていた。
(ジェイクはこっちにいたのか。。) と苦笑いしながら、「さあ、行こうか」 と伝える。
今日も遺跡の旅が始まる。そして今日、遺跡の旅は ついに最終日の三日目だ。
このまま すぐそこのアンコールワットを周るのかと思いきや、
これからは今日のツアーの
「ビッグ・ツアー」が始まるので、最初に周る遺跡は「タ・プローム」である。
アンコールワットにはまた、最後に帰ってくるはずだ。
二日目に、周る遺跡の順番が良く解っていなかった僕は、その反省からちゃんと予習をし、英語表記のツアー表と 穴が開くほど睨めっこをし、
” 僕でも知っている有名どころ” を周る事だけは 把握していた。
合間にもどこかの遺跡を周るらしいが、良く解らなかった。
日本で出発前に「地球の歩き方」を図書館で借り、かなり予習して来たはずだったが、一か月間 旅をしている間に、その遺跡の知識は すっかり頭から抜け落ちていた 笑
本日のツアー最初の遺跡 (実際は二つ目だが)「タ・プローム」に着き、内部へと入る。
”巨大な象の足のような” 遺跡の壁に張り付く有名な木の根を見て、やはり感動と言うか、刺激を受ける。それは有名だとか、知っていたから。 というものではない。
ただ、初めてそれと対峙し、素直に感じるモノがあったのだ。
満足した僕は車に戻り、次はどこだろう?と思いながらトゥクトゥクにまた乗る。
道を走っている間に、自転車に乗る若者を見かけた。
赤毛のチリチリとした天然パーマの、丸眼鏡をかけた若い白人の旅行者が、必死に自転車を漕いでいる。
顔を真っ赤にして、ハァハァ言いながら、自転車を一生懸命漕いでいる彼を追い抜いた時
(あぁ…トゥクトゥクにして良かった。)
と心から思った。
実は当初
借りれたら自転車で周れば良いよね?
結構 いけんじゃね? 笑
と僕も炎天下と遺跡を甘く見ていたのだ。
2日間炎天下で活動し、薄々感じていた事だが、、今 僕の隣を必死に自転車を漕いでいる若者を見て 改めて思う。
(これは死ぬな。。) と。
”僕は過ちを回避したのだ” そう心から確信していた。 ツアー付きの宿に感謝である。
そんな僕を乗せてトゥクトゥクは、次の遺跡にすぐに着いた。
ここはかなり高い 城跡のような遺跡である。
ここは敷地内の土の駐車場も広く、遺跡の向かいには、小さな飯屋さんや、Tシャツやタイパンツ、カンボジアパンツなどを売る店が横に並んでいて、結構活気がある。
この遺跡は とにかく階段が急で、気をつけないとかなり危険だ。
(後で調べると「タ・ケウ」という遺跡だった。)
登っていくと、中々頂上までつかない。。
(遺跡巡り三日目で、早朝出発で、
3つ目がこれだと けっこう…。)
と僕は 少し辛くなり始めていた。
登りきり 「ハァハァ」言いながら、下を見るとかなりの角度だ。
思ったより広い 頂上部分をぐるりと周ると、階段は東西南北にあり、他の階段は 正面よりさらに急に見えた。
駐車場から見上げて、塔に見えていた所は、内部に入れた。
内部の一つには祠があり、仏像があった。
隣に オレンジ色の袈裟のようなものを着た、信心深そうなおばあさんがいる。
(この祠の管理をしている方だろうか?)
おあばさんに一礼をして、祠の神様にご挨拶しようと、僕がお賽銭を入れる器に コインを入れてお参りを終えると、そのおばあさんに手招きをされた。
近づくと手を出すように言われた。
言われたように手を差し出すと、彼女は僕の手首に 赤と黄色で編んだ糸を優しく結んでくれた。
お礼を言い手を合わすと、彼女も優しい笑顔で手を合わせてくれた。
言葉は通じないが、おばあさんと何かが通じたような気がする。
思ってもいなかったプレゼントをここで貰った僕は、少し 身体と心が軽くなった気がした。
帰りは、正面から見て右側の、階段を降りてみることにする。
…油断していた。
とんでもなく急な階段だ。這いつくばるように降りていく。はたから見ると
「エクソシスト」のスパイダーウォークをしている様に見えただろう。
だが、悪魔に取り憑かれている様に見えようが、ここで怪我でもしたら、旅がしづらくなる。僕は、旅先で怪我と病気にだけにはなりたくなかったので、かなり慎重な蜘蛛となり降りていった。
無事 下に着き時計を見ると、集合時間までは まだ30分程ある。
僕は 簡易の飯屋の、木陰にあるテーブル席で カフェビアーをする事にした。
このままトゥクトゥクに戻り移動すると、すぐまた 近くの遺跡に着いてしまうに違いない。そうすると、いかにタフな僕でも、パタリと倒れる気がした。なので、少し休憩することにしたのだ。
悪い事をしているわけでも無いのに、何故かジェイクに見つからないようにと、そろりと入った。不思議な心理状態だ 笑
ここのお店は平屋のお店が、レストラン、お土産屋、衣料品屋と三つ繋がっており、注文した瓶ビールを かち割り氷のグラスで飲みながら観察していると、どうやら全ての店は同じ経営者らしく、それもご家族でやっているようだった。
ビールを飲んでいる僕に、子供を抱いた若いお母さんと、そのお母さんのお母さん(ようはお婆さん)が、営業に来る。
お母さんが、乳飲み子をあやしながら話しかけてくる。
「シャツいらないですか?」
えーと。要らないです。。
「じゃあ、このタオルは?」
ええと、要らないです。。
「じゃ…」
要らないよー 笑
「そんなこと言わないで!
この子に免じて何か買って^_^、」
えーと、、んじゃあ、その子を下さい! 笑
「この子は売り物じゃないわよー! 笑」
と、何か彼女とは気が合うのか、漫才のような会話が、カタコトの英語とジェスチャーで続く。。
途中から、彼女の姉らしき人物も現れ、女性3人に販促攻勢をかけられる。
だが、僕は楽しくなってきて、色々持ってくる彼女達の商品を見ては、色々理由をつけて断っていた。
模様は素敵なんだけど、これは色がなぁ。。
とか、
良いシャツだけど、乾きにくそうだね。。
とか、
こんなに暑いのに、マフラーは要らないね。
とか。。
向こうはめげずにどんどん勧めてくる。
途中で 彼女達は、"僕は" 欲しいものが無いのだと気付いたらしい。
「じゃあ、これなんか、
彼女さんにどう??」
と言われて僕は考え込んでしまった。
実は当時僕は、付き合ってはいないが、ちょっと良い感じになっている女性がいて、彼女がアジア好きだったのもあり、帰国後のプレゼントにカンボジアパンツをプレゼントしたらどうだろう?と考えていたのである。。
ええと。。じゃあ、ちょっと見せて貰おうかな…
と見せてもらうと中々良い。
ここシェムリアップを周っている観光客というかバックパッカーは、大体 先に訪れたであろうタイのパンツか、ここカンボジアのパンツを履いている。それは涼しげなズボンで、
僕は(オシャレだなぁ。)と、僕がもし女性だったら着てみたいものだった。
僕が迷っていると、お姉さんがマネキンを持ってきた。
どう?こんな素敵な感じになるのよ?!
となかなか攻めてくる。
僕は、一つ思いついた。
その彼女の写真を見せながら、この子にはどの柄が似合うと思う? と聞く事にしたのだ。
お姉さんとおばあさんと、若いお母さんは、写真に釘付けになり
「あらら?あなたの彼女、可愛いわね〜!」
と言ってくれるが、彼女では無い。。
説明するのに苦労しそうだと思った僕は、
そうそう、僕の彼女綺麗でしょ?
どれが似合うか選んでよ!
と、勝手に彼女と付き合う事にした。
女性にありがちな、キャピキャピトークが始まる。
「これが良いんじゃ無い?」
「いやいや姉さん!そっちよりこれよ!」
「私はこれが良いと思うのよ。
おい! だれが、ババくさいんじゃ?!」
と、賑やかである。
僕も楽しくなりすぎたので、調子に乗り
マネキンじゃよくわからないから、
着てみてくれませんか?
と頼むと、今着ている服の上から、嬉々として着てくれる。
おばあさんまで、自分のお気に入りを身につけて、ターンをしてくれた。
僕は爆笑しながら、
(なんて楽しい時間だろう!)
と、大満足だった。
その中で、やはりお姉さんが勧めてくれた、白が基調のカンボジアパンツを買う事にした。
また、おばあさんが勧めてくれた、象のかわいい絵柄のスカーフを、自分の母のお土産に買い、思わぬファションショーも見れた僕は、大、大、大満足していた。
若いお母さんは、悪びれず、
「この子にもお祝いでチップもはずんで!」
と要求してきたが、僕は笑いながらそれはスルーした。
そんな僕に、いつの間にか後ろに来ていたジェイクが話しかけてきた。
「ハイ!マサミ、時間をとっくに過ぎてるよ。
さぁ、急いで次に行くよ。」と。
時間を見ると、いつの間にか、50分以上をここで過ごしていた。。
僕は、彼女たちにお礼を言い、ジェイクに促されるまま、次の遺跡へと 風を切るトゥクトゥクで、走り出した。
あぁ! 楽しかった!!
と。
続く
↑ タ・プローム!!
↑ タ・ケウ とにかく高台!
次話