第85話
アンコールワット アンコール!!
午前四時。。シェムリアップの宿のベッドから這い出た僕は、寝ぼけ眼の全く機能していない頭のまま、宿の玄関に向かった。。
ロビーで待っていてくれていたジェイクと合流し、宿の玄関を開けると外は真っ暗だ。
そう。僕はシェムリアップ観光者の例にもれず「人生観が変わる!!」と言われているアンコールワットの朝日を見る「サンライズツアー」を組んでいたのだ。
揺れるトゥクトゥクの客席で、うつらうつらしながら、アンコール・ワットへと向かっていた。
街灯は途中からなくなり、バイクのライトが道を照らすだけである。
20分ほど走ってトゥクトゥクは、駐車場に着いた。
到着した駐車場には結構人がいた。
きっと皆 人生観を変えようと集まった人たちだ。
こんなに大量の人間達の人生を変えてしまうとは!
アンコール・ワット!恐るべしである!!
観光客需要を見込んで、コーヒー屋の屋台が一軒だけ出ていた。
僕にとって 夕陽と言えばビールだが、朝日と来ればコーヒーだろう!
と考えた僕は、アンコールワットを照らす美しい朝日を見ながら コーヒーを飲む自分を想像していた。。
息を呑む景色とアンコールワット。
ぼくが コーヒーを一口呑む。。そして流れる音楽
だばだぁ♪ だぁば♬ だばだぁ だばだっ ♪
…最高だ。
最高のひとときに違いない!!
僕は珈琲屋に、カフェラテを頼む事にした。
前には2人ほどが 注文したコーヒーを待っている。
値段を見ると観光地価格で案外高い。。
だが至福のモーニングコーヒーである。
高くてもそれはしょうがない。
僕の脳内にはすでに "モー娘。" の
「モーニングコーヒー」が流れている。
お金を払い、先客達と待つ。
だが、、待てど暮らせどコーヒーは出てこない。
店を覗いてみると何やら機械トラブルのようだ。
えーと…これ待ってて間に合うのかしら?
さすがの僕も焦りだす。
もし、駄目なら、帰りにでも貰うよ!
と言うと
「もう直るから待ってくれ!」と言われる。
向こうも必死なのだが、僕もコーヒー 一杯の為に、人生観を変えられなくなるのはごめんだ!!
もう要らない! もう行くよ!!!
と言うと「今出る!!」
とカフェラテを持って来てくれた。
だが駐車場は、到着した時より 明らかに暗闇が薄くなって来ている。。
え?! ま、、まじで。 間に合うのか?
僕はどんどん大きくなる不安を抱え、人の流れについて行き、アンコールワットを目指す。
まだ暗いし、足元も危ないので、焦っていても、走る事は出来ない…。
なんとか早歩きをするが、すぐそこだと思っていたアンコールワットに なかなか着かない…
やっとこさ着くと、お堀を越える為の橋が工事中だった。
すぐ横にある代わりの橋を渡るらしい。
ここでもパスチェックおじさんがいて、暗い為カバンからパスを出すのに手間取る。
チェックも懐中電灯で見るので、自分の番まで結構かかる。進まない。
やっとこさチェックも終わり、僕はやっと橋を渡れる事になった。
プカプカしている。どうやら、繋いだ四角いプラスチックを浮かせて作った臨時の橋であるようだ。ここでも足元が安定しないので、あまり急げず足止めを喰らう。
あたりはすっかり暗闇ではなくなり、灰色の景色がぼんやりと広がっていく。。
あれ?これせっかく来たのに、
間に合ってないんじゃない…??
とても悲しい気持ちになる。
左手に持っているコーヒーが恨めしい。。
(ドウシテ オレハ コーヒーナンゾ
カッテ シマッタンダ…??)
と自問していると…
この一杯のせいで、
この旅自体が台無しになるとか
考えなかったのか?!
バカバカ!! マサミのばかぁ!!!
と、久しぶりに登場した 頭の中のリトルマサミが暴れ出し 僕は激しく罵られる。。
悔しいが今回も彼の言う通りだ。
そんな脳内の格闘をしながら、ドンドン進む。
お堀から中に入ると さらに中央に参道のような橋がある。右左の下は土である。
空は白じんで来ていて、はっきりとそれらが見え始めた。
あ、、こら、もう間に合わないな。。
僕はスゥぅうっと諦めた。 そして、
(これ、もういい土産話だわ 笑)
と笑ってしまった。
中々アンコールワットまで行って、コーヒー買ったせいで、朝日を見損ねる日本人もいないだろう 笑
急ぐことをやめた僕は、ゆったりとその橋を歩き始めた。
心を落ち着けてみると、なかなかの景色である。
アンコールワットだ。。
そうだ! 今 僕はアンコール・ワットにいるのだ!
と改めて自覚する。
僕の大好きな漫画「岳」の主人公 島崎三歩さんが、
今回がエベレスト無酸素登頂の最後のチャンスであろうバディが、救助の為、頂上へのアタックを諦め、その彼に三歩さんが
「ここも、登るのも降りるのも、途中までも
全部エベレストじゃんかぁ!」
と言っていて、感銘を受けたことを思い出した。
そう、これも含めて、全部アンコール・ワットなのだ。
僕は変なスイッチが入り、
「…地雷を踏んだらサヨウナラ。」
と つい役者の業で呟いていた。。いや…ほんいきで演じていた。
かの、一之瀬泰造さんが、浅野忠信さんが演じた彼が憧れたアンコールワットに
"僕は今 いるのだ" と。
僕ら役者は不思議なもので、色々な戯曲や映画、本や、漫画などに触れるのですが、人生で 一度で良いから 言ってみたい。
舌の上に載せてみたい台詞 というものがあるのです。
それを、ただ言っているだけだとヤバい奴だし、意味が無いので、
その作品をやるか、または、その場所や、それを言えるシュチュエーションになった時に
"言葉にして味わう" と言う事をしてしまいがちなのです。
不謹慎かもしれないが、それを出来た僕は
もう良いや 充分! とだいぶ満足していた。
そんなあまりに短時間で色々な思考と経験をした僕は、すでに人生観が変わっていたのかもしれない 笑
そしてやっと、例の有名な「逆さ富士」のように、湖面に朝日とアンコールワットが映るであろう場所に到着した。
人の流れに付いてきただけの僕だが、場所の特定は簡単である。
何故なら其処には、Nikonやら、Canonの、メイドインジャパンのカメラを構えた人々でいっぱいだったからである。
彼らを観察してみると、まだじっとキャメラを構えたままだ。
どうやら、朝日に間に合ったようである!!
僕は「よーし!!人生変えちゃうぞ!!」と酔っ払いのような決意をし、向こうに見える、かの有名なアンコールワットに向かい合う。
だが…、空が白じんできた時から感じていたのだが。
やはり。。今日は曇りまくりの "曇り" である。
雲が厚い。。
とにかく厚い。
どんどん明るくなるが、アンコールワットも、雲も、全ては灰色のままである。
朝日の赤さとは無縁の、ただ、灰色の世界がどんどん明るくなる。
どんどん灰色に明るくなっていくのだ。。
結構皆と一緒に、粘って待っていたのだが、アンコールワットは、ただその輪郭をハッキリと見せてくれるだけで、曇り空の昼間に見るアンコール・ワットなだけであった。。
徐々に人垣はくずれ始め、皆帰って行く。
ふうぅ。。あぁあ。 アンコールワットには縁がなかったんだな。
と思いながら僕はすっかり明るくなったアンコールワットを後にした。
内部に入ったと思っていたが、アンコールワットの建物が見えるのだから、よく考えると、まだ城壁の中に入っただけだった。
僕はあくびを噛み殺し、再びプラスチックの簡易の橋を渡り、駐車場に戻った。
数あるトゥクトゥクの中から やっとこさ自分の車を見つけると、ジェイクは客席にハンモックを吊って、気持ちよさそうに 呑気にイビキをかいていた。
彼の平和そうな寝顔に カチンときた僕は
「おーい!おきろ!」と
結構 雑に、ジェイクを ユッサユッサと揺り起こしていた。
続く
↑ あ、あ、明けちゃう〜。
↑ あ、、明けたの??
↑ 曇りすぎていた。。
↑ 人生変わりました 笑
↑ でも綺麗だった。
↑ もうしょうがないので写真撮影。
次話