第57話
貴方が落としたのは "綺麗なジャイアン"
なんだかんだで、あっという間に2時間半が過ぎ、遅れてきたユンさんと一緒に稽古場へ向かった。
稽古場は、カフェから10分ほどの所にあり、ニ階が稽古場で、一階には大家さんが住んでいるとの事だった。
一緒に大家のお婆さんに挨拶をして、ニ階の稽古場に向かう。
大家さんは人の良さそうな笑顔の柔らかい方だった。
ニ階に上がると、若い俳優さんが数人いた。
女性が一人に、男性が3人だ。
ユンさんがいうには、今日は主宰の女性はいないとの事。
丁度、インプロ(即興劇)の本場アメリカに、勉強しに行っていると言っていた。
彼らと英語で挨拶をする。
皆カタコトであるが、何とか通じる。
何にせよ、人生で初めてのベトナム人俳優との稽古である。向こうからしても、僕は初めての日本人俳優だ。
お互いさぐりさぐりである 笑
柔軟体操などのアップを一緒にやり。
とりあえず稽古を見させてもらった。かなり面白い。
僕は、外国の方の稽古場にいるのは、初めての経験だったので、かなり興味深かった。
途中でユンさんに、ベトナム演劇の問題点だと話していた 腹筋と発声の基礎的な訓練を教えてほしいと言われた。
僕は、尊敬する文学座の女優さんで、朗読も教えて頂いた方がいるのだが、
その女優さんは とにかく声が通る。その女優さんの発声訓練法を僕も良くやるので、それを教えた。
僕の号令で皆仰向けに寝る。
そこから両足の踵を十センチだけ上げて、声を出し、発声練習をする。
僕は慣れているので、普通にやっていたが、
皆踵をあげてはすぐ「んっ、無理!」とか、
「んん。。どぅハっ!!」と足を下げてしまう。
そして皆に「出来ない」と言われた。
(うーむ、基本的な身体訓練といゆうか…
筋肉が無いようだ。。)
僕は、これを 少しづつでもやれるようになれば、
「声を大きく出したり、
呼吸をコントロール出来る!」 と、
踵をあげた腹筋の姿勢のまま、皆に伝えた。
すると どうやらこの一件で僕は
「すごい ちゃんとした日本の俳優だ!」
と思われたのか、皆の態度が変わった 笑
続いてインプロ(即興劇)の基礎稽古を一つ教えてほしいと言われ、
”スピット・ファイヤー” という基本の訓練を教えた。
これは、二人一組になり、
片方が お題 を貰い(例えば ”入学式”)
僕は今日、大学の入学式だったんですが…
などと ストーリー を自分の体験として語り始める。
そして、程よい所で相手が何か「言葉 」を投げ入れる。 例えば ”ハンバーガー”
急にハンバーガーが食べたくなって、
大学の門から駅にUターンして。。
我慢が出来なくなって、走りだしたんです。
とその言葉を、ちゃんと
ストーリーに使ったところで、
また次の言葉を投げ入れる。
ストーリーとあまり関係ない言葉が良い
例えば ”ウルトラマン”
そこにウルトラマンが… 空から降りてきて
…何を言うかと思ったら、
「ジュワッ! そんなに急いでいるなら
私の背中に乗りなさい」
と言い出して…
などとストーリーを紡いで行き、二分程計っておいて、
「ラスト~!」の掛け声で、
最後の 言葉(ワード)を相方に貰い、
語り手側は、そのストーリーを その言葉も使い、まとめて何とか終わらせる。
例えば " アオザイ"
えーと。。壊れた校舎を復元してくれて、
そこにマクドナルドも校舎内に入れてくれたので
僕は安心して、今は大学に通えるように
なりました。 (終わり)
という感じで一区切りである。
つまり、物凄く頭の瞬発力を使う訓練である。
考える前に、とにかく相手に言われた言葉(ワード)を使って、どんどんストーリーを展開させなくては訓練にならない。
失敗を恐れずにドンドン進む訓練である。
やはり、初めて行うベトナムの俳優たちは、安全に ゆっくり考えて、言葉を投げ入れられても、じっくり考えてから話し出したり、
中には止まってしまう者もいる。
とにかく 止まらずに勇気を出して、考えるより先に言葉を使い、話が破綻しても、前に前に、進む訓練だ!
僕は英語で
モア クイックリー!! クイック クイック!
ヘイ! アドバンス アドバンス!!
と檄を飛ばして 夢中で指導している内につい…
ドント シンク!!ノット ストップ。
Don`t think! ヘイ!ドントシンク!!
Don`t think !! フィール!
Don`t think! フィール!! Feel!
あれ?!?!
なんと! 一生口にすることは事は無いであろう思っていた「燃えよドラゴン」の
”ブルース・リー” のセリフを真顔で連呼していた。。
そのことに気付いた僕は、少し笑ってしまっていたが、皆には 何故、この日本の俳優が笑っているかは分からなかったようだ 笑
稽古は和やかに 笑いも交えて進み、二時間ほどで終了した。
皆、基礎稽古が新鮮だったようで
「是非来週の稽古にも来てくれ」と言われたが、来週にはベトナムにはいない事を伝え、
「きっとまたベトナムに戻ってくるので」
と話して、皆と握手をして別れた。
さて、帰りであるが男性俳優のティン君が バイクで宿まで送ってくれることになった。
ユンさんにお礼を言い、ティン君のバイクに乗り、夜のバイクの海へと走り出した。バイクで信号で止まるたびに、片言英語同士で話をする。
日本では 何年役者をやっているのか? とか、次はどこの国に行くのかなど。
彼はメンバーの中でも芝居心があり、普通に「いい役者さんだなぁ」と思っていたので興味があり、話は尽きなかった。
しばらく走ると、やがてティン君が不思議な事を訊ねてきた。
「なぁマサミ ドラえもんを知っているか?」と…
もちろん僕は「イエス!」と答えた。すると今度は
「じゃあ ジャイアンを知っているか?」 と
もちろん僕は「イエス!」と答える。
(彼は一体何を聞きたいのだろうか。。
日本人で「ジャイアン」を知らなかったら、
もう日本人のモグリである。。
それとも僕が日本人だと
伝わっていなかったのだろうか…
そういえばこないだ
インドネシア人に間違えられた。。)
などと 頭の中で色々考えていると、彼が衝撃の事実を教えてくれた
ジャイアンの声優なんだ。」
!?!?!?!
僕は思考が停止した。
えええ!?何言ってんのこの人? と。
よく聞くと もう二年程ジャイアンに 声を当てているという。
えええ?! マジで?!
俺よりちゃんと食えてる俳優さんじゃん?!
と知り、偉そうにブルース・リーになっていた
稽古場の自分が 恥ずかしくなった。。
彼は、その後「お腹がすかない?」と聞いてくれ、自分の行きつけの美味しい屋台のお店に連れて行ってくれ、食事をご馳走してくれた。
そこで、
「自分の家には結構外国や
国内の友人が遊びに来るので、
次にベトナムに来たときは、
何日でも 好きなだけ
僕の家に無料で泊まって良いよ。」
と嬉しい申し出をしてくれ、Gmailを交換した。
次にまた道中に「のどが乾かないか?」
とサトウキビのジュース屋さんに連れて行ってくれ、サトウキビジュースを飲ませてくれた。
このサトウキビ屋さんといううのは、サトウキビを 電動式の丸い2つの鉄のローラーの間に、何度も なんども 挟んでくぐらせて 絞って出したジュースを売っている。
そのサトウキビ絞り機は
「キン肉マン」の悪魔超人
”ザ・サンシャイン” の 地獄のローラー を彷彿とさせる。
しかしティン君は、本当に友人としてもてなしてくれる、優しい良い男である。
ジャイアンの " 優しさ" だけを抽出したような。。
(うーん。僕は旅の途中なので、
いわば「大長編ドラえもん」の最中
と言っても良いので、彼は今、
いい奴のジャイアンなのか? 笑)
と勝手に、妄想してしまう。
こんなことを思われているとも知らずに 彼はニコニコしている。
極めつけは、どこかに電話をかけ しばらく話していたのだが… 急に、
「マサミ、この電話に出て欲しい」と言われ、電話を替わったところ、電話からは、可愛らしい女性の日本語が聞こえてきた。
「あ、マサミさんデスか?
ワタシはティン君のトモダチです。
ワンと言いマス、コンバンハ。
ティン君が先ほど お伝えシた。
自分の家に「イツデモ泊まりにキテいい」
という件が、チャンと伝わっているか、
心配してイて、ソレを私に
"日本語デ確認して欲シイ" という事デシタ。
マサミさんが分かっていてくれて良かっタ」
僕たちは、カタコトの英語同士のやりとりだったので、ちゃんと僕に伝わっているか心配になり、その事をきちんと伝える為に、わざわざ日本語が喋れる友人に頼んでくれたのだ。
そして、その事を改めて伝えてくれた彼に、僕は本当に感動してしまった。
もうここまで来ると、間違いなく彼は
「綺麗なジャイアン」 に違いない!
僕はもう彼の大ファンになっていた。
やがて宿まで送り届けてくれた彼に、僕は彼の親切にとても感動した事を伝え、お礼を言って、ギュッとハグをした後、記念撮影をして別れた。
去り際に何回か手を振って バイクで遠ざかっていく彼を、僕も手を振り、見えなくなるまで見送っていた。
とにかく、もの凄い 濃い内容の稽古であった。
続く
↑ カフェの近くで見た仔犬さん。
↑ ティン君と宿の前で(撮影者 ジョン)
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