第89話
アンコール・ワットには "思い" を置いてくる。
参道を抜けた僕は、ついにアンコール・ワットの、内部に足を踏み入れる。
この遺跡は今までの遺跡とは、規模が違う!
とてつもなく巨大で、しっかりした建物 である!
今まで遺跡は 内部を見るものではなく、廃墟化していたりと、外観をメインに見るものだったのに対し、
アンコール・ワットは 初めて " 建物の内部 "を見るタイプの、唯一の遺跡だった。
それほど建物がしっかりとしていて巨大なのだ。
アンコール・ワットの内部に入ると、中はかなり広かった。各場所には、いくつも仏像が安置されており、お坊様が何人もいて、ここは遺跡の総本山だが、仏教国である カンボジアの方達の、最高峰の信仰の場所でもあり、心の拠り所でもあるのだろうと感じた。
「ワット」は「お寺」の意味であると聞いていたので、
"アンコール寺院 " であるはずだ。
日本で言えば、東大寺か、高野山や、お伊勢さま、靖国神社の様なものなのだろうと思う。
観光地であると同時に、人々の信仰の心の拠り所でもあるはずだ。
遺跡というよりは、歴史ある、現役の寺院でもあるように思う。
僕が今まで見てきたアンコール・ワットの画像は、建物と景色を捉えたものばかりだったので、僕はこの事実を初めて知り、かなり意外だった。
実は内部こそが、アンコール・ワットそのものなのだ。まるで日本の荘厳なお寺さんに入ったかのような、不思議な感覚に僕はなった。
この遺跡周りで初めて感じる感覚である。
内部に入って、いくつかの仏様にお参りしている間に、雷の音が聞こえだし、雷鳴の音と共に、カンボジアに来てから 一番とも言えるほどの雨が一気に降り出した。
豪雨。というのがぴったりのスコールである。
そして この雨は延々と降り続く。。
仕方がないので、雨に濡れない内部を移動していくと、急に降られたのか、びしょ濡れの人たちも回廊の中で雨宿りをしている。
皆、雨が止むまでじっとしている。
僕も壁にもたれ、しばらくじっとしている事にした。
眺めている雨は、一向に降り止まない。。
皆、じーっと、思い思いの場所で、思い思いの時間を過ごしている。ある人は座り、ある人は立ったまま、ある人は壁にもたれて。
それは不思議な光景だった。
回廊の中はかなり薄暗く、人々のシルエットを映し出し、雨が石を激しく打つ音だけが響く。
誰も声を発しない。
まるで皆が、この寺院で、それぞれが急に 瞑想を始めたかの様な光景で、まるで 敬虔な仏教徒たちが集まっているかのような…
そんな不思議な空間である。
雨のおかげで、ここは観光地から、急に神聖な信仰の場になったのだ。
それから30分以上 雨は激しく降り続けた。
小雨になったかな? というあたりで皆動き始める。僕も回廊内部を周り、その後 第一回廊から、傘をさして中庭に出て、さらに内部の第二回廊へ入る。第二回廊の中を回っている内に、また雨が激しくなる。。
完全な足止めだ。
僕は笑っていた。
「アンコール・ワットには、
やはり 僕は向いてないのかね? 笑」 と。
また小降りになったところで、また外に出て、一番の中心部である最後の第三回廊へむかう。そこに入れる、唯一の入り口を探して、ぐるりと回ってみると、北東の場所に入り口への階段があった。だが、雨で滑って危険なので、回廊への階段が 通行止めにされていた。
大きな雨除けのパラソルの下で、スタッフが観光客達に、
「今は 入れない!」と大きな声で説明している。
見上げてみると、かなり急な階段だ。
雨の中、皆傘をさして並んでいる。
どうやら順番待ちをして並ばなければ、入れないようだ。
僕はラーメンでも、並ぶのが好きではないので
(この雨の中並ぶなら もう良いか。。)
と、アンコールワット周りはここまでにした。
" 縁がない時 " というものは確かにある。
旅をする間に、より僕は、
「縁がある、縁がない」とか、
「まぁ、今はその時ではないのだな」と、
諦めではなく、スッと納得できる様になっていた。
旅には流れというか、確実に " 時期 " というものがあるのだ。
今回縁がなかったということは、また来る機会を与えて貰ったのだと思えば良い。
実際僕は、今でもカンボジアにまた行きたいと思っている。
それは「また来なさい」と
その土地にまたの機会を貰っているからだと思う。
確実に " 思い " が残っている土地には、きっと、何十年後かはわからないが、また訪れる事があるのだろう。
そんな僕は、回廊を第二、第一と戻り、参道へと戻った。不思議なもので、参道に出ると雨はすっかり上がっていた。
(お〜い! アンコール・ワットぉぉお! 笑)
と、もう笑うしかない。
激しく降った雨の影響か、参道にはさっきいた少年も、他の商売をしていた人たちも居なくなっていた。
お堀に出ると プカプカ橋は、豪雨のせいで滑りやすくなっていて、転んでいる人もいた。
この仮設の橋は、カラの大きな四角い 空気入りのプラスチックを繋げて浮かべてある簡易の橋で、
「連環の計」の様な橋である。
プカプカしていて、滑りやすい。
実際僕は、ここでの観光がスベッた…
よくよく考えると、ここがアンコール・ワットへの最初の入り口である。
その「正面の橋」が工事中だった事、横の仮設のプラスチック橋を渡らなければいけなかった所から、ケチがつき始めていたのだった。
「ちゃんとした アンコール・ワット」では無かったのだ!
よし! またいつか来よう!!
と決意した僕は、ジェイクのトゥクトゥクを探し出し「もういいのかい?」と聞く彼に大きく頷き、宿へと帰る事にした。
ジェイクはこの後、僕と飲みに行く事になっているので上機嫌だ。
この遺跡の旅は、彼と一緒に遺跡を周ったり、びしょ濡れにしてしまって コーヒーを奢ったり、謎の遺跡が「ある 無い」で、言い争いをしたりと、ジェイクとの思い出も多い。
彼とは、近しい友人の様に 仲良くなっていた。
事実、そんな彼は "遠慮" と言うものをどこかに忘れてきたのか、
帰りの道中で、雨が降り始めると、車を止め、
「ヘイ! マサミ。キミの持ってる
例の便利な傘を貸してくれ!」
と、僕の折り畳み傘を強引に借りて、傘をさしながらバイクを運転し出した。
傘をさしながら バイクを運転というのも、客席でバイクが安定している トゥクトゥクならではことだが、、初めて見る光景である。
風が結構あるので、僕は日本から持ってきて 大活躍の折りたたみ傘が壊れやしないか、ヒヤヒヤしていた。
貸すときに
「壊すなよ、マ・ジ・で! 壊すなよ!!」
と念を押してしまった事も、
「押すなよ 押すなよ」的なフリに思えてきていた。
とにかく傘が心配な僕は、そのお陰で 遺跡周りの余韻を楽しむ余裕もなく、とにかく傘の心配ばかりして、宿へと帰っていったのだった。
続く
↑ いざアンコール・ワット内部へ
↑ 激しい雨が降り続ける。。
↑ 遺跡中央の高台にある 第三回廊
他の入り口は全て登れない。。
入り口階段は一つしかない。
↑ 雨を避け回廊を移動
↑ 回廊と雨宿りする人
↑ ついに辿り着いた
第三回廊への唯一の入り口
だが、雨の為通行止めである。
↑ 雨の中 なんとか周る
↑ 少し雨が止んだ アンコール・ワット内部
次話