猫好き俳優 東正実の またたび☆

俳優 東正実の東南アジア旅

ゾウの悲哀と不思議な草

 

第169話

ゾウの悲哀と不思議な草

 

ドライバー兼ガイドの、シアンと共に僕らは沢沿いを山道を下って行く。

もう山道というより、ゆるやかな川沿いの小道である。

 

途中で小さな小屋の売店があった。一段上がった所に作られており、おばさん店主が、薄手の絨毯の上に座っている。

手作りのアクセサリー等の、お土産のようなものも売っていた。しかし、僕が魅力を感じるものは何も無かった。

それよりも、手に乗りそうなくらいの小さな猿を飼っていて、その小猿が、おばさん店主の周りを動き回っていた。その小さな可愛らしさに皆盛り上がる。

ベンが触ろうとするが「キッ!」と威嚇をしながら柱を登り逃げてしまう。

苦笑いをするベンに、相棒のチャーリーが爆笑している。

 

そりゃ、こんな大きな男に手を出されたら、小さな猿は怖くてしょうがないだろう。対比すると、ベンの体の体積は、小猿のざっと50匹分はあるだろうからだ 笑

きっと、突然怪獣が来て、にゅっと手を出し捕まえにきたと思ったはずである。

アメリカ版のゴジラ襲来である。

 

売店でアクセサリーを物色する女性陣を尻目に、僕は何も買わずに店を後にした。

道は沢沿いに続く細い道で、20分ほど歩くと、県道らしき道路に出た。

ここからどこに行くのかはわからない。

道のすぐ横には結構な幅の川があり、川に沿って県道らしきアスファルトの道が続いている。

しばらく歩くと、木の建物が見えてきた。

 

広場が駐車場になっており、一部がレストランで、結構広く家も大きい。そして家を過ぎると、そこにはなんと、意外なことに、ゾウさんがいた。

(え? こんなところにゾウさんが…?)

僕たちがびっくりしていると、シアンが

「次は、エレファントライドだ」

と言い出した。

そこで僕達は初めて、今日は象に乗るのだと知った。

いい加減な僕と違い、英語が母国語のアメリカ人のベンや、チャーリーも驚いていた。

1日彼らと一緒にいてわかった事だが、彼らもツアー内容をあまり把握していないようだった。

僕と同じくらいの内容把握である。

 

いつもの事で、このツアーでも、受付で僕がわからない英単語を、適当に聞き流していたからだと思い込んでいた。

だがツアー内容自体を、ツアーの受付の人がキチンと説明していないのだということに、薄っすら気づき始めた。

他のメンバーも、どこに連れて行かれるのか、何をするのかを、あまり把握していないのは、きっとそういうことなのだろう。

 

確かによく考えてみると

「長ズボンのほうが良い」だの、

「懐中電灯がいる」などと言う難しいやり取りはキチンと把握していることを考えてみると、

「エレファントライド」は流石に記憶に残っていなければおかしい。

きっとツアー会社も目玉の

少数民族に会える!」

と言う事以外はあまり説明してくれていなかったのだと、今更気付いた。

 

何はともあれ、またゾウに乗れる事になった。

そして他のメンバーは、ゾウライドは初めてらしく結構喜んでいた。

前のように、象に乗るための小屋の階段を登る。だがそこで、僕はとても悲しいものを見た。

 

 ゾウの目が、完全に死んでいたのだ。。

 

いや、そう見えた。

以前、カンチャナブリーツアーで乗ったゾウさんは、目に優しさと、可愛らしさが同居していた。だが、ここの象さんは、

 目が吊り上がっている。

ガイドのシアンが、笹のような草を指差し、餌をあげるのは一回500円で出来ると説明してくれたが、そんな事など、すでにどうでも良くなっていた。

 これ、油断すると殺されるかもな…

アフリカのサバンナに住む、凶暴なゾウのイメージが頭を駆け巡る。

ゾウは疲れているのか、象使いの言う事を聞こうとしない。鳴き声を上げて、抗議の声をあげているように見えた。

象使いたちは、前の家族経営のノホホンとしたゾウ園の雰囲気とは違い、殺伐とした雰囲気だ。

以前の、可愛らしい子供の象使いさんとは違い、乗り手はかなり人相が悪いおっさん達である。

おじさんたちは、抗議の声を上げる象に、草刈り鎌のような鉤爪を鞭の代わりに振い、象たちに無理やりいう事を聞かせているように見えた。

後ろにいた、アレクとマルティーナを見ると、顔を合わせて眉をひそめている。彼らの戸惑いはよく分かる。

怖いが、とにかく乗ってしまうに限る。乗り場にいると、鼻で攻撃されそうだな。と身の危険を感じた。

というか、一回乗った事がある僕は、むしろ断りたかった。

 

僕がゾウさんに乗ると、彼は当然動かない。

ゾウは抗議の声を上げている。。

おっさんが鎌を振るう。

ゾウはようやく動き出す。

 

のそのそと歩き、道に出た。

ここは公道をゾウライドのコースにしているらしい。。そしてゾウがまた止まる。

おじさんが鎌をふるい、足で行け行けと指示をする。

ゾウが抗議の声を上げる。

おじさんが…

ゾウがのそのそと…

を数回繰り返して、ようやく川の前に着いた。

結構な川幅で、水深は浅そうだ。

川の前でも前述の、ゾウさんとおっさんの攻防が続く。

 

僕はいい加減ウンザリしていた。

そして、ゾウが可哀想でならなかった。

 

いったいこのゾウ園は何をやっているのだろう?

俺はここまでして、ゾウに嫌な思いまでさせてまで、ゾウライドなどしたくはないのだ。

 

そんな事を考えていた僕の思考は、次の瞬間一気に遮られた。

なんとゾウが川の中に入って行ったのだ!!

川の中を進むゾウライド。まるで、タイのビッグサンダーマウンテンである。

 

流石にこれには僕も一瞬興奮したが、道路に戻る頃には、再びやりきれない気持ちに戻っていた。

ゾウさんが頑張ってくれたお陰で、すごい体験をさせて貰ったが、やはり道に戻ると、再び押し問答が始まったからだ。

 

後ろを見ると、アレク達も苦笑いをしていた。

そうして、ゾウは乗り場の小屋に戻り、僕はさっさとその小屋を降りた。

後ろで「餌はやらないのか?」と言ってるのであろう、おっさんのタイ語が聞こえたが、とにかくさっさとこの危険な場所から逃げたかった。

ゾウから降りた直後、ちらりと見たゾウさんの目に、僕は軽い殺意を感じていたのだ。

 

そして、こう思ってもいた。

(餌くらい、観光客に買わせずに、

 自分らでちゃんとやりなさい!)

と。

 

いづれにしても

(なんだが、可哀想な事をしたなぁ。。)

とは思うが、これも僕が乗らなければ、おっさん達にお金は入らず、しいては、資金難になれば、ゾウ達がより可哀想な目に遭うのだろうと考えた。

そう無理矢理、やり切れなさを解消する為、自分にそう言い聞かせた。

 

やがてアレク達も降りて、待っていたシアンと合流する。

「餌は良いのかい?」聞くシアンに、僕とアレク達は苦笑いをし、顔を合わせてお互いに肩をすくめるジェスチャーをした。

まったくやれやれである。

 

シアンは不思議な顔をしたあと、こちらに来いと僕らを呼んだ。

彼は草の前にしゃがむと「面白いよ」と言いながら草を触った。

すると不思議な事に、イヤイヤをする様に、草が縮んだのだ。

アレクもマルティーナさんも、びっくりしている。僕も試しに触ってみると

「いやん、触らないで…」とばかりに縮んでしまう。

(なんで可愛らしい草なのだ!)

僕たちは夢中になって草を触っていた。

 

ゾウライドで傷ついた僕たちの心は、この不思議な草にすっかり癒されていた。

 

なるほど、。

タイはリカバリーも凄いのだね。。

 

わたしはタイの奥深さを改めて感じたのだった。

 

続く

 

f:id:matatabihaiyuu:20240104104911j:image
おばさんのお店と子猿さん。


f:id:matatabihaiyuu:20240104104903j:image
f:id:matatabihaiyuu:20240104104946j:image
f:id:matatabihaiyuu:20240104104906j:image
f:id:matatabihaiyuu:20240104104937j:image
f:id:matatabihaiyuu:20240104104932j:image

↑ 元気一杯の子猿さん。


f:id:matatabihaiyuu:20240104104924j:image
f:id:matatabihaiyuu:20240104104954j:image

 

https://youtube.com/shorts/zaZcu7SY1Ho?si=yf4G2vdB6h52SWkh


↑ 川に入るゾウさん。

 すごい体験だった。

 

f:id:matatabihaiyuu:20240104111605j:image

 

https://youtube.com/shorts/oXd2ON9AcQg?si=OuGdW0EJJV-JBZob

 

↑ しおしおする葉っぱさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獣道に潜むモノ

 

第168話

獣道に潜むモノ

 

ツアー2日目は、なぜか最初に、村の小学校を紹介してくれた。可愛い村の子供達が5、6人、体育座りをして迎えてくれる。

 

この山奥の小さな村に、小学校がある事に少し驚いた。

だが考えてみると、確かに小学生の子ども達に、毎日山を登り下りをさせて、町の学校に通わせていたら大変だし、何より危ない。

小学校までなら一人の先生がいれば、充分学校として成り立つ。少人数だし、村で教えた方が効率がいいと言うのは、考えてみれば良くわかる事だった。

こじんまりとした、ちょっとした平建ての一軒家が学校であるという。風通しもよく、いい空間だ。

 逆に日本の鉄筋の学校より

 ある意味贅沢なのではないか?

そんな事を考える。

子供達は突然来た外国人達に少し戸惑っていた。みんな素朴な田舎の子という感じで可愛らしい。僕は教職免許も持っているので

(授業に参加させて貰えたら嬉しいな)

と思っていたのだが、挨拶をし、しばらくししたら終わりで、僕らはすぐに出てしまった。これには子供達もキョトンとしたままだった。

せっかく機会なのに、来ただけで、何も出来ずに残念だった。海外のツアーの内容には、不思議な「やっつけ感」のある残念なイベントが一つか二つある。

ベトナムメコン川ツアーの時の

 地元の人の演奏もそうであった…)

とにかく、盛りだくさんで、もてなそうという気持ちの表れなのだと自分を納得させた。

 

学校見学の後、宿に戻り荷物をまとめた僕たちはついに村を降りる事になった。

この不思議な犬の村ともついにお別れだ。

正味、丸一日もいなかったのに、名残惜しい気持ちになるから不思議なものだ。

 

ルートは、昨日とは山を反対側へと降り、裏の滝に出るという。

整備されている尾根の登山道から、急に右に曲がり、草むらの中へと歩き出す。先頭のプイさんはその先の全く道などない方向へと歩き出した。

草は膝上くらいまであり、足元が見えないので慎重にゆるい坂を降り歩く。

(ええ〜? 今こそ 長ズボンがいるじゃん…)

と思ったが、ハーフパンツの僕には後の祭りであった。

草をかき分けながら、ゆるい丘をどんどん降っていく。

途中から木々の間に入り、今度は獣道の様な山道を降っていく。

普段から利用しているのか、細く狭い、草のない地面があるので、そこを皆んなで降っていく。

結構急である。ボクはアメリカ人のチャーリーに習って、よさそうなしっかりとした木を見つけて、杖にして降って行った。

 

ここで驚いたのが、獣道の隣の坂を、草をかき分けながら「ガサガサ!」とすごい勢いで並走する動物が現れたのだ。

「まさか、猪でもいるのか?!」

とボクはびっくりして身構えた。

ここは外国の山奥である、何が出てきてもおかしくは無い。気配の大きさからすると、熊では無さそうなのが唯一救いだ。

中学校で剣道をやり、殺陣もやる俳優の僕は、杖を木剣に見立て上段に身構えた。

するとその動物は止まり、ヒョイと顔を出した。

 

それをみて僕はびっくりした。

なんと昨日から一緒にいる、赤毛の中型犬だったからだ。彼は僕に挨拶?をするとまた、獣道の隣をガサガサと降り出した。結構凄いスピードである。

僕はホッとすると同時に、最後までお見送りに来てくれる彼が、本当にプイさんの相棒なのだなぁ。。と感心していた。

(同時にかなり怖い思いをしたが…)

 

そしてこれは、放し飼いで飼われている犬にしか見られない現象であろう。リードで繋がれている日本ではまず見かけない、貴重な映像だ。

「流れ星銀河」と言う熊犬の漫画があるが、漁師とともに山道を駆け下りる彼らと、赤毛の彼が何となく重なって見えた。

 

途中降り出した雨の中、僕はリュックから日本の、コンビニで買っておいた簡易のビニールのレインコートを取り出して、着ながら降りる。

みんなはビショビショになっている。

大男のベンが僕をみて

「正実だけずるいぞー」と笑っていた。

「ならベン、このレインコート貸そうか?」

と返すと、ベンは

「そのサイズの貸してもらっても

 ビリビリ破けて終わるだけだよ」

と笑っていた。

そんな彼はいつの間にか、自撮りのGoProを片手に、撮影しながら降りていた。

なんだかんだで雨も楽しみながら僕らは、ワイワイやりながら細い山道を降って行った。

(途中ベンが派手に後ろにすっ転んで、

 その本人も、僕らも爆笑していた。)

 

やがて雨も止み、結構急な山道を1時間程で一気に降ると、水音が聞こえてきた。そこに向かってさらに降りて行く。そして山道を降りきった先が急に開けた。

そして目の前には、いきなり大きな滝が出現した。高さ15メートルくらいで結構高いが、横幅の広い滝で、広範囲に緩やかに水が落ちているのでそこまでの圧迫感は無い。

滝の下では、先に来たであろう観光客達が水遊びをしている。

ふと気配を感じて後ろを見ると、例の赤毛のワンさんが「ヘッヘッヘっ」と息を整えている。

隣で腰に手を当てて、これまた息を整え、汗を拭うプイさんに、

「ここまでついて来てくれるなんて

 彼もいいガイドなんだね」

と言うと、プイさんはまるで自分のことを褒められたように喜び、誇らしげに

「イエス!ヒー イズ マイ バディ!」

と、彼が最高の相棒である事を教えてくれた。

 

その時、彼と目があった僕は、ふと頭を撫でてみたくなった。僕は本当に久しぶりに犬に触りたくなったのだ。

不思議と恐怖感はなく、自然と彼の頭を撫でていた。

彼は大人しく撫でられている。体も撫でてみる。彼は大人しく撫でられている。

僕は本当に子供ぶりに

(…噛まれるのでは無いか?)

と言う恐怖をどこにも感じず、犬を撫でた。

僕は嬉しくなり、どんどん撫でた。長年の呪縛から解き放たれた僕は、さらにしばらく、しつこいくらいにワンさんを撫でていた。

しばらく大人しく撫でさせてくれていた彼だったが、流石に「いい加減にしろよ」と思ったのか、急に向こうへ行ってしまった。

それを見ていたプイさんは笑っていた。

僕も(撫ですぎたな。。)と、反省ついでに笑っていた。

滝に目をやると、皆がいつのまにか水着に着替え、滝の下で遊んでいた。

他のツアーに参加しているであろう観光客も数人いる。そこに僕も着替えて参戦する事にする。

水の流れは、結構高いところから流れてきている。水量もあるので勢いも結構あるが、冷たくて気持ちがいい。

ベンは例の如く豪快に笑い、みんなもまるで海の波の様に、流れ落ちてくる水に挑んでは、弾かれて大笑いしている。

その時、ふと見た19歳のリオに僕は心を奪われてしまった。黒のビキニを真っ白な綺麗な肌にまとった彼女は、水圧に水着を持ってかれそうになりながら、はしゃいでいた。その姿は清らかで美しく、なんというか、お淑やかであった。

その姿を見て、僕は彼女に神々しいほどの若さと、美しさを感じてしまっていた。

(女性って、本当に美しいな。。)

僕は改めてこの神秘ともいうべき、男の性の私が絶対に辿り着けないであろう美しさに、舌を巻いていた。

女性の持つ、神秘的な美しさは不思議だ。

僕は、ただただ見とれてしまっていた。

 

ジェンダーの理解が進み、色々とセンシティブなこの時代であるから、怒られるかもしれないが、僕がこの旅でいつも感じていたのは、

「男性と女性はやはり違う生き物だなぁ。」

という感覚である。

 

やがて皆水遊びに飽きてきて着替え始めた。

昨日の滝と同じパターンである。

そして、昨日と同じくここでガイドが交代になる。昨日のドライバーのシアンが迎えに来てくれており、ここでプイさんともお別れだ。

皆と握手をして別れる。

僕は 「また飲もうね」 と呑兵衛特有の別れの挨拶をし、固い握手をした。

隣の赤毛さんにも、しゃがんで撫でてお礼を言った。

赤毛さんと並んで手を振りながら、明るい笑顔のガイドのプイさんは、僕らが見えなくなるまで見送ってくれていた。

 

陽気なガイドと別れた僕らは、さらなるツアーに向けてまたぞろぞろと歩き出した。

 

つづく。

 



f:id:matatabihaiyuu:20231029133835j:image

↑ 村の小学校の先生と子供たち



f:id:matatabihaiyuu:20231029133746j:image
f:id:matatabihaiyuu:20231029133800j:image

↑ 2日目の大自然コースへ

 

f:id:matatabihaiyuu:20231029134313j:image

↑  獣道へと


f:id:matatabihaiyuu:20231029133806j:image
f:id:matatabihaiyuu:20231029133735j:image
f:id:matatabihaiyuu:20231029133752j:image

↑ 滝で遊ぶ みなみな


f:id:matatabihaiyuu:20231029133813j:image

↑ 見送りしてくれた 赤毛さん


f:id:matatabihaiyuu:20231029133741j:image

↑ いい滝・夢気分!

 

 

時は来た! いぬをこえる。

 

第167話

時は来た! いぬをこえる。

 

朝起きると、意外とスッキリしていた。

昨日あれだけ飲んだ割には、酒も残っていなかった。不思議だ。

 

皆まだ寝ているようで、僕は朝の散歩をしようと玄関のドアを開け外に出た。

ドアのすぐ横の青いクーラーボックスのビールの値段を改めて見ると、昨日はかなり調子に乗って飲み代にお金を使ってしまっている事に改めて気付いた。

覚えている範囲の飲んだビールの本数を掛け算してみると、ツアー代金より、はるかに飲み代が高くなってる。

(うわぁ… マジかぁ。 やっちまった、、)

僕はすぐに、激しい後悔と自己嫌悪に陥った。

 

 うーん。。頭が痛い… 気がしてきた。

 心なしか、二日酔いな気がするなぁ。ハハ…

 

そんなちょっと泣きそうな僕は、キッチンから煙が出ている事に気がついた。

キッチンに顔を出すと、二日酔い明けに、さらに僕と遅くまで飲んでいたはずのプイさんが、朝食の支度をしてくれていた。

昨日あれだけ飲んだのに、今日はお酒が残ってはいないのか、素晴らしい笑顔で迎えてくれた。

(この人の笑顔は本当に暖かいなぁ。。)

と心から思う。なんというか、心からの笑顔なのだ。慈愛のある、なんともいえない良い顔なのだ。「仏様のお顔に近い」 …というのは流石に言い過ぎだろうが 笑 

何かそんな慈味のある笑顔だ。

この顔を見れただけでも、まぁ、ビールを奢った甲斐があるな。と僕は無理矢理自分を納得させ、何とか気を取り直した。

 

それに昨夜、ある体験をしていた。

飲みすぎた僕は、夜中にどうしてもトイレに行きたくなったのだ。トイレは外にあるので、皆を起こさぬよう、携帯の灯りをたよりに、忍び足で玄関までいった。

外は真っ暗なはずなので、扉の前で懐中電灯をオンにしてから玄関の内扉を開ける事にしていた。

そして懐中電灯をつけ、ドアを内側に開けた僕は、ギョッとして思わず「はっ?」と声を漏らした。(幸い尿はまだ漏らさずに済んだ…)

開いたドアのすぐ下に、二つの赤い目があり、僕と目が合ったのだ。

そう。ドアの外のすぐ下に、例の赤毛の中型犬が丸くなって寝ていたのである。

玄関ドアの真下のど真ん中に寝ており、僕がトイレに行くには、どうやってもこの犬に退いてもらわねばならない。。だが、まだ犬への恐怖心が完全に払拭されてはいない僕には、彼を退ける勇気は無かった。

「ええと… ごめんね。どいてくれないかな?」

と小声で話しかけてみるが、彼は意に介さず、プイと顔を背けてまた寝てしまった。

(こんな所で寝ないでヨォ〜 うぅ。。

 困った… そして、も、もう漏れそうだ。。)

一瞬プイさんを起こそうかと本気で思ったが、そんな事をしている間に僕は、水浸しになっている自信があった。何故なら僕の膀胱は今にも爆発しそうだからだ。

まさに時は、風雲急を告げている!

 

 「 時は来た!」

 

なぜかその時、僕の頭には、新日本プロレス破壊王が在りし日、あの猪木に初めて挑む時に発したその言葉が浮かんできた。

(もちろんその後ろで吹き出す武藤さんの映像も同時にだが。)

そう、あの頃の熱い新日プロレスの、橋本真也さんの言葉が浮かんできたのだ。

(そう、今だ。それだけだ。 今こそ

 イッヌへの恐怖心を乗り越える時だ!)

僕は意を決して、彼を跨いで乗り越える決意をしたのだ!

勇ましく、燃える闘魂の「猪木のテーマ曲」が流れそうなものだが、実際には、

「噛まないでね。。ちょっと跨ぐだけだから…

 ホント噛まないでね… お願いね、、

 またぐよ〜。う〜、動かないでね。。」

情けないトーンで懇願しながら、僕は恐る恐る彼を跨ぎ始めた。

彼は声ひとつあげずに、黙って大人しくしてくれている。微動だにしない彼を僕は何とかまたぐ事ができた。

そのまま僕はできる限り彼を刺激しないように、最速の忍び足でトイレへ向かった。階段の下にトイレはあるのだが、ほとんど勘で暗い階段を駆け降りていた。

そしてトイレに駆け込む。ドアなど閉めている余裕は無い。。というか、人などいない。

そして… なんとか間に合ったのだ!

僕は、大活躍してくれた自分の括約筋に感謝しながら、至福の表情をしていた。今朝のプイさんに負けない位の「良い顔」をしていたはずである。

 

やがて、悟りを開いたかのような柔らかな顔でトイレから出てきた僕は、手洗い場を探すくらい余裕が戻っていた。

 ふぅう。。間に合ったぁ〜。

という安心感と共に、あることに気がついた。

 あれ?! これって。。あのイッヌさんを

 もう一回跨がなければ、部屋に戻れない?!

という事実にである。

(またあんな怖い思いをするの〜?

 うわぁ。。やだなぁ。。)

とりあえず僕は自分を落ち着かせる為に空を見上げた。雲はまた厚くなっていたが、雲間から少し星が見えた。

(そういえば… 「星守る犬」という

 犬の漫画が日本にあったな。。)

ふいにそんな事を思い出した。

 星守る犬かぁ。。ん? あれ?

その時、背中に電流のようなものが走った。

 おぉ! そうか。 そういう事か!

赤毛さんがあそこで寝ている理由が解ったのだ。それはきっと村のイッヌ達と一緒の理由のはずだ。

彼はきっと、寝ていて無防備な僕たちを守ってくれているのだ。その為に玄関でわざわざ、番犬よろしく寝てくれているのだと。

そのことに気付き、彼に対する恐怖がすっ飛んだ。

僕は階段を再び上がり、ドアの前に来た。彼は僕が怖がらないように、顔さえ上げないようにしてくれている。

(やはり、気の利く頭の良いイッヌさんだ。)

嬉しくなった僕は「失礼しますね〜」と言ってからゆっくりとドアを開き、

「ごめんねー。またぐよ〜」と言いながら彼をサッと跨いだ。

 

その間彼は黙って寝たフリをしてくれている。

ゆっくりとドアを閉めながら「ありがとう」と本当に自然に彼に感謝を伝えていた。

僕は、彼と村と自然の一部に繋がっている気がしていた。自分の中にも彼を感じる不思議な感覚になり、全く彼に恐怖を感じなくなっていた。

そして僕は暖かい気持ちで、より深くこの村に抱かれるように深い眠りに落ちたのだった。

 

そんな事もあったおかげか、今朝は本当にスッキリとした寝起きを経験できていた。

 

今彼は、夜が明けてプイさんが起きたのを確かめたからなのか、少し離れた所で座っている。

僕と目が合っても、空気のように自然にいてくれる。まるで家族になったかのように感じる。

プイさんに聞いてみると、彼はプイさんの家で一緒に成長してきたという。流石にプイさんも37歳なので、20代から一緒という意味だろうが、本当の家族のように自然とプイさんの周りに空気のようにいる佇まいは、何か高貴なものすら感じた。

 

僕は朝食前の散歩に出た。山の朝の空気が気持ちいい。犬達は活動的では無いが、やはりそこいらにいる。

だがもう彼らにいたずらな恐怖は感じない。

感じるのはこの村の一員であるという不思議な感覚だけである。不思議と向こうもそう感じているのか、彼らも昨日ほど僕に興味は示さない。

まるで同居人として見ている様な節がある。

 

僕はこの二日間で、イッヌに対するこれまでの恐怖心が完全とはいえないが、かなり改善され、彼らの感覚に近付けた様な気がしていた。

 

ありがたい。ありがとう村のイッヌ達である。

 

つづく。

 

 

f:id:matatabihaiyuu:20230822011630j:image

↑ 頭の良い、気の利く赤毛のワンさん。

     人生初の犬跨ぎなど、色々と感謝しかない。


f:id:matatabihaiyuu:20230822012905j:image

↑ 朝から最高の笑顔のプイさん。

     魔法の様に酒は残っていない 笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

満天の星とむら護る犬たち

 

第166話

満天の星とむら護る犬たち

 

夕陽と時間を共有したイッヌさん。それとなく仲良くなった彼に、途中まで先導してもらい、僕は宿へと帰ってきていた。

 

「途中まで」と言うのは、実は彼が何かを追いかけて、道中いなくなったからなのだ。

先を歩いていた彼は、あるポイントでぴたりと止まると、急に生い茂る草むらに対して唸り出した。その後しばらく吠えた後、近くからやって来た別の犬と合流すると、激しく吠えながら奥に消えていった。

草むらの藪の向こう側からは、別の甲高い犬の鳴き声が聞こえ、その声を追うように、村の二匹の犬の吠え声は共に、だんだん遠くなっていった。

さっきまで気の良かった彼の豹変ぶりに、僕はしばらく呆然としていたが、宿に戻る途中、この村でされている「犬の放し飼い」の理由と意味に、ようやく気がついていた。

どうやらこの村の犬達は、村を野犬などから守ってくれているようだ。昔、群れた野犬はとても危険で、人間も襲うと聞いた事がある。

猫と違い、野良犬を見つけるとすぐに日本の保健所は、施設に連れていく。それを子供心にも不思議に思い、僕は近所のおじいさんに聞いたことがあった。教えてくれた理由は、猫と違い野犬が群れると危険な為に、早めに捕まえるという事であった。

調べてみると「狂犬病への対策の為」もあるという事だった。それは「狂犬病予防法」という法律がある事も、大いに関係しているらしいが実際、群れた野犬はとにかく恐ろしいらしいのだ。

そしてこの村の周りには、野犬以外にも、山には猪やら、何やら危険な動物がいるのだろう。村の畑や、食料を荒らす動物もいるはずだ。

それらをここでは、放し飼いの犬達によって、この村の治安を守って貰っているのだ。代わりに犬達は人間に餌を貰い、可愛がって貰える。

犬の先祖の狼達を飼い慣らし、徐々に人間に慣らしていった人類。そんな太古の人間界に当たり前にあった犬との関係がここにはあった。

そんな事に気付いて僕は、何か感動してしまっていた。村に来た時にジロリと僕らを値踏みしていた彼らはきっと、僕らがこの村にとって安全か危険かを判断していたのだ。

何と健気で素晴らしい生き物との関係性であろうか。

犬が、人類のパートナーであるという考えに、実地で実感を持って僕は深く納得していた。

ここで僕は、これまでの自分の 犬生観 ともいうべきものが、大きく変わったきがした。

 ああ、何て健気な生き物なのだろう。。

僕は犬への子供の頃からの恐怖感が、浄化されて行くのを感じていた。それくらい衝撃を受けた経験だった。

少数民族の生活を感じて、ガツンと頭を叩かれるような経験を「人間から」少しでも得れたら良いなぁ。と思っていた僕は、この村のイッヌにこそ、ガツンとやられたのである。

これはこの村に来て、いやこの旅に出て、不思議と感覚が変わった瞬間のひとつであった。

 

そんな思考を反芻しながら、薄暗がりの中やがて無事に宿に着いた。かなり暗くなってきていたので迷いそうで不安だったが、うまく辿り着けたようだ。

階段を上がると、皆広いバルコニーに出て来ており、焚き火を囲んでいた。

日本の囲炉裏のように、70cm四方程の枠の中に砂を敷き、下が燃えない作りになっている。正方形の広いバルコニーでは、皆が円になって火を囲んでいる。誰かが音楽もかけており、ちょっとしたキャンプファイヤーである。

早速僕はその輪に加わる事にした。火の番はベンが買って出てくれているらしく、ビール片手に木をくべていた。

 

僕はすぐに、チャンビアーの瓶を例のクーラーボックスから取り出して、プイさんにアピールする。

プイさんはすぐにグラスを持ってきてくれた。

何故かプイさんの前にもグラスがあった 笑

 

皆と乾杯をして、火を囲んで色々な話をする。

昼とは違い、火を囲みながら話すと不思議な安心感と、連帯感がある。

くだらない話や、自分のことなどプライベートな事も話していた。とてもゆったりとした時間を皆と過ごす。

そしてここは周りに電灯がないので、夜には

満天の星達が見える というのもこのツアーの売りだった。だが空を見上げると、先ほどからだいぶ曇っており、残念ながら、今日は星を見るのは難しそうだ。。楽しみにしていたのだが、自然の機嫌次第なのでしょうがないと諦めた。

 何事も気にしたら負け。損などしていない。

そう自分に言い聞かせる。

それが僕の  My マイペンライ である。

 

話が楽しくて、僕はどんどんビールを飲んでいた。プイさんが

「ビール飲みたいけどお金がな〜い!」

というので、僕は自分のビールを、どんどん彼女のグラスに投資した。

俳優としてのサガなのか「金の無い若手俳優の分は、先輩が出してあげる」という風土に育ってきた、まだ昔気質の気風を残した俳優の僕は「お嬢さん、どんどん飲ってくんなっ!」と江戸っ子の様な気っ風の良さで、次々と瓶を開けていた。

ご機嫌になりすぎて、かなり飲んでいた僕だったが、ふと冷静になり、クーラーボックスの上の飲み物の料金表を、懐中電灯で照らし改めて確認してみた。山の値段なので、ビールは地上の倍以上のタイバーツ表記である。酔った頭で大体の計算してみると、ビール代がすでに、ツアーの代金を超えていた。

(え。。 おれ、アホちゃう…?)

僕は一瞬ポカンとしたが、ビールを取り出し終わった後には、すでに気を取り直していた。

(今日は楽しいから、マイマイペンライ!)

自分にそう言い聞かせ、お金の事を忘れる事にした。貧乏旅行者の僕だが、ここぞという時にはお金はパッと使うと決めていたからだ。

 お金はしょせん手段でしか無いのさ。

 対価で満足出来れば、使う時に使う。

 お金って本来、そういうもんだろ?

そう心で呟き、ふふふと笑い、今日は肚を決めてトコトン飲む事にした。

(カッコよく言っているが、要は酔って

 気が大きくなっていただけである。。

 翌日の自己嫌悪がヤバかった 😅)

 

そんな僕達はどんどん話をする。

一番驚いたのが、ドイツ人女性のリオがまだ19歳という事だった。しっかりとして見える彼女がまさかそんなに若かったとは!驚きであった。まだ学生さんだという。道中、あまり自分から喋らなかったので、

(ちょっとシャイなのかな?)

と思っていたが、そりゃいい歳の大人達に囲まれていたら気後れするはずある。納得した。

改めて話すと、芯の強い、可愛らしい娘さんであった。もっと早く話しかければ良かった。

しかし、この若さでの海外一人旅で、ツアーにも参加とはすごい行動力である。しっかりして見えるはずである。

 

やがて夜は更けていき、アスリートのアレク達を筆頭に、一人、二人と寝床へと戻っていった。そして最後には僕とプイさんの二人きりになった。この陽気なタイ人は、よほどビールが好きなのか、僕とずっと飲んでいた。

同い年で、同じ飲んべぇというのもあってか、恐ろしいほどウマがあった。ずっと飲みながら笑っていた。一回イタズラを兼ねて

「たまには一本、プイさんもビール買ってよ」

と言うと、胡散臭い悲しい顔の演技をして

「お金な〜い。」と言ってくる。

それを見たぼくも「嘘つけ〜!」と爆笑し、彼女も大爆笑するという。ほぼ末期の、何が面白いのかわからなくなるくらい酔っぱらっていた。やがて僕もプイさんも、大の字になり笑っていた。

するとそこで奇跡が起きた。そのまま空を見ていると、スーッと雲が晴れていったのだ。

やがて姿を現した空の黒いキャンバスには、満天の星達が輝いていた。

僕はしばらく絶句していた。それ程の満天の星だった。

(あれ? 夢を見ているのだろうか?)

酔っ払った頭でそんな事を考えながら僕は、この村からの最高のギフトに出会えた事にほとんど回らない頭で感謝していた。

(ビールは高くついたが、プイさんと

 この時間まで飲み続けて良かったな。。)

このツアー客の中で、唯一この星空を見れた僕だったが、実は酔いが回って、星空も一緒にぐるぐる回り始めていた。

 

ずいぶんもったいないことをしたものである。

 

つずく。

 

 

f:id:matatabihaiyuu:20230727011908j:image

↑ 火を囲む僕たち

 

↓ 楽しく焚き火の動画

https://m.youtube.com/shorts/_WAbEs0IZv8

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕陽よ今夜もありがとう

 

第165話

夕陽よ今夜もありがとう

 

食事は質素ながら美味しく、みんなあっという間に平らげていた。僕もお代わりしたが、大男のベンはご飯を3回もお代わりしていて、さすがだった 笑

 

食後は皆、思い思いに休憩し始めた。僕はまだ日があるうちに、散歩に出る事にする。

プイさんから再度、街灯などはないので日が落ちる前に必ず帰ってくるよう言われ、念の為に懐中電灯も持参する事にした。皆は宿でひと休みするらしいが、僕は迷わず出かける。

ここでもやはり、夕日を見たかったのだ。

小屋の玄関を出た横には、大きなクーラーボックスがある。そしてその中には、たっぷりの氷で冷やされた、キンキンの飲み物が沢山入っている。きっと自家発電で電気を作れる家があるのだろう。なので少しは電気が使えるのだと思う。

道の途中の売店といい、この村では氷を作る事はそんなに難しくないように感じた。

僕は缶ビールをひとつ中から取り出し、プイさんにアピールした。ここでは、クーラーボックスの中の飲み物は、後精算で良いようだったからだ。

食事の時、ベン達も僕も瓶ビールを頼んだ時、お金は後で良いとプイさんに言われていた。彼女は僕をみて、伝票のかわりにノートに「ビール1缶」と書き込んだようだった。

 

僕はそれを持って、そそくさと竹の階段を降り、小道を上がってこの村のメインストリート? らしき尾根の小道に出た。

実は小屋にくる途中の、村の中を通ってきた時に、良さげな場所を見つけておいたのだ。

その、木が倒れて天然のベンチになっている開けた場所へと向かう。

途中犬達が何かに吠えていて、ちょっと怖かった。なので慎重に、そろりそろりと気配を消して歩いていく。いたる所で犬の吠え声がする。

怖かったので、かなり気を使った。日本にいる、のほほんとした飼い犬さん達と違い、ここの犬達には野生味をかなり感じる。

昔読んだ浦沢直樹氏の漫画「マスターキートン」では、軍の教官まで務めた事のある主人公の平賀・キートン

「訓練された犬には、人は素手では絶対に勝てない。」

と言っていた。

浦沢氏が言うのだからそうなのだろう。本当に気をつけなければ。。訓練されて無くても勝てる気がしない。

そんな事を考えながら目的地に着くと、そこは最高のロケーションになっていた。

周りには誰もいない。独り占めの空間である。色々とあった今日だが、夕陽好きの僕には、全てが報われるほどの最高のひと時になりそうだ。

 

僕は倒木に腰掛け、山の向こうに見える夕陽を見ながら、ゆっくりと缶ビールを飲っていた。

その時ふと、最初の国マレーシアで旅の始めに見た、ランカウイ島の夕陽を思い出した。

あの時は、海に沈んでいく夕陽だった。

夕陽はどこの国に行ってもやはり夕陽だ。

紅く頰を染められながら僕はひとり

「思えば遠くへ来たもんだ…」

そう呟いていていた。

 

(一体、ここは何処なんだろうか?)

ふとそんな疑問が湧き、おもわず笑ってしまう。

 

タイのチェンマイの国境付近の山だと言う事は、頭では勿論わかっている。

だが、それが何だと言うのだろう?

それは地名に過ぎない。唯の知識に過ぎない。

そんなものを抜かして考えた時に僕は、ただ山に車で連れて来られ、ただ言われるままに山を歩き、国境付近らしい山の上にいる。

それも、今まで縁もゆかりも無かった国の、来たばかりの街の、さらに奥地の山だという。

連れてこられただけの僕は、知らずに国境など越えていても気づかないだろう。本当にタイかどうかも本当の所はわからない。

 

「こんなに予防注射打って…

 一体何処に行かれるんですか? 笑」

出発前に大量のワクチンを打ってくれた、女医さんの言葉もふと浮かんできた。

「確かに。本当にどこに居るんだろう。」

僕は夕陽を見ながら苦笑していた。

 

ふと気配を感じ右手を見ると、いつの間にか一匹の犬がぼくの座る倒木の横に寝そべっている。かなりビックリしたが、彼は僕と一瞬目が合うと、同じように前を向き、一緒に夕陽を見ている。どうやら僕の晩酌に付き合ってくれる気らしい。

犬が苦手な僕も、流石に大人しい犬を見ると安心するし、可愛くも感じる。

 この「犬」という生物の、怖さと可愛さの

 ギャップはなんなのだろう…?

そう異国で一人、人類の相棒と呼ばれる「犬」について、酒を片手に考えていた。

大人しくしているイッヌは、困ったようなタレ目顔で、ただ隣にいてくれる。不思議な愛おしさを感じるが、幼少期に指を噛まれたことがある僕は、やはりどこか心は許せない。だけど不思議と愛嬌が愛おしい。。

 

 イッヌ… こいつは難しい問題だ。。

 

僕は苦笑いをしながら、ビールをちびちびと飲んでいた。

日本にいたらこんなに身近に放し飼いの犬もいないし、こんなに犬に対しても対処を考えたり、この生物と触れ合い、考える機会もなかったであろう。。僕はこの犬という生物についても、少し心を許せるようになってきている自分に気付いていた。

きっとタイがそんな気持ちにさせてくれるのだろう。本当に不思議な国である。日本とは明らかに違う。

 

  " 寛容 "   と言う大事な言葉を いつしか

 日本は失ってしまったのではないだろうか?

 

僕はこの国に来て、改めてそう考えていた。

タイに限らず、タイがマイペンライすぎるだけで、ここ東南アジア各国では人を許し、特に

「受け入れる。笑って済ませる」

という空気感がある。

明らかに日本とは違う空気を感じる。確かに、いい加減な事やモノがいっぱいあるが、それゆえに、人やモノに寛容で優しい。

逆に言えば、日本がいかにきっちりし過ぎているかが思い知らされる。

  " 固くて 堅く 頑なに 硬い国 "

旅の途中、日本について、思わずそんな印象を持ってしまう時もある。いつから日本は、そんな固茹で卵になってしまったのだろうか?

(逆に一皮剥けば、日本人は皆柔らかいのに…)

 

もちろん日本に生まれて良かったと思っているし、僕は日本が大好きである。だからそれゆえに、日本について色々と考える事が多くなっていた。

 江戸時代にあった聞く、柔らかな気性は

 一体どこに行ってしまったのだろうか?

そう思ってしまう。

現在の日本の「寛容の無さ」がいかに異常かを考えさせられる。

(きっと、社会の中で一人一人に

 求められる能力が高過ぎて、そのせいで、

 一日にやる事が… やらなければいけない事が

 多過ぎるのだろう。。忙し過ぎるのだろう)

ひとつ、そういう結論に辿り着いていた。

携帯やネットが発達した事で、より一日にこなせる仕事や、作業が増え、それをこなせるのが当たり前という空気があるように思う。そのせいで、物理的にも、心にも、より余裕を無くさせているのだと思う。

便利になった事で、より一日の作業量が増えて、逆に忙しくなっているのが、今の日本をより余裕の無い社会にしている気がする。

日本では、コンビニのバイトをしている外国の方ですら、恐ろしい仕事量と、覚える事、接客などの高い能力を求められる。それらを完璧に出来ないと「なんで出来ないの?」と思われる。

これを今では「異常な事」であると感じる。

 だって 彼はただのアルバイトですよ。。

と言いたくなる。

色々とアジアを周りながら、人と触れ合いながら僕は、

「毎日、時間通りに仕事に来る事だけで、

 充分すごい事で、キチンと仕事出来ている」

という考えになっていた。

この考えが自分にどう作用するのかは、きっと日本に帰った時に分かるのだろう。この考えが僕を成長させ、日本での暮らしを楽にさせるのか?

それとも日本の社会に「舐めるな!」とばかりに、痛いしっぺ返しを喰らうのか?

楽しみではあるが、東南アジアに染まってきている自分が気に入ってきている僕は、

(駄目だったら、アジアで暮らせばいいや…)

といういい加減な不思議な結論に至っていた。

隣にいた犬は、そんな事を考えている僕を不思議そうに見つめている。そんな彼に

マイペンライだよね。

 帰ってから考えれば良い事だよねぇ。」

そう話しかけると彼は、 そのとおり と言わんばかりに頭を垂れた。その後彼はゆっくり立ち上がり、村へと歩き出した。

僕も彼に習い、宿に帰る為に夕闇が迫る道を歩き出した。

 

僕が夕陽を好きなのは、落ち着いて色々な事を、夕陽の美しさを感じながらポジティブに考えられるからである。

 

 夕陽よ 今夜も有難う。イッヌにも。

 

 

続く

 

f:id:matatabihaiyuu:20230710231235j:image

f:id:matatabihaiyuu:20230710231042j:image

f:id:matatabihaiyuu:20230710231024j:image

↑ 電気はなくとも 楽しい我が家 (^^)

f:id:matatabihaiyuu:20230710231013j:image
f:id:matatabihaiyuu:20230710231035j:image
f:id:matatabihaiyuu:20230710231032j:image

↑ 周りに電灯が無いので本当に綺麗な夕日だ


f:id:matatabihaiyuu:20230715180342j:image

↑ 夕陽と僕。通りかかった村の人が親切に写真を撮ってくれた。

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

タイの「わが町」

 

第164話

タイの「わが町」

 

村の中を進んでいた僕らは、かなり大きなバンガロー風の、高層高床式とでも言うべき一軒家に辿り着いていた。

 

一度、細い土の道を下り家の真下に着く。見上げると、普通の二階建てより高い位置に家があった。

1.5階建て程の階段を登ると、そこが家の玄関である。かなり広い作りで、まず土台のスペースがあり、その上に家を建てているので、建物の他のバルコニースペースもかなり広い。崖の下の脇に建てられているので、雨風にも強そうだ。

家は、木とほぼ竹やツルなどで作られている。その割にはかなりしっかりした作りである。そして涼しそうでもある。家の中も広く、みんなが寝る場所も広々としており、玄関のすぐ横にはキッチンもある。

地面よりかなり高く作られたこの家は、虫や鼠などにも悩まされずにすみそうだ。家の中の床には薄手のカーペットも敷かれており、足元も歩きやすい。

(かなり立派だし、良くできてるなぁ〜)

というのが僕の正直な感想である。

失礼だが、あばら家のようなところを勝手に想像していたので、これはかなり嬉しい事だった。

 

犬の多い村だが、実は途中から一匹の赤毛の中型犬がずっと付いてきていた。全く吠える気配は無いのだが、なんとなく不気味であった。

僕らが部屋にいる間も、玄関で寝そべって待っている。きちんと外で待ち、さすがに家の中には入ってこない。躾はちゃんとされているようだ。

僕らは荷物を置き、すぐに自由時間になった。

皆、全員が寝る寝室で、寝る場所をなんとなく決め、そこで荷物を解いたり、軽く横になったりしている。

真ん中を廊下にして、その左右に、それぞれ布団一つ分ずつくらいの、ゆったりとしたスペースがあり、かなりゆったりできる。

仕切りのカーテンなどないが、ほとんど気にならない。

そんな中、プイさんが早速 夕飯の支度を始めるらしい。彼女が言うには、この村には電灯が無いので、明るいうちに調理して、夕飯を済ませておかないと、灯りが無いので大変なことになるらしい。。

僕はひと休みした後、プイさんの夕飯の準備が気になり、キッチンに顔を出した。

単純に少数民族の食事の調理に興味があったのと、僕は当時、ちょっとした和食の店の厨房でバイトしていたので、大変そうだったら手伝おうと思っていたのだ。

キッチンではプイさんが炭に火を起こして、早速調理を始めていた。よく考えたら、電気どころかガスさえも来ていないのが当たり前である。しかし、予想していなかった僕は少し驚いていた。

プイさんは、慣れた手つきで炭火の火を操り、鉄鍋でタイのキュウリを炒めている。付け合わせで食べる事が多いこのキュウリは、なるほどズッキーニ的な使い方でもいけそうだ。

「プイさん、何か手伝おうか?」

と声を掛けると、彼女は笑いながら

「大丈夫、大丈夫。慣れてるから。」

と手際よく夕飯の準備を進めていく。

隣の炭では、どうやら米を炊いているようだ。

それを見ながら、その昔の文明のない時代にタイムスリップしたような気分になった。

(昔は皆こうやっていて、ご飯を作るだけでも

 大仕事だったんだよなぁ。。)

と勝手に感慨に耽りながら、僕はふと、ある戯曲を思い出していた。

それは劇作家「ソーントン・ワイルダー」の代表作の「わが町」という戯曲である。劇団の研究所時代に出会ったこの戯曲は、大道具を廃して、全てがパントマイムで演じられる。

この戯曲は、大道具や舞台美術全盛の、当時の演劇へのアンチテーゼでもある。

その中で演じられるのは、ガスも電気もない、一昔前のアメリカの片田舎での  人々の営み だ。

人々は太陽と共に起き、ある少年は新聞配達を。ある農夫は商品の牛の乳を、ベシィというロバの相棒の背に乗せて、各家庭に届けに行く。

医者は昨夜から夜なべで出産に立ち会い、母親たちは火を起こすところから1日の家事を始める。

昔はガスコンロも、洗濯機も無い。

女性たちは、子育てと家事をやるだけで一日が過ぎていく。不便といえば不便に見える。

しかし、その生活をしている人達からすると、それが当たり前であり、逆に皆、生き生きと今を生きている。そして、その生活の中で死を迎える。

物語は、主人公が死んだ後の世界も少し描かれている。そこには先に亡くなった人たちもいる。そして何より、生きていた時の

「なんでもない日常」こそが幸せである事に気付かされる。生きている時には、あまりに早く過ぎ去る日々に流され、こんなに切実にその事に気付く事は出来なかったのだ。

そこに人間としての根源の営みと幸せがある。

そういう大事な事を、考えさせてくれる作品である。

今だに、色々な所で演じられているこの戯曲には、人間の根源的な疑問である、

「幸せとは? 生きるとは何か?」

と言う事ををふと考えさせてくれる力がある。

だから名作として、今も色褪せずに演劇界で息づいているのだろうと思う。

勿論まだ二十代の俳優の卵だった僕も、心を震わせた作品であった。そして、年をとり、色々な経験をした今、この戯曲がより心に響くようになっていた。

タイの電気もガスも来ていない村で、そこでの日常の家事を見て僕は、不思議と哲学者のように、色々な事を考えさせられていた。

そんな事をわざわざ思い出して考えるのは、ツアーメンバーの中でも、きっと僕ぐらいだろう。。

そんな自分にちょっと笑ってしまうが、それは昔からであるし、そんな自分が嫌いではない。

ホーチミンでもジョンといて感じた

「今を生きる僕たちにとって、

 生きるとは、幸せとは何なのだろうか?」

という事を、切実に改めて考えさせられる。

 

そして、俳優とは感性の仕事でもあると僕は思っている。自分の中に潜ったり、色々な事を想起し、感じる事は、本当に大事な勉強である。その角度が人とは違うことも個性としては大事な事だ。その意味でもこの旅は僕にとって、すでに大きな財産になっているはずだった。

そしてその事は、僕を前に進ませる原動力にもなっていた。

そんな事を改めて感じさせてくれる、この不便であるが、普遍な事を考えさせてくれるこの村は、直ぐに僕にとって大事な場所になっていた。

(やはり彼らに会いに来てよかった!)

僕はそう思い、プイさんの起こした火をただ見つめていた。

 

 ほんとうのさいわい とは一体なんだろう。

 

この旅で僕は、いつもそんな事を考えてしまう。

 

続く

 

f:id:matatabihaiyuu:20230710224322j:image
f:id:matatabihaiyuu:20230710224309j:image
f:id:matatabihaiyuu:20230710224331j:image

↑ 美しい村の風景


f:id:matatabihaiyuu:20230710224314j:image

f:id:matatabihaiyuu:20230710224253j:image

↑ 三ツ星シェフ プイさん♪

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

ゆーあーすとろんぐタイウーマン

 

第163話

ゆーあーすとろんぐタイウーマン

 

合流した4人は、イギリス人の男性2人組と、ドイツ人女性一人、タイ人女性が一人と言う組み合わせであった。

 

男性2人組は、ヒゲモジャでガタイの良い男性が「ベン」といい、これまたヒゲで帽子にメガネの男性が「チャーリー」。ドイツから来たという「リオ」さん、ガイドのタイ人女性の「プイ」さんである。

男性二人組は、20代後半のいかにもバックパッカー旅を楽しんでいる感じで、気儘な旅人特有の、陽気さと気の良さがあった。

少しはにかんで笑うリオは、若く見えるが彼女には何か芯の強さのようなものを感じる。

そしてガイドのプイさんは、僕と同い年だという。愛嬌のある顔で、気持ちのいい挨拶をしてくれた。だが、良く顔を見てみると、だいぶ疲れているように見えた。

(どこか体調が優れないのかな??)

と僕は思っていた。

ここでガイドは、シアンからプイさんにバトンタッチしたようで、シアンは皆と握手して車と共に去っていった。

 

食事はグリーンカレーパッタイだった。

川遊びでカロリーを消費して腹ペコの僕は、それらをペロリと平らげてしまった。

前回の「カンチャナブリツアー」の時の、残念なランチのイメージが強く残っていた僕は、実は味には全く期待していなかった。だが予想に反して、ここの食事はかなり美味しかった。

かなり嬉しい誤算である。

 

ランチに舌鼓を打った僕らはいよいよ少数民族に会いに行く為、山道をトレッキングする事となった。山道を3時間以上登るはずだが、このアジアの平地を散々歩き回った僕である。かなり足腰には自信があった。

ツアーのしおりに「長ズボンで来て下さい」と注意書きがあったので、ナタを片手に、草をかき分けながら、獣道を進むものだと勝手に思っていた。

だが実際は、先人が通したのであろう赤土の道がきちんと開けており、舗装はされていないが山道がちゃんとあった。その赤茶色の、山をくりぬいたような道をひたすら登る。かなり助かる。

しかし、30分程登ったところで、早くも僕の心は折れかかっていた。

 はぁ、はぁ。。 け、結構キツイ。。?

 いや、そんな筈はない!

 何せ僕はこの灼熱の大地を2ヶ月間、

 毎日歩き倒して来た漢なのだ。

そう自分に言い聞かせながらひたすら登る。

 

しかしキツイものはキツイ。。そして僕は途中で気付いた。

 あ、あれ? よく考えたら俺…

 これまで平地しか歩いてこなかった。。?

考えてみたら僕は、これまで坂らしき坂など、ほぼ歩いてこなかったのだ。

それに、左右に大きな木はないので、直射日光が結構当たるので、日陰も選べずかなり暑い。。

僕は山を舐めていた事に今更気付いていた。

 坂…は、やっぱりキツイ。。

実は僕は、山登りはあまり好きではない。

理由は「ずっとキツイ」からだ。途中で休むにも結局最後まで歩かなければならない。

やっとこさ頂上に登っても、帰りも同じ距離を降りなければならない。それが嫌だった。

穂高岳に憧れながらも、毎年「今年こそは!」と思うだけで登らない理由もそこにあった。

 

(なんでトレッキングツアーにしたんだろう?)

と、自分がひどく間抜けに思えてきた。

それでも足腰は相当強くなっているらしく、先頭をアレクと歩いていた。

後ろにはガイドである、一番坂に強くなければいけない筈のプイさんが、かなり遅れて歩いている。

(やはり体調が悪いのだろうか?)

心配になり彼女に話しかけた。

「あーゆーオーケー? どっか悪いの?」

「あ、あの… ノープロブレム。。」

そう答えた彼女を、両脇でフォローしながら登っている、ベンとチャーリーが、笑いながら教えてくれた。

 

「これはただの二日酔いだ」と。

「二日酔い??」と僕が怪訝そうに聞き返すと、チャーリーが答えてくれた。

「昨日は盛り上がってみんな飲みすぎたんだ。

 特にプイはすごい飲んでたからね。」

そう言われたプイさんは、バツの悪そうな顔で無理に笑ってこう言った。

「だって、奢ってくれるから…」

それを聞いた途端僕は吹き出してしまった。

「プイさん、ガイドなんだから、

 飲み過ぎちゃダメでしょ 笑」

と僕が笑いながら言うと

「だってビール、美味しいんだもん」

と愛嬌のある、最高の笑顔で返してきた。

そんな馬鹿な!! 笑 

と僕は改めて爆笑してしまった。すごいガイドさんだ!

(やれやれ… 心配して損したな。)

僕が安心して先頭に戻ると、後ろからは、

「もうヤダ〜、休憩したいよー」とプイさんの声が聞こえてきた。チャーリーが、

「頑張れ、がんばれ。プイ、がんばれ」

と励ましている。

いったい、どちらがガイドかわからない 笑

そのうちベンが、プイさんの背中に手を当てて

「ヘイ! ファイト ファイト!

 ユーアー ストロング タイウーマン!

 グレート タイウーマン。」

と言って彼女を押してあげているのを見た時は、もう爆笑してしまった。

 

日本ではガイドが前日に飲み過ぎて、具合が悪いなどと言う事はまずあり得ないだろう。もし、万が一そうだとしても、必死に平静を装う筈である。

だがここタイでは、飲み過ぎた挙句に「もう無理」だの「休憩したい」だのと平然と口にしてしまうガイドがいる。

さすが、おおらか過ぎるタイである。

僕はこの酒飲みの同い年のガイドが面白くて、すっかり気に入ってしまっていた 笑

 

プイさんのペースに合わせながら、僕たちは山道を登って行く。途中、村に向かうであろうスクーターが僕らを追い抜いていった。30過ぎの親父さんが、小学生に上がるくらいの娘さんをシートの前に載せ、2人乗りで凸凹の、赤土の山道を、足をつきながら匠なアクセルワークで登って行く。

まるで、ちょっとした曲芸である。きっと僕が同じことをすれば、意図せずウイリーしてしまい、派手に裏にひっくり返るだろう。

(きっと全ては " 慣れ " なんだろうなぁ。。)

とおよそ日本の山道では見ることの無い光景に、タイらしさを感じる。

 

そしてついに道幅のある尾根らしきところに出た。道の両脇は草むらで、坂がほとんど無くなる。2時間ほど登った後だ。

僕はツアー会社の旅のしおりの通り、生真面目に長ズボンと、スニーカー登っていたので暑くてしょうがなかった。汗が止まらない。

僕の他のメンバーは、皆ハーフパンツであった。山だというのに、サンダルで登っている輩までいる。。どうやらこのまま開けている道が続くようだ。

汗だくの僕を見て、アレクが例の如く

「ヘイ、ジャパニーズ」と話しかけてきた。

「オマエはどうしてこんなに暑いのに

 ずっと長ズボンなんだ??」

と聞いてきて、しまいには

「アーユー クレイジィ?」と頭の具合まで聞いてきた。

「いや、アレク‥ しおりをちゃんと読めよ。」

と反論しかけたが、確かにこの暑さである。。

そしてもう、草むらを掻き分けて進むということも無さそうだ。

彼の言うことが正しいなと思い、僕はハーフパンツに履き替えることにした。

(草むらを進み、虫も多いので長ズボンでと

 しおりに書いてあった注意書きは、

 いったいなんだったんだろうね。。?)

苦笑いしながら、僕は脇の草むらで、さっとハーフパンツに履き替えた。

戻るとアレクは「ナイス!」と喜んでいた。汗だくすぎる僕を見て、意外と心配してくれていたらしい。

ハーフパンツになるとかなり涼しい。

(最初からハーパンでくれば良かった。。)

と思いながら、僕はカバンの中のしおりを、二度と開かないことに決めた。

 

しばらく歩くと、一軒の家があり子供もいる。

ここで冷たい飲み物を売ってくれるらしい。

飲み物を入れた、青い大きなクーラーボックスには、氷が詰まっている。ここで僕は水を買い足す事にした。山の値段でかなり高かったが、それはしょうがない。

しかし、キンキンに冷えた飲み物に、こんな所でありつけるとは思わなかった。汗だくだった僕には最高のご馳走だ。

皆も水を買い足して、ベンチに座ってそれを飲んだ。みんな美味しそうに水を飲んでいる。

 

そして、僕が会いたかった少数民族に会えたのも嬉しかった。まぁ、みんなタイ人なのだが、やはり少数民族と言われると、わざわざ会いに来た甲斐があったものだ。と感じるから不思議だ。

実はプイさんも、この先の村の出身の少数民族なのだが、やはり、少数民族の方に会うには、「ロケーション」が大事なのである。

僕はここに来てやっと、ついに少数民族の方にちゃんと会えた気がした。我ながら不思議なものだ。

 

開けている尾根を歩く。登り下りは多少あるが、格段に歩きやすい。そしてその事が村が近い事を感じさせる。

やがて建物が道の左右に見えてきて、僕らは無事アカ族の村に到着したのだった。

家々は、木や竹をツルなど縛って上手に作ってある。地面から高く作られており、中々快適そうである。

 

村に入ってすぐに気になった事がある。

放し飼いの犬たちが多い事だ。大人しい犬もいるが、僕らを見ると吠えてくる犬も数匹いて、かなり怖かった。かなりの数の犬たちが僕らをジロリと睨み、侵入者なのか?と値踏みしているのがわかった。

村の中に入ってからも、周りの至る所で犬の吠え声が聞こえる。。人生で初めての経験だ。

 

 怖いなぁ。。この村 犬だらけじゃないか…

 ふいに犬に襲われるんじゃないだろうか?

 

犬があまり得意ではない僕は、この村にいきなり先制パンチを喰らい。

嫌な気持ちで、かなり緊張していた。

 

犬の本当の怖さを改めて感じさせられ、僕は自分の生命と、本能が改めて呼び覚まされていくのを感じていた。

さすが少数民族の村である。

 

 マジに、イッヌ! こわ〜い!!!😢

 

続く。

 

f:id:matatabihaiyuu:20230430001433j:image

↑ キンキンの水を売ってくれた少数民族の親子

 

f:id:matatabihaiyuu:20230430001335j:image

↑ まだまだひたすら歩く。。

 

f:id:matatabihaiyuu:20230430001244j:image
f:id:matatabihaiyuu:20230430001234j:image

↑ ついに到着した、山岳少数民族の村

 

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼくの夏休みは飛び込みありで大変タイ編!

 

第162話

ぼくの夏休みは飛び込みありで大変タイ編!

 

飛込みの場所から真下を覗き込むと、結構な高さである。さすがに恐怖心が頭をもたげてきた。。

 

崖の横側の登りやすい岩場から、草や木を掴みながら登った僕たちは、崖の途中の少し開けている天然の飛込み台に辿り着いていた。

地元の少年達が、笑顔で迎えてくれた。何度も飛び込んでいる彼らの髪は濡れて、陽にキラキラと輝いている。

下で水着に手早く着替えていた僕とアレクは、その後ここへと登ってきていた。

下に残ったマルティーナさんが「頑張って!」と声をかけてくる。アレクと目を合わせると、彼は肩をすくめて微妙な表情をした。

少年たちが僕らを見ている。まだ覚悟の決まっていない僕は少年に、「お先にどうぞ」とジェスチャアしたが、彼は「待つから大丈夫だよ」とばかりに、悪戯っぽい笑顔で首を少し傾けた。

 

再びアレクと顔を合わせると、彼はやはり苦笑いをしている。そんな僕らを見かねた一人の少年が、

「見てて。 こうやるんだよ!」という仕草をしたかと思うと、何の躊躇も無くパッと真下に飛び込んだ。

どっパーン! と派手な音がして、水飛沫が上がる。。その飛沫と水音が、ここがかなりの高さである事を改めて教えてくれた。

やがて水から顔を出した彼は、泳ぎながらこっちを向き「さぁ、早くおいでよ。」と笑顔で手招きしてくれた。

(さぁ。 いよいよ行くしかなくなったぞ…)

と覚悟を決めようとしている所に、アレクが声をかけてきた。

「やっぱり俺はやめておくよ。残念だけどね…」

そういうと、彼はもと来た岩場からするすると降りていってしまった。

少年たちは、彼を勇気のない男と思ったのか、肩をすくめたり、ため息をついている。

 

しかし、僕にはアレクが降りた理由が分かっていた。車の中で話していた彼は、セリエBのプロサッカー選手である。このバカンスが終わったら、イタリアに帰ってすぐに、シーズン直前のかなりハードなトレーニングに入るのだと言っていた。そんな大事な時期にプロである彼は、万が一でも怪我など出来ないのだろう。

しかしそんな事情を知らない少年たちは、

「まったく、観光客は怖がりが多いね?」

と言わんばかりでニヤついている。

いよいよ観光客として、アレクの名誉の為にも僕は飛ぶ覚悟を決めた。ここで僕まで逃げたら、さすがに皆興醒めだろう。役者として、エンターテイメントの端くれにいる者としての矜持が僕にはあった。

だが子供の時と違って、身体が大きくなっている180センチの僕である。かなりの衝撃が予想される。 上手く足から落ちれれば良いが…

僕は覚悟を決め、余裕を見せようとして、周りの少年たちに両手を広げて挨拶をした。そして…

(南無三!)と心の中で呟いた僕は真下に飛んでいた。

 

ザバん!! という音とともに、足裏に衝撃が走る! はずだった。

が、そこまでの強い衝撃は無かった。どうやら上手く足から垂直に飛び込めたようだ。

 

さて… ここからである。

今更なのだが、実は僕はあまり泳ぎが得意ではない。幼少期に子供用の飛び込みプールで、飛び込んだ後、プールサイドまで辿り着かず、溺れた経験もある僕は、ここからが必死である。

手足を必死に動かして、足のつくところまで泳いだ。。というかもがいた。

案外「もがき泳ぎ」でも、何とかなるのだ。

 

その昔、僕はもがきながら何とか、プールを25メートル泳いだ事がある。その時は、息継ぎがあまりできなかったので、プールから上がった後、ほぼチアノーゼ状態だったが 笑

 

大事なのは、技術では無く気合いである(たぶん。。)

 

そんな僕は何とか足のつくところまで泳ぎつく。すると上で少年たちが、拍手をしてくれたし、アレクもマルティーナさんも、大喜びであった。

僕は溺れずにすみ、ホッとながらも、面目を保てた事に喜びを感じていた。

川から上がって、しばらく岩の上で休む。そしてその後、また次々と飛び込む少年たちに、在りし日の少年だった自分を重ねながら、彼らを眺めていた。

かつての自分もそうだったが、

(子供ってのは、本当に飛び込みが好きだな…)

と少し笑ってしまう。子供の時、本当にヤンチャでバカな僕は、市民プールにも飛び込んで、監視員のお兄さんにこっぴどく叱られた事がある。そんな事をふと思い出していた。

(最近の日本の子供達は、

 もうこんな遊びしないだろうなぁ…)

そう思いながら、タイの逞しい生命力に溢れた子供達を見ながら、つい頬が緩む。

実に子供らしいなぁ。と思う。

その後、飛び込みにも、「もがき泳ぎ」にも自信を持った僕は、崖からさらに3回飛び込んだ。

恐怖に慣れた僕は、そのうち一回は、前周りで一回転しながら飛び込んだ。少年たちも大喜びだった。

飛び込み仲間になると、不思議なもので、お互いに連帯感が生まれる。互いに恐怖を乗り越えた戦友になるからだろうか? 

僕は彼らとハイタッチしながら、歳の離れた親友になっていた。

 

なんだかんだで4回も飛び込んだ僕は、下の陽に温まった岩の上で、体が乾くまで太陽に当たる事にした。日差しは強く、水分はすぐに蒸発する筈だ。

そして上半身が乾いたところで、僕は水着から服に着替えた。アレク達も、足まで入って川遊びを楽しんでいる。やはり自然で遊ぶというのは、いくつになっても、本当に楽しいのだろう。二人とも子供のような顔ではしゃいでいる。僕はそれをニコニコしながら眺めていた。

少年達は相変わらず飛び込みまくっている。

 

(実にいい休日だ。。)

僕はふとそんな事を思っていた。

(…休日。そうなのだ…  日本を出てから

 僕は実に長い休日を過ごしている。。)

大人になってから初めて、本当に自由な夏休みを過ごしている事に僕は、改めて感謝していた。素晴らしい時間を過ごしている事に、本当に温かい気持ちで感謝していた。

 「今ある出来事に、素直に感謝する事。」

日本にいると、いつもつい忘れてしまう、この素晴らしい感覚に、自然に、当たり前の様にふわりと着地できるこの旅に、僕は奇妙な安らぎを感じていた。

 

やがてドライバーのシアンが寄ってきて、もういいんだったら行こうと言ってきた。アレク達も頷いた。

僕はまだ崖の上にいる少年たちに大きく手を振って挨拶をした。少年たちも笑顔で手を振り返してくれた。タイ語で何か言ってくれたが、言葉が分からなかった。きっと、

「また一緒に遊ぼうね。」とでも言ってくれたのだろう。

ツアーでは、ここでは滝で遊ぶだけで終わりらしい。どうやら山には午後から登るらしい。僕たちは、先程のバンガロー風のレストランに戻ってきた。

「ここでランチタイムだ。」

シアンにそう言われて、店の外の木のテラス席に案内された。手作り感のある、木の大きなテーブル席で、椅子は切り株である。

そして隣の席には見慣れない団体がいた。

 

白人男性が2人と、白人女性、そしてタイ人らしい女性の計4名だった。

シアンの説明によると、彼らがこれから合流する、昨日からのツアー組だそうだ。

皆、明るく挨拶をしてくれた。良い人そうな彼らに安心した僕は、アレク達と席につき、早速ランチを楽しむ事にした。

 

つづく。

 

f:id:matatabihaiyuu:20230403184603j:image

↑ 昨日から参加のツアー仲間
f:id:matatabihaiyuu:20230403184557j:image

↑ 午後から大自然へと向かう。

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

チェンマイの市場と植物園

 

第161話

チェンマイの市場と植物園

 

朝7時、昨日手続きしたツアー会社から時間通りに来たツアーバスに、僕は無事に乗れていた。

黒いバンにはカップルが一組乗っており、運転手はタイの若者で、陽気な男だった。

20代であろうカップルに挨拶をすると、挨拶を返してくれ、聞くと彼らはイタリアからの旅行者だという事だ。

2人共、イメージ通りのイタリア人でという感じで、スタイルが良く美男美女であった。

特に男性は、服の上からでもわかるくらいの筋肉マンであった。何かスポーツでもやっているのか?と思うほど、いい身体をしていた。

どうやら今日から参加するのは、僕ら3人だけのようだ。

 

実はこのツアー、本当は二泊3日なのである。

だが不思議な事に、一泊2日のみで参加したい人は、2日目からの参加が出来るようになっているだ。なので僕らは、昨日からのツアー参加者に今日これから合流するはずであった。

 

そんな僕らを乗せたバンは、30分ほど走り、やがて市場に着いた。

結構大きな地元の人用の市場である。

どうやら前日組と合流する前に、ツアーとして、2、3箇所周る場所があるらしい。

「この市場を自由に回ってきて下さい」運転手の若者に言われる。市場に着いた時、運転手の若者が英語で色々と説明してくれた。

どうやら彼は、ガイドも兼ねているらしく、彼の自己紹介によると名前は「シアン」と言うらしい。

市場では、別に今更買いたいものなど無いのだが、、とりあえず集合時間まで、好きに回る事にする。

 

ここは大きな平屋の市場で、所狭しと色々な生活用品を売っている。地元の人の日用品や、特に食料が多く置いてある。その為、結構キツめの匂いもする。

ここは、バンコクで訪れていた市場より大きくて雑多なイメージだった。

細い露天の路地を抜けていると、店のおばさんに話しかけられる。食材の試食をさせてくれると言う。店頭に並べてある皿の一つから、謎の黒い食材?を爪楊枝で刺して渡そうとしてくれた。 …だが、おばさんの勧めてくれる黒い物体の正体が全く分からない。流石に怖くなり、なんとか丁寧にお断りした。

冷たい缶コーヒーを雑貨店で買って、飲みながらさらにプラプラ回っていると、同乗者のカップルに再会した。僕が、

「何か面白い物、ありました?」と聞くと、

「あまり無いね 笑」と二人とも苦笑いしていた。

ここは30分程回るらしいのだが、特に買いたいものもない僕は、実は10分程で飽きてしまっていた。

彼らにトイレの場所を聞かれたので、先ほど見つけていたトイレに案内してあげ、またふらりと市場を回っている間にいつの間にか集合時間になった。

アーバスに戻り、次の場所へと向かう。

 

そして次に着いたのは、何故か植物園であった。 道中、

(やけに坂を上るなぁ。。

 このまま山岳民族の村まで行くのかしら?)

と呑気に思っていたが、全くの見当違いであったらしい。

「トレッキング」と書いてあったツアーなので、よく考えたら車で行くはずは無かったのだ。

 

僕は植物園に行くのは、子供の頃以来だった。

前回登場した、エスカーで登った江ノ島にも確か植物園があった筈だが、その記憶はまったく無い。

大阪の「花の万博」に行った時に、巨大な食虫植物を見た記憶があるくらいだ。

つまり、お分かりだろうが、僕は植物にはあまり興味が無いのだ。。そんな僕は

(一体いつ少数民族に会えるのかしら…?)

と思いながらも、まずは植物を見る事にした。

実は食わず嫌いで、久方ぶりに植物園に入ってみたら、案外面白いかも知れない。

「よし! 楽しんで回るぞ!」

と何事にも前向きな僕はそう意気込んで、植物達が待ち受ける園へと入っていった。

 

中は植物達でいっぱいだ!(当たり前である)

上にも紐が通してあり、蔦のような植物が僕を取り囲んだ。

(ほお、ほお。。 なぁるほど!

 あっ、こんな形の葉っぱ? があるのか!?

 おお! こんな ショ・ク・ブ・ツっ!

 日本で見た事ないぜ〜! ヒーハー!

 ん? あらあら、奥には蝶々さんもいるわよ。

 うふふ。お花もいっぱい。あはははは。。)

そう笑いながらも、実は僕の目は一切笑っていなかった。

いちいちはしゃいでみたが  …無理だった。

やはりすぐに飽きてしまった。

自分を鼓舞し、園内を一通りは回ってみたが、興味が無いものには、どんなに頑張ってみても全く興味が湧かない。

入り口まで戻ってきた僕は、あと30分ある集合時間まで、売店でアイスを買いゆっくりとベンチで過ごす事にした。

アイスを舐めながら僕は、

(俺は少数民族に会いに来ただけなんだが…)

と、改めて悲しい気持ちになった。

 

ツアー会社では、英語でやりとりをしていた為、相変わらずわかりにくい英単語と内容を聞き流していたらしい。なので、これまでのツアー内容は全く意図していないものである。

(やはりちゃんと話は聞かないとダメだな…)

東南アジアに来てから、数えきれないほどしている反省を再びしながら、僕は残り少なくなったアイスを齧っていた。

 

しばらくすると、イタリア人カップルも帰ってきて、ベンチでくつろぎ始めた。彼らも植物達を、充分過ぎるほど愛でて来たのだろう。

改めて自己紹介を交わすと、男性は26歳でアレクサンドロ、彼女さんはマルティーナさんと言い、27歳だと言う。

話を聞いて、サッカー好きの僕はびっくりしたのだが、アレクサンドロはイタリア「セリエB」の、あるチームの正ゴールキーパーだと言うことだった。トップリーグは勿論「セリエA」であるが、世界的に、レベルの高いイタリアである。

2部リーグとはいえ、相当な腕前で無ければ、レギュラーにはなれない。

(どおりで彫刻みたいな肉体美なわけだ…)

僕は改めて感心していたし、サッカー経験者からすると、すぐに尊敬してしまった。

 

二人とも陽気な人だ。マルティーナさんはキチンと「マサミさん」と呼んでくれる。だが、いい加減なのか、名前を覚える気が最初から無いのか、アレク(アレサンドロ)は僕の事を

「ジャパニーズ」と呼び始めた。

別に本人に悪気はないらしいので、好きに呼ばせる事にした。僕の拙い英語での旅の話で爆笑してくれているので、彼なりに親しみを込めて言っているのだろう。別に嫌な気持ちにはならない。この旅に出てからそんな失礼な呼び方をする輩は一人も居なかったので、逆に新鮮でもあった。

 

やがて、そんな植物に興味の無い僕たちに気付いたのか、運転手のシアンが寄ってきた。

彼は「ここはもういいの?」と聞いてきた。

全員が大きく頷くと、彼は少し肩をすくめ

「じゃあ、もう行こうか。」と出発時間を早めてくれ、次の場所に行く事になった。

なかなか気の利く若者である。

 

その後、車で20分ほど走ると、山の麓に向かっているのか、明らかに風景が変わって行った。

周りは森が増えて、木ばかりである。

それからさらに走ると、やがて平屋建ての古めの木造の建物の前で止まった。こじんまりとしたバンガロー風カフェ?という感じだ。

どうやらここで小休憩のようだ。

店の店主と、ドライバーのシアンが親しそうに話をしている。

 

しばらく休憩した後出発となった。ここでいよいよトレッキングなのか、徒歩で森の中に入っていく。

そしてすぐ着いた先は、小さな滝だった。

少しひらけた場所があり、なんとそこの崖からは、少年たちが川に飛び込んでいる。崖の真下の川は水深が深いらしい。どうやらここは、天然の飛び込み台になっているらしい。

6メートルくらいの高さで結構高い。。

 

ポカンと見上げる僕らに、シアンはにこやかに振り返り、少年たちのいる崖上を指差して一言

 

「エンジョイ」  とだけ言った。

 

(え?  エンジョイ…? ええ?

 まさか俺らも飛び込むの?!)

 

僕らは顔を見合わせた。

ぱっと見、とてもエンジョイ出来る高さでは無い。。そう思ったが、地元の子供達は次々に飛び込んで遊んでいる。

 うーむ。。まぁ、死にはせんだろう。

自慢じゃ無いが僕も、小学生の頃は夏休みに田舎に行くたびに、近くの山で川遊びをし、いつも決まった飛び込みポイントから、飽きもせずに夕方まで飛び込んでいたものだ。

(こんな川遊び、ほぼ30年ぶりくらいだ…)

 

「オッス! オラ悟空!

 いっちょ飛んでみっか!!」

童心に戻った僕はそう呟いて、早速崖を登り始めた。

 

つづく。

 



f:id:matatabihaiyuu:20230221220923j:image
f:id:matatabihaiyuu:20230221221225j:image
f:id:matatabihaiyuu:20230221221023j:image
f:id:matatabihaiyuu:20230221221523j:image
f:id:matatabihaiyuu:20230221221300j:image

チェンマイの植物園である。

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泊まる場所が無いので、少数民族に泊めてもらう。

 

第160話

泊まる場所が無いので、少数民族に泊めてもらう。

 

僕はまとめて宿を予約しない。

こまめに延長するのだ。

そして、そんな僕を脅かす事件がついに起きた。

 

僕は新しい街に到着した初日だけ、街を知るために宿を吟味しとりあえず、2,3泊は予約をする。

そして、その街を気に入り、その宿が良ければ

「明日もここに泊まろう」と思って、その日の朝に、予約サイトや、宿の主人に言って、今泊まっている宿の予約をこまめに延長する。

次の日だけか、最大でも二泊まとめてである。

それでも今までの宿は気を使って、宿の主人が

「今日も泊まるのか?」聞いてくれたり、まず部屋が空いていて、予約出来ないことが無かった。なので僕はそういうスタイルで、旅を一ヶ月半以上続けていた。

そして、そんな宿泊スタイルを確立し、すっかり油断していた僕についに悲劇が起きた。

 

ある日、明日も今のマイクの宿に泊まろうと、予約サイトを開いたところ、満床で予約が取れなかったのだ。

(あ、あれ??  泊まれるベッドが無いぞ。。

 え?  明日ここから追い出されるの?)

と呑気な僕はビックリしていた。

幸い今日は、昨日延長したのでここに泊まれるが、明日は泊まれない。。のかな?

 

 " 何かの見間違いでは無いか? "

そう考えた僕は、他の予約サイトで確認してみた。だが… やはり満床であった。

部屋から下に降りてみると、たまたまロビーに顔を出していた宿の主人のマイクがいた。彼に本当に満床なのか聞いてみた。

すると彼は例の不思議な笑顔で

「空きはないみたいだね。」

とニコニコと答えてくれた。

宿にほとんど来ない主人のマイクは、わざわざ連泊している客に「明日も泊まるのかい?」などと確かめる事などしてくれない。

ベッドさえ埋まれば良いという考えなのか。。?

「明日チェックアウトするから

 あなたは予約をしてないんでしょ? 」

とばかりに、宿泊客本人にはあまり興味が無いらしい。

何かとても哀しい気持ちになったが。。まぁ、普通はそんなものなのだろう。と諦めた。

確かにそんな期待は無い物ねだりだ。

今までの宿の主人たちが優しすぎたのだろう…

とにかく僕は、明日は違う宿を探さなければならないという現実に、朝から直面してしまったのだ。

 

僕は一回大きく息を吐き、とりあえずコーヒーを入れて自分を落ち着かせる事にした。

共用スペースのキッチンで、脳に糖分を補充する為にも、砂糖を多めに入れた。そして、

(なんとか宿を変えなくて良い方法が

 他になにか、、何か無いだろうか…?)

とコーヒー片手に頭をフル回転させ、しばらく解決策を真剣に考えていた。

 

読者の皆さんは

「え? 普通に宿替えをすれば良いだけじゃ?」

と思われるかも知れないが、

実は僕は千円程度のこの宿を

「東南アジア史上 最高の宿!」と勝手に認定し、本当に心から気に入っていた。なので、

「この宿を引き払う時は、チェンマイを出る時だ!」とまで、心に決めていたのだ。

 

しばらく考えたのち、僕は起死回生の一手を思いついた。

僕はこれを機に、明日は宿替えではなく

「一泊2日」の " 泊まりのツアー " に行く事にしたのだ。

 

幸いな事に、予約サイトによると明後日からはまたベットが空いていた。つまりツアー終わりの明後日に、またこの宿に戻ってれば問題はないはずだ!!

明日を凌ぐ為に僕は、噂には聞いていた「少数民族の村に行くツアー」に参加する事に決めた。

 ちょっと小旅行に行って帰ってくるだけさ。

そんな結論にたどり着いた僕は、心の底から安堵していた。

お気に入りの宿を追い出される事態に、意外と心にダメージを負っていた僕はきっと

「ツアーに行くから、一旦宿を出るだけだ。」

と自分自身に言い訳をしたかったのかも知れない。

 

聞いた話によると、ここチェンマイには「アカ族」や「カレン族」などの、山に住んでいる山岳小数民族が複数いて、有名なところでは、昔よくテレビでやっていた、

「首長(くびなが)族」の集落もここチェンマイの山岳地帯にあるらしいのだ。

そして、どうやらそこにお邪魔できる宿泊プランがあるとの事だった。

 

噂で聞いただけだが、少数民族の中には、ミャンマー内戦の時に、山越えで国境を越え、タイの山岳地帯へと逃げ込んだミャンマーの部族が、そのまま住みつき、生きる為に、急に観光ビジネスで山岳少数民族を名乗り、商売でやっている人達もいるという。。本当だろうか?

 「ビジネス少数民族

…何かあまり笑えない。

 

まぁ、とにかくそういったツアーで観光客を受け入れる事で、少数山岳民族たちは潤っているという話である。

だが、逆に言えばそのお陰で僕たち観光客も、貴重な体験をさせて貰えるのだ。

僕はそこに行くツアーに申し込む事にした。

気の良さそうな30代の女性がやっている、小さなツアー会社の窓口を見つけて色々と聞いてみた。

そこで、首長族のツアーに興味津々だった僕は打ちのめされた。なんと首長族のビジネスライクっぷりが凄まじかったのだ。

まず、村に入るだけでお金がかかるというのだ。入るだけで入場料を取られる村。。ぇ?

もうそこは、ビジネス少数民族を通り越して、

アミューズメント少数民族 と言わねばなるまい。

僕はそれを聞き、急に興が覚めてしまった。

あのテレビで何度も見た憧れの首長族。

「首が長いほど美人とされるのよ☺️」

と誇らしげに語り、首に少しずつ輪っかを増やしていき、どんどん美人(首なが)になっていく女性たち。。

そんな神秘の人達に会えると喜んでいた僕の心は完全に冷めてしまった。

 

 おいおい、俺 騙されてたよ。子供心に。。

意外と傷ついていた僕は、もう一番安い民族ツアーに行く事にした。

(もう、少数民族に逢えれば、

 何族でもいいや。。)

失礼だが、そんな気分になっていた。

 

とりあえず一泊の山岳民族ツアーに申し込んだ。確か「アカ族」という部族だった気がする。どんな部族なのだろう。。?

世界には色々な部族がいて、中には「首狩り族」と言う怖い部族もいるらしいと言う事は、子供の頃本で読んだ。

タイだから少数民族の方も気のいい方が多いとは思うが、何せ油断はできない。

だが僕はとにかく、彼らの村に飛び込んでみる事にしたのだ。

 

横浜の少し治安の悪い地域の中学校出身の僕は、中学生当時、まだ現役の暴走族が地元にいた時代であった。

(全く関わった事は無いが…)

 

また、大学の演劇部の一番仲の良かった気のいい先輩は、何故か町田の元族の総長だったし。

某有名な運輸会社でバイトしている時に可愛がってくれた社員さんも、何故かバブIIに乗っていた元族の総長で、社内でのあだ名もバブだった。。

某有名居酒屋チェーン店で店長代理をしていた時も、可愛がってくれたのは元族の総長のブロック長であった。

僕は暴走族とは全く関わりがないのに、不思議と周りには元族の方が多かったのである。

(たまに調子に乗って、僕が口を滑らせると、

 もう落ち着いていて優しくなっているハズの

 元総長達の目つきは急に恐ろしい目に変わり

 本気で謝る事もたまにあったが、

 何かあった時は必ず助けてくれる

 本当に心強い、優しい人達であった。)

 

つまり僕は「族」と呼ばれる人達には慣れっこなはずなのである! 

今更何族が来ても、別に動じるわけなど無いはずだ。 " 仲良くなれるさ" と自分に言い聞かせた。

一番安いツアーは、明日の7時に集合という事だった。

僕はすぐに宿に戻り、明日のツアー用に軽めのリュックサックに、必要最低限の物を入れ、まだ宿にいた店主のマイクに、大荷物を明後日まで預かって貰えるように交渉した。

マイクは快諾してくれ、意外な事に荷物を鍵付きのクローゼットに入れて預かってくれるという。

(思ったよりちゃんとしてくれている…)

これで安心してツアーに行って戻って来れる。

 

ツアーのしおりを貰っていたので、よく読んでみると、宿泊先は、電気もガスも来ていない辺境らしいので、懐中電灯が必要で、虫除け草除けの為に長ズボンで来て欲しいと書いてあった。どうやらかなりの僻地に登るらしい。電気などは通っていないので、夜トイレに行く時などに、懐中電灯必須らしい。

(携帯のライトで十分ちゃうの??)

とは思ったが、そこはリスク回避に命をかけている初海外の僕である。しっかりと用意をする事にした。

 

前に、少し仲良くなった親父さんのいる文房具店で、懐中電灯があるか聞いてみる事にした。

すると小さなしっかりとした懐中電灯が売っていた。コンパクトなLEDライトで、僕の求めているサイズだった。

値段を聞くと、だいぶ前から置いてあるので、400円でいいと言う。

少し高く感じたが、きっと日本の東急ハンズで買ったら、数千円はするだろう。

おじさんは、気のいい人で、サービスで別売りの電池を入れてくれ、それ込みで400円で売ってくれた。

そんな心遣いが嬉しく、本当にいい買い物をしたと思った。

準備ができた僕は早く寝ようと、今日は夕方早くからグランマのお店に吸い込まれていた。

 

いつものポークステーキとチャンビアーをやりながら僕は、まだ見ぬ山岳民族に思いを馳せていた。

 

つづく。

 


f:id:matatabihaiyuu:20230131185515j:image

チェンマイの山岳地帯

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グランマのお店のポテンシャル

 

第159話

グランマのお店のポテンシャル

 

コーヒーを飲み終えると、ベンも「仮眠する」と二階へと上がっていった。どうやらここ数日の夜遊びが祟って、彼らは相当な寝不足のようだった。

 

しかし、寝る前にカフェイン摂取とは、全くよく分からない行動である。

普通は目覚ましに飲むものであるが、ベンほどの大男だと、余程の量を摂取しなければ、コーヒーは眠気覚ましにすらならないのかもしれない。

 

やがて珍しく店主のマイクが宿にやって来た。

そして僕を見つけると、何やらビニール袋を持って近づいて来た。

「あなたのだよ」と渡されたそれを確認すると、僕の服だった。

今日、隣のランドリー屋に預けた洗濯物を、女性店主が、僕の宿にわざわざ届けてくれた様なのだ。早く出来上がったので、気を遣ってくれたらしい。

僕は意外な心遣いと、予想外に早く洗濯物が返ってきたことに喜んでいた。

実は今日、(夕方には出来上がるだろう)と、いつものノリで、昼ごろに洗濯物を預けたのだが、

「出来上がりは明日になります。」

とびっくりする事を言われたのである。

理由を聞くと、それも驚きで

「今日は一日曇りだから、

 夕方迄に洗濯物が乾かない…」

という理由だった。それを聞いて僕は、改めて自分の浅はかさに気付かされた。

「ランドリー屋」と言えば、洗濯機と乾燥機があるのが当たり前だと勝手に思っていたのだ。

だがそれは " 日本人的な感覚 " なのだ。

客商売でやっているとは言え、洗濯機で洗った後は、普通に干して自然乾燥なのが、タイでは一般的な個人経営の「ランドリー屋」なのだろうと、僕は悟ったのだ。

確かに昼頃洗濯したものが、曇り空では完全に乾くはずはない。当たり前の事である。

勝手に全てが機械化されていると、当たり前に思い込んでいるのは、効率や機械化が当たり前の日本的感覚なのである。

チェンマイに来て、一番自分の目から鱗が落ちたのは、意外にこの「ランドリー屋」の一件であった。

そして今日は、晴れ間の時間帯もあったので洗濯物は上手いこと乾き、それを明日取りに来るはずの僕に気を使って、わざわざ届けてくれたのである。

本当にありがたいし、嬉しい心遣いである。

僕は一旦部屋に戻り、それを枕元にそっと置き、また一階へ降りてきた。

 

ゆっくりと外を見ていると、やがて日本人らしい男性がやってきた。ガラス越しに見えるその男は間違いなく平松くんであった。

玄関の施錠を開けて、中に招き入れる。

服を着替えて来たのか、特に濡れていないがなぜか汗だくであった。

「いやあ、バイク返してきて、雨止んだんで、

 走ってきましたよー 笑」

とさわやかな顔で彼は笑っていた。

どうやら僕と遊びに行くのをよほど楽しみにしてくれていたみたいだ。

 

店は僕に任せるとのことだったので、グランマのお店に連れて行く事にした。

いつものママは奥にいて、今日は息子さんが迎えてくれた。僕の顔を見ると笑顔で挨拶してくれ、わざわざグランマが奥から出て来て声をかけてくれた。

キッチンからわざわざ出てきて僕に挨拶してくれるのが嬉しい。相変わらずの、気っ風のいい笑顔で迎えてくれたグランマは、

「今日は友達連れかい?  珍しいね。」

と不思議そうな顔をしている。

バンコクの宿で一緒だだったんだ。

 せっかくだからチェンマイで、

 一番美味しいお店に連れてきたよ。」

と僕がいうと、グランマは胸をそびやかして

「そうかい! そりゃ良かった!」と笑っていた。

日本人のようにすぐに謙遜しないところが素敵だ。それにここの美味しい料理に誇りを持っているのがよくわかった。

 

席について早速チャンビアーの大瓶を頼む。

間違いのないツマミ、ポークステーキも2人前頼む。2人前でも280円である。

早速チャンビアーで改めて再会に乾杯をする。

平松くんの宿は15分程離れている所にあるらしい。

また雨が降る前に「今だ!」と走って来てくれたので、汗だくだったらしい。

一緒に飲むのを相当楽しみにしてくれていたらしい。ありがたいことである。

 

彼はすでに50カ国以上行った事のある猛者であるらしい。50カ国も旅しただけあって、独特の人懐っこさと柔らかさを持っている不思議な若者であった。

こういう若者の例に漏れず、旅の資金が尽きそうになると、ワーキングホリデーで働いていたらしい。 例のオーストラリアの農園でお金を稼いで、貯まったお金で、また旅を続けるのだ。

今、日本には2年半程帰っていないらしい。

(オーストラリアでは物価が高いのと、

 寮付き食事付きの仕事の為、

 二ヶ月で70万以上貯まるらしい。)

 

そんな彼には意外な弱点があった。それは、

「お店選びが下手だ」という事だった。

やって来たポークステーキを食べた彼は、

「えええ?  美味っ!! えええ??

 140円? 安っ!!! 美味ぁあああ!」

と驚愕していた。そして、

「こんな良い店どうやって見つけるんですか?」と聞いてきた。

50カ国以上旅している猛者の平松くんだが、なんでも彼は「レストラン選びを外す」という、特殊能力の持ち主だというのだ 笑

僕は食べ物屋をほとんど外さないという特殊な能力がある。そんな真逆の能力者の二人が、ここチェンマイでついに相まみまえたのである。

平松くんは、僕がほとんどお店を外さないということを知り、僕に畏敬の念を持ったようだった。

 

彼はバンコクで知り合った宿から、僕に何かを感じていたのか、是非話したかったという事である。

聞き上手の彼に、僕の旅の話をすると、本当に興味深そうに聞いてくれる。 さらに感心してくれるので、うっかり僕の方が旅の先輩のような気がしてくるから不思議だ 笑

 

そんな勘違いも相まってか、宿の話になった。

「あそこ良い宿でしたね!」と言われた僕は、得意げになって、

「まぁね! あれで千円ちょっとだから、

 掘り出し宿だね。 安いのよ〜!」

といった後、彼にも宿の値段を聞いた所。

「まぁ、僕はあんまりな宿ですが安いです。

 ドミトリーだけど、僕だけなんで、

 貸し切り状態なんで居心地いいですよ。

 100バーツです。」

そうサラリと言われて、僕は止まった。

 

(ひゃ、100バーツ? …330円じゃん!)

なんという事であろうか、偉そうに1000円の宿を自慢げに話していた事が非常に恥ずかしい。。

やはり50カ国の旅の達人に、調子に乗って色々と話すものでは無い。。と僕は反省していた。

というか恥ずかしくて顔が赤くなっていた。

すぐ調子に乗る僕の悪い癖である。

初めての海外で色々経験したとはいえ、駆け出しの旅行俳優である。。本当に気をつけねば なるまい。。😅

 

なかなかチェンマイとはいえ300円の宿に嬉々として泊まる事など、まだまだ僕には出来ない事である。

その一事で、改めてこの青年を僕は尊敬してしまっていた。

(ひ、平松。。やっぱりすごい猛者だ。)

ジャパンアクターにすぎない僕は、役者でも無いのに、平然とハリウッド感を出してくるミスター平松に、既に脱帽していたのだ。

 

ここからは平松くんの話を中心に聞く事にした。彼の旅の話はとにかく面白い!!

色々と興味深く聞いた話の一つで、一番面白かったのは、中東に住んでいた時のラマダン」の経験記だった。

中東のイスラム教国家の、ある国で、英語が堪能の平松くんは、臨時でちょっとした日本語教師をしていたらしい。

ラマダンと言えば、断食。。というイメージしかない僕らだが、これはイスラムの厳格な時期だ。

朝から夜まで、決められた時間になるまで水さえ取れないという、昔の日本の野球部すら凌駕するストイックさである。

だが、決められた時間さえ過ぎれば、飲み食いしていいらしいのだ。

当時学校の先生をしていた平松くんは、18時の食事の解禁が始まると、借りていた家に帰るまで、途中の全ての家に歓待された。

「先生!センセイ!うちで食べていってくれよ!」

(それを断るのは失礼に当たるらしい。)

それにより、家に帰るまで、道中全ての家で、たらふく食わされた平松くん。

そのせいで、ラマダンの時期は、人生のMAXで太ってしまったらしい 笑

断食の時期に一番太る事がある。。

 

全く! 知識でしかラマダンを知らない我々からすると、信じられない爆笑コントであるが、実際現地で経験した人から受ける印象は全く違う! 面白い。

僕はますます彼が好きになり、宴はひたすら続いた。僕らが飲むチャンビアーを、グランマの息子のウエイターさんが、何度コンビニに買い出しに行った事だろう。。? 笑

 

やがて12時近くに閉店になった店で僕らは、お互い固い握手をして、

「また逢おう!!」とハグまでしていた。

 

グランマの息子さんが、

「閉店だから送っていくよ。ブラザー!」

と僕たちを友達認定してくれており、平松くんは、息子さんにスクーターに2人乗りで送ってもらう事になった。

 

全てが優しく最高の夜であった。

まさかの送迎サービス付きの、グランマのレストランであった。

僕は最高の気分で宿へと歩いてかえったのであった。

 

出会いに乾杯!!

再会するだけあって、やはり縁があるひとがいるのだな!と思い知った夜である。。

 

つづく


f:id:matatabihaiyuu:20230124203006j:image

↑ 個人情報保護の為、サングラスに加工された平松くん😌

 

f:id:matatabihaiyuu:20230124203240j:image

↑ 相変わらずのポークステーキ

 

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨と珍客と 情緒のないアメリカ人

 

第158話

雨と珍客と 情緒のないアメリカ人

 

視界さえ危ういスコールの中、ソンテオは慎重に運転をしてくれていた。

 

そんな中、荷台の客席で彼女と改めて話をする。

シャイに見える彼女は、少しは僕に気を許してくれたのか、初めて名前を教えてくれた。

彼女の名前はルトナさんと言うらしい。

「良い名前ですね。」と僕が言うと、彼女は少し照れて笑った。

そして、やがて市街に入ろうと信号待ちをしている時、いきなり人が乗ってきた。

カーキ色のフード付きのジャンパーを着ていて、フードは被りっぱなしだ。

(おお!お客さんが本当に乗り合いで乗ってきた)

と僕もビックリしていると、彼は勝手に椅子に座って寛ぎ出した。

顔を覗いてみると中華系の観光客らしい、30歳位の坊ちゃん刈りの、丸メガネの小太りの男性だった。

 

僕は乗り合いタクシーの交渉を見るのは初めてである。ワクワクしながらルトナさんの交渉を見ていた。

彼女は柔らかく英語で「どちらまでですか?」と聞き始めた。

すると男は頷くと、そのまま座っている。また彼女が同じ事を聞いても、彼は手を広げて(わからない)というジェスチャアをした。

ルトナさんは困った顔をしている。

それはそうだろう。行き先のわからない客を乗せても値段交渉も何も出来ないからだ。

 

さらに粘り強く話しかけると、分からないというジェチャーの後、少し怒りながら、

「話しかけないで!」とばかりに手を振って、彼女との会話を終わらせようとしていた。

勝手に人様の車に乗り込んで来たくせに、随分と横柄な厚かましい男である。

それに、相手が押しの弱そうな女性スタッフなので、舐めてかかっているのだろうか?

 

雨の中、後ろから駆け込んできた為この男は、運転席に「最強の男」が乗っているなどとは思ってもいないのだろう。

そのうち男は、彼女の言葉を完全に無視して、平然と席に居座り、我が物顔で携帯をいじり始めた。

僕はそれを見てさすがに呆れていた。

「なんだコイツは?」と。

しかし、商売と関係ない僕である。

余計な事をすると失礼になるかもしれない。

僕より遥かに、こんな変な客にも慣れているはずの彼女に任せていれば良いと思い、黙って見ていた。

ルトナさんはなんとか笑顔を浮かべ、必死に話しかけるが、今まで対応した事のない観光客の様で、戸惑っているのが見ていてよくわかる。

そしてついに男は、完全に無視を決め込んでいる。

 

一体この男は、雨を避けるために乗り込んで来ただけなのか…?

それとも無料バスか何かと勘違いしているのだろうか?

 

ルトナさんはついに話しかけるのを諦め、困った少し悲しそうな顔で僕を見た。

それを見た僕はついに動くことにした。

目の前で女性が困っているというのに、力を貸さないなどと言う事は「男が廃る」と言うものである。

それにドン・フライ氏は運転中の為、可憐な彼女を守れるのは僕しかいない。

僕は軽く手をあげて彼女に「任せて」と合図を送り、男の真向かいに座り、話しかけた。

「ハイ! へーい、ハロー!

 マイネーム イズ マサミアヅマ

 ワッチュア ネーム?

 ウェアーユー ゴーイン??

 ユー スピーク? んん?

 ユーゴー、ホテル? ステイション?

 ディスカー イズ タクシー。OK?

 テイクざカー ニード マニー。

 ノットフリー。  あんだスタン?

 ユーゴー ホテル?

 ユー ハブ アドレス?

 ウェアー?  ユー ホープペイ

 ハウマッチ? バーツ?」

僕がそう捲し立てると、彼は初めて顔を上げた。

そして丸メガネの彼は僕の勢いに驚いたのか、ポカンとしていた。

 

(英語が通じないのかしら…)

そう思った僕は今度は日本語で、同じ事をジェスチャア付きで、畳みかける様に丁寧に捲し立てた。

これまでの経験から、恐らく通じない英語より、同じく通じない日本語の方がまだ伝わるはずだと確信していた。

すると効果はてきめんで、彼は「降ります…」というジェスチャアをしてきた。

僕は彼女に

「降りると言ってくれてるけど、

 降りてもらった方がいいかな?」

と確認すると、彼女はホッとした顔で、大きく頷いた。

 

とはいえ、少し弱まったとはいえまだ雨は強い。流石にすぐ降りさせるとびしょ濡れになってしまうだろう。

常識のない厚かましい男ではあるが、それはいくらなんでも可哀想だ。

そう思っていると、丁度信号待ちでソンテオが止まった。すぐ後ろに見えた建物の真横に、軒先のあるカフェのようなお店があった。

僕は彼に「あそこで雨宿りして!」とこれまた日本語で強く伝えると、彼は大きく頷き荷台の後ろから降りていった。

そして軒先で雨宿りする彼を残して、ソンテオは再び走り出した。

 

それにしても、どっと疲れた。。

男が一言も発さないのも不気味であった。

目を見てしっかりと話すと伝わっていた様だが、それでもジェスチャーだけで返事をする変な男だった。

別に喋れない様子ではなかったのが、不思議な男である。雨がつれてきた珍客とでも言うべきだろう。

 

ともあれ、ルトナさんを助けられたので、この疲れもまた良い疲れである。

「助かりました。マサミさん、ありがとう!」と言ってくれた彼女に、

「あんなお客さんは多いの?」と聞くと、

「あんな変な方は初めてです。。」

と教えてくれた。流石にあのレベルの変人は稀らしい。

 

矢面に立って交渉した僕に心を許してくれたのか、彼女は隣に座ってくれ、2人で宿まで色々と話をした。

彼女は小さい時に母を亡くし、それから父娘2人で生きてきたという。

父は彼女をとても大事に育ててくれて、とても優しいのだそうだ。

「頼り甲斐のある、強そうなお父さんで良いね」

と僕がそう言うと、彼女は本当に嬉しそうに

「父は本当に優しくて頼りになります!」

と答えてくれた。その綺麗な笑顔を見た僕も、自然と笑顔になる。

こちらまで嬉しくなる様な仲の良い父娘であった。

雨のせいか、不思議なゆったりとした時間を彼女と過ごせた僕は、とても柔らかい気持ちになっていた。

やがて車は宿のすぐ隣の通りに着いた。

宿まで送ると言われたが、すぐそこだからと僕は断った。幸いに雨もほぼ止んでいたからだ。

 

精算をして彼らにお礼を言い、そこで別れた。

本当に暖かい気持ちで僕はソンテオを降りた。

助手席でルトナさんは最後まで手を振ってくれた。僕も車が見えなくなるまで見送る。

最初一度断ったソンテオのチャーターだが、再び声をかけて貰った。 その時に

(きっと縁があるのだろう)と腹を決めて乗って正解だった。

(うーん。。センサーが研ぎ澄まされている)

ここチェンマイに来てから、より旅が上手く回っている気がする。初日に挨拶した仏様も含めて、改めてこの土地に感謝しなければならないだろう。

ここはバンコクほど刺激はないが、とても落ち着く。日本人の僕から見ると、タイの人は皆ゆったりとしている様に見えるが、同じタイ人でも、やはり大都会バンコクチェンマイでは、チェンマイの方がよりゆったりとしているのだろう。

まぁ、よく考えれば当たり前のことかもしれない 笑

 

心地の良い小雨の中、宿までゆったりと歩いた。僕の心はタイに来てから一番、優しく柔らかくなっている気がした。

宿の玄関をカードキーで開け、中に入ると大男のベンが、珍しく一人でいた。共有スペースの机でコーヒーを飲んでいる。

彼は僕を見つけると早速話しかけて来た。

聞くと、相方のアランはどうやら上で仮眠中らしい。

 

彼は僕の表情を見て、ニヤリと笑ってこう言った。

「ヘイ、マサミ! どうしたんだい? 

 なんだかニヤニヤしているけど…あ!

 可愛い女の子のいるお店でも見つけたのか?

 どこだい?!  一緒に行こうぜ!」

いきなり無粋なことを言われ、僕はせっかくの気分を台無しにされた。。

「お前には情緒というものがないのか?!」

と怒鳴ってやりたかったが、相手はアメリカ人である。そんなものを期待してはいけないと思い直した。

それに僕がニコニコしている理由が、素敵な女性のお陰と言うのは、あながち間違いでは無い。

 

この熊のような大男は、ヒゲモジャで無類の女性好きの様だが、なんだか笑顔が可愛くて憎めない。

愛嬌の塊の様なクマさんなのである 笑

僕はそんなベンを見ていて、先程の嫌な気持ちもすっかり無くなり、笑ってしまっていた。

 

僕も無料のコーヒーをいれ、ベンの向かいに座って話して時間を潰すことにする。

ここで平松くんを待つ事にしたのだ。

先程確認したところによると、あのハリウッドスターは、どうやら無事に宿に着いた様だった。

 

ベンのお代わりのコーヒーも持って席に戻り

「俺がニヤついている理由を教えようか?」

と声をひそめて言うと、ベンは身を乗り出して、興味深そうに大きく頷いた。

「…これからデートだからさ。」

そういうとベンは目をまん丸にして僕を見た。

すかさず僕が「男性とだけどね。」といたずらっぽく言うと、ベンは、

「なんだよそれ! ツマンネェ!」

と言った後、大笑いしていた。

その顔はまさに、森のクマさんそのものであった。

 

やれやれ、今日はやけに癒される日である。

 

つづく

 


f:id:matatabihaiyuu:20230109014849j:image
↑ 豪雨を連れてきた雨雲

 

f:id:matatabihaiyuu:20230109003500j:image

↑ 各宿や色々なところに各々の地図がある

     チェンマイ

 

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜景からの大脱出

 

第157話

夜景からの大脱出

 

ドイステープの展望台はとても気持ちが良く、まったく飽きがこない。

 

缶コーヒー片手に街並みを見ていると、時間の無い僕の為に、チェンマイが気を遣ってくれているのか? と思うほど、日はどんどん落ちていってくれた。

その合間に観光客から写真を何枚か頼まれたので、全て応じて彼らと笑顔で別れる。

観光地でのこういう交流もまた良い時間である。

 

そんな中どんどん日は暮れていく、街にはタイにしてはせっかちなのか、まだ日のあるうちから電気がついている建物も多い。

そして、ついに待ち合わせの時間を過ぎてしまった。だが肚を据えている僕には、時間はもう関係ない。

 

だが、ここで「時間」以外の問題が起きた。

街の反対側に、信じられないくらいの大きな黒い雲があり、それがゆっくりと近付いて来たのだ。

東南アジアに一ヶ月半いる経験から僕には、あの暗雲が土砂降りの豪雨を運んで来ている事がすぐに分かった。

しかもしばらく降り続きそうな雲の大きさである。

(やばいなぁ。 雨雲と落日の競争だな… )

そう思っていると、平松くんが戻ってきた。

「ヤバいすね! 東さん

 あの雲はやばいですね。」

曇りの為、もうちょっとで暗闇になりそうな街並みを見ながら、

「もう少し粘ろう!」と僕が言うと、彼も

「気合いっすね!」と同意してくれた。

時間が少しあるので、連絡先を交換する。

Wi-Fiが飛んでいないので、その場でのLINE交換が出来ず、念の為僕のGmailを教えて、宿に着いたらそれを見る事にする。

ついでに僕の宿の名前を教えて、後で検索して来てもらう事になった。

後で街で合流して飲みにいく事にしたのだ。

 

どんどん迫ってくる黒い雲… そして落ちていく日。

そして、ついに夜景になった!(と感じた 笑)

「今だ!」とばかりに僕たちは、夜景をバックに手早く写真を撮り合う。

そして平松くんと「よし!」とばかりにアイコンタクトをした。

そう! まだ雨は降っていない。

 

その後僕たちは寺に走って戻り、出入り口へと向かい、そこから下へと向かう階段を、急いでかけ降りていく。

上空では、ゴロゴロと雷まで聞こえてきていた。

しかし、さすが300段以上の階段である。。駆け降りるのも結構キツかったが、そんな事を言ってる場合では無い。

息切れをしながら、やがて入り口まで降りると、平松くんは坂の上の方へ走り出した。

 

実は彼は、レンタルの原動付きバイクで来ていると言っていた。。大丈夫だろうか?(^_^;)

一応、上で心配して聞いていたが、

「雨雲から逃げながら走るんで、大丈夫です!」

とハリウッド映画さながらの事を言っていた。

 

残された僕は入り口から坂の下のソンテオを探す事にする。

すでに時間は15分程オーバーしていた。

入り口から降りると、なんと! 例の彼女が入り口のすぐ下で待っていてくれた。

一瞬怒られるかな?と思ったが、彼女は笑顔で僕を迎えてくれた。

「ごめんなさい。遅れました。」

と僕が謝ると、

「いえ。 どうです 楽しめましたか? 

 時間通りですから、大丈夫ですよ。」

と気を遣って、逆に優しい笑顔で迎えてくれた。

しかもソンテオは坂の下の方に止まっている。

彼女は雨の事を心配して、入り口まで来て待ってくれていたのだ。

僕は感動してしまい、、

(うーむ、やはり天使だ。。いや… 天女様だ!)

その柔らかい笑顔に、天空から少しだけ降りて来た僕には、彼女が本当に天女に見えていた。

雨が降る前にと、僕が車に戻ろうと坂を急いで下ろうとすると、彼女が着いてこない事に気がついた。

不思議に思って振り返ると、何故か彼女は辛そうに跋扈を引いていた。

 

(???  ええ?! 怪我したのかな?)

僕は心配になり、彼女の元に駆け寄った。

 

「だ、大丈夫?? ゆっくりで良いよ。

 どうしたの? 足を怪我したの?!」

僕が心の底から心配してそう言うと 彼女は、

「実は、交通事故に遭いました。。」

とだけ言った。

 

(そんなバカな!? 僕を待っている間に…?

 あぁ! 僕が遅れた所為ではないだろうか…)

 

僕が申し訳なさそうにしていると彼女は

「実は、数年前に交通事故にあって

 それ以来足が悪いんです。。」

と改めて教えてくれた。

 

僕には全て合点がいった。 そうだったのだ!

それで彼女は、父の隣で仕事を手伝っているのだろう。

 

最初は平地だったのと、行きは登り坂だった。

だから上手に歩けていた彼女に、何も思っていなかったのだが…

やはり下り坂だと、うまく歩けないらしい。

 

「大丈夫です!」と言い張る彼女に僕は手を貸して、ゆっくりとソンテオまで一緒に降りて来た。

助手席まで送ると、彼女はお礼を言い、運転席の父ドン・フライ氏も心なしか優しい目で僕を見ている気がした。

彼女が乗るや否や、ドンフライ氏は元の厳しい顔に戻り、立てた親指で鋭く荷台の方を指差した。

僕も頷き、走って荷台に飛び乗った。

帰りもあの究極のクネクネ坂である。しかも下りはさらにスピードが出るに違いない。

雨などが降ったら、スリップの危険が大幅に増すに違いない事は、ドイステープに初めて来た僕でも容易に想像ができた。

 

下りは、最初は例の両側の林を抜ける直線の緩い坂だ。そこをソンテオは颯爽と降っていく… 周りには車も何もいない。

 

そしてここで凄いドラマが起きた。

遥か後方から、初めは豆粒のようだった原チャリが、ドンドン近付いて追いついて来たのである。

まるでハリウッドのヒーローが追って来たかのように!

 

バイクに跨るヒーローの正体は、もちろん平松くんだった。

「雨雲から逃げながら走りますよ!」

とハリウッド俳優顔負けのアクションを公言していた彼が、まさかさらに後ろからソンテオに追いついてくるというアクションを追加して、

「追いハリウッド」とばかりにアメリカを足してくるとは思わなかったので、僕は思わず笑ってしまっていた。

(平松くん。。君はトム・クルーズかよ? 笑)

僕は心の中でそうツッこんでいた。

 

そこでまた奇跡が起こる。

僕に挨拶する為に真後ろに着けている原チャリを見て(ふむ… 煽って来てる?)と思ったらしいドン・フライ氏は「舐めるなよ!!」とばかりにアクセルを踏み、ものすごいスピードで引き剥がしにかかったのだ。

 

本気を出したドン・フライ氏に及ばず、今度はドンドン、ドンフライ号から原チャリが引き離されていった。

(いや、フライさん。。彼は仲間です。)

と伝えたかったが、運転席と繋がっていないので、それを伝える事など出来ない。

やがてバイクは視界から消えた。。

 

そして、またカーブ祭りである。

(またあの地獄が始まる。。)

と構えていたが、下りはエンジンブレーキと、ブレーキワークだけで降りる為か、登りほど揺れずに、気持ちも悪くならなかった。

単に僕が慣れただけかもしれないが…

そんなソンテオがこの伝説の坂を降りきり、例の坂の入り口の動物園前に来たあたりで、ついに雨が降り始めた。

僕たちは奇跡的に、坂が終わるまで雨に捕まらなかったのだ。

 

雨の中、助手席の彼女が再び荷台に乗ってきた時だった。雨は激しさを増し、ものすごい豪雨になった。その雨のカーテンで、後ろの景色さえ見えなくなる。

正に間一髪であった。

(平松・トム・クルーズは大丈夫だろうか?)

と一瞬思ったが、僕には確かめる術はない。

(まぁ、大丈夫だろう。気にしたら負けだ。)

彼から教わったマイペンライ精神で僕は心配するのをやめた。

 

「ベリィ レイニィ…(凄い雨だね…)」

当たり前の事を僕は彼女に呟いた。

ドイステープ祭りの最後の

「豪雨のアトラクション」の中、その雨の音と匂いを感じながら、僕と彼女はしばらくそれを黙って見つめていた。

 

 

つづく。

 

f:id:matatabihaiyuu:20221222183422j:image
f:id:matatabihaiyuu:20221222183432j:image

↑ ライトアップされ始めた仏像


f:id:matatabihaiyuu:20221222183427j:image

 

f:id:matatabihaiyuu:20221222182415j:image

↑ 夜を待つ僕 ドンドン雲行きは怪しくなる…


f:id:matatabihaiyuu:20221222181909j:image
f:id:matatabihaiyuu:20221222182422j:image
↑ 百万バーツの夜景である。

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天空で逢いましょう

 

第156話

天空で逢いましょう

 

 もう… だめかもしれない。。

 あ、吐きそう。。 ビニール袋あったっけ??

 

グロッキーになっている僕を乗せたソンテオは順調に坂を登り、最後の方にやっと直線が多くなった。そのおかげで僕は、少し落ち着きを取り戻していた。

 

一息ついた僕を、ソンテオは直線ながらに、両側が林の間の坂をまだまだ登っている。

(一体 どんだけ登ったら気がすむんだろう…?)

僕はもう、この長すぎる坂に感心していた。

 人生で一番、坂を上がった気がする…

 富士山の頂上にでも向かっているのだろうか?

そんな僕を乗せてソンテオは、坂を登り続けた。

 

この坂の長さを感じながら僕は、カンボジアシェムリアップでの、トゥクトゥクから見た、あのチリチリ赤毛の白人男性を思い出していた。

あの炎天下の中、遺跡を回る為にひたすら自転車を漕いでいた彼。。

その後、たまたま遺跡の頂上で再会した時、赤鬼のように真っ赤な顔で、しばらく会話すら出来なかったソバカスに丸メガネの彼。。

 

 嗚呼… 僕はまた過ちを回避したのだ。。

 

僕は心から安堵していた。

この旅に出てから常に発動している、自分の研ぎ澄まされた危機回避能力に感謝すらしていた。。

(本当に。。ホントに、自転車にしなくて…

 車にして良かった… 生きてて良かった!)

口を半開きにしてよだれを垂らしながら、僕は自分の判断を褒めていた。

 

海外ではたまにだが、一瞬の判断ミスが命取りになる事がある。

僕の危険センサーによる回避方法は、対人では、突然知り合ったり話しかけられた人に、

 ここまでは付いて行く。

 そして、ここからは走って逃げる!

と最初に線引きしてから人に付いていったり、話を聞いたりする。

それは対人用だが、こと移動手段や宿に関しても、(ここまでだな…)と、勇気ある撤退、宿替えをさっとする事が自分の身を守る事になるのだ。

意外とこの線引きは難しいはずで、僕の場合、役者やら、居酒屋の店長やら、日本でのこれまでの人生経験で培われている事が多い。

(勿論、旅の間に培われる能力もあるが…)

ようは危機回避能力すらも、人間力なのである。

 

偉そうに書いてしまったが、意外と日本でどれだけ経験値があるかが、海外では改めて問われるのである。 と僕は思っているのです。

 

そんな人生哲学を、改めてしている僕を乗せて、ドンフライ氏のソンテオは、やがて緩やかな坂にある、急に観光地感丸出しの場所に着き、停車した。

(あ、ココ、観光地だなぁ…)

だ思うのは、急に色々な車やソンテオが停車しており、今までひとつも見なかったレストランや、お土産屋らしき店が坂の上の方に見えたからである。

(ここでもまだ坂なのが 凄いぞ!

 ドイステープ!  坂すぎるぞ!!)

と思いながらトラックの荷台の後ろから、僕はヒラリと飛び降りた。

もちろん彼女が「着きました。」と呼びにきてくれたので、少し格好付けたのである。

 

彼女に入り口を教えてもらい、

「Uターンしてあそこで待ってます。」

と車との待ち合わせ場所を教えてもらい、僕は早速ドイステープの入り口へと向かった。

 

入り口はこの坂道の右側にあり、見上げてみると、結構な階段があるようだ。

(ええと… まだ登るんだ。。)

と思いながら右を見ると、チケットオフィスらしき窓口がある。どうやらこの寺は有料のようだ。

下調べをあまりしない、今回のチェンマイ旅である。料金が高くない事を祈りながら窓口の看板に近付いた。

恐る恐るチケット代を見てみる。

大人1人30バーツ(100円)とかなり安い。

そして、何故かもう一つチケット代があり、そちらは50バーツ(165円)であった。

 

不思議に思ってよく見てみると、どうやらこちらはケーブルカーの料金付きのチケットらしい。

(という事は… ケーブルカーがあるのか?)

と周りを見回してみると、窓口の右手には確かに、「ケーブルカー」という表示があった。

 

とりあえず、窓口の女性スタッフに聞いてみる。

「階段だと結構登りますか?」と尋ねると

「300段以上あります。

 ケーブルカーがオススメです。」

と教えてくれた。

今日は昨日のリベンジで「楽に寺まで行く」という目的がある。それを果たす為、僕は20バーツ(65円)足して、ケーブルカーに乗る事にした。

それに階段を避けて「小銭で楽して機械で登る」というシステムは、江ノ島エスカー」を彷彿とさせ、僕をワクワクさせた。

エスカーとは… ?   江ノ島にある

 ただの有料のエスカレーターである。

 江ノ島だとこれで神社や頂上に

 300円程でスムーズに行ける 笑)

 

小学校低学年の時、江ノ島への遠足でクラスの皆と乗る事になった、謎の乗り物エスカー。

「おい、みんなヤベェぞ!!

 今日、エスカーってのに乗るんだってさ!」

「マジで?!  なにそのカッコいい乗り物!」

「ヤベェ強そう!! ドラクエ4の

 最終ボスみてぇな名前じゃん!?」

と大盛り上がりしていた僕たち。

だが江ノ島で、いざ目の前に現れたのは、なんの事はない、ただのエスカレーターだった…

そんな強烈なオチを僕は未だに覚えている。

そんな僕は是非ともケーブルカーに乗ってみたかった。

 

料金を支払い、右手へ進み、タイのエスカーこと、ドイステープ専用ケーブルカーの乗り場に着いた。

もうケーブルカーは停車しており、そこに乗り込む。

形は巨大なただのエレベーターだった。。

斜めに移動する大きめのエレベーター。

江ノ島にあったら、きっと「エレベー」と名付けられたに違いない 笑

そんな事を思いながら僕は思わず吹き出していたが、周りの人は僕がなぜ吹いているかはわからない。

同乗した、派手なメイクの強そうなレディボーイの方にジロリと睨まれ、僕は真顔に戻って前を見ていた。

 

やがて5分程でエレベーは、頂上についた。

途中、エレベーの周りの景色は全てコンクリートであり、何の景観も見れなかった。。さすがエレベーターだ 笑

 

頂上に着くと、そこは煌びやかな建物がそこかしこに建っている。

タイによくある金色の仏塔もあり、隣の建物とのコントラストが素晴らしい。

 

色々な仏様をお参りして、一通り回ったかな?という所で、展望台らしき所に着いた。

ここからはチェンマイの街が一望できた。

少し暗くなりかかっている街は、それでも十分見応えがあった。

近くにアジア人男性がいたので、写真を撮ってくれるように頼むと、逆に日本語で話しかけられた。

「あれ? アヅマさん! 東さんですよね?

 ええ? 覚えてません?? 平松です。

 バンコクの日本人宿で一緒だった。」

言われて僕は思い出した。

 

二つ目の日本人宿で、例の「リリーさん」の話で盛り上がっていた時に、事の経緯を僕に説明してくれた若者である。

まさかこんな天空で再会するとは思わず、ちゃんと顔を見ていなかったようだ。

それに… あの宿には日本人が多すぎて、逆に一人一人、名前も顔も覚えられていなかった 笑

つまり、彼が僕を覚えてくれていたおかげで、僕たちは再会出来たわけだ。

 

お洒落な黒縁メガネに、キャップを後ろに被った平松くんと僕は、まさかの再会を喜んだ。

情報通の彼に教えて貰った所によると、ここは実は夜景が一番の売りだという事だった。

「暗くなるまで居なかったら、

 わざわざ来た意味無いですよ?(^_^;)」

とまで言われた。

先程から急に曇り始めた空のせいもあるのか、日は急に落ち始めていた。

 

「後15分程で、車に戻る約束なんだよね(^_^;)」

と言うと、彼から諭された。

「いや、ここはタイですよ?

 10分20分遅れても大丈夫ですって 笑」

「いや、、でも…」と口籠る僕に

「絶対夜景見た方が良いですって!」

と強く勧めてくれた。

(そうか、確かにここはタイなのだ…

 まだまだ俺は真面目すぎるんだな 笑)

と思い直した僕は、最悪 追加料金払えば大丈夫だろう。と思い直し、ここで夜景まで粘る事にした。

平松くんはまだ展望台にしか来てないらしく、

「暗くなる前に、お寺廻ってきます!」

と広場の方へと戻って行った。

 

彼を見送った僕は、ひとつため息をつき、カバンから缶コーヒーを取り出した。

(昨日の教訓から僕は、水分を大事に

 水1リットル、缶コーヒー1つを

 しっかりとカバンに入れて来ていた)

そして手すりにもたれて、肘をつきながら、缶コーヒー片手に景色を眺める。

 なかなか良い時間である。

「後で合流する」と約束した平松くんを待ちながら、僕は時間から解放されていた。

 

僕はゆったりとした気持ちで、雲間に沈みゆく太陽と、眼下に広がるチェンマイの美しい街並みを眺めていた。

 

続く

 

f:id:matatabihaiyuu:20221129182124j:image
f:id:matatabihaiyuu:20221129182111j:image

↑ まだ明るい展望台と街並み


f:id:matatabihaiyuu:20221129182130j:image
f:id:matatabihaiyuu:20221129182119j:image
f:id:matatabihaiyuu:20221129182345j:image

↑ 美しいドイステープ寺院

  ( 思ったより広い)

 

 

次話

azumamasami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天空の寺へと

 

第155話

天空の寺へと

 

今日は僕が勝手に「天空の寺」と名付けた、ドイステープ寺院にリベンジすることに決めていた。

 

だがまさか、あれ程登るとは思わなかった。。

途中までしか登れなかったが、

日光のいろは坂」×6 くらいの長さの体感であった。

しかもあれから、まだ残りが1/3以上あるとは信じられなかった。

 

昨日の、酒が少し残った状態とは違い、今日は万全の体調ではあった。

だが、僕の心はすでに決まっていた。

 

そう。僕は自転車などではなく、車で行こうと思っていたのだ。さすがにあんなしんどい思いは、二度としたくなかった。

それも、動物園のある坂の下までは平地なので自転車で行き、そこから先の坂からはタクシーか、もしあればバスに乗ろうと考えていた。

とにかく安く行ければ良し、というプランだ。

 

とりあえずレンタル自転車屋に向かっていると、チェンマイ名物の乗り合いタクシーである「ソンテオ」が止まっていた。

(ソンテオとは、トラックの荷台の、

 向かい合った椅子に客が乗り、

 途中で乗り降りしていく、

 乗り合いタクシーである。

 イメージとして近いのは

 軍隊の歩兵を運ぶトラックである。

 そして荷台の天井が低い車のデザインは、

 なんだか霊柩車に見えてしまう (^^;) )

 

(ここからなら、大体いくらくらいで、

 ドイステープに行けるんだろう?)

と目安を知りたかった僕は、ソンテオのドライバーに話しかけようと、近寄った。

すると、助手席からちょうど女性が下りてきた。

18、9歳あたりの、色白の女性だった。運転手とにこやかに話しながら降りて来た所を見ると、どうやら彼女も、このソンテオの関係者だろう。

 

清潔感のある白の半袖シャツが印象的な娘さんで、僕と目が合うと、綺麗な英語で話しかけてきてくれた。

「こんにちは。 どちらへ行かれますか?」

その可愛らしい笑顔に引き込まれるように僕は答えた。

「ドイステープに行こうと思うんですが。。」

「あら、それならこちらのソンテオでどうですか?

 知らないかもしれませんが、とても遠いですよ」

と丁寧に教えてくれた。

その綺麗な笑顔に僕は不思議と引き込まれてしまっていた。

 

「ええ、知ってます。昨日自転車で行って、

 途中まで行って、諦めたので 笑」

と笑って言うと、

「えええ?!  自転車は大変ですよ 笑」

と彼女もびっくりして笑っていた。

 

「はい、実感しました。だから今日は、

 直前まで自転車で行って、

 そこでタクシー拾おうかと…」

 

そう言うと彼女は、

「お寺を周っている間も待っているので、

 貸し切りで、この車で行きませんか?」

と提案してくれた。

 

とりあえず値段だけ聞きたかった僕は、素直に料金を聞いた。

「おいくらになりますか?」と聞くと、

「ちょっと待ってくださいね」

と言って、彼女は運転席に相談しに行った。

 

僕もなんとなしに、運転席にいるドライバーを遠目に覗き込んだ。

50歳くらいの、強そうな男性ドライバーが前を向いていた。

どうやらこのソンテオは、男女二人でやってるようだ。

 

そして、彼女に話しかけられて、こちらを向いたドライバーさんの顔を見た時、

僕に電流が走った!!

 

なんとそこにいた男性ドライバーが、

ドン・フライにそっくりだったからだ!

その昔、新日本プロレスで猪木の引退試合の相手役を務め、PRIDEでは、高山善廣と真っ向から殴り合いを演じた男前。

あの、元 アメリカの消防士の格闘家

ドン・フライである!!

 

短髪パーマのような髪型、意志の強そうな目、男らしさの象徴のような立派な口髭。

僕は彼に見とれていた。。

 

(ドッ、どん!  ドン・フライだ!!)と。

 

 

 ……です。……ですよ。。 

   …大丈夫ですか??

 

ふと我に返ると、彼女が一生懸命僕に話しかけてくれていた。

どうやら僕は、だいぶ深いところまで自分の世界に入り込んでいたらしい(^^;)

「あ… ごめんなさい。 なんでしたっけ…?」

「ですので、ドイステープに行って、

 一時間半、好きに回って頂いて、

 それから宿までお客様を送って、

 全部込みで500バーツです」

笑顔でそう説明してくれたが、僕は考え込んでいた。

(うーん。。相場がわからん。。

 ボッタクリな感じはしないが、

 1650円は高い気がする。。)

僕は結構高い気がしたので、値切ってみて、様子を見る事にした。

「うーん。 ちょっと高いなぁ。

 400バーツにはならないよね?」

彼女は振り返り、運転席のドン氏に相談した。

するとそのことを聞いたドン氏は、男らしい渋い顔で、ゆっくりと首を横に振った。

彼女は申し訳なさそうに、

「ごめんなさい。

 500バーツでも安いので、

 これ以上値引きはできません。。」

と教えてくれた。

 

どうやら彼女はドン・フライ氏の娘さんで、英語が喋れない父に代わって、観光客と交渉する役目のようだ。

仲が良さそうな、父娘に見えた。

 

僕は、相場がなんとなくわかった事に満足したのと、他にも安く行く方法が必ずあるはずなので、

「そうですか、ありがとう。

 他を探してみるね。」

と笑顔でお礼を言って歩き出した。

 

(もう少し安かったら、お願いするのになぁ…)

と、彼女の可愛らしい笑顔を見てしまった僕は、残念な気持ちになっていたが、

よく考えたら、父親同伴である彼女だ。

下手に下心を出しそうものなら、強そうな父のドン・フライさんから、どんな攻撃を喰らうか分かったものではない 笑

 

実は僕は、400バーツでも本当は高く感じてたので、

(なんだかんだで、まぁ、良かったな。)

と思いながら、ゆっくりと通りを南下し始めた。

 

しばらく周りの景色を楽しみながら歩道を歩いていると、右側に、なにやらゆっくりと影が近づいてきた。

違和感を感じて車道を見ると、先程のソンテオだった。

僕の歩調に合わせたそれは、ゆっくり並走しながら、助手席の彼女が声をかけてきた。

「父が、今日だけサービスで、

 400バーツで良いといってます。」

隣のドン・フライ氏を見ると「大損だがね。」と言わんばかりの渋い顔で、前を見ていた。

 

本当はもう少し値切りたかったが、どうやら彼らの言っている事は本当の様だった。

それに、ここから値切る勇気は僕にはなかった。

彼女に嫌な顔をされて嫌われたくなかったし、大好きな格闘家、ドン・フライ氏にも失礼な事はできない気がしたのだ。

 

(まぁ、これもご縁だな。。)

と一つ息を吐いてから、覚悟を決め、

「わかりました。ありがとう。

 400バーツでお願いします。」

と助手席の彼女にお願いした。

 

荷台に案内され、彼女も一緒に乗り込んでくれると勝手に思っていたが、僕一人であった。。

何と! 彼女は助手席に戻ってしまったのだ。

 

僕は早速、詐欺にあった様に感じていた。

(あーあ、 だっさ。結局騙されてやんの!)

と自分自身にも憤っていた。

 

全くお門違いの感情だが、綺麗な女性から誘われて「行きます!」と言った男は大概、その女性が近くにいないと「騙された!」と思うという。

男性特有のアホすぎる あるあるに囚われていた。

僕は車外の、後ろに流れていくチェンマイの景色さえもモノクロに感じていた。。

 

しかしである!

少し道を走った先の交差点で、彼女が助手席から、何故か後ろの客席に乗ってきてくれた。

 

そして彼女が僕に話してきた内容は、お願いだった。100バーツ値引きした分、

「ドイステープへ登る坂の直前までは、

 道中が一緒のお客さんがいれば、

 途中でお客さんを拾わせて貰えませんか?」

との事だった。勿論僕には全く異論はない。

何故なら、そのおかげで彼女と向かい合って、ソンテオに乗っていられるからである。

僕は、彼女と向かい合った席で顔を見合わせて、車に揺られる事となった!

 

もし、最初の値段の500バーツで乗っていたら、完全チャーターなので、ひたすら一人で客席にいるハメになる所だった。

(ナイスだ! マサミ! 良くやった!

 ナイス100バーツ値切り交渉!!)

久しぶりに出てきた頭の中の、リトルマサミが僕を激賞する 笑

 

改めて見ると、本当に優しい柔らかい顔をした綺麗な女性である。

僕は人相で人を見るので、女性をただ美人だとか、綺麗だのと見ないのだが、この娘さんからは、内面からくる美しさを感じる。そんな素敵な女性であった。

 

まぁ、色々と御託を並べているが、ようはただタイプだっただけなのかもしれないが…。

だが、笑顔の彼女と顔を見合わせているだけで、幸せな気分になるから不思議だ。

 

僕はニコニコして、彼女と少しお話をした。

 

そして、結局お客は乗って来ず、彼女と色々とお話ができた。やはりドライバーのドン・フライ氏は、彼女のお父さんで、あんまり接客に向いてない父に代わって、英語も喋れる彼女が交渉係をやっているそうだ。

(ソンテオは皆、乗る場所も降りる場所も、

 お客に合わせてバラバラなので、

 最初に、お客と値段を交渉するので、

 結構交渉力のいる仕事でもあるのだ。)

 

やがて例のいろは坂を超えた、僕が勝手に

タイの「いろはにほへとちりぬるを坂」と名付けた坂の手前まで来た。

あまりに「いろは坂」より長いので、仮名を足して、勝手にその長さを表現する。

そこで残念なことに彼女は降りてしまった。

「私は酔いやすいので、助手席に戻ります」

と一礼してから、戻って行った。

(うーむ、礼儀正しい。お淑やかだ。。)

とまた彼女を、心の中でベタ褒めする。

 

だがここからが凄かった!!

確かに酔う。。

 

グァアーン!  と車は登り、

 

ギョーン! とまがり、

 

また、

 

グァアァーン!  と登り、

 

ギャーーン!  と曲がる。

 

まるでドン・フライの、左右の連続フックパンチである。

とにかくこの繰り返しだ。

ドン・フライ氏の攻撃力をまざまざと見せつけられた思いである。。

客席の後ろの鉄の棒に、両手を広げて捕まりながら、揺られ続ける。物凄いアトラクションだ。

車は20分以上登りっぱなしである。

 

僕は、マレーシアのペナンからランカウイ島へ行く時に乗った、胃液を戻しまくった高速フェリーの事を思い出していた。

あの時も妖精の様な女性に、夢うつつになり、その後激しく気持ち悪くなった。

(美しい女性に会った後に、

 乗り物酔いするのが僕の旅の

 デフォルトなのかしら?)

 

と思いながら、僕の頭は右へ左へ揺れ動く。

 

(昨日、熱中症で気絶しそうになったから

 車で安全に行こうと思ったハズだが…)

 

と思いながら、僕は昨日と同じくらい気持ち悪くなっていた。気絶寸前の僕は、激しく頭を左右に振られながら、

 

(何でもいいから早よ着いてや…。)

 

と気を失わない様に、必死に現世と鉄棒に掴まっていた。。

 

 

つづ…

 

 

f:id:matatabihaiyuu:20221119094012j:image
f:id:matatabihaiyuu:20221119094018j:image

f:id:matatabihaiyuu:20221119094720j:image


↑  色々なソンテオ達

    (後ろがドアも無く開いていて

       そこから荷台に乗り込む)

 

f:id:matatabihaiyuu:20221119094846j:image
↑  ドイステープ

 (果たして辿り着けるのか…)

 

 

次話

azumamasami.hatenablog.com